73話 寄生虫18世
――帝国貴族の捕虜に関する数ヶ月に及ぶ折衝中の出来事。
まだ帝国との交渉は残っているが、そういうのはステラさんと殿下任せだ。
俺は、そういう交渉事は苦手だからな。
師匠も交渉事は苦手で、すぐにふっ飛ばしたくなるようだから、そこら辺は師弟で似ているのかもしれない。
色々とあったが、やっと平穏な日々が戻りつつある。
異世界で小遣い稼ぎつつ、まったりスローライフを目指してたのに――
どうしてこうなった?
地位も上がれば、遊んでばかりは居られなくなるのは重々承知なのだが……。
------◇◇◇------
殿下が俺の工房にオヤツを食べに来ている。
俺が何を作るのか、テーブルに座り楽しみにお待ちになっているところだ。
「へぇ、貴族の身代金というのはそんなに高いのですか」
俺は準備をしながら殿下に話しかける。
「そうだ。 まあ、普通は捕まる帝国貴族などいないからな。 そもそも前線に出てくる事すらない」
「あの貴族達は、私を見習いだとバカにしてましたからねぇ」
「はは、其方が見習いとは、知ってる者から見れば悪い冗談にしか聞こえん」
「しかし、これで帝国でも、私を見習いだと言う奴は居なくなるでしょう」
「かもしれぬ」
殿下は、テーブルの下で脚を組み直した。
「総額どのくらいになりますかねぇ?」
「ざっとそうさな――金貨3500~4000枚前後だと思うが」
「そりゃ、大金でございますな」
「ふふ、ははははっ! この悪魔め、こんなに儲けさせおって! 其方、妾の何が望みだ! 身体か? 心か?」
殿下がとんでもない事を口走る。
「いえいえ、すべては殿下のため、ファーレーンの為でございます」
「この嘘つきめ……。 悪魔というのはとんでもない対価を求めてくるというではないか」
「私の忠誠心に対価は必要ありませんよ?」
「……まあいい、財政に余裕ができれば、色々とやれることが増えるからな」
「ほう、それは殿下の御手並を拝見したいところですな」
「見ておるがよい」
俺が鹵獲してきた軍馬は、騎士団で使ってもらう。
殿下は、馬も立派な財産になるのに、変わった奴だと笑っているが、馬を飼うとなると金がかかるからな。
人も雇わないと駄目だし、飼葉代も掛かる。
俺はたまにしか乗らないから、わざわざ金を掛けて馬を飼うより、その都度借りた方が早い。
自分の屋敷でも建てれば、荷物の運搬等に馬も必要かもしれないが、そんな予定は今のところ無い。
話はこのぐらいにして、何か作って差し上げよう。
丁度、フードプロセッサー用にかき氷アダプタを作ったので、こいつを使ってみるか。
原理は簡単。 円筒の底に刃が付いていて、氷を押さえつけながら回すと、かき氷が出来る。
氷に鉋を掛けるようなもんだ。
氷は魔法で作れるので、円筒形の物を作ってセット。
生水をそのまま使うわけにはいかないので、一旦魔法で加熱してそのまま凍らせた。
殿下の身体に何かあれば、政に支障が出るので、特に気を使う。
水には元世界のように塩素も入っていないので、美味い氷が出来る。
フードプロセッサーを回すと、シャリシャリと音を立てて、氷が削れていく。
刃の調節次第で、フワフワもガリガリも出来る優れものだ。
ゆるく煮詰めた水飴と、リンゴのコンポート、生クリームも乗せてみよう。 かき氷パフェだ。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ほう、氷の菓子か」
殿下は一口食べて、かき氷の冷たさを確認すると、勢い良くパクパクと食べ始めた。
「冷たくて美味い! 今日は少々蒸す故、これは良いのう――あっ! ふぐぐぐ」
「どうかなされましたか?」
「く、頭が……其方の魔法ではあるまいな」
「違います。 冷たい物を一気に食べると、そうなるのでございますよ」
「そうなのか? ギギギ……」
殿下は頭を押さえて苦しみながら、なおも食べている。
そんなお約束をかましながら、殿下は美味しそうに食べていらしたのだが。
「ふう……」
「どうしました? 突然溜息など。 溜息をすると金が逃げますよ?」
「不吉な事を申すでない」
「その氷菓子、お口に合いませんでしたか?」
「逆よ。 美味すぎるのだ。 其方の作る食い物を食べ慣れてしまったので、諸侯に呼ばれての晩餐会等が辛くて堪らぬ」
俺は周りに誰も居ないのを確認すると、普段の口調へ戻した。
「そりゃ、また贅沢な悩みだなぁ。 王侯貴族の料理ならそれなりの物が出てると思うが」
「其方の料理を食べるまでは、妾もそう思っていたがな」
「身体の調子が悪いと、少量で済ますというのは……」
「それは出来ん。 招いてくれた諸侯の顔を潰す事になる」
「なるほど。 やんごとなき方々は色々と大変ですなぁ」
「其方のせいであろう? 何とかするがよい!」
「そんな、何とかと言われてもなぁ……あ、そうだ」
俺はいつも懐に忍ばせている、昆布だしの入った小壷を取り出した。
出先の不味い料理も、コレを振りかければ、なんとか食えるようになる。
それを殿下に見せるために、カップに水を入れ魔法で温め岩塩を入れる。
「少しだけ飲んでみてくれ」
「……ゴク。 塩水であろう?」
「そこに、俺の愛用している粉を入れると――」
「どうなると言うのだ」
殿下は、再びカップに入ったお湯に口を付けた。
「美味い! スープになっているではないか。 何故なのだ」
「この粉は、美味い味を凝縮した物なんだ。 これを手袋等に忍ばせて、料理に振りかけて食えばいい」
「なるほど」
「ただ、どの料理も似たような味になってしまう欠点はあるが。 これでなんとかならないか?」
「試してみよう!」
元の世界の味○素みたいな物だから、効き目はあると思うがな。
「話は変わるがの」
「はい?」
「騎士団と衛士隊が其方の捕縛術を、称賛しておったぞ」
俺がリンにやった亀甲縛りの事だ。
「くくくっ、ファーレーンにも俺の芸術が解る奴がいたとは。 これは伝授して、広めなくてはいかんな」
「なるほどのぅ。 其方に捕まるとあのような感じで捕縛されて自由を奪われるのか。 そして、動けなくなった女共にイケナイ事を致すのであろう! そうだろう! そうだと言え!」
「またはじまった」
俺は聞こえないような小言で呟いた。
「なんぞ申したか?」
「いえ、なんにも」
「捕縛された女共に荒縄を食い込ませて、悪魔の秘術で虜にするのであろう! そうだな?!」
殿下は、そんな事を言って、俺に言い寄る。
「そうだなって……。 ライラ、また帝国から薄い本でも仕入れたのか?」
「う……まあ、その……なんだ」
「やっぱり……。 どうせこんな感じだろ――」
『さぁ、ライラ姫よ。 ファーレーンの秘宝の在処を教えるのだ』
『断る! くっ殺せ! たとえ殺されても、秘宝の在処など、貴様などには教えるつもりなどない!』
『クククッ ならば仕方ありませんなぁ。 口で喋っていただけないのであれば、身体に聞いてみるとしましょうか』
『ああああっ!』
「みたいな~」
「どうして、知っておるのだ!」
顔を真赤にして殿下が叫ぶ。
「なんで、薄い本の内容は元世界と変わらないのかなぁ」
「なんだと?」
「いえ、こっちの話。 しかし、こういう話をしていると、殿下が亡き王妃様の血を引いているのが、アリアリと解るな」
「当然であろう、母娘だからの」
「そのうち、色物騎士団とか創りそうで怖いが……」
「妾はそこまで愚かではないぞ」
「ホントかなぁ」
「其方は変なところで真面目で、堅物だの。 全く、ツマラン」
けどねぇ、守る物が増えるってことは、それだけ弱点が増えるって事なんだよなぁ。
家族や友人が狙われたり、人質に取られたりとかさ……。
「俺としては、ライラにはテルル山のような存在であってほしいわけよ。 いつも白く輝き気高くそそり立つその姿。 手を伸ばしても届かない、そんな孤高の存在に」
俺は手をテルル山に伸ばす芝居をする。
「以前、申したであろう。 そんな王侯貴族は存在しない幻だとな」
「身も蓋も無いなぁ」
俺に助けを求める深窓のお姫様はこの世界のどこかにいるのだろうか。
「そういえばライラ、帝国で特許制度を無視した商売が横行していると小耳に挟んだが……」
「む……報告は受けているが、今証拠を集めている最中故、しばし待て」
帝国は、他の国から色々と輸入している。 多国間の決め事を破るなんて、自分の首を絞めるような行為だと思うけどなぁ。
しかし、俺が殺ったあんな貴族ばっかりの国だったら、あり得るのかな。
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あくる日、ミルーナがいる伯爵領から使いが来たので、伯爵領へ向かう。
使いの話だと、帝国からの亡命者に病人が出ているそうだ。
俺1人なら荷物もないので、馬も使う必要もない。 魔法を使って道を急ぐ。
伯爵領に着くと、屋敷から離れた所にある倉庫を病院に改造して、患者を受け入れているようだ。
低木に囲まれた木造の倉庫で、鎧張りの板が黒く塗られているが、虫除けの木酢液らしい。
「ショウ様! お呼びだていたしまして申し訳ございません」
病院の前で、ミルーナが出迎えてくれる。 いつもより簡素な服で栗色のウェーブ髪を束ねているが、相変わらずの美しさだ。
「病人だって?」
「はい。 でも、何の病気か、原因が解らないのです」
「う~ん、俺も医者じゃないからなぁ」
この世界にも医者はいるが、あまり役に立たない。
治癒魔法なんて便利な物があるせいで、医学が全然進歩していないのだ。
医師資格を取る試験があるわけでもないし、ちょっと詳しいだけの人間が医者を名乗ってたりする。
だから、金のある連中は皆、治癒魔法に頼ってしまう。
当然、薬学も止まったまま。 殿下に薬学工房を作っていただくように進言したのだが、保留されたままだ。
優先順位が低いとお考えなのだろう。
「とりあえず、見てみないとなんとも言えないな」
「こちらです」
ミルーナに、病院の中へ案内してもらう。
高価な水晶ガラスなど使われていないので、中は薄暗く、簡素なベッドが並べられている。
症状が芳しくない、子供も含め20人程が簡素な衣服を身にまとい寝かされ、奥にいる患者は皮膚病だと言う。
ミルーナの工房に勤めている何人かが、手伝いに来ているようだ。
ルミネスとリンは屋敷の仕事で手が空かず、こちらには来ていない。
「う~ん」
患者という人々は痩せこけて、腹が出ている。
これだけ見ると、単なる栄養失調に見えるが……。
「単なる飢餓ではないんだよね」
「ここへやって来た時は、そうかと思ったのですが、食事を十分に与えても改善しないのです」
「治癒魔法も試してみた?」
「もちろんです」
ミルーナは治癒魔法が使えるが、俺は相変わらずダメだ。
「飯も食って、痩せて病気っぽいのに、治癒魔法で治らない……となると、う~ん……コレは寄生虫かな?」
「え? 虫ですか?」
「ああ、虫が身体の中に入って、栄養を横取りしてしまうんだよ。 だから、いくら飯を食っても栄養にならない。 変な所に入り込んで腹痛を引き起こしたり」
「そんな事があるのですか?」
驚くミルーナだが、この世界でも人間や動物に寄生する虫がいる事は知られている。
「家畜の糞から、虫が一杯出てくるのを見たことがないか?」
虫と聞いて青くなっているミルーナに聞いても、そんなのは見たことが無いという。
そりゃ、彼女はお姫様だからな。 家畜の糞とは無縁だろうが、彼女の部下に聞くと見たことがあると言う。
ウチの親父が話していたが、親父が小学校低学年頃までは年に1~2回チョコモドキのような虫下しを学校で配られて食べたと言う。
酔っ払うと、こういう昔話を延々ループするんだよ。 なんで酔っぱらいってのは同じ話を繰り返すのか。
まあ、日本でも30~40年ぐらい前はそんな感じだったのだ。
この世界でも普通に肥を使ってるんだから、寄生虫だらけになったとしてもおかしくはない。
俺も、手や野菜は洗ったり、生でなるべく食わないようにしたりして、気をつけてはいるが、腹の中に飼っているのかもしれない。
ソレを考えると、虫下しは必要だな。
親父の話より昔はどうだったか? 曾祖母の話だと裏に生えていたニガキという苦い木の皮を煮だして虫下しに利用したらしい。
ただ、ニガキよりは内地から取り寄せた、センダンという木の皮のほうが効き目が良かったという話だったような……。
「ふむ、ニガキか……虫下しが必要だな」
「む、虫下しですか?」
「ああ、使える植物を探さないとダメだな。 俺の師匠にも聞いてみよう」
「よろしくお願いいたします」
「虫下しは時間がかかるかもしれないから、皮膚病を見てみようか」
「こちらです」
皮膚病も治癒魔法の効きが良くないという。 だが、その患者達に案内され、ひと目見て解った。
これは疥癬だ。
俺が高校の頃1人暮らしをしていて、コインランドリーを使っていたのだが、そこからコレに感染したらしく、エライ目にあったのだ。
とにかく痒い、寝られないぐらい痒い。
チ〇〇の先までカブれて、美人の女医さんにチ〇〇見られたトラウマが蘇る。
ああああああ!
「カイセンですか?」
ミルーナの返答に、俺は我に返った。
疥癬に相当する単語を知らないからカイセンと伝えたが、仕方がない。
「ああ、コレも虫が原因でな。 皮膚を消毒しないといけない。 その壁の板に使っている木酢液が使えるよ」
虫が原因なので、虫を退治しないと治癒魔法は効かないだろう。 治癒魔法じゃ虫は死なないからな。
「解りました」
「それから、硫黄だな。 でも、硫黄を直接すり込むわけにいかないから……う~ん、硫黄と獣脂を混ぜて軟膏を作ったらどうだろうか」
「硫黄なら、ツテがありますので、すぐに手に入ります」
「硫黄を溶かした風呂に入るのも良いはず」
俺は、610○ップとかいうのを使ってた。
「とりあえず、これで様子見だな。 効果が無かったら治療を止めて、他の手を考えよう。 それから、この病気は寝床から病気が移るので、ベッドの使い回しはしないように」
「承知いたしました。 では、早速」
ミルーナは手持ちの硫黄が少々あるので、すぐに軟膏を作ってみるという。
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皮膚病はミルーナに任せて、俺は虫下しの材料を求めて森に入った。
実家の裏にもあったニガキに相当する木はすぐに見つかったのだが、センダンは無い。
元世界でも九州辺りの植物だった気がしたから、もっと南に生えているのかもしれない。
俺がセンダンを見たのは、上京して横浜辺りだったから、ここら辺に生えててもおかしくはないと思うが……。
しばらく探してみたが、ついに見つからず、師匠に聞いてみる事にした。
「師匠~!」
「……」
師匠の部屋にやって来た俺だが、師匠はまだ機嫌が悪い。
師匠の留守中に、俺が勝手に戦をしたのが気に入らないらしい。
「師匠、まだ機嫌悪いんですか?」
「貴方を! 人殺しで金儲けをするために弟子にしたわけではないのですよ」
「そりゃ、私だって好きでやったわけじゃありませんよ。 でも、真学師ならいずれは人間兵器として前線に立たないとダメじゃないですか」
「そんなのは、私とステラで十分です」
「私もこの国が好きで、骨を埋める覚悟を決めたんですから、黙って見てるわけにはいきませんよ」
「……」
都合が悪くなると黙る師匠。
「それより、伯爵領で病人が出ていて、薬草を探しているんですけど、こういう木を知りませんか?」
俺は黒板にセンダンの樹影と葉の形、黄色い実が沢山なる事を説明する。
師匠はなにやら渋っていたが、小袋に入れた黄色い実を差し出した。
師匠が遠征していた植物調査で手に入れた物で、場所は南のアルスダットよりもう少し海岸沿いに下った所だったらしい。
まだ何やら言いたそうだった師匠から、黄色い実を3つ程ゲットして、早速植えてみることにした。
木箱に土を入れて、種を植え、水をタップリ。
そこへ成長促進の魔法を掛ける。 みるみる発芽し、枝葉を伸ばす。
追肥と水をやりまくり、3日程経ち5齢ぐらいになったところで、葉っぱを改めて確認すると、生えてきた木はセンダンで間違いないようだ。
2本は、ゴムの木の近くへ植え直し、残った1本は根っこをゴザに包んで、伯爵領まで急いで運んだ。
伯爵領の病院へ訪れると、皮膚病を患っている者の症状がかなり改善したという。
「ショウ様、ご覧ください。 この者は、かなり良くなりましたよ」
ミルーナが嬉そうに語る。
「ありがとうごぜえます。 ありがとうごぜえます」
治験を行った爺さんに拝まれてるとケツが痒くなるが。
「治癒魔法も併用したのかい?」
「はい! 薬と治癒魔法の併用はかなり効果がございますね」
「真学師様!」
患者の孫らしき男の子が話しかけてきた。
「真学師様は、帝国貴族の奴らをぶっ殺しまくったって本当?!」
「おいおい、物騒だな。 まあ、それなりにな」
「彼奴等全員、ぶっ殺しちゃえば良いのに! 俺らから年貢とか金を取るしか考えてねぇし!」
亡命してきた人たちは、年貢が払えないとか借金で首が回らなくなって離農した元農民ばかりだ。
この伯爵領にはまだ土地がある。 森から離れている土地は痩せているが、蕎麦ぐらいなら育つだろう。
蕎麦粉が取れれば、小麦粉を節約できる。
とりあえず、皮膚病のほうは何とかなりそうだ。
あとは、寄生虫か。
「ミルーナ、ここに持ってきた木を大きくして、皮を煎じて飲めば、体内の虫を追い出す事が出来るはずなんだ」
「あ、あの……本当に身体の中に虫がいるのですか?」
どうも、ミルーナは身体に虫が湧くとはにわかに信じがたいようだ。
「ああ、多分間違いない」
急いで試したいというミルーナの話なので、運んできたセンダンの木を病院の脇に植えて、2人で成長促進の魔法を交互にかけまくった。
水やら、肥料やらは、ミルーナの部下に手伝ってもらう。
やはり、ミルーナはかなり優秀だな。 ステラさんがお気に入りなのも無理もない。
魔法を掛けながら、そんな事を考えていると、そのステラさんがやって来た。
「よっ! ミルーナ、遊びに来たよ。 2人で何しているのぉ?」
「ステラさん、ミルーナは病人の世話で忙しいので、あまり迷惑かけないでくださいよ」
「病気? 流行り病かい?」
「いいえ、ショウ様のお話だと、身体に虫が沢山湧いているとかで……」
「虫! ははぁ、まあ確かにいるねぇ」
年の功というか、ステラさんは寄生虫の事は知っているようだ。
「で、何かこの木と関係があるの?」
ステラさんは、俺とミルーナが魔法をかけまくっている木が気になるようだ。
「ショウ様が、この木の皮を使って、身体から虫を追い出す事が出来ると仰るので」
「へぇ~。 私も、ソレをみたいなぁ。 すぐに試すの? 一晩ここに泊まって良い?」
「構いませんが……」
ミルーナが微妙な表情をする。
「ステラさん、また伯爵領の酒を飲み尽くしたりしないでくださいよ」
「大丈夫、酒なら持ってきたから」
そう言って、ステラさんの荷物を見せると、なんだか見覚えのある瓶が……。
「あ~! ソレ、俺の倉庫に入ってた酒じゃないですか?! 結界破ったんですか?」
「ケケケ! あんなヘボい結界がいつまでも役に立ってると思うのがガキンチョだねぇ」
「くそぉ。 今度は物理的な罠を仕掛けてやろうか、下から串刺しになるような」
「ショウ様、それでは死んでしまいます」
「大丈夫だろ、どうせ殺したって死なねぇし」
夕方になったので、俺はお城へ帰ることに。
ミルーナとステラさんは、このまま木を成長促進させ続け夜に木の皮を剥ぎ、虫下しの効果を確かめてみるそうだ。
――次の日。
伯爵領にやって来ると何やら慌ただしい。 煙が上がって、何か燃えているし。
手近な者に話を聞くと、ミルーナが倒れたという。
なんで? 過労?
ステラさんを見つけたので詳しい話を聞くと、難民達から出てきた寄生虫の量を見て卒倒したらしい。
「いやぁ、凄いねぇ。 こんなにお腹の中に入ってるんだねぇ」
一番多かった子供だと、小桶一杯の寄生虫(おそらく回虫)が出て、それを見たミルーナがぶっ倒れたそうだ。
病院の脇に作られた簡易便所も、寄生虫で一杯になってしまい、ステラさんが乾燥魔法を掛けた後に油を掛けて燃やしているという。
なるほど、その煙だったか。
患者達を見ても、虫下しの副作用は無いようなので、倒れたミルーナの見舞いに行ってみることに。
伯爵の屋敷は木造の平屋建てで、下半分が防虫の木酢液で黒く塗られている。
全く簡素な建物だが、元々無役の子爵で貧乏貴族だったのだから、これが普通だという。
中はさすがに良い建材を使っているが、やはりお城と比べると、かなり落ちる。
ルミネスに案内されて見舞いに訪れると、ミルーナは赤い天幕がついたベッドに寝ていた。
「ミルーナ、大丈夫か?」
「ショウ様! あ、あの! 私の中にもあんな虫が蠢いているのでしょうか?!」
「あ~、まぁ……多分な」
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫するミルーナ。
とはいえ、衛生観念も低くて、畑には肥を使っているから、お姫様とはいえ多少の寄生虫は仕方ないだろう。
せめて、ファーレーンに広まり始めている堆肥が一般的になればいいが。
あれは、中が60度以上の高温になるから、寄生虫の類はかなり減らせるはず。
まあ、食い物にもよるしなぁ。
この騒ぎで、薬学に目覚めたミルーナは、自前で薬学工房を作ると言う。
病院も拡張して、公立病院として本格的な物にするつもりらしい。
とりあえず、俺が知っている薬草の類は全部教えたし――師匠に聞けば、もっと色々と知っているだろう。
ちょっと前までは、ここは貧乏領だったが、今は水晶ガラスや電球などの輸出品がある。
ガラスなどは、いくら作っても追いつかない勢いで売れてる。 高くてもプレミアが付いても売れる。
公共事業は、金の有効利用だろう。
このまま産業が固定化すれば、もっと人が集まるから公共サービスは重要になるはずだからな。
伯爵領の農民には蕎麦と、堆肥の作り方を教えた。
堆肥は魔法があれば簡単に作れるが、魔法がなくても根気よくやれば大丈夫だし。
蕎麦も、探すと普通に生えているのだが、今まで単一栽培されて食べられた事は無かったようだ。
実に勿体無いな。
伯爵領に出来た病院の噂がファーレーンにも広まり、わざわざファーレーンから伯爵領まで通う患者まで出てきた。
それに合わせて、ファーレーンと伯爵領へのシャトル馬車も運行されるようになり、かくして、ミルーナはフィラーゼの聖女として、人々に崇められる事に。
そうなると、面白くないのは殿下である。
何事も中心にいないと我慢できない人なのに、城下町の住民がミルーナを聖女とかいって崇めて面白いわけがない。
当然、俺に八つ当たりしてくるが――。
「其方は、ミルーナの肩ばかり持ちおって!」
「そんなことはありませんよ。 薬学錬金工房も公立病院も以前から意見具申させていただいたではありませんか」
「ぐぬぬ……」
帝国貴族からの身代金も道路工事や河川工事等の公共事業に投資されてしまったので、ファーレーンで薬学工房や病院が出来るのはもう少し先になりそうだ。





