6話 花を見に行きませんか?
森の中にあるルビアさんの小さな家で、俺と彼女との共同生活が始まった。
この家は、俺が死にそうになった滝のすぐ近く――滝から川を下って、右手の高台にあった。
滝への道は、ルビアさんにはいつもの散歩道だったらしく、散歩の途中で俺を見つけたらしい。
それから、俺の右手を刺したあの蜘蛛。
アレは、結構凶悪なやつで、まず単体がこっそりと近づき刺し――エサを麻痺させて動けなくしてから、大群で押し寄せるというタイプらしい。
聞けば、森の中にもいるそうなので、森の中の奥で刺されなくて良かったわ。
マジでヤバかった。
しかし、いいのか?
若い男と二人きりなんて、なにか間違いがあったらどうする? 間違いってのは――つまり、そのなんだ――ゲフンゲフン。
俺は命の恩人に何かしようとか微塵もないんだが、少し彼女は無防備過ぎるような……。
俺の目から見ても美人だし、スタイルもいいぞ……俺が来る前にもこんな寂しいところに一人暮らしだったし……。
実は、ルビアさん超強いとか? ――冗談でそんな事を考えていたんだが、それが洒落ではない事が後々解った。
マジで結構怖い人だったんです。
変な事しなくてヨカッタネ、するつもりなかったけどサ。
それと、ルビアさん一人で倒れて死にそうな俺を運んだのかな? 結構力持ちじゃん……と思ってたら、それも後で解る理由があった。
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「ラジオもねぇ、TVもねぇ~」
って歌があったけど、ここはマジでそんな感じ。
ガス、水道、電気、全部無い。 ナイナイ尽くしの世界。
暖房と竈は薪、明かりは蝋燭か獣油、水は井戸から汲んでる。
俺が部屋に使っている納屋にはガラス窓がなかったが、居間と彼女の部屋にはガラス窓が嵌まってた。
ちょっとヨレヨレで色もくすんでて綺麗な板ガラスというよりは、元世界のステンドグラスに近い気が――こういうのは手作りなんだろうなぁ……。
ルビアさんに聞いてみても、透明なガラスというのは存在していないらしい。
あと、紙と鉛筆が無いね、こりゃ不便だわ。
紙っぽいのは、動物の皮を薄くなめした物(羊皮紙?)と木を薄く削った物を張り合わせて紙っぽくしたものがあり、どちらも高価で簡単に手に入る物ではないらしい。
普段の書き物には、黒板と呼ばれる物を使っている。
これは黒く炙った薄い板に白い蝋を塗った物で、板を鉄筆で引っ掻くと黒い線が引けるという物。
間違ったら指で押せば消せるし、全消しする時は火で軽く炙ればいい、完全リサイクルでエコな代物。
紙がないこの世界で、これは結構便利。
それなりの文化は発達してるけど、やっぱり、科学技術とは無縁の世界のようだ。
お世話になっている代わりに、俺は井戸から水をくみ上げたり、薪を割ったり、畑の世話をしたりとか、あれこれとこなしていた。
俺は山中のド田舎出身なんで、こんなのは別に苦にはならない――ガキの頃は薪割とか畑仕事も手伝わされたしね。
ちなみに今の薪割は、油圧を使った機械でやっていて、斧や鉞の出番は少ない。
そんな感じで色々と家の仕事を手伝っていたが、いうほどやることもなく、余った時間は、彼女から現地の言葉を習ったりしていた。
我ながら習熟のペースは早い、なんといっても、解らない事があれば感応通信で聞けばいいんだから、こりゃ便利だ。
俺は、1週間ぐらいで片言の現地語を話せるようになった。
ついでに、ここの地理や生活の様式なども教えてもらう。
この地方はファーレーンと呼ばれているらしい。
この家から徒歩で1時間ほど行ったところに、ファーレーンを治めている支配者のお城と城下町があるという話。
話を聞くほど中世っぽいね。
お城なんて聞くと、ファンタジーっぽくて、ワクワクしてくる。
見てみたいわ――お城。
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「あっ」
すっかり忘れていたが、リュックの中身を確認して俺は声をあげた。
やべぇ、タッパーに突っ込んだあの『紅い実』の事をすっかり忘れてたわ、もう腐ってるんじゃね?
と、恐る恐るタッパーの蓋を開けると――辺りに甘そうな香りが漂う。
俺の心配をよそに、それは紅いままだった。
「ふう、良かったわ」
ほっと胸を撫で下ろす。 くんくん――匂いを嗅いでも、腐ってる風ではない。
蓋を開けたまま、ルビアさんにコレが何か聞いてみる事にした。
「ルビア、コレ何か――解る?」
俺は片言の現地語で話し掛けた。
タッパーに入った紅い実を見て、彼女はかなり驚いたようだ。
「こ、これをどこで……?」
「オレ、森の中迷った、白い花と紅い実、見つけた」
「これは、リルルメルヒの実ですよ。凄く貴重な物です」
え? 貴重な物なのか。
そうかそれなら、ルビアさんに世話になりっぱなしで、恩返しも出来ない状態だから、コレをあげたほうがいいな。
「コレ、ルビアにあげる、ルビア、いのちの恩人」
「え? そ、それは……」
彼女は少し迷っていたが、タッパーから紅い実を2個取り出して、大事そうに掌に包んだ。
「もっとあげる、ルビア、いのちの恩人」
彼女は少し困ったような嬉しそうな顔をして、俺に答えた。
「私は、2個で十分ですよ。 それはとても貴重な物ですから、あなたが持っているべきです」
そうか――う~ん、俺としてはもっと貰ってほしかったが――。
3つだ! 2つで十分ですよ――とか、何処かで見た押し問答をする必要もない。
無理に押しつけてもしょうがないしなぁ……
しかし、助けてもらった人がルビアさんでよかったわ。 悪いやつにでも捕まってたら、こんなの全部盗られて、異世界へ放り出されてたところだもんなぁ。
――剣呑剣呑。
「それにしても、ショウはリルルメルヒの花も見たのですか?」
「そう、オレ見た、きれいな白い花、白い花枯れて、紅い実なった」
「そうですか……言い伝えの通りですね、私も見たかったです」
紅い実も貴重だが、白い花も凄く貴重らしい。
それなら……
「オレ場所わかる、オレ見に行く、ルビアといっしょに白い花見に行く、ルビアもいっしょに行くか?」
それを聞いたルビアさんは、凄く驚いた顔をして、じっと俺の顔を見つめていたが、
紅い実を包んだ掌を胸の前に置き、頬を赤らめながら――少し下を向くと小さく頷く。
「はい」
と答えた。
あれ? なんで、ルビアさん赤い顔してるの?
もしかして、俺何か踏んじゃいました?