81話 吟遊詩人なんてラララ
火薬の製造は、順調に進んでいる。
――とは言っても、大量生産するわけでもなく、俺が暇を見てチマチマと作っているだけなのだが。
量産のために人を入れると、どうしても製造法が漏れる可能性があるからな。
それと、真学師仲間でも、ミルーナには教えていない。
人柄は信用できるのだが、なにせ彼女の周りには人が多すぎる。 沢山の職人も働いているし、密かに火薬を作るのはちょっと無理だろう。
硝石の製造場所は、相変わらず師匠の家。 ステラさんに壊された結界も張り直して、秘密裏に物事を企むなら、ここに限る。
左官職人を連れてきて、古代コンクリートで大きな槽を作り、そこを製造に使っている。
原料は、家畜の糞に切り替えたが、こちらのほうが効率が良いようで、順調に製造が進み――。
この場所を端から見ても、家畜の糞が入っている肥溜めにしか見えないだろう。
問題といえば、職人や家畜の糞を扱っている業者が、怖がってこの場所に来たがらない点か。
通常より多めの料金を払って、ブツを運んでもらっているのだが。 まあ、ファーレーンの魔女と言えば、皆に畏怖される存在なのだから仕方ない。
製造で出る残りカスで堆肥を作ろうとしたのだが、肥料成分が全部硝石になってるわけで、肥料にはならないと判断して、また虫を使って処理をしている。
逆に、工房で使っているメタンガス発生装置で出る残りカスにはカリウムが含まれているので、これからも硝石を作ることにした。
順調に硝石と黒色火薬の備蓄は増えつつあるが、大量の火薬なんて扱ったことがないので注意しなくては。
なるべく、小分けにして一箇所には置かないようにする等、対策を施している。
この世界に危険物取扱者免状等があれば必要になる事案だが、そんなものは存在していない。
また、武器の改良も始めた。
最初に取り掛かったのは、東側城壁上を中心に十数基設置されている、弩砲の改良である。
ファーレーン城の城壁は、中に部屋や工房が入っているせいでかなり分厚い。
そのため、屋上には広いスペースが開いているので、そこに武器や兵士の詰め所、見張り台等が設置されている。
見張り台は、城壁上の隅に4箇所。 それぞれに矢倉を組んで、兵士が遠くを見張っている。
非常時には、天守閣の東西塔にも見張りがつくそうだが、平時なら低い見張り台で十分ということだろう。
俺の工房から一番早い城壁屋上への登り方は、ステラさんの部屋へ行く階段をそのままスルーして、暗い通路をしばらく歩いていくと、屋上へ出る階段がある。
そしてこの弩砲。 正直、どのくらい役に立つのかは不明なのだが、延々とコレが使われているということは、それなりに有用なのだろう。
要はデカイ弓なので、こいつを巻き上げるのにレンチのような棒を使うのだが、如何せん時間が掛かり過ぎる。
そこで、ギアを使ったラチェットを作った。
これなら、いちいちレンチをはずさなくてもギコギコと連続して巻き上げが出来るので、巻き上げ時間を大幅に短縮することが出来た。
通常なら5分ぐらい掛かる巻き上げが、1分少々に短縮されたので、大幅なスピードアップだ。
巻き上げも楽ちんになったので、兵士達にもすこぶる評判が良い。
帝国はオーガという巨大生物兵器を使うそうなので、そいつの装甲を貫くために、矢にも一工夫を施した。
鉄矢が二重構造になっており、中に鋼鉄の芯金が入っている。
矢が発射され標的に当たると、中の芯金が飛び出し装甲を貫く。 元世界で言うところの、運動エネルギー徹甲弾に近い。
テストでは5cmぐらいの鋼板も余裕で貫通したので、威力は十分だろうと思われる。
警備の兵士を労いながら、屋上より景色を望む。
お城南側には貧民街が出来てるので、あそこが戦闘地域になると、住民の移転とか大変だな。
まさか戦争にはならないとは思うのだが、果たしてどうなるか……。
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久々に雨が降った。
ここら辺では雨は滅多に降らない。 雨の代わりに動植物に水分を供給してくれるのが、森から発生する深い霧だ。
舗装もされていない道は、雨に打たれると泥濘んで、グチャグチャである。
馬車も埋まってしまい立ち往生。 無理に負荷を掛けたりすると、車輪が壊れたり車軸が折れたりと、惨事になってしまう。
道路に砂利でも敷けば大分違うのだろうが、滅多に降らない雨に備えて大金を入れ、道路整備をするのは割に合わないということなのだろう。
泥濘も2~3日もすれば、乾くのだから。
道を見ると、雨で出来た水たまりに、アメンボに似た昆虫が泳いでいる。 そういえば、元世界じゃアメンボはすっかり見なくなったな。
親父の話だと、農薬のせいと言っていたのだが、本当かは定かでない。
子供の頃、水たまりが出来るとアメンボがいるので、何処から湧いてくるかと不思議だったのだが、アレ飛んでくるんだよな。 水中にいるゲンゴロウなども、灯火に飛んでくるんで、驚いたことがあった。
元世界の思い出に浸りながら、城下町に続く道に架かる橋の上から下を覗くと、河川工事の真っ最中だ。
帝国からの身代金を元にして、殿下の肝入で始まった公共事業だが、順調に当初の計画をこなしている。
帝国金貨の質が悪くて、多少価値が目減りしてしまったのは、少々誤算だったが。
そんな河川工事をしている労働者の中に、首と手首に刺青をしている者が働いている。
奴隷だ。
この世界には奴隷制度があるのだが、奴隷には大きくわけて2種類が存在している。
犯罪奴隷と経済奴隷だ。
犯罪奴隷は、犯罪者が捕まった後奴隷になったもので、奴隷商が刑務所の代わりを果たしている。
犯した罪の種類で刑期が決まり、その期間奴隷となる。
もう一つは経済奴隷で、文字通り借金を返せなくなった者が売られて奴隷になる。
奴隷になって働いて、自らを買い戻せば自由になれるわけだ。
首と手首の刺青は魔法で入れられていて、そして魔法で消す事が出来る。
脱走して闇市で消す事も出来るが、足元を見られてとんでもない金額を要求されるそうな。
逃亡奴隷は殺しても罪に問われないし、持ち主に連れて行けば礼金も貰える。
奴隷だからと言って、粗末な扱いを受けるわけでもないし、黙って働いていればいずれ自由になれるのだから、逃亡奴隷になるのは、割に合わないと言われる。
奴隷商は、奴隷を労働力として貸出して利益を得る。 もちろん、奴隷自体の売買もするので、奴隷は大切な商品だ。
商品を粗末に扱って価値を落とすことは不利益になるので、十分に食事を与えて、奴隷の健康にも気を使っているという。
もし死なれでもすれば、大損なのだから。
そんな奴隷だが、どんな者でも奴隷になるかといえば、そうでもない。 それなりに真面目に働く者でないと、管理が難しいからだ。
命令に従わない無法者やならず者を奴隷にしても、労働力としては役に立たないだろう。
そういう者は奴隷にならず、即断で殺されてしまうのが常だ。
橋の下で働いている奴隷は、見張りもついていないので、模範奴隷なのだろう。
つまり、奴隷商の個人的な信頼を得ているので、積極的にいろんな仕事をしてその金を奴隷商に入れる。
その分、早く自由になれるわけだ。
男達が働く河川工事現場を後にして、街へ入ると歌が聞こえてきた。
この世界で、音楽は珍しい。
テープも無いし、レコードも無い、そんな世界で楽器も滅多に見ないし、あっても笛や太鼓ぐらいか。
しかも、今聞こえている音楽は、弦楽器の音だ。
久々に、弦楽器の音なんて聞いたので、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
どんな楽器か見てみたいので、音楽が聞こえる方へ行ってみることにした。
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人だかりが出来ている中心に、女が楽器を爪弾いている。
黒く長い髪を編みこみ、浅黒い肌。 原色バリバリの派手な服装に、陶器で出来たビーズだろうか? 服や髪に、ジャラジャラと飾りを沢山付けている。
多分、目立つようにと、こういう格好をしているのだろう。
RPGで言う、吟遊詩人というやつか。
楽器は――リュート? 丸いギターのような弦が沢山張ってある弦楽器を使っている。
正直、リュートとマンドリンと琵琶の違いはよく解らないのだが、多分リュートかな?
そんな楽器が奏でる音楽をしばらく聞いていると、物語風になっているようだ。
――悪い真学師が貴族を呪い殺し、結婚が決まっていた姫君をかっさらって逃げて、魔法を使って姫を虜にする――
そんな話なのだが……。
俺か? 俺のことなのか?
なるほどなぁ、こういう具合にどうでも良いゴシップが大陸中に拡散していくのか……。
その現場を目の当たりにしたわけだ。
歌が終わり、お捻りが投げられていく。 お捻りと言っても裸銭なのだが。
しかし、ここはいっちょクレームを入れてみるか。
お捻りを集めている女の所へ言って、声を掛ける。
「おうおう、ネェちゃん! 誰に断ってここで商売してるんでぇ」
少々ドスを利かせてみた。
「はぇ? 何か許可いるんですか?」
「いや、そうじゃなかったわ……」
「あ、ショウ様だ」
聴衆の中にいた、1人の女が声を上げた。
「ねぇ、さっきの話ってショウ様の話だよね」
「やっぱり? あたしもそう思った!」
「さすが、ファーレーンの悪魔と言われてるだけあるわ~。 他国のお姫様かっさらって逃げるなんてなぁ。 俺っちも肖りたいぜ」
腕を組んだオッサンがそんな事を言う。
「なに言ってんだい、このトンチキ!」
「「アハハ!」」
ちょっと待て!
「待て待て。 お姫様さらって逃げたんなら、今ここにいる俺は誰なんだよ」
なんか間抜けな会話をしている、聴衆に問い正す。
「あ、そうか。 でも、ショウ様ならやるかな? と思ってました」
なんだそれ。
「それで、貴方様は……?」
楽器を弾いていた女が、おずおずと話しかけてくる。
「ああ、悪いな。 話があらぬ方向へ行ってしまったが、今お前が歌っていた物語に出てきた真学師だよ」
「ええ? それではファーレーンの悪魔というのは……」
黙って俺は、自分を指さす。
「でな、あまりに現実と違うんで、ちょっと文句を言いたくなってな」
「それは申し訳ございません。 何分作り話なので、面白おかしくしないとお客に受けませんので、多少の誇張はご勘弁願いたいのですが……」
作り話としても、半端にリアリティがあるのが、始末に悪い。
「どうせなら、もっと格好良く活躍するとかいう話にしてくれよ。 例えば、ドラゴンを倒すとかさ」
「そんな現実味が無い話じゃ受けませんよ」
おおい、お姫様さらって逃げる話は、現実味があるんかい!
「まあ、しょうがねぇか。 あんたも生活掛かってるしな。 俺も何か実害があるわけでもないし」
クレームは諦めて、彼女が弾いていたリュートを見せてもらう。 弦が沢山あるな。
数えたら12本もある。
試しに、ギターコードで弾いてみたらそれっぽい音がする。 コードと言ってもウチの爺さんに教えてもらった少ししか知らないが。
爺さんが若い頃、グループサウンズやら、フォークソングやら流行ったそうで、ギターを弾いて格好付けてみたんだと。
そんな爺さんのレパートリーは、『月の砂漠』と『影を慕いて』 この2曲だけ。
爺さんに教えてもらったコードで適当にジャンジャカと、ムー○ンに出てきたスナ○キンが歌っていたお○びし山の歌を、ファーレーンから見えるテルル山に変えて歌ってみた。
「ふぇぇぇぇ!? なんですか、その素晴らしい歌は!」
何故かバカ受け。
女がリュートをひったくると、俺が歌った曲をそのまま演奏し始めた。 それどころか、アレンジも加えて。
「おお? 凄いな、いっぺん聞いた歌は覚えられるのか?」
「はい! 曲調も変えられますよ」
そう言うと、明るい調子、暗い調子とドンドン編曲をしていく。
すげぇぇぇ! なんだコイツ天才か?
どうやら、一度聞いただけで、完璧に耳コピが出来るらしい。
もっと俺の歌を聞かせてほしいと言うので、爺さんの話を思い出したついでに月の砂漠と影を慕いてを歌ってみた。
爺さんがいつも歌っていたんで、覚えてしまったわけだが、歌詞は日本語だ。
今は2ヶ国語を話している俺だが、同時通訳しながら歌を歌ったりは出来ない。
そんな事をしたら脳みそが沸騰するよ、マジで。
歌詞の1番は伴奏無しだが、すぐに彼女が曲を覚えてしまうので、2番からは伴奏が付くといった具合。
歌い終わると、彼女は日本語の歌詞をそのまま歌い始めた。 発音はちょっと変だが、確かに日本語に聞こえる。
なんだ、コイツは? 凄いぞ。 これじゃ人間レコーダーだろ。
やんやの聴衆が送る声援の中で、歌を歌い終わると――。
「もっと、歌を教えてくださいぃぃぃ!」
――と、必死に食い下がられて、困ってしまう。
それならと、殿下に紹介して、お城に滞在してもらうことにした。
これだけ凄い奴なら、殿下もお喜びになるだろう。
彼女の名前を聞くと、『アナ』と言った。
アナの母親も、吟遊詩人だったそうだ。 定住はせずに大陸中を旅して、歌を歌ってゴシップを広めて稼ぐ。
そんな生活らしい。
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アナを殿下に紹介すると、彼女の芸に大喜び。 好きなだけ滞在して良いということになった。
そしてアナは、殿下のBGM演奏係に。
空いた時間に、俺の所へ来て歌を覚える事に。
俺も、歌を教えるとは言ったのだが、俺が覚えてる歌は日本語の歌詞ばかりなので、これを一旦書き出して、翻訳して歌ってみせる――この繰り返しになった。
彼女は読み書きが出来ないので、俺が歌ってみせるしかない。
とにかくなんでも良いので、次から次へと歌を披露する。
歌謡曲、アニソン、懐メロ、ロック、ポップス、CM曲、童謡、民謡、サビしか知らないクラシック……普段日本人が接してる音楽ってのは膨大な数なのだと改めて思う。
中には、日本語じゃないとわけわからん歌もあるのだが、語呂合わせとか、替え唄――
例えば『金○の大冒険』とか『嘉○達夫の替え唄メ○レー』とか。
そんな曲すら教えて、暇を見つけてはそれを繰り返し、その数は千曲を超えたと思う。
アナは――こんなに沢山の曲や歌を知っているなんて真学師様は凄い! と言っていたが、彼女はその尽くを全部覚えたのだ。 俺は、ソッチの方が凄いと思ってしまったが。
マジで、人間レコーダーじゃん。
歌詞が無い曲は、アナが適当な歌詞を付けるという。
――とは言っても、彼女は教育を受けたわけではないので、ボキャブラリーは貧困だ。
放置すると、下品な単語を連発する。
アナの話では、地方へ行くと学校もなく教育も受けてない農民ばかりなので、そういうのが受けるのだそうだ。
なるほどなぁ、とは思う。 だが、殿下の前ではそういうのは止めてくれと言っておいた。
どこまで、守ってくれるかは不明だが……。
そんな歌三昧のある日、ミルーナがお城を訪ねてきた。
俺の師匠に薬草の事を聞きに来たと言うが、俺にも話があるという。
「ミルーナ、悪いね。 しばらく顔を出さないで、色々忙しくてさ」
「いいえ、お城の武器の改良などをなさっていると、お聞きしました。 それで、こちらの方は?」
俺の部屋には、アナがいたのだ。
「こいつは、お城に滞在している吟遊詩人のアナだよ。 アナ、こちらはファルタスの第1王女、ミルーナ様だ」
「ほぇぇぇぇ! 王女様ですか! これはとんだご無礼をいたしましたぁ!」
椅子から転げ落ちて、土下座をするアナ。
「よいのですよ」
「真学師様、あたしは席を外したほうが良いのでは?」
「まあ、構わんだろう。 何か、静かな曲でも弾いててくれ」
「わっかりました~」
そう言うとアナは、ポロンポロンと曲を爪弾き始めた。
ミルーナの話は、木材についての話だった。
登り窯の燃料や、ガラスの原料に木材や木灰を大量に使う。
そのため、なるべく資源を守ろうと、伐採と魔法による植林をローテーションを組んで行っていたそうなのだが、最近木々の育ちが悪いと言う。
「ん~、それは肥料不足だと思うな」
「肥料ですか? 一応、ショウ様から教えて頂いた、堆肥等を使用しているのですが」
「木を燃やすと灰になるだろう。 その灰を森に戻せば、それを栄養に木がまた生えるのだが、その灰をガラスに使ってしまっているから……灰に含まれている成分が不足してしまっていて、肥だけでは足りてないのだと思う」
「どうすれば、よろしいのでしょう?」
「う~ん」
不足しているのは、灰成分のカリウムだよな。 まさか硝石を入れるわけにいかないしな。
肥料の3大要素は、窒素、リン酸、カリウム。
カリウムか……カリウムねぇ。 俺の脳みそ内のいい加減な記憶を辿る――。
そういえば、岩塩にカリウムが含まれるとか、見たことがあるな。 何カリウムだったかは忘れたが。
「ミルーナ、岩塩に赤い物があるのを聞いたことがないか?」
「それは、聞いたことがあります。 赤い塩は、苦くて売り物にならないとか」
「それが使えるかもしれないなぁ」
「塩がですか?」
「やってみないことには解らないが」
岩塩のカリウムを、直にガラスに使えれば良いんだが……さすがに無理か。
ガラスの製造に塩を入れるとか見たことがなかったし。
なんらかの化学変化を利用して、使う方法はあると思うのだが……その辺の知識は欠けている。
しかし、燃料に木を使えば灰は出るからなぁ。 その灰をガラスに使うのは廃物利用にもなるし。
やはり、岩塩のカリウムは肥料として使うのが良いか。
「肥料のついでだが、鳥の糞とかが大量に蓄積されている場所とか知らないか?」
「鳥の糞ですか?」
「海鳥等の一大繁殖地で、大量の糞が何スタックもうず高く積もっているとかそういう場所なんだが」
「ありますよ」
リュートを弾いていた、アナが話に割り込んできた。
「あるのか?」
「はいな。 アルスダットから海岸沿いに西へ20リーグ(約32km)ほど行った高台です。 鳥の糞~ふんふんふん~」
アナが下品な歌詞の歌を歌い出す。
「こらこら、王女様の前で下品なのはよせ」
「確かに、鳥の糞は肥料になりますけど」
ミルーナも少々疑問顔だ。
「遠方から肥料を買い込むなんて農作物には使えないが、高価なガラスを作るためや、ミルーナが作っている珍しいバラを育てるためになら、元が取れるんじゃないか?」
「……そうですわね。 それでは赤い塩の入手と、鳥の糞を採掘する許可を得るためのアルスダットとの交渉を伯爵様にやっていただきましょう」
「赤い塩が使えればいいんだがなぁ」
「物は試しと言うではありませんか。 試行錯誤を繰り返しませんと、真理には辿り着けません。 駄目なら森林伐採の範囲を広げなくてはいけませんし」
「そうだなぁ」
産業の育成と、環境の保全。 その両立は難しい。
ミルーナとアナに、ミルクと生クリーム、そしてぶどうから取った砂糖を使った飲み物を作ってやる。
「ふおぉぉぉぉ! なんですか? この美味しい飲み物は?!」
「美味しいですわ」
「ここは、飲み物も食べ物も美味しいし、窓には水晶が嵌ってていつも明るいし。 まるで天国みたいですねぇ」
「ふふふ、私と同じ事を仰って」
「真学師様が、事実と違うと怒っていらした訳が解りましたよ。 こういう素敵な場所でお姫様と幸せに暮らしているのに、悪く言われたので怒ったのですね」
「いや、そうじゃねぇし」
「わっかりました~」
ジャンジャカとアナが歌い始める。
悪い貴族からお姫様を助けだして、魔法で作った素敵な場所でお姫様と仲良く暮らしましたとさ――
という話に作り変えるという。
ああ、また変な話が大陸に広まる……。
吟遊詩人が広めるゴシップについては諦めて、アナに色々な地方の出来事を話してもらっていると、殿下がおいでになった。
「来よったな、ミルーナ」
「あら。 ライラ妃殿下にはご機嫌麗しく」
「其方の顔を見て、麗しくなくなったぞ」
「まあ、そういう殿下は、最近ショウ様と関係が冷えていらっしゃるとか」
「だ、誰がそんな事を!」
殿下が俺の顔を見る。
違います。
「可哀相なショウ様。 散々安い給金で酷使されて、必要なくなれば捨てられてしまうなんて。 いつでも、私の所へいらしてくださいませ」
「何を聞いて勘違いしているのかは知らぬが、妾とショウは一心同体だ。 これを見よ」
殿下は、頭に載せたティアラと、右腕に付けている白蛇の腕輪を、ミルーナに此れ見よがしに煌めかせる。
「このティアラも腕輪も全部ショウが作ってくれた物だぞ。 妾の胸もショウに揉まれて大きうなったわ」
今度は、ミルーナが俺の顔をじ~っと見つめている。
いや、揉んでないし。
「三角~三角~逆さにしても三角~犬も喰わない三角関係~」
アナが妙な歌をジャンジャカと歌い出す。
「変な歌はやめろぉぉ!」
------◇◇◇------
アナは1ヶ月程お城にいたが、また放浪の生活に戻っていった。
殿下からは、ずっとお城にいても良いというお話を頂いていたのだが、当てのない旅が彼女の性に合っているようだ。
また、変なゴシップが尾ひれを増して大陸中に広まるのか。
後日、伯爵様がおいでになった。
話を聞くと、俺にミルーナのためにアクセサリーを作ってほしいと言う。
どうやら、俺から直に貰うと色々と角が立つので、伯爵様が注文をして、彼女にプレゼントするという形にしたいらしい。
なんだか、迂回融資やロンダリングみたいだな。
しかし、殿下は俺がアクセサリーを作ったと言っていたが、実際の製作は細工師工房なのだが……それで良いのか?
「お忙しい中、真学師様にお願いするのも、心苦しいのですが」
「まあ、それは良いのですが。 念の為に言いますけど、ミルーナ様とは何もありませんので」
「それは、重々承知しております」
伯爵様は、ミルーナにべた惚れ状態。 その上、俺絡みの事案以外は彼女の公務は完璧に近く、目覚ましく発展する商工業も表裏から把握しており、あまり強く言えないらしい。
「「はぁ……」」
俺の工房に男2人のため息が重なった。