世界中でたった1人 ②
♢56♢
真っ赤な炎が天高く昇り、空を燃やす。
鳥籠という遮るものがあっても、火の勢いは止まらない。阻む鉄を燃やして炎は空に広がっていく。
火柱は巨大な木に。真っ赤な空は花に見える。
そこから落ちる無数の火の粉は、花びらみたいだ。
花びらは付着したところから燃やし、更に火を生み出す。花びらの数だけ炎はどこまでも燃え広がるだろう。
まさに世界の終わりみたいな光景。でも……。
「きれい」
巨大な燃える桜の木。その花が舞い散る様に、そんな言葉が口から出た。
炎から酷く禍々しい気配を感じながらも、綺麗だと心から思った。感じる温度は憤怒のような熱量。炎の色も憤怒のような赤色だ。
「幻想的です」「空が燃えるなんてな……」
花びら1つ1つにも気配を感じる。
こんな激情があるなんて。こんな怒りがあるなんて。
きっと、この炎は全てを燃やす。
燃えるもの。燃えないもの関係なく。全部。
触れるものを皆、跡形も無く消し去る。
「触っちゃダメよ。火の粉でもダメ。あの花には毒がある。いえ、呪いかしらね」
「ふわふわ。ユッキーは?」
「火柱の下。分かってると思うけど、あれはユッキーの仕業よ。近付かないでって」
そっか……。
この炎はユッキーの記憶の炎だ。
ユッキーの記憶を焼却した炎。
「──ユウキさんは大丈夫なんですか?!」
「大丈夫よ。大丈夫じゃなかったら、とうに火だるまになって燃え尽きてる」
「ふわふわは何を知ってるの?」
「刀の名前と。伝え聞いた事」
こいつは誰で、何をどこまで知っているんだろう。
何を目的に、こうしてあたしたちの前に立っているんだろう。
「大太刀の名は茜。もたらすものは……見ての通り。灰燼すら残さない火。灼熱以上の業火。私はこれが見たかった」
「何のために?」
「……探究心かしらね」
嘘だ。この嘘つきめ。
しかし、本当のことを聞き出すのは難しい。
こいつとでは役者が違いすぎる。
「ふわふわに構っていてもしょうがないから、ユッキーのとこに行こう」
「──話を聞いてないの?! 燃えたら灰すら残さないのよ。わかってる?!」
「ユッキーはそんなことしませんー」
炎がどうであっても使うのはユッキーだ。
ユッキーは、あたしたちを燃やしたりしない。
「火だるまになっても知らないわよ」
「心配ご無用。近くで写メ撮って見せてやるからな!」
「私は近寄らないわ。あの子にとって、私は友達じゃないからね。火だるまになって死にたくないし」
♢
茜が言葉に反応した。
その際に吹き出した炎を止められない……。
制御も出来ないどころか、この炎に呑まれて自分の意識すら消え去りそう。出しただけでこれでは先が思いやられる。やはり、これは人の手に余る代物なのか?
私には……。
「ユッキー! いいよー。カッコいいよー」
「なっ──、雅! 駄目です。すぐに離れなさい! 何故、近寄って来たのですか? 近付かないように言ってくれと伝えたのに……」
「言われたけど雅が言う事を聞かなくてな」
「スマホ片手に1人で先に行ってしまいまして」
雅だけでなくシノとアリスまで。
みんなを巻き込むわけには……。
茜。言う事を聞いてください。
「ユッキー。その刀はきっと自分の姿に怒ってるんだよ。そんなにお札をペタペタ貼られて、鎖でがんじがらめに縛られて。ユッキーがそんなんで、その子はどうすんの?」
「これを外せば後には引けない。これは──」
これは……何? 失敗した時の保険?
言われて気づくなんて。半端な覚悟では抜いたところで駄目だと分かっていたのに。
「それにユッキー、言ったじゃん。見ていて欲しいって。離れていたら見えないよ」
「内心はヒヤヒヤだけどな」
「問題ないです。いざとなれば聖剣を振るうだけです!」
誰も離れていくつもりはないらしい。
自分たちが一番危険なのに。バカ……。
でも、そうだ。
落ち着け。炎に呑まれるな。
「貴女の本当の刀身はおろか、鞘すら私は見たことがない。幾重にも重ねられた封印によって。扱える者はなく、触れる者も数えるほど。寂しかったとは違うでしょうが、孤独だったでしょう。私も同様に孤独だったのでしょうが、今はもう違います。もう1人ではありません。茜、貴女も一緒です。私がいます。だから、力を貸してください」
炎が、施された強固な封印に燃え移る。
茜が自らの封を破り、その姿を現す。
「──うん。美人さんだ」
誰も見たことがないであろう鞘。
「バカな……。これでは私の聖剣が霞んでしまう。鞘にこれほどの魅力が。私も鞘が欲しい……」
「綺麗な色だな。今まで、どれだけ札まみれだったんだよ。どんな曰く付きの物なのかと思ってたけど、本当はそんな色だったのか」
朱色の鞘。生み出す炎に負けない強い色だ。
「抜いてみなよ」
「ここから先は未知の領域です。記憶にあったものとは違い、何にも縛られていない茜。最後にこの先を見た人物も分かりません」
いなかった。のかもしれない。
だから幾つもの封印が必要だったのかもしれない。
でも、こうしてその姿を現した。
「ほら、待ってるよ?」
「──はい!」
促され一息で引き抜いた刀身。
現れたのは刀身が紅い刀。刃紋の部分が紅い。
見惚れてしまいそうな魔性を帯びたその姿。
「綺麗……」
そう言うしかなかった。
鉄の色ではなく炎の色。これが本来の茜。
「うん、きれい。後はカッコよくあいつに勝つだけだよ!」
雅が言ったあいつとは、ずっと待っていた男。手を出すこともせずに、ただ黙って私を見ていた男。
壊す以外には何も持ち合わせてないと思っていたのに、違ったようだ。侮っていた。
残された力で立ち会うからこそ、私を待っていたのだろう。男にそうさせるのは誇りだ。
鍛え上げられた身体は鍛錬の証。求めるのは強さ。ひたすらにそれだけを求む。そんな人だったようだ。
その姿は異形なれど。その振る舞いは武人。
「お待たせしました」
私の言葉に待っていたとばかりに、真紅の眼の男は笑う。
何事も言うは安い。
言葉だけなら、絵空事すらな。
「我らは世界に存在すべきではない。それがオレが至った結論だ」
有るも無いも同じこと。須らく同じ。
それが我の至ったところだ。
なれど、其方如きに何が出来うるわけでも無し。
「今の貴様には触れることすら出来ない。それは現状だが、それは器があれば違うだろう? 貴様を器に押し込めることが出来たなら。その時は二度とその声を聞くことがないように、一片すら残さず消してやる」
…………器?
我に見合う器が存在すると?
「無ければ作り出すまでだ。何として、何をしても貴様は消し去らねばならない」
永き時を掛け見つからなかったものを、其方如きに作り出せると? 愚かしい。身の程をわきまえよ。




