7話 弟子入り一号希望
その後、紅い実ことリルルメルヒの実について色々と聞いてみた。
通常出回ってるのは腐りかけの黒い実で、その黒い実でも金貨100枚にはなるという話。
色については、真紅→赤→黒赤→黒 みたいな感じ。
紅い実であれば、どうしても欲しい人は金貨300枚ぐらい出しても、おかしくはない物ではあるらしい。
それぐらい、欲しいと探しても簡単には手に入らないし、話には聞くが見たことがない人がたくさんいるような――伝説と化している代物。
それが、この実の正体。
効能は万病に効く薬、不老長寿、魔法力アップ等々――いろんな言い伝えがあるらしいが、どれも眉唾。
それより、魔法? 魔法とおっしゃいましたか? やっぱり魔法があるのか、? おおう、やっとファンタジーっぽくなってきたぜ。
というか、ルビアさんのあの感応通信も魔法なのかね……?
魔法はさて置き、リルルメルヒの値段を金貨100枚と言われても、ピンとこないが――そこら辺の金銭相場もルビアさんに聞いてみた。
通常1家4人家族とかで、銀貨2枚程度で暮らせるそうだ。
家賃とかも無くて、車も無いし光熱費と言っても竈の薪ぐらい――後はほとんど食費だろうから、月10万円=銀貨2枚って感じかなぁ?
ということは、銀貨1枚5万円、ここでは銀貨4枚で金貨1枚だから、金貨1枚=20万円相当?
え~? じゃあ金貨100枚=2000万円?
マジで!?
そりゃ、貴重だわ。
紅い実で金貨300枚ともなれば、一個6000万円? ホントかよ?
1粒300mどころの騒ぎじゃねぇ。
ただし、売れればの話だろうからなぁ。
そんな値段じゃ、普通の人じゃ買えないし、王侯貴族とか大店の商人とかじゃないと無理。
そんなツテもないし、どこの馬の骨だかわからん奴から買うはずがない、非現実的だ。
それじゃ、ルビアさんも2つで十分って言うだろうなぁ……。
ルビアさんの話だと、数年で腐るものでもないということなので、きちんと蝋とかで密閉していればかなりの年月でも平気らしい。
それなら、タッパーに入れていて正解だったな。
こういうのに詳しいエルフが知り合いにいるという話になったが、
え? エルフですか? エルフいるんだ~、エルフに会ってみたいなぁ~とかはしゃいでいたら――。
ルビアさんが不機嫌になってしまった。
彼女は、エルフが好きではないらしい。
どうもバカな男でスミマセン……。
男ってのは、皆馬鹿なんです。
------◇◇◇------
それから1週間ほど経ち、もう言葉の問題はほぼないと言ってもいい状態になっている。 ルビアさんが聞いてもちょっと訛りが入ってる地方人って感じらしい。
俺は、言葉を習っている間、少々悩んでいた。
魔法、魔法か……。
やっぱり、飯を食うためには手に職だよな。
魔法が使えれば、それだけで飯が食えそうな気がするぞ――う~ん。
ルビアさんの感応通信も魔法なのかな?
なんか魔法使いっぽいロッドも持ってるしなぁ。
何の説明もなかったので、聞かれたくないのかもしれないと思って、あえて聞いていなかったが……。
彼女だけが持ってる超能力みたいなものだと、習ったりは出来ないし――悩ましい。
「ここは、きちんと聞いてみるか……」
ルビアさんを探すと、台所にいた、竈の前で手にロッドを持って何かやってる。
「あのールビアさん、少々聞きたい事があるのですが……」
と、言いかけた俺を、ルビアさんは手で制した。
次の瞬間、竈の中が赤い光と共に音を立てて燃え始めた。
「え? それって魔法ですか?」
「そう魔法です」
「ルビアさん、散々お世話になって、こんな事お願いできる立場にはないと重々承知してますが、俺に魔法を教えてください!」
俺は深々と頭を下げた。
ルビアさんは、ちょっと困った顔して、一息おいてから俺に言葉をかけた。
「それに関しては、夕飯をしてからにしましょう、色々と説明しなければならない事がありますので」
そう言って、ルビアさんは食事の準備をし始めた。
やっぱり聞いちゃいけない事だったのかなぁ……。
------◇◇◇------
夕食を食べながら、ルビアさんは自分の職業の事を訥々と語り始めた。
自分は『真学師』という、日本だと科学者&技術者に相当する職業だという事、魔法を使えるという事、そして真学師という職業は、あまり一般には好意的には見られてない事……等々。
特に、感応通信を使える真学師は、司法を司る者として裁判等に引っ張りだされる事が多々あるので、恐れられているらしい。
まあ、心が読めるとかいう能力があるんじゃなぁ……そりゃ多少はね。
そんな真学師になりたいなんていう人は、余程の変わり者らしい。
俺みたいに、魔法をちょっと習いたいからというのは、論外。
え~? 魔法、超便利そうじゃん。 イカンのですかね?
「じゃあ、真学師になる――つまりルビアさんの弟子にならないと、魔法を教える事はまかりならんって事ですか?」
「その通りです」
「それじゃ、改めてお願いします。 俺を弟子にしてください!」
俺は、椅子から転げ落ちると、床に手を突いた。
超必殺! 日本の土下座である。日本でも内弟子になるとなれば、土下座が必至。
「お願いします!」
ルビアさんは椅子に座ったまま、ちょっと呆れた表情をしている。
「私の話を聞いていましたか?」
「もちろん」
「私の話を理解しましたか?」
「そのはずです」
「はぁ……」
彼女は大きなため息を一つつくと、自分の部屋に入りロッドを手にして戻ってきた。
そして、床に頭を付いたままの俺の肩甲骨と肩をロッドでポンポンと叩くとこう言った。
「なぜ、真学師などになりたいのです?」
「え~、いつまでもルビアさんのお世話になるわけにはいかないですし、そうするには手に職が欲しいわけで、正直――飯のタネではダメですか?」
「別にいつまでもここに居てもいいのですよ? 働く必要ありませんし」
「それじゃ、ヒモじゃありませんか」
「ヒモ?」
「直訳すると、私の国の言葉で――女に仕事させて、遊んでいるロクデナシの男って意味です」
「それでもいいではないですか、私は構いませんよ?」
「男として、それはちょっと……勘弁してください」
「それなら、真学師ではなくて、他の職業もあるでしょう?」
「だって面白そうじゃないですか」
それを聞いたルビアさんは プッ! と吹き出した。
後で聞いた話だと、この「面白そう」 というのは、ルビアさんが真学師になった理由と同じだったらしい。
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この世界の科学者とも言える真学師の弟子にしてもらうべく、床に土下座している俺と、その前に凛と立つルビアさん。
「では、これから試験を受けてもらいます」
「はい!」
試験? 試験とな? もしかして、無理難題を吹っ掛けられて、無理やり諦めを誘うとかそういう話なのかな?
しかし、そんな事をするような女性にも思えないが……。
「あなたは神を信じますか?」
「え? は?」
何? その新興宗教みたいな設問は? 思わず、マヌケな声が出てしまった。
だが、変に取り繕っても仕方ないだろ……。
「信じてません」
「その理由は?」
「理由ですか? えー、私は神を見た事がありませんので、自分で確認した物しか信用しませんし、たとえ偉い人の言う事でも、自分で確認するまでは話半分に聞いています」
「神の奇跡についてはどうですか?」
「神の奇跡も見た事ありませんし、何とも言えませんが――たとえ、結果として神の奇跡が起こったとすれば、その結果には起こりと過程が付き纏います。その理を明かして真理を追究すれば、人は神の奇跡すら自在に操る事が出来るようになるでしょう」
そのやり取りの後、ルビアさんは即答した。
「よろしい、弟子入りを認めましょう」
「え? ホントですか?」
「ウソついてどうします? 真学師を目指す者として完璧な答えでした」
「ありがとうございます」
「それにしても、あなたはどういう教育を受けてきたのですか? 礼儀作法を身につけている事からある程度の教育を受けているのは察していましたが……」
「え~、国では普通の学生でしたが……」
「そうですか、あなたの御国はかなり教育水準が進んでいるのですね」
その国で――まあ、落ちこぼれなんですけどね、改めて日本の教育って凄いんだね。
ルビアさん、いや、もう弟子入りしたから師匠か。
そのまま師匠が、話を続けた。
「さきほどの神を信じてないという話ですが、他言するのは止めておくように」
「やっぱり、迫害されますか? 邪教とか異教とか言われて……」
「はい、真理を追究する気概のない者達を、わざわざ相手にして混乱をもたらす必要はありません」
「はは~、肝に銘じておきます、師匠様」
俺の仰々しくわざとらしい返答に、師匠は露骨に嫌な顔をした。
「私にそういうのは必要ありません。 おやめなさい」
「しかし、弟子にとっては師匠様は神も同然で……」
「お や め な さ い」
ニッコリと微笑む師匠。
はぅ! やべぇ、こいつはやべぇ。俺の心の中で、冷や汗が滝のように流れる音が聞こえてきそうだ。
「失礼いたしました」
師匠の謎の迫力に意気消沈した俺は、すごすごと引き下がった。
怖ぇよ……ガクブルだよ。
「だいたいなんですか。 神など信じてない者が、師匠が神と等しいなどと、白々しいにも程があるでしょう」
「いや、あくまで例えですよ。 それに信じてはいませんが、神に祈る時もありますよ。苦しいときの神頼みというやつです」
「それは真理ですね」
「あと、人事を尽くして天命を待つという言葉もあります」
「その意味は?」
「やる事をやったので、後は運命を天に任せようという意味です」
「それもまた、真理ですね。 ふむ、面白いですね。 もう少しその話をしましょう」
よかった、機嫌直してくれた。
ふう。
なんだかルビアさんの――いやもう師匠か。 突っ込みが激しくなったわ。
まあ、弟子となればもう身内だからなぁ、もう他人ではないって事だろう……。
しかし、命を救ってもらって、弟子にもしてもらい、魔法も教えてもらえるかもしれない。
感謝しきれませんよ……。
師匠、ありがとうございます。
俺は、心の中で掌を合わせて、頭を垂れた。
弟子入りが決まったので聞かせてもらったが――真学師の弟子になりたいとかいう奴は酔狂なので断ってはいけないらしい。
ただ、一応弟子として採用して、才能が無いからすぐクビというのはアリらしい。
いいのかそれで?
じゃあ、俺のときの試験という奴はなんだったのか。
師匠流のお遊びだったのかな?