62話 フリフル峡谷
砂金が出るというフリフル峡谷という所へ向かってるが――。
何故か、師匠が一緒にいる。
川沿いにしばらく進むと、峡谷の入口が見えてきた。
峡谷の入口には、ファーレーンによって砦というか関所が建てられ、ゲートは頑強に閉じられている。
砦は、石と木材が半々ぐらいで、ゲート部分は丸太だ。
峡谷への入口は此処だけ。 無論、崖を昇ったりすれば進入できない事も無いが、50mの崖を登るのは魔法を使っても中々大変だろう。
つまり、峡谷への入口のココを押さえるだけで、鉱山が守られるという事だ。
ここまで、他国の軍隊が入り込む事もないし、相手は精々野盗の類ぐらいだ。
パッと見、20人ほどの兵士が見える。
関所に到着してしまったが、師匠はどうする?
そんな事を考えていると、関所の上から声が掛かる。
「止まれ~! 此処はファーレーンの直轄地フリフル峡谷への入口故、許可無く立ち入る事は許されていない!」
関所の上から、鎧に身を包んだ兵士が叫ぶ。
他の兵士より、ちょっと上等な物を装備しているから、ここの責任者なのだろう。
「私は、ファーレーンの真学師、ショウ! 畏れ多くもライラ妃殿下から命を受けて、フリフル峡谷へ向かう者也!」
「真学師?」 「真学師?」
あちこちからそんな声が聞こえる。
しばらく待っていると、ゲートがほんの少しだけ開き、上から声を掛けてきたここの責任者らしき兵士が顔を出す。
「真学師様ですか?」
「そうだ。 殿下から、許可も貰っている。 これが命令書だ」
その兵士に、ファーレーンの蝋印を押された命令書を渡す。
命令書は紙だったが、俺が漉いた紙ではない。
やっと、紙がチラホラと巷でも出回ってきたようだ。
兵士は俺から渡された命令書を確認している。
「あの……、人数は1人という事なんですが……」
「ほら、師匠!」
俺は師匠の方を向いて話しかけるが、師匠は明後日の方角を見て恍けている。
その時――。
「おい、魔女だぜ」 「あれが、魔女か」 「本当か?」 「マジ胸デケぇな」
関所の上からそんな声が聞こえたのに、師匠が反応した。
師匠が関所の上を睨み付けると、そこへ青い光が集まっていく。
「ちょ、ちょっと師匠、何やってんですか!」
俺は慌てて、懐から紙鉄砲を取り出すと、スパーン! と一閃させた。
紙鉄砲の音にビックリした師匠が飛び上がると、ピンク色の光が飛び散る。
何が起こったか解らなかった兵士達だが、今の光が魔法の発動だと知って、ワラワラと逃げ始めた。
「師匠! 砦を吹き飛ばすつもりですか?!」
「だ、だって……」
「だってじゃありませんよ。 もう、帰った! 帰った!」
「ええ? ちょっとショウ!」
師匠の背中を押して強引に帰らせる。
ションボリと帰っていく師匠が、たまにこちらを見るが、ダメですよ! と念を押す。
こんな事やってたら、いつまでたっても、峡谷へ到着できないじゃないか。
師匠の姿が見えなくなったのを確認してから、改めて関所の兵士と話す。
「申し訳ございません。 ここを通るのは私1人だけですので」
「承知いたしました。 あの方がそうなんですか」
兵士があれが噂の魔女なのか? って顔をしている。
「ハハ……そうです」
もう、師匠のせいで、非常にバツの悪い事になったじゃないか。
関所通るだけなのに、なんでこんな事になるんだ。
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無事に関所を通り、峡谷の中へ入る。
両脇を高い崖に囲まれた、文字通りの峡谷だ。
細い道が橋を挟んで葛折りに峡谷の奥まで繋がっている。
急流にデカい岩がゴロゴロと転がっている。 10mぐらいありそうな巨大な物もある。
こんなデカイ岩が流れてきてるって事は、鉄砲水が起こったりするんじゃないのか?
岩だらけなのは解るが、植物が少なすぎるな。
採掘に水銀とか使って、汚染されてるんじゃないだろうな……。
そんな事を考えながら、峡谷を遡っていくと、再び丸太で出来た砦が見えてくる。
「止まれ~!」
再び、峡谷の入口にあった関所と同じようなやりとりをした後に、やっと鉱山の内部に入る事が出来たが、なんだかんだで時刻は昼前になっていた。
鉱山というか、大規模露天掘りでもしているかと思ったが、重機のないこの世界でそんな事は到底無理。
スコップで土を堀り起こして、長い鉄板の上に水と一緒に流すと、比重の重い金は流れずに残る。
あちこちで、そんな斜めになった鉄板が置かれて、屈強な男達によってそんな作業が行われている。
水を汲み上げるのに沢山のガチャポンプが稼働しているが、パッと見、獣人が多いようだ。
やはり単純労働だし、パワーが必要なので獣人が好まれているのか?
水銀の心配をしたが、そんな物が使われている様子は無く、一安心。
ぐるりと全体を見回していると、ここの責任者という男がやって来た。
ちょっと小太りで、真ん中わけの茶髪に、口髭を生やしている。
「初めまして、ここの責任者のロンデル・ラ・フーシェルです」
鎧は着ていないが、一見上等な服だし名前からして貴族なのだろう。
「こちらこそ、初めまして。 ファーレーンの真学師、ショウです」
「ご高名なショウ様お会いできまして、光栄の至りでございます」
その男が、深々と礼をする。
「高名ってあまり良い噂じゃないでしょうけど」
「何を仰います。 ここでも、ショウ様が理を明らかにされた、あのガチャポンプとやらが、活躍していますぞ」
「ガチャポンプが来て、作業効率は上がりましたか?」
「それはもちろんでございます。 水を入れた桶を持ち上げるのは大変ですからな」
聞けばこのフーシェル、貧乏貴族の6男坊らしい。
貴族でも、6男ともなると仕事もロクにないらしく、こういう仕事があるだけでもめっけもんのようだ。
命令書にあった視察の件を話し、了承してもらった。
勝手に見て回るので、案内などは必要無い旨も伝えたが、彼的には少々残念だったようだ。
ここで、お城に良い印象を与えてもっと良い仕事を――と踏んでいたのだろう。
まあ、俺は殿下に近い場所にいるのも知っているだろうし、気持ちは解るがな。
「犬人と猫人が一緒に働いているようですけど、いざこざ等は? 仲が悪いと聞いてますけど」
「多少の対立はありますけど、大丈夫でございますよ。 問題を起こせば、奴らも金になりませんからな」
「なるほど」
獣人に犬人がいるのは知っていたが、ファーレーン界隈には猫人しかいなかったので、犬人は初めて見たな。
第一印象は――犬人の尻尾はフサフサだ。
う~ん、モフモフしたいわ。
上流まで鉱山を見て回るが、結構上流まで人が入っているようで、働いている人数はざっと見500人程か。
ただ、直接働いている人数500人だが、その世話を仕事にしている者もいる。
砦がある場所は、小規模の街のようになって、食堂、飲み屋、洗濯屋、風呂屋等が並んでいる。
値段は高めだが商店もあるようで、こういう所を専門にしている商人もいるらしい。
働いているのは男ばかりではなくて、女もそれなりにいる。
こういう場所で働いている女は、普通の仕事と同時に身体も売っているのが普通で、逆に売り専門という女はいないようだ。
金の持ち出しを監視するために、隔離された土地なので、全てこのなかで生活に必要な物を賄えるようになっていると言う。
店ばかりではなく、金を掘り尽くして土のある場所には僅かながらも畑が作られて、野菜が実っている。
もうなんでもありだな。
医者はいないが、この世界の医者の実力は推して知るべしで、治癒魔法を使える魔導師が1人いるようだ。
まあ、無難な選択と言えよう。
逆に言うと、だから医術が発達しないんだけどな……。
グルグルと現場を見回っていると、次第に俺の方を見ながらザワザワと話し声が聞こえてくる。
大方、物好きの真学師とやらがやって来ていると、噂が流れているのだろう。
隔離されて娯楽の無い場所だ。 面白そうな話があればすぐに広まるに違いない。
上流まで見て回り帰ってくると、またここの責任者というフーシェルという貴族につかまった。
水銀の話をすると、以前水銀が使われた事があったらしく、沢山中毒者と鉱毒汚染を引き起こして禁止されたらしい。
下流に植物が少ないのはそのせいか。
鉱毒じゃ、虫も使えないしな。
その虫はここでも大活躍だ。
狭い土地に僅かにある畑の肥料として肥が使われている以外は、全て虫のエサになっているようだ。
そんな話を貴族様と話していると、鐘が鳴る。
昼の合図だ。
ぞろぞろと、男達が集まってきて、街はごった返す。
食堂の容量がそんなに無いので、おおよそ1時間毎に交代制で食事を取るようになっている。
食事代、酒代、その他全部自腹、ここで給料が支払われて、皆ここで使う。
別に束縛されているわけでもなく、いつでも辞められる。 もちろん、辞める時は身体をチェックされるが。
そんな食堂の一つに入れてもらった。
「良いのか? 順番で待ってる人がいるんだろ?」
「良いってことよ! ファーレーンのショウ様と言えば、獣人の味方じゃねぇですかい!」
「おお、獣人に嫌がらせをしてた、ダルゴムとかいう悪党をぶっ殺したんでやんすよね」
獣人達に囲まれて、そんな話をされる。 どうやら、獣人達の間で俺は人気者らしい。
無頼達のアジト潰した時に1人見逃してやったが、あいつが良い仕事をしてくれているようだ。
「『黒のミミカ』 って有名な魔導師をやったってホントなの?」
犬人の女が話しかけてくる。
「ああ、ホントだよ」
「すご~い!」
茶色に黒い毛が混じっている、垂れ耳の犬人の子が、キャキャと喜んでいる。
「とりあえず、話より飯を食わしてくれ。 腹が減った」
「ここには、その日1種類の料理しか無いんだよ」
「そうなのか? スープはあるだろ? パンは自分で持ってきたのを食うから、スープだけくれ」
「うん解った、持ってくるよ」
なんか性的アピールをするようなポーズをすると、彼女は奥に消えた。
垂れ耳の子が俺の側を離れると、それと代わるように黒ブチ模様の毛皮を纏った猫人の女が、俺の膝上に滑り込んでくる。
ファーレーンのオニャンコポンでもこんなシーンがあったが、獣人の女がこういうポーズをするのはデフォなのか?
スープが来るまで手持ち無沙汰なので、黒ブチの尻から背中をサラサラと撫でていると、長い尻尾が絡みついてくる。
喉を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしている黒ブチだが、どうもこのブチ色というのは獣人達には人気が無いらしい。
人種には解らん感覚だが、三毛は良いらしい。
う~む、よく分からん。
顔は可愛いし毛並みも良いんだが、色模様で好みが分かれるというのはちょっと理解不能だな。
これが、人種の隔たりというやつか。
「ギャー! この泥棒猫、ふざけやがって!」
垂れ耳の子が戻ってくると、牙を剥き出しにした。
黒ブチは知らん顔だ。
垂れ耳は、持ってきたスープをガチャ! とテーブルの上に置くと黒ブチに掴みかかった。
「あんだよ! イヌっころにそんな事を言われる筋合いはねぇんだよ!」
「てめぇ!」
俺の前で2人の獣人がつかみ合っているその最中、俺は椅子を引いてそれを見ていたが、黒ブチが脇腹をポリッと掻いた――。
ピン! 何かが飛び出した。
ん? なんだ? もしかして……?
「おい、もしかしてそっちの子、ノミがいるんじゃないのか?」
俺が、黒ブチを指さす。
「にゃ!!」 「げ!」
固まる二人。
周りも固まり、注目される黒ブチの背中から――。
ピピン!
「うわぁぁぁ!」 「ぎゃあ!」
逃げまどう獣人達。
「離れろ! このブチ猫が~」 「こうなりゃ、死なば諸共にゃ~!」
阿鼻叫喚の果て、食堂からは獣人達が誰もいなくなった。
一応、ノミが落ちた辺りを魔法で加熱して、僅かに残った人の男達と静かに飯を食う。
スープは芋と干し肉の塩辛いスープ。
まあ、肉体労働がメインだし、塩分多めは仕方無いが出汁が足りない。
俺は、鞄から昆布の粉末が入った小瓶を取り出すと、スープへ振り掛けた。
うん、まあ食える味になったわ。
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塩辛いスープを飲んで喉が乾いたので、水を探す。
川の水は当然ダメだ。
探すと、崖面から湧き水が出ている場所を発見したので、竹で作った水筒に汲む。
水を飲んでいたら、またフーシェルという貴族につかまった。
なんとか胡麻をすりたいのだろうが。
「まさか、真学師様が獣人達と食事をするとは思いませんでしたよ」
「いや、ここの労働者が実際にどういう生活をしているのか、確かめなければなりませんし、問題があれば殿下に改善を進言しなければなりませんから」
それを聞いた、貴族の顔が青くなった。
「な、何か問題はございましたか?」
「いえ、食事の種類が少ないのは可哀相だとは思いましたが、ここでは食料を調達するのも大変でしょうし、やむを得ないという所でしょうね。 その他、気になった所はありませんでしたよ」
貴族様は、胸を撫で下ろしたようだ。
まあ、俺が報告するまでもなく、半年に1度お城に呼び出されて魔法による査問を受ける。
その時に、悪さをしていれば――例えば金をチョロまかしたりしていれば、そのまま首が飛ぶ。
そう考えると、結構過酷な役職だな。
ついでという事で、ここに来た本当の目的である、クズ銀という白金らしき物について聞いてみる。
「ここでクズ銀という鉱物が出ると聞きましたが……」
「はい、確かに」
「ちょっと見せてもらえませんか?」
「はい? 解りました。 こちらです」
なんだかよく解らない物を見たいというので、困惑しているようだ。
案内された場所は、鉱山の隅にあった。
粗末に建てられた屋根だけの小屋に、大きな瓶が積んであり、中には銀色の鉱物が詰まっている。
話を聞くと、金に混じると大変なので、こうやって集めているらしい。
ここで砂金が見つかった十数年前から貯めているものらしいが、中を覗いても腐食している気配はない。
白金で間違いなさそうだ。
ちょっと動かしてみるが、かなりの重量がある。 1瓶200kgぐらいか?
全部で5つあるから、え~と1t!
元世界で、グラム3500円として……35億円!
でも、100%プラチナって事はないだろうから、80%として28億円!
キター! でも、この世界じゃ、ゴミ同然。
「フーシェル様、ちょっと小遣い稼ぎをしてみませんか?」
「え? 小遣いですか?」
思いもよらない申し出に、ちょっと驚いている様子。
「このクズ銀をお城にある私の工房まで運んでほしいんですけど」
「クズ銀をですか? まあ、ゴミと一緒ですから。 何にお使いになるので?」
「クズ銀は熱で溶けないでしょう?」
「はい、それ故嫌われてますね」
「でも、私の魔法を使えば溶かす事が出来ます。 熱に強いので坩堝に使ったり、この通り腐食しないので、腐食を嫌う場所に利用します」
まあ、嘘をついてもしょうがないので、正直に話す。
元世界じゃ金並に価値がある金属だが、ここじゃ二束三文だし……。
「はぁ……、真学師様は変わった物をご所望なさいますな」
「どうでしょう、運賃に金貨1枚(20万円相当)出します」
「う~む、これだけの重量を運ぶとなると、荷馬車を2台出さなければなりませんなぁ」
暗にもっと出せと言ってるようだ。
「それでは、思い切って金貨3枚(60万円相当)出しましょう」
「3枚ですか! 承知いたしました!」
フーシェルの態度がコロリと変わる。 この現金な奴。
貴族と言っても、貧乏貴族の6男。 生活はあまり楽ではないのだろう。
楽なら、こんな仕事をしているはずはないからな。
思わぬ臨時収入に小躍りしている貴族様と打ち合わせをしていると、上流の方が騒がしくなっている。
走り回っている男達に話を聞くと、落石事故らしい。
上流から、板に寝かされたトラ柄の獣人が、多人数に囲まれてやって来た。
マジでデカいトラみたいな屈強そうな獣人だが、その左足は砕けて骨が露出している。
思うに、石の下敷きになって挟まったのだろう。
「兄貴ぃ! すまねぇ! 俺なんかのために」
「なに、良いって事よ。 俺なんてあと10年も生きられねぇ。 若い奴の代わりになるのは当たり前でぇ」
そんな獣人達のやりとりに、俺は割って入る。
「止血するには、もっと上のほうを縛らないとダメだ」
俺は、もう一本紐を用意させると、太股の股に近い部分を縛り直した。
「それでな、こうやって棒を使うんだよ」
縛った紐に棒を差し込むと、クルクルと捩じって紐を絞めていく。
「なるほど、あんたは……?」
脚を怪我したトラ柄の獣人が聞いてくる。
「俺は、ファーレーンの真学師、ショウだ」
「あんたが……へへ、地獄で神様か」
「神様じゃなくて悪魔だけどな。 俺の魔法の実験台になれば、タダで治療してやるが、どうだ?」
俺は、傷口を確認しながら、獣人に提案する。
「タダで?」
「ああ、この脚の怪我じゃ切断するしか無いが、もしかしたら俺の魔法で治せるかもしれん。 その実験台になるならって話だ。 普通なら、金貨ウン百枚取るところだがな」
「おもしれぇ、俺も切るのを覚悟してたが、これが治るってのか?」
「上手くいけばの話だ。 失敗したら、どの道切断しないとダメだぞ」
「よっしゃ! 乗ったぜその話」
「兄貴!」
「心配するな兄弟。 この怪我じゃ、脚を切っても死ぬかもしれん。 戦場でそういう奴らを沢山見てきたからな」
「元傭兵か?」
「ああ、なんとか運良く生き延びたんだがな。 まったく人生何があるか解らねぇ」
そりゃ、不衛生な戦場の泥中で怪我をすれば、それだけでも命は危ないだろう。
「そうと決まれば、早速やるか。 桶にな、綺麗な水と、酒を汲んできてくれ」
消毒用アルコールも持ってきているが、全然足りない。
こんな大手術をするなんて思ってないからな。
「酒? ぶどう酒で良いんですかい?」
「それしか無いなら仕方無い。 それから薬草が足りない、コレを探してきてくれ」
俺の鞄から、ヨモギとノコギリソウの粉末を出して、獣人達に匂いを覚えてもらう。
「片方はフーパだな。 こっちは解らねぇが、臭いは覚えたぜ」
「こっちは、ノコギリソウと言って、葉っぱがギザギザになっている植物だ。 珍しくはないから、そこら辺に生えていると思うが」
「解りやした!」
「それから、ヤナギの皮を剥いできてくれ」
「痛み止めと熱さましだな」
傷を負った獣人が呟く。
「お、知っているのか?」
「まあな、怪我が付き物の傭兵達には有名だぜ」
なるほどな。
まずは蜘蛛毒の麻酔を打ち、ここの責任者のフーシェルには、治癒魔法を使えるという魔導師を呼んでもらう。
「な、なんだ、脚の感覚が無くなってきやがったぜ!」
「痛みを取るために、麻痺させてるんだ」
「コイツは良いや……戦場にこれがあればなぁ」
汲んできてもらった水を消毒するために、一旦加熱して冷やす。
その水で傷口を洗っていると、魔導師がやって来た。 背の高い、ひょろりとした若い男の魔導師だ。
「とりあえず、治癒魔法を掛けてください」
「え? こんな大怪我に、治癒魔法は……」
「あくまで補助ですよ。 治療自体は私の魔法でやりますので」
「……解りました」
なんだか、納得してないようだったが、治癒魔法は掛けさせた。
薬草を探しに行った連中も戻ってきて、ヨモギとノコギリソウも揃ったので、魔法で乾燥させて粉に。
ぶどう酒で手を洗い、手伝ってくれる獣人達の手も洗ってもらう。
血止めのノコギリソウを傷口に振りかけて、俺は手を鳴らした。
「さて、繋いでみるか」
まずは、脛の太い骨から試す。
獣人達の手を借りて折れた脚を固定し、露出した骨を再生魔法で繋いでいく――。
――と、思いもよらないスピードで骨が再生する。
「お! 事前に治癒魔法が掛かっていると、再生が早い!」
これは発見だ。 魔法の相乗効果か? これだけでも、試した価値がある。
次にちぎれた太い血管を再生して、吻合した後、脛の細い骨も繋ぐ。
「完全に潰れてしまった肉は、腐ってしまうから切るしかないな。 脚が動かし辛いとか後遺症は残るかもしれん」
「解りやした。 ホントに、脚が残るだけでも奇跡ですぜ」
筋肉も可能な限り再生して繋いでみるが、これが本当に動くかどうかはマジで解らん。
最後に俺の消毒用アルコールで消毒してから、皮膚を再生縫合して施術完了だ。
「これで後は、定期的に治癒魔法を掛けてもらえば、腐って脚が落ちるという事はないだろう」
「はは、なんじゃこりゃ! マジで脚が繋がったぜ!」
自分の脚を見て、喜ぶトラ柄の獣人。
「兄貴! 金貨数百枚得しましたね」
「まったくだ! ハハハ!」
ここの責任者のフーシェルも、魔導師も、獣人達も何が起こったのか信じられないという顔をしている。
俺には、治癒魔法との相乗効果が大きな収穫だったな。
後は魔導師もいるし、痛み止めのヤナギも知っているようだから、任せても大丈夫だろう。
なんだか獣人達はお祭り騒ぎだが、俺は魔法を使い過ぎで疲労困憊だ。
お祝いをしたいと言っているが、俺は立っているのも辛いのでそれを断り、寝床を用意してもらう。
木造平屋の粗末な建物だが、一応来客用の建物があるようだ。
中を確認すると、ベッドと横にある小さな棚。 それだけだ。
一旦外に出て魔法で中の温度を上げて蒸し焼きにする。
もう、魔法は使いたくないんだが、これは仕方無い。
サウナ状態になった建物に入って窓を開けると、さらにベッドを加熱。
全部虫除けだ。
昼間に見かけたノミとかダニとか、南京虫とかな。
部屋が冷えるまで、飴玉を3個ばかり口に放り込み床に寝ころがると、涼しい風が部屋を通り過ぎていく。
うっかりそのまま寝そうになるが、重い身体を起こして戸締りをしてから、部屋の真ん中に結界用の魔石を起動させた。
これは、滝の側にある師匠の家に仕掛けてあるのと同じ類の物で、金貨1枚で師匠に作ってもらった。
後は、結界キャンセル用の魔石を首に掛けて寝ればOKというわけだ。
ベッド脇のテーブルにお城から持ってきた魔石電灯を置くと、一日で色々とあり過ぎた俺は、ぐったりしてベッドに潜り込んだ。





