68話 死んだはずだよ
――ある日。
工房で武器の改良を行っていた。
圧縮弾を送り込むのに使っていた竹槍剣だが、切っ先が熱で溶けてしまうので、円筒形になっている刃先の内部をイリジウムで補強した。
これで、耐久性がかなりアップするはずだ。
名前は相変わらず竹槍剣だが、最初竹だったボディも鋼鉄に変えてしまったので、すでに竹槍ではないのだが。
「さて、飯でも食いに行くか。 久々にオニャンコポンに行ってみるかな」
装備を整えて、出かける準備をする。
飯を食いに行くだけでも、武器や道具は持っていく。
実際、何があるか解らんし――いきなり戦闘になってけが人が出たりすることもある。
玄関に鍵を掛けて、裏門の所へやってくると何か揉め事らしい。
なにやら叫び声が聞こえる。
「なんで、ステラ様に合わせてもらえないっすか! あたしはステラ様の弟子っすよ!」
「ステラ様にお伺いしたところ、弟子はいらっしゃらないという事でしたので」
門番が相手をしているが、辟易してるようだ。
「そんなはずないっす!」
そんな会話が聞こえてくる。
声の主は、エルフだ。
金髪のくるくる長い巻き毛、長い耳、青い目。 かなり薄汚れた青いチャイナのような服を着てぎゃあぎゃあと喚いている。
ステラさんの髪は白っぽいが、こいつの金髪は色が濃いな。
喋らなければ、マジでエルフの美少女だ。 喋らなければな! 大事なことなので二回言いました。
それにしても、ステラさん以外のエルフは初めて見たな。
俺に気がついた門番が、どうにかしてくださいよと――目配せをしてくる。
冗談じゃねぇ。 エルフは1人で十分間に合ってます。
喚いていたエルフは、そのうち地面に寝転がってジタバタし始めた。
うわぁ、ドン引き。
――と思ってたら、こっちへ寄ってきやがった。
くそ、門番のやつ俺に押し付けやがったな。
「なんすか、なんすか、あんたがステラ様に取り次いでくれるっすか?」
「いえいえ、ワタシにはなんの事だかさっぱり。 ワタシャ、通りすがりの平民でして~」
「でも、困ってるあたしを見て、可哀相だと思ったっすね? その気持ちを大事にしないといけないと思うっす」
うぜえぇぇぇ!
「いやいや、高貴なエルフ様のお世話なんて、平民のワタシには無理でございます」
「なんで、平民がこんなところにいるっすか」
「うっ、それがたまたま用事で訪れていただけでして……」
くそ、言動は滅茶苦茶だが、知能は高いので簡単には誤魔化せない。
まったくエルフってのは、非常に厄介な人種だ。
ああ、うぜぇ。
絡んでくる姿は、マジで美少女エルフだが、中身はアレだ。
ふう。 俺は心のなかでため息をついた。
「解りました。 その前にちょっと内密なお話が……」
そのエルフに耳打ちするような仕草を見せる。
「なんすか?」
エルフもその誘いに乗ってくる。
「実は――」
話しかけた所で視線を空に移し、指差す。
「あ、アレはなんでしょう? なんか飛んでますね」
「え? なんすか? なんすか?」
エルフの視線を誘導するのに成功した瞬間――。
さいなら~! 俺は脱兎の如くかけ出した。
「なんすか? なんにも見えないっすよ――ちょっとぉぉぉ! なんで逃げるっすか! あたしに対する愛はないっすか!? アイィィィィ!」
なんか、エルフが叫んでいるが、無視だ。
コレ以上エルフになんて、関わっていられねぇ。
------◇◇◇------
息を切らして、オニャンコポンへやってきた。
ここは獣人食堂となっているが、獣人専用というわけでもない。
だが、中へ入ると――。
中は獣人でいっぱいだ。 さすがに、この中へ入って飯を食うのは度胸がいるだろう。
「うっす! 邪魔するぜ」
「あ、ショウ様だ」
瞬く間に獣人の女達に囲まれる。
案内されて席に座るが、その横で女達がチケタをしている。
騒ぎを聞きつけて女主人のニニが顔を出す。
「あら、真学師様」
「邪魔してるぜ。 肉玉のスープにパンな。 肉玉追加で多めにして」
「あいよ~」
ニニに注文をしていると、俺の膝の上に小さい黒い子が滑りこんでくる。 腹は白い、ニムと似た毛色だ。
「初めて見る子だな? 若いみたいだけど13か14?」
「14にゃ。 最近、引っ越してきたにゃ」
「そういえば、獣人の数が増えてるらしいな」
「ファーレーンは景気良いからね。 ここにはショウ様もいるし」
チケタに負けて残念そうにしている、長身のトラ子が答える。
「俺が関係しているのか?」
「もちろんにゃ~」
背中を撫でられている黒い子は、気持ちよさそうにしている。
ふと食堂の奥に、以前アレルギーでひどい目にあった白い子を発見して、手を振る。
今日は離れているから、アレルギーは大丈夫だろう。
料理がやって来たので、飯を食う。
「肉玉といえば、露店でも肉玉を出す所が出てきたな」
「あれ、あんまり美味くないよね」
女達が顔を見合わせる。
「ここみたいに、出汁を取ってないで、塩味だけだからな」
「そう、出汁にゃ! 出汁が重要にゃ」
獣人達にも出汁の重要さが、浸透してきたらしい。
「真学師様も男だから、肉玉が好きにゃのかな? ニャハハ」
「そういう下品な事を言うんじゃない」
膝に乗っている黒い子の背中をジョリジョリと逆撫でする。
「ふぎゃぎゃ。 止めてにゃぁ~」
獣人達は毛皮を逆撫でされるのが苦手で、人間で言うと鳥肌とかサムイボとか言われる状態になるらしい。
飯を食っている間に、俺が作った金属探知機での宝さがしの話になった。
アレを使って、大陸中のアチコチで宝さがしが行われているそうだ。
一番初め、俺と一緒に宝さがしをやっていた獣人の女は、結構儲けて家を購入したらしい。
通常獣人達は、部族で固まって共同で家を買う。
1人で家を買うなんて、相当なお大尽様ってことになる。
獣人も豊かになるのは良いが、他の人種とトラブルにならにゃ良いが……。
羽振りがよくなると、やっかみも増えるからな。
「俺も獣人達と仲良くはしているが、公職だから贔屓は出来ないぞ? 獣人達が悪い事をしたら、取り締まらにゃならん」
「わかってますよ」
獣人達は食堂内で顔をウンウンと見合わせる。
そんな話をしていると、黒い子が膝から降りて、違う子が膝に乗ってくる。
どうやら、これがなでなでしてぇポーズのデフォルトらしい。
「そういえば、鉱山でこんな風に獣人を撫でたら、ノミが出てきて大騒ぎになったぞ」
俺が笑いながら言うが、獣人達がざわざわとし始めた。
「そんなの獣人の風上にも置けないね。 まったくなってないよ」
「身体を洗ったり、灰を被ってたみたいだが、それでも取れなかったら、どうするんだ?」
「毛を……」
「毛を?」
「刈るにゃ……」
「ああ、なるほどな。 シラミとか毛に卵産むからな。 それが一番早いかもしれん」
「にゃ~! そんな姿になったら、孫の代までバカにされるにゃ~!」
「もう、そんな姿になったら、恥ずかしくてお嫁に行けない!」
どうやら、獣人達にとって毛を刈られるってのが、最大の恥辱になるらしい。
「そういえば、炭鉱といえば、炭鉱から獣人が泊まりに来なかったか? 威勢のいい事を言ってたと思ったが」
「あ~来た来た。 でも、ニニさんの名前聞いただけで、尻尾を股の間に挟んじゃって、ニャハハ!」
「ニニってそんな有名人なのか?」
「そりゃ、鋼鉄のニニって言えば――」
そんな話をしていた女の頭が、オボンで叩かれる。
「余計なことを言うんじゃないよ」
いつの間にか腕も組んだニニが立っていた。
「あの獣人もかなり歴戦って感じだったが、そんな奴らでも一目置くのか。 凄いな」
「昔の話さ。 それより、男共に変な踊りを教えたのは、真学師様かい?」
「ああ、その話っぷりだと全然役に立たなかったみたいだな」
「実力が無いから、小手先でなんとかしようとするのさ」
「なんとも、耳が痛いね。 まあ、あれはただの大道芸だからな」
食堂の隅で、俺がムーンウォークを教えた男達が、小さくなって飯を食っていた。
「こういう使い方もあるぞ」
俺は立ち上がると、ニニを正面に向き合う。
ちょっと魔法で小細工をしてみる。
明らかに左脚に重心を置いている構えを見せるが、そこから、左脚でニニに向かって蹴りを出してみせる。
普通は、重心が乗っているように見える左脚から蹴りが出るとは思わないだろう。
だが、こんな小細工をしても、獣人の反射神経とスピードをもってすれば、余裕で受け止められてしまう。
「なるほど、そんな使い方もあるんですか」
ニニは俺の蹴りを受け止めて、感心している。
「面白いだろ?」
「にゃんで、そっちの脚から蹴りがでるにゃ! 変だにゃ!」
獣人達はざわついているが、魔法で身体の一部だけ重くしたり軽くすることで、通常では考えられないバランスで立ったり、座ったりすることが出来る。
まあ、ほんとに小手先技だよな。
よく漫画で出てくるような、座ったままジャンプとかも可能だ。
俺は魔法を使ったが、鍛錬すれば魔法を使わなくても同じことは出来る。
そんな武術談義をしていたら――。
「ん? ハ、ハックション! あれ? ハックション! ハックション!」
クシャミを連発してしまう。
ふとみると、いつの間にか白い毛のリリが近くに座っていた。
「ちょっと、リリ。 あんたは真学師様の近くに来ちゃダメだって!」
どうやら、話に混ざりたくで近くにやって来たようだったが、俺の身体が反応してしまったようだ。
「ハクション! おわ、ちょっと無理だ。 スマン、帰るわ」
リリは離されたが、クシャミは止まらない。
鼻をかみつつ、帰り際に、ニニから笛を貰った。
獣人にしか、聞こえない音を出す笛らしい。 元世界の犬笛みたいなもんだ。
獣人同士の連絡に使っている物だという。
食堂の奥でしょんぼりしているリリを横目で見ながら、ありがたく貰う。
クシャミをしながら、オニャンコポンを後にした。
------◇◇◇------
遠くから、裏門を眺めてみるが、さっきまで騒いでいたエルフはいないようだ。
諦めていなくなったか。
ほっとして工房に戻ったが――。
実は、騒ぎを聞きつけた殿下が、エルフをお城に招き入れて、雇う事にしてしまったらしい。
なんで? と思ったが、月の給金を聞いてビックリ。 月銀貨2枚(10万相当)だという。
これは、役人の最低賃金に相当するぐらい安い。
いくら言動に壊滅的な問題があるとは言え、魔法と精霊魔法を使えるエルフが月銀貨2枚なんて破格だ。
一体全体どういうことなのか? と思っていたが、理由がすぐに判明した。
魔法の精度が全くないのだ。
確かに魔法は色々と使えるのだが、制御が出来ない。
簡単な火をつける魔法でも、竈に火をつけようとして、後ろの本棚が燃えるという具合だ。
これじゃ、全く使えないと同じだ。
それでも殿下は、魔石の充填ぐらいは出来るだろうと踏んで雇ったらしい。
エルフの方もアチコチで仕事をクビになって、赤貧にあえいでいたのでこの条件でも飛びついたようだ。
このダメルフの名前は『フロー』。
かつてステラさんから破門された元弟子で、以前ミルーナとステラさんの会話にも出てきた、エルフ原理主義者だ。
エルフが増えるのかよ……。 そんな鬱々とした気持ちで、暗くなっていると、ステラさんが飛び込んできた。
「ぎゃぁぁ! 離れろ! しっしっ!」
フローがステラさんに抱きついている。
「ステラ様、せっかく戻ってきたのに、なんでそんなに嫌うっすか! あたしに対する愛はないっすか!?」
「んなものはねぇぇぇ! ショウ! なんとかしろぉぉ!」
「私には関係ないじゃないですか。 彼女雇ったのは殿下ですし、エルフはエルフ同士で話し合って解決してください」
「あうう、久々のステラ様の匂いっす」
抱きついて、ステラさんをクンカクンカするフロー。
「離れろぉォォ! ショウ! 私に対する愛はないのかぁ!?」
ぶっちゃけ、このダメルフことフローは、ステラさんのストーカー。
フローの話を聞くと、ステラさんはエルフの重鎮で、ステラさんを中心にエルフ帝国の復興を――そんな願いがストーカー行為をする彼女の原動力。
かつてあったエルフ帝国は、帝国に侵略されて散り散りになっている状態で、ステラさんの帝国嫌いはそれが原因なのか。
だが、当のステラさんは、国の復興とかそんな事には全く興味がないし、あまりに役立たずなフローと縁を切りたくてダンジョンに置き去りにしたらしい。
ミルーナとの会話で――奴は死んだ! って断言していたが、ステラさんもフローは死んだと思っていたという。
相当酷い話だが、マジでやったようだ。
「ステラ様、酷いっす! ダンジョンから戻ってきたら、破門を取り消してくれるって言ったじゃないっすか!」
「あ~アレね。 取り消すとは言ってないね。 破門を考え直してもいいかな~って言ったんだよ。 ん~で、今考えたぁ。 お前はやっぱり破門だ! ケケケ!」
「あたしに対する愛はないっすか!?」
「だからねぇぇぇ!」
なんで、俺の部屋で揉めているんだよ。 いい加減ウザいので、早々に追い出す。
俺は関係ねぇじゃん。
しかし、エルフ帝国って言ってたよな。
――ってことは、国にいるのが全員エルフだよな?
あんなのがわんさかいて、よく国が成り立ってたよな……いったいどういう国だったのか摩訶不思議ではある。
そんなダメルフだったはずのフローなのだが、俺が奴を使ういい方法を編みだした。
フローを外部バッテリー兼ブースターとして使うのである。
スマホでいうところの、モバイルバッテリーってやつだな。
つまり、魔法を使うときに、フローを外付けブースターとして使えば、俺の魔力は全然使わないので、疲れる事もない。
フローもダメダメ言われててもさすがエルフだ、魔力のコントロールは出来なくても、魔力の貯蔵量は半端じゃない。
普段使うような魔法なら、いくら使っても平気な顔をしている。
ホントに、宝の持ち腐れ状態。
ブースターの仕事内容にもよるが、1回に付き銅貨数枚(数千円)~小四角銀貨2枚(1万)ほどの手間賃を払う事にした。
もちろん、フローにしてみればただ立っていれば金になるので、金の無い彼女は大喜びだ。
例えば、俺の魔力に、フローの魔力を上乗せすれば、炉に火を入れなくても直接金属を加熱して鍛造が出来るようになった。
金属の温度も自由自在。 場所によって温度を変えたりすることも可能で、水や油を使わなくても温度が下げられるので、焼入れも自由自在。
ガラスも溶かせる。
こりゃ便利だ。
フローが持っている治癒魔法等も、そのままだと全然使えないが、俺を通す事によってある程度コントロールできるようになった。
とは言っても、ステラさんのような凄い魔法があるわけでもなく、ただ魔力のストックが多いだけというのが正直な印象。
それでも、治癒魔法+フローのブーストを使うと、俺の再生魔法もとんでもないスピードアップが可能だと解った。
そんなフローを使って早速、刀の鍛造を試験的に行うが、炉を管理する必要がないのでなんといってもスピードが段違いだ。
すぐに加熱して、鍛造に入れる。 便利すぎる。
俺がスプリングハンマーを使って鍛造している、その後ろにフローが座る。
「いや~マジで助かったっすよ。 ショウにはマジ感謝してるっす」
「俺の役に立つだけでいいから、感謝なんていらねぇよ」
「だって、服まで買ってもらったっす」
そう、フローが着ていた一張羅がボロボロだったので、金が無いなら普通の服を着ろと言ったのだが、どうもエルフにはこだわりがあるらしく、普通の服を嫌っているのだ。
しょうがないので、俺が虫糸のシルクで出来た服を取り寄せてやった。
魔石電灯の内部に虫糸のシルクを貼っている関係で、ミルーナにその伝手があった。
せっかく外面だけはいいんだから、綺麗な格好をしてほしいが、ステラさんにも見放されているんじゃ、俺が面倒見るしかないじゃん。
こいつの能力は俺の仕事に使えるし、この分なら服の代金ぐらいはすぐに元が取れるだろう。
そのぐらいこいつを使ったブーストは使える。
エルフとハサミは使いよう。
「マジ感謝してるっすから、少しぐらいやらせてやってもいいっすよ?」
「いらねぇよ」
「しゃぶるのも上手いっすから、しゃぶるのはどうっすか?」
「いらねぇよ」
フローを無視して、打ちあがった刀を天にかざす。
いい出来だ。
焼きを入れるのに、焼きの加減を調節するために土を盛ったりするが、そんな事をする必要もなく自在にコントロールできるのだ。
もっと研究の余地もあるだろう。
一段落付いたので、フローと一休みする。
ミルクと卵があるから、ミルクセーキを作ろう。
改良型のフードプロセッサーを用意する。 以前は弾み車式だったが、モーター式に作り変えた。
電源は魔石だ。
さて、生卵は拙いから、ちょっと加熱して――と考えたが、フローに聞いたら浄化の精霊魔法も使えるそうなので、俺を通して使ってみる。
ちょっと怖いが、この世界で初生卵を使ったミルクセーキの味はどうか?
「美味いっす! こんな美味いの初めて飲んだっす!」
「そりゃ、よかったな。 しかし、魔法が役に立たなくて、食料とかどうしてたんだ?」
「他の仕事したりとか、弓で狩りをしたりとかしたっす」
「そうか、弓なぁ。 エルフに弓は付き物だしな」
ミルクセーキを飲みながらそんな話をしていたのだが、フローが改まって話があるという。
「なんだ? 金ならないぞ?」
「金もそうですが。 ショウはステラ様と仲いいっすね」
「そうでもないが」
「ステラ様があたしの〇〇○舐めてくれなくなってしまったんですけど、なんでっすかね?」
俺はミルクセーキを吹き出した。
「シラネーヨ! てめぇの臭〇〇○なんて知ったことか!」
「酷いっす! なんて事言うっすか! 臭くないっすよ、いい匂いっすよ。 ついでに新鮮な肉の色っすよ。(ピンクだと言いたいらしい) よく見るっす」
「見せんでいいわ!」
そんなイケナイ単語でぎゃあぎゃあ叫び合っていたら、いつの間にか師匠が黒いものを纏いながら立っていた。
「あなた達は何をやっているのですか?」
「「はぅわ!」」
まるで氷結殺虫剤を掛けられたGの如く固まる俺とフロー。
------◇◇◇------
「フヒヒサーセン」
バイト代小銀貨1枚(5000円)を受け取ったフローはそそくさと帰っていった。
「師匠はフローの事をご存知なんですね」
師匠にもミルクセーキを出す。
「――」
師匠は、 もう口にもしたくない様子で、黙っている。
「はぁ、なんでこんな事に……」
「フローを雇ったのは殿下ですよ。 私は一切関わっていません」
「解っています」
「それに、あいつはかなり使えますよ。 まさに、エルフとハ――」
エルフとハサミは使いようと、師匠に伝えるべくハサミの単語を口にしようとして言葉に詰まった。
そういえば、この世界にハサミに相当する単語が無かった。
ハサミが無いのか……。
ということは、ハサミを作れば売れるな。
「ショウ?」
「あ、失礼しました。 それじゃ、私の父がいつも言ってる我が家の家訓を――勃ってるチ〇〇は親のチ〇〇でも使えですよ」
「そういう! 下品な! ネタは! エルフだけで十分です!」
手に持ったロッドでボコボコと叩いてくる師匠だが、最初の一発は当たったが、2発めからは腕輪の防御が働いたようで
痛みを感じなかった。
「フヒヒサーセン。 根が下品なもんで、もう咳まで下品なんっすよ。 ゲヒンゲヒン! なんちて」
しゃべり方までフローに似てきてしまった俺を、まるで生ごみを見るような凍てつく視線を向けてくる師匠。
ヤバい、ゾクゾクするぅ! 悔しい、こんなので! ビクンビクン。
――とまぁ、悪ふざけはこのぐらいにしておくか、師匠がマジギレするとヤバいしな。
「貴方の御父上とは仲良くなれそうにありませんね」
「私もそう思います。 私ですら喧嘩しまくりでしたから」
師匠が帰った後、早速ハサミの試作。
そういえば、この世界へ来てハサミは見た記憶が無かったな。 まず、紙がなかったし。
農家で、藁を切る押切は見たことがあったのだが。
だが、紙がなくても布を切ったりするのにはハサミ使えるだろう。
もしかして、俺が知らないだけで、裁縫しているところにはハサミはあるのかもしれないが。
まあ、とりあえず作ってみて、殿下か工作師に判断してもらえばいい。
試作をしてみたが、よく切れるハサミというのは作るのは難しい。
ただ、合わせて動かせば良いという代物でもないようだ。
とりあえず、俺の作ったショボイ試作品でも、原理は解ってもらえるだろう。
作ったハサミと、長い柄がついた剪定ばさみを工作師工房へ持ち込んでみると、やはり押切はあるが、このような手持ちのハサミは無いとの事。
しかし、工作師の皆は、ハサミよりは剪定ばさみのほうに興味を持ったようだ。
チョキチョキしながら、枝を払ったり、庭の手入れをするのに便利だと言っていた。
これならどこでも作れるからな。 売れるだろう。
しかし、工作師工房で、嫌な噂を聞く。
帝国で、特許を無視した製作や開発が行われる可能性があると言うのだ。
パクリや特許無視が事実ということになれば、各国間での重大トラブルに発展する可能性大だ。
しかし、政治に関しては殿下にお任せする以外無いな。
俺が獣人達に教えたムーンウォークやらロボットダンスは、彼らが新しい技を追加したりして定番の大道芸になり、獣人達の収入アップに役に立っているようだ。
芸人のギルドもあるようで、そういう所から誘いを受けている優れた技を持っている獣人もいる。
だが、騙されないようにしろとは言ってある。
落語の『時そば』みたいなネタにも簡単に引っ掛かるのが獣人達なのだ。