99話 ドラゴン戦に備えよ!
帝国がドラゴンに襲われ、帝都も炎上中だという連絡が入った。
今も、お城の屋根裏部屋に作られた電信室に、逐次情報が入ってきている。
帝都の火災はかなりの広範囲に渡っているのが、ミズキさんがいる帝都外れの屋敷からも確認出来ると言う。
なんてこった。
「如何がする!?」
こんなに焦り顔の殿下は初めてだ。
俺の工房の前で、殿下と対策を検討する。 しかし、相談する相手が俺で良いのか?
そう思ったが、真っ先にここへ来てくれたという事は、俺のことを一番信頼してくださっているのだろう。
ここで、殿下の期待には応えなくては、男が廃る。
「殿下、ドラゴンは1時にどのぐらい飛ぶのでしょう?」
「話によれば、50リーグとも60リーグとも言われているが、正直解らぬ」
騒ぎを聞きつけて、師匠とステラさん、そして、フェイフェイとフローもやって来た。
一番長寿のステラさんに聞いても、ドラゴンの飛行速度は1時間に50~60リーグぐらいだと言う。
「時速100km前後か……今はえ~と9時だから――」
俺は、工房に戻り時計を確認した。
「速くて4時間程――昼過ぎにはやって来ると。 こりゃ、参ったな。 う~ん……殿下、とりあえず、住民を森へ逃がしましょう」
「そうか、そうだな」
殿下の命令で、お城のメイドさん達が、集められた。
「ニム! お前は、獣人達に連絡して街中を走らせてくれ。 住民達にドラゴンがやって来るから、着の身着のままで森へ逃げ込めとな」
「解ったけどにゃ、ショウ様はどうするにゃ……」
「俺は、ここでドラゴンを食い止める。 敵わないまでも、ここで騒げば、森へ逃げこんだ住民達から注意を逸らせる事が出来るだろう」
「そんなの無理だにゃ!」
「だって、そのために真学師っているんだし。 お城から給金も貰っているしな。 ねぇ、ステラさん」
「まあね」
ステラさんはパッと手を広げた。
師匠は黙っているが、やる気満々のようだ。
「フェイフェイはどうする?」
「どうする? とは? 戦うに決まっているだろう。 お前は忘れたのか? ゴキと戦った時の私の言葉を」
「そういえば、俺と一緒にドラゴンと戦いたいとか言ってたような」
「その通りだ、こんなに早く願いが叶うとは」
フェイフェイは、自分の拳と掌を、彼女の大きな胸の前で合わせた。
いやいや、そんな願いが叶うなんて実現してほしくなかったよ。
「フローはどうする?」
「あたしももちろん、ヤルっす!」
「逃げても良いんだぞ?」
「ここで逃げたら、ステラ様に認めてもらえないっす!」
一応、こいつにもそういう誇りがあるのか。 普段の行動からは、全くそういうのは窺い知れないがな。
「それじゃ、生き残ったら、俺の借金はチャラにしてやるよ」
「ホントっすか!? 俄然やる気が出てきたっす!」
この現金な奴め。
「ショウ様、ウチも一緒に戦いたいけど、相手がドラゴンじゃ、どうしようもないにゃ……」
ニムが、俺に抱きついてきた。
「まあな、ドラゴン相手に近接戦闘は無理だろう。 獣人達も、騎士団もまな板の上の魚みたいなもんだ、仕方ない。 それに、ドラゴンの足元なんかに居たら、師匠達のデカい魔法に巻き込まれちまう」
俺が、ニムの頭を撫でながら、彼女を宥めていると、天守閣から立派なプレートアーマーを着た男が現れた。
「それは聞き捨てなりませんな」
やって来た彼は、近衛騎士団の団長だ。
「ニム、お前は早く行ってくれ。 それと、脚の速いやつに伯爵領にも連絡に行かせてくれ。帝国とファーレーンとの間には伯爵領がある。 通り道で、伯爵領が襲われる可能性が高いからな」
「伯爵領にはウチが行くにゃ!」
ニムは、名残惜しそうに振り向くと、裏門から街の中へ消えていった。
「先ほどの発言の真意を問い正したい」
どうやら、騎士団長は、まな板の上の魚という言葉が気に入らなかったらしい。
「真意も何も、事実でしょう。 ドラゴンの足元で騎馬がウロウロしても、踏み潰されて、炎で焼かれるだけでしょうから」
「うむむ、何たる侮辱。 殿下、我々も戦いに参加させていただけるよう、申し上げます」
一呼吸置いて、殿下は騎士団長に告げた。
「――騎士団は、森へ逃げ込んだ住民の護衛に当たるよう、申し付ける」
「なんと! 我々に誉れを与えてはくださらぬと?」
「戯け! 其方等は、ファーレーンの騎士団であろう。 民を守らずにどうする? 城が落ち、騎士団まで壊滅したとなると、絶対に他国の侵略を受ける。 軍なら良いが、野盗にでもなだれ込まれたら、城下町は蹂躙されるであろう。 そのような国の終いが其方の望みか?」
「決して、そのような……」
「これは勅令である! 命令に従わないのであれば、この場で解任する。 早々にこの場から立ち去るがよい」
腰に手をやり、胸を張った凛とした殿下の声がお城の中庭に響き渡る。
「仰せのままに……」
「妾に何かあった時は、フィラーゼ伯とミルーナ姫を御旗に掲げるがよい。 あ奴等なら、適任であろう」
「承知いたしました」
騎士団長は、片膝を付いて拝命した後、俺の方を向いて一言呟いた。
「お恨みしますぞ、真学師様」
「ご随意に。 私は、殿下と国の未来以外には興味ありませんので」
騎士団は、俺に恨み節を残し、街の中へ住民達を森へ誘導する任に着いた。
「さて、殿下もご避難を」
「何を言う! 妾が逃げてどうする!?」
「えええ! ちょっと待ってください!」
「待たぬ! これだけは、何ともしても待たぬ!」
まさか、殿下が一緒に参加するとは、思わなかった。
殿下は、俺の側にいてもらって、腕輪の防御でお守りするしかない。 この腕輪は確かに凄いけど、ドラゴンの攻撃は防げるのかなぁ?
「ステラさん。 今までドラゴンって討伐された事はあるんですか?」
「そんなの聞いたことがないよね」
「やっぱり……でも、これだけ真学師が揃った戦力でもドラゴンに対抗できなかったら、未来永劫勝利は無いですよね」
「その通りだの」
殿下の言葉を聞いた後、俺の頭の中に1つの疑問が浮かび上がった。
「帝国には、『純血の巫女』とかいう、凄い術者がいるって話だったじゃないですか。 その人は今回どうしたんですかね?」
「解らないけどねぇ。 でも、数ヶ月前から、巫女が、公式の場に姿を現さなくなったとか聞いたけどねぇ……」
死んだとか病気とか?
でも、帝国の象徴とも言える、お偉いさんだ。 最高の治療を受けられるだろうから、病気なはずはないか……。
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どんな手がドラゴンに通用するか解らないが、可能な限り準備するしかない。
備蓄していた火薬を乾燥させて、迫撃砲弾の中へ装填する。
信管には、実験中の時限信管を装着した。 単純な導火線式だが、実験では上手く作動していたので、大丈夫だろう。
これを装着してないと、飛んでいるドラゴンに対して迫撃砲は使えない――。
空中の的を撃つなんて、思いもしなかったのだが、まさか本当に使うことになろうとは……。
迫撃砲弾は全部で6発。 その内、時限信管付きは3発分しかない。
実は、もう一発あったのだが、そいつは伯爵領のミルーナの所にある。
敵が襲ってきた時に使う、時間稼ぎ用として――つまり、ドカンと一発かまして、敵が驚いている間に逃げるのに使ってくれと、預けてあるのだ。
これで、足りるのか? そもそも、通用するのか? 全て不明で、やってみなくちゃ解らない状態。
もやもやとそんな事を考えながら、ナナミと一緒に砲弾を城壁の上まで運び上げる。
弾薬を集積すると危険なので、階段の途中に置いた。
弾薬を城壁の上に積み上げて、そこに炎でも吐かれたら、皆吹き飛んで一巻の終わりだ。
ここなら、炎も避ける事ができるだろう。
「戦闘が始まったら、ナナミは、階段の途中に隠れていろ」
「承知いたしました」
さすが、感情がないという自動人形だ。 恐怖も焦りも感じられず、淡々としている。
正直、羨ましい。 どんな状態でも、恐怖を微塵も感じずに、感情抜きに最善策を打つことが出来るのだろう。
工房で準備をしていると、外が騒がしくなってきた。 住民達が避難を開始したようだ。
どさくさ紛れの火事場どろぼうや、略奪が起きないように、騎士団が最後まで巡回をすると言う。
この世界、残念ながら余りモラルは高くない。
城郭工房の工作師や、細工師達も避難をし始めた。
機械や、工具を置いて逃げるのは、断腸の思いだと言うが、命には換えられない。
生き残ったら、また最初からやれば良い。 死んでしまったら、それも叶わないのだ。
中庭で、殿下と打ち合わせをしていると、お城の裏門から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
何事かと、慌てて走っていくと、門番にマリアが捕まっていた。
門番にお願いして、マリアを離してもらうと、マリアが長い黒髪を振り乱して、俺に縋ってきた。
「マリア、どうしたんだ、こんな所に。 君は子供達と一緒に居てあげないと」
「どうしても、ひと目お会いしたくて……」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。 ここには、師匠もいるし、エルフ様もいる。 ドラゴンだって、師匠の大魔法で吹っ飛ばせるさ!」
「もう、一人になるのは嫌なのです……」
「そんな今生の別れじゃないんだから、大丈夫だって」
泣き縋るマリアをなんとか宥めて、子供達の下へ向かわせる。 ゼロと別れたのが、トラウマになってるよなぁ……。
しかし、孤児院の子供達には彼女が必要だ。
「ほう、全く色男は辛いのぅ?」
殿下が白い目で俺を見て、そんな嫌味を言ってくるのだが、いつものように受け答えしている余裕は、今の俺には全く無い。
「門番のお前たちは、避難しないのか?」
マリアを帰した後、門番達に質問してみる。
「我々は、門を守るのが仕事ですから」
「危なくなったら、逃げても良いんだぞ?」
「いえ、ドラゴンが来ようと、門を守るのが仕事ですから」
全く、律儀な連中だ。
裏門から工房に戻り、続いてロケットを運び上げる。 コイツは、龍勢祭りの後に改造した、特別製だ。
祭りの際には手紙が入っていたスペースに、黒色火薬を充填してある。
とりあえず、初っ端はコイツを打ち上げて、ドラゴンの度肝を抜く作戦だ。
それで、逃げてくれれば、万々歳なのだが……果たして、上手くいくか。
城壁の上にロケットを運び上げて、セッティングをしていると、お城の兵隊達も武器の準備に追われている。
当然、剣も槍も弓も通用しないと思われる。 可能性があるのは、俺が改良した、弩砲だ。
通常のタイプは20門、コンパウンド式に改造したのが4門、城壁の上に並んでいる。
だが、これには少々問題ある。
これらの兵器群は、帝国からの攻撃を想定しているので、お城の東側と南側に集中して配備されていて、城下町側には、全く配備されていない。
まさか、ドラゴンが来るなんて思いもよらないからな。
弩砲は方向転換は出来るが、簡単には移動出来るようには作られていない。 ドラゴンが街に降りたりしたら、厄介な事になる。
迫撃砲とロケットで、なんとか、お城の南側へ誘導しなくては……。
ただ、おそらく――希望的観測だが、ドラゴンも、もぬけの殻になって餌が無くなった街には興味を示さないと思うんだよねぇ。
来るとすれば、人間が残っているお城へ直接攻撃を仕掛けてくると思うんだ。
城壁の上をパッと数えると、50人程の兵士が戦闘に参加するようで、そんな兵隊達に声を掛けた。
「この戦闘は強制しないと、殿下から申し伝えがあったろう? 相手がドラゴンでも、皆はやるのか?」
「こんな戦闘、神話やお伽話に残りますぜ。 やらない手はないでしょうや」
男たちは、声を上げて笑っている。
「俺は、もう少しでガキが生まれるんでさ」
そんな事を、兵士の一人が言い出した。
おいおいおい、そんなフラグを立てるな。
「だったら、子供のために、逃げたほうが良いじゃないのか?」
「真学師様、ドラゴンから逃げた親父じゃ、ガキに顔向けできないじゃありませんか」
「ちげえねぇ! まだ、戦って死んだほうが、女房やガキも胸を張って生きられますぜ」
兵隊達は、肩を組み合って、ゲラゲラ笑っている。
「そうか」
俺は何も言えなくなってしまった。
城壁の上から街をみると、沢山の屋根が並ぶ、建物の間を人々の波が森へ流れていく。 皆、着の身着のままだ。
街には、2階建ての住宅など、数えるくらいしかないので、平面的に屋根がずらずらと並んで見える。
最近出回っているコールタールを塗っている黒い屋根が所々に確認できるのだが、高い建物などお城しかないので、空が広い。
避難している人々の中には、馬車に家財道具を積んでいる者もいるが、森へ直接入る道は無い。
師匠の家へ向かう道でも行けるが、遠回りだし、馬車では森へ入る事は出来ない。
森へ馬車を入れた瞬間にスタックして、身動き取れなくなってしまうだろう。
命あっての物種だというのに……。 しかし、彼らを責めることは出来ない、苦労して貯めた財産なのだ。
「しかし、ドラゴンにここへ降りられたら、街はお終いだなぁ……」
俺の独り言に、見張りの兵士達が相槌を打つ。
その後、お城の南側、貧民街の方も覗いてみる。
粗末なバラックのような建物が、所狭しと建てられている。 その合間を縫うように、街と同様、人々の波が街を通って森へ流れていく。
その様子を眺めていると、一人の男の子が、城のお堀の近くまでやってきた。
「ドラゴンってホントに来るの?!」
男の子が大声で、コチラに向かって叫んでいる。
粗末な服を着た、いかにも貧民街の住民といった出で立ちをしている。
「来る! 来ないでくれ~とは思うけど、多分やって来るだろう。 早ければ、お昼ご飯を食べ終わる時間頃にやってくるぞ」
「解った! ドラゴンをやっつけて!」
「おう! 坊主、1人なのか?」
「お母さんと一緒」
「それじゃ、お母さんと一緒に森へ早く逃げろ。 ここには凄い真学師がいるから大丈夫だ」
男の子は、走って迎えにきた母親と一緒にその場所を離れ、彼は別れ際、ずっとこちらに手を振っていた。
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腹が減っては戦が出来ぬ――焼き肉と卵をパンに挟んだものを頬張りながら、魔法のブーストに使っていたデカい魔石を2つとも、上へ運ぶ。
まさか、こんな事に使う羽目になろうとは……。
いつも、フローに魔力を充填してもらっていたから、ほぼ満タン状態だが、念の為にフローにきっちり満タンにしてもらう。
サンドイッチは多めに作って、上にいる師匠達にも配った。 スープは作ってる暇が無かったので、お城の食堂からの炊き出しを貰った。
兵士達にも、お城の食堂からの炊き出しが出ている。
メニューは、俺達が食っているようなサンドイッチとスープで、作ったのは、お城の料理人のヴェルガーさんだ。
「真学師様、このパンに色々な物を挟んだ料理は、やはり便利ですね」
そのヴェルガーさんが、兵士達の陣中見舞いに来た。
「そうでしょう、手早く食べられるのが肝です」
ヴェルガーさんは、ドラゴンの肉料理をしてみたいから、是非ともドラゴンを退治してほしいと言う。
そんな事を言われてもなぁ――退治どころか、追い払えれば万々歳なのだが……。
飯を食べた後、持ってきたデカい魔石を師匠達に渡す。
「師匠、ステラさん。 この魔石を使ってください」
師匠とステラさんは、いつものように黒白のローブを着ている。
話を聞くと、2人が着ているローブには耐火の能力もあるらしい。 この戦いには必須の物だろうが、いつもローブを着ていたのは、顔隠しだけのためじゃなかったのか……。
通常、魔石を使うには、少々準備が必要になる。
師匠とステラさんは、大型の魔石を足元に置くと、リンクの作業に入った。 使う前に使用者によってイニシャライズが必要なのだ。
師匠もステラさんも、あまり喋らない。 集中しているのだろう、黙々と作業をこなしている。
喋らないステラさんは、少々怖い。
「以前、ステラさんの防御魔法で、ドラゴンの炎も防げるって言ってましたけど、本当ですか?」
そんな俺の不安隠しの問にも、少し微笑むだけなのだ。
フェイフェイは、食べ終わった後、黙って目を閉じ足を組み、座禅のようなポーズで瞑想中だ。
戦いに備えるための精神統一だろう。 彼女には、爆発ボルトを何本か渡してある。
フローは、体育座りをしているが、さすがにコイツでも、ちょっと緊張しているように見える。
戦の準備が進む中、街の魔導師達が応援に駆けつけてくれた。 人数は10人。
皆、下級~中級の魔導師達だが、できる事はある。 兵士達の防御や治癒を使った負傷者の治療だ。
それだけでも、かなり有難い。
防御魔法を使える魔導師には、弩弓を使う兵士達を守ってもらう。
その中に、以前、ハーピー戦で手伝ってくれた、ひょろりとした背の高い魔導師もいた。
「やあ! ハーピー戦では手伝ってくれて、ありがとうございました」
「いえ、当然の事をしたまでで」
「あの後、殿下と2人でお礼をしようとしたら、姿が見えなくて、がっかりしたのですよ?」
「私は、大した事をしてませんから。 攻撃魔法も役に立ちませんでしたし。 今回もあまり、役に立たないかもしれません」
「そんな事はありません。 防御と治癒だけでもやっていただければ、心強いですよ。 ドラゴン相手の人間兵器には、あの2人がいますし」
そう言って、俺は師匠とステラさんを見た。
正直、2人の魔法が頼りだ。 俺の魔法では、多分ドラゴンには通用しないだろう。
俺の持っている一番強力な魔法は、真空衝撃波の魔法だが、それを使ってドラゴンの――鉄よりも堅いという竜鱗に勝てるイメージが全く湧かない。
俺の作った弩砲や迫撃砲だって、通用するか不明なのだ。
ドラゴンを見たことがないので、実際にどのぐらいの大きさなのかも不明なのだが――ステラさんの話だと、50スタックを超えるという。
マジで?
50mのデカい生き物が空を飛んで、炎を吐くの? あ~もう、俺、お腹痛くなってきたかも……。
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準備万端、城壁の上の連中は皆、臨戦態勢だ。 上から街を見ても、さすがにもう人影は見えない。
そのままジリジリと時間が過ぎて――俺は、心の中で願う。 頼むから、途中で森に帰ったとか、そういう事であってくれ。
「来ませんね……?」
「黙るがよい」
殿下はいつもの白いドレスではなくて、軽装の鎧を着込んでる。 飾りやエングレービングが入った、立派な物だ。
一応、帯剣もしているが、殿下が剣の稽古などしているところなど見たことがないので、おそらくは飾りだと思われる。
殿下もイライラしてるように見えるが、こりゃ、ストレス溜まるぜ。 俺なんて、緊張で昼飯吐きそう……。
ドラゴンが来ないように、お願い続けた俺だったが、その願いも虚しく、東の空に黒い点が見えたような気がした。
「チカ兄弟! 何か見えないか?」
目の良い彼らに確認を促す。
「見えますぜ! 翼を広げたデカい奴がこっちへ来ます!」
「やっぱり、来たかぁ……クソ」
殿下は、俺のプレゼントした、望遠鏡で見ている。
「ドラゴンだぁ!」
黒い点が、みるみるうちにデカくなると、その長大な翼を生やした異形は、城下町の上を悠々と旋回し始めた。
おそらくは、上空から獲物を探しているのだろう。
それを見た兵士達が、空を仰ぎ、指さしながらワイワイと騒ぎ立てている。
色は――黒だと思う。 いや、逆光でよく解らないが、黒っぽい緑かも。
その光景を見て――俺は、軽い安堵を感じていた。 ドラゴンは伯爵領をスルーしたようだ。
小さい領を襲うよりは、デカい街を襲ったほうが、餌に困らないと踏んだのであろう。
「デカいな! ナナミ! 大きさどのぐらいある?」
おれの呼びかけに、階段から頭だけ出したナナミが、空を見上げている。
「現在高度1212m、あの生物の翼長は54mです」
「54? マジで、ジャンボ機ぐらいの大きさだな」
それにしても、やはり不自然だ。 何が不自然かというと――あんな身体と翼で飛べるはずがないのだ。
「あれは、なんらかの方法で、物理法則をキャンセルしていると思われます」
「其方達、何の話をしている?」
俺とナナミが、なにやら訳の分からん会話をしているので、殿下が割って入ってきた。
「理からすると、あの形状で飛ぶのはありえないという事です。 つまり、何らかの魔法を使って飛んでいるのでしょう。 例えば、重量軽減をしているとか」
「其方、以前もドラゴンが魔法を使うとか申しておったな。 竜語の魔法とやら……」
「ええ、恐らくは……」
「未確認生物、降下中。 高度800」
くそぉ! やっぱり、やるしかねぇのか。 とりあえず、街へ降りるのだけは阻止しないとな。
「殿下、ドラゴンが街へ降りるのを阻止するために、龍勢を打ち上げます」
「うむ」
龍勢を打ち上げてドラゴンを牽制し、街の上からお城の南側へ――一番都合が良いのは、お城の武器集中している東側へ追い立てる事だ。
「よっしゃ!いけぇぇぇ!」
俺は、ロケット内部にある点火器の火石に魔力を送った。





