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Snow Gift

作者: 澤村しゅう

 寒い。

 ひらひらと。わずかな風を受けて、不規則に白が揺らぐ。吸い込んだ息に引き寄せられて、ぺとりと鼻先に雫が付いた。粉雪。埃かと見間違うほど細かな白は、ほんの数メートル先の視界をも遮る。着込んだ分厚いコートに、音もなくとげとげとした飾りをつけていった。

「よかったですね。これで伝染病の可能性が減りますよ」

 寒さで赤みを増した鼻を鳴らしながら、長年の相棒がつぶやいた。病原菌などはある一定の温度以上でないと活動することができない。この雪は危惧していた伝染病の発生を食い止めてくれるだろう。それで少しでも、生き残る人が増えてくれればいいのだが。

「まいったなぁ……手助けしてあげたいのに、私では何もすることができない」

 目立たないよう難民の変装をし、現地の子供たちと話をしてみたのだが……望むものは「母親を蘇らせてほしい」や「時間を戻して欲しい」など――私では到底叶えることのできない望みだった。あの子たちが望むのが「物」ならば大喜びで与えたというのに。

「もうちょっと、役に立てると思ったんだけどなぁ」

 助けて。

 ただその言葉を繰り返されても、どう助けたらいいのか分からない。私がこの場に滞在できるのは今日1日だけなのだ。長期的なサポートをしてやりたくても、明日には国に帰らないといけない。

 絶望に陥った人間は、あれが欲しいこれが欲しいといった「希望」を見いだせないのだろう。必需品であるはずの食べ物でさえ、彼らは欲しいと口にしなかった。

 痛くないように殺して。そう望んだ子供も多い。無論、ばかなことを言っちゃいけないと断ったが。

 いくら手を伸ばされたって、できることとできないことがある。私にできるのは、望んだ『物』をプレゼントする。それだけだ。形ないものはあげることができない。私は神ではないのだから。

「イエス・キリストだったらうまくやったんだろうけど」

「見放したんじゃないですか? じゃなかったら今日、こんなことにはなっていないでしょう」

 先ほどまで私のコートと同じ色だった地面は細かな雪に覆われ。辺り一面を白く浮かび上がらせていた。広大な草原であるはずの視界は、ぼこぼこと波打っている。わずかに積もった雪の間からのぞく、苦痛に満ちたガラス玉のような目が痛々しくて。見ていられなくて。顔に粒が当たるのも気にせず空を仰ぐ。

「『もう死体を見たくない』という願いがあるね……これを使って雪をもっと降らせようか。悲惨な光景をすべて覆い尽くすくらいの雪を」

 シャン、と隣で鈴が鳴った。相棒がそりを引き、もうこの場から立ち去ろうと私を促す。

「世界中のどこも、似た様な状況らしいですよ。今年は臨時休業にします?」

「いや、こんな状況でもひとりくらいは希望を抱いている子がいると思うんだ。ひとりでもプレゼントを待っている子がいる限り、私は行くよ」

 そりに乗り込むと、またシャンと鈴が鳴る。相棒は次第に速度を上げ、粒を大きくした雪の中へと駆け上がった。あっという間に白い地面が離れていく。もう私のコートと同じ、赤い色は見えない。

 今まで毎年、あれがほしいこれがほしいと欲の多い子供たちにうんざりしていた。正直最近では手が足りなく、人間の大人にいいように取り計らってもらっていたぐらいだ。あまりにも多忙で。あまりにも余裕がなくて。まさかこんな突然暇になるだなんて思いもしなかった。爆弾によって生まれた黒い雲の隙間を潜り抜ける。

「彼らはしぶといですから、きっとまた忙しくなりますよ。それまでゆっくり待ちましょう。……だから、泣かないでください。サンタクロース」

 手綱を握りしめ、そりに頭を預けて嗚咽を上げる。自慢の髭がびしゃびしゃになったが構っていられなかった。ぼろぼろと熱い雫がこぼれ落ちていく。

 こんなにも自分が無力だとは思わなかった。うつろな目をした子供たちの姿が脳裏によぎる。ぎり、と歯を噛みしめたが声を抑えることはできず。相棒がまた二、三言励ましの言葉をくれる。

 放射能を含んだ黒い雲により、氷河期のように凍えた地球を駆け巡る。おびただしい数の死体が、私の「雪」のプレゼントで覆い隠されていった。

「メリー、クリスマス!」

 弾んだ声で笑う、大勢の子供たち。まっすぐ伸ばされた手に、たくさんのプレゼントを与えてきたというのに。

 物というものを介さなければ、私は彼らが差し出した手を取ることができない。

 キラキラと。こぼした涙が氷の結晶になり、地上に降り注いでいく。声にならない嗚咽が黒い雲に吸い込まれていった。


 どうか、願わくは。

 また子供たちの笑顔が溢れかえる、多忙なクリスマスを。


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