76話 赤と白のエクスタシー
殿下の御機嫌が斜めなのも気にはなるが、ステラさんとの話の中で、白ワインの話が出てきたので、ちょっと興味が湧いた。
植物の遺伝子改良を魔法で出来ないだろうか?
この世界にあるぶどうは赤いのばかりで、元世界のマスカットのような色が薄いのとか粒がデカイとかそういう種類は無い。
粒も小さく、渋みも強い。 ぶどう酒にするなら問題ないが、ぶどうをそのまま食べることは無い。
思い立ったが吉日、ぶどうの種を沢山買い込んで、色々と試してみたのだが上手くいかない。
最初は遺伝子に直接アクセスする方法を考えたのだが、アプローチの仕方が解らないのだ。
まてまて、こういう時は状況を一旦整理をしよう。
植物の成長に魔法で干渉することはできるし、人間の神経にアクセスする事も出来る。
実際に師匠が痛い魔法や、麻痺の魔法を使っているからな。
これ等はどちらも化学反応だ。
ならば、DNAの複製――細胞分裂している時に、干渉できるのではないか?
そう考えた俺は、まずは『枝変わり』を考えた。
枝変わりというのは、赤い花が咲く木の中に、突然白い花が咲いたりする現象だ。
これは枝単位で起こり、変異が起きた白い花の種を取ると白い花が咲き、枝を挿し木にして成長させても白い花が咲く木になる。
花の色だけではなく、葉に班が入ったり形が変わったりと、色んな変化が起きる。
枝変わりの知識は、俺の婆さんが庭で育ててたバラから得た物で、バラには枝変わりから商品化された物が沢山あるそうだ。
つまり、幹に脇芽が出来て枝が伸びる、その時に魔法で干渉すれば違う形質を生み出せるのではないか?
遺伝子干渉魔法――正確には染色体干渉魔法と言うのかもしれないが。
――と、考えたのだが。
まてよ、種が発芽した直後は細胞分裂が沢山起きてるじゃん。
魔法を使うなら、そっちの方が良いか? 並んだ新芽に魔法を掛けてやれば、一気に変化を起こせるのではないか?
物は試しで、板で作ったプランターに種を100個ぐらい撒いて水をやり、魔法を使って発芽させ、そこへ遺伝子干渉魔法を使ってみたが――。
全滅。
見事に全部枯れた。 全然ダメじゃん。
やはり、実をつけるぐらいまで成長させてから枝変わりを狙った方が良さそうだ。
これなら、失敗しても枝が枯れるだけなので、次の脇芽をターゲットにすれば良い。
お城の中庭にウネを作り、ぶどう畑を作る。
真学師としての実績が認められて、師匠やステラさんと同等の扱いになったため、何かするのにも殿下にお伺いを立てなくても良くなった。
無論、その分の責任は背負うことになるのだが、それは致し方無い。
畑の場所は、工房の隣に作った離れの脇――そう、秘密の地下へ行くための扉を埋めた場所だ。
ぶどうの木は20本程植える。
ぶどう酒に使うぶどうの木は、背を低く栽培するのだが、ここに植えた木は最初から粒を大きくする目的で栽培しているので、棚を作った。
支える棚がないと、粒が大きい品種が生まれたりしたら、実の重みで木が倒れてしまうからな。
ぶどうを作る実験をするので、ゴムの木林に住み着いていたライナス君は森に返す事にした。
品種改良中のぶどうを食べたりして、種を他の場所へ運ばれると拙い。
この実験で、良いのも出来るかもしれないが、悪い形質が出来る可能性もあるわけで、そういった種が外に出るのは防がなくてはならない。
魔石結界も併用するつもりだが、念には念を入れよう。
森へ運んで放し、ライナスに別れを告げる。
戻ってきたらどうしようと思っていたが、その心配は無かったようだ。
達者で暮らせよ。 お城の中庭じゃ、恋のお相手もいないしな。
せっせと木の世話をして、脇芽が出来てきたら魔法を使ってみる。
もちろん、付きっきりというわけにもいかないから、暇を見つけては魔法を掛けるのを繰り返す。
かなり面倒な作業だが、数十年掛かる品種改良を数ヶ月、上手く行けば数週間、いや数日で出来るかもしれないのだ。
地道な作業を繰り返すが、その甲斐あってか、徐々に粒の大きい株が増えてきた。
その粒が大きくなった枝を挿し木――親木にして、また同様の作業を繰り返す。
この作業に役に立ったのが、メタンガス発生タンクから出た副産物だ。
発酵が終わったタンクの内容物を処分するのに虫を使ったのだが、この時に残った水が肥料になるのを発見した。
タンクの中を覗くと複数の虫が動いているが、1匹だけだとまた巨大化する可能性があるので、複数投入して大型化するのを防いでいる。
この虫、有機物は分解するが無機物は分解しない。
この事から、家畜の糞に含まれている、カリウム、リン、ナトリウム、マグネシウムなどは、そのまま排出される。
特に、カリウムとリンは、肥料として重要だ。
一見水に見えるが、虫からの排泄物は優れた液体肥料ということになり、これ等を利用することで、栽培が思いのほか捗った。
――そんな作業をしていたある日。
あれ? 所々、食われてる!
魔石の結界が置いてあるのに、こんな事をするのは――1人しかいない。
どうしようかと考えていると、師匠がやって来た。
「あなたは、また何を始めたのです?」
「ぶどうの品種改良ですよ」
俺が指差した棚に、たわわに実ったぶどうを見て、師匠の顔色が変わった。
「それは! 魔法で生命の成り立ちを書き換えているのでしょう?!」
師匠が手に持ったロッドを、鼻に突きつけられた俺はのけぞった。
「よくご存知で」
「そういう魔法は禁忌を踏んでいるのですよ?」
「大丈夫ですよ、100~1000年の間に自然に起きる事を魔法で早回ししてるだけですから」
俺は、房になっているぶどうを数粒採取して、皮を剥いて師匠に差し出した。
「食べてみてください。 凄く甘くて美味しいですよ」
俺から差し出されたぶどうを警戒していた師匠であったが、俺の手から受け取ると、口に運んだ。
「――!」
その味に、師匠も驚いたようだ。
「こっちの巨大ぶどうは、1房に5~6個しかなりません。 食いごたえはありますが、あまり甘くないんですよね。 こっちの長い粒のぶとうは、皮が薄くてそのまま食べられます」
俺がオススメしたぶどうを一通り食べ終わると、師匠が口を開いた。
「ふう……解りました。 もう私は、ショウのやる事には口出しはしません。 何かあっても、自分で責任を持つのですよ」
師匠は、大きなため息をつくと、諦めるようにそんな事を言った。
「もちろんですよ」
師匠に、今回の品種改良の説明をしていると、ステラさんがやって来た。
「何してるっと」
「あ! ステラさん! ここのぶどう食べたでしょう!? これはまだ、研究中なんですよ」
「なんの事かな~?」
ステラさんは肩を竦めるポーズをした。
「とぼけないでくださいよ。 魔石の結界も置いてあるのに、こんな事するのはステラさんしかいないじゃないですか」
「あんなショボイの結界に入らないっての。 研究中なのは解ってるから、遠慮して全部食ってないじゃないのぉ」
結界をショボイと言われて、師匠の口元がピクリと動いた。
「これ等を親木にして、まだ増やしたりするんですから、やめてください。 その内、市場に出回りますから、その時に腹いっぱい食べてください。 さぁ、帰った帰った!」
「なんだよ~ぉ、ケチぃ!」
ブーブー文句を垂れるステラさんを追い払ったら、いつの間にか師匠がいなくなっていた。
師匠が、アレで本当に納得してくれたのだと良いのだが。
その日の夜。
寝る前に工作をしていると、師匠がやって来て、新しい魔石結界とキャンセル用の魔石をくれた。
いなくなったと思ったら、これを作っていたのか。
ありがたく頂戴すると、すぐに畑にセットして置いた。
------◇◇◇------
――次の日。
朝一で畑を見に行くと、やっぱりというか、案の定というか、ステラさんが車に轢かれたカエルのようなポーズで倒れていた。
「ステラさん! そんな所で寝ていると風邪をひきますよ?」
「んぁ! ショウ? ちょっと、助けて!」
ステラさん、ここで力尽きてそのまま寝てしまったようだ。
「動けます?」
意地悪く質問してみたが。
「見たら解るでしょうぉ!」
「はいはい」
俺は、ステラさんに重量軽減の魔法を掛けて担ぎあげると、俺の工房へ運びベッドの縁に座らせた。
土だらけになっている彼女の顔を拭うために、タオルを濡らして魔法で少し温める。
ステラさんの顔を拭いながら、彼女に尋ねる。
「ステラさん、服を自分で脱げます?」
「無理!」
もう投げやりだ。
ステラさんの服を脱がせると、露わになるまるで少年のような彼女の白い肢体。
胸がペッタンコとはいえ、この世界が生んだ奇跡ともいえる美しさ。
初めて見る人なら、その美しさに釘付けになる事請け合いなのだが、残念ながらもう彼女の本性を知っている俺の琴線にはピクリとも響かない。
「この服、洗わないと。 こんなの洗った事ないですよ」
俺が掲げた、青い虫糸シルクの服も畑の土だらけだ。
「ああ、無理無理。 私の部屋に替えがあるから、持ってきてぇ」
そんな会話をしながら、ステラさんを俺のベッドに寝かせていると、師匠がやって来た。
師匠は、ベッドの上でぐったりしているステラさんを見てほくそ笑む、してやったりの表情だ。
「師匠、新しい結界は効き目あったみたいですよ」
「ルビア、お前ちょっと加減しろよなぁ」
「私のショボイ結界なんか、ステラには大した事なかったでしょ?」
「まあ、油断大敵ですよね」
「お前ら師弟揃って、私に対する愛はないのかっ!?」
「「ありません」」
この言葉を聞くと、ベッドに寝転がっているステラさんはふてくされて、反対側を向いてしまった。
------◇◇◇------
その後、何世代か品種改良したぶどうを育ててみるも、上手く固定化できているようで、先祖返りしたりすることはなく一安心。
早速、出来上がった新しい品種でぶどう酒を作る準備をして、目指すのは元世界で言う白ワイン。
そのため、皮を剥いて実だけを使って醸造する事にした。
ぶどう酒に色を付けたくないので、酵母もリンゴの物を使ってみたが、果たして上手くいくだろうか。
出来上がったぶどうを見せるために、殿下を工房にお呼びして試食して頂く。
これで殿下の斜めな機嫌も直ってくれればいいのだが。
工房には、殿下の他にステラさんと師匠が来ていたが、この組み合わせは意外と珍しい。
「これが其方が作ったという、新しいぶどうか」
殿下が俺が作ったぶどうを眺めている。
「ルビア、これって禁忌踏んでるでしょう? 何も言わないの?」
「もう、諦めました」
「え? それって破門したの? じゃあ、私が貰っていい?」
「なんでそうなるの?!」
師匠が椅子から立ち上がった。
「なんだ、違うのか。 ちぇ」
そんな会話をしている御三方に飲み物をお出しした。
殿下と師匠には、ぶどう汁に炭酸を吹き込んだ、ぶどうソーダだ。
そこへ、アイスクリームを入れて、ぶどうソーダフロートにしてみた。
透明な水晶ガラスに泡が立つ緑色の液体が満たされて、その上に白いアイスクリームが乗っている。
細竹から作ったストローもお洒落にセットしてみた。
「え~?! 私には無いのぉ!」
ステラさんが、自分に飲み物が無いのに不満を述べる。
「ステラさんにはコレを」
俺が水晶ガラスのコップに入れた飲み物を出す。
「ん……。 ぶどう酒!?」
一口飲んで、ステラさんが驚いた。
俺がステラさんに渡したのは、元世界で言う白ワインだ。
「前に白いぶどう酒の話をしたでしょう。 それを作ってみました」
「これは、スッキリして美味しいよぉ。 渋くないから、色んな料理にも合いそう」
「白いぶどう酒には、これが合うんですよ」
そう言って、俺が出したのはポテトサラダ。
「もぐもぐ……なにこれ! 超美味いよ。 そして、この白いぶどう酒に合う!」
「”超”とか止めてくださいよ」
「じゃぁ、マジパネっす! ケケケ、誰かの真似ぇ」
誰かって俺しかいねぇじゃん。
俺は、自分用のぶどうジュースをコップに注いだ。
「これ、どうやって作ったの?」
「使ったのは、この粒が大きくて甘いぶどうですけど、皮を剥いたんですよ。 酵母もりんごの物を使ってみました」
「はぁ~、皮を剥いたのかぁ。 そりゃ、赤い皮を剥けば、白くなるよなぁ。 なんでこんな事に気が付かなかったのかなぁ……頭固くなったかな?」
「500年も生きてるから、ポンコツになったんでしょ?」
師匠がソーダフロートを食べながら呟く。
「ポンコツ言うな! それと500じゃねぇ! 450とちょっとだ。 つ~か、歳は関係ねぇだろ!」
そんな会話に加わらず、殿下は黙々とソーダフロートを食べていらしたが――。
「それで、其方は何が目的だ?」
「目的と仰いますと?」
「とぼけるではない。 そなたが妾に美味いものを食わせるという事は、何か魂胆があるのであろう?」
「魂胆なんて人聞きの悪い。 ただ、殿下のご機嫌が斜め故に、直していただこうと……」
「ショウがまた何かやらかしたのぉ?」
ステラさんが、ポテトサラダを頬張りながら言う。
「何もやってませんけど、殿下が私とミルーナ様の仲を疑っておいでで」
「へぇ! 君はミルーナにまで手を出したの?」
「までって何ですか。 誰にも手を出してませんけど」
「手あたり次第手をつけて、私は無視ってそれエルフ差別?」
「ステラさん、悪質な妄想を元にした、意図的な誤解は止めてくださいませんか?」
ステラさんは、プイと横を向いてしまった。
「殿下、ミルーナ様の事は、伯爵領の重要さを鑑みての事だと御説明しましたでしょ?」
「うう……」
殿下は何やら歯切れが悪い。
「私の見立てでは、今後10年で、ファーレーンの人口は倍に膨れ上がります」
「まあ、今の人の流れを見るとそうだろうねぇ」
師匠も黙って頷く。
「1番多く流れてくるのは帝国領からでしょう。 その時、帝国から1番近い伯爵領が緩衝地帯になるんですよ。 伯爵領が無ければ、直接ファーレーン城下町に人々が流れ込んできます。 城下町にやってきても、付近にはもう土地はそれほどありませんし、ほかの貴族領へ振り分けるしかありません。 それなら、伯爵領を積極的に開発したほうが都合が良いのでは無いですか?」
「それはわかっておる」
解っていると仰る殿下だが、まだわだかまりがあるようだ。
「殿下は何故、そんなにミルーナ様を警戒なさっているのですか?」
「そなたは、ミルーナの本性を知らぬのだ」
「本性? ファルタス国王、王妃様を含め、すばらしい方々だと思うのですが……」
「上辺はな、しかしあやつは、欲しい物は絶対に手に入れる。 目的達成のためなら手段を選ばぬぞ」
「まぁ、そこら辺は血かねぇ」
ステラさんが何か含みをありそうな言い方をする。
「血? 何か血の繋がりが関係してるのですか?」
「う~ん? これは話して良いのかねぇ、殿下?」
「構わぬ」
殿下は、まっすぐにテーブルを見ている。
「殿下とミルーナは血が繋がってるんだよ」
「ええ? それは初めて聞きましたけど、まさか姉妹ってわけじゃないでしょうから、親戚なんですか?」
「つまり、ファーレーンの亡き王妃さまと、ファルタス王妃様が姉妹なんだよ」
「じゃあ、従姉妹ですか。 これって有名な話なんですか?」
「一般には知られていないけど、知ってる人は知ってる、ちょっと訳ありな話」
なるほど、そう言われれば、どことなく性格が似ているところもあるような、無いような……。
「ああ、そう言われてみれば、お淑やかそうですが、強引で押しが強いところなんかは似ているような……それで仲がお宜しかったのですか。 そして、よくご存知と」
「だから、警戒しておるのだ!」
「だから、ありえませんって。 ミルーナ様は伯爵様にお輿入れなさるんですよ。 何かあったら、伯爵様に顔向け出来ませんよ。 あの方は、これからのファーレーンを担う重鎮になる方。 そんな人を裏切るなんてありえません。 まさか、殿下とファーレーンへの忠誠を疑われる羽目になるとは……。 悪魔だの何だとお罵りになっても、心の奥底では私を信頼してくださっていると、思ってましたのに……ううう……」
「白々しい、嘘泣きは止めるがよい」
俺の演技力もイマイチだな。
「現在、伯爵領の人口は約2000……。 産業が安定すれば1万は超えるかな。 そうなれば、ミルーナ様ご実家のファルタス王国と遜色ないですね。 ミルーナ様の嫁ぎ先としても申し分ない。 それどころか、独立して国になったりして」
「やはり、其方! それが目的か! あやつと共謀して、妾の足を掬うつもりであろう!」
殿下が、椅子から立ち上がった。
「落ち着いてください。 あくまで1つの可能性ですよ。 大体、代々忠臣のフィラーゼ伯がそんな事をするはずがないじゃありませんか。 ミルーナ様から提案があっても、絶対に固辞しますよ」
「う~」
「ミルーナ様が、ファルタス、ファーレーンすべてを投げ捨てて、無茶するとは思えませんけど」
「女がその気になれば、家だの地位だの、そんな物は塵芥だぞ」
「怖いこと言わないでください。 それでも、私が殿下を裏切る事はありませんので」
――我が君は、千代にましませ、さざれ石の巌となりて苔のむすまで――
殿下は、俺の唄った古い和歌の意味をしばらく考えていたが――。
「……解った、妾が悪かった。 もう何も言うまい」
そう言って殿下は再び、ソーダフロートを食べ始めた。
「で? ルビアは、いつ森の家へ帰るの?」
「え? 師匠、家に帰るんですか? 私の監視が終わったって事ですか?」
「帰らないわよ! あなたを放し飼いにしたら、何しでかすか解らないでしょ!」
「毎日ご飯つくりに行きますから、心配要らないですよ?」
「だから、帰りません!」
「ねぇ、ショウ。 私と一緒に大陸を旅して、色んな所を回ろうよ、そっちの方が絶対に面白いよぉ」
「人の弟子を誘惑するんじゃない!」
師匠がステラさんに掴みかかったが――
「確かに、それは面白そうですね」
「ショウ!」
「でしょ、でしょ!」
「でも、エルフを選ぶって話なら、ステラさんよりフローを選びたいんですけど」
「な!? なんで!? なんで、選りに選ってフローなんだよ!」
「私の魔法にはフローのほうが役に立つし、ステラさんみたいに悪意のある悪戯したりしないし」
「悪戯って、ちょっとお茶目しただけじゃん!」
「フローの方が若いし……」
「歳は関係ないだろ! てめぇ死ねッ! 私に対する愛はないのかっ!」
そう言って、ステラさんは俺に向かってコップを投げつけてきた。
ステラさんの投げつけたコップを避けるように身を躱すと、俺の腕輪が作り出した防御壁に弾かれる。
その隙をついてステラさんが俺が飲んでいたぶどうジュースのコップを奪いとると、ゴクゴクと飲み始めた。
そういうのを、止めてほしいのだけれど。
------◇◇◇------
俺が作った新しいぶどうが各地で栽培され始め、あっという間に従来のぶどうから置き換わってしまった。
従来品種は全く栽培されなくなってしまい、昔の味が好きという一部の好事家向けとなってしまう。
美味いのは解るが、ちょっと極端すぎるだろ。
野菜の品種改良を試みるが上手くいかず諦めかけていたところ、蘭のクローンを作るために使っていた方法を利用することを思いつく。
野菜の細胞を培養して、細胞の塊を作った所から発芽させる方法だ。
この細胞の塊になった時に遺伝子干渉魔法を使う事で、改良が行えるようになった。
しかし、色々と試してみたがあまり成果が得られず、使えそうな植物の1つが――名づけてセイタカ小麦。
このセイタカ小麦は、名前の通り背が高い小麦だ。
従来物と比べると、乾燥に強く、痩せた土地でも収穫が望める。
森からやって来る霧の恩恵を受けられない土地へも作付ができ、蕎麦と併用すれば非常に効果的だと思われる。
ただ、グルテンが少ないせいか、パンを作ったりはできないようだが、それでも利用価値はある。
例えば、このセイタカ小麦でも麦芽糖は作れるので、水飴を作りすぎて小麦が不足したりすることはなくなるだろう。
酒造にもつかえるしな。
同じ小麦なので交雑の心配をしたのだが、実験栽培しても交雑する気配なし。
遺伝子を弄りすぎて、全く別の植物になってしまったのだろうか。
これにはさすがに、俺自身もヤバいと思うようになった。 植物の品種改良はこのぐらいで打ち止めにしておかないと拙いだろう。
調子に乗るとロクな事がないからな。
その他、セイタカ小麦の他に成功したのは苦くない人参。
この世界で、散々俺を苦しめた苦い人参モドキは、ついに甘くなった。 つ~か、一般の人たちには、セイタカ小麦よりこちらの方が、好評だったのだが……。
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伯爵領で、新品種になるセイタカ小麦の作付実験が行われた。
ミルーナがいる伯爵領なら、流入してきた難民の人手もあるし、何かあった時に素早い対処ができるからな。
もちろん、実験を手伝ってくれるミルーナへの対価も用意した。
植物クローンの方法は秘匿したままだが、枝変わりを使っての品種改良はミルーナに教えると、彼女はファルタスから庭師を呼び寄せて、枝変わりを使ったバラの新品種を売出始めた。
バラだけではなく、新しいぶどうを使ったぶどうソーダやリンゴソーダを超高級飲料として、水晶ガラスの瓶に詰めて販売し始める。
透明なガラス瓶、炭酸水も製造法がわからないと、絶対に真似できない。 伯爵領の特産品として付加価値がつくのは間違いないだろう。
全く商魂逞しい……ここら辺も殿下に似ているといえば、似ているのかもしれない。
違うところと言えば、あまり金に固執しないところだろうか。 殿下は凄い金に固執するのだが、ミルーナにはソレが無い。
ともすれば、新しいモノづくりに金を使い過ぎたりすることもあり、そこら辺は真学師の性が強く出てしまう模様。
そんな時も、伯爵様がたしなめたりして上手くバランスをとっているようだ。
そういう俺も、タダで品種改良とか炭酸の作り方を教えたわけではない。
売り上げの5%程がバックされる事になっているが、俺はそれを現金で受け取らず、そのまま伯爵領へ再度投資するようにしてもらっている。
伯爵領が発展すれば、大きなリターンとして戻ってくるわけだ。
殿下に勝手に稼げと言われたので、勝手に稼がないとな。
また伯爵領の商売が上手くいっているので、殿下は渋い顔をなさるかもしれないが……。
散々俺を煙たがっていたファーレーンの貴族達も、伯爵領の成功を見て掌を返し始めた。
ちょっと苦々しいが、他の貴族領でも儲かって税収が上がればファーレーンのためになるからな。
しかし、伯爵領の成功は、魔法を含めたミルーナの力がデカいので、他の領でもアレを夢見てもらうとちょっと困る。
まあ、ぶどうとセイタカ小麦ぐらいは提供してやる予定。





