再開を信じて~ダイヤモンドリリーの花言葉~雪よしのさんへのクリプロギフト
よしのはこの時期になるとネリネ、別名ダイヤモンドリリーと呼ばれるヒガンバナ科の白い花を窓際に飾る。いつ果たされるかも知れぬ約束を忘れないために…。
その日、札幌市内は雪が降っていた。
東京の企業に就職が決まった良介の就職祝いのため、よしのは札幌の大通公園近くのビアレストランに向かっていた。店に着くと、傘に積もった雪を払い落し、良介が来るのを待った。良介はすぐにやって来た。
「ごめん。こんな雪の日に女の子を待たせるなんてダメダメだね」
「ううん、私も今来たところだから。全然待っていないわ」
良介はよしのの手を取って店に入った。店内は混み合っていたのだけれど、良介はこの日のために個室を予約していた。
「日下部です」
店の接客係の男性にそう告げると、予約していた個室へ案内された。席には既にシャンパンのボトルとグラスが置かれていた。
「あら、ビールじゃないのね」
「自分で言うのもおこがましいのだけれど、お祝いだからね」
良介はそう言ってウインクした。
「就職おめでとう」
「ありがとう」
「これからは滅多に会えなくなるわね」
「なーに、休みの日には帰って来るよ」
「休みと言ってもお盆かお正月くらいでしょう」
「うーん、そうかもしれないけれど、よしのに会いに戻って来るから」
「気持ちだけで十分よ」
二人は恋人と言えるほどの間柄ではない。少なくともよしのはそう自覚していた。だから、このまま良介に会えなくなったとしても悲しむことはないと自分に言い聞かせていた。
「俺、東京に行って、ある程度生活力が付いたらよしのを迎えに来るから」
「何を言っているんだか」
「あっ! よしの、お前、俺のことを軽く見ているな?」
「軽くもなにも、迎えに来るって意味が解からないわ」
「意味って…。そのまんまだよ。結婚しよう!」
店を出て駅へ向かう途中で良介は花屋を見つけた。
「ちょっと待ってて」
そう言って良介は花屋へ入って行った。しばらくして戻って来た良介の手には一束の花が握られていた。
「はら、俺の気持ち」
「なによ。逆じゃない。お祝いのお花を贈るのは私の方でしょう。これって何かの嫌味?」
「あのな、この花、ダイヤモンドリリーって言うんだ」
「それがどうしたの?」
「この花の花言葉…」
「また会う日を楽しみに」
「何だ知っていたのか」
「良介ったら、さっきから結婚だとか、この花の花言葉だとか…。私は純粋に良介の就職をお祝いしたいと思っているのに、からかうのはやめて欲しいわ」
よしのは良介のことが好きだった。けれど、良介は周りの女の子たちからも人気があった。誰々と付き合っているなんていう噂もしょっちゅうだった。良介にとって自分は普通の女友達の一人だということを知っていた。いや、そう思い込もうとしていただけなのかもしれないけれど…。そうして、周りの女の子たちの嫉妬から逃れようとしていた。
「からかってなんかいないさ。俺はずっとよしのが好きだった。他の女と付き合った…。いや、付き合ったふりをしたのだって、お前を理不尽な誹謗中傷の対象にしたくなかったからだ」
よしのにとって良介のこの告白は意外だった。本音ではとても嬉しかったのだけれど、素直な気持ちを伝えることを躊躇してしまった。
「そんなの自分を正当化するためのいいわけでしょう。そもそも、付き合ったふりだなんて相手の女の子に失礼よ」
そう言って、よしのは一人で駅へ向って歩き出した。
「お前のことが好きなのは嘘じゃないから。きっと、いつか迎えに来るから待っていて欲しい…」
背中越しに良介の叫ぶ声が聞こえた。けれど、よしのは振り向かなかった。それが良介との最後だった。
よしのも地元の企業に就職した。良介からの連絡はなかった。よしのも会社の同僚たちとそれなりの付き合いをしていた。ある男性社員から告白されたこともあった。よしのより二年先輩のその男性は社内でも人気があり、若手の有望株としても期待されていた。しかし、よしのは彼の告白を受け入れなかった。
「もしかして、よしのって付き合っている人がいるの?」
同僚の女子社員から聞かれた。
「そんなことはないんだけど、今はまだ仕事に専念したいの」
それは本当のことだった。けれど、心の中には良介が居た。
『きっと、いつか迎えに来るから待っていて欲しい…』
この良介の言葉が今でも忘れられないでいた。
「そんなことを言っていたら、行き遅れちゃうわよ」
そう言って彼女は笑った。
残業を終えて、一人駅へ向かう途中でよしのは酔っ払った数人の若者に絡まれた。
「ねえ、どうせ暇なんでしょう? ちょっとでいいから付き合ってよ」
「暇ではないのでごめんなさい」
そう言って、その場を離れようとすると、その中の一人がよしのの腕を掴んだ。その瞬間、脇から伸びてきた手がその男の手を払った。
「俺の嫁さんに手を出すんじゃない!」
聞き覚えのあるその声の主は良介だった。若者たちは捨て台詞を残して立ち去った。
「よしの、迎えに来たよ」