86話 天国にいちばん近い村
俺はダークエルフの村を訪れていた。
ダークエルフの村へ続く谷間の道を塞いでしまった巨石を取り除く、という仕事のためだ。
実際に巨石を見て途方に暮れた俺だったが、普段は行わない魔法の使用法――圧縮弾を二重圧縮するという裏ワザで、この困難を切り抜けようとしていた。
圧縮弾の解放と共に、岩石が水平に吹き飛び、土埃が舞い上がる。
パラパラと小石が落ちる音が止むと、巨石の左下に円形の穴が開いていた。
「ひょおおおっ」 「すげぇぇ!」 「真学師なんて大した事無いと思ってたけど、中々やるじゃん」
全部、ダークエルフの男共の台詞だが、中々失礼な野郎どもである。
巨石全部を吹き飛ばす必要はないと解った俺は、巨石の左下にトンネルを掘る作戦に切り換えた。
どの道、ここで巨石を吹き飛ばしても、両脇を壁に囲まれたこの谷底では瓦礫を運ぶ場所が無いので、かえって邪魔になってしまう。
トンネルなら、運ぶ瓦礫は少なくて済む。
二重圧縮弾のコントロールの仕方もコツを掴んできたが、メチャ疲れる事にはかわりない。
精々、1日2発が限界だ。
二重圧縮弾を岩に水平に入れると銃身のように噴き出してしまうので、奥まで行った後に少し下へ下げて、若干戻る――つまり釣り針のような軌跡にしてみた。
これなら、ブラストが吹き出す事は無いようで、上手く岩を吹き飛ばせたようだ。
穴の直径は3m程あるから、荷馬車も通れるだろう。
「ふうう、どうでもいいが、コイツは疲れるぜぇ」
俺が、魔法を撃ち終わった後、フラフラとテントへやって来た。
ダークエルフ達が、現場での一休みスペースとして、簡易のテントを作ってくれたのだ。
エルフと決定的に違うところは、集団行動が出来るところだな。
エルフは個人主義が基本で、仲間とつるんで何かやるということは、あまり無い。
無論、戦闘等になれば、チームプレイも出来るのだが……。
それに、俺の魔法が役に立つと解った途端に彼等は俄然協力的になった。
この巨石を何とか出来る――という俺の言葉が、半信半疑だったのだろう。
どのくらい協力的かというと、休んでいた俺に膝枕をしてくれるぐらい協力的になった。
「なんだ、随分と待遇が良すぎて、ちょっと気味が悪いんだが……」
美女の膝枕に頭を載せて、俺が言う。
「そんな事ないよ。 役に立つ男には奉仕しなきゃ」
「おい! 俺はそんな良い事してもらった事ないぞぉ!」
俺が頭を乗せている膝枕を指さして、あの煩い男ムイムイが抗議してくる。
「うるさい! お前らはとっとと働け!」
俺が魔法で発破した瓦礫をダークエルフの男共が片付けているのだ。
こいつらは、普段全く働かない穀潰しらしい。
女達に見張られて、奴隷のように瓦礫撤去に汗を流している。
その中でも、フェイフェイは実剣を振り回して、男達を威嚇している。
怖ぇ! アマゾネスか!
「ったくもう、狩りもしないくせに」
「狩りもしないのか? じゃあ、男達は普段は何をやっているんだ」
「何もやってないよ。 ただ遊んでいるだけ」
そりゃ、拙いだろ。
ここには、長老衆も顔を揃えているので、これじゃサボれないだろう。
「はは、まるでアリとかハチみたいだな」
女のムチムチでアスリートのような太腿の感触を堪能しながら、俺が言う。
「アリ?」
「アリとかハチは、働き回って獲物を獲ったり、蜜を運んだりしてるだろ。 アレってみんな女なんだよ」
「へぇ! じゃあ男は?」
「巣の中で遊んでる」
「もう、あたし等とおんなじじゃん」
「けど、子種だけ絞られて死んじゃうんだけどな」
「まあ、男ってのはそれしか能が無いからね」
手厳しいなぁ……。
さて、2回目の発破をやろうと、準備をし始めたら、男共が集まってきた。
何をするのかと思ったら、発破をする岩の前に並び始める。
1回目の発破の時は、大人しくしていたのだが、また悪い虫が騒ぎ始めたようだ。
どうやら、こういう遊びらしい――つまり、チキンレース。 誰が危ない所へ一番近づけるかという……。
ちょっとガキっぽいかなと思ったら、まるで行動がガキなのは如何なものか。
本当に俺の10倍以上年上なのか?
俺が、長老衆の女性をチラリと確認するように見ると――彼女は黙って頷いた。
やれ! って事だろう。
大丈夫なのか? 死んでもしらんぞ。
俺は、遠慮なく圧縮弾を解放すると、男達が爆風に巻き込まれた。
結構デカイ岩が直撃したように見えたんだが、マジで大丈夫なのか?
土埃が晴れると、案の定2~3人がひっくり返っている。
それを見た、他のダークエルフ達は大爆笑。 腹を抱えて笑っている。
結論から言うと、死んではいないようだ。
彼等には、精霊の加護とかいう魔法があるようで、ダメージをある程度軽減出来るという話なのだが、マジで死んじゃう奴もいるらしく、余り洒落にはならない。
同じ生活をウン百年延々とやってきて、いい加減に飽き飽きしているらしく、こういうイベントがあると、必要以上にハッスル(死語)してしまうようだ。
下手に長生きというのは、あまり良いものでもないような気がしてきた。
1000年以上生きても、人生に飽きて森に入ってしまう長老達の話も聞いたしな……。
「ふぇ~、今日のノルマは終了っと」
俺は、またテントに戻ってくる。
また、男共が瓦礫撤去し始めたが、少々デカイ岩があるようで、俺になんとかしてくれと言ってきた。
「よし、ちょっと余裕があるから、重量軽減をしてやるよ」
岩に重量軽減の魔法を掛けると、軽くなった岩を男共が谷の脇へ運んでいく。
「便利な魔法があるじゃん。 全部ショウがやってくれよ」
そう言ってきたのはムイムイだ。
「こんなので魔法を使ったら、岩を吹き飛ばす余力が無くなるぞ。 もっと時間も掛かるしな」
「あんたら、楽する事ばっかり考えて!」
ムイムイが棒を持った女に追い回され始めた。
マジで遊ぶことしか考えて無いみたいだな。
俺はテントに戻ってきて、また膝枕を堪能している。
いいのかね? こんな天国状態で。
「フローがいれば、もっと早く片付くのになぁ」
「フローって? ショウのコレ?」
膝枕をしている女が小指を立てる。
「違うよ。 お城にいるエルフだ」
「げ!」
その女は一言吐き捨てると、膝枕をしていた俺に構わず、立ち上がったので、俺は頭を打ってしまう。
「ショウ、エルフの穴兄弟なの? プラレ切~った!」
女達は、並んで俺に向かい、指でバツ印を作っている。
俺は頭をさすりながら、この世界にも似たような風習があるもんだと感心し、彼女達に弁明をする。
「エルフとは仕事で付き合ってるだけで、関係はない。 エルフを雇ってるのは殿下だし。 それに、エルフの真学師は、王侯貴族達に多大な影響力を持っているから、無視出来ない存在だしな」
「それにしたって、エルフは嫌!」
「まあ、俺も色々と苦労はしてるんだよ。 だが、ウチの家訓――立ってるチ〇〇は親のチ〇〇でも使え! ってのがあるし」
「何それ? アハハ!」
何故か知らんが、ウチのクソ親父直伝の下品なオヤジギャグが、ダークエルフ達にバカ受けだ。
「何をそんなに笑っている」
笑い声を聞いて、フェイフェイがやって来た。
「あ、フェイフェイ。 ショウったら、面白いんだよ」
俺のオヤジギャグの内容を聞かされたフェイフェイは渋い顔だ。
「くだらん!」
「もう、そんなにクソ真面目だから、男も出来ないんだよ」
「あの、男共の何処に惚れる要素がある!」
フェイフェイが、瓦礫をヒィヒィ運びながら文句を言ってる男達を指さす。
「んもう、あんな奴らでも、アノ時は結構可愛いんだよ」
そんな言葉にフェイフェイは腕を組んで不満げな表情だ。
長老達に、何故フェイフェイを使いに出したのか尋ねる。
すると、フェイフェイの胸を指差した。
ああ、いざとなったら、アレが武器になると……。 そういう事なのね。
それにしても、複数使いを出すとか色々と方法があったはずだと思うが。
それも聞いてみたが、長老達はどうも期待はしていなかったらしい。
魔導師にお礼も出せないし、まして真学師などというへそ曲がりの変人が当てになるはずなぞ無い――というわけで、村を捨てる方向で動いていたそうなのだ。
彼等にとっては嬉しい誤算って感じなのか。
それから5日、毎日魔法を撃って、巨石に穴を穿つ日々。
最後は、両側に爆風が吹き抜けてトンネルが開通した。
大体、掘った穴は10m程あったな。
「うひょおおっ!」
ダークエルフの男達がはしゃぎ回る。
「この魔法は結構使えるな。 フローがいれば撃ち放題だし」
「穴を掘ってどうするのだ?」
フェイフェイが聞いてくる。
「例えば、テルル山には魔物が沢山いて、山越えは無理だろ? 山の下に穴を掘れば、山の向こう側へ簡単に行けるようになる」
「そんな荒唐無稽な話を誰が信じる」
「やって出来ない事はないだろう」
元世界では、長距離トンネルがあったからな、まったく不可能ではないはず。
「真学師っていつもそんな事考えてるの?」
俺に膝枕をしていた女が言う。 彼女の名前も覚えた『ミルミル』だ。
「そうだ」
「だから真学師って頭オカシイって言われるんだね」
メチャハッキリ言うな。
どうも、ダークエルフってのは、物事ハッキリ言う人種らしい。
まあ、嘘は吐かないんでエルフよりは信用できるらしいと言うのだが。
小石を片付けるのに、竹箒を黒板に描いてやったら、工作好きな男が飛びついた。
すぐに作ってみるという。
こういうのには反応するんだな。
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トンネルは開通したが、魔法を使いまくって消耗が激しいので、1~2日滞在させてくれと頼んだら、あっさりと了承された。
むしろ、何もお礼が出来ないのが、心苦しいという。
「それなら、何か変わった鉱物とか見たことはないか? 色が変わっているやつとか」
そんな話をしたら、1人の男が手を挙げた。
「役に立つかは分からんけど、知ってるぜ」
手を挙げたのはムイムイだ。
「本当か? もしかして、場所は森の奥か?」
「いや、この谷の入り口にある、巨壁の所だ」
「それなら、俺が帰る時に案内をお願いしたい」
「任せろってことよ」
後で詳しく聞いてみよう。
その夜、トンネル開通祝いの夕飯になったが、飯を食ったら終了だし、男達は退屈そうにしている。
まあ、こんな僻地じゃ何もないしな。
トランプでも持ってくれば良かったか……。 そう思って、ポケットを弄るとサイコロが入ってたのを見つけた。
ハーピーの爪で作ったやつを、そのままポケットに入れっぱなしだったのだ。
サイコロがあれば、チンチロリンが出来るな。
「暇なら、俺が教えてやる遊びをやろうぜ」
「どんなのだ?」
「器を用意してくれ」
「こんなので良いか?」
男が見せてくれた物はちょっと底が浅かったので、もう少し深い物を探してもらった。
「この中にサイコロを入れて遊ぶんだよ」
この世界にもサイコロは存在しているので、珍しくはない。
ダークエルフ達に、チンチロリンのルールを教える。
怠惰でも、頭は良いからな。 すぐに彼等はルールを覚えてしまった。
元々そんな難しいルールではないが、これが獣人達だと、こうはいかない。
男達に小石を集めさせて、チンチロリンをやり始める。
「よっしゃ! 456! これって、親の即勝ちだよな?」
ムイムイが叫ぶ。
「そうだ。 ついているな」
「まかせなさいっ!」
どうやらついているようで、得意顔だ。
ルールも覚えて、楽しんでいるようなので、俺は先に寝ることにした。
「なんだ、ショウ。 寝るのかよ、夜はこれからだぜ」
「疲れて、もう倒れそうだわ。 先に寝かせてもらう」
チンチロリンで大騒ぎをしている男達に挨拶をして、村の隅にある俺の寝床に戻る。
装備を外して簡素なベッドに倒れ込み、ウトウトしていると、誰かが入ってきたのが解った。
「誰……」
眠気眼で見ると、フェイフェイだった。
彼女は革の鎧を外し、薄いワンピースを着ている。 それが、下着なのか寝間着なのかは判別が出来ない。
フェイフェイが俺に覆いかぶさると、大きな胸の柔らかい感触が伝わってくる。
蝋燭の光に照らされた彼女の銀髪を撫でながら、寝落ち寸前の俺が呟く。
「ゴメンな……。 お前みたいなイイ女に恥をかかせるわけじゃないが、もう俺は限界だわ。 何も出来そうにない……」
「そうか」
「スマンが、お前の髪の毛だけ触らせて……」
と言ったか、言わなかったか――そこで記憶が途切れた。
ホントは疲れマ○って、どんなに疲れててもチ〇〇だけは勃つんだけどな。
------◇◇◇------
次の日、起きたら昼を回っていた。 寝過ぎだ。
それだけ疲労困憊してたって事なんだろうけど、そのぐらい魔法の二重展開は疲れる。
男達の所へいくと、まだチンチロリンをやっていた。 一応、彼等も寝たようで、徹夜ではないようだが……。
見ると、賭けているのが小石ではなくて、いつの間にか現金になっている。
ありゃ、拙い遊びを教えてしまったかもしれない……。
女達に、文句を言われそう。
――と、思っていたら、案の定言われた。
「もう、男共に変な博打を教えたのはショウ?」
怒って言ってきたのは、ミルミルだ。
「悪いな。 奴らがあまりに暇そうにしてたんで」
「まあ、どの道働かないんだから、同じだけどさ」
「じゃあ、女達には石鹸の作り方を教えてやるよ」
「え?! ショウ、石鹸を作れるの?」
「元々、俺が考えたもんだし」
狩りから帰ったら、女達に石鹸の作り方を教えることになった。
男達とチンチロをやってもつまらんので、女達の狩りについていくことにした。
なにか面白い生物や植物が見れるかもしれない。
このダークエルフの村は谷の奥まった所に作られていて、森へ行くには左右の崖に作られた足場を登っていく。
何百年にも渡って作られた足場には年季を感じるが、ここから動くというのは彼等にとって、大問題だったろう。
その足場を登り森へ入ると、ダークエルフの女達と狩りをしながら歩く。
本当の森の深層は、もっと遥か奥だが、普通でもここまで奥には入らない。
ここで暮らして、森を庭としているダークエルフ達だから迷わず歩けるが、普通の人間なら遭難必至だ。
彼女達の狩りの道具は弓。 もちろん、数百年単位で使っているので、熟練度は達人級。
そんな彼女達についていくと、鳥を偶然発見。 ダルマみたいな身体に長い嘴ジシギの仲間だ。
「あそこに鳥がいるぞ」
俺の隣にいるのはミルミルだ。
「え? ドコドコ?」
ジシギの仲間は身体の模様が天然ステルスになっているので、パッと見解らない。
「俺が捕まえるよ」
重量増大の魔法を使うと、ジシギを押さえこむ。
鳥さん達は、歩く能力は貧弱なので、重石を掛けられると身動きが取れない。
俺は、鳥さんの下へ向かうと、両手で捕まえて戻ってきた。
「ほら、捌くのは任せるよ」
鳥さんを彼女に見せる。
「え~? それって魔法なの?」
「そう」
「これは雌だね。 卵を持ってるかもしれないから、卵を産ませてからにしようか」
ミルミルが細い縄を使って、ジシギを縛る。
「それは良いな」
そこに、フェイフェイが合流した。 昨夜、俺が寝落ちしてしまったので、怒ってるんじゃないかと思ったが、別段変わった感じはしない。
「フェイフェイ、ショウって凄いんだよ」
彼女が生きたジシギをフェイフェイに見せる。
「鳥なら魔法で捕まえられるからな」
「それじゃ、オナガドリを探そう。 あいつなら、生け捕りにすれば高く売れる」
フェイフェイが提案する。
「それ、いいね! 私も乗った!」
元世界のオナガドリと言えば、鶏だったような気がするが、もちろんこの世界のオナガドリは違う。
長い尾羽根をなびかせて飛ぶ、美しい鳥だと言う。
探し続けて、1時間程。 なんか適当に歩いている気がするんだが、ちゃんと戻れるんだろうな。
そんな事を考えていると、いた……オナガドリだ。
枝に止まっている黒い鳥は、青くきらめく尾羽根が地面スレスレまでたなびいている。
「いたぞ」
フェイフェイが声を殺す。
「それじゃ、俺が押さえこむよ」
そう言って、重量増大の魔法を掛けると、オナガドリが枝の上でペタリと座り込んだ。
そのまま近づき、鳥の下までやって来た。
「俺が魔法でこのまま押さえているから、捕まえてくれ」
「承知」
フェイフェイが華麗に幹を登ると、両手でガッチリとオナガドリを捕まえた。
オナガドリゲットだぜ!
「すごーい! ウチの男共より100倍役に立つじゃん。 ショウとウチの穀潰し共を交換してほしいよ」
「真学師と言えば、国の重鎮だぞ。 そんな事が許されるはずがない」
鳥を捕まえて、木から降りてきたフェイフェイが言う。
「そりゃ、解っているけどさ!」
ミルミルは足元の枯れ枝を蹴っ飛ばした。
帰れるか心配だったが、何事も無く彼女達は一直線に村へ。 何気に凄いな。
帰った後、生きたオナガドリを見てはしゃいでいる女達に、石鹸の作り方を教えてやる事に。
「材料は、獣脂と灰だ。 獣脂は臭くないのが良いな」
「匂いが良い獣脂と言えば――山馬かな?」
「確か、まだ残りあったはず……」
山馬の脂は、軟膏やら薬としても使われるらしい。
「あと、香りをつけるための良い匂いの花があれば、なお良い」
「良い匂いの花と言えば……あそこにあった!」
ミルミルに心当たりがあったようで、森で花を摘んだ後、すぐに戻ってきた。
材料が揃ったので、彼女達に石鹸の作り方を見せる。
「今は、急ぎで作っているので、俺の魔法を使っているが、魔法を使わないでも時間が掛かるだけで、同じものが作れるから」
「どのくらい掛かるの?」
「そうだな、熟成させるのに1ヶ月ぐらいか」
出来上がった石鹸を手に、匂いを嗅いだりと、はしゃぐ女達。
早速、石鹸を使ってみたいと言い出した。 そんな場所があるのかと質問すると、狩りに入った森と反対側に泉があると言う。
獣脂が少なかったので、出来上がった石鹸は4つ程。 その石鹸を持った女達は、列をなして泉に向かった。
彼女達を見送った俺は、帰宅の準備を始めた。 思いの外、回復度合いが良いので、明日の朝発つことにしよう。
荷物を纏めている俺の所にムイムイがやって来た。
「ショウ、帰り支度か?」
「ああ、明日の朝、出立する」
「そうか、お前には良い遊びを教えてもらったし、良い所に案内してやるよ」
ムイムイの話を聞くと、チンチロは彼の1人勝ちだったらしい。 それで、機嫌が良いようだ。
「良い所?」
「まあ、付いてきなって!」
ムイムイが、ニヤリと笑うと片目を閉じて親指を立てた。
彼に付いて、険しい岩山を登っていく。 重量軽減しているので、楽勝だ。
岩山の頂上に着いたところで、ムイムイが下を見てみろと言う。
「おっと! 余り頭を上げるなよ」
そう言われて下を覗く――そこに広がるキャッキャウフフの楽園。
一糸纏わぬダークエルフの女達が、石鹸を使った洗いっこをしている。
無駄な脂肪などない、褐色の肌に纏わり付く石鹸の白い泡。
女神達の踊りと共に揺れる豊かな果実。 芳醇なミルクと蜂蜜に満たされた約束の土地。
ここが天国だったか。
「やはり、フェイフェイが一番デカイな。 思ったとおりだ」
女達の胸は皆デカイが、フェイフェイが1つ抜けている。
「さすが、真学師。 お目が高いね。 でも、手を出さないなんて、勿体ねぇなぁ」
「知ってたのか?」
「ははは」
どうやら、夜這いの件はバレバレだったらしい。 ということは、フェイフェイの面目が……悪いことしたな。
「さてと、俺は戻るよ」
「おいおい、これからだぜ?」
ムイムイは何を言ってるんだ、コイツ? って顔をしている。
「こういうのは、引き際が肝心。 深追いは拙い」
「チッ! 真学師ってのは臆病だねぇ」
ムイムイはそんな事を言うのだが、フェイフェイをはじめ彼女達は一流の戦士&狩人で、勘も鋭い。
ここは、引くべきだろう。
泉の水が、この後何処へ流れていくのかと聞くと、少し先に洞窟があり、そこへ流れ込んでいるという。
洞窟の中には入ったことがないので、その先は解らないらしい。
俺が戻った後、1時間程して女達も戻ってきたが、フルボッコにされたムイムイを連れていた。
あちゃー、言わんこっちゃない。
どうやら、あの後もう少し近くで見ようと接近して、すぐにバレたらしい。
ムイムイは文字通り吊るし上げを食らって、ズボンを脱がされフリ○ンで逆さ磔にされた。
怖ぇぇ! 超怖ぇぇ!
こんなの絶対に、トラウマもんだわ。
美女にボコボコにされて羞恥プレイなんて、人によっては――我々の業界ではご褒美ですって言う奴もいるかもしれんが……。
俺は絶対に無理。
------◇◇◇------
――次の日の朝。
ダークエルフの皆を前に出立の挨拶をする。
「皆さんには、お世話になりました。 ありがとうございました」
長老衆は、何だか暗い顔をしている。
「村の恩人に、何もお礼を出来ませんで……女達に御手を付けてもよろしかったのに」
「そうそう、ショウが誰に手を付けるか、皆賭けてたのに」
「いや、それはちょっと」
見ると、フェイフェイがちょっと体裁が悪そうだ。
なんだ、そう言ってくれれば、もしかして酒池肉林も……まあ、それは置いておいて。
「ムイムイ、変わった鉱物のところは案内してくれるって話だったんだけど、大丈夫か?」
昨日、フルボッコにされてたから、ダメージが残っているはずだが。
「はは、大丈夫、大丈夫。 こんなのいつもだから」
ホントにロクデナシだなぁ……まあ、一緒に覗いた俺も人のことは言えんが。
ムイムイと2人で、ダークエルフの村を離れて、俺が開けたトンネルを潜る。
「また、商人が来れるようになるな」
「マジ、助かったぜ。 300年以上住んでた場所から、引っ越ししないと駄目なところだったからな」
「悪いな遠くまで、案内してもらって」
「いやぁ、ショウに教えてもらった博打で稼がせてもらったし、いいってことよ」
「博打は、勝ち逃げが基本だぞ。 程々にしておかないと」
「大丈夫だって、俺はツイてる!」
博打にちょっと勝ってるやつは皆こう言うんだ。 その内、負け始めてもトータルで勝ってるとか言い出しはじめる。
谷を出て、この大陸を東西に貫く巨壁沿いをフリフル峡谷方向に歩く。 ここから6リーグちょっと(約10km)らしい。
巨壁沿いは、壁が崩れて出来た斜面になっており、歩きにくい。
疲労を軽減するために、重量軽減の魔法を使って歩けば、脚への負担が少ない。
ムイムイと鉱物の話をしながら、目的地へ着いた。 なるほど、巨壁に高さ5m程の割れ目が出来ている。
彼の話だと、黒い石だと言う。
「黒い石って黒曜石か?」
「だったら、俺も嬉しかったんだけどなぁ」
ムイムイと一緒に割れ目の中へ入り、場所を教えてもらう。
バッグの中から、魔石電灯を取り出して、辺りを照らす。
「それは、魔法の道具か?」
「まあ、そんなところだ」
「へぇ、真学師ってのはいろんな物を持ってるんだな……おっと、ここだ。 黒い石の層が広がっているだろ?」
「
これか……」
それは、俺が今まで探していた物に違いなかった。
ムイムイと別れを告げ、黒い石を採掘する。
脆く、砕ける黒い石。
砕いた粉を石の上に乗せて、魔法で火をつけると――炎を上げて燃える黒い石。
そう、これは石炭だ。





