58話 虫(ワーム)(挿絵あり)
色々としたごたごたが片づいたが、ファーレーンの同盟国諸侯奥方様連中だけが、相変わらず皺伸ばしにやって来てはいる。
だが、以前に比べれば、かなり少なくなった。
忙しかったが、魔法の実験をやり放題だったし、小遣いは稼げたし貴族連中とのパイプもそれなりに出来た。
しかし、帝国貴族へのパイプなんて作った途端に大破損状態になっているしな、あまり役には立ちそうにないな。
殿下が俺の工房へやって来て、甘いミルクを飲んでいる。
「子爵様とミルーナ様が纏まりそうで良かったな」
「うむ……、ミルーナのやつめ、もっと強攻策に出てくるかと思ったが、大人しく引き下がりおったな……」
殿下の声は小言でよく聞き取れなかった。
「何か?」
「いや、なんでもない」
「ミルーナ様が、野の花に生まれていれば好き勝手出来たのにと、前に嘆いていたよ」
「仕方あるまい。 薔薇に生まれてしまったのだからな。 ここで好き勝手をしても、ファーレーンとファルタスの関係が悪化するだけだ」
「そうなんだよなぁ」
やんごとなき家に生まれるってのは結構大変そうだ。
俺は、平民で良かったぜ。 まぁ、金はあるに越した事はないんだけどな。
銀の匙を持って生まれるってことは、それだけスタートラインが優位って事だ。
これは、事実だろう。
0から1億円稼ぐのは大変だが、1億円スタートで2億円に増やす手立てならいくらでもある。
「しかしショウ。 女子を侮ってはイカンぞ。 その気になれば、家だろうが、国だろうがお構いなしになることもあり得るからな」
「止めてくれよ、怖い話は」
「妾とて、何もかも捨てたくなる時もあるしな」
「捨ててどうする? いつぞや塔の上で話したけど、お姫様と騎士の逃避行は悲惨な結末にしかならんぞ?」
「騎士ならな。 でも、ここには其方がおるではないか」
「まあ、その気になれば稼ぐ手段はいくらでもあるが……どうしても金がいるなら悪い商売でもやりゃいいしな。」
「悪い商売?」
「その前に俺は、お姫様のライラが好きなんだけどな」
「なに!?」
殿下はミルクカップを置き、俺の前に来てテーブルの上に座ると、スカートを手繰り上げ白い脚を広げた。
「よくぞ申した! よし! さぁ来い!」
両手を広げる殿下なのだが……なぜそうなる?
「いや、さぁ来いって。 ライラ、そういう事はしないと、この前言ったじゃん。 忘れたのか? 『国は民のため、民は国のため』」
「つまらん」
そう一言呟いてテーブルから降りる殿下を、そっと抱き寄せる。
「とりあえず、ライラが即位するまでな。 そうだ、いつぞやの公爵閣下みたいに膝の上に乗ってみるか?」
「ふん」
鼻を鳴らして、殿下が俺の膝の上にドスっと座る。
「はは、やっぱり小さい子じゃないとサマにならないか」
「ならば、これでどうだ?」
殿下は向き直ると、俺の首に手を回し腰を俺の太股の上に下ろす。
「おい、この格好は拙いぞ」
「ふふ……」
殿下は妖しい笑いを浮かべると、腰を前後左右に回し始めた。
「ちょっと待て! この動きはヤバイ。 洒落にならん!」
「どうだ、我が母直伝だぞ。 これで墜ちぬ男はおらんと言っていた」
「おおい、待て待て!」
「止めてほしくば、先程の続きで悪い商売とやらを教えるがよい」
「しかし、チョコや皺取りと違って、完全に悪意のある行為だぞ。 いままでは大店や王侯貴族限定だったが、これは一般市民にも影響が出る」
「言わねば、其方の物を直接引っ張り出して、試してみようかの」
「変な脅迫はよせ! 解った解った! 良いのかよ……。 あ~、そうだな……無限連鎖講とか」
「無限連鎖講……」
俺は殿下に、無限連鎖講――所謂ネズミ講の説明をする。
「要は、一番初めの胴元が儲かるのであろう?」
説明は終わったが、殿下はまだ俺の上にいる。
「そうだ、下っぱも儲かりそうな錯覚を起こすが、儲からない。 そして、せっせと仲間を集めて働くほど、胴元が儲かるってわけだ」
「なるほどの。 貧乏人が金を出し合って、他の貧乏人を巻き込み一握りの金持ちを作る、商売に見せかけた仕組みか」
さすが、殿下は一発でネズミ講のカラクリを理解したようだ。
「ファーレーンでやるなよ」
「戯け、やるはずがなかろう。 商人の代理を立てて帝国でやらせる」
「こいつは、病気みたいにあっと言う間に広がる。 そして、多大な社会不安を巻き起こす」
「そんな騒ぎになれば、胴元は捕まって処刑かの?」
殿下が首を切る動作をする。
「懇意の商人は止めた方が良いと思うぞ」
「大丈夫だ。 これに打って付けのやつがおるわ。 それにしてもさすが悪魔だの、恐ろしい事を色々と知っておる」
「けど、すぐに逆輸入されてファーレーン諸国で流行る可能性もある。 その時は先手打って禁止しないとダメだぞ?」
「解っておる。 ネタが解っていれば、首の根を押さえるのはたやすいからの」
気に入らん商人に美味い話を持っていって、そいつの上前を刎ねた挙げ句、帝国に消させるつもりだ。
黒すぎる……。
ネタに納得したのか、やっと殿下は俺の上から降りた。
「男を墜とす秘儀とか言ってたけど、ファーレーンの王妃様の行為は問題にならなかったのか? 帝国貴族はちょっと貞操を疑問視されただけで、犠牲者が出たのに」
「我が母は、そういうのは全く問題にしない方だったの。 むしろ、そういう行為が女の魅力を上げる飾りになるという考えだったようだ」
「なるほど」
大体、貞操が問題になるのは、お輿入れの時だけだ。 1回やっちまったら、後はやりたい放題だからな。
男も女も、愛人作りまくって、乱痴気騒ぎ……。
だが、相手が盗賊やらとなるのは、ちょっと拙い。 犠牲者が出たのはそのせいだ。
もしくは、すでに邪魔になっていたので、それにかこつけて消されてしまったのか……。
「これ見よがしに、私設騎士団を連れ歩く母に、大臣共は皆、苦虫を噛み潰したような顔をして口を噤んでいたわ」
「騎士団は顔重視で、実力は伴ってなかったんじゃないの?」
「そういう者もいたが、実力で雇った者も多かったからの」
「はっちゃけた人で散財もするけど、実力者でもあったのか」
「それは間違いない」
王妃様直伝の秘儀か。
秘儀! 肉襞モミモミ3段締め~とかか? なんてこったい! 超期待&ヤバ過ぎる。
ミルーナ様とかも、ファルタス王妃様から受け継いでたりするのか?
そういうのは、王侯貴族の嗜みとか言ってたしな。 あの王妃様も海千山千って感じだったし……。
むう! 異世界の王侯貴族、侮りがたし!
「しかし、顔重視じゃなぁ。 王妃様が生きている時に、俺がやって来ても見向きもされなかったろうな、ハハッ」
俺が自虐的に笑うと、殿下が――。
「バカを申せ。 其方みたいな面白い男を、あの母が放っておくはずがあるまい」
「じゃあ、帝国と戦するから、凄い兵器を考えろ! とかそういうの?」
「あり得る」
「うへ~、娘のライラがそういう人じゃなくて良かったぜ」
「戦などしても銅貨にもならぬ。 それに、戦というのは武力だけでするものでもないしな」
「つまり、経済で戦をするわけか」
元世界でも経済戦争とか言われたしな。
「そうだ。 ボロボロになってる帝国に、わざわざ武力を使って、コチラが痛い思いをすることもない。 外から揺さぶりを掛ければ、内部分裂を起こして自壊するわ。 それを黙って見ておればよい」
「なるほど。 このパターンからすると帝国の今やってる事は、失政を隠すためになすり付け――つまり、国が悪くなったのは全部ファーレーンと悪魔のせいだ! と叫んでる」
「パターンというのは解らぬが、そういう事だ」
元世界でも、そんな国はあるな。
俺は悪くない、悪いのは全部彼奴等のせいだ――どこでも、やることは同じか……。
「しかし、ヤケクソになって攻めてくるというのは……」
「軍を動かすには、優れた統率者が必要だ。 そのような者がおるとは、今の帝国では聞かぬの」
「船頭多くして船山に登るってか」
「なんだそれは?」
「いや、船長が沢山いる船で、ア~ダコ~ダと揉めていたら、いつのまにか船が山に居たって笑い話の諺だよ」
「面白い話だが、言い得て妙だな」
「しかし、帝国にも優れた人材はいると思うし、真学師だっている。 例の凄い巫女だっているし、油断は禁物だぞ?」
「解っておる」
なるほど、殿下はまだ帝国に揺さぶりを掛けるつもりだ。
国家間の争いか。
まだ大統一されていないこの世界だけど、それに向かって進んでいくのかね。
しかし、戦争は勘弁してもらいたいなぁ。 平和にマッタリと行こうぜ。
殿下から武力を仕掛けるつもりはないみたいだが、向こうからきたらやるしかねぇしなぁ……。
順調に巻き込まれてるよな、あ~あ。
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時間に余裕ができたので、久々に師匠と散策にやって来ている。
散策の場所はいつもの森ではなくて、城の南側の平地だ。
森ほど多種多様な植物群があるわけではないが、森ではみられない植物も多い。
殿下から城の南側にできている貧民窟の調査を命じられたので、それも探索のついでに行う。
師匠と一緒に、身の丈ほどの茅やススキのような植物の間を縫って進んで河原に出た。
ファーレーンの城下町は東西を川に挟まれていて、こちらは西の川になる。
東の川は、そのまま上流へ行けば師匠の家と、俺が行き倒れていた滝に行き着く。
河原に出て一休み、師匠に俺が作ってきたカフェオレとクッキーを渡す。
クッキーを食いながら周りをぐるりと見渡すと、河原と草原の境界線に蘭を見つける。
「お、蘭発見。 ノビネチドリに似ているな」
見つけた蘭は紫色の花を付けていて、庭の花で似ているといえば、ヒヤシンスか。
ただ、ヒヤシンスは円筒状に花が咲くが、ノビネチドリは紡錘状になる。
「そういう植物は増やすのが大変なのですよ?」
「大丈夫です。 皮膚再生の魔法の応用で、植物の複製が造れるようになったので、それで増やしているんです」
「ふう、あなたはドンドン危ない方向へ行くのですね」
師匠はため息をついた。
「ステラさんにも、同じような事を言われましたが、大丈夫ですよ」
「皆、最初はそういう事を言うのです」
「どうせ、遅かれ早かれ人生に躓くんです。 人生は蹉跌の連続ですよ。 どうせ躓くなら、自ら躓きに行く生き方です」
俺は笑っているが、師匠はあきれ顔だ。
しばらくカフェオレを飲んで、クッキーを食って話をしていたが、突然師匠が謝りだす。
「ごめんなさい」
師匠が頭を下げると、後ろで結わえた栗色の髪が揺れる。
「はい? なんでしょう? 何かありましたっけ? もしかして、明日世界が終わるとか……」
「そんなわけないでしょう。 その、面倒な仕事をショウに押しつけてしまって……」
「ああ、その事ですか。 まあ、何事も修行ですから。 師匠に任せたはいいけど、途中で面倒になって大魔法で吹き飛ばされても困りものですし」
「誰からそんな話を……」
「殿下ですよ」
「もう」
師匠は自分の黒歴史を暴かれて、少々ムクレ顔だ。
「良いんですよ。 今回の騒ぎではかなり魔法の修行になりましたから、信じられますか? 私の魔法の実験台になりに大陸中から大金を持って集まってくるんですよ。 全く度し難いですよねぇ」
俺は膝を叩いて笑い出した。
「ショウ、今のあなたは悪い顔になってますよ?」
そうだ、この魔法を使えば、どんな女でも思い通りに出来る。 チラリとそんな事を考えていた。
イカンイカン、確かに女は集まってきたが、BBAばっかだったじゃん!
師匠に謝罪をしていると、水面に長いウネウネが浮かんでいる。
「なんだ? 蛇?」
白い生き物だが、蛇ではない。
興味本位で掴んでみると、ヤツメウナギに似ているが、ヌルヌルはしてないな。
円形の口が開いていて、口の中にギザギザの歯らしきものが見える。
目は無いし、エラも無い。
「そんなの捕まえてどうするんですか? まさか食べるつもりじゃないでしょうね?」
「師匠、コレなんですか?」
「知らないのですか? 虫ですよ」
「虫ですか? 名前は無いんですか?」
「ありません。 ただ虫と呼ばれています。 こんなに大きくなったのは、何か動物の死体でも食べたのでしょう」
「つまり、そういうのが専門の生き物ですか」
「そうです。 本当に知らないのですか?」
「はい」
どうやら、この生き物は腐肉食動物、スカベンジャーとかネクロファジーと言われるタイプの生物のようだ。
結構そこら辺にいる生物らしいが、死骸やヘドロ、汚泥などを食べるため、水の綺麗なところにはいないらしい。
師匠の家近辺は水が綺麗なので、俺が見た事がなかったという事なのか。
師匠は食うのか? と聞いているが、元世界でこいつに似ているヤツメウナギは食べたりしたが、正直美味いものだとは思わなかった。
ただの珍味ってやつだ。 それに似ているこいつを見ても、食欲が涌かない。
それに、この世界では、こいつを殺すとよくない事が起きるという迷信が信じられているらしく、好かれてはいないが殺したりする奴もいないそうだ。
俺は迷信なんて信じていないが、田舎でミミズに小便を掛けると、チ○ポが腫れるとかそういう類の迷信と同等の物だろう。
小さいものでイトミミズぐらいの大きさから、エサがあるとドンドン大きくなり、そしてエサを食い尽くして食べるものが無くなると、また小さくなるらしい。
面白そうなので、一番小さいのを捕獲してみた。
水が無いと生きられないようなので、瓶に水と一緒に入れる。
虫と言われているが、虫ではないし、魚でもないし、円口動物に似ているはいるが、円口動物でもない。
もしかしたら、魔物の一種なのかもしれないな。
基本垂れ流しのこの世界で、川や用水路が汚れていないのはこいつのおかげらしい。
「お城の堀の清掃にも使われていますよ」
「そういえば、お掘りの底に白いウネウネを見た事があったな。 こいつだったのか」
「コレがいるというのは、汚れているという証なので、綺麗になればすぐに除かれます」
「なるほど、でも便利なやつだ」
師匠の話によると、生ゴミが沢山出る食堂や食肉処理施設などでも、飼われているようだ。
虫を採った後、そのまま貧民窟の方へ回ってみる。
見るからに粗末な建物が並び、城下町の住宅にある浄化槽などの設備は望むべくもないが、不潔な感じはしない。
不潔にすれば、伝染病やらがあっと言う間に広がるのを経験則で知っているのだろう。
伝染病が発生すれば、国としても見逃す事ができなくなり、即隔離して火を放ったりということは普通に行われる。
医学の発達していないこの世界で、伝染病は脅威なのだ。
いくら、治癒魔法があったとしても、いきなり数万の罹患者が出たりすれば、手も足も出ない。
そんな貧民窟の清潔を守っているのが、俺が瓶に入れた虫だ。
大きな水瓶や穴を掘って池を造り、その中に虫を入れ、ゴミでも排泄物でもなんでも放り込むと、綺麗に食べてくれるのだ。
そりゃ、この虫も大事にされるだろう。 自分達の生活を守ってくれているのだからな。
遊んでいる子供達に尋ねて、孤児を集めているようなところは無いか、聞いてみる。
すると、そういう女性がいるということで、そこへ行ってみることに。
師匠にちょっと手伝ってもらい、その女性を審問する。
10人程の子供達といたのは中年の女性だ。
ここで問題になるのは、孤児達に物乞いをさせたりして、その上前を刎ねる輩とかが普通にいるって事だ。
元世界でもこの世界でも、どこの世界でもやっている事は結局同じってのはちょっと切ない。
この女性がそういう輩なら排除して、この子供達を保護しなければならん。
師匠に少し心を読んでもらったが問題は無く、共同生活体のような形になってるので、そのまま喜捨を渡してその場を後にした。
俺の工房へ帰ってきて、獲ってきた虫を水を入れた壷に入れると、イトミミズみたいな白い線がウネウネと泳いでいる。
師匠も飼った事があるそうだが、寿命は不明、生殖しているものかも不明、そもそも性別があるのかも不明、そんな感じらしい。
そして、ある程度大きくなると、呼びかけに反応したり懐いたり、知能を持っていると思わせる行動もするという。
う~ん、そんな話を聞くと、なんだか面白そうな生き物じゃん。
しばらく虫を眺めていたが、忙しくてずっとお城にすし詰めだったので、しばらく城下町へ行ってないな。
腹も減ったし久々に燦々亭へ行ってみるか。
食ったのはクッキーだけだしな。
飯食った後に孤児院の様子も見たいので、BBA共の皺伸ばしの間に暇を見て、子供達のために作った玩具を持っていく事にした。
------◇◇◇------
久しぶりに燦々亭へ入る。
「ちわ~、肉焼をくれ」
「あら! 真学師様お久しぶり。 もうこの店の事なんて忘れちまったのかと思いましたよ」
女将さんは相変わらずだ。
「はは、ここんところ、忙しくてな」
「お城に貴族様がわんさか押し寄せてましたが、何があったんです? 噂じゃ真学師様が、若返りの魔法を使ってるとかなんとか」
ここは、相変わらず情報早いな。 この店は、街のスピーカー役だ。
逆に広めたい情報があれば、ここから発信すれば、あっという間に広がる。
「はは、そんな凄い魔法じゃないよ。 顔の皺を少し伸ばしたりするだけさ」
「女の皺を消せるんですかい?」
「まあな、それで少し若く見えるってだけなのさ」
「まあ、あたしもやってもらおうかしら」
「バカ言うな。 いくら掛かると思ってるんだ! ウチにそんな金があるわけないだろ」
まぁ、店の主人の言うとおりだ。
「金貨を積んでも、1年もすれば元通りさ。 金貨が余ってるわけじゃないだろ?」
「金貨山積みにして、1年経ったら元通りですかい。 金のある人は違いますねぇ」
燦々亭の主人は、料理をしながら渋い顔だ。
出来てきた肉焼を食いながらちょっと聞いてみる。
「ちょっと変な事聞くけど、ここって虫を飼ってる?」
「はい、飼ってますけど……なんで、そんな事を?」
「ただ、聞いてみただけさ。 ちょっと見せてもらえるかい?」
「こっちですぜ」
女将さんは怪訝な表情だが、いきなり何を言い出すんだろ? この人って感じの顔をして俺をみている。
ここの主人に案内された水瓶の中に、確かに虫が入っている。
「ウチみたいな食堂は、生ゴミが沢山でますからな、助かってまさぁ。 後、浄化槽の中にもいますぜ」
「やっぱり食堂だと飼ってるところが多いのかい?」
「そうだと思いますけど……何か問題でも?」
女将さんは、何が拙い事でもあったのか? と、ちょっと心配そうな顔をしている。
「ああ、スマンスマン。 ただの興味本位で聞いて見ただけなんだよ」
普通に当たり前の事を聞いてくるんで、ちょっと怪しい人状態になってしまってるようだ。
この世界に来てしばらく経つが、まだ知らない常識があるもんだな。
「真学師様、これは買いましたぜ」
燦々亭の主人が、保存瓶を見せてくる。
2重になった素焼きの瓶の隙間に小石と水が入っていて、気化熱で冷える冷蔵庫だ。
俺が殿下に見せたやつだが、俺が王侯貴族のBBA共を相手にしている間に発売されていたのか。
主人の話によると、食材が1~2日は長持ちするようになったらしい。
食材は基本露天売りなので、その日に傷んでしまう事も多い、それが1日持つようになっただけでもかなり助かるようだ。
構造は簡単なので、適当な素焼きの壷でも二重にすれば自作出来ない事もないが、スペースを有効に使う事を考えれば既製品が有利だろう。
保存瓶はレンタルもしていてお試しが出来る。 使って満足なら買うというシステムも中々上手い。
この世界で物を冷やすとなると金を払って魔法――という固定観念が出来てしまっているので、何か物を冷やすカラクリを作ればとかいう考えが出来ないんだよな。
飯を食い終わって、燦々亭を後にすると孤児院へ向った。
孤児院の横にもう1棟建物が建てられて、公立の学校に使われている。
先生はマリアと、もう1人は中年の女性で、確か学士という話だったが。
学校と言っても、元世界のように毎日5~6時間も受業をするわけではなくて、1時間は読み書き、1時間は算数、そんな感じだ。
成績優秀者には国のために働く事を条件に奨学金が出て、さらに高度な勉強も可能になるし、役人への登用もありえるという事で、子供をここへ通わせる親も増えてきてるようだ。
子供達が増えているという事で、警備の獣人達も増えている。
「お~い、久々にやって来たぞ!」
「あ、ショウ様だ! ショウ様、ショウ様!」
お下げ髪がトレードマークのリコが飛んできて、抱きついた。
ワイワイとあっと言う間、子供達に囲まれる俺。
まるで竜巻の中へ突入したようだ。
「ハイハイ、お前らちょっと待てって」
そんな事を言うが、子供達は聞くはずもなくお構いなしだ。
「今日は玩具を持ってきたぞ」
持ってきたのは、旋盤があれば簡単に作れる剣玉とコマだ。
それぞれ10個ずつ作ってきたが、孤児院の子供と、学校へ来てついでに遊んでいる子供もいるから、合計40人ほどいる。
当然、数が足りないがどうしようもない。
とにかくガキ共は汚いのがデフォなので、俺の作った石鹸を渡してよく洗うように言いつけてあるし、建物も虫避けのために定期的に魔法で燻している。
一般的な家では殺虫効果がある除虫菊のような植物の煙で燻しているようだ。
俺の工房も、週に一度程魔法で100℃ぐらいまで温度をあげて虫殺しをしている。
でないと、虫だらけになってしまう。
警備に来ている獣人達の毛皮を見ると蚤やダニの心配はないのかと心配になるが、人より頻繁に風呂に入るし、灰などを使って殺菌しているらしい。
人間より綺麗好きだ。
「「「「「何これ、何これ、何これ」」」」」」
俺が持ってきた玩具をみて、子供達が騒いでいる。
「こうやって、遊ぶんだよ」
剣玉の技を披露して、コマに紐を掛けて回してみせた。
「「「「「わぁ! 俺の、私の、俺のだ」」」」」」
「お前ら、順番に遊べって」
「「「「「よぉし! チケタ!チケタ!チケタ!」」」」」」
またジャンケン大会が始まる。
「ふぅ、疲れるぜぇ」
見ると、自分達で自作したらしい竹馬とか、ブランコもある。
中々やるな。 まあ、紐と竹があれば作れるからな。
「ねぇショウ様、魔法で貴族様の顔を作り変えたって本当?」
「作り変えてはいないが、まあ似たようなもんかな」
「違うぞ、俺が聞いたのはオッパイをデカくしたって聞いたぞ」
「ああ、それもやったな」
「ほんとに?」
「オッパイだって!」「オッパイ」「オッパイ」「オッパイ」「オッパイ」「オッパイ」
ガキ共の下ネタ連呼が始まる。 なんでガキってのは下ネタ大好きなんだか。
「オッパイ大きくできるなら、チ○ポも大きくできるの?」
「あ~? そうだな。 そういえば、そういう手もあるか。 そういう客はいなかったが、やろうと思えばできるな」
輪切りにして、くっつけるのか……考えるだけで玉ヒュンだな。
「いぇ~チ○ポ」「チ○ポ」「チ○ポ」「チ○ポ」「チ○ポ」「チ○ポ」「チ○ポ」
また……。
「こら! 誰なの変な連呼しているのは!」
マリアがガキ共の下ネタ連呼を聞きつけて、外へ出てきた。
マリアが出てくると、ササササっと文字通り蜘蛛の子を散らすように子供達がいなくなる。
「よ、マリア。 しばらく来れなくて悪かったな」
「ショウ様! お仕事がお忙しかったのでしょう?」
「まぁ、そんなところだ」
久々に会ったマリアは、初めて会った時のガリガリと比べれば、かなりふっくらとしていた。
うん、美人だな。
パサパサだった黒髪も、アマテラスの光を受けて天使の輪が光っている。
そんなマリアにアマテラス袋に入れた御喜捨を渡す。
「いつもありがとうございます」
「マリアねぇちゃんのオッパイもデカくすれば良いのに」
「魔女のオッパイはデカかったな」「うん」「魔女オッパイ」「魔女オッパイ」「魔女オッパイ」「魔女オッパイ」
また……。
マリアが黙って立ち上がって、スタスタと子供達の方へ歩いていこうとすると、凄い速さで子供達が散った。
「本当にもう。 ショウ様……」
「なんだい?」
「あの、胸大きいほうが好きなんですか?」
「え? あ~いや、まあ好きっちゃ好きだけど、別に胸の大きさだけで決まるわけでもないし、小さいのは小さいのに存在価値があるっちゅ~か。 ほら、殿下も小さいしさ」
いきなりの質問にしどろもどろになる俺。
人の心が読めるマリアに嘘は通じないからな、一応正直に答えてるつもり。
なんとかマリアの質問を躱して世間話に持っていくが、孤児院も学校も特に問題は無いようで、一安心。
そのまま帰宅したが、俺の工房に戻ってくると鍵が開いている。
またステラさんか師匠だな。
あまりに2人が煩いので、合鍵を渡してしまったのだが……。
中へ入ってみると誰もいないが、飲み食いした跡がある。
何か食いたくてしばらく待っていたが、俺が帰ってこないので退散したらしい。
合鍵持ってるんだから、鍵を閉めてくれよな。
コップとか、ピコを淹れたフィルターもそのままだし、甘いものが欲しくて水飴を舐めたみたいで、水飴の壷が置きっぱなし……。
師匠も洗い物はしないが一応片づけてはくれる。
それに、今日は師匠と一緒にいたので、コイツの犯人はステラさんだ。
ああ、もう。
一通り片づけて、洗い物をしてベッドへ倒れこむ。
ふう、子供の相手をするのは疲れるぜ。 俺も10年前はあんなに煩かったのかね?
ベッドの縁に座り直し、あんなに煩くはなかったと思うんだが……そんなことをブツブツと言いながら、ふと虫を淹れた壷を見ると――いない。
イトミミズみたいな白いやつがいない。
「あれ?」
台所周りを探してみたが、いない。
エサを入れなかったからな。 腹が減ってシンクから、浄化槽へ逃げてしまったかな?
一応、シンクから水を流してみたり、浄化槽も開けてみたが、イトミミズみたいな小さいやつじゃ解らん。
浄化槽は、工房横の小川に繋がっているし、小川は城のお堀に流れ込んでいる。
そのお掘りは、東の川から水を取り入れて、西の川へ水を排出している。
つまり、虫はここからでも川へ戻れるのだ。
急に水の無い所へ行くと、石の陰とかに隠れて冬眠状態になり数年は平気だって話だし、そう簡単に死ぬ生物ではないらしい。
「まあ、心配要らないか。 後で、もう一匹獲ってこよう」





