乱入者
♢12♢
あいつは、雅はもう自分たちを見ていなかった。
結局、何もできず、何もしてやれない。
「志乃さん。私たちまでそんな顔をしてどうするんですか」
「ウチらの言葉なんて届かなかった。これ以上、何が出来るって言うんだよ……」
去っていってしまった親友。
もう、こちらを一瞥すらしなかった。
「これを使いもしないで何を言ってるんですか?」
手に持つ白い石。魔法を生み出すエッグ。
ここまで使わずにきてしまった。
「こいつらみたいに武器を持てば止められるのか?」
こいつらとは、あちらこちらに倒れる少年たち。
放ってはおけず介抱した彼女たち。
生きていることに安堵した。
雅は人を殺してはいなかったのだと。
「やってみないと分からないじゃないですか!」
「──分かるよ! 魔法で雅は止められない! 亜李栖だって見たろ。直接触りもしないでバタバタ倒されてくのを!」
「それは……」
相手に触りもしない。
ただ1人で踊っているように、あるいは演武のように見えた。
しかし実際は、本当は、こんなくらいじゃ済まないはずだ。
街中の壊れ方と無傷の彼らとは被害が一致しない。
現実を目の当たりにして重い沈黙が流れる。
そんな2人を察してか、
『愚息がご迷惑をおかけした。心から謝罪する。申し訳なかった』
声がどこかから聞こえてくる。
『お嬢さん方には些かの落ち度もない。間違いなくこちらの……オレの不徳の致すところ。愚息は引きずってでも連れて行く。それには今少し時間がかかる』
愚息とは誰のことを言っているのか。
『彼女は一足先に向かった。オレがお嬢さん方に今してやれることは少ない。手に持つそれの使い方を教えるくらいしか出来ない。本当にすまない。改めて謝罪はする。だが、今は友人の方だ。自分の力に酔っていて、体の異常にすら気づいていない。あのままでは、じきに死ぬぞ……』
「……っ」「嘘だろ?」
告げられる言葉を信じたくはなくても、彼女たちは見ている。
血を吐き、息を荒げ、額に尋常でない汗をかき、それでも魔法を使い続けた親友を。
それが突如として消え失せ、あんなにイキイキとしている矛盾を。
『分からなくはない。今日まで。今さっきまで。痛みを伴うはずの魔法が。これまで苦しんできたであろう魔法が、手足のように使えるようになったんだ。はしゃぎもする。それこそ子供のようにな」
「──どうすれば良いんだ! これを、雅を止めるくらいに使うには!」
その反応に声だけの男は驚いた。
友人の変わりようを見て、些かの迷いや恐れがあると考えていたからだ。
『……エースのお嬢さんは友人に恵まれているようだ。本人は、いまいち気づいてないようだがな。愚息にもそんな友人がいたらと思ってしまうな。 ……余計だった。今は魔法についてだな。移動しながら説明する。支持する方向に進んでくれ」
「亜李栖、行くぞ」「──はい!」
雅は雅だ。
そう自分に言い聞かせて立ち上がる。
♢
ガラスに映る姿。破れてしまったスーツをどうしようかと考えている男に、背後から蹴りであろう一撃が浴びせられる。
障壁の再生していない男。
カイアスには防ぐことはできず、勢いよくガラスに突っ込む。
「カイアス。貴様いったいどういうつもりだ。誰が盤を弄る許可を出した。まだある。一般人をフィールド内に連れ込み、プレイヤーにそれを襲わせる。貴様は自分が監督する側だと理解していないのか?」
生身でガラスに突っ込んだカイアスはあちこちが切れ、更に血に塗れる。
「いたー、いきなり何するんですか。お父上様は?」
「貴様、謝罪の言葉はないのか? その首を落としてお嬢さん方に謝罪せねばならないか?」
「ははは、ご冗談を」
「オレが冗談を言っているように見えるのか。貴様、本当に死ななくては理解できないのか……」
ビシビシと辺りが震え音を出す。
カイアスは父は本気で怒っているとようやく理解する。
「いや、ついやりすぎました。だから退いたんですよ? あれ以上やり過ぎないように」
「日本に来てからの働きには感心していた。その感心は地に落ちたがな……。ついて来い。謝りに行くぞ」
「カッコ良く去った手間、カッコ悪くなるので遠慮します。ではではー」
一度使えば後は何度やっても同じ。
この怒りようでは命すら危ない。
そう判断し、カイアスは逃げる。
「愚息とはいえ息子に手を挙げるのは控えたかったが、致し方なし。引きずって連れて行くことにしよう」
カイアスが消えるより早く、地面から黒い鎖が伸びカイアスを縛り上げる。
「それズルい! そして待って──」
「半殺しくらいは覚悟しろ。それで何が許されるわけではないがな……」
♢
逃げる少年を背後から風の刃が追う。
魔法により身体能力の上昇している少年。
その移動速度を風は上回る。
「……あと何人だっけ?」
もう結果が見え、興味の失せた鬼ごっこの子に思うことはなく、次の子を探しに行こうと雅は考える。
結果を見ずに立ち去り、あとどのくらい魔法を試せるのかと考える。
「次は少し難しい魔法に挑戦してみようかなー。 ……ん?」
気配。それと彼女からしたら空気の動く振動。
空域内なら相手が誰かまで分かったが、空域を使う必要がなくなった彼女には、誰かが背後の子に近づいているとしか分からない。
そんな彼女に聴こえた音は3つ。
堅いものに風がぶつかる音。
ぶつかり、当たったものが砕けるような音。
良く知る親友の声。
「──ちっ、止めきれない。 亜李栖、頼む!」
「お任せを。我が聖剣に斬れぬものは無し」
大楯を構える志乃と、聖剣と呼んだ装飾の目立つ剣を持つ亜李栖が風の刃を防ごうとしていた。
無理だ。防げない。
あのままじゃ2人を傷つけちゃう。どうしたら……。
「──2人とも無理だよ! 何やってんのさ!」
もう軌道は変わらないし、止めることもできない。
上から押し付けて……ダメだ2人を巻き込んじゃう。
あれっ? ……あたしは何をやっているんだろ?
あたしは、ただ志乃ちゃんと亜李栖ちゃんを助けたかっただけだったのに。
考えてる間に亜李栖は刃をはじき飛ばす。
志乃が盾で幾分か威力を殺し、亜李栖はそれを防いだ。
それぞれ単独では無理でも、2人いればなんとかなる。声だけの男はそこまで考えて魔法を創らせた。
「何やってるは、こちらの台詞です。もう鬼ごっこは終わりです。お仕置きより、お説教より先に、病院に行きますよ」
聖剣と呼んだ剣を背中の鞘に戻し、ギロリと亜李栖は雅を睨みつける。
(見るからに怒っている。それに聖剣ってなんだろう……)
「雅、口で言って分からないなら、ぶん殴って止めることにした。覚悟しろ」
(こっちも怒ってる。そして多分、結局最後には殴られると思う……)
雅はそう思った。
そんな追いかけてきた2人に言うべき言葉を思いつかず、絶対に怒られることが確定している雅は思ってもいないことが口から出た。
「……邪魔しないでよ。魔法使いになったなら目的は達成したでしょ? あたしは鬼ごっこが終わったら帰るから。1人で大丈夫だし」
2人が使ったあれは魔法。
なら、2人は自分がいなくても大丈夫だ。良かった。
そう思った。
(……あれ? 良かった? んっ?)
「さっきは気づかなかった。お前、自分で分かってないのか?」
「……何を?」
「酷い顔色です。それに目も焦点が合ってないように思います。ちゃんと私たちが見えてますか?」
そう言われれば何か変な感じはする。
でも、楽しいから終わりにしたくない。
終わらせてしまうのはもったいない。
そんな感情が優先される。
「大丈夫だし。問題ないし……あれっ、変だな。2人の顔を見たらクラクラする、気がする……」
今まで調子が良かったはずの雅は、急に目眩に襲われる。
彼女もあまり体験したことのない異常にみまわれる。
「……やっぱり。すぐに帰りますよ!」
「やだ。帰んない。居心地のいいここにいる!」
「酔っ払いと同じか……ダメだな。やるか」
口で言っても聞き分けない。
ならば宣言通りぶん殴って止めるしかない。
手筈通りにいくと亜李栖と顔を見合わせて、同時に仕掛ける。
「ズルいぞ。2人がかりなんて。卑怯だ! ──えいっ!」
雅は、志乃と亜李栖それぞれに手を向ける。
左右から挟みこむつもりが、2人とも雅に触れられず停止してしまう。
「バリアー!」
「ふざけんな!」
「心配してるんです。大人しく聖剣の一撃を受けなさい!」
空気の壁が物理攻撃を通さない盾と、彼女の言うようにバリアーと化す。
叩いても、斬りつけてもビクともしない。
「そんなの効かないよー、このまま籠城してやるから」
思考すらろくに纏まらなくなっていることに、雅は気づいていない。
魔力に満ちたこの裏東京に彼女は酔っている。だから感覚が鈍っている。
普段の彼女なら、直ぐにでも気づくことにすら気づかない。
それは体の異常であり、逃げるではなく接近する少年がいるという異常にもだ。
♢
──ザリっ
砂利を踏む音がした。
雅がここまで接近に気づかなかったのは、体の異常のせいだろう。
親友たちの無事に安堵し気を抜いた彼女は、どちらにしても気づかなかったかもしれない。
気づかなかった。気づけなかった。
鬼ごっこ。その遊戯の中で、子の中で、雅の魔法をその身に受けてなお、1人だけ今だに心の折れていない少年がいるのを。
他が恐れ逃げ出したとしても。
自分を上回る魔法を見せつけられても。
地面に顔を押し付けられ無様な格好を晒したとしても。
最後に勝てばいい。
そう考えていた少年がいたことを。
1発の銃声が響く。
その魔法は弱っている雅の風の壁を貫通するには十分な威力を持ち。
エッグを使っていない。フィールドの恩恵を受けていない。雅を殺すにも十分な威力があった。
その魔法は3人の気づかぬうちに迫りくる。




