64話 白金(プラチナ)三昧
やっとのことで白金の地金をゲットしたが、加工するためには溶かす事が必要になる。
しかし、現時点では融点が1800℃近い白金を入れる事が出来る器が無い。
白金を溶かすための坩堝をイリジウムで作るため、河原へやってきた。
落雷の高エネルギーが発する超高温プラズマを使って、イリジウムを溶かす計画だ。
機材を担いで持ってきた俺は、河原にイリジウム粉が入った金型をセットし始める。
アースを打ち、避雷針を建てて、周りに誰もいない事を確認する。
「さて、一発いってみるか!」
自ら顔を叩いて気合を入れる。
意識を集中して、空間に干渉し始めると、避雷針の上に黒い渦を巻いて雲の柱が聳え立つ。
河原なので、雲に必要な水分は十分にある。
なるべく高温が欲しいので、可能な限りデカい雲を立てて十分にチャージをする。
よし!
河原に低く伏せて様子を見守るが、相変わらず落雷のタイミングはアバウトにしかコントロール出来ないが――耳をつんざく轟音と、眩い光が空間を走る。
白い煙は上がっているが、周りに燃える様な物はないので、火災の心配はない。
金型に近づくと焦げる臭いと、オゾンの臭いが鼻について、噎せる。
熱くて触れないので、魔法で冷却を試みるが――焦る必要はないのだが、やはり心は逸る。
粘土を割り坩堝を取り出すと、粘土自体も蒸発し少々形が崩れてしまってはいるが、一応器の形にはなっている。
やった――。
――が、よく確認すると鬆が入ってしまっている。
鬆があると、高温の物を入れた場合に、その内部の空気が膨張して弾けてしまい危険だ。
これでは使えない――鋳物の経験が無い俺は、ドワーフ達に助言を求めた。
すると、俺の作った金型を見て彼等が言うのには、鋳物の型は粘土より砂の方が良いらしい。
金属が冷える時にガスが出るので、金型の素材に砂を使うと上手くガスを抜くことができるらしい。
なるほどな、餅は餅屋だ。 つまり、粘土でガスが抜けなくて、ガスが溜まったために鬆が入ってしまったのか。
的確なアドバイスを貰い、型を砂型に改めてから、避雷針から繋がる電極の配置を試行錯誤した結果、5回目でやっとまともな物が完成した。
毎日落雷を起こすので、河原に城下町から見物客がやってきて、凄い状態になってしまったが。
人が集まると、それを商売にするやつも出るから、ドンドン人が増える。
娯楽が無いもんだから、面白そうな事があるとすぐに飛びつくんだ。
困ったもんだ。
見せ物じゃねぇんだが。
とにかく、歪ながらもイリジウム製の坩堝は完成した。
形が変でも、溶けた白金が漏れなきゃ良いんだ。
ガラスの坩堝にも使えるしな。 薄いからこっちの方が断然使いやすい。
しかし、イリジウムの鋳物が作れるってことは、あのクズ銀って言われてる白金合金でも鋳物が作れるな。
工房には自作の水道システムを設置していたが、それを全部白金合金で作り替えたい。
水道管とか蛇口とかタンクとかな。
最初は、白金で作ろうかと考えていたが、純白金だと柔らか過ぎるし、鋳造できるなら硬い合金の方が良いだろう。
そうと決まれば、水道管と蛇口の砂型を作る。
穴の開いた物を最初から作るのは難しいので、白金合金の無垢材を作って、後から旋盤加工で穴を開ける。
水道管の長さは約50cm。
落雷を使って鋳造する河原の現場には、少しでも高い所へ落雷させるため矢倉を組み、その上に砂型を設置するようにした。
これなら周囲に危険が及ぶ可能性が低くなるしな。
相変わらず、落雷を見に見物客が来ているが、危険性はかなり減ったはず。
一応、危ない旨は周囲には伝えてあるのだが、言う事を聞きやしねぇ。
真学師がクズ銀からみたこともない金属を練成しているという話を聞いた、商人達がやってくるのだが――。
俺も苦労して練成しているので売る気など全く無い。
同じ重量の金より高い価格を提示すると、そそくさと退散するのが関の山だ。
そりゃそうだ、いくら珍しいとは言えゴミ扱いの物から作った金属を高い値段では買えないだろう。
物の価値はそんなに簡単には変わらないし、元世界では金と同じぐらい貴重な金属でも、ここではゴミ同然なのだ。
とりあえず、当初の目的の一つであった、水回りの改良工事は完了した。
水道管も、井戸から矢倉の水タンクへ揚げるパイプも蛇口も全部白金合金だ。
さすが、タンク丸ごとは作れないので、内部に白金を貼り、シンクも白金板だ。
もう豪華絢爛。
豪華だけではない、白金は腐食にも強いしな。
ついでに、窓枠の押さえも白金にしてみたら、キラキラと光って綺麗な仕上がりになった。
とまあ、白金三昧してみたが、殿下にも何か作ってあげて、白金を見てもらう事にしようと思う。
何が良いかな? と考えたが、殿下がいつも頭に付けているティアラが良いという結論になった。
「よし!」
やることが決まれば、後は行動あるのみ。
まずはティアラのデザインをしてみよう。
俺なんかのデザインに、殿下がどういう反応をするかは不明だが、まあデザインはダメでも白金の地金としての価値を解ってくれれば良い。
この世界のデザインは曲線指向なので、幾何学模様でいってみるか。
無論、俺が描いた物をそのまま作るわけではなく、一応プロに手直しをしてもらうつもりだ。
俺が紙に描いた拙いデザイン画を持って、細工師工房の親方カリナンさんを尋ねた。
細工師と俺が向かい合って座るテーブルの上に、俺のデザイン画と殿下のティアラを作るために雛型が置かれている。
「なるほど、この絵を元に殿下へ献上するティアラを作りたいのですね」
妙齢の彼女だが、さすが親方と言われるだけあって、いつも迫力に押される。
「そうです。 もちろん、私の拙い絵ではどうしようもないでしょうから、カリナンさんが作り直していただいてもかまいません」
「いいえ、この形は面白いので、なるべく使わせていただきますよ」
「そうですか。 それで、蝋型を作っていただきたいのですが……」
「蝋型ですか?」
カリナンはデザイン画を見ながら、目だけこちらに向ける。
「原寸で蝋型を作り、それを使って私の所で魔法を使って鋳造します」
「そんな方法は初めて聞きますけど」
「蝋型は溶けてしまうので、一回しか好機はありませんけどね。 個人的な事なので、お金はお支払いしますよ」
「いいえ~、そんな真学師様からお金を取ったりしたら、後でどうなるか。 オホホ――」
「それじゃ、酒を持ってきましょうか」
「あら、そっちの方が嬉しいわ。 何か凄い美味しいお酒があるとか聞くんですけど」
「それじゃ、酒と引き換えという事で、よろしくお願いいたします」
「承知いたしました」
その他打ち合わせをして、細工師工房を後にした。
カリナンさんにあげる酒をちょっと悩んだが、粟酒があるんで、そいつを熟成させた奴をプレゼントするか。
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ティアラの鋳造に使うための蝋型製作には、しばらく時間がかかるだろう。
蝋型を待っている間に、もう一つの大事な仕事を片づけるか。
それは何か?
磁石の製作だ。
天然磁石ではない、人工的に作られた強力な磁石を作るのが目的。
すでに銅コイルは完成しているので、あとは磁石があれば、発電機、モーターと夢が広がる!
でも現状、電気があってもあまり役に立たない気もするが、電気を使って魔石が充電できるか試してみたいしな。
電気で魔石が充電できれば、バッテリーとして使える。
それと、電気といえば、アーク溶接を試したい。
どうやって磁石を作るのか?
以前、鋼鉄と落雷で作った磁石は、磁力の保持ができなったが――。
ここで、それを可能にするのが、今回苦労してゲットした白金だ。
白金と鉄の合金は強力な磁性体になる。
何故、この事を知っているかと言うと、俺の親父がオーディオを弄っていたんだが――真空管アンプとかそういう類の物。
親父が持っていた古いオーディオの本の中に、スピーカー用の磁石として、白金鉄合金が磁性体として書かれていたのだ。
今は、ネオジムとか強力な磁石が発明されたが、その前は白金磁石は高級オーディオ用として重宝されていたらしい。
当然、白金磁石は高価だったろうな。
祖父さんと親父が工作好きだったので、その手の本は家に沢山あった。
工具や道具も殆ど揃っていたしな。
旋盤やエンジン発電機&ガス溶接機まであって、壊れた農機具の修理とかもすぐにやってたし。
俺自身も愛車を改造したりとか、ガキの頃構造図図鑑みたいな本を見て、手巻きでモータ作ったりとかもやってみた。
まあ、そういう血筋なんだと思う。
あのクソ親父と繋がっていると思うとウンザリなんだが、夫婦は他人でも子は親を選べないからな。
現在存在してるという事は、親の子供だという事実に他ならない。
諦めるしかねぇ。
親父の顔を思い出したついでに真空管アンプで思い出したが、電球作って真空も作れるなら、真空管も作れるな……。
何に使えるか、全然思いつかないが。
う~む、完全にオーバーテクノロジー状態になってるが、異端として追われたりしないだろうな。
まあ、その時はその時か。
白金磁石を作る事に決めたが、合金の配合が解らないので、配合の比率を変えた物を積み上げてコイルで巻く。
それをまた河原に持っていき、魔法で落雷を加えた。
前に、鋼鉄の素材で磁石を作った時はすぐに元に戻ってしまったが、白金合金では時間が経っても磁力を失う事はなかった。
作ったサンプルの中から、一番磁力の強い配合の物を選べば良い。
配合の決まった白金磁石を脇差しにくっつけると、取るのが困難になるぐらいの強さだ。
さて、磁石もやっと出来たし、コイルでも巻くか。
発電機を作るが、発電機もモーターも構造は一緒だ。
マ〇チのモーターに豆電球を付けて、モーターを回せば電球が点く。
交流発電機、直流発電機どっちを作るか?
魔石から出るのは交流という事で、まずは交流発電機にするのが、良いと思える。
交流発電機、直流発電機の違いとは?
マ〇チのモーターを分解すると解るが、直流モーターは中心の回る部分にコイルが巻いてあり、外側に磁石がある。
逆に交流モーターは、中心の回転部分が磁石で、外側にコイルが巻いてある。
この違いだ。
昔手巻きでモーターを作った事があるので、アバウトな構造を把握しているし、そんなには難しくはないと思える。
交流発電機も、愛車のジェネレーターが交流だったからな、何回もバラして構造は覚えているから、あれを作りゃ良い。
肝心なのは、回転子のバランス取り。
何回か手回しして、下に印を付ける。 重さが偏った場所があれば、そこが毎回下に来るから、そこを削れば良い。
そうやって、バランスを取っていく。
ガキの頃に作ったモーターはバランス取りもクソも知らなかったので、ガタガタと回る今にも壊れそうな代物だった。
しかも2極モーターだったから、手を使って反動を付けないと回らない。
う~ん、懐かしい。
まさか、こんな異世界で発電機のコイルや磁石まで自作するとは夢にも思わんし。
まずは、細い竹筒に巻いた小コイルをつくる。 竹筒の太さは寿司のカンピョウ巻きぐらい。
そのコイルをラーメンドンブリぐらいの円周上に設置、その中心には回転する自作の白金磁石。
元世界にあるような立派な金属ケースに入ってるわけでもなく、木のフレームに剥き出しのコイル。
カバーは竹で編んだ籠で、全部手作りだ。
試作した小さな交流発電機に、ギアを介して回るハンドルを取り付けて――。
電球を繋いでグルグルと回してみると、明るく光りが灯る。
成功だ。
まあこれは、全部元世界の物をなぞっているだけなので、魔石が電池になるのが解った時のようなワクワク感はないな。
でも、次の実験には期待に胸が膨らんでいる。
早速、魔石に繋ぐ実験をしてみよう。
これが上手くいけば魔石に充電できて、バッテリーとして利用できるはず。
――はずだったのだが。
上手くいかない。
確かにコイルの上に空の魔石を置き発電機を繋ぐと、若干は充電されるような感じなのだが……。
色々とためしていると、なんとなく理由が解った。
空の魔石へ充電されると、魔石からの起電力が逆流してしまい、すぐに充電出来なくなってしまうのだ。
考えてみれば、当然――なのだが。
くそぉ、こんな事に気がつかないとは!
これが、直流ならダイオード等を入れて、逆流を防ぐ事が出来るのだが、交流の電池なんてあり得ない代物だからなぁ。
元世界なら交流の周波数を電子制御で――とかでナントカなるかもしれんが、解らん。 俺の理解を完全に超えてしまった。
当初のワクワク感は消え去り、俺の心は落胆の海へ沈んだ。
でも発電機は出来た。
最初に交流発電機を作ってしまったので、後で作るのも交流発電機にするが、元世界の発電機も発電機といえば交流だった。
何か理由はあると思うのだが、よく解らん……。
ただ、交流から直流を作るのは簡単だが、直流から交流を作るのは難しいので、そのせいだろうかとは思う。
しかし、魔石に充電出来なかったのは残念だったなぁ……。
電池とモーターがあれば、車とかも出来たのに。
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交流発電機ですったもんだしているうちに、殿下のティアラを作るために蝋型が出来てきた。
あとは鋳造するだけなのだが、工房は人が押しかけている。
カリナンさん、ラジルさん、ラルク少年、殿下だ。
「これが、新しいティアラの形か」
「ああっ、せっかく新しいティアラを殿下に贈り物として見せて、驚かそうと思っていたのですが」
カリナンさんが俺のデザインを上手くアレンジしてくれたのだが、直線が折り重なった模様が描かれた今までにないデザインの物だ。
俺の下手な絵から形にしてしまうんだから、まったくプロの職人は凄いとしか言いようがない。
「それに、初めてやる方法で鋳造するので、失敗するかもしれませんよ」
「しかし、蝋型で鋳造とは初めて聞きましたなぁ」
ラジルさんが、カリナンさんが作った美しい蝋型をみて、腕組をしている。
まずは、箱の中に砂とティアラの蝋型を入れて、固める。
砂はなるべく細かい物をフルイに掛けて用意して、それに若干糊を混ぜてある。
蝋型がスッポリ隠れるぐらい砂で埋めてしっかりと固めると、溶けた白金を注ぎ込む湯口を開ける。
同時に箱の下にも穴を開ける。
「これで、箱を暖めると下から蝋型が溶けて流れて、鋳造の砂型が出来るわけです」
「ほう、なるほどな!」
「ふむふむ、なるほど……こうすることで、細かい複雑な物の砂型を作れるのですな」
「いや~こんな方法は初めて見ましたわ」
「凄いです!」
ラルク少年は興味津々で、覗き込んでいる。
蝋型が抜けた後は、下の穴を塞いで溶けた白金を注ぎ込むだけだ、結果はアマテラスだけが知っている。
苦労して作ったイリジウム製の坩堝の白金の地金を入れて炉で加熱すると同時、魔法でブーストを掛ける。
土間に水分があると、液体の金属が触れた場合水蒸気爆発を起こす危険性があるので、事前に魔法を使って念入りに乾燥させている。
坩堝の中が灼熱の液体になったのを確認すると、ラジルさんに手伝ってもらい、2人で坩堝を運んで鋳造型の湯口に注ぎ込むと――。
白い煙と焼ける臭いが、室内に充満する。
「ゲホッゲホッ! 狭い室内でやることじゃなかったな。 殿下、御服に臭いがついてしまいますよ」
「構わぬ」
慌てて窓を開けるが、殿下は微動だにしないで、現場を眺めている。
十分に温度が下がったのを確認してから、魔法で常温まで冷やす。
いきなり高温から冷やすと、金属の組成が変わってしまう可能性があるからな。
砂型を壊すと、砂に入っていた珪素が溶けた結晶に塗れた、ティアラが姿を現す。
「ちょっと表面が荒れてますが、形は崩れてないですね。 上手くいったようです」
「ほう、まさかこれで完成ではあるまい?」
「もちろんです。 これをカリナンさんに渡して、磨きを掛けて仕上げてもらいます。 最終的にはこのような感じに――」
俺は、試作で作った猫の文鎮を見せる。
「これは、銀ではないのか?」
「いいえ、白金――白い金です」
「白い金だと? そんなのは、初めて聞いたわ。 其方、金など作れぬと申したであろ?」
「白い金と申しましたが、金ではありません。 別の金属で、私がクズ銀から練成した物です」
「なんだと……クズ銀から? それで、其方はクズ銀を運んでおったのか」
銀とプラチナ、双方色は似ているが、プラチナには大きな利点がある。
それは腐食に強いという事だ。 銀はいぶし銀と言われるように、すぐ錆びて黒くなってしまうが、プラチナはその心配がない。
「ほう、黒くならないのか、それはありがたいの」
「欠点としては、簡単には溶けない事ですね。 おおよそ金の2倍の温度でないと溶かすことができません。」
「それは難儀だの……これは商売にはならぬか?」
「ちょっと、難しいですね。 あくまで私の趣味でやったものですから。 値段を付けるとなると、手間隙考えて金の2倍の値段でなら」
「話にならぬ!」
殿下が、脚を踏みならした。
「ショウ様、この坩堝は何で出来ているのでしょう?」
ラルク少年がイリジウムの坩堝に興味を持ったようだ。
「ああ、それはイリジウムという金属だよ。 それは、さらに熱に強くて、金の2倍半の温度がないと溶けないんだ」
「そんなの、どうやって溶かしたのですか?」
「魔法でも溶けなくて、最後は雷を使って溶かしたんだよ。 使った雷も結局魔法なんだけど、苦労したよ」
「雷で!」
「ああ、それで其方は雷の魔法を使っておったのだな。 いったい何をしているのかと、話題になっておったのでな」
「まあ、変人の真学師のやる事をあまりお気になさらずに」
俺が笑う。
「まったくの、其方と一緒にいると、夢の中にでもいるのではないかと疑いたくなるような、信じられぬ事ばかりだ」
「そんな心配なさらずとも、この世界はアマテラスの夢の中の出来事でございますよ」
「やめよ。 其方がそういうことを申すと、洒落にならぬ」
荘子の胡蝶の夢という話や、人類の歴史が宇宙人やら神のシミュレート世界なんて話はネットでもよく見かけたが。
この世界が――まさかな。
考えると怖くなるんで止めよう。
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白金を利用する目処がついたので、さらに集めようと商人に当たってみたが、どうやらフリフル峡谷でしか採れないようだ。
確か元世界でも川から採れる白金は珍しかったはずだから、こんなに採れるほうが珍しいのかもしれない。
白金に価値がある世界なら、特産品になるのにな。
でも、もう少しテクノロジーが進歩した世界になれば、確実に値段は上がるだろう。
一応、フリフル峡谷で採れるものは俺が1kg銅貨2枚程度で買うという話にしたので、小遣い銭欲しさに獣人達が持ってくると思ってる。
発電機を弄って思ったが、コイルがあって電池代わりになる魔石があれば電磁石は作れるな、ということはリレーは作れるのか。
リレーが作れれば、リレー式の計算機は作れる。
う~ん、電気式の計算機とかかなりのオーバーテクノロジーだけど、この世界じゃ膨大な計算をするって機会自体がないからな。
かなり大きな代物になるし、その上使い道があまり無いとなると、作っても意味がない。
元世界でも、電子計算機は戦争のための弾道計算用だったしな。
計算機ならソロバンで良いじゃん。
あ、そうだ。 ソロバンでも作るか。
竹ひご用の竹もあるし、ソロバンの珠は旋盤で作れる。
一応、ガキの頃珠算を習って、4級だか5級だか持ってるしな。
「ご破算でねがいまして~は、ってな懐かしいな」
ティアラが磨き上がったというので、細工師のカリナンさんには粟酒の魔法熟成酒をプレゼントした。
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磨き上がった白金のティアラを頭に掲げて、殿下が俺の工房でパンケーキで作ったフレンチトーストモドキを食べている。
「美味いの……」
「それはよろしゅうございました。 それは、皆さんに好評ですよ」
「であろうな。 それにしても、窓にもキラキラが増えているではないか」
「ガラスの押さえに白金をあしらってみました。 殿下の執務室も大きな窓ガラスを入れたら如何ですか? ミルーナ様の所で、生産は順調という事ではありませんか」
「考えておる」
「白金のティアラは如何でしょうか?」
「本当に錆びぬのだな しかしのう……」
殿下は商売にならないのが不満のようだ。
銀と印象が変わらぬのに、価格が金の2倍では売れないだろう。
それは、殿下も解っている。
「うむ……」
「まあ、今のところ殿下だけの物でございますよ」
「そう言われると、悪い気はせぬが。 このような物は帝国の皇族でも持っておらぬだろうし」
「無論です。 ところで、フィラーゼ様は子爵から伯爵になられたとか」
「うむ、ガラスが売れればすぐに侯爵だ」
「順調ですな」
「まったくの」
殿下はミルクを一口飲んで、何かを切り出そうと考えているらしい――迷っている?
「ところでの」
「はい」
「其方、ステラ殿を縛りあげて、色々といたしたそうだの」
「はいぃ? どこからそんな話を!」
「本人だが」
なに考えてんだ、あの糞BBA! 普通そんな事しゃべらねぇだろう?
信じられん、マジで意味不明なんだが。
「いや、ライラ誤解だよ。 あのBBAがあまりにしつこいから、お仕置きをな……ちょっと」
「妾にそのお仕置きとやらはないのか?」
「ある訳ねぇ~」
「つまらぬの。 妾だけいつも蚊帳の外ではないか?」
「そんなつもりはないんだがなぁ。 俺はいつだってライラの為、ファーレーンの為って思ってるよ」
「……」
「ゴメン、ちょっと嘘臭かったけど、本当だぞ。 俺が言うと超嘘にしか聞こえないけどな」
「……」
殿下は、俺の事をじ~っと見つめている。
「あ~解った。 ライラは白金は商売にならないから、機嫌が悪いんだな。 この前のネコ車だって考えてあげたじゃないか」
「あれは、儲かりそうだな」
「俺が此処へきてから、沢山儲けたろ?」
「確かに、金は満たされたが、心は満たされておらぬ」
「それは難しいな。 両方満たされている奴ってのは、中々いないぜ」
「……どうやって縛ったのだ?」
「縛ったっていうか、手首を固定しただけだよ」
「あらぬ秘所を縛ったりとか、食い込ませたりしたのではないのか?」
「ないない、絶対にない。 帝国の薄い本の読みすぎだっての、まったくもう……あ、そうだ」
おれは工房へ行くと、作ったソロバンを持ってきて、殿下に見せた。
カチャカチャとソロバンを振る俺の姿をみて、楽器か何かと思ったようだが。
あなたのお名前なんて~の? 親父がやってたネタだ。
「それは?」
「これは、ソロバンっていう計算機だ」
「なに? どうやって使う」
「こうやって、1から10まで足してみると――55」
俺がパチパチと珠を弾いて計算をしてみせる。
「なん……だと……」
「ちなみに、1から20まで足すと、210。 商人が使っている、縄に似ているだろ?」
この世界でも、縄に結び目を付けたり、竹の洗濯ばさみみたいな物を挟んで計算する計算機をみた事がある。
「確かに……しかし、何故そんなに早く計算できるのだ!」
「まあ、慣れだよ。 それと1桁の四則演算を出来るのが前提の計算機だからな。 999×999をやってみよう。 81、81……998001」
もっと簡単な計算方法があるが。
「なん……だと……ありえん! 魔法なのか?」
「違うって、これで計算してるんだよ。 もっと達人になるとな、頭の中でこの計算機を使う事で、膨大な計算も一瞬でできるようになる」
「なん……だと……」
殿下はなん……だと……としか言ってないが、さっきまで殿下にとりついて頭の中に渦巻いていた、邪な思考を追い出すのには成功した。
殿下はソロバンに釘付けだ。
計画通り。
早速、商人達が集められたが、全員見た瞬間に飛びついた。
すぐに有用性が解ったのだろう。
なんと言っても携帯性が良い。
すぐに懐から出して、パチパチと計算ができる。 面倒が要らないのだ。
ソロバンが売り出されると、あっと言う間に大陸中へ広がった。
ちょっとした露天の店主までパチパチと計算している。
元世界の曾祖父さんのところに上が2つ珠で下が5つのソロバンがあったが、ソロバンの起源だった中国では単位が16進だったので、そういう仕様だったみたいだ。
コンピュータは16進を使っていたから使えそうだけど、コンピュータがあるならソロバンは要らないよな。
近所の視覚障害者の方が使っていたソロバンも変わっていたな。
珠がシーソーになっていて、パタパタと倒れるのだ。
そんなソロバンを使って、上手く殿下を宥めて誤魔化して一安心していたら、いつのまにか城下町にまで――。
俺がエルフを縛りあげて、アレコレヤリまくったとい噂が流れていた。
くそぉ! なんだこりゃ! あのBBAの嫌がらせか! 嫌がらせなんだろ?!
魔女の愛人で、数多の王侯貴族共を呪殺し、手に入れたお姫様やエルフを手込めにしつつ、獣人も好きな真学師……そんな噂が流れ、俺のイメージがマジで悪魔に近づいていく……。
どうしてこうなった。





