75話 食べ物飲み物四方山話
そろそろ祭りの季節なのだが、帝国と揉め事中ということで、お城主催のお祭りはしばらく中止となった。
まあ、酒を飲んで騒ぎたい連中は沢山いるだろうから、城下町住人たちのパーティは行われるだろう。
俺は、祭りとかはあんまり好きではないので、スルーさせていただく。
学校祭とかもサボり組だったし。
国賓相手に挨拶とか、一回で勘弁だわ。
時間の余った俺は、新しい魔法を色々試したりと、普段出来ない事をやっていた。
試した1つは、漫画等で定番の粉塵爆発だ。
工場などで小麦粉をバラ撒いて、火をつけると大爆発――というアレね。
魔法で粉塵爆発をコントロールできれば、さぞかし大威力だろうと思いきや――。
開けた場所では、燃え上がる熱量は凄いのだが、威力は然程ではなく、これなら俺の真空衝撃波の方がかなり強力だ。
しかも、使うには可燃物を用意しないと駄目だし、圧縮弾の方がまだ使い道がある。
ただ、細長い坑道等で使えば、衝撃波が爆轟を起こし、大威力を出せるかもしれないが……。
果たしてそんなシチュエーションがあるかどうか。
これはひとまず保留。
それから、帝国との戦に遠征した際に思ったのだが、缶詰みたいな保存食が欲しいと思ったので、ちょっと試作してみることに。
鉄は高価なので、小壺にスープを入れて壺ごと加熱。
冷える前に木蓋をすると、冷えて中が減圧され、蓋が引き込まれた後、蓋を蠟で固めれば完成だ。
一応、工作師の皆さんと殿下にも見せて、工作師工房に1ヶ月放置した物を皆で試食してみたりしたのだが。
皆さん曰く――。
「これ、マジで大丈夫なんすか?」
「いやぁ、確かに腐ってないし食えますけど。 個人的には1ヶ月経ったスープとか食いたくないんですけど……」
「其方、これで客が腹を壊したりしたら、責任が取れるのか?」
とまあ、散々な評価。 文化的に受け入れられないのか?
「僕は凄いと思いますけど……」
唯一の賛成意見はラルク少年だけ……君は良い奴だな。
こりゃ、ダメか。
あくまで個人用に使うしか無くなったので、缶詰代わりに金属製のポットを作り、持ち運べるようにした。
俺個人で使うなら、魔法で加熱して、瞬時に冷却すれば安全に滅菌できる。
加熱してもだらだら冷却すると、冷えてる最中に菌が繁殖する丁度いい温度になったりして、菌が増殖する可能性がある。
カレーなどを温めれば安全だろうと、半端に温めると実は結構危ない。
缶詰、便利だと思ったんだが、残念。
缶詰の他に、戦中に気がついた事をもう1つ確かめてみた。
貴族の息子を落馬させたとき緩い圧縮弾を使ったのだが、その時、氷のような欠片が発生したのだ。
錯覚かもしれないが、少々気になるので再現実験をして確かめてみることに。
魔法実験といきたいところだが……。
お城の中庭でデカイ音を立てると殿下に怒られるので、いつも魔法実験をしている河原へやってきた。
戦中の再現をして、緩い圧縮弾を作り解放してみると――確かにパラパラと白い欠片が落ちる。
なんだろう? 氷か?
手に持つと冷たい? そして、立ち上がる白い煙?
こりゃ、ドライアイスだわ。
多分こうだろう。
空気を圧縮し始めると空気中の二酸化炭素が液化、その後圧縮を解放すると、液化二酸化炭素が蒸発し気化熱で温度が急速に低下――ドライアイスへ。
なんとドライアイスか。 でも、待て。 ドライアイスが出来たって事は炭酸水が作れるな。
河原で何度か実験を繰り返し、然程大きな音を立てなくてもドライアイスが作れることが解った。
これなら、お城の中庭でも魔法でドライアイスが作れる。
工房へ戻り、缶詰代わりに使うつもりで作ったポットの蓋を改造して、バネで開く安全弁を取り付ける。
そして、中に水をいれて、魔法で作ったドライアイスを投入すると――蓋の安全弁がカタカタと音を立て始めた。
完全に密封してしまうと、爆発する危険性があるからな。
音が終わったのを確認して蓋を開けると、中の水が泡を立てている。
一口飲むと、口の中で弾ける懐かしいあの感覚。
おお! 炭酸だよおっ母さん!
こりゃ、サイダー作るしかないだろ。
目指せ三○矢サイダー。 いや、道産子ならリ○ンシトロンか。
水に水飴を溶かして、超酸っぱいズミの実を少々、そしてまたドライアイスを入れる。
そして飲む!
弾けるその味に、頭の中が郷愁で一杯になる。
「ふぁぁぁ~」
思わず声がでる。
調子に乗って、手持ちのスパイスを使ってコーラの再現にも挑戦してみる。
色々と試し、まあそれっぽいのは出来たのだが、あのコーラってレシピが極秘なんだよね。
やっぱり、忠実再現は無理だったが、まあ当たり前か。
ステラさんと師匠がやってきたので、サイダーを振る舞った。
「ん? パチパチと弾けるの? これ」
ステラさんが一口飲んで、呟く。
「変わった飲み物ですね。 美味しいですが、何か昆虫の絞り汁とかそんなのじゃないでしょうね」
「違いますよ」
「あ~、鉱物探してる時にさぁ、こういう泡の出る水が湧く泉を見たことがあるよ」
「ああ、炭酸泉ですね。 身体を浸けると、身体にもいいんですよ」
「そうなの? さすがに入ろうとは思わなかったなぁ。 そうかぁ、あの水に甘みを付けるとこういう味になるのか」
ついでにコーラモドキも飲ませてみたのだが、師匠には――薬臭い味がするとか言って大不評。
逆にステラさんはコーラモドキをいたく気に入って、毎日作ってほしいと言う。
ステラさんも魔法が使えるなら、自分で作れば良いのにと思うのだが、色々と作り方を教えても、自分では作ろうとしないんだよね。
もちろん、師匠も。
伯爵領のミルーナは、教えるとドンドンいろんな物を作っちゃうのに、これはタイプが違うのだろうか。
俺とかミルーナは、物を作りたい――クリエイター、技術者系。
師匠とステラさんは、物を蒐集したり研究がしたい――科学者系。
こんな感じなのかもしれない。
魔法を使った際に出てくるドライアイスも見せた。
2人共、こういう物が出てくるのは知っていたというのだが、タダの氷だと思っていたらしく、関心度が凄く低め。
逆に、興味が湧く事を見つけると、凄く偏執的。
真学師がそれで良いのか? と思うのだが、自分の興味のない分野には全く興味が無いってのも、学者っぽいといえば学者っぽい。
コーラについては、俺が飲みたくなった時に、ついでにステラさんの分も作りますよって事で手を打った。
ニムがやって来たので、ニムにもサイダーを飲ませてみたのだが。
「ゲフッ! ゴフッ! 口の中が爆発したにゃあぁぁぁ!」
口から鼻からいろんなものが吹き出してもう大変。 ついでに、気管にも入ったらしくて、盛大にむせている。
「ゴメン、ニム! 獣人には合わない飲み物だったのかもしれない」
落ち着いた後、ニムには、ミルクをあげた。
元世界にも炭酸が苦手な人はいたからなぁ。
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「切り込みが食べたい!」
俺は叫んだ。
切り込みっていうのは、俺の地元の料理で生の鰊等を塩と麹で漬けた物だ。
魚の塩辛だと思えばほぼ正解。
そういえば、塩辛と言えばタコもイカも見たことがない、海に行けばいるのかもしれないが。
――と、言ってみたものの、鰊なんて手に入るはずもない。
魚と言えば川魚だが……川魚の切り込みか?
川魚だと寄生虫がヤバいな。 でも、ルイベみたいに冷凍すれば大丈夫かな?
ちょっと怖いがやってみるか。
俺が死にかけた、初期地点の滝に住んでいる魚が美味かったので、あそこの魚にするか。
早速、獲りに行く事にした。
師匠の家に到着して、右手の小道を下ると川が見えてくる。
滝壺で色々とやらかすと、魚が死にすぎると思うので、ここで良いか。
何をやるのかというとだな――圧縮弾を作って川面で破裂させると、派手な水柱が立つわけだ。
当然の如く、プカプカと浮かぶ魚に上手くいったと浮かれていると、魚が流されそうになって慌てて川へ入った。
なんか、前に同じ光景を見たような……。
ショウ、あなた疲れてるのよ。 そんな幻聴が……気のせいだな。
その場で腹を裂いて、ワタを出して洗う。 小枝を口からエラに刺して、5匹ゲットだぜ。
魚を抱えて急いで、お城へ戻った。
工房へ戻って、料理の準備をする。
川魚の切り込みなんて作ったことないからな。 とりあえず、麦麹を用意して、魚は3枚におろして骨を抜く。
川魚は小骨が多いので、骨切りもしてみよう。
そして、冷凍なのだが、当然冷凍庫などない。 魔法で凍らせる事は出来るが、すぐに溶けてしまうだろう。
色々と悩んだが、殺菌のために湯冷ましした水を樽に注ぎ、その中におろした魚を沈める。
そして樽ごとキンキンに凍らせ藁で巻く。 これだけデカイ氷なら、一晩ぐらいは持つだろう。
多分。
ダメだったら、焼いて食おう……。
次の朝――。
朝一番で、樽を覗いてみると、十分に氷は残っていて、魚も凍ったままだった。
これなら大丈夫かな。
麦粟飯を炊きながら、解凍した魚に麦麹と岩塩を混ぜて、グルグルとかき混ぜながら魔法で発酵促進をする。
通常なら3~5日とか発酵に掛かったりするんだが、ここには魔法があるからな、すぐに食べられる。
全体にとろみがついたら完成だ。
恐る恐る一口食ってみる――ん! 美味い。
麦麹なんで、ちょっと風味は違うが、これはいける! 早速麦粟飯を盛っていただきま~す。
「ハフッ ハフッ 美味い!」
海に行ったら、海の魚でも作ってみよう。 海なら松前漬けもできるしな。
そんな故郷の味を堪能していたら、ステラさんがやって来た。
「おっはよー!」
「あれ? ステラさん、こんな早くに珍しいですね。 朝食何も無いですよ?」
「それは何を食べてるの?」
「これは、川魚なんでオススメしませんけど」
「え? 川魚なの? 生で?」
「一応、一旦凍らせてあるので、寄生虫は大丈夫だと思いますが、食いたいなら自己責任でお願いします」
ステラさんは躊躇していたが、食ってみるようだ。
師匠なら、絶対に手を付けないだろうな。
「ん~もぐもぐ……美味い! 美味いねコレ! ショウ、お酒!」
「はぁ? 朝ですよ、朝! 昨日の夜、結構飲んでたじゃないですか」
「良いじゃん! 一杯だけ!」
「もうホントに……。 ステラさんアル中――じゃねぇや、酒中毒って知ってます?」
俺が、倉庫から粟酒を出しながら、ステラさんに質問する。
「大丈夫、大丈夫。 エルフにそんなのいないから」
「ほんとうかなぁ」
カップに粟酒を注いで、ステラさんに渡した。
その粟酒をぐいっと一飲み。
「ぷはっ! か~うめぇ~! これは酒の肴にぴったりだねぇ」
そのまんまオヤジだ。
「今までぶどう酒しかなかったじゃん。 ぶどう酒じゃこういう料理には全然合わなかったんだよねぇ」
「まあ、確かに。 ぶどう酒も赤しかありませんしねぇ」
「赤? なにそれ? 他の色もあるのぉ?」
「他に白がありますけど」
「白いぶどう酒? ねぇ作って作ってぇ!」
「いや、その種類のぶどうがないから無理ですよ」
「ショウなら出来るでしょ?」
「さすがに何もないところから、物を作り出すのは師匠にだって無理でしょ? ステラさん出来ます?」
「そんなの無理」
そう言うと、ステラさんは切り込みを一口放り込んだ。
酒を飲んでいるステラさんに構わず飯を食っていると、ステラさんは台所にあったパンに切り込みを乗せて食べ始めた。
え~? それはやったことがないなぁ。 でも、芋に塩辛は合うけどな。
俺は席を立つと、1個だけ芋を取り出し皮を剥き、魔法で加熱した。
「ステラさん、芋を潰して一緒に乗せて食べると、美味しいかもしれませんよ」
そう言って、芋を1個小皿に乗せてステラさんに渡す。
「ほんと? ちょっとやってみる」
彼女はパンに芋と切り込みを乗せて口に頬張った。
「ん~、これは中々合うかも。 変わった味だけど、美味いよ。 へぇ~こんな食べ方もあるんだぁ」
「ステラさん、結構なんでも食いますよね。 師匠ならこんなの絶対に手を付けないし」
「あいつは、偏食で食わず嫌いだからな」
「蜂の子とかは食べてましたけど」
「ああ、蜂の子は私が食べさせたんだよ。 それ以来食べるようになった」
「食わず嫌いですか」
「そ、食わず嫌い」
そう言うと、ステラさんは最後に残った粟酒を飲み干した。
「ショウ、お酒なくなっちゃった」
「もう、ダメですよ」
「ねぇねぇ~」
空のカップを手に持って、ステラさんが抱きついてきた。
朝っぱらから、うぜぇぇぇぇ!
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その日の昼――。
昼飯を軽く食ってると、伯爵領から使いが来た。 また相談に乗ってほしいとの事。
すぐに出かける準備をすると、工房を飛び出す。
超特急で向かう! ――思ったら殿下に捕まった。
「其方、そんなに急いで何処へ行く」
「え~、伯爵領でまた相談に乗ってほしいというので、出かけるところですけど」
「其方は、妾とミルーナ、どちらが大事なのだ!」
「突然、何を仰るのです。 伯爵領が儲かって栄えれば、それは即ちファーレーンが栄えるという事ではないですか」
「そ、それはそうだが……」
「それに、伯爵領が儲かっているため、税収だって上がっているはずですよ。 それに、伯爵領はいま難民が流れこんで大変なんです。 何かある前に、早めに手を打たないと。 それは殿下も解っていらっしゃるでしょう?」
「ぐぬぬ……」
「では、そういうことで」
俺は、何か言いたそうにしている殿下に一礼すると、お城の裏門から飛び出した。
伯爵領へ魔法を使って加速すると、流れる周りの景色。
コレ、フローも一緒に魔法を使ったら倍の速度で走れるかもしれないな。
パ○マンの並列飛行みたいな感じで。
そんなアホな事を考えていると危ない。
今、伯爵領との交通量が増えているので、気をつけていないと馬車や人に衝突する危険性がある。
すぐに伯爵領へ到着したが、飯食ってすぐに動いたので、ちょっと腹が――。
親が死んでも食休みっていうけど、この世界でも言うのかね。
伯爵の屋敷を訪ねて話を聞くと、ミルーナは庄屋の家にいるらしいので、案内してもらう。
案内されすこし歩くと、ちょっと大きめの木造の建物が見えてくる。
伯爵の屋敷と同様に、壁の下半分を防虫のために黒く塗られているのだ。
この辺はこのスタイルが定番なのか。
「ショウ様! わざわざお呼びだていたしまして、申し訳ございません」
ミルーナは、白髪で髭も白い初老の男と話していた。
「仕事だし、殿下の許可も取ってあるから問題ないよ」
「昼食は? お食べになられました?」
「食べてきたよ。 でも、走ってきたので、喉が渇いた。 何か飲み物があれば……」
「これは、申し訳ございません。 おい、何か飲み物を」
そう言ったのは、初老の男だ。
この人が、庄屋か。
「ご紹介が遅れました。 私がファーレーンの真学師、ショウです。 お見知り置きを」
「わざわざありがとうございます。 この辺一帯を治めている庄屋のフンシャサでございます」
「それで、何か問題でも?」
「お飲み物が来ましたので、まずはコレを」
「ありがとうございます」
一口飲んで、水飴を溶かした物だと解った。 ほんのり甘い。
冷たいのが飲みたかったので、魔法で少し冷やしたが。
庄屋とミルーナ、そして俺で領内の視察に出た。 相談事というのは、畜産についての事だという。
「俺も、畜産は専門じゃないんだが」
「私も、お城にいたので……」
「まあ、ミルーナはお姫様だしなぁ。 ミルーナの部下からは意見は聞いてみた?」
「ファルタスと、やっている事はたいして変わらないという話でした」
「まあ、そうだろうなぁ。 ぱっと見、そんなに問題があるとは思えないが――ああっ! いけねぇ!」
「どうしました、ショウ様?」
「病院の件から、思い切り普段語で話してるじゃん! 申し訳ございません、ミルーナ様」
「何かと思えばそんなことですか。 全然構いませんよ」
「しかし、人前で不敬になるのでは?」
「いいえ、真学師同士の仲間内でなんの不敬があるのでしょう」
「いやぁ、すっかりお友達感覚でしたわ。 ヤバいなぁ」
「私としては、それだけ親近感を持ってくださるということでとても嬉しいのですけど」
「はは、面目ない」
「いままでのままで、私は構いません」
「いいのかなぁ」
「いやぁ、お若いってのは良いですなぁ。 私も若い頃は……」
いやいや、じいさんの話は良いから。
「家畜の話に戻るけど、強いて言えば家畜が痩せているかな」
俺の目の前にいるのは痩せた牛だ。
「それが問題なので、ございますよ。 家畜の食欲がなくて、育ちが悪いのでございます。 餌も他の所と違うわけでもないのですが……」
牛には首輪が取り付けられ、虫除けの魔石がセットされている。
これがないと、吸血性の昆虫がワンサカ寄ってきて、大変なことに。
家畜を持っているのはそれなりに裕福な家なので、おおむね魔石もセット販売されていて、牛でも馬でも魔石で虫除けをしているのが普通だ。
「う~ん餌といえば、青草か藁か――そうか、ここにはサイレージがないのか」
「サイレージ?」
「サイレージというのは、発酵させた家畜用の飼料だよ」
ミルーナ達にサイレージの説明をする。
サイレージというのは、北海道でよく見かけた塔のようなサイロを使って発酵させた家畜用飼料である。
刈った青草をサイロの中へ放り込み、密封して発酵させる。
このとき、密閉度が高い程良いものが出来る。
北海道でよく見かけたサイロも、いまではほとんど無く、平積してシート被せてそのまま発酵みたいなのが多くなっている。
コンバインハーベスターで収穫した物をそのまま丸め、その場でビニールでグルグル巻にして、畑に放置して発酵させる――この作業をオートでこなす、そんな機械も導入されている。
「とりあえず、論より証拠だな。 作ってみた方が良い」
庄屋に空樽を用意させて、その中に刈り取った青草を入れる。
そのまま蓋をし、空気は入らないように粘土で目張りをして、発酵促進の魔法を掛ける。
実際のサイレージの発酵は3~4ヶ月ぐらいかかるから、魔法で20分ぐらいか。
ミルーナと一緒に交代で魔法を掛け終わり蓋を開けてみると――樽の中から漂う酸っぱい匂い。
漬物なんかと同じ乳酸発酵のはずなんだが、詳しいことはよく解らん。
「こんな風に酸っぱい匂いがする餌が、家畜は大好きなんだよ。 そして、発酵させることによって栄養価も増えるし」
「なるほど。 念入りに密閉するのが大切なのですね」
「ああ、発酵する際に、空気が邪魔になるんだ」
正確には酸素なのだが、説明は省く。
その樽を持って、実際に牛達に食わせてみることに。
1頭の牛の前に、樽から出した出来たてホヤホヤのサイレージを置く。
「ほら、美味い餌だぞ」
牛は少し鼻先を付けると、ガツガツと食い始めた。
「中々、いい食いっぷりだな。 もう少し食うか」
俺が、ちょっと多めにサイレージをあげると、他の牛達も寄ってきて、争うように食べ始める。
それどころか、俺の持っている樽に突進してきて、催促する奴もいる。
俺は、その場に樽の中身を全部ぶち撒けると、ミルーナのところへ戻ってきた。
「まあ、こんな具合に、牛まっしぐらの餌なわけだ。 多分、馬にも使えるぞ」
「す、凄いですな! こんなに食欲のある牛を見たのは、初めてです」
庄屋は牛達の食いっぷりに少々驚いている。
「食欲が湧いて餌を沢山食べれば、成長は早い、身体も肥える、乳も沢山出る、というわけだ」
「これは、素晴らしいですわ。 すぐに、サイロという塔と、このサイレージを作りましょう」
「サイロを作るのに、金が掛かるので、何軒か共同で持てば良いだろう。 伯爵領からの援助も必要だ」
「もちろんですわ。 これは領民のためになる投資ですので、積極的に行うべきでしょう」
「可能なら、家畜が好きな草だけ選んで育てても良い」
「草を育てるのですか……?」
ここには牧草という概念がないらしい。
「ただ、このサイロなんだが、コイツの運用に重要な注意点がある」
「なんでしょう?」
「サイロの中は空気がなくなるので、落ちると死んでしまう。 事故は防ぎたいので、注意して領民にも念を押してくれ」
「解りました」
北海道でも前は、サイロの事故は結構あったので、こいつは注意しないとヤバい。
サイロや畑に入れる堆肥についてアレコレ議論していると、伯爵様がやってきた。
「これは伯爵様、伯爵領が順調で殿下もお喜びでございましたよ」
「真学師様。 いやぁ、私は何もしてないのですが……」
「他国との対外交渉は伯爵様ではありませんか」
ミルーナが言う通り、適材適所だ。 伯爵様は、外部との交渉役として、他国を飛び回っている。
「このまま順調に行けば、来年の今頃は侯爵様ですな」
「本当に良いのでしょうか」
「まだそんな事を仰っておられるのですか? 侯爵様に御成になれば、いよいよミルーナ様とのご成婚という一大行事が控えているじゃありませんか」
「はぁ」
ミルーナとの婚姻はすでに公然の秘密だが、この領を発展させて、メキメキ頭角を現した新進気鋭のやり手貴族というのを演出しなければならない――。
なのだが、この伯爵様はイマイチ乗りが悪い。 真面目過ぎるんだよなぁ。
そんな伯爵様と一緒に、登り窯の様子も見学する。
「ミルーナ様、これだけ立派な登り窯があるんですから、陶器も焼いてみたら如何でしょう」
「それもそうですわね! それには優れた陶工を集めませんと。 伯爵様、またお仕事が増えましたよ」
「おまかせください」
伯爵様は乗りは悪いが、仕事はこなす人なので、大丈夫だろう。
ついでに、ここで作っている電球について話を聞いてみた。
「ミルーナ様、ここで作っている電球に虫が寄ってくるって話は聞いたことがありますか?」
「ええ、小さな電球は大丈夫ですが、大きな投光機には突撃虫が寄ってくるという話でした。 それ故、電球を壊されないように、金網を張って対処しているそうです」
「やっぱりそうなのか」
「なにかあったのですか?」
「いやぁ、新型の灯りを作ったら――」
ミルーナに俺が作ったガス灯で、虫だらけになった話をすると、その灯りを見たいという。
後日、俺の工房へやってきたミルーナは、ガス灯の明るさに感激。
同じものを作りたいと言うと、メタンガス発生タンクや、ガス灯の構造をつぶさに観察して黒板にメモっていく。
ただ、発酵が終わったタンクの中に蠢いてる虫を見て、ちょっと引いていたが。
一匹だけだとデカくなってしまうので、複数匹投入してデカくならないようにしているが、無理して虫を使う必要はない。
可能ならタンクからそのまま汲み取って、肥等に利用してもいいのだ。
「まさか、家畜の糞からこのような物が作れるなんて」
「そこが、理の面白いところさ」
「まったくですわ」
ミルーナは1を聞いて10を知るタイプだ。 ヒントでも教えればドンドン研究やら物も作ってしまう。
俺、1人でできる事は限られているからな。 同志がいるのは心強い。
ミルーナなら、ガス灯用の白金を渡しても良いだろう。 もっと良いガス灯を作ってくれるかもしれんし。
そんなことをミルーナとやっていると、殿下の顔が段々と般若のようになってきた。
真学師同士の研究なんですけど……ね。





