仕事に生キル (三十と一夜の短篇第19回)
「ああ、うん。いいよ。
私がメッセージで聞いてみよう。
休みの日に電話したら、会社に来ちゃいそうじゃない、彼女。
私が軽く聞いてみるし、明日でも全然大丈夫だからサ」
昨日、飲んだビールがまだ残っている。休みの前の日は時間も体裁も考えず、ゆっくり飲めるものだから、ついつい飲み過ぎてしまう。テーブルに散乱したビールのラベルを数えていると、そのまま時計が視界に飛び込んでくる。
なんだ、まだこんな時間。
なんだ、まだこんなに早いの。
しぱしぱと重たい瞼を閉じる。晶子は二度寝を目指して、鈍い体を布団へ潜らせた。眠たいわけではないけれど、休みの日にもうちょっとだけ眠る贅沢をしたいのだ。ケータイも布団の海に溺れてしまって見当たらない。
いい夢を見たような。覚えてないけれど、いい夢を見たような気がする。良い休みの過ごし方だ。ゆっくり寝よう。
♪ぴんぽん♪
ケータイから悪魔の電子音が鳴る。晶子のそれは枕の下に隠れ、虎視眈々と失望させるチャンスを待っていたのだ。
効果覿面。晶子は一気に覚醒する。ふわふわとした意識が身体へ瞬時に戻ってくる。重たい体とは裏腹に、通知が来たメッセージを確認しなければ、どうにも落ち着かない。
休みの日にわざわざ送られてきたメッセージの概要はこうだ。
「今日 会社 来る?」
なんて素敵なお誘いだろう。おそらく何かあったんだろう。
これがデートのお誘いだったら、冴えない上司からのそれでも少しはアラサーの晶子も浮かれるというものだが。
電話の方が手っ取り早いとこちらからかけると、3コールで女性の声が出て、冴えない上司に繋いでくれた。
とりあえず、いつもの様に応対して、状況だけ確認する。晶子も化粧をする時間くらいは欲しかった。
「おはようございます。どういう状況ですか?
ええ、声は仕方ないんです。起きたばっかりです。今から支度して向かいますから。
いやもういいですよ、行きます。大丈夫です、任せて下さい。はい。また後で。はい、失礼します」
もそもそと晶子は布団から這い出る。仕事だ、行かないと。
エアコンがついていない晶子の部屋はひんやりと夏の死を告げていた。代わりに秋と冬の断片が佇んでいたのだけれど、仕事に生きる晶子には必要のないものだ。
少しずつ晶子はそういう風に染まって、少しずつ追い込まれていった。
「用件、打つ前に電話来ちゃったね……ははっ。
真面目だなあ。
仕事熱心なのは買うけど、そこまでしなくていいのにね。
まあ、コッチは助かるっちゃ助かるから良いか」