60話 文明の光、来(きた)る
虫蠟を森から採ってきた、次の日。
早速、銅線にコーティングをしてみることに。
作りたいのはエナメル線なんだが、エナメルの作り方が解らんので、虫蠟という物質を使うことになった。
師匠の話では温めると溶けるということだったので、試してみると、なるほど溶けるのを確認。
蠟成分ならアルコールでも溶けるかな? と試してみると、溶けた。
アルコールに溶かしたほうが成分を分離し易いし、使い勝手が良さそうだから、アルコールに溶かすことにするか。
塗った際に塗り残しが解るように黒鉛で着色して、虫蠟が溶けた黒液体の中を銅線を通過させると、黒い膜が出来ていく。
魔法で少し乾燥させてみるが、爪を立てたりしても剥がれない結構丈夫な皮膜が出来ている。
曲げても大丈夫だ。
「これはいけるんじゃね?」
続けてゆっくりと引っ張りながら、銅線に皮膜を作っていき、すべて通し終わった。
これで何をやりたいのかというと、天然磁石を以前手に入れたので、電磁誘導の実験をしたいのだ。
せっかく天然磁石を手に入れたのに、貴族連中の皺伸ばしに時間を取られて放置プレイ状態になってたからな。
そろそろ、何か作りたい。
電磁誘導の実験が上手くいけば、発電機の可能性が見えてくる。
後は、コイルを巻けば良いのだが……電磁誘導による誘導起電力の結果が目に見える物がない。
つまり電球。
電球に必要な透明なガラスはあるし、ボディやソケットに使う真鍮、黄銅もある。
ないのはフィラメントに使うタングステンだけだが、初期の電球――俗にいうエジソン電球はフィラメントに竹を使っていたとエジソンの伝記で読んだぞ。
正確には、竹の繊維から作った炭素なのだが。
元世界でシャープペンシルの芯を使って電球モドキも作った事があるし、電球の中を真空にするのも魔法で出来る、これなら作れるだろうと、早速試作へ移る。
元世界の豆電球みたいのを目指したが、ガラスで小さい物を作るのが難しくて、蛍光灯とかに使われるナツメ球ぐらいの大きさになった。
竹を蒸し焼きにして作った炭素フィラメントは、太さを違えて3種類ほど製作。
黄銅で作ったボディにフィラメントと固定して、魔法で真空を作ってガラスを被せてニカワで固定する。
建物の中で真空を破裂させるととんでもないことになるので、慎重に行う。
貴族連中の皺伸ばしのおかげで、集中力もかなりついたようで、何事も修行ということでやってみて正解かな。
電球を板バネで挟むソケットも作った。
これがないと、接続に難儀するからな。 一々ハンダ付けしてられないし。
3つ作ってる電球の内、最後のを仕上げている時に、師匠達がやってきた。
「ショウ! 何か甘いもの!」
入ってくると、ステラさんの声が響く。
「今、手が離せないんで、後にしてください」
「何やっているのですか?」
師匠が覗き込んでくる。
「少しまってください……ふう。 出来た」
小さい物に集中し過ぎて、肩が凝ったわ。
ガラスもあるし、拡大鏡が作れるよな。 小物の加工用に作った方が良いかもしれん。
「何作ったの? ガラスの玉?」
「ランプですよ」
「ランプ? これが?」
ステラさんは不思議そうな顔をして、俺が作った小型の電球を拾い上げる。
「電撃の魔法があるじゃないですか。 理で電撃と同じような力を起こして、これを点灯させるんです」
「えぇ~?」
ステラさんは全く信じてないが、その後ろにいる師匠は何も言わない。
俺がやっていることは無意味にやっているのではなくて、なんらかの裏付けがあるからやっていると、今までの出来事から知っているのだ。
後はコイルだけだし、一休みするか。
とりあえず、ステラさんに何か食わせないと煩いからな。
邪魔されると困るし。
以前作ったババユリのデンプンが残っていたので、わらび餅を作ってみた。
それをステラさんと師匠に食わせておいて、俺はコイルを巻く。
旋盤に天然磁石が入るぐらいの直径5cmぐらいの竹を銜えて薄く削り、そこへ虫蠟コーティングをした銅線を巻いていく。
今回は初めての試作なんで巻回数は適当でいいだろうが、そのうち、巻き数を数えるカウンターを作らないとダメだな。
出来上がったコイルをソケットに繋ぎ、電球を差し込む。
電球は元世界のようなねじ込み式ではないので
スポッと入れて、板バネで固定するタイプだ。
「これで準備完了です」
「これでどうするの?」
「それで、この磁石を出し入れすると……」
初めての実験なので、最初は太いフィラメントの電球から試していく。
太いフェラメントの電球では、変化がない。
二番目に中太のフィラメントを試すと、少々赤くなる。
そして、一番細いフィラメントを試すと――
電球が明るくパッパッっと点滅を繰り返す。
「何それ!」
ステラさんが驚いた声を出して電球に食い入る。
「ですから、電撃と同じ力を作り出して、ランプを光らせているんですってば」
「ええ~っ、なんでそんな事が起きるの?」
そんなの信じられないって顔だ。
「銅線を巻いた物に磁石を近づけると起きる現象なんですよ」
「そうなの? 魔法じゃなく?」
「はい、これは魔法じゃなくて誰にでも使える理ですよ」
「ルビア……」
ステラさんが、呆れたような顔で師匠の方を見る。
「ショウのやることは、一見とんでもない事でも理に適っていることばかりですよ」
「じゃあ、ルビアは予想ついてたんだ?」
「ええ、散々痛い目に遭いましたから」
「痛い目とか人聞きが悪いじゃないですか、師匠」
そう話掛けると、師匠はプイと横を向いてしまった。
「ふ~ん、でも面白いねぇ」
俺は機材の説明を始める。
「これを水車なり風車なりに繋いで、連続でこの現象を起こす仕組みを作れば、ランプをもっと明るく灯す事ができるわけです」
「魔法は要らないのね?」
「必要ありません。 だれでも魔法と同じ明るさを得ることが出来る。 蛍石も要らなくなりますよ」
「そりゃ、困る! 蛍石の値段が暴落するじゃん!」
ステラさんはバタバタと慌て始める。
「まあ、そんな事にはならないと思いますけど」
そんな話をしながら、俺は何の気もなしに、作業台の上にあった魔石をコイルに近づけた。
本当に何も考えずに――。
すると、パッと明るく輝きだす電球。
明るいといっても、エジソン電球の明るさは、元世界のタングステンフィラメントのような明るさではなく、ろうそくや灯油ランプの明るさより少々明るいぐらいの感じだ。
『え?! 嘘! マジでか! こんな事があるのか、さすが異世界!』 まさか、魔石から電力を取り出せるとは思ってなかった俺は、興奮の余り日本語で叫んでしまい、小躍りを始めた。
「何? 何て言ったのぉ?」
ステラさんは聞いた事がない言葉を耳にして、頭を傾げている。
「はは、ちょっと地が出てしまいましたよ」
電気を作ってもバッテリーをどうしようかと考えていたけど、魔石がバッテリー代わりになるじゃん!
こいつはすげぇ。 マジで異世界っぽい。
元世界でこんなの発見したら、ノーベル賞物だろ。
「師匠、魔石って何回か魔力を入れたり放出させたりすると、劣化したりするんですか?」
「私が知る限りでは、ありませんね」
マジでか、こりゃ凄い。 完全リサイクルで無公害。 シ〇マドライブかよ。
「ハハハ! 美しい夜、それはもう幻ではないのです!」
すっかり舞い上がって、天を仰ぎ両手を広げる俺。
それにしても、魔石をコイルに近づけて電磁誘導が起きるってことは、魔石自体が、磁界の変化を持っているって事か。
魔石は、共鳴し合ったり、データ転送できたりできるので、なんらかの力を外へ放出しているのは間違いないと思っていたが――。
魔石に磁石を近づけても変化はないので、磁力だとすると高速でN極S極が入れ代わっている?
どういう理屈なのかさっぱりだが、高速で極が入れ代わって電磁誘導が起きているということは、電球に流れているのは交流だと思われる。
とりあえず、直流か交流か解らんが、魔石がバッテリーになることが解ったので、懐中電灯ぐらいは作れるかもしれない。
早速、わいわいと言い合っているステラさんと師匠を放置して、懐中電灯の試作を始めた。
先ずは電球の光を効率よく使うための反射板だ。
元世界なら、プラメッキとかクロームメッキとかがあるが、ここにはそんな物はない。
鏡にしようと思ったが加工が面倒なので、加工し易い銅板でお椀をつくり錫を貼って磨く。
コイルを巻いた竹の筒より一回り太い竹の筒に反射板を取り付けて、中にコイルと魔石を入れれば完成だ。
筒の中のコイルに魔石を入れると電球が灯る、スイッチもない、簡単な仕組みだ。
入れた魔石が落ちないように、裏蓋を付ける。
マッチもないこの世界でろうそくに火をつけるのも大変で、魔法を持っていない普通の人はそれだけでも結構苦労するのだ。
殿下も、夜中に起きても大丈夫なように、蝋燭の灯を見張るメイドが殿下の隣の部屋で、徹夜で常時待機している。
この電灯の明るさはろうそくの行灯よりは明るいし、魔石を入れるだけで点灯するのだから、手軽この上ないだろう。
これは売れる。
簡単なバラック状態だが、試作品が出来たので殿下に見せるために、執務室を訪れる。
「殿下~!」
「なんだ、騒々しい!」
「新しい発明品が出来ましたよ。 これは売れます!」
「何? 真か!」
俺は、取り出した筒に魔石を入れて、電灯を光らせて見せる。
「なんと! 何故明かりがつく? 魔法か?」
電灯の光を見て、驚きの表情を浮かべる殿下。
「いいえ、魔法ではありませんよ。 理を使ったカラクリですので、殿下がやられても光りますよ」
そう言って、殿下に魔石を入れさせてみると、当然同じように光る。
「こ、これは凄い! 暗いところで重宝するではないか! わざわざ蝋燭に火を付けるために四苦八苦せずに済む!」
殿下が電灯を試したいという事なので、お城の地下へ向かうが、地下は蝋燭の灯が無ければ真っ暗だ。
一々、魔石を入れるのは面倒だから、これはスイッチを付けた方がいいだろうな。
スライドスイッチなら、簡単に作れるし。
「おおっ! 見える! 妾にも見えるぞ。 まるで魔法のようだ」
殿下はクルクルと回って暗闇を照らしていると、走り回るネズミが見えたりしている。
「どうです。 これは売れるでしょう――が、この光る部分を作るのに、水晶ガラスと、魔法を使って真空を作る必要があるのですよ」
殿下に電灯で光っている電球部分の解説をする。
「何? ガラスと魔法というと、子爵領のミルーナか」
「それがよろしいかと思います。 それと、しばらく試用してみて点灯時間がどのぐらいなのかとか、寿命がどのくらいなのかとか、色々と調べなくてはなりません」
「ふむ、なるほど」
「私が子爵領へ赴き、詳細を詰めて参ります故、殿下は吉報をお待ちください」
「あい解った。 全て其方に任す」
「は!」
------◇◇◇------
予備の電球も作って、電灯製作の打ち合わせのために子爵領までやって来た。
子爵領は、お城から東方20kmほど離れていて、馬の駈歩で30~40分ぐらい掛かる。
そのさらに東方、帝国まで約450km、その半分の200km地点辺りが国境になるが、その辺は緩衝地帯なので、ギリギリまでは開発できない。
殿下と来る時は馬車だが、そんなに荷物も無いので、魔法を使って自分の脚を活躍させる。
こっちのほうが馬より速いしな。
この世界は馬はあまり脚が速くなく、農耕馬に近い馬力タイプだ。
ミルーナは、子爵領の斜面に作られた彼女の工房にいた。
ドレスではなく、栗色のウェーブヘアを纏めて白い作務衣を着ている。
ほぼ1日中、ここに居るようだ。 まだ婚約した訳ではないので、それまで好き勝手にするつもりなのだろう。
――というか、お姫様しているより、こっちのほうが似合ってる。
「まぁ! これは素晴らしいですわ!」
工房のテーブルに置かれた魔石電灯を見た、ミルーナの反応である。
ミルーナと俺がテーブルにつき、電灯を挟み向かい合って打ち合わせをしている。
「まだ、試作品なんですが、実際に使ってみてどういう不具合が出るか解りません」
「やはり、ショウ様は素晴らしい方ですわ……」
「いや、色々と問題がありまして、先ずこの光る部分を作るのに魔法が……ってあの、ミルーナ様? 凄く近いんですけど」
ミルーナがいつのまにか、俺の話を聞きながらにじり寄ってくる。
「ミルーナと呼んでください」
「いや、それは拙いでしょ。 職人達も見てますよ」
工房内では、ミルーナがファルタス本国から連れてきた10人程の職人達が働いている。
「お前達、何か見ていますか?」
ミルーナが、職人達を振り返り問いかける。
「いんや、何も見ていませんぜ」
職人達が、コチラを見てニヤニヤしている。
「おおい、ちょっと待て。 思いっきり見てるだろ?」
「わし等、姫様の僕ですからな」
ヒャヒャヒャと、笑う職人達。
やべぇ、こいつら全員グルだ。
「嫁ぎ先が決まっているのに、迂闊な事は止めましょう。 それとも、反故になさるおつもりですか?」
「いいえ、私も王族に生まれた身、無論義務は果たします」
「それでは……」
「しかし、それとこれは別です」
「え?」
「ショウ様、私が何処へ嫁いでも、あの日々の事を忘れないと申し上げた事をお忘れですか?」
ミルーナが俺に抱きついてくる。
「覚えてますけど……」
ああ、ヤバイ! 子爵様はあんなに良い人なのに、拙者、誠に申し訳無い気持ちでいっぱいでゴザル。
抱きついているミルーナを引き離し、止めるように言う。
「解りました。 2人の時はミルーナとお呼びしますから、落ち着きましょう。 その先は、絶対にダメですよ?」
――言い含めるように言ったつもりだったが。
「うふ……」
ミルーナは、なんだか怪しい微笑みを浮かべている。
王妃様から伝授されているであろう必殺技を今にも使いそうな勢いだ。
落ち着け、落ち着くんだ、俺! ヒッヒッヒフーヒッヒッヒフー!
「いやいや、ダメです。 それは置いておいて、コチラの仕事を先に片づけましょう」
なんとか、電灯を仕上げる仕事の方へ、矛先を向けさせる。
ミルーナと色々問題点の洗い出しをしていると、やはりいくつか問題が出てきた。
先ずは、魔石の出力の問題。
魔石の大きさに因って、電圧電流がマチマチらしく、当然デカい魔石の方が出力が大きいらしい。
大きめの魔石を入れてしまうと、電球が切れたり、寿命が早まってしまう。
これは、事前に出力を計った魔石をケースに入れて、純正魔石として付属販売する事でクリアできそうだ。
次に、これは考えてみると当たり前の事だったのだが、電灯の外に別の魔石があると反応してしまうという事だ。
小さい魔石なら問題ないが、大きい魔石があると過大な電圧、電流が流れるので、電球がすぐに切れてしまう。
「う~む、これは参ったな」
「そうでございますね」
「魔力を遮断できれば良いんだが、そんな素材はあるかな?」
「あ、あります!」
ミルーナが何か閃いたようだ。
「あるのか? 魔法を使う結界のような物はダメだぞ?」
「エルフの布です」
「エルフ? ステラさんが着てるような服に使われているやつ?」
「そうです。 あれは虫糸から出来てるのですが、魔法を減衰させる効果があるんです」
さすが、異世界だな。 元世界に無いような変わった素材が溢れている。
エルフや、魔導師があの手の服を着ているのは、魔法への防御のためもあるのか……。
「なるほど、その布を筒の内側に貼れば良いのか……でも高くなりそうだな」
「元々、このような物を買えるのは、大店か王侯貴族しかおりませんよ?」
「まあ、そりゃそうか。 魔石自体も結構高いしな。 じゃあ、この電球の反射板も水晶ガラスの鏡で作ってくれ。 そちらの方が反射効率がよくなるし。」
「承知いたしました。 素晴らしい物を作ってご覧にいれましょう」
ミルーナはガラスの技術を完全に取得したのか自信満々だ。
「真学師様、この外側はティッケルトじゃなくてはダメなんですかね? 金属板とかの使用は?」
「軽くて丈夫だから、ティッケルトが良いと思うんだがな。 金属板でも良いけど厚いと重いし、薄くするとペコペコしちゃうぞ? こんな形の連続した波型に加工出来るのなら、薄い板金でも良いけど」
職人達が円形に集まってる中心で、黒板に波型鋼板の図を描く。
「ほう……、なるほど……」
図解を見ながら唸る職人達。
「そこら辺は、現場の職人達の判断に任せるよ。 良いものを作ってくれれば、問題ない。 それから銅線に塗る虫蠟の説明は――」
「虫蠟は、ファルタスでも家具とかに塗られて使われていますぜ」
「そうなのか。 それじゃ扱いには心配要らないな、皆よろしく頼むよ」
「わかりやした!」
打ち合わせが終わり、バラバラと散らばる職人達。
「それはそうと、ミルーナ、その作務衣姿、とても似合ってるね」
「え……」
突然の俺の言葉にミルーナは、赤くなって下を向いてしまった。
なんだか、凄い新鮮な反応だな。
殿下にこんな言葉を掛けても――『うむ! そうであろ! ハハハ』 で済んじゃいそうだし。
------◇◇◇------
それからしばらくの間、改良と耐久テストが行われた後、電灯は売りに出された。
電灯の稼働時間は、魔石一個で一晩持つぐらい。
懐中型だけではなく、もっと大型の投光機タイプを作れないか? という話もあったのだが、魔石を直列には繋げないようだ。
これは、魔石から出力されるのが交流だと考えれば合点がいく。
直流電池は直列に繋げられるが、交流は直列には繋げられない。
そもそも、交流電池なんて、元世界にも無かったと思う。
電球の寿命は半年程だが、これは元世界の電球は真空ではなく、中に不活性ガスが充填されていたはずなので、その差だろうと思われる。
この事から、魔法で純窒素を封じ込める方法等を開発できれば、もっと寿命を延ばせるだろう。
かなり値段が高いのが欠点ではあるが、それを差し引いても利点は多い。
先ず手軽、スイッチをいれればすぐに点灯する。
蝋燭のように風等で消えない。
雨の中でも使える。 接点を蠟コーティングすれば水の中でも使えるぐらいだ。
魔石に魔力を充填すれば、繰り返し使える。
魔法の充填代金が掛かるが、蝋燭だってこの世界では安くはないので、メリットが多い方が選ばれる。
各国の夜の警備等に重宝されて、特許だけ買って自国で作る所も多くなったが、ただ形を真似しているだけで、原理まで理解しているのが何人いるのやら……。
殿下は、電灯を売りに出した際に魔石の需要が大幅に増えるのを予想して、事前に魔石を買い占め、かなり儲けたようだ。
これって前にも話してたけど、インサイダーだよなぁ……。
――と、言いつつ俺も魔石をかなり買っていたんだが。
金も入った俺は、事前に買い込んだ魔石を使って、殿下と師匠とステラさんにリクエストされた読書灯を作り、ついでに色々と実験していたが――。
もっぱら俺の一番の興味は溶接。
電力が起こせるということは、アーク溶接が出来るんじゃないかと色々と試しているのだ。
溶接が出来れば、さらにいろんな物が作れる。
以前、落雷の魔法を使った溶接をしたが、一々広い原っぱまで行ってやらなきゃイカン。
そんな事はやってられないので、アーク溶接に期待しているわけだ。
改めて魔石を直列に繋いでみるが、出力は上がらない。
やはり、魔石からの出力は交流で間違い無いみたいだ。
ここでトチ狂った俺は、ほぼ全財産の金貨200枚(4000万円相当)を使って、魔石の元となる水晶の原石を買ってしまう。
人間の胴体ぐらいの大きさの巨大な黒い卵形の石。
割ると、中の内側にビッシリと水晶が詰まっているそうなんだが、外から見ただけでは解らない。
とりあえずこのままでも、魔石としては使えるという事だったので、勢いで買ってしまったわけだが――。
さぞかし凄いパワーが出るかと、自分で魔法を充填し始めた。
しかし、いつまで経っても一杯にならない……。
そりゃそうだ。 こんなデカイ魔石に魔力を充填するなんて、そう簡単にはいかないのだ。
それをすっかり失念していた俺は、壮大な無駄遣いをしてしまったらしい。
まあ、原石の価値はあるので、転売も出来るし貯金だと思えば良いのだが……。
金の事を言えば、今回ちょっと無駄遣いをしてしまったが、ここに来てからの稼ぎをざっと計算してみると――1億円相当に近い金を稼いでいる計算。
月々の給金はちょっと少ないように思われるが、物が売れたり、皺伸ばしで貰った報奨金を入れるとかなりな金額になっている。
国家予算が50億円ちょっとの国で、収入が1億円ならかなり高額所得者だが、あちこちで使いまくっているので、殆ど残っていない。
実に俺らしい。
稼いだ金は全部趣味に突っ込んで、宵越しの金は持たない主義なのよ。
現時点ではデカい魔石はお荷物になってしまっているが、発電機が作れれば逆にコイルを使って魔石へ充填できる可能性がある。
魔石→コイル→電力→モーター&発電機→電力→コイル→魔石 というサイクルだな。
それに期待したい。
これが出来れば、マジで完全リサイクルなクリーンエネルギーなんだが、発電機を作るためには磁石がいる。
天然の磁石じゃ滅多に手に入らないし、ちょっとパワー不足だ。
何か磁性体を作る良い方法があれば良いんだが……。
しばらく試行錯誤が続きそうだ。
------◇◇◇------
以前、殿下に教えた無限連鎖講が帝国で広まり始めた。
殿下はマジでやったようだ。
カラクリを知っていたファーレーン同盟諸国は、すぐに無限連鎖講と類似のマルチまがい商法を全面禁止して、首謀者は即時処刑するという厳しい通達を出した。
――が、帝国では、新しい金儲けだ――とネコも杓子も飛びついた。
アホな事に、金に困っていた貴族や皇族まで無限連鎖講を奨励して、広めてしまったのでとんでもない事になった。
当たり前だがすぐに破綻を起こして、多大な社会不安を巻き起こし阿鼻叫喚。
しかし、取り締まる側の貴族や皇族が胴元なんだから、もうどうしようもない。
あちこちで、リアル豊田商事の社長刺殺事件のような惨事やら、小規模な一揆も発生して、帝国は混乱の一途を辿った。
だいたい、帝国にだって真学師や学士がいるだろう。
カラクリに気づいた奴はいなかったのか?
気づいたが、皇族貴族に黙殺されたのか? それは知る由しも無い。
帝国が無限連鎖講を禁止したのは、かなり後になってからだが、その無限連鎖講を最初に持ち込んだ商人は――。
現在も行方不明だ。
消されたのか、それとも大金を積んで、帝国でもファーレーン同盟諸国でもない国に匿ってもらっているのか……。
いずれにせよ、もう表には出てこられないだろう。
その報告を受けた殿下は、俺が作った読書灯の下で、書類に目を通しながらこう呟いた。
「愚かよの。 何も生み出さないで、金を右から左へ動かしただけで、金が増えるわけが無かろうに」
仰る通りです。





