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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編

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97話 豆腐とマグネシウム


「あ~、豆腐が食いたいな」

 ふと、工房で俺はつぶやいた。

 

 味噌と、溜まり醤油を作ったが、豆腐は作ってなかった。


 うん、ふわふわのとろける麻婆豆腐が食いたい……。

 仕事が無くて、じっと立ってるだけのナナミに話しかける。


「ナナミ、豆腐を作る時に使う、にがりって海水から作るんだよな?」

「そうです」

「他から作れない?」

「主成分の塩化マグネシウムは、海塩から採取するのが、一番容易です」

「そうそう、塩化マグネシウムだ――マグネシウム、マグネシウム……塩化マグネシウムから、マグネシウムって分離出来る?」

「塩化マグネシウムを電気分解すれば、マグネシウムが抽出できます」

「よし! にがりも欲しいが、マグネシウムも欲しい」

 マグネシウムを使ってフラッシュバン(閃光弾)を作れば、昼間でも使える物が出来る。

 もしかして、夜間照明弾も作れるかも……。


 ――というわけで、海塩をゲットするために、塩商人の下へやって来たが、ホントにここは塩しか売ってない。

 店の中は、上から下まで塩だらけ。

 一番多いのは、街やお城でも使っている岩塩だ。

 多種多様な塩に目移りしながら、近くにいた、若い店員に話しかけてみる。


「海塩はあるかい?」

「え? 海塩ですか? 少々お待ちください」

  奥に引っ込んだ若い店員だったが、この店の主らしい男が、こちらをうかがうと、血相を変えて飛んできた。


「これはこれは、真学師様にお越しいただけるとは、これからもご贔屓にお願い致します」

 40歳ぐらいだろうか、紺色の前掛けをした、禿げた頭の腰の低い男だ。

 ファーレーンの商人達は、俺の事をよく知っている、俺が会った事が無い商人達まで、俺のことをよく知っているのだ。

 御用商人になる些細なきっかけでも何かあれば――と虎視眈々なのだろう。


「海塩が欲しいのだが」

「もちろん、ございますよ。 当店では、あらゆる産地の塩を取り揃えております」

「産地は何処でもいいのだが、馬車1台分ぐらいの海塩が欲しい」

「馬車1台分で、ございますか? 取り寄せになりますが……よろしいでしょうか?」

「無論だ」

 店主に話を聞くと、海水を煮詰めた時に最初に析出してくる水に溶けない成分というのは取り除いているらしい。

 その後は、天日干しで乾燥させているだけのようなので、塩化マグネシウムは取れるだろう。


 主の話を聞くと、海塩は苦味があるので岩塩に比べて人気が無いらしい。

 無理して海塩を精製する方法を模索しなくても、岩塩があるので、そのまま製法が停滞している状態のようだ。

 ただ、地方の貧しい地方などでは、安い海塩の需要もあるという。


 ゲットした塩の値段は10Kg程で、銅貨6枚(3000円)。 岩塩は10Kg小四角銀貨1枚(5000円)らしいから、かなり安い。

 元世界の塩は10Kg1000円もあれば、お釣りが来たような気がするので、それに比べれば高価な代物だ。

 ○○の塩みたいな、ブランド物の塩と同じぐらいの値段か。


 大瓶が1瓶で100kg、それを馬車1台で12瓶積めるようだ。 

 3万円×12で36万円で輸送料が10万円。 金貨2枚と銀貨1枚、小四角銀貨2枚で前払いだ。

 俺が、暗算して硬貨を出したら、店員達は少々驚いたようだ。

 まあ、元日本人なら、このぐらいの計算はお茶の子さいさいってやつだが。

 領収書代わりの金額と屋号が書かれている木札を貰って、店を後にした。

 

 それから、1ヶ月程掛かったが、とりあえず塩は手に入った。

 まずは、少量の海塩を鍋で煮て、様子をみることに。 いきなり全部煮て、失敗したら大変だからな。

 鍋で海塩を煮詰めると、徐々に水分が無くなり、どろどろの液体と、塩の結晶が析出してくる。

 このどろどろと塩の結晶を、和紙で作ったフィルターで分離する。

 塩と泣き別れになったどろどろの液体が、にがり(塩化マグネシウム)だ。


 早速、豆腐を作ってみたいので、豆を煮て擦り潰し、豆乳を絞ってにがりを混ぜれば、完成――と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 一応、俺の記憶を元に、豆腐を固める枠なども作ってみて、張り切っていたのだが。

 そりゃ、簡単にできるなら、豆腐職人は要らないわけで、絞った豆乳を冷やしたり暖めたり、にがりを水で薄めたりと――色々コツがあるようだ。

 ナナミのデーターベースを参考にし、試行錯誤の結果、なんとか豆腐は完成した。


 出来上がった豆腐とスパイスを使って、麻婆豆腐モドキを作って、皆に振る舞ってみたのだが……。


 皆、美味しいと言ってくれるのだが、なんだか微妙な表情。

 どうも、歯ごたえのないフワフワした食感の料理というのが、食べた事が無いらしく、そこら辺がいまいちな評価らしい。

 そういえば、ゼラチン質を使った、煮こごりみたいな料理も見たことがないな。


 つまり、こんな歯ごたえのない料理じゃ食った気にならない――ということらしい。


 そこで、皆の意見を参考にして、豆腐を作る際に重量増大の魔法を掛けて、通常の豆腐より水分を抜いて固くしてみた。

 続いて、皆で試食会。


「うむ、美味いな。 これが、豆を固めた物とは」

「前のフワフワも不味くはなかったんだけどさぁ。 なんかねぇ、食べた気がしないんだよねぇ」

 エルフとダークエルフには好評。


「うまっ、うまっ」

 フローの意見はどうでもいい、あえて無視。

 

「栄養もあるはずですから、肉の代わりにもなりますよ。 もっと水分を抜いて乾燥させれば、保存食にもできるはずです」

「ほう、それは便利だな。 旅先で豆を煮るのは大変だが、乾燥させた物を水で戻せば良いわけだ」

 俺の食卓にやって来た殿下にも好評だ。


それにしても――。


「なんだかんだ言って、飯は食いに来るんだな」

 

 フェイフェイとステラさんは、耳掃除の件でまだ怒っているらしく、不機嫌なままだ。

「怒っていても、腹は減るから仕方あるまい」

「ごめんよ、ダークエルフやエルフにとって、耳がそんなに大事だとは知らなかったんだよ」

「知らないで済むと思うか! お前に一生償わせてやる」

「うへぇ……」

 フェイフェイが怒っているのは解るのだが、問題はステラさんだ。 今も、黙々と麻婆豆腐を食べている。

 いつもなら、もっと大騒ぎするはずなのに、何も言わないのは、逆に気持ち悪い。

 何かとんでもない、仕返しの方法でも練っているのだろうか?

 今のところは不明だ。


 そんな固い豆腐の麻婆豆腐の評判は上々。

 しかし、柔らかい豆腐は俺専用の食い物になりそうだ。

 冷奴とか味噌汁の具とかな。


 豆腐は無事に食えたので、続いては、塩化マグネシウムからのマグネシウムを分離する作業だ。

 ナナミの言った通りに、ドロドロのにがり汁に電気分解を試みた。

 最初は、銅の電極を使ったのだが、すぐに腐食してボロボロの状態に……。

 そこで、白金プラチナの電極に交換してみたのだが、結果は思わしくない。

 しかも――。


「げほっげほっ!」

「ショウ様。分解すると塩素ガスが発生します」

「早く言ってくれ」

「それに、その方法ではマグネシウムは分離出来ません」

 ナナミの話では、完全な塩化マグネシウムの固体を加熱して溶解状態にしないと電気分解出来ないようだ。

 それから、発生する塩素ガスも回収しなくてはならない。意外と大掛かりな実験になってしまった。


 魔法で乾燥させ固体化した塩化マグネシウムを魔法で加熱して、溶解させる。

 そこに電極を入れて電気分解を行う。発生した塩素ガスは、プラチナ管に流して、水に溶かして回収する。

 塩素が水に溶ければ――塩素水だ。これは殺菌や漂白などに使える。

 この世界にはコーヒー牛乳色の麻布しかないが、漂白技術が出来れば、白い布ももっと安くなるかもしれない。

 そして電極から付着物を削ぎ落とすと銀色の粉が採れる。 これがマグネシウムか……。


「やったぞ、マグネシウム、ゲットだぜ!」

「おめでとうございます」

 ナナミが感情無く答える。

 

 早速、燃焼実験といってみるか。


 マグネシウムを作ったが、合金としての利用は今のところは考えていない。

 俺の想定している利用法は、マグネシウムが燃焼した時に発する光を使った、フラッシュバン等の目くらましだ。

 抽出したマグネシウムの粉末に、火石を砕いた物を混ぜて、魔力を送る。

 すると、不意に予想を上回る目映い閃光と共に、マグネシウムが燃焼した。


「うおお! 目がぁ~」

 思わず、某ム○カ大佐のような台詞を吐いてしまった俺は、フラフラ彷徨うと、ナナミにぶつかり押し倒してしまう。

 しかし、燃焼実験は上手くいったらしい。

 これで、フラッシュバンを作れば、真昼でも目くらましに使える物になるだろう。


「ふふふ」

 ナナミを押し倒したまま、マグネシウムの使い道を色々と考えて、ニヤニヤしている俺を、ナナミは無表情に見ている。


「ああ、スマン」

「大丈夫です、問題ありません」

 ナナミの表情は変わらない。

 

「俺のこと変な奴だとか、考えているんじゃないのか?」

「そのような感情はありません」

 まあ、俺の気のせいなんだろう――と思う。


 一連の実験が上手くいったので、残りの海塩全部からにがりを抽出する事にした。


 絞り終わった海塩はどうするのか?

 最初12瓶あった塩は、にがりを絞り終わった後、9瓶ほどになっていた。

 1瓶を俺の料理用に、2瓶をお城の食堂に寄付。

 残りの6瓶は再び、塩商人に売却する事にした。


「え? 塩を買い取りでございますか?」

「ああ、実験が終わったので、もう必要なくなった。 それと、まだ海塩が必要なので、また輸入してくれ」

「ええ? 塩があるのに、またお買いになるとは……」

 どうも、塩商店の主は、俺の行動が理解できなくて、悩んでいるようだ。


「いや、海塩からある物を抽出する実験をしてな、それが終わったので、新たな海塩が欲しいというわけさ」

「実験でございますか? この塩は大丈夫なので、ございますか?」

 真学師の俺が、実験に使った塩ということで、危険性がないのか? 警戒しているようだ。


「大丈夫だ、危険はないよ」

 俺は、商店主の警戒を解くために、塩を舐めてみせた。

 

「海塩は苦いだろ? その苦い成分が欲しかったので、その抽出実験をしたんだ。 その結果、海塩の苦みが無くなって、美味い塩になったというわけなのだが」

「な、なるほど……」

 商店主が、おそるおそる俺の持ってきた塩を舐めてみる。

 

「ほう、こいつは美味い塩だ! 今までの海塩とは全然違いますな。 しかし、なぜ塩の苦みなどを……」

 なかなか食い下がる男だ。 まあ、塩は口に入れる物だからな。 素性の解らない物を扱いたくないのだろう。

 マグネシウムの事は言っても理解できないだろうから、豆の汁を固める材料として、海塩の苦み成分を取り出した事を話した。

 だが、一通り話した後も、まだ疑っている。 仕方なく、実際に海塩を精製して、にがりを取り出してみせる事にした。


「この紙で濾した成分が、海塩の苦みだ。 豆は煮終わったか?」

 俺が、塩を精製している隣で、店の女達が豆を煮ていた。


「はい、ここに」

俺が工房から持ってきた道具を使い、煮終わった豆を潰し、絞った豆乳から豆腐を作ってみせる。

お城での試食の結果から、かなり固めの豆腐にしてみた。


「これが豆腐だ。 このままでも食えるし、煮たり焼いたりしても、食える。 もっと水分を抜いて、乾燥させれば保存食としても利用できる」

 ここまで、見せて、やっと店の主人は納得したようだ。


「解りました。 しかし、海塩から豆汁を固める薬ができるなんて……」

「まあ、こういうおかしな研究をするのが、俺たち真学師だからな」

「親方、これ美味しいですよ」

 試食している、店の女達にも好評だ。

 

「真学師様、この商売を売っていただけないでしょうか?」

「ああ、構わないぞ。 それじゃ、あと馬車2台分の海塩を交換という事で」

「それでよろしいのでございますか?」

「問題ない」

 それ以上、マグネシウムが必要になれば、アルスダット辺りに直接いって、海水から直接マグネシウムだけ取り出した方が早いだろう。

 塩は海に戻せば良いしな。


 かくして、塩商店から豆腐が売り出されて、なかなか街で好評になっている。

 この世界では、大規模畜産等は行われていないので、肉は結構高価な食材だ。

 それに、どんな肉でも独特の臭みがあるのだが、豆が原料の豆腐にはそれがないため、どんな調理法でも合う。

 売り出された固い豆腐は肉の代替品として、普通に食べられるようになった。

 また、乾燥させた物は、旅の保存食として常備され、好評を博している。


 塩商人にしてみれば、にがりを作って豆腐を作れば売れるし、苦みを抜いた海塩も売れるし、一石二鳥ってわけだ。


 ------◇◇◇------


 マグネシウムの抽出に成功してから、しばらく経ったある真っ暗な夜空の下、城壁の上に立つ人影。

 チカ兄弟と殿下が俺の実験を見守っている。

「いったい、こんな夜に何をしようと言うのだ」

「私が作った、夜払いの実験でございます」

「夜払いだと?」

 俺が作ったのは、マグネシウムと膠を混ぜた、照明弾だ。

 夜空に放つ目映い閃光で、暗暗とした戦場を照らす物。

 以前作った迫撃砲で打ち上げて、夜空の中をパラシュートでゆっくりと降りながら、閃光を放ちながら燃え辺りを照らす――はずなのだが。

 工房でも燃焼実験は成功して、問題ないと思う。

 実験の結果、すごい煙で工房内が真っ白になってしまったが。


 発射方向は、誰も住んでいないお城の東側の荒れ地。


「それでは、打ち上げます。 アイル()シンク()スォード()セス()イル()ナス()ファーエル(発射)!」

 目映い発射炎と共に打ち上げられた照明弾は、上空でパラシュートを開き、閃光を瞬かせながらゆっくりと降りてくる。


「上手くいってるようだな」

「なんすか? これ?」 「すげぇぇ!」

「だから、夜払いだよ。 これで、闇夜に紛れた敵を炙り出す魔法だ」

「なるほど、夜払いとはよく言ったものよ。 まるでアマテラスが光臨したようだの」

 殿下は目を細めて、ゆっくりと落下してくる照明弾の目映い閃光を眺めている。

 燃焼時間は10秒程と短いが、それなりに使い道はあるだろう。


 実験が思惑通りに上手くいって、その夜は気持ちよく寝たのだが、夜が明けて、街が大騒ぎになった。

 夜空にアマテラスが光臨したというのだ。


 あ~、どうしよう……


 一応、軍事機密だし、説明するのも面倒なのでそのまま黙っている事にした。


 ------◇◇◇------


アイル()シンク()スォード()セス()イル()ナス()!」

 照明弾の実験から、しばらく経ったある日の午後――。

 俺は、再び城壁の上にいる。

 また打ち上げ実験だ――今度はロケット。 かと言って、元世界にあったような高度な物ではない。

 竹をまっすぐに修正した後に外側を鉄製のたがで補強。

 そのくり貫いた中に黒色火薬を詰めた物だ。


 黒色火薬から硫黄成分を抜き、硝石と炭素を竹輪型に固められた黒色火薬の上部から点火して、高圧のガスが噴出する力で放物線を描く飛翔体。

 

 この際、固められた火薬にヒビやが入っていると、異常燃焼を起こして、そこで終了してしまう。

 もちろん、こんな原始的なロケットに誘導装置やジャイロ等は無いので、打ちっ放しだ。

 名前を何にしようか悩んだが、もちろんロケットでは通じない。

 そこで、以前元世界の動画サイトで見た――日本の祭りで打ち上げられるロケットにちなんで、龍勢としてみた。


 ロケットに点火すると、白い発射炎が尾を引き青空へ打ち上がる。

 一応、お城の中庭で、小型ロケットの燃焼実験は成功していた――。

 中庭が白煙で真っ白になってしまい、いつもの通り殿下に怒られてしまったのだが。

 怒られるのは重々承知でも、実験機材をお城の外へ運び出すのが面倒なので、ついつい中庭で実験をしてしまう。


「おおおおお!」 「ひょおおおお!」

 

 城壁の上から発射された、ロケットの長く尾を引く白煙を見てチカ兄弟は、いつもの通り小躍りして喜んでいる。

 今日の実験は昼過ぎなので、城壁の上で見張りの仕事している兵士達も、実験を見ていた。


「真学師様すごいですな。 新しい魔法ですか?」

「まあ、そんなところだ」

 説明が面倒なので、魔法ということにしてしまう。


「ナナミ、高度はどのくらいだ?」

「目測で、1243mです」

 今日は観測員として、ナナミが実験を見ている。

 彼女は、目測から測量が行うことが出来るからな。


「これ、発射角45度ぐらいから発射したら、どのぐらい飛ぶかな?」

「不確定要素が多すぎますが、およそ2300mプラスマイナス300mかと」

「約1.5リーグか……結構飛ぶな」

「じゃあ真学師様、こいつを沢山作って、敵が見えたらバンバン打ち込めば……」

 兵士達からそんな話が出るのも当然だ。

 

「それが出来ればすごいが、これを作るのは大変なんだぞ。 作れて数発だ」

「なんだ、それじゃ、脅しぐらいにしか使えませんね」

「脅しでも、それでビビって敵が退散してくれれば万々歳だけどな。 戦わずして勝つ! それに越したことはない」

「そら、そうですが……」

 兵士達は、やっぱり戦って、敵を打ち負かして勝つ! ということに、こだわりがあるようだ。

 大型の物を作ればもっと飛距離も延ばせると思うが、これより高度な物を作るとなると、今のところは技術不足だな。


 ------◇◇◇------


俺が作ったロケットが打ち上がって数日後――俺は燦々(さんさん)亭に昼飯を食いにきていた。


「真学師様、先日、お城から何かが空へ向かって飛んでいったんですが、ありゃ、なんでございますか?」

燦々(さんさん)亭の女将が俺に話しかけてくる。


「あれは、空に向かって、物を打ち上げる魔法だな」

 俺は肉を頬張りながら、答えたのだが……。

 

 なんでそんなことをするんですか? と聞かれて俺は困った。

 まさか、兵器だと説明するわけにはいかないし、いまのところ、兵器転用するつもりもないしな。

 ただの男のロマンって奴を打ち上げただけなのだ。


「ええとな……空高く打ち上げれば、アマテラス様が気がついてくれるんじゃないかな~という実験だ」

 もちろん、口から出任せ出放題だ。


「ええ! それじゃ、アマテラス様が気がついて願いを聞いてくれるかもしれないってことですか?」

「ああ、まあ、そういう事もあるかもしれないなぁ」

「それじゃ、あたし達の願い事もアマテラス様に送ってくれませんかねぇ」

「あくまで実験で、本当に願いが叶うって訳じゃないんだぞ」

「そりゃ、解ってますよ。 神様は気まぐれでしょうから」

 本当に解っているのかな?


「解った、しかしそういうことになると、俺が勝手に仕切る訳にはいかないからな、殿下にお伺いしてみるよ」

「本当ですか? 近所にも知らせないと!」

 この女将さん、ここら辺のスピーカー役だからな。

 話がデカくなる予感がするなぁ。


 俺が心配した通り、話はデカくなった。

 数々の要望がお城に集まった結果、殿下の仕切で、大きな催しが開かれる事になった。

 殿下の計画では、お城の御朱印を捺した小さな紙を発行して、それに願いを書いて打ち上げる予定なのだが。

 もちろん、紙は無料ではない。

 紙が一枚銅貨4枚(2000円)で、文字が書けない人は代筆を頼むので、プラスアルファを払うことになる。

 ファーレーンの人口20万の半分が参加したとしても――2000円×10万で2億円ということは、金貨1000枚也……。


「はっはっは! ショウよ、こういう催しはドンドン考えてほしいのう」

「あれは、こういう催し事の為に作った物ではないのですが……」

「なんであれ、金になればよい」

 殿下は突然湧いた金貨1000枚以上の収入に御機嫌だ。 彼女は上機嫌だが、俺はロケットを作らねばならない。

 備蓄していた硝石を使い、ファーレーンの住民の願いを入れるカーゴスペースを拡張して特製ロケットの製造を急ぐ。

 てんてこ舞い状態だが、ナナミが居てくれて良かった。 こんなの1人じゃ絶対に無理だし。


 発射台や会場の設置等もあるし、俺とナナミだけでは間に合うはずも無く、結局工作師の皆さんがかり出される事に……。

 色々と忙しいというのに、全くもって申し訳ないが、殿下が乗り気なのだから、それに応えるのも仕事というわけで、工作師の皆さんも慣れたものだ。


 結局参加した人数は、収入から逆算して10万人ちょっと。

 その参加者が書いた紙を無理やり弾頭に詰めなければならない。

 強引に詰め込むために、魔法を使って圧縮しまくり、なんとか6基のロケットに詰め込んだ。

 圧縮した紙は結構な重さがあるので、燃料を増量してみたが――打ち上げ実験してる時間はないので、ぶっつけ本番だ。

 ナナミの計算では、大丈夫との事なのだが……。


 また、大きな催しということなので、急遽ナナミと一緒に実験中だった物を引っ張りだした。

 それは、3極真空管を使ったアンプ―― 大きな催しなら必須の拡声器を作る事が出来るというわけだ。

 前々から、少しずつ実験を繰り返していたので、必要な物はそろっている。

 マイクとスピーカーなどに使うコイルと磁石も揃っているし、既に試作済みだ。

 スピーカーは、ガキの頃に紙の筒にコイルを巻いて自作した事があったし、構造もそんなに難しくはない。

 スピーカーの仕組みをそのままひっくり返せば、マイクになる。


 突然決まった祭りのために突貫工事になってしまったが、舞台は出来上がった。

 願いを書いたのは10万だが、見物客はもっと増えるだろう。


 少々心配なのは、祭りの警備についてだが、今回の祭りはあくまでファーレーンだけの催しということで、諸外国からの来賓は招いていない。

 もちろん、他国への告示も行っていない。

 このことから、外からの見物客というのはごく僅かで、騎士団による検問や警備もなんとかなっているようだ。

 これで、外からの来賓等まであったら、どうなっていたか想像したくもない。


 俺がロケットを作っている一方、裏方ではお城の役人が街中を走り回っている。

 参加する住民が多いので、街の各地区の実力者等にも根回しをして、取り仕切りをお願いしているのだ。

 例えば、獣人達の頭はオニャンコポンの主、ニニだ。

 ここら辺は、元世界の町内会に近いかもしれないが、新しくできた城南地区の貧民街などは、取り仕切る者がいないので、役人を責任者にしたりと、やることが多い。

 だが、実力主義者の殿下は、こういう時にこそ真価を発揮した者しか評価しない。

 逆に、結果を出せば、身分に関係無く取り立ててもらえるのだから、志ある者達は必死だ。

 その割を食って、閑職に追い込まれた者達も多い。

 いままで、既得権益で飯を食っていた貴族や世襲役人達だ。

 解雇、減俸、領地没収され世襲することを取り上げられて1代貴族へ落とされた者など、殿下の情け容赦無い構造改革が断行されている。


「はっはっはっ! たまには、奴隷などに身をやつして、人生を楽しんでみるのも乙なのではないか?」

 領地没収された貴族に賜われた、殿下のお言葉である。


 着々と準備が進む中、街の人々に聞いても、祭りを楽しみにしているという。

 話をする皆がそわそわして、落ち着かない様子――まるで、遠足を明日に控えた子供のようだ。

 帝国との関係悪化を理由に、お城主催の祭りが中止されてしまっているので、久々の催しを楽しみにしているのだろう。


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