表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/158

94話 産業革命だワッショイ(挿絵あり)


 満を持して、いよいよ蒸気機関を製作する事にした。

 作るのはスライドバルブ式の蒸気機関。

 これは、蒸気機関車などに使われた方式で、高圧の蒸気でピストンを押して、往復運動に変える外熱機関だ。

 俺が鍛冶場で使っている和式のふいごは押しても引いても空気を送ることが出来るが、それと反対の動きをしていると思えばいい。

 元世界では、最初にニューコメン機関が作られて、ワット機関になり、最終的にスライドバルブ式の蒸気機関になった。

 それなのに、いきなりラスボスのような物を作るのだから、かなりのチートだ。


 俺が試しに作った物はまともに動かなかったが、今はナナミがいる。

 彼女の電脳で設計して、シミュレーションまでして、工作機械で出力されて、俺は組み立てるだけ。

 なんて、楽ちん。 こんなインチキで良いのだろうか。

 ただ、俺が作るものもある。

 ボイラーは俺が溶接で作ったし、ボイラーの中に通る細管の加工作業なども俺だ。

 ナナミにも、溶接等を教えればすぐにマスターしてしまうとは思うが、なんでも彼女に任せきりでは、後々困る事もあるだろう。

 ナナミはいずれ、ゼロのもとに帰る時がくるのだから。


 出来上がった、大きさが約1m程の蒸気機関の模型は板の上に設置され、車輪のようなフライホイールがトレードマークだ。

 これは何馬力ぐらい出るのだろうか。 測定機器がないので不明だが、多分1馬力~2馬力ぐらいだと思う。

 元世界の50ccのスクーターでも5~7馬力はあったのだから、それに比べればちょっとショボイ。

 しかし、この世界で初めての蒸気機関なのだから、それ自体に価値がある。


 小型の模型なので、全部メタル軸受けで、ベアリング等は使用していない。

 ナナミの能力を使えば、ボールベアリングも作れるとは思うが、それだけで数週間を費やしてしまっては意味がない。

 とりあえず動かして――。


 お湯を沸かせば、動力になりますよ。


 ――ってのを見せられれば良いのだ。

 はやる気持ちを抑えつつ、試運転をしてみることに。

 軸受けに注油して、ボイラーに水をいれる。 蒸気機関はお湯を沸かす作業が面倒なのだが、魔法を使えばすぐに沸かすことが出来る。

 実際のお披露目の時は、石炭で沸かすつもりだ。 魔法を使わなくてもことわりで動くということを証明しなくてはいけないからな。

 

 ナナミと一緒に、ボイラーの圧力計を確認して、徐々にバルブを開くと、フライホイールが回り始めた。

 ピストンとクランクの位相を調整することで、回転する方向を固定出来るらしい。

 これがないと、いきなり始動で逆回転したりして危ないというわけだ。

 ナナミの話を聞くと、蒸気機関の専門知識がインプットされている訳ではなくて、すべて彼女の電脳内で行われた力学的なシミュレーションの結果だという。


「うひょ~! やったぜ」

 俺は、無表情のナナミの両手を取って、握手をした。

 

「これは一定方向にしか回りませんので、逆回転させるためには、別途ギアが必要になります」

「バックギアか。 そこらへんは工作師に任せて良いんじゃないかな」


 後は殿下にお披露目をするだけだ。


 ------◇◇◇------


「また、変な物を作りよったな」

 工作師工房で殿下に蒸気機関をお見せして、第一声がコレ。


「これは、お湯を沸かすだけで、動力が取り出せるという、機械です」

「動力?」

「早速お見せいたしましょう」

 そう言って、ボイラーで石炭粉を燃やし始めたのだが――。

 


 ――中々沸かない。

 じれったいので、魔法を使ってしまうが……。 まあ、仕方ない、殿下もお忙しい身だろうし。

 ボイラーの圧力計を見て、バルブを開くと、フライホイールがクルクルと回り始めた。


「「おおっ」」

 工作師の連中の反応は良いのだが、殿下はイマイチだ。

 

「すごい!」

 ラルク少年も最前列にやってきて、かぶりつくように見ている。

 

「これで、どうなるというのだ?」

「お湯を沸かすだけで、動力が取り出せるので、水車や風車が必要なくなるのです。 馬車から馬も必要無くなります」

「何? 馬車に馬がおらんのでは、動くはずがなかろう」

「ですから、この機械を載せて、車軸に連結すれば、馬なしで馬車が動くのでございます」

「……」

 殿下は何か考えているようだ。


「ラジルよ、それは真か?」

「恐れ多くも殿下、真学師様の仰るとおりでございます」

「……凄いではないか。 凄いではないか!」

 殿下はやっと理解してくれたようだ。

 

 いきなり、蒸気機関とか見せられたので、脳みそが処理落ちしたみたいだ。


 やはり、実際にお見せしたほうが良いということで、工房内の線路で使われているトロッコに搭載してみることに。

 トロッコの車軸に簡易のプーリーを付けて、蒸気機関のフライホイールと皮のベルトで連結する。

 木製の簡単なテンショナープーリーも取り付けてみた。

 多少ベルトが滑ってしまうだろうが、とりあえず動けば良い。

 

 俺が乗って、ボイラーのバルブを開けると、トロッコはゆっくりと動き始めた。


「もっと大型の物を作れば、人を乗せたり、荷物を載せたりも十分に可能だと思います」

「本当に動いておるわ! まるで魔法だの!」

「いいえ、殿下。 これは完全なことわりで動いておりますので、これと同じ物を作れば、だれでも同じ力を得ることが出来るのです」

「なるほど! ラジルよ、早速このことわりを研究せよ」

 物の革新性&重要性を理解した殿下が、早速工作師に指示を出す。

 そりゃ、蒸気機関と言えば、産業革命だ。 この世界にも産業革命が訪れて、世界が一変する可能性が来たのだ。


「ははっ! ショウ様、これは分解して構いせんで?」

「もちろん、大丈夫です。 解らない事があれば、私に聞いてください。 私がいなければ、助手のナナミに」

「なるほどのう――其方があの女にこだわる理由はこういう事か」

「その通りでございます」

「しかし、これは馬が牽いておらんから、馬車ではないな。 なんと呼べば良い?」

「自ら動く車で、自動車は如何でしょうか?」

「うむ! 自動車か気に入った!」

 殿下が、ダンと机を叩く。

 

 工作師工房内の壁に付いているデカい黒板プレートにスライドバルブ式蒸気機関の仕組みを描く。


「なるほど、このような仕組みなのですか」

 ラルクが、他の工作師と一緒に黒板プレートを眺めている。

 ラジルさんが、腕を組んで何かを考えているようだ。 

「巧みな構造でございますな。 う~む」

 

 俺はさらに、蒸気機関車に連結された客車や貨車を描き、鉄道の仕組みを説明する。


「このように、鉄道を敷いて、その上で自動車とソレに連結された客車と貨車を使えば、大量の人と荷物を一気に運ぶ事が出来るのです」

「ほう!」

「しかも、これは機械ですから、馬のように疲れる事はありません。 水と燃料さえあれば、1日中でも動き続けられるのですから」

「疲れ知らずということか……」

「しかし、これを作るにはまず大量の鉄が必要になります。 そこで――」

 まずは、石炭鉱山まで線路を敷設して、大量の石炭を得て、いまより多くの高炉を稼働する計画を殿下に話す。


「ドワーフが運営している高炉には、魔法で送風が行われていますが、この蒸気動力を送風に使えば、より多くの高炉を稼働させることが出来るでしょう」

「しかし、ドワーフ達がそれを許しますかね?」

 工作師の1人が疑問をていする。

 

「それは、妾が説得しよう。 製鉄といっても、全て高品位にする必要もないのだ。 それなりの品質でも使える場所はいくらでもある」

「その通りでございます。 ドワーフ達には、今まで通りの質の良い鉄を作ってもらえば良いのです。 それに人間の作った高炉が動き始めれば、結構よい品質の物が出来ると思いますよ」

 実際、元世界では魔法が無くても、高品位の鉄がいくらでも生産できていたのだから、やりゃ出来るはずだ。


 蒸気機関をいたく気に入られた殿下の肝いりで、他のプロジェクトはそこそこに、蒸気機関の開発が急ピッチで進められた。

 まともに開発研究をやっていたら5年~10年はかかる事案だろうが、俺が持ち込んだチートのせいで、動く実物が出来るまで1ヶ月半しか掛からなかった。


 そして完成した蒸気動力車は、地面を走るタイプで、幅が広い車輪がついており、見た目は元世界のトラクターに似ている。

 燃料を投入するボイラーの釜口は後ろ、運転席は前に付いていて、長い煙突が特徴だ。

 元世界での初めての蒸気動力車は、ブレーキが無かったせいで、壁に激突して壊れてしまったとか伝記で読んだ記憶があるが、コイツには最初からブレーキが装着されている。

 難しいパーツはナナミが加工して完成した、登場でいきなりレベル30ぐらいになっているチート級のアイテム。

 ただ弱点もある。 前輪にはステアリング装置が付いているが、切れ角は少ないので、改善の余地有りだし、バックギアもついていない。

 ボイラーは、溶接が出来なかったので、ボルト締めになっており、沢山のボルトが列をなして並ぶ。

 そんな元世界の知識が詰まったチートアイテムだが、工作師達は、時間は掛かるが同じ物を作れると、彼等は自信を見せていた。


 運転手はナナミ。 運転席は1人席で、その後ろに2人席がついているが、これは、馬車を模倣しているらしい。

 運転するのは身分の低い者、後ろに座るのは身分が高い者という固定観念の産物だ。

 ナナミは、自分で運転プログラムを組んだようで、人間のような運転ミスというのは無いだろう――と思う。

 実際、彼女は多重タスク処理でも平気でこなしてしまうのだから、心配ないはずだ。


 試運転をするために、黒い煙を吐きながら城郭工房から副門を通って、ゆっくりと外へ出ていく。

 副門の前で、色々と準備をしていると、あっという間にひとだかりになって、前へ進めなくなってしまった。

 街の連中は、娯楽に飢えているので、何か面白そうな物があると我先に飛びつくのだ。


「すげぇぇぇ!」 「なんだこれ?」 いろんな声が、あちこちから聞こえてくる。

 

「ショウ様! この鉄の怪物はなんですか?」

 俺の事を知ってる女が声をかけてくる。

 

「これは、俺が考えた、馬なしで走る車。 自分で動く車なので、自動車と言うんだよ」

「えええ! 馬なしで、どうやって動くんですか?」

 そんな馬鹿な――ありえない――悪魔の魔法だよ、等々色んな声が聞える。


「この中には、俺が考えたことわりが詰まっていて、同じ物を作れば、誰でもコレを動かす事が出来るんだ」

 そう言って、俺が汽笛の紐を引っ張ると、汽笛は甲高い音を響かせた。


「待たせたな!」

 殿下が珍しく、ズボンを履いて現れた。

 

 ズボン姿も中々似合っているが、これだけ美人だ。 何着たって似合うだろうけど。


「ほらほら、殿下が試乗されるんだ。 お前ら、道を空けてくれ」

 工作師の連中が駆り出されて、民衆の整理に当たらせると、モーゼの海割りのように、民衆が割れていく。

 ちょっと離れた所に、白と黒のローブが見える。 師匠とステラさんだ。 その横にはフローとニムも見える。

 安全を確認すると、殿下のお声が掛かった。


「よし、前へ進め!」

 殿下の号令の下、ナナミが蒸気バルブを開けると、ゆっくりと蒸気動力車が動き出す。

 それとともに、人々の驚嘆の声があちこちから上がる。

 コイツの最高速度は時速10kmぐらいだろうか、ガタガタと車輪が回る横を、子供達がはしゃぎ並走して追いかけてくる。

 サスペンションも装備されていなくて、乗り心地は悪い。 ゴムタイヤが欲しいところだが、タイヤの製造はちと難しい。

 耐油ゴムや、ゴムの組成もナナミのデータベースにはあったのだが、ゴムに混ぜる薬品や、タイヤ自体を製造するとなるとハードルが高すぎる。

 だが、木製の車輪に分厚いゴムを貼り付けたりするのは出来るだろうと、思う。

 

 バックギアが無いので、街の通りをある程度進んだところで、工作師と街の連中に押されて、元の位置に戻ってきた。

 とりあえずの成功で、殿下の御機嫌も上々だ。

 続いて、荷馬車を改造した貨車を3両連結し、民衆を乗せて、牽引実験をする予定だったのだが――。

 動き出すと、連結部分が壊れてしまった。

 荷馬車をそのまま使っていて、連結部分も木製だったので、荷物を積んだ貨車3両の荷重に耐えきれなかったようだ。


「これは、貨車も鉄で作り直さないと駄目ですね」

「なるほどのう。 重すぎて、木では無理か」

 せっかくのお披露目だったが、何分初めての蒸気機関だ。 何があるか、実際に動かしてみないと解らない。

 1回目のお披露目の後、貨車のフレームを鉄で造り直して、荷物を積み込んだ状態で試走を繰り返す。

 またもトラブル発生。 今度は、ブレーキを掛けると、慣性の法則で貨車が追突してきて、連結器が壊れてしまった。

 貨車にはブレーキが付いていないので、オカマを掘ってしまうのだ。

 そこで、追突対策として、各車両に緩衝器バッファを装備した。

 緩衝器というのは、連結器の横に、バネが入ったキノコみたいな装置を付ける。 

 そのキノコが、車同士が衝突しないようにつっかえ棒の役割をして、追突を防ぐ物だ。


 様々な改良を加えて、2回目のお披露目が行われた。

 今度は、3台の貨車に人間を乗せても、余裕で引っ張るパワーを見せつけた。

 

「すげぇぇ! ホントに馬なしで車が動いてる!」

 はしゃぐ人々の中に商人たちが混じっている。

 

 今回のお披露目に合わせて、殿下が呼び寄せたのだ。


「ショウよ、鉄の道など作らなくても、このまま道を走らせても良いのでないか?」

「街の中は踏み固められて、路面の状態が良いのですが、一歩街を出るとボコボコでございますよ。 こんな重たい物が走ったら、道にめり込んでしまうかもしれません。 雨でも降ったら脱出不可能でしょう」

「ううむ」

「それに鉄道は滑らかで、速度も上げられます。 馬車で速度を上げれば、危険でございましょう?」

「ああ、野盗に襲われて、逃げる途中で横転して死んだり怪我をするのは、よく聞く話だ」

「実現にはかなりの時間と資金が必要になると思われますが、必ずや国を支える大きな産業になってくれるはずでございます」

 実際に作ってみない事には、費用対効果がどのぐらいの物なのか? 何ともいえないのが、実情なのだが。

 しかし、元世界の産業革命期でも、鉄道が大きな役割を果たした。

 この世界でも、成功するはずだと思うのだが……。

 

 お披露目の後の会合で、俺の鉄道計画の説明をする。

 目下の敷設路線計画はファーレーンと石炭鉱山の間が目標だが、その後商業路線の候補に真っ先に上がるのが、ファーレーンとファルキシムとの都市間路線だ。

 未曾有の国家的大プロジェクトとなると、他の国との共同出資が必要となる。 ファルキシムも、即決ではなかったが、計画には前向きだ。

 なにせ、ファルキシムでも燃料不足が起きていて、彼等も石炭が欲しいのだ。

 鉄道への出資は保留、石炭鉱山への出資は各国の商人達も満場一致で決定された。

 これで、本格的に資金が投入されれば、あそこの崖は切り開かれ、新たな街ができるだろう。

 仕事があれば人は集まる。 人が集まれば街が出来る。 そこへの物資の輸送も活発になるだろう。


 ------◇◇◇------


 工作師達が、蒸気自動車を作っていた時、俺は何をしていたのか?

 自分の趣味をふんだんに盛り込んだ、蒸気自動車を製作していた。


 木製の板を張り合わせた箱を繋ぎ、鉄板で補強したラダーフレーム。

 ボイラーは前方に装着して、運転席は後ろ。 

 後輪車軸には差動歯車装置ディファレンシャルギア自在継手(ユニバーサルシャフト)が装着され、サスペンションは上下Aアームのダブルウィッシュボーン。

 スプリングはリーフ式だ。

 ホイールは荷馬車の物を流用したが、軽量化を目指して細い竹を使ったスポークホイールにしてみたが、あまり軽くはならなかったようだ。

 だが、見てくれは凄い格好いい。

 こんな面倒くさい加工が出来るのも、ナナミがいるお陰だし、組み立ても2人でやっているので、凄いはかどる。


 形になってきたので、車庫も作って、作業を続ける。

 前輪のステア機構は、平行リンクを使った元世界に遜色のない物。 ただ、丸ハンドルは、ステアリングギア等の加工が大変だったので、バイクのようなバーハンドルにしてみた。

 いずれ、丸ハンドルに改造してもいいだろう。

 クラッチも入れて、変速機を付けようとしたが、凝り始めるとキリがないので、とりあえず直結型で製作し、バックギアだけ装着した。

 シートは馬車用を改造して使用し、ドアはついていないバスタブタイプのオープンカーだが、ここら辺は雨は少ないので問題ないだろう。

 ただ、横転した際の安全確保の為に、ロールバーを付けた。


 外燃機関なので、燃料は燃える物ならなんでもいいが、俺が乗るなら、ボイラーを直接魔法で温めれば良いので、元世界の蒸気機関のようなわずらわしさは少ない。

 工作師達が作った蒸気自動車がレベル30なら、コイツはレベル50ぐらいあるだろう。


 シュポポポポポポポ!


 軽快な音を出して、車は駆け出す。

 一応、車の免許は持ってるが、蒸気自動車なんて運転した事がない。

 右手でレバー式蒸気バルブを操作してスピードを上げ、レバーを離すとバネで戻るような仕掛けになっており、ブレーキは足踏み式だ。

 前輪の切れ角はあまりないので、結構大回りなのが、玉にきず


 調子に乗ってお城の周りを乗り回していたら、殿下に見つかってしまった。


「ショウ! なんだそれは! また面白そうな物を作りおって!」

「軽量版の自動車ですよ。 2人しか乗れませんし、荷物も余り積めません」

「よし!」

 殿下はドレスのスカートのすそつかむと、車に乗り込んできた。

 

「まだ、試運転中ですが……途中で壊れるかもしれませんし。 公務のお仕事は?」

「つべこべ言わずに出発だ!」

「光が強いので、せめてお帽子を……」

 それを聞いた殿下は、俺のマントをむしり頭に被せた。

 

 しょうがねぇ。 ちょっとひとっ走りしてくるか。

 その様子を見ていたナナミに、修理する際に必要になる工具を持ってきてもらい、積み込む。

 そして、3~4時間出かける旨を伝える。

 

 街の中を通り、大人たちの好奇の目と子供達に追いかけられて、街を出て橋を渡る。

 左に曲がり、そしてまた左折。 ウインカーもブレーキランプもヘッドライトも無い車が、土道を走る。

 そして、橋を2つ渡れば、伯爵領までほぼ一直線の道。 見通し良く、障害物があれば、すぐに察知できる。

 試乗には持ってこいの道だろう。


 シュポポポポポポポ!


 バルブ全開の全速走行だ。 草原や林等の流れる景色を脇目にドライブを楽しむ。

 運転の感触だが、セルフステアとかは無いし、結構クイックなハンドリング。 オートバイ感覚に近いような。

 乗ってみて、分かったが、フロントガラスがないと、ちと辛い。

 殿下は俺のマントを使って、なびく髪の毛を押さえている。

 多分、時速20kmぐらいだとは思うが、馬車と違い地面が近いので、意外と速く感じるんだよね。


「ショウよ! もっと速く走れないのか?!」

「今のところは、これで限界ですね。 歯車(ギア)を増やせばもっと出るようになるとは思いますが、速度を上げると、危険も伴いますよ」

「速いほうが楽しいのに決まっておる!」

 

 そうだなぁ、クラッチをつけて前進3速とかにすれば、時速60km以上は出るかもしれないが――この車で時速60kmか……。

 それは、ちょっと怖いような。


 安全運転の後、1時間ほどで、伯爵領へ到着した。

 車を止めて、各部のチェック。 ボルト等の締め増しを行う。

 これ、サイドブレーキとかないから、車輪止めを使う。

 ボイラーに入れる水を農民達から貰うが、まさか殿下が直接おいでになるとは思っていなかったらしく、皆地面で亀のようになっている。

「よいよい、今日はお忍びだ。 皆作業へ戻るがよい」


 農民たちを散らし、そんなこんなをしていると、話を聞きつけたミルーナがやって来た。


「まあ! まあまあまあまあ まあ!」

 

 ミルーナは、挨拶もそこそこに、車の周りをグルグル回ってくまなく観察していたのだが――。


「私に黙ってこんな楽しげな物を! 酷いです!」

「黙ってって、お城で馬なしの車を作っているというのは聞いていただろ?」

「聞いておりましたが、鉄の怪物とかいうので、こんな楽しげな物とは聞いていませんでしたが」

 鉄の怪物かぁ。 まあ、煙はモクモクだし、そう見えるかもな。


「相変わらずだの。 其方も真学師なら、同じ物を作ればよい」

 殿下は嫌味のつもりで言ったのかもしれないのだが――。

 

「それもそうですわ」

 そう言った、ミルーナは車に乗ってみたいとの事。 しかも、運転席に。

 運転はそれほど難しくはないからな、クラッチ操作もないし、ギアチェンジも無い。

 1速ATみたいなもんだ。

 運転の仕方を教えると、最初はおっかなびっくりだったミルーナだが、すぐに乗り回し始めた。

 しばらく乗り回した後、車から降りると――。


「譲ってくださいませ! 譲って譲って譲ってぇ!」

 

 ミルーナの怒涛の電車道で思わず――ウンと言ってしまったのだが、殿下をみると、こちらをにらんでいる。

 ああ、そんなに怒らなくても、すぐに2号車を作りますよ。

 俺の鞄から黒板プレートを取り出し、蒸気機関の簡単な説明をする。


「要は、お湯を沸かして、蒸気の力を動力に変えているのですね」

 うん、解りが早くて助かる。

 

 しかし、このまま譲ってしまうと、殿下が帰れなくなってしまうので、後日引き渡しということにした。

 

 そして数日後、車を伯爵領へ運んだのだが――。

 ミルーナが用意していたのは、大量の金貨。


「これは……」

「当然、自動車の代金ですわ」

 その値段金貨500枚(1億円)也。

 

「ちょっと、高すぎないか?」

「いいえ、これを元にして自動車を作って売るのですから、このくらいの投資は当然ですわ」

 彼女の話だと、まずは完全にバラして、構造を調べると言う。

 しかし、再現の難しい部品もあると思うけどなぁ。 それに、この伯爵領には工作師もいないし、金属加工機械も無いのだが、どうするのだろう。

 そりゃ、帝国からの流入が増えて、人手は余っているらしいが、純粋な加工技術だけで魔法は全く使わないとはいえ、誰でも出来るってわけでもないからな。


 ミルーナは、商人にも顔が広いので、そのツテで集めるのかもしれない――車だけではなくて、汎用の動力源として蒸気機関を提示するという手もあるが。

 聡明な彼女の事だ、確実な打算があるのだろう。

 

 どの道、量産するにはしばらく時間が掛かるだろうなぁ。

 車のための会社を作ったら、共同経営者として、株式の1/4は譲渡してくれるという話なのだが。

 

 果たして、どのぐらい掛かるのやら。

 

 皆、蒸気機関にのめり込んでいるのだが、帝国の心配はどうなったのだろう?

 殿下の話では、ミズキさんからの連絡でも、目立った動きは無いと言う。

 それどころか、ファーレーンの悪魔が、火を吹く鉄の怪物や、数十リーグも飛ぶ魔法の矢を作っていると――戦々恐々としているらしい。

 また噂に尾ひれがつきまくっている感じだが、今回は都合が良い。

 帝国がそれでビビって、やる気をなくしてくれれば、これ幸いなのだ。

 だが悪い話もある。 貴族や皇族が、商人の借金を踏み倒していて、帝国商人達も頭を抱えているらしい。


 戦争の前に、帝国が崩壊するんじゃないか?


 それはそれで、困った事になる。

 国同士の戦争なら、軍で勝敗が決まり、都市への攻撃やら民間人への略奪は行われることは少ない。

 戦に勝利すれば、その国の領土と民は自分達の物になるのだから、荒らす必要は無いのだ。

 無事に接収して、自分達の物にした方が、旨味が大きい。

 民も、どうせトップが変わるだけだからと、新しい支配者にそのまま付いていく。

 それが、この世界での戦だ。


 だが、国が崩壊して、軍が野盗になってしまうと、コレは厄介だ。

 略奪、放火、殺人、強姦、なんでも有りになって、後にはぺんぺん草も生えなくなってしまう。

 なので、帝国が崩壊したとしても、軍備の維持は怠る事が出来ないのだが。

 まあ、野盗なら、多少大規模になったとしても、城の軍備でなんとか出来るという、殿下のお考えなのかもしれない。

 

 挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124fgnn52i5e8u8x3skwgjssjkm6_5lf_dw_a3_2
スクウェア・エニックス様より刊行の月刊「Gファンタジー」にてアラフォー男の異世界通販生活コミカライズ連載中! 角川書店様より刊行の月刊「コンプティーク」にて、黒い魔女と白い聖女の狭間で ~アラサー魔女、聖女になる!~のコミカライズ連載中! 異世界で目指せ発明王(笑)のコミカライズ、電子書籍が全7巻発売中~!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ