71話 ここは荒野のウエスタンだぜ
ニムとじゃれ合って、工房の床でゴロゴロしていたら、いつの間にか殿下がおいでになっていた。
「いったい、何をしておるのだ」
不機嫌そうな殿下が腕を組んでいる。
「ニムにブラシを掛けておりました」
床に転がったまま、殿下を見上げて俺が言う。
「ほう……。 ニム、ルミネスがいなくなったからと言って、気が緩んでおるな。 仕事に戻るがよい」
「はいにゃ!」
ニムは、起き上がると棚から服を取り、脱兎の如く工房から飛び出た。
おいでになった殿下に何かお飲み物をお出ししようと思って、少し考えてミルクに甘味と生クリームとバニラ香料少々を入れた物を作ってみた。
俺が作っている間も殿下は立ったままだ。
殿下にミルクをお渡しして、俺はベッドの縁に腰掛けた。
すると殿下がスタスタと俺の方へ歩いてきて、股の間に出来た隙間にドッカと腰を下ろしてきた。
「なぜ、ここにお座りになるんです?」
「黙れ。 妾が何処に座ろうが、妾の勝手であろう」
「そりゃ、そうですが……」
殿下はかなり不機嫌なようだ。 俺がニムとじゃれ合っていたのが原因かと思ったが、どうやら違うらしい。
「それにしても、身代金を取れなくて残念でございましたな」
「まったくの。 実の娘に対する身代金を拒否するとは前代未聞だ」
「いったい。 どういう事なんですかねぇ」
殿下が不機嫌なのはこのせいか。
何か違う話題の方を振ったほうがいいな……。
目の前には殿下の金色の美しい髪と、俺が作った白金のティアラが光っている。
俺が作ったシャンプーやリンスを常用して、卵パックも度々やっているらしい。
ん~。
「殿下。 今気づきましたが、殿下と初めてお会いした時に比べて、随分と背がお伸びになられましたね」
「はっはっはっ、気づいたか。 其方と出会った時に比べて10ミルは伸びたぞ」
殿下のお母堂――亡き王妃さまは、俺と同じぐらいの背丈だったらしいので、このまま殿下の背が伸びればそれぐらいの身長にはなるかもしれないな。
「大きくなったのは背だけではないぞ」
そう言って殿下は俺の手を取り、殿下の胸へ持っていく。
そこには、柔らかな膨らみが……。
「え?」
「どうだ! 驚いたであろう!」
初めて会った時には殿下の胸はまさにペッタンコ。
白いドレスがスカスカで、胸の開いた隙間から、可愛いポッチが見えるぐらいペッタンコだったのだ。
「ということは、そのまま成長なされば、お城に飾ってある王妃さまの肖像画のような蠱惑的な身体に……」
「ははははっ! そうなれば其方とて、もう妾を無視することは出来まい!」
「無視なんてしてませんけど」
「黙れ。 この嘘つきめ」
「そんな事を言われましても……」
「それはそうと、あの新しい娘の裸はどうだったのだ?」
「そりゃ、中々に乙な物でございま――」
俺はハッと口を閉ざした。
「ほう……」
殿下は立ち上がると、手に持っていたミルクをテーブルに置き、俺と向き合った。
「今度は、其方の首に噛み付いてやろうかの」
そんな事を言いながら、殿下は俺の首筋に近づいてくる。
「止めてくださいよ。 真学師といえども、首などを噛まれれば息の根が止まってしまいますので。 それに誤解ですよ」
「なにが、誤解だ」
「あの娘が勝手に脱いだんですよ」
「何故、其方の前で裸になる必要がある」
「罪を償いたいが、他に払える物がないと……」
「ふん! 一見、悔恨の弁を述べているように思えて、その実、優しい其方に易しきへ逃げているだけではないか」
殿下の目にはそう映るのか……あの娘の行動にご不満の様子。
意外と殿下も、人の好き嫌いが激しい。 だが、嫌いだからと言って、能力のある者を解雇したりとかはしない。
働いた事もないリンという貴族の娘を雇うぐらいなら、いくらも人材はいるのだ。
「優しいですか? 私は、あの娘を結構痛めつけましたけど」
「女はの! 直感で優しい男が判るのだ!」
「はぁ」
殿下は、再びミルクを手に取ると俺の股間に座り、俺に身体を預けてくる。
「妾はあのような者は好かぬ。 其方の口添えがなければ、放逐しているところだぞ」
「殿下がお決めになった事にしないと、師匠やステラさんを抑えきれないじゃないですか」
「其方、何を考えておる?」
「いやぁ、ここからどうやって、殿下のお好きなお金へ繋げられるかなぁ~と思いまして」
「如何な方法を用いると申すのだ」
殿下が身体をよじって、何か期待するような表情で俺の顔を見ている。
「それですが、あの娘に関して何か情報は入ってきてませんか?」
「ああ、その大貴族――公爵閣下だがの。 ファーレーンの悪魔に大切な娘を取られたとか、大騒ぎで吹聴しておるそうだ」
「そんなに大切なら、金払えよ。 取り戻しに来るとかさ」
「まったくだな。 それから、これはステラ殿から聞いた話だが、近々新しい側室を娶るそうだの」
「はぁ? 側室ですか? 娘を放置して?」
「信じられん事だが、事実らしい」
俺の頭に嫌な考えが巡った。
「もしかして、あの娘の母親はとっくに寵愛から外れていて、不要な存在になっていたのでは? それで、拉致事件にかこつけて亡き者にされてしまったとか……」
――薄々そんな感じはしていたが。
「かもしれぬ」
「ということは、あの娘を外へ出すと命を狙われる可能性が」
「そして、大切な娘が死んだのは、真学師ショウ――ファーレーンの悪魔に虐め殺されたせいだと、騒ぎ立てるわけだな」
「くそ、そうはさせるか」
リンの命だけをどうしても狙いたいなら、身代金を払った後に殺せば確実だが、大貴族の娘となると身代金は金貨数百枚(数千万円)だ。
捨てる命に、そんな大金を掛けたくはないのだろう。
それに、身代金の受け渡しは公文書に記載されて保存されるし、受領書や領収書のサインも残る。
そうなると、俺のせいには出来ない。
殿下に、帝国で噂を流せないか、質問してみる。
噂の内容は――。
大貴族様は、娘を解放する身代金をケチって断ったそうだ。
ファーレーンで奴隷になってる娘を放置して、新しい側室を娶るらしい。
娘を奴隷にした真学師ショウは、大貴族は娘1人助けられない腰抜けだと嘲笑っている。
――こんな感じだ。
「帝国にいるミズキを使えば可能ではあるが、其方がかなり悪者になるぞ」
「それは構いません、どうせ悪魔ですし。 今更ですよ」
「噂を流してどうする?」
「大貴族を誘い出します」
奴らは、私をまだ見習いだと侮っている。 その見習いから侮蔑されれば、大貴族様の誇りの高さから出てこざるを得ないはずだ――という説明を殿下にする。
「そこまで言われたら、確かに喧嘩を買うしかなくなるはずだが……其方は大丈夫なのか? ファーレーンの騎士団を出すわけにはいかんぞ?」
「まぁ、相手の出方を見てからですが、なんとかしましょう」
「ふ、其方の――なんとかしましょうは、当てに出来るからな。 それにしても、其方が見習いとは……はは、胸のプレートが無いから確かにそうだが」
殿下は呆れて、薄笑いを浮かべている。
プレートは帝国帝都の大学で試験を受けて授与される物で、それを受け取れないってことは帝国人から見れば、取るに足らない存在という事らしい。
小賢しい発明で小銭を稼いでいるが、デカイ戦闘に参加したわけでもないし、大魔法が使えるわけでもないし――帝国ではそういう評価のようだ。
すぐに、帝国にいるミズキさんに伝令が飛んだ。
無論、悟られないように、何箇所か中継して帝国へ命令が下る。
帝国まで馬で1週間、つまり、命令が伝わったか確認するまで2週間は掛かる、実にのんびりした戦いではある。
噂が帝国にバラ撒かれて1ヶ月後、帝国の大貴族から使者がやってきた。
噂が、テキトーな話であれば無視も出来ただろうが、身代金を払わなかったのも、娘を救い出そうとしなかったのも、新しい側室を娶るのも全部事実である。
ファーレーンだけではなく、諸国あらゆる方向から事実として噂が入ってくれば、さすがに無視は出来なかったようだ。
それから1ヶ月後。
帝国からの使者がやってきて、布告を受ける。
なんだか色々とゴチャゴチャと、羊皮紙に書いてある文面を読み上げていたが、要は一騎打ちで勝ったら娘を渡せということを言いたいらしい。
当然、受ける。
――と返したら。
え?
という顔をされる。 この男、本気なのか?
そんな顔をしながら使者は、帝国まで1週間の帰途へついた。
一騎打ちの場所は、帝国とファーレーンの国境地点――その場所は荒れた草原らしい。
時は2週間後の正午と決まった。
何が、一騎打ちだ。 絶対そんな約束守るつもりなんてないだろ。
多分、結構な人数を投入してくるだろうが、あまり大部隊を移動させれば、ひと目に付く。
一騎打ちって話なのに、あんな大部隊を――そんな噂が立ってしまえば、企みが水泡に帰するだろう。
大貴族様の護衛と一騎打ちの立会人ってことで数を誤魔化せるのは20~30人辺りか。
話を聞いたステラさんが、ノリノリで付いてくる気満々なのを、なんとか諌める。
イキナリ大魔法でふっ飛ばせば済むじゃんとか言ってるけど、奴らがマジで一騎打ちする気だったら拙いでしょう。
そもそも、騎士と真学師の一騎打ちって成り立つかどうかも解らんのだが。
皆殺しにしちゃえば死人に口無しじゃんとか、BBAが物騒な事を口走ってるのだが、当然無視する。
そんな事をしたら、身代金が採れないじゃん。
今回の計画は、大貴族様がおそらく約束を破って連れてくるだろう、物見遊山の貴族仲間をゲットして、多額の身代金をふんだくろうという作戦なのだ。
ステラさんには計画の内容を話して、身代金の交渉になればまたステラさんの活躍ですよと――その旨を伝えて説得したのだが。
問題は師匠だ。
以前、フリフル峡谷にも無理矢理について来たりとかしたからな。
心配してくれているのか、過保護なのか解らんのだが、ちょっと困る。
だが、心配は杞憂に終わった。
以前、俺が魔導師――リンが連れていた男の魔導師から奪った本をステラさんにプレゼントしたのだが。
そう、ステラさんが裸で読んでいたあの本だ。
それを解読した結果、珍しい植物の記載があったらしく、師匠はその植物を調査に向かっていてしばらく不在との事だった。
師匠なんて連れて行ったら、イキナリ吹き飛ばして終了――。
それどころか、魔女の顔を見た途端に撤退をされてしまって、色々と準備した計画が徒労に終わる可能性が大きい。
とりあえず一安心。
しかしお姉さま方の参戦はお断りしたが、戦となればそれなりの兵力がいる。
俺はある場所を尋ねた。
戦といえば、プロの傭兵が集まるここしかない。
――オニャンコポン。
「というわけで、俺に協力してくれないか?」
俺の話を聞いたニニはニヤニヤしている。
オニャンコポンにたむろっている獣人達に助っ人を頼むつもりなのだが。
「ダメか?」
ニニの表情からは判断が付かない。
「よろしゅうございますよ。 それにしても、真学師様と戦なんて、孫に自慢話が出来ますねぇ」
ニニが皿を洗いながら答える。
「良かった。 断られたら、他に当てが無いからな」
「獣人なんて、コレが本業ってぐらいですからね。 断る理由がありませんよ」
「孫って言ってたが、ニムを俺に押し付けたら孫なんて出来ないぞ」
「弟のニケがいますよ」
「ああ、アイツも後5年もすれば、女の尻を追いかけますか……」
獣人達に助っ人を頼む話はまとまった。
面子はニニが選抜した精鋭10人。 報酬は、事前に金貨1枚、帰ってきて金貨1枚に決まった。
命がけの仕事で金貨2枚(40万円)なんて安い気がするが、ニニの話だと、これでもかなり高い報酬だと言う。
これで決まりと思ったのだが――。
他の獣人達が、無報酬でも付いていきたいとか言い出して、さらに10人予備兵力として追加。
こちらは、銀貨2枚(10万円)しか出さない、完全なバックアップ要員だ。
後は食料の手配と、馬と食料運搬用の馬車を借りて――。
獣人達は20人だが、馬は10頭で良いと言う。 彼等は1日中歩いても、軽く走っても平気らしい。
恐ろしいスタミナだ。
馬は乗るよりは、装備の運搬に使いたいらしい。
物資は揃えたが、金は全部俺の財布から持ち出しだからな。 戦ってのは金が掛かるもんだ。
死の商人が儲かるってのも頷ける。
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約束の期日4日前にファーレーンを出立。
帝国の国境までファーレーンから東へ約200km3日の行程だが、余裕を持って3日で目標地点1歩手前まで行って、近くで1泊することにする。
獣人達は皆、革の鎧を着こみ、重たい鉄製の装備は馬に積んでいる。
武器は剣や戦斧が多いようだ。
何処から噂が広がったのか、出立に大勢の見物客が押し寄せていて、頭を抱える。
この暇人共め。
でも、さすがに戦場まで付いてくるような物好きはいないようで一安心――と思ったのだが。
獣人の女達がぞろぞろと付いてくる。
最初は、街の外まで見送りかな? ――と思ったが、フィールドに出てもぞろぞろ……。
勝手についてきても報酬も食い物も無いと言ったのだが、そんなのは自分達で用意するからといって、隊列から離れては、狩りをして戻ってくる。
他の獣人達も同様に狩りをしながら行軍しているようだ。
まあ、俺が食料を用意したといっても、保存食の干し肉とかばっかりだし、新鮮な肉が食えるのはありがたいけど。
途中の伯爵領で、渦中の人であるリンを拾って、俺の馬にタンデム乗馬だ。
リンの格好はメイド服のままだ。 ルミネスに仕事と武術でしごかれているという。
馬車に乗っても良いと言ったのだが、獣人だらけでちょっと怖いらしい。
わいわいがやがやと雑談をしながら一路国境へ、まるで遠足か修学旅行だ。
死地へ向かうかもしれないのに、こんなお気楽で良いんだろうか。
最初は獣人達に戸惑っていたリンであったが、3日もすれば慣れたよう、だが俺の周りから離れようとしない。
3日めに最後の野営目的地へ着いた。
暗い中――そこでニニが、調理道具と調味料を持ってきたので、料理を作ってくれると言う。
オニャンコポンでいつも出している、肉団子入りのスパイシースープだ。
材料の肉は、獣人達が狩りをして集めてくれているので豊富にある。
獣や鳥やカエルやらの怪しい合挽肉だが。
夕方料理が出来上がったので、スープを飲んでみるがいつもの味だな。
獣人達は酒盛りを始めてしまったが、宿酔いとか大丈夫なのか心配になる。
リンも最初は初めて見る料理なので、警戒していたが、1口啜って美味しいと食べ始めた。
そんな料理を食べながら、明日の打ち合わせをする。
「リン、最初に言っておくが、相手の出方次第では、お前の父親を殺してしまうかもしれん」
「……はい、覚悟はしています」
スープの入った皿を持ち下を向くリン。
「しかしなぁ、娘の身代金を払わねぇなんて、初めて聞いたぜ」
獣人の1人が不満を述べる。
「まあ、聞いたことが無いと師匠達も言っていたな。 それとリン。 公爵閣下が新しい側室を娶る事は聞いたか?」
「はい……。 私は、あの家にはもう必要ない人間だったのです。 それなのに、必死に足掻いて沢山の方にご迷惑を……」
「あぁ? 娘を見捨てて、新しい側室ですかい? ケッ! なんてこった、酒が不味くなってきたぜ」
――話していた獣人は、もう話を聞きたくないと、向こうへ行ってしまった。
「まったく酷い話だねぇ 帝国貴族様は敵ですけど、ちょっと気の毒だね」
鍋をかき混ぜているニニと話す。
「ニニ、明日は交渉が決裂して相手が取り決めを破るまで、手出しをするんじゃないぞ。 本当に一騎打ちする気かもしれないし」
「ふふ、そんな気概を持った貴族様が、娘の身代金をケチりますかねぇ」
ニニはニヤニヤしている。
「まあな。 俺も多分、相手は最初からやる気だと思う」
そんな話をしていると獣人の女達が集まってきて、リンを押しのける。
「真学師様~、景気づけに1発やろうにゃ~」
「遊びに来たんじゃないぞ。 こんな所まで付いてきて」
「もう、冷たいにゃ」
それからしばらく、女達の毛皮を撫でながら、薄暗い中で焚き火の灯りを前にしての打ち合わせが続いた。
あまり盛大に焚き火を燃やすと虫がやって来てしまう――この世界の虫は少々危険なのだ。
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――次の日。
正午30分ぐらい前に、野営地を馬で出発する。 リンと2人乗りだ。
俺は魔石時計を持っているが、太陽が真上だ、相手も時間を違える事はないだろう。
馬で歩きながら、辺りを観察する。 荒れ地だが、両脇には草むらもあるし、林もあるな。
伏兵や、飛び道具も配置してあるかもしれない。
そこら辺も、獣人達とは打ち合わせ済みだ。
以前は戦いに備えて竹鎧とか作ったりしたが、今は便利な腕輪を手に入れた。
防御の心配は無くなったので、鎧の類は装備していない分身軽になった。
しばらく進むと、草原にポツポツと人が見えてきた。
いるいる。
いるわ~、完全武装の騎馬が30ぐらいか。 何が一騎打ちだ。 やっぱり最初からそんなつもりは微塵も無いようだ。
そのまま進み、騎馬の軍団と対峙する。
さすが大貴族、良い馬ばっかりだな。 妬みつつジロジロと馬の品定めをしてしまう。
軍団の先頭に、白髪混じりの頭をオールバックにした、少々小太りで顔に深い皺が刻まれた初老の男が騎乗しているが、どう世辞を言っても武人には見えない。
鎧は、馬まで金銀宝石豪華絢爛でピカピカだ。 思わず、なんじゃこりゃと言いそうになる。
俺から見て、公爵閣下の右側に同じぐらい豪華な3騎の騎馬がいる。
こいつ等が、リンを手篭めにしたドラ息子達か。
どいつもこいつも、さすが異母妹に手を出すような畜生だ。 人を小馬鹿にしたようなチンピラ面をしてるぜ。
「公爵閣下であらせられますか? 私はファーレーンの真学師ショウです」
「黙れ、下郎。 お前は見習いであろう。 見習いの分際で真学師を騙るなど不届き千万。 そもそも、この天から選ばれし、大貴族の儂と対等に話そうなどと、それだけでも万死に値する。 恐れ多くも畏くも、皇帝陛下から帝国に仇なす者として、指名手配されているお前などと、言葉を交わす事すら汚らわしいが、その首、即刻切り落とし陛下に献上し、我が娘を取り戻し誉れ高き凱旋をする糧を致すので、下郎には身に余る光栄だと思うが良い」
くそ、ペラペラとよく回る口だな。
そういえば、俺は帝国から指名手配されていたっけ。
すっかり忘れてたわ。
そうか、極悪人征伐の一環とされてしまったか。 それなら、多少の人数を動かしても何も言われないな。
一騎打ちとか言われて、ノコノコ誘い出されてしまったのは俺の方だったかもしれん。
コレを俺のクソ親父得意の下ネタで言うと
こいつは1本抜かれたな。
フヒヒ下品でサーセン。
こんな下ネタを師匠の前で言ったら、またドつかれるなぁ……そんなくだらない事を考えながら、リンと一緒に馬を降りる。
馬を魔法に巻き込みたくないので、尻を叩いて後ろに下がらせた。
戦闘に備えて、靴のスパイクを立てる。
「リン、やっぱりお前の父親は、ハナから殺るつもりだったみたいだな。 お前を渡してもすぐに殺されて、大切な娘を極悪人の真学師に殺されたが、その仇を討った悲劇の英雄として凱旋するつもりだぞ?」
リンは、スカートの裾を握りしめて、ずっと下を向いている。
「観念したのなら娘を渡して、我々におとなしく討たれるがよい。 そもそも我が――」
また公爵閣下が長い演説を始めようとしたところを、閣下の脇に居た息子の1人が割り込んだ。
「親父はゴチャゴチャとウゼェんだよ。 こんなのさっさとぶっ殺しちまえばいいじゃん!」
その男は、ランスを構えると馬に気合を入れ、突進させる。
「ひゃはははは! 2人一緒になぶり殺しだぁ!」
おいおい、2人一緒って、もう隠すつもりもないみたいだな。
その男は完全に思い上がり――俺より偉いものはこの世には存在しない、ゴミ虫の分際で俺様に逆らうなん後悔させてやるぜ、そんな表情をあらわにして猪突猛進してくる。
その表情を見て、俺は少し安堵した。 こいつ等を殺すのに何の躊躇も要らない事が解ったからだ。
「リン、魔法を使うから、俺にピッタリと貼り付け。 離れると、魔法に巻き込まれるぞ」
その言葉に彼女は俺の背中に抱きついた。
突進してくる軍馬の前に、音だけのデカい圧縮弾を破裂させると、轟く大音響。
馬というのは、本来臆病な生き物である。
銃や大砲がある世界なら、音に対する訓練も積めるかもしれないが、今までこんな音は聞いたこともなかったのだろう。
軍馬は、突発的な大音響に突進を止め、立ち上がり馬上の主人を振り落としてしまう。
バランスを崩して、おかしな格好で地面に叩きつけられたその男は、そのまま動かなくなった。
「あ」
あまりの呆気無さに、思わず口から出てしまった。
南無……またつまらぬ殺生をしてしまった。





