61話 エルフったらつったかた~暴走だ~
その日は、珍しくステラさんの部屋にいたが、部屋を訪ねた時――以前に比べてかなり明るく感じた。
久々のステラさんの部屋でどこが変わったかと言えば、窓のガラスが透明な物になっている。
……コレ、俺の所から持っていったやつだろ?
以前は、小分けにしたステンドガラスのような濃い色付きのガラスが嵌まっていたのだが、それを一枚板の透明なのに作り直したようだ。
積んである本やら黒板やら、スクロールやらは一緒だが、明るいってだけでかなり違う印象になるもんだな。
窓には外からの進入防止のための鉄格子が嵌まっていて、刑務所みたいでイマイチなのだが、これはお城なので仕方ないのか。
ちょっと残念。
ステラさんが原子の構造について色々と聞きたいというので、講釈のためにやって来たんだが、俺もそんなに詳しいわけじゃないし。
説明するのは、あくまで概念的な物だ。
――と、そのはずだったのだが、いつのまにかソファーに押し倒されて、俺の上にはステラさんが乗っている。
ステラさんは胸ペッタンコなんで、抱きつかれるとマジで密着状態になってしまう。
彼女の長い手足で絡まれると、女郎蜘蛛に捕まった羽虫みたいな気分になる。
「というのが、物質の構造のあらましなんですけど、ステラさん? 聞いてます?」
俺が、説明図を書いた黒板を指して言う。
「ん~、聞いてるよぉ。 その微粒子の数と配置で金属の種類が決まっているって言うんでしょ?」
「金属だけじゃないですよ。 空気も石も液体も皆です」
「ふ~ん、面白いし、理に適っているよねぇ」
ステラさんが、俺の胸の上で呟く。
「ですから、その微粒子の構造に魔法で干渉できる方法を見つける事ができれば、練金どころか、どんな物でも合成できるようになると思うんです」
「いいねぇ、金も金剛石も作り放題、大金持ちじゃん」
そんな事を言いつつ、俺の服をかき分け、その下へ手を差し込もうとしてくるので、払いのける。
「ゼロから合成するのは無理でも、この表で金に近い構造のコレとかコレの構造をちょっといじって金に出来る可能性はもしかしてあるかもしれません」
俺は黒板に描いた簡単な元素周期表の金の場所に指で丸を書いた。
「その金の隣ってなんて物なのぉ?」
「イリジウムと白金ですよ」
「イリ? 聞いた事がないなぁ……白金って金?」
まぁ、イリジウムは聞いた事無くて当たり前だろう。 元世界の言葉だからな。
でも、白金なんかはありそうなもんだが……。
「白金っていうのは、銀みたいな色で柔らかい金属ですよ。 でも銀や金が溶けるような温度でも溶けません」
「ああ、それってクズ銀じゃないかな?」
「クズ銀ですか?」
「うん、ここから西にフリフル峡谷って所で砂金が採れるんだけど、そこで一緒に出るんだよ。 銀みたいに溶けないし、砂金に混じると品質が落ちるって嫌われてる」
「それだぁ!」
俺はステラさんをはね除けて、起き上がった。
「ありがとうございます」
その場を離れようとしたら、ステラさんに捕まった。
「聞くだけ聞いてぇ、聞き逃げなんて良い度胸してるじゃん」
「私も、教えてあげたでしょ? 私の所から透明なガラスも持ってきてるじゃないですか」
窓のガラスを指さす。
「それはそれ、これはこれ」
ステラさんが、俺にぶら下がってくる。 捕まえてるんじゃなくて、ただぶら下がってるだけなんだが、地味にコレが効く。
「お、重い!」
「じゃあ、もっと重くしてあげるぅ」
「ぬぉ!」
ガクンという重みと共に、俺はステラさんの重みで引き倒された。
どうやら、ステラさんが重量増大の魔法を使ったらしい。
ああ、もう! 今日はいつもよりしつこいぞ!
「どぉぉ! ち、ちょっと! 潰れる! 解った、解りました!」
「ふふ」
俺の言葉を聞くと、ステラさんは魔法を解除した。
「まったく、しょうがねぇな」
俺は、ソファーの端に掛かっていたタオルを手に取ると、ステラさんに重量軽減の魔法を掛けて抱えあげて、彼女の寝室へ向かった。
ステラさんの寝室に入ると、濃厚な森のような匂い。
これがエルフの匂いなのか、何かの香料なのかは解らんが、とにかく匂いが充満している。
部屋には丁寧に並べられた、柔らかい曲線の家具が並ぶ。
こういう感じがエルフ様式なのかな?
師匠の部屋は寝室まで酷いありさまで、本やら黒板で埋まっているが、ステラさんはそんな事はないようだ。
ステラさんをベッドに放り投げると彼女の腕を掴み、タオルを使ってベッド頭上の飾りに彼女の手首を括りつけた。
俺の乱暴な行動に、ちょっとステラさんは驚いたようだったが、抵抗するわけでもなくなすがままだ。
「えぇ? いきなりこんな激しい事しちゃうのぉ?」
なんか憂いを含んだ目で俺を見ているが、ステラさんは何か思い違いをしているようだ。
「はい、凄く激しいですよ」
俺はベットの上に乗ると、ステラさんの腹の上に腰を下ろした。
「それじゃ、いきますよ~! コチョコチョコチョコチョ!」
俺はステラさんの両脇を思いっきり擽り始めた。
エルフの此処が弱いのはすでに確認済だからな。
「は! な、なに! アハハハハ! ちょっと! くそっ! アハハハハッ!」
たまらず、脚をバタバタさせるステラさんだが、両手を固定されてるうえ、俺が乗っているので、何も出来ない。
「おりゃ! まだまだぁ! コチョコチョコチョコチョ!」
「ギャハハ! ちょっと! ザケンナ! アハハハハハハッ!」
何か魔法を起動しようとしたらしく、ピンク色の光が砕けてバラバラと散っていく。
「ハッハッハ、無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ。 こんな状態で魔法が使えるわけないでしょ!」
「くそっ! アハハハハ てめぇ! ぶっ殺す! ギャハハハハハハ!」
そんな脅しが通じるわけもなく、ただひたすらに俺に擽られて、悶絶するステラさん。
「ぶっ殺されちゃ、たまんないから、もっと擽りましょうかね~」
それから10分程擽りまくったら、ステラさんぐったりして動かなくなった。
「もっと……優しくしてよぉ……」
ぐったりとしたステラさんは、半泣きで呟いた。
ステラさんの目尻に浮かぶ涙を見て、俺はちょっと焦った。
しまった、やり過ぎたか?
いつもはマジで糞BBAだが、こういう姿を見せられると、心が揺らぐ。
ステラさんの手首を結んでいたタオルを解くと、ベッドの縁に座らせた。
身長が10cm以上違うのに、座ると同じ高さの目線なのはいつも通りだ。
「ゴメンゴメン、俺、酷いことしたよね」
ステラさんが黙って頷く。
それから彼女に寄り添い、少しの間宥めていたが、黙ったままだ。
「そうだ、甘いの食べる? 甘いの好きでしょ?」
「甘いの?」
ステラさんが反応したようだ。
俺は懐から飴玉を取り出すと、ステラさんの口へ放り込んだ。
魔法を使うとカロリーを凄い消費するので、俺はいつも懐に飴玉を用意している。
俺の好みで、酸っぱいズミの果汁が入った、甘酸っぱいやつだ。
「美味しい?」
俺の問いかけに、ステラさんが黙って頷く。
ちょっと機嫌が直ったようだ。
「ステラは本当はいい子なんだよねぇ~」
ステラさんの右隣に座り、プラチナ色に光る金髪を撫でながら、俺が呟く。
「えへ……」
そのまま、しばらく微笑むステラさんの髪を撫でていたのだが――。
ステラさんの動きが突然、固まる。
「……」
「……」
二人の間に漂う、沈黙。
「ザケンナナァァァ!」
さっきまでしおらしかった半べそのエルフが突然、立ち上がり激昂する。
「おっ! なんだ、発作か?」
「なんで、ガキにガキ扱いされなきゃならないんだよ!」
「なんだぁ、正気に戻ったのか。 前の鏡の時もそうだったけど、ちょっとしおらしい時の方が可愛くて良いのに」
「シェ、シェカラシカァァァ!」
叫ぶステラさんは、長い耳まで真っ赤だ。
それを見た俺は、脳内にタコの姿をフラッシュバックさせていた。
そういえば、この世界にもタコっているのか?
タコ食いてぇな。 たこ焼きとかも良いな。 スライムとかで代用できないかな?
などと、アホな事を考えていたら、ステラさんの目から光が無くなり、何か魔法の詠唱が始まった。
「おっと! ヤバイ」
俺は、懐から紙鉄砲を取り出すと、一閃させた!
タダの紙から想像も出来ないような、乾いた破裂音が部屋に反響する。
ステラさんは目を見開き、思わず屈んで頭をガードするようなポーズを取ると、詠唱中の呪文がピンク色の破片にフラグメンテーションされる。
詠唱の失敗だ。
「それじゃ、失礼しま~す」
俺はステラさんの寝室から飛び出ると、ソファーを飛び越えて玄関の扉を目指す。
「逃がすかぁ!」
立ち直ったステラさんが、俺を追い同じようにソファーを飛び越えようとするところで、再度俺の紙鉄砲が鳴り響く。
紙鉄砲の音を聞いたステラさんは、身体を硬直させるとソファーを跳躍するのに失敗――その上で180度開脚のような格好になった。
支えを失いバランスを崩したステラさんは、そのままけたたましい音と共に黒板の山へ頭から突っ込むと、ピクリとも動かなくなった。
死んだかな?
「お邪魔しました~」
俺は、ステラさんの部屋を出ると、分厚い扉を閉めて階段を降り始めた。
確認も救護もしない俺も大概酷い奴だが、ステラさんのアレが擬態である可能性も高い。
同じ真学師同士油断は禁物だ。
なさけむよう――である。
だいたい、殺しても死ぬようなタマじゃないし。
それにしても、今日のステラさんはちょっとしつこかったなぁ……。
階段を降りていくと、ルミネスが通路を掃除している。
「よ! ルミネス」
「あ、ショウ様……ふぁ……」
珍しくルミネスが銀色の髪を揺らして、アクビをしている。
「ルミネスがアクビなんて、珍しいな」
「……ショウ様のせいです」
「俺のせい? なんかしたかな?」
「殿下に何か怖い話をなさったでしょう?」
「ああ……」
合点がいった。
殿下が怖い話を聞きたがるので、北海道であったヒグマに村が襲われた事件を、ちょっと脚色して話してあげたのだが――。
その話を聞いたせいで怖くて寝られないと、一晩中ルミネスがつき合わされてしまったみたいだ。
殿下は怖がりなのに聞きたがるもんだから、思いっきり脚色してしまったのだが……ちょっと効き過ぎたか。
普段は威勢は良いけど、女の子だしな。
しかし、この世界でもモンスターに襲われて村が全滅したりする事はあるらしいので、あまり洒落にはならんらしい。
その中でも一番強力なのはやはりドラゴンだろう。
その威力は、まさに天災級といっても過言ではないらしく、無慈悲な暴力にただひたすらにひれ伏して通り過ぎるのを待つしかないらしい。
台風とか竜巻みたいなもんか?
討伐に軍を出して、死屍累々になった事もあるらしい。
出会いたくねぇなぁ。 そんなのには……。
そんな事をルミネスと話していたら、上の方から何かをぶちまける音が聞こえてきた。
「なんですか?」
その音を聞いたルミネスが、怪訝な顔をしている。
「ああ、多分ステラさんだよ。 何か嫌な事でもあったんだろう」
――すっとぼける俺。
やっぱり、死んでなかったか。
ルミネスも察したのか、それ以上突っ込んでこなかった。
ついでに、ルミネスにステラさんから聞いたフリフル峡谷の事を聞いてみると――。
金の採掘はファーレーンの重要な産業になっているので、国の直轄地になっているらしい。
そりゃそうだ。 金はこの世界でも重要な金属だし、勝手に掘られちゃタマランからな。
――という事は、フリフル峡谷に行くには殿下の許可を取らにゃならんか……。
早速、殿下の所へフリフル峡谷に入るための許可を貰いに行く。
許可ついでに、鉱山の視察を頼まれてしまったが、殿下は忙しくて鉱山の視察まで手が回らないようだ。
まあ、これも宮勤めの仕事だ。 ついでだしな。
どういうタイプの鉱山なのかは不明だ、砂金と言ってたから露天掘りでもしているのかな? 鉱山へ行ってみれば解るか。
俺の工房へ戻り、出立の準備をする。
フリフル峡谷までの距離は直線で約50km、峡谷はウネウネ道らしいので道沿いなら80kmぐらいか。
遠出になるので、完全武装で行く。
多少重くても重量軽減の魔法でどうにかなるし、ただ腹が減るので食料を多めに持つ必要があるが……。
といっても、1泊2日の予定だからそんなには要らないだろう。
無理すれば日帰りも出来るかもしれないが、灯もない暗い森を走ったりはしたくない。
マジで怖いので。
魔法を使えるようになって多少の実戦も経験してはいるが、やはり暗闇に対する本能的な恐怖心というのは中々拭い去ることは出来ない。
武器を改造して、オヤツの飴玉もちょっと多めに作っておこう。
怪我をする事も考えて、医療キット(メスとか薬草)とかも持っていった方が良いだろう。
武器の改造は、いままで圧縮弾を送り込むのに使っていた竹槍剣を改造して、竹部分を鋼に変更したので、見た目がフェンシングに使う剣のようになったが――。
無論、棒部分には刃がついていないので只の棒。
そして、フェンシングの剣には、手をガードするお碗のような物がついているが、それが逆さについている。
見た目変な形だが、これには秘密がある。
このお碗に、魔法で真空玉を作るのだ。
そして、この半球状の反射板を使って、真空を解放する際に生まれる衝撃波を前方へ撃ち出す事が出来る。
これを使う事によって、昔の特撮怪獣映画に出てきたパラボラアンテナ兵器のように衝撃波をある程度コントロール出来るようになった。
そんな初めての遠出を楽しみにしながら、そんな武器の改良をしていると、師匠達がやってきた。
無視して旅の準備を進めたいが、そんな事をすれば後で何をされるか解らんので、食うだけ食わして黙らせる事に。
いつものパンケーキなんだが、ちょっと変わり種を作ってみた。
パンケーキをミルクと卵に浸して、表面をカリカリに焼く。
パンケーキのフレンチトーストだ。
飲物を作るのに、新しく試作したコーヒーを淹れるサイフォンをテーブルの上に設置する。
その様子をステラさんもじっと見ているが、ムスっとして黙ったままだ。
今日は、俺の工房に入ってきても、一言も発していない。
サイフォンの下部に水を入れ、真ん中に挽いたコーヒー豆を淹れて、下部を魔法で加熱する。
そして、上に昇ったお湯は真ん中のコーヒー豆を通って、下へ戻ってくる。
ステラさんもその様子を興味津々で見つめている。
「ふむ、面白いですね。 下を温める事によって水を揚げて、温めるのを止めると下が減圧するので、下へ戻ってくるわけですね」
「その通りです。 これでピコを淹れると美味しいんですよ。 師匠もちょっと飲んでみて下さい」
そう言って師匠には、コーヒーの上に生クリームを乗せたのも出してみた。
ウインナコーヒーとかいうんじゃなかったか?
「冷たいコーヒーにアイスクリームを入れても美味しいですよ」
「ピコは苦くて苦手ですけど、こうすれば美味しいですね」
いつもはコーヒーを飲まない師匠にも好評なようで安心した。
ステラさんを無視してそんなやりとりを師匠としていたら、ステラさんが立ち上がって叫び始めた。
「ザケンナナァァ!」
「はぁ? 何ですか?」
「クソォ! 2人して無視しやがって! おまけに文句言いにきたのに、こんなの食わせて口封じとか、卑怯だろ!」
「何仰ってるか解りませんけど?」
「だいたい、お前ら師弟は人前でイチャイチャとか! オカシイだろ!?」
まあ、これはステラさんの意見も一理あるのだ。
通常、師弟は男同士、女同士になることが普通で、男女が師弟になる場合は歳が離れているのが慣例なのだ。
老女と若い男とか、老男と若い女とかな。
この事から、若い男女の師弟というのはちょっとあり得ない組み合わせで、城下町で、俺が魔女の愛人だとか燕とか言われている原因がここにある。
「え~? イチャイチャとかしてましたっけ?」
師匠の顔をみる。
「事実誤認も甚だしいですね。 師匠の私から見れば、ショウの私に対する扱いは不満だらけで、酷いの一言です」
「ええ? ほぼ毎日ご飯作ってあげて、甘いオヤツも作ってあげて、肩揉んで、歩き疲れたと言ったら脚を揉んで、まだ足りないんですか?」
「ええ、足りません」
「それじゃ、今度は食べさせてあげますよ。 はい、あ~ん」
俺は皿を持ってフレンチトーストを、師匠の口へ持っていく動作をした。
師匠は、俺の行動が予想外だったのか、ちょっと目が泳いでいたが、俺のスプーンで差し出したフレンチトーストをパクリと口に頬張った。
「×××××!! お前ら私に対する愛は無いのかァ!」
ステラさんが、何か聞き取れない言葉で叫んだ。
「「ありません」」
っていうか、意味解んないですよ?」 俺と師匠の言葉がハモる。
「ふぐっ……ショウのバカァァァァ!!!」
そう叫ぶと、ステラさんが俺の食い掛けのフレンチトーストを奪うと、部屋から飛び出した。
「……師匠、なんですか、アレ?」
「放っておきなさい」
師匠は我関せずと淡々とフレンチトーストを食べている。
「ステラさんがメチャクチャなのはいつもの事ですけど、最近支離滅裂なんですけど」
「それがエルフですから」
「はあ……」
「エルフの話はまともに聞くな、どうせ大した事は言ってない。 まともに相手をするとバカを見ますよ」
「じゃあ、あれが普通なんですか?」
「その通りです」
エルフとの付き合いが長い師匠がそう言うなら、間違いないんだろうけど……。
------◇◇◇------
次の日。
朝早くにフリフル峡谷へ出立するつもりだったが、寝過ごしてしまってモタモタしてたら、ステラさんの襲撃を受けてしまった。
襲撃と言っても、黙ってテーブルに座っているだけなんだが。
とりあえず、何もしゃべらないので、コーヒーだけ出した。
――すると、ステラさんはボソボソと言葉を発した。
「……嘘つき」
「はい?」
「嘘つきぃ!」
「ええ? 何か嘘吐きましたっけ?」
「私と白い花を見に行ってくれるって約束したじゃない!」
「えっ? あれは誤解で、私がその話を知らなかったって事で決着ついてたじゃないですか」
「嘘つき……」
そう呟くと、ステラさんは大粒の涙を流しながら、泣き始めた。
「ちょっと、ちょっと、ステラさん、どうしたんですか? ちょっとおかしいですよ」
泣くステラさんを宥めて彼女の手を取ると、椅子から立たせて俺のベッドの縁に座らせる。
「ステラさん、ちょっと変ですよ?」
「ショウ……」
「はい?」
「私のこと、愛してる?」
「いや、全然」
キッパリと間髪を容れず答える俺。
ステラさんはスッと立ち上がると――。
「ショウのバカァァァァ!!!」
ステラさんの左ハイキックが俺の顔面を襲う。
咄嗟にガードはしたが、ベッドに座っているために踏ん張りが利かずに、そのまま押し込まれて顔面にヒット!
意識が朦朧とした俺は、そのままベッドの縁から床に倒れこんだ。
ステラさんが、部屋から出ていく音を聞きながら俺は意識を失った。
目を覚ますと、目の前に師匠の顔。
どうやら、俺のベッドの上らしい。
「あなたは何をやっているのですか?」
師匠は俺に治癒魔法を使ってくれたようだ。
「ステラさんですよ。 ああ、痛ぇ……」
「構うなって言ってるのに、なんで言う事を聞かないのですか」
「そんな事を言われても、向こうから突っ込んでくるのを避けられませんよ」
「はあ……」
師匠が呆れて、大きなため息を漏らす。
起き上がり、顔を掌でゴシゴシと擦り、やるせない感情に浸る俺。
ふと見ると、シンクの上のサイフォンがなくなっている。
「あ~、クソ! サイフォン持っていかれた! ふざけんなよ、あの糞BBAがぁ!」
立ち上がってシンクに駆け寄るが、ふらついて床にしゃがみ込む。 どうやら、ステラさんのキックを喰らって脳震盪を起こしたようだ。
「命が惜しかったら、その台詞は本人には言わないほうが良いですよ」
「わかってますよ……」
まあ、あのサイフォンは試作品だからな。 プロトタイプだから手直ししたい所も色々とあったし、どの道もう1つ作ろうとしてたから……でも、ムカツク。
フリフル峡谷へ行く事を師匠に話したら、今日は身体の様子を見て止めておけという事だったので、素直に指示に従う事にした。
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次の日。
もう、トラブルはゴメンなので、朝の霧が出ているうちに起きて城を出た。
ギャーギャー鳴き声をあげながら、中庭に住み着いているライナルがついてくるが、俺が城下町の外へ行くのが解ったようで、ついて来るのを諦めたようだ。
霧の中、城下町の大通りを西に向かい、西の川に掛かっている橋を渡る。
道に関所みたいな物は無い。
城下町を囲う城壁などは無く、周りは草原なので入り放題、これでは関所の意味は無いからな。
ふと、霧の中から現れる人影。
何者かと、身構えるが――フードを着てロッドを持った師匠だった。
「師匠、どうしたんですか?」
「私も、同じ方角へ用事があるんで、一緒にいきます」
「え? 解りましたけど……」
なんだろ? 昨日はそんな事を言ってなかったのに。
橋を渡れば障害物は無いので、重量軽減の魔法を自分に使ってスピードアップする。
師匠に断らずに、魔法を使ったが、師匠も似た魔法を使って俺に付いてきている。
「師匠もそういう魔法を使えたんですね」
俺は重量軽減の魔法を使って、靴のスパイクを使って地面を蹴っているが、師匠はそういう類の物は使ってない。
何か違う魔法なのか、それとも魔法の使い方が違うのか……。
「当然でしょ?」
「見た事がなかったので……」
「これを使うとお腹が空くので」
「ああ、腹が減るのは解ります。 それでなくても、師匠は意外と大飯食らいですからね」
それを聞いた師匠が、ジャンプ中の俺をロッドで小突いた。
空中で、バランスを崩した俺は、草むらへ突っ込んでしまう。
ただ、ジャンプしてるだけなので、空中で方向転換したりとか、途中で止まる事が出来ない。
ジャンプした先が、崖だったりしたら、そのまま真っ逆さまになるはず。
「ぬわ! ちょっと師匠、酷いですよ!」
草むらから這い出てきた俺が師匠に文句を言うが――。
「ふん」
師匠はプイと横を向いてしまった。
小高い丘を越えてしばらくすると川が見えてくる、この川の上流がフリフル峡谷らしい。
なにせ、ここら辺は初めて来るからな。
道が二手に分かれて、右へ進み川沿いに進むとフリフル峡谷だ。
正面には数千キロに渡って東西に走る、大断層が見えてくる。
高さは大体50mぐらい。 所々浸食等で途切れている場所もあるが、このまま帝国の遥か向こうまで、この断層は続いている。
師匠の家の近くにある、俺が最初に倒れていた滝もこの断層の壁縁にある――。
――あるのだが。
「師匠、なんで付いてくるんですか?」
「私の用事もこっちにあるのです」
「ええ? 本当ですか?」
「……」
横を向いて黙り込む師匠。
師匠は都合が悪くなると黙り込むのが常なので、こりゃ嘘だ。





