表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

赤ずきん 〜もう一つの物語〜

作者: 鹿野 魁
掲載日:2008/02/05

 むかしむかし、一人の女の子が居ました。女の子はおかあさんと一緒に、町から離れた森の入り口に住んでいました。女の子は、いつも赤いずきんをかぶっていたので、おかあさんからも、森の奥に住んでいるおばあさんからも「赤ずきん」と呼ばれていました。

 ある日、赤ずきんはいつものようにおばあさんのところへ行こうしました。するとおかあさんは

「ついでに、おばあさんにこのワインを届けてちょうだい」

と、かごの中にワインを入れながら言いました。そして

「お腹が空いたときのために、パンケーキを入れておくわね」と、かごの中にこぶしほどのパンケーキを二つ、入れました。

 赤ずきんはおかあさんに手伝ってもらって仕度を済ませた後、かごを受け取ると「いってきます」と、元気良く家を出て行きました。

 赤ずきんは、おばあさんの家までの道のりを迷うことなく進んでいきます。

 毎日のように通っているので、道をすっかり覚えているからです。

 おばあさんの家まであと半分、というところで、赤ずきんは男を一人、見つけました。男は少し遠くの木々の間を、うろうろと歩いていました。

「ねえ、どうしたの?」

 赤ずきんが大声で尋ねると、男は赤ずきんのもとにやってきました。

「人を探していたんだけど、迷ってしまってね。君が声を掛けてくれて助かったよ」

 男はそう言うと、照れくさそうに頭をかきました。

 赤ずきんは大人なのに迷うなんて変なの。と言いましたが、男はその言葉に苦笑しただけでした。

「あなたはなんていう名前なの?」

 赤ずきんが、もう一度男に尋ねました。

「狼、って呼んでくれたらいいよ」

「狼――変な名前」

 そういった後に赤ずきんは、狼。と口の中で小さく復唱しました。

「君の名前はなんだい?」

 今度は狼が尋ねました。

「赤ずきん」

「君の名前も、ずいぶん変わっているんだね。もしかして、そのずきんと関係があるのかな」

「そうだよ。良く似合うでしょ」

 赤ずきんはそこで初めて、男に笑顔を見せました。

「うん。とてもよく似合ってるよ」

 そう言って狼は、ずきんの上から赤ずきんの頭をなでました。

「ところで、赤ずきんちゃん。君はこんなところで一人、何をしているんだい」

 男はかがんで赤ずきんと目線を合わせました。

「おばあさんのところに行くの」

「そうか。……おばあさんの家はどこかな?」

「あっち」

 そういうと赤ずきんは、自分が先ほどまで進んでいた方向を指差しました。

「今日はおかあさんに渡されたワインを持っていかないといけないの。だからもう、行かなくちゃ」

「でもね、赤ずきんちゃん。ここにはこんなに花が咲いているのに、赤ずきんちゃんは花を持って行こうとは思わないのかな」

 赤ずきんが辺りを見回すと、確かに、色鮮やかにいろいろな種類の花が辺り一面に咲いています。特に、赤色の花の匂いをかぐと、気分がよくなってきます。

「でも、遅くなったらおばあちゃんに怒られるから……」

 花を見て輝いた瞳は、今はもう、伏せられていました。

 狼は立ち上がると、両手を広げて言いました。

「大丈夫だよ。お花をお土産に持っていったら、おばあさんもきっと喜ぶよ」

「そうかなあ」

 赤ずきんは、狼を見上げて言いました。

「そうだよ」

「……じゃあ、行ってくるね」

 狼の言葉に赤ずきんは、花畑の中に入っていきました。


 赤ずきんが花を摘み始めてから、しばらくたった後。

 コンコンコン……

 おばあさんの家の戸が叩かれました。

「赤ずきんかい? 戸は開いているから早く入っておいで」

 おばあさんは、暖炉にかけた大きな鍋をかき混ぜながら言いました。

 扉が開いて、誰かがお婆さんの家に入ってきました。

 家の中は一部屋しかなく、暖炉は扉の反対側に位置しているので、おばあさんには入ってきた人は分かりません。

「新しい薬が出来たからね。また、飲んでもらいたいんだよ」

 おばあさんがかき混ぜている鍋の中には、どろどろに煮詰まった、紫色の液体が入っていました。

 暖炉の傍の壁には、かえるの足の干物や、瓶詰めにされたウサギの肝などが置いてありました。

「ほら、赤ずきんや」

 おばあさんは鍋の中の液体を、カップに注ぐと振り返りました。

「誰だい、あんたは!」

 驚いたおばあさんは、カップを取り落としてしまいました。家に、カップが割れる音が響き渡ります。液体の触れた場所は、不気味な音を立てながらあり得ない色に変わりました。

 お婆さんの家にやってきたのは、お婆さんの知らない男でした。

「教皇直属、エクソシスト部隊の一員、狼と申します」

 男はそう言いながら、優雅にお辞儀をしました。

「――もう会うことはないでしょうから、覚えなくても結構ですよ」

 男の顔に浮かんだ笑みは、先ほど赤ずきんに見せた優しげなものと正反対でした。

「狼……?」

 おばあさんには狼の言葉の意味が分からなかったのでしょう。眉をひそめておばあさんは呟きました。

「知りませんか。――それではスコールとハティと言う二匹の狼のお話はご存知ですか?」

「太陽と月を追い続ける兄弟の狼だろう。それくらいは、知ってるさ。私も魔女の端くれだからね」

 おばあさんは警戒しながら答えました。

「おや、自分が魔女であることを肯定しましたか……それはさておき、話の続きをしましょう。

 あなたの仰るとおり、スコールは太陽を、ハティは月を追いかけています。世界が終わるときには、二匹は太陽と月に追いついて飲み込んでしまうと言いますが、さて、この太陽と月は一体何を象徴しているのでしょうか」

「そんなの知らないね」

 おばあさんの警戒は、未だ解けませんが、狼は構わずに話し続けました。

「そうですか。まあ、これは錬金術師の分野ですし、知らないのも無理は無いでしょう。

 太陽と月は、錬金術において精神と魂を象徴しているのです。――ここまで言えば、僕がどうしてあなたの前に現れたのか、お分かりになると思いますが」

「私を殺しに来たのかい」

「それだと少し、語弊がありますね。言ったでしょう? 僕はあなたの『肉体』を食べに来たわけじゃない。具体的に言うと『知識』をもらいにきたんですよ」

「どういうことだい」

「この後、あなたは僕に教会に連れて行かれます。そこで異端裁判にかけられるわけですが、間違いなく有罪になるでしょう。特にあなたは、先ほど自分で自分が魔女だと認めましたからね。ですが、『魔女は殺したいが、魔女の知識は欲しい』と言ったところなのでしょう。あなたたちの知識を持ち帰ることが、僕たち――狼の役目なんですよ。

 ということで、あなたにいくつか質問しますが、答えてもらえますよね?」

 あばあさんは、はっ。と小さく吐き捨てると言いました。

「そう言われて、おとなしく教えると思うかい」

 しかし狼は、余裕の表情で言い返しました。

「なぜ、僕がわざわざこんな長い話をしたと思いますか? 僕は、生まれながらにおかしな能力を持っていましてね。自分が魔女と言われないように、『狼』に所属しているのですが――」

 そこで狼は、壁際にあるおばあさんのベッドに腰掛けました。

「僕と相対している人が、僕の話を聞いて、これから自分の身に起こることを理解したときに限り、僕はその行動のみを起こさせることが出来るんですよ。試しに一つ、質問してみましょうか。

 ――赤いずきんを被っている少女の髪が、血のように赤いのはなぜですか?」

 おばあさんに喋るつもりはありませんでしたが、気が付くと言葉がかってに口を付いて出ていました。

「あの子は、私の実験台なのさ。ある日、即効性のある毒を飲ませたら、なぜか死なずに髪が赤くなったんだ……どうして赤ずきんの髪が赤いのを知っている」

「尋ねているのは僕なのですが……いいでしょう。

 彼女にあったのですよ。森の中でね。彼女と目線を合わせるためにかがんだとき、ずきんからはみ出していたんです。

 では、次の質問です。彼女のずきんにところどころ血が付いていたのはどうしてですか? 血の状態から、どうやらつい最近に付いたようですが」

 狼の質問を聞いたおばあさんは、いきなり、大声で笑い出しました。

「知らないよ、予想はつくけどね。あと、赤ずきんでの解剖をするときはいつも裸にするんだ。だからその血は、私のせいじゃない。ちなみに、赤ずきんの身体にある痣も、私の仕業じゃない」

 抵抗しても無駄だと知ったおばあさんは、抗うことなく言葉を紡いでいきます。

「そうですか……では、次の質問です。

 魔女のくせに、このような人気の無いところに一人きりで住むとは珍しいですね。本来ならば大勢の魔女が居るところに住んで、魔女集会サバトなどにも行くでしょうに、なぜですか?」

「別に、一人って訳じゃないさ。でも、大勢は嫌いだからね。二人も居れば十分――」


 コンコンコン……


 おばあさんは狼の質問に答えようとしましたが、ノックの音に遮られてしまいました。

「誰だい?」

 おばあさんが問いかけます。

「私よ。赤ずきんよ」

「そうかい。扉は開いているから、入っておいで」

 家の中に入ってきた赤ずきんは、首を傾げました。

「どうして狼さんがここに居るの?」

「ちょっと、ね。君のおばあさんに用があったんだ」

 ベッドに座ったまま、狼は優しげに言いました。

「ふん。よく言うよ――赤ずきん、何を持ってきてくれたんだい」

「おかあさんから頼まれたワインを」

 そう言いながら赤ずきんは、かごをおばあさんに渡しました。

「おや、このパンケーキはなんだい?」

 おばあさんは、ワインの入ったかごをそばのテーブルに置くと、一つだけ入っていたパンケーキを掴みました。

「おかあさんが、お腹が空いたときのために。って作ってくれたの」

「そうかい。――じゃあ、赤ずきん。あんたは明日からもう、来なくて良いよ」

 おばあさんは、赤ずきんに向けて微笑みました。そして、狼を睨んで

「あんたの思い通りにはさせないよ」

と、パンケーキにかぶりつきました。

 赤ずきんと狼が唖然としている前で、おばあさんはパンケーキを飲み込みます。

 そして、おばあさんは血を吐いて倒れてしまいました。

「しまった!」

 狼が慌てておばあさんの傍に駆け寄りますが、もう、手遅れでした。

 赤ずきんの目は虚ろです。

「どうしたんですか!」

 開けっ放しになっていた扉から、男が入ってきました。男は、近くの村に住んでいる狩人でした。

 狩人は、おばあさんを見て一瞬眉をひそめましたが、赤ずきんを見た次の瞬間、目を見開きました。

「×××! もしかして×××じゃないか?」

 狩人が呼んだその名は、もうほとんど使われていなかった赤ずきんの名前でした。

「失礼ですが、あなたは?」

 狼が尋ねます。

「この子の父親です。以前は妻と暮らしていたのですが、ある日突然居なくなってしまって」

「そうですか。――ところであなたはこちらの方をご存知ですか? 石自体には興味が無いので、お知り合いでしたら埋葬などはそちらに」

「石……?」

「ああ、すいません。どうしても回りくどい話し方をする癖がありまして。石とは身体のことです。錬金術ではそれが象徴なんです」

 狼が話を進めていきます。その傍らで赤ずきんは、おばあさんの遺体をじっと見つめていました。

「ああ、なるほど。しかし、初めて見た方です。……ところで、あなたは錬金術師なんでしょうか。それに、状況も教えていただきたいのですが」

「あなたの疑問ももっともです。しかし、申し訳ないながらお教えするわけにはいきません。ただ、教皇様のご意思とだけ……」

「分かりました。では、その方のご遺体は」

「ええ、こちらが責任を持って埋葬させていただきます。ただ、問題はその子ですね。引き取られますか?」

 狼と狩人の視線が赤ずきんに向けられます。

 狩人が口を開きました。

「どうする? お父さんと一緒に住むか? それともおかあさんのほうが良いなら――」

「お父さんと一緒に住む」

 狩人の言葉をさえぎって、赤ずきんが言いました。それまでとは打って変わって、きっぱりとした口調でした。

 そして、赤ずきんは狩人を見上げ付け足しました。

「だって、おかあさんは死んじゃったもの」

 赤ずきんの顔には、笑顔が浮かんでいました。


 こうして赤ずきんは、狩人と一緒に暮らすことになりました。

 めでたし、めでたし。


           ◆◇◆


 さて、皆さんに質問です。

 持ち物がかごしかない赤ずきんは、一体何の仕度をしたのでしょうか。

 どうして、お母さんに仕度を手伝ってもらう必要があったのでしょうか。

 始めに二つあったパンケーキは、おばあさんが食べた頃には一つしかありませんでした。もう一つはどこへいったのでしょうか。

 赤ずきんの身体の痣は、一体誰がつけたのでしょうか。

 ずきんに血が付いていたのはどうしてでしょうか。

 もう一人の魔女とは誰でしょうか。

 赤い花とは、何の花でしょうか。

 いつの間におかあさんは死んでしまったのでしょうか。

 本当にこの話はハッピーエンドなのでしょうか。


 めでたし、めでたし……?

 


08/02/05 投稿

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ