59話 黄金(金とは言ってない)(挿絵あり)
川で虫と言われてる生き物を捕まえてきて、俺の工房で飼っている。
捕まえてきた時は白いイトミミズぐらいの大きさなのだが、エサを与えるとすぐにミミズぐらいの大きさまで成長した。
なんでも食うし成長も早いが、生きてる物は食べない完全な腐肉食動物で、エサが無くなるとすぐに小さくなる。
そもそも動物なのかもすら不明なのだが。
糞もしないで、時よりプクプクと尻から泡を出しているが、思うに食べたエサを気体まで分解しているらしい。
実に不思議でクリーンな生き物だ。 さすが異世界と感心する。
そんなある日、俺は師匠と彼女の部屋で植物談義をしていた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
突然誰かの叫び声が響いた。
「なんだ?」
師匠と一緒に外へ出ると、ステラさんが駆けてきて、俺に飛びついた。
「便所に何かいるぅ!」
「何かってなんですか?」
師匠も訝しげな顔をしている。
「わかんないけど、何かいるんだよ! 〇〇〇舐められた!」
「ステラさん、そういう単語は口に出さないでくださいよ」
「〇〇〇は〇〇〇じゃん! それより、なんとかしてよ!」
「あ~はいはい。 つ~か、ステラさんの魔法でなんとかすりゃ良いのに……俺より強いじゃん。 師匠、私の工房からランプを持ってきます」
「解りました」
俺の工房から灯油ランプを持ってきて、ステラさんがいつも使っているというトイレへ行く。
ステラさんの部屋は階段を上がった所にあるが、2階には便所を設置できないので、1階の階段奥にある。
ここはステラさんしか使っていない。
便所は当然ボットン便所で、溜まったら肥えに使われるのが当たり前になっているが、ここは暫く汲んだ事がないという。
灯油ランプに火を入れて、便座に近づくと炎が勢いを増す。
「ヤバイ! 何か可燃性のガスか?」
汲み取り便所にはメタンが溜まるし、その可能性はある。
「ガス?」
「ああ、いや。 燃える気体が充満しているっぽいです。 師匠、光で照らす呪文は?」
「ありますけど、その呪文も熱が少々でますので……。 ステラ! あなた、螢石持ってたでしょ。 貸して!」
「ええ?」
「あんたねぇ、なんとかしろって言うなら、協力しなさいよ!」
「うう……解った」
ステラさんは、渋々師匠の要請に応じて、自室に石を取りに行った。
ステラさんが持ってきた螢石に付いている大きなリングに指を通し、石を落とさないように細心の注意を払う。
螢石は、明るい所で蓄光して、暗いところでは溜めた光を青白い輝きの冷光に変換して、辺りを照らす。
凄く便利な物だが、問題はその値段だ。 とても高価な物で、ステラさんが持ってきたこの大きさの物でも家2軒分ぐらいの値段がする。
間違って、落としでもしたら大変な事になるのだ。
螢石で便槽の中を照らすと、青白い光で中が浮かび上がる。
某天空の城アニメで、飛〇石が輝くシーンを思い出す。
「なんだ? 白い蛇?」
何か長くて白い物が動いているのが見えると思ったら――。
突然、便座から生き物の白い頭らしきものが飛び出した。
「ぎゃあぁぁ!」 「うわっ!」
みんなで飛び退く!
師匠は、魔法を撃つ態勢に入ったが――。
「待って! ちょっと待ってください!」
俺は、その物体に心当たりがある。
「師匠、これ虫じゃないですか?」
「え?! そう言われてみれば……」
人間の首くらいの太さまでデカくはなっているが、丸い口に白い身体で目もエラも鱗も無い。
俺が工房で飼ってる虫と同じだ。
虫はクルクルと辺りを見回すような仕草をすると、また便槽の中に引っ込んだ。
目も無いのに、物に反応したりするんだけど、どういう知覚なんだろうか。
「なんで、そんなのが、ここにいるんだよ! なんとかしてよ!」
「なんとかって、どうするんですか? 殺しちゃ拙いんですよね?」
「そんなこと出来るわけないだろ!」
「エルフの創生神話に、アマテラスによってこの地に導かれたエルフが、この大地を汚さないようにとこの虫を託される場面があるのですよ。 いわば、この虫はエルフにとって神獣なの」
師匠が、この虫とエルフの関係を説明してくれる。
「どうしましょう? このままエサが無けりゃ小さくなるでしょうから、それまで待ちますか?」
「それじゃ、便所が使えないじゃん!」
「いや、使えばいいじゃないですか。 たまにステラさんのエサをあげりゃ良いんですよ」
「ザケンナァ!」
ステラさんが両手ブンブン振り回している。
「もう……わがままなんだから。 じゃあ、殿下に許可を取り、壁の上にある明かり取りの窓を壊してそこから外へ逃がしましょうか」
「それがいいでしょう。 これを掴んで運びたくはないですしね」
師匠はそんなの絶対にイヤという露骨な表情をしている。
もう一度、 螢石を翳して便槽の中を確認すると、中は水で満たされて底が見えるぐらい透明だ。
便槽や浄化槽などは、元世界のコンクリートと似たような物で作られているが、製法は職人達の秘伝になっており不明。
元世界の古ローマ等にあった、古代コンクリートと近い物みたいだが……。
教えてもらおうかと、職人を尋ねた事があったのだが、教えてもらえなかった。
石灰を焼いたりとかいろんな物を混ぜたりとかしていたようだが。
中身はすべて、こいつが食べて分解してしまったのだろう、中に溜まっていたであろう物は綺麗に無くなっている。
ランプの炎が燃え上がったのは酸素濃度が濃くなっていたのではないか?
「すげぇ! 師匠、便槽の中が泉みたいになってますよ?」
俺が笑いながら、師匠にみるように促す。
「本当ですね。 なるほど、普通肥えは肥料に使いますから、こんなところには虫を入れませんし」
そう、肥えはそれなりの値段で取引されているので、故意にこんなアホなことをする奴は普通はいないのだ。
ただ、中は綺麗になってはいるが、数百年染み込んだ臭いまでは取れないので、臭いはそれなりにするのだが。
殿下に城壁を少々壊す許可を取りに行ったら、何事かと現場を見物しにきた。
「其方達は一体何をやっているのだ。 どうしたらこんな事になる」
「そうですよね。 この虫はどこから入り込んだんでしょ?」
「「「う~ん」」」
「あ、そういえば、私が捕まえてきた虫が一匹行方不明になったんですよ。 それがこいつかな?」
「虫は水が必要なので、ショウの部屋からここまで来るのにはちょっと距離があり過ぎですよ?」
師匠が否定するのだが、それじゃどこから――。
「ショウはどこで、こんな物を飼っておったのだ」
「台所の壷ですけど……」
「うわあぁぁ!」
ステラさんが上げた突然の叫び声に皆が飛び上がる。
「ステラさん、なんですか? ビックリさせないでくださいよ!」
「私、その水飲んだかも!」
「「「えっ!?」」」
「生水飲んだんですか?」
「ほら、エルフは精霊魔法で水の浄化が出来るから」
へぇ、精霊魔法って、水の浄化も出来るのか――便利だな。
消毒の為にアルコールとか持って歩かなくても良いんだ……。
ステラさんの話によると――どうやら、俺の工房でコーヒーを淹れたが、濃かったので壷の水を足したらしい。
その時、一緒に飲んでしまったようだ。
「はあ~、じゃあこの虫は、熱いピコにも平気、身体の中に入っても消化されたりしないで平気なんですね。 そりゃ、凄い」
「凄いじゃねぇよ! なんて物飲ませるんだよ!」
「何って、ステラさんが勝手に飲んだんじゃないですか。 なるほど、ステラさんのココから、便槽へ入ったんですね」
俺が尻から出るポーズをしてみる。
「ザケンナァ!!!」
「なんでですか。 エルフにとっての神獣を飲み込んで尻から出すなんて貴重な体験が出来て良かったじゃないですか」
「良いわけあるかぁ! このクソガキャァァ!」
ステラさんが蹴りを繰り出してくるが、ククク――もうそんな蹴りは見切っている。
いつまでもアホな会話をしていても進まないので、作業に移る。
明かり取りの窓と言っても、ガラスも何も嵌まっていなく、ただ穴が開いて鉄格子が嵌まっているだけだ。
鉄格子を外せば、虫を外へ出すことが出来るだろう。
ただ、城壁の厚さは1.5mほどあり、外側の鉄格子と内側の鉄格子の二重構造になっていて、鉄格子は石に固定されている。
ここに重量軽減の魔法を掛けて、鉄格子の嵌まっている石ごとを引き抜いた。
結構面倒くさい作業だが、簡単に外れてしまうのはこれまた問題になるので、これは仕方ない作業だろう。
鉄格子付きの石を外した窓に濡れた毛布を敷きつめ、虫の身体が痛まないようにして、エサで釣って外へ誘導すると、10m程の白い身体がまるでニシキヘビのようにズルズルと城壁の外へ出ていく。
城壁の外は数メートルの間があってすぐにお堀になっていて、城壁の外でニムに見てもらっていると――。
「にゃ! にゃ~っ! みゃ~! なんか出てきたにゃ~! 出てきた!」
みゃ~みゃ~! ニムが外で煩い。
やっとデカい虫は、城のお堀に入ったようだ。
そこでしばらくエサ断ちをして小さくなってもらい、川に帰っていただく。
それなりに大事にされている生き物なので、何かされる事は無いとは思うが、面白がってエサをやられるといつまでも小さくならないし、これ以上デカくなると困るので歩哨を1人付ける事にした。
次の日から、あっと言う間に噂が城下町中に広がって、見物人が押しかけている。
見物人に聞いても、普通は蛇ぐらいの大きさになると川に放してしまうらしいので、こんなに大きくなると思わなかったと言う。
見物人からなんでこんなに大きくなったんですかと質問されたので――。
「エルフ様のウ○○あげたらデカくなったんだよ」
――と言っておいた。
------◇◇◇------
それから1週間も経たないうちに虫は蛇ほどに小さくなったので、お城の裏にある、お堀の排水用用水路からお帰り願った。
川に帰る途中で、用水路の掃除もしてくれるだろう。
マジですぐにデカくなるし、小さくもなるんだな。
どういう身体の構造してるんだよ――と不思議に思う。
そんな虫を見送って――お城の裏から戻ると、裏門にちょうど卵売りと牛乳売りが来ていたので、買う。
ちなみに物売りから買うのは俺だけだ。 お城の食事で使っている材料は専門の業者が入っている。
工房から灯油ランプを持ってきて、卵を光で透かしながら選別する。
「それは何をしているのでございますか?」
「卵に孵りかけがないか、見てるんだよ。 ほら、これは孵りかけだ」
ランプで透かすと中心に塊がみえるので、選別する。
ニムは、この孵りかけが好きなようだが、俺はちょっと勘弁願いたい。
「この燃えているのは魔法で燃えているのでございますか?」
「いや、普通の灯油で燃えているが、ランプは俺が魔法で作ったんだよ。 透明な筒は水晶だ」
周りからへぇ~という感嘆の声が上がる。 説明するのが面倒な事は全部魔法って事で済ませている。
説明しても理解できないだろうしな。
本当は、コレじゃイカンのだろうけど。 だから、子供達にはなるべく教えるようにしているのだが。
物売り達と世間話をしていると、見慣れた爺さんがやって来た。
以前、麦の根っこを貰った爺さんだ。
「おはようございますだ。 真学師様にこれを持ってきたでごぜえますだ」
「お! チーズか。 コレ貰って良いのか?」
「よろしゅうございますだ」
チーズを受け取ると、中々良い出来だ。 匂いも良い。
「あ、でも、チーズが出来たって事は死産が出たのか。 残念になぁ」
「いいえ、以前は死産でも出たら、皆で頭を抱えてましただ。 それが、こんなのを作れるようになって、頭を抱えずに済むようになりましただ」
「そうか、農民が豊かになるって事は、国か豊かになるって事だからな。 殿下にも言われているが、農民の生活がもっと楽になるように色々と考えてはいるよ」
「ありがとうございますだ」
爺さんに金を渡そうとしたが受け取らず、頭を下げると帰っていった。
チーズ貰って何を作ろう。
スライスしたリンゴを甘く煮て、削りチーズを掛けてみるかな。
------◇◇◇------
「ザケンナァァァ!」
俺の工房で、師匠と一緒にリンゴのチーズ掛けを食べていると、入ってくるなりステラさんの怒号が響く。
「なんですか、いきなり」
俺がリンゴを食いながら答えるが、師匠は無視だ。
「ショウが変な噂を流すから、商人が私の所へやって来てるんだよ!」
「商人が? なんでですか?」
「虫が私のウ○○でデカくなったって、言っただろ!」
察した師匠がブッ! と吹き出す。
「ええ? だって事実じゃないですか。 ステラさんのウ○○食ってデカくなったんでしょ? アレ」
師匠が下を向いて、肩がプルプル震えている。
「んなわけあるか~っ!」
「さすが商人だな。 商売になると解ればエルフ様のウ○○も買いに来るか……。 それにしても、自ら霊験灼然な黄金を練成してを放り出すとは、さすがエルフ様ですね。 マジパネッス!」
「シェカラシカァァ!」
「アハハハ!」
堪えきれなくなった師匠が腹を抱えて笑い出した。
「ルビア! 笑ってないで、お前のクソ弟子をなんとかしろよ!」
「はぁ~可笑しい。 なんとかって、どうするのよ。 だいたい、あんたがショウの部屋の物を勝手に飲み食いするからいけないんでしょう?」
師匠は涙目になって、指で拭っている。
「こんな所で虫飼ってるなんて、誰も思わねぇよ!」
「そうじゃなくて、勝手に飲み食いしないでくださいって言ってるんですよ」
「お前達、私に対する愛はないのかぁ!?」
そう言うと、ステラさんは俺の食い掛けのリンゴを奪うとパクパク食い始めた。
「くそぉ! 美味くてムカツク!」
「食うか怒るか、どっちかにしてくださいよ」
「シェカラシカァッ!」
元世界の日本だと、とりあえず謝るって行動をしがちだが、この世界では余り得策ではない。
悪くないのに謝ってしまえば、自分が悪いと認めてしまったことになる。
もちろん、本当に悪ければ謝るのは問題ないのだが。
特にエルフに対しては悪手だ。 延々と絡まれる事になりかねない。
「師匠、エルフ様と会話していると、言葉は通じているのに会話が通じてない事が多くありません?」
「まあ、エルフとはそういうものですから」
「エルフってみんなこうなのですか?」
「ほぼ10割こうです。 まあ、1000歳超える長老級になれば、話が通じないこともないのですが、基本的には同じです」
「はあ……原始のエルフに虫が託されたって話でしたけど、なんでエルフが選ばれたんですかね?」
「そりゃ、エルフが優秀だからに決まってるだろ」
ステラさんが、リンゴの煮物を食い終わって俺にオカワリを要求する。 とりあえず、美味いもの食って落ち着いたらしい。
「優秀……」
俺が師匠の方を見ると――。
「この世界の魔法や精霊は、エルフが持ち込んだ物だと言われてますから」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。 原始のエルフ達は凄い知識と技術を持ってたと言われている」
「その凄い知識と技術ってのは、伝わってないのですか?」
「その知識と技術で自分達の故郷を滅ぼしたんで、ここへ逃避してきたんだよ。 だから、原始のエルフ達は一切、知識と技術を伝えないで死んだ」
「なるほど、それが自然回帰しようって、エルフ原理主義の元になっているのか」
「そう、でも私に言わせれば、好き勝手やって故郷を滅ぼしたエルフの方が原理に適ってるじゃんって話」
「私は、そんな話を初めて聞いたわ」
師匠にも話していない話もあるのか……。
「そりゃ、王族にしか伝わってない話だからな」
王族……? 王族かぁ……。
――我々は新しい世界で、新しい理想郷を建設する。
故に、古き思想や伝統、貨幣も必要ない。
たとえ親であっても、社会の毒と思えば微笑んで殺せ。
我々はこれより過去を切り捨てる。
今住んでいるのは新しい故郷なのである。
泣いてはいけない。 泣くのは今の生活を嫌がっているからだ。
笑ってはいけない。 笑うのは昔の生活を懐かしんでいるからだ――ポル・ポト政権の指令文書より(主人公うろ覚えにつき部分改変)
「なにそれ? 気持ち悪い詩」
俺の口ずさんだ詩にステラさんが露骨に嫌悪の表情を出す。
「こういう原理主義を打ち出して、国民を殺しまくった国があったんですよ」
「言っておくけど、エルフはそこまでバカじゃないから」
ステラさんが、そう言ってリンゴを一口放り込んだ。
ええ? 故郷を滅ぼしちゃったのは……?
でも、話を聞くと他の惑星から入植してきたような話だな~。
ということは、エルフってのは異星人って事に――?
「ああ、それで師匠、あの虫なんですが、もっと色々と使い道があると思うんですよ」
「例えば……、どんなものでしょう?」
「例えば、あの虫は死んだ物、腐った物しか食べません。 だから、病気や怪我で死んだり腐った組織を食わせて綺麗にしてから治療や再生を行うとか……」
元世界のウジセラピーだな。
「なるほど、それは面白いですね」
「やめろぉ! そんな話は聞きたくもねぇ。 お前ら師弟揃ってオカシイぞ」
「別におかしくはないですよ。 かなり有効な治療方法になると思いますけど。 ただ、患者の理解が得られるかはちょっと怪しいですけど」
「それは確かに……」
「まあ、機会があれば試してみましょう。 ステラさんみたいにお尻から出して楽しむだけが利用法じゃないってことですよ」
「楽しんでるわけねぇだろ! このクソガキャ!」
ステラさんの蹴りから逃げ回るが、師匠をチラリと見ると――もうそこら辺で止めときなさいって顔をしている。
――というわけで、いい加減下ネタは止めよう。
「それはそうと、ステラさん。 私のベッドの周りにステラさんの私物を置くのは止めてくださいよ」
「え~、だって取りに行くの面倒くさいじゃん」
「いや、私のベッドで寛ぐ自体が間違いなんですけど。 それから、師匠も。 なんで本棚と本と持ち込んでるんですか。 ドンドン部屋が狭くなるじゃないですか」
「だから、あんな離れを作るんじゃなくて、この部屋を拡張しようって話だったのにぃ」
ステラさんが椅子の上で胡座をかいてムクレている。
「いやいや、ここは私の部屋なんですよ。 皆さんで侵略してくるのは止めていただけませんか?」
「「嫌」」
話が通じねぇ~。
「それと、ステラさん。 これは味醂と言って調味料なんで、飲まないでくださいよ」
煮物に甘味を足すために水飴を入れたりしていたがイマイチだったので、粟酒から味醂を作ってみたのだが、早速ステラさんに飲まれてしまったのだ。
「え~? 甘いお酒じゃないのぉ?」
ステラさん曰く、ヒエ焼酎で割って飲むと美味いらしい。
「確かに酒精もはいってますが、調味料なんですよ」
「じゃあ、別に飲んでも毒じゃないんでしょ?」
話が通じねぇ~よぉ。
勘弁してくれ。
結界付きの保管庫に入れればいいけど、調味料までそんなところに入れてられねぇ……。
「もうそれじゃそれも置いておいて、皆さん真学師なんですからもっと学術的な話をしましょう。 例えばコレ」
俺が工房から持ってきた物を見せる。
「銅の線?」
「そうです。 コレに薄い皮膜を付けたいんですよね。 何か良い物はありませんか? 最初は、紙を巻いたりしたんですが、厚くてダメなんです」
「う~ん、ニカワとかはダメなのですか?」
師匠が銅線を手に取りながら言う。
「ニカワだと、線を曲げると剥げちゃったりするんですよね」
「じゃあ、虫蝋が良いんじゃない?」
「虫蝋?」
なんか、聞きなれない物が出てきたぞ。
「……なるほど、それは良いかもしれませんね。 ショウ、すぐに準備なさい」
「え? すぐにですか?」
「はい」
師匠は思い立ったら止められない。
すぐにその虫蝋という物を採取しに行く事になった。
------◇◇◇------
師匠と一緒に森へやって来ているが、珍しくステラさんも一緒だ。
「ステラさんと一緒に森なんて珍しいですね」
「私はいつも一人で来てるからね」
森の中を縫うように歩くが、木の密度が高いところは下草が生えてないので、歩きやすい。
この世界にはセミはいないので、日本の夏の森のように喧しいという事はない。
耳を澄ますと、鳥の囀りやキツツキに似た鳥のドラミングの音が聞こえる程度だ。
そんな中、ふと、妙な音が聞こえてくる――ギュギュギュギュギュ~ン! こんな音だ。
森の木々の隙間から空を見上げると、瓢箪のような鳥が飛んでいる。
ジシギの1種の求愛飛行のようだ。
ジシギというのは、瓢箪みたいな身体に、細い脚と長いクチバシ、短い羽という冗談みたいな形をしている鳥なのだが、これが飛ぶと結構速い。
あの身体でどうやって飛ぶのかも不明なのだが、その速さを活かした急降下で求愛飛行をする変わった鳥だ。
「ここにもジシギがいるのか」
元世界でも初夏にはジシギの求愛飛行の音を聞いていた。
「ジシギ?」
俺の呟きにステラさんが反応するので、空で急降下を繰り返している鳥を指さした。
「ああ、アレ。 あんな変な格好でよく飛ぶよね」
どうもこの世界、膨大な動植物が存在しているのに、名称が殆どついていない。
本当に身近な物、よく使われる物にとりあえずな名前が振られているだけ。
真学師のステラさんでさえ、あのジシギの1種を差して『アレ』としか言わない。
そんな会話をしながら、森の中をキノコ等を採取しながら散策する。
ステラさんは腕とか脚とか露出している服なのだが、虫とか平気なのかな? と思うのだが、精霊の力で虫除けをしているらしい。
便利だな。
「やっぱり、エルフは森から離れないほうが良いんですか?」
「そうだねぇ。 森から離れると途端に精霊が少なくなるからねぇ」
「精霊ってエルフにしか使えないんですか?」
「そうだよ。 まあ、他にもいるっちゃいるけど」
「ダークエルフとかですか?」
「そう」
ステラさんは、ダークエルフについては触れてほしくないようだ。
「人間にも精霊って使えないんですか?」
「はは、聞いたことがないねぇ。 さっき話したけど、エルフが持ち込んだ物だからね」
「精霊って生き物なんですか?」
「う~ん、エルフが作ったって事は確かなんだけどさ、もうどんな物なのかすら解らないんだよね」
ロストテクノロジーってやつなのか? 人工生命体?
「ないわね……」
師匠が呟く。
「虫蝋ですか?」
「ええ、珍しい物ではないのですが、探すとないのですね」
「ちょっと精霊に聞いてみるよ」
「え~? そんな事も出来るんですか?」
「うん、この子達はこの森の事をずっと見てるからね」
そうなのか。 やっぱりいろんな意味で森を減らすのは得策ではないんだなぁ……。
精霊の導きに従い、虫蝋の場所へ向かう。 すると、木の枝に白い物がビッシリとへばりついている。
「ははぁ、虫蝋ってカイガラムシの事か」
「カイガラムシ?」
「この白いのが、海岸にある貝殻に似ているんで、私の地元ではそう呼んでいたんです」
「それは面白いですね。 それじゃ、これはカイガラムシにしましょう」
「へ? 今まで名前がなかったんですか?」
「はい。 必要ありませんでしたから」
「え~? エルフでもなかったんですか?」
「だって、虫蝋で通じるじゃん」
なんてこったい。 さっきのジシギもそうだが、なんでもかんでも名前を付けて分類するのは日本人だけなのかね?
そういわれると、個人でも世界的な研究者がいる日本ってば結構凄い事なのかもな。
虫蝋を採取して、ちょっと気になった事があって、虫を潰してみる。
「何をしているのですか?」
「私の地元では、この虫の仲間で潰すと赤くなる種類がいたんですよ。 その色が染色に使われたりしていたので、そういう種類か確認をしていました」
「虫で染色を?」
「酒や飲物に色を付けたりもしていましたよ」
「へぇ~、場所によって色々とあるんだねぇ。 腹に入れば同じだけどさ」
ステラさんがケラケラと笑っているが、師匠は――冗談じゃないわみたいな顔をしている。
飲物に色っていうのは、透明なガラスがあるってのが、大きいだろうな。
この世界の陶器のカップじゃ、色がついてても解らんし。
虫蝋を採取して、帰宅した。
森に入るときには、前に作った小型の魔石時計を持っていっている。 時計があると森でうっかり時間が過ぎていて暗くなっていたとかがないので、やはり便利だ。
せっかく森まで行ったので、キノコを少々採ってきた。
夕飯はキノコ鍋にするか。
とりあえず、エルフ様のウ○○を買いに来た商人達は、呪いを掛けるとか脅してステラさんが追い返したようだ。
そんなものまで買いに来るなよ~って思うが、でも金になるなら何でも売買する商人の鑑ともいえるが。





