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 鬼ごっこ ④

 鬼ごっこという遊び。

 タッチされたら鬼は入れ替わる。


 物理的にではなくても触れた。

 子の触れられたくたいものに。


 本来ならあるはずの制限時間はなく、鬼ごっこの終わりは、子のフィールドからの脱出だった。


 それを鬼だった彼らは、直前でぶち壊した。


 口車に乗り、浅はかに参加した鬼ごっこ。

 魔法すら無い少女3人を捕まえればいい。


 楽な内容だった。はずだった。


 報酬もあったはずだし、何より少女が報酬と言ってもいいはずだ。


 上手くいった。はずだった。


 ……ただ、今更後悔しても遅い。

 鬼は入れ替わったのだ。

 今度は自分たちが子になってしまった。


 ピエロの言葉に唆されたのが、そもそもの間違い。

 そう思って諦めてください。


 ♢


 少女の悲鳴が響き渡る。

 それを笑う声が聞こえる。


 膝をつき、意識すらあるのかも分からなかった彼女(おに)は立ち上がる。

 それを待っていた道化師(ピエロ)は笑みを浮かべる。


空域制御(くういきせいぎょ)


 魔法の言葉が唱えなれ、唱えた鬼は足をトンと鳴らす。


 手を叩く動きは横に作用する。

 今の足踏みは縦に作用する。


 真上から風が吹く。

 人を地面に押し付けるほどの風が吹く。


「──おっと」


 今の事象を1人だけ回避したピエロは手に持つ大剣を振りかぶり、鬼へと向かう。

 空域内に渦巻く風は発生し続け、ピエロと少女2人以外を圧し潰す。


「……ウザっ」


 鬼は足を振り上げる。

 空気は縦に裂け、風は鋭く切り裂くモノに形を変える。

 鬼である風神 雅(かざかみ みやび)しか見えもしない風。


 ────ギンッ


 鉄と鉄がぶつかるような音。

 何も手にしていない雅と、ピエロことカイアスの振る大剣とがぶつかる音。


 押し負けるのはカイアス。


「お嬢さんの言う空域内では勝ち目がないですかねー」


 逸らした見えない斬撃は建物に切れ込みを入れた。綺麗に斬れた痕が見える。


 縦で駄目なら横に振る。


 押し付けられる風がなかったら、その高さにあったものは真っ二つになっていたことだろう。


「うーん、何か予想と違うんですが……。確かに力は増した。しかし、──何か違う!」


 風が見えないカイアスは、感じる魔法の気配と雅の動きを見て攻撃を回避する。


 縦でも横でも駄目。


「──檻」


 ならば組み合わせて使う。

 雅は両足を使って風を裂き続ける。


 縦と横に鋭い風は吹き、次第に逃げ道を奪う。

 避けるのを予測し張り巡らす。


 やがて、檻のようにカイアスは囲まれ逃げ道がなくなる。


「圧砕」


 雅は飛び上がり片足で着地する。

 足踏みとは比較にならない負荷が圧しかかる。

 具体的には地面。アスファルトが凹む。

 

「両断」


 そして残る足を振り切る。

 檻は中の風は反響し、掛かる風圧は押し潰し、見えない風は切断する。


 爆発音に太刀音。


 この事象は見えている。

 この場所にいる全員から。


 何が起きているのかは理解できなくても、圧し掛かる風圧に、切れ込みの入る建物に地面。終いにはアスファルトが凹んだ。


「──雅! 何やってんだお前は! そいつを殺すつもりなのか」


 ひとつの事象にも巻き込まれていない彼女は、やっと言葉を発することができた。

 圧倒されて何も言えなかった。


 自分たちを逃がすために魔法を使ったことに怒るより、そんなことをする筈がないと思う気持ちが上回った。


「……雅さん?」


 亜李栖(ありす)がそう言ってしまうのも分かる。

 風神 雅はこんなことをするような人間じゃないから。


志乃(しの)ちゃん。 ……勿論殺すよ。こいつが終わったら次はそいつらも殺す。仕掛けてきたのはこいつらだし、殺す理由はあっても殺さない理由は見つからない。あたしから奪おうと、2人に酷いことをしようとした報いだよ」


 こちらを向いた親友の目には、一切の感情が感じられなかった。

 口調は変わらない。けど、同じ人間とは思えない。


 天真爛漫といった感じの、自分たちの知る雅とは掛け離れている。


「ふーん。まだ、生きてるんだ……」


 何食わぬ顔でピエロは顔を出す。

 しかし、無傷ではない。

 自慢のスーツはあちこち切れ、その部分からは血が流れる。


「──驚きました! それはもうビックリした! まさか障壁はバラバラ。特注のスーツはダメになるとは……──思いませんでした! 見たかったものとはだいぶ違かったんですが、良しとします。そろそろお暇しますので、ではではー」


「逃がすわけないじゃん」


 ピエロの足元が光る瞬間。浮かぶ魔法陣。

 先ほどのように移動するつもりだったピエロの魔法陣はアスファルトごと割れる。


「空域内はあたしのものだ。おまえのやることなんて無意味だよ」


「それはどうでしょう。 ……奥の手とは隠しておくもの。何より、この程度では彼らすら殺せませんよ?」


 カイアスの手から青い光がほとばしり、かざした手から水で出来た泡。シャボン玉が発生する。


「意味ないって言ってるだろ」


「その程度ではダメだと言ってるじゃないですか」


 増えるシャボン玉は次々と割れる。

 だが、割れる速度は増える速度を超えられない。


 勝るはずの速さで負ける。

 その差は技量の差。


「それではまた、機会があればお会いしましょう!」


 カイアス自身もシャボン玉に包まれていく。

 そこは空域の中にあって雅の支配の及ばない場所。


旋風(つむじかぜ)


 風が渦を巻きシャボン玉を弾けさせる。

 しかし、渦巻く風がシャボン玉を全て引き裂いた時には、カイアスの姿は消えていた。


「雅、もうピエロはいない。もういいんだ」


「わかったよ。逃げられちゃったならしょうがない……」


「雅さんたら……心配ばかりかけて」


 これにて終わり? まさか!

 

「──残りと遊ぶことにするよ。ほら、逃げて、逃げて」


 1人逃げてしまったが、鬼ごっこをするには十分な人数がいる。


 雅は空域の支配を解除する。

 子が逃げない鬼ごっこなどつまらないから。


「雅さん……何を言って……」


「──どうしたんだ、お前は! 雅!」


 無邪気な。悪意など微塵もない。天真爛漫な彼女らしい笑みが浮かぶ。


「こんなに体が軽いのも、思い通りに動くのも初めてなんだ! 魔法だって使い放題! これなら欠陥品とも、出来損ないとも言われない。言わせない。 ……もっと、もっと、遊ばなく(ためさなく)ちゃもったいない!」


 鬼を新たに鬼ごっこは始まる。


 ♢


 絶対に見せない。気取らせない。

 他人にはもちろん、友達にも親友にも。


 それを知る家族に身内。風神(かざかみ)という家。

 欠陥品と、出来損ないと、評価した人たち。それぞれに隠す。


 友達には何も感じさせずに振る舞い。

 家族には何も感じていないように振る舞う。


 誰も自分を評価してくれない。

 誰も自分を必要としていない。

 誰も自分がいなくても困らない。


 魔法使いの家に生まれて魔法が使えなかったから……。


 もしも、魔法が使えたらだって。笑っちゃう。

 魔法なんてないのに。

 無いんだとみんな思ってるのに。


 ……どうしてそんなものがあるの?


 使えなかったら要らないの?


 ……じゃあ、使えたら必要なの?


 ──誰か教えてよ!


 ♢


 ずっと抱えてきたそれは狂気というのだろう。


 泣きもしなければ、わめきもしない。

 ありのままを受け入れる。


 ……そんなの嘘だ。


 本当は認められたい。認めさせてやりたい。

 あたしだって家族の一員のはずだ。


「つかまえーた!」


 楽しくて仕方のない(みやび)は、鬼ごっこを続ける。

 1人ずつ。1人ずつ。子を捕まえていく。


「……悪かった。だから──」


「単なる鬼ごっこでしょ? どうしたの?」


 肩を掴まれた子は恐怖しか感じない。

 どれだけ目の前の少女が微笑んで見せても、恐怖しか感じない。


 自分たちの魔法は無意味だった。


「許してください……」


「つまんないこと言わないでよ。もっと、あたしにあたしを試させてよ」


 (みやび)は、ピエロの、カイアスの言葉通り殺せなかった。

 少年たちに傷ひとつ負わせられない。

 それでも痛みはあるようだ。


「……化け物」


「ひどいなぁ。女の子に向かって化け物だなんて。傷ついちゃう」


 逃げることは無意味だ。

 ピエロのように消えでもしない限り、この化け物からは逃げられない。


 逃げ惑う少年たちはそれでも抗う。

 終わりの見えない鬼ごっこに。


「背中を見せて逃げるなんて……攻撃してくれって言ってるようなものだよねー」


 右足で横に空気を裂く。


 もはや空域制御すら必要としない。

 空域という力の及ぶ範囲。区切られた箱を作る必要すらない。


「こんなに景色が変わるんだ! あのピエロ野郎にも感謝しなくちゃいけないね。あたし1人じゃ踏み出せなかった」


 切断は起きない。

 風の刃は肉体を傷つけることなく、痛みだけを少年へもたらす。体が2つに裂かれる痛みを。


 ♢


 あと一歩。


 そこで新宿からやって来た影は停止する。

 目があるのかは分からないが、仮に目があり首もあるとするのなら、その首を動かして一点を見つめる。


 一歩先の気配に向かっていたはずの影は下へと降りる。


「……おかしなものが現れましたね。(みやび)が心配なんで急いでいるんですが。どうも大人しくは通してくれそうにないですね」


 彼女は一番遠くの出口から現れた。

 そこにいた少年たちから経緯も聞き出している。


 離れた場所にいた水瀬ユウキは駆けつけてきた。

 自分をトモダチと呼ぶ彼女のところへ。


「良ければ手を貸してはくれないか? ジャックのお嬢さん。これを自由にさせるわけにはいかない」


 ユウキの前に、影の前に、新たな男が現れる。

 男が言うジャックの意味は分からない。


「愚息を見失うわけにはいかないのだが、こちらも無視はできん。オレに力を貸してほしい」


「その姿……。ひとつ質問に答えるなら協力しましょう」


「オレが答えられることなら約束しよう」


「交渉成立ですね。私はどうすれば?」


「拘束する魔法を編むのに10秒掛かる。ここで抑えたい」


「分かりました」


 この影を前に10秒とは果てしなく遠い時間。

 しかし、影の前にいる2人には10秒でしかない。


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