9話 とりあえず飯をなんとかしよう
俺は、師匠の仕事の植物採集や、昆虫採集やらを手伝いつつ――家の掃除、薪割り、水汲みの日々の生活を送っていた。
その合間を見て魔法の練習をチマチマと――魔法の微妙なショボさに苦笑いしつつ、繰り返して練習してる。
便利っちゃ~便利なんだが……。
だってなぁ、洗濯物を乾かすのも一枚ならできるが、全部は無理だし。鍋にお湯を沸かせても、お風呂は無理とか結構微妙。
ただ、野菜を食いたいな~とかで、2株ほど1~2日で促成栽培とかは出来る。
タネの芽出しなら、数十分とかね、ホント微妙(モヤシが食えるが)。
まあ結局、使いどころだと思う――そのうちいい使い道が思いつくだろ。
お茶一杯飲みたいとか、冷たい水を飲みたいとかなら、すぐに可能だし。
それに、練度が上がれば、魔法の範囲も広がるそうで――師匠がその気なら、畑一面を促成栽培とかも可能らしいが、そういうのに全く興味ないみたい。
だが、初期魔法とバカには出来ない。練度次第では攻撃魔法にもなる――例えば人体に、加熱魔法や乾燥の強い魔法を使ったらどうなるか、一瞬で血液が沸騰したり、水分を失い乾燥したりするのだ。
一面を電子レンジに掛けるようなもんだろ。
ああ、恐ろしい……。
それから、鉄は加熱出来るかな? と試してみたが――熱くはなるが、灼熱にはならないみたいで、鉄を溶かすぐらいの温度にあげるには、もっと高い練度か他の技術がいるみたいだ。
鍛冶屋は無理か。
鍛冶が出来れば、武器も作れるんだけどなぁ。
魔法を使えるようになったので、次のファンタジー要素のモンスターについて聞いてみたが、森の奥やダンジョンへ行けばいるそうだが、ここら辺にはあまりいないらしい。
まあ、俺じゃ絶対に戦うのは無理だろう。武術と言っても、学校で剣道と柔道を少しやったぐらいの普通の一般人だし。
デカイモンスターは、この世界の戦争では兵器として使われる事もあるらしい……物騒だね。
それはそうと、師匠に止められているが、城下町へ行ってみたいんだがなぁ。
俺の姿を他の人にみられたくないのかもしれない……でも、弟子だって言えばいいと思うんだけどね。
まあ、金もないから、何も出来ないけどな。
とりあえず、なにか金を稼ぐ方法を考えないといかんなぁ。
俺を刺した、デカイ蜘蛛の吐く糸とかは売られたりしてるみたいなんだけど、そういう物を売ったりする事は真学師のやる事ではありません、と止められてるし。
弟子だから、師匠のお手伝いをするのが本分だとは思うけどね。
ちょっと人恋しいのだ。
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はい、散々師匠に世話になって、食わせてもらってヒモみたいな野郎で申し訳ないんですけど、一つだけ言わせてください。
飯が不味いんです……。
師匠がメシマズだとは思いたくはないんだけどなぁ、こういう食文化なのかもしれないし……。
でも、不味いんですよ、マジで。
毎日、野菜と豆のスープなんですけど、ただ煮ただけの塩味だし――そして塩味のパン。
精製塩じゃなくて、岩塩っぽいので、塩単体じゃ美味いと思うんだけどなぁ。
自分で作ったほうがマシなんだが、思い切って言ってみるか。
たいしてやる事もないしね、料理ぐらいはさせて貰ってもいいだろう。
ちなみに、食事は1日2食――朝早くと夕方。
暗くなると明かりもないので、マジで寝るしかねぇ。
ネットもないし、本もねぇ。
やる事ないんで、暗い中魔法の練習したりしてるよ。
------◇◇◇------
――次の日。
朝食の時に、俺が食事を作る話を切り出した。
「師匠、ちょっとご相談があるんですが」
「なんでしょう?」スープを啜りながら師匠が答える。
「私に食事作りを任せていただけませんか? 私は然程やる事がないですし――私が食事を作れば、師匠はその時間を仕事に回せますし……いかがでしょう?」
「わかりました、いいでしょう」
あれ? あっさりOK。
もしかして、料理苦手とか? あんまり食事に興味ない人なのかなぁ……そういう人結構いるよね。
さて、今日の晩飯から俺が作る事になったのだが――俺は台所で頭を抱えていた。
師匠は、自室でお仕事中――。
何を作ろうか……。
いつものスープをちょっとバージョンアップ――それでいいだろう。
まず野菜を確かめる。
豆は普通、日本と変わらん。
芋も普通、これまた日本と変わらん――ジャガイモとはちょっと違う気はするが、ホクホク感がないだけで、ジャガイモと言われても違和感はない。
後、タマネギみたいのと人参みたいのがある。
豆は少し固いのと、少々アクがある、水に浸けてアク抜きをしたほうがいいだろう。
そして、人参みたいのがあるが、これが苦いんだよ。
アク抜きできるかなぁ……。
品種改良とかされていないので、野菜に甘味は薄い。
元世界で、年寄り連中がやたら料理に砂糖を突っ込むのは、こういう野菜を食ってた反動なのかもしれないなぁ……。
人参モドキを包丁で刻んでいく、包丁は日本の物より厚くて、ナイフみたいだ。
刃物も自分で鍛造したいねぇ。せっかくの異世界なんだし、銃刀法ナントカ~とかないからね。
どんな刃物も造りたい放題なんだし。
食事は主にスプーンで食べて、フォークはなし、俺は箸を使いたいんだけどなぁ。そのうち作るか。
色々と見るからに、食文化は発達してなさそうだが、街へ行って確かめてはいないので、実際はどうなのかは解らない。
豆と刻んだ人参モドキを、それぞれ木製のボールに入れ――竈から灰を取って、ボールの中へドバー。
そして、水をたっぷり。
ここで、ちょっと試したい事がある。
魔法で、アク抜きできるのかな?
料理材料と灰と水で一杯になったボールに、成長&発酵促進の魔法を使ってみる。
すると……。
早回しの動画のように、ゆらゆらと水が濁っていく。
おっ、成功したか?
とりあえず、人参モドキの方を取り出して、齧ってみた。
ん~、苦くないぜ! やった、成功だぜぇ。
魔法で、アク抜きも可能だと解った。
栃の実があれば、トチ餅もできるな。どんぐりやら、木の実も食えるかもしれない。
確かめると、豆の方も柔らかくなってる。魔法さまさまだ。
イェ~! 何故か、俺はその場でクルクル回って、シュッ! シュッ! とシャドーボクシングを始めてしまう。
「何を騒いでいるのですか? ショウ」
「あ、いえ、すみません」
師匠はお茶を入れにきたようだ。
「これは何をやっているのですか?」
「アク抜きですよ。野菜や山菜の苦みを取る作業です」
「どのような作業なのです?」
「ちょっと詳しくないのですが、苦みの成分と、灰の成分とを反応させて『塩』として沈殿させる反応だったかな……? だと思います」
「なるほど、苦みの成分を相殺しようというのですか、理に適ってますね。それも習ったのですか?」
「いえ、これは生活の知恵みたいな物で、山で採れる野菜は苦みが強いので、こういう作業をしてから食べる事になってました。この苦み成分には身体に悪いものも含まれているので……」
「わかりました、ショウに任せます」
師匠はお茶を入れると、自室に戻ってしまった。
アク抜きをした、豆と人参モドキを洗って水を切って置く。
さてとりあえず、これだけでも材料は揃ったが、やっぱり肉だよ肉! 肉が食いてぇよな。
------◇◇◇------
さて、腰には師匠の家にあった鉈とポケットにはマルチツール。家の横を下って、川へやって来た。
魚がいるのは解ってるからな、しかし、竿も網もない――が、作ろうと思えば作れると思う。
ここら辺には、日本の竹のようなティッケルトという植物が生えている。
日本の竹は緑だが、ここのティッケルト(竹)は最初から茶色で、節の間隔が日本の竹より長い。
これを削ったり編んだりして、網や笊を作ったり、竿も作れるだろう。
糸は、俺が食われそうになった蜘蛛の糸、針は竹を削って、熱して曲げる。
なんとかなりそうだが、手間がかかり過ぎだろ。
もっと手っとり早く、魚が捕りたい。
で、どうするか。
靴を脱いで川の中へ入るが、水苔で滑るので、ひっくり返らないように慎重にすすむ。
川の中にデカイ岩があると、その下に魚が隠れてる事が多い。
そこで、人の頭ぐらいの石を掲げて――。
石に石をぶつけると、水中に伝播した衝撃波で失神した魚が浮かんでくる。
フフフ、田舎育ちを舐めてもらってはこまる。こんな事はガキの頃に散々やったんだ。
もたもたしていると魚が流されるので、素早くゲット――マルチツールのブレードを出して、手早く魚の腹を割くと、ワタを出して川で洗う。
3匹ゲットだぜぇ。
腹を開いた魚を岩の上に乗せて、乾燥の魔法を掛けると、シュワシュワと白い霧が出て、あっという間に干物の完成!
川魚は生じゃ食えないからな。
こいつは便利だぜぇ、魔法超使えるじゃん。
ただ、これだと乾燥させただけ、魚の蛋白質がアミノ酸に変わらないとホントの干物とは言えないので、一匹だけ離して、今度は発酵促進の魔法を使ってみると……十秒ぐらいで飴色に変わった。
匂いを嗅いでみると、鰹節のようないい匂い。残りの魚も同様に魔法をかけた。
いやぁ、魔法便利だわ。
魚は手に入ったが、肉がねぇな。四脚はまあ……無理だな。
ティッケルト(竹)で弓やボウガンを作れないこともないが、そんなのいつ捕れるか解らんっての。それにしても、ホントに何もないよなここには……。
それじゃ、鳥にするか。
家の周りにカラフルな雀みたいな小鳥がいるので、こいつに狙いを定めた。
細いティッケルト(竹)を採ってきて、平らな岩をスイングするよう――先っぽを思いっきり引っ張り、草を縒って先端を結んで固定。
平らな岩の上には、川虫や毛虫を潰した物をセット。
上手くいくか解らんが、しばし待つ……。
きたきた……。
数羽集まったところで、ティッケルト(竹)の先を結んだ草を切る。
空気を裂く渇いた音と共に、竹の先が岩の上を薙ぎ払う。
パタタタ! 数羽の小鳥がひっくり返った。
それを確認して、ダッシュ! 失神しただけなので、素早く絞めて、マルチツールからフックを出して、腸を出す。
可哀相だが、成仏してくれよ……ナンマンダブナンマンダブ。
羽毛を毟って、腹を割いてワタを出して、川で洗う――親父と雀を獲って、食ったのを思い出した。
枯れ草を集め、その上に捌いた鳥を乗せる。そして残った羽毛を焼き切るために魔法で火をつけると――パチパチと音を立てて、オレンジ色に燃え上がる。
「食うところがないから、骨ごと叩いて『つくね』にするか」
台所から包丁と薪を持ってきて、薪をまな板代わりに――ダカダカ! と骨ごと叩いてつくねにした。
「後のこしらえは、家でやるか」
河原で一休みしていると、その目の前を緑色の虫が飛んでいく。
なんだか、蜂っぽい。
その後を付いていくと、木の樹洞に蜂の巣を見つけた。
緑色だが、脚に花粉団子がついてるから――蜜蜂だな……多分。
う~ん、蜂蜜が食べたいね。ここには甘い物が全然ないからな~チョコは残しておきたいし、いざとなればチョコは売れるかもしれん。
どうやって、蜂蜜を取るかしばらく思案していたが、やはり可哀相だが……加熱魔法で蒸し焼きにすることにした。
焼くといっても、巣の中を50℃ぐらいに上げれればいい。
先程作ったつくねを台所へ持っていき、帰りに小さい壺とボウルを持ってきた。
そして、蜂の巣に温め魔法を掛けると、すぐに巣は静かになる。後から若干数戻ってくる蜂もいるが――たいしたことはない。
木の樹洞の脇を鉈で切り開いて、巣を取り出して巣を搾ると、出てきたのはそんなに大きな巣ではなかったが、小さい壺の中は蜂蜜でいっぱいになった。
指で掬って舐めてみると……。
甘ーい!
そして美味い、思わず微笑んでしまう美味さ。こいつは病み付きになるわー。
しばらくペロペロしていたが、後引きすぎでキリがないので、持ってきたボウルに残りの蜂の子を入れて持って帰った。
なんか自分で食材を調達すると、命をいただくってのを実感できるなぁ……。
なにか武器を作って、猟師という手もあるか……でも、師匠にまた、そんなのは真学師の仕事ではありませんって言われそう。