57話 子爵とお姫様
俺の工房で殿下と2人――ヒソヒソの内緒話、これが本当の密談。
ファーレーンとファルタスが関係を結ぶということを聞いて、色々と考えていた事を殿下に具申する。
「ちょっと意見具申があるんだが」
「なんだ、妾の誘いを断って意見とは図々しいではないか」
殿下は誘いに俺が乗ってこなかったのが不満のようだ。
そんな事を言われてもなぁ……。
「まあ、そんな事は言わずに、これもファーレーンのためだし」
「……」
「ファルタスのミルーナ姫の相手は決まった?」
「そんな話は聞いておらん。 だが、ミルーナの顔が治った途端に引く手数多だそうだ。 まったく浅ましい事よな」
「ミルーナ姫の相手に、ファーレーンの子爵様を推したいんだが」
「子爵というと、フィラーゼ子爵をか? 確かに奴は好漢だが、家の格の違いがあるであろう」
「爵位なんてどうにでもなるじゃん」
殿下に俺の企てを説明する――まず俺の作った透明ガラス……って語呂が悪いな。
水晶ガラスにするか――あの水晶ガラスの製法を実用化したって事にして、伯爵に昇格させて、販売実績を作ったら昇格――ってやればあっと言う間に侯爵~公爵様の出来上がりって寸法だ。
上手くいかなくても、国でサポートしてしまえば良い。
「それではインチキではないか」
「無理も通れば道理になるってな。 実際そのぐらいの力はある方だし、遅いか早いかの違いさ。 それにミルーナ姫がファーレーンに嫁いでくれば、この国にも凄い利点があるしな」
「凄い利点?」
「タダで真学師が手に入る」
それを聞いた殿下が、ダン! とテーブルを叩いた。
「そうだ、奴は真学師の弟子だったの」
「しかも、それを知っている諸国は皆無だ。 今なら、ファーレーンが独り占めできる。 しかも、ここにはミルーナ姫の師匠のステラさんもいるし、姫も真学師に未練があるようだったしな。 ここで真学師をやってもなんの問題もない」
「むう」
殿下は、顎に手をやると考え込んだ。
「ファーレーンはタダで真学師が手に入る。 子爵とミルーナ姫には良い嫁ぎ先を。 ファルタスには、子爵正室の実家としてガラスの製法を渡してもいいだろう。 実際、両家の婚礼で、見た事も無い水晶ガラスがズラリと並べば、アレコレ言う奴なんていないと思うぞ?」
まさに、大岡裁き真っ青、三方一両損ならぬ三方一両得と思ったのだが。
「どうだ?」
殿下は勢いよく立ち上がり、何かを言おうとしたが、そのままストンと座ってしまった。
そして、指先でテーブルを叩きながら、こんな事を言う。
「其方は酷い男だの」
「酷い? 良い提案だと思ったんだけどな。 それじゃ止めるか」
「戯け、ファーレーンとファルタス双方に利益があると聞かされて、いまさら妾が無視できるはずがあるまい。 其方は酷い男だの」
「え~?」
「そのうち、其方を誘った妾にもファーレーンのためとか申して何処かの誰かと婚姻を勧めてきたりするのであろ?」
「それも真学師の仕事だろ?」
「其方は酷い男だの」
殿下はプイと横を向いてしまった。
「殿下なら、妾の相手は妾が選ぶ故、口出しするでない――で終わるだろ?」
「其方がファーレーンのためと言って推してくれた話を無視せよと言うのか。 妾は無視出来ても、王侯貴族の娘たるミルーナには拒否できないのだぞ? 其方は酷い男だの」
なんとなく~殿下が言ってる意味が解ってきたのだが、それから小1時間、殿下から酷い酷いと言われ続けてしまった。
いい話だと思ったのだが。
でも、結局ファルタスへの子爵の紹介はするようだ。
だって両国には良い事だらけだし。
子爵領では、今後大規模な産業開発が始まるので、爵位など問題にならないほど発展するだろうと手紙には書いてもらった。
もちろん、子爵の人格や人柄も殿下と俺が保証する旨もだ。
それからしばらくして、ファーレーンのフィラーゼ子爵領を探索する男が1人。
供も付けずに領内をくまなく聞き込みして回り、最後は子爵の屋敷へ参り、果たし合いを申し込んできた。
その人とは誰あろう、ファルタス王その人であった。
アメリカのショットガン‐ウエディングに近いかな? とも思ったが、そもそもまだつき合ってもいないし、ちょっと違うか。
ビックリしたのは子爵だ。 わけも解らずファルタス王から果たし合いの申し込みを受けるが、騎士の果たし合いと言われて断るわけにはいかず、これを受けた。
もちろん果たし合いなら真剣勝負。 全力を以ってファルタス王を打ち負かした。
ファルタス王は納得したように自分の国へ帰っていったのだが、子爵が苦情の申し入れのため、殿下の下へやってきた。
話し合いの場所は俺の工房だ。
もうすっかり喫茶店と化してるが。
「すまんな子爵よ。 ファルタスに其方の事を紹介しておったのだ」
「その旨、一言仰っていただければ……こんな事には」
「うむ、ファルタスから良い返事が返ってきたら、其方に伝えるつもりだったのだが、まさかファルタス王が供も付けずに単身乗り込んでくるとは……」
「中々、熱い御人ですね」
「まったくな」
怪我でもしたらどうする――と言いたいところだが、国王である前に1人の剣士として、娘の相手を確かめたいという本心だろう。
「洒落になりません。 寿命が縮まりましたよ」
「魔物も寄せつけない子爵様らしくもない」
「それとこれとでは話が違います」
俺が茶化すが、それを受ける余裕はないようだ。
「まあ、これでファルタスの返事は決まったようなものだが、子爵に無理強いをするつもりはない、しかし正室としてはこれ以上に申し分の無い人選だぞ」
「しかし、家柄の格が……」
子爵様は下を向いて、何かボソボソ言ってるが――それについては、俺と殿下の間で出た、ちょっとしたインチキで爵位を上げるという裏ワザで回避するという説明をしていた。
「それについても、先程説明したであろう」
「私に酒やガラスの製法などの理について言われても……」
「それはちょっと裏がありますので、他言無用にお願いいたします」
「はい」
「実は、ミルーナ姫は真学師なのですよ。 師匠はここにいるステラ様です」
「え? ええっ!」
子爵様は目を丸くした。
「他言無用ですよ? それ故、難しい事は全部ミルーナ姫と私に任せて、子爵様は今まで通りに政をしていただければ良いのです。 勘違いなさってはいけないのですが、別に子爵様を蔑ろにするという事ではありませんよ。 適材適所です」
「だからの、ファルタスから返事がきたら、このような事を全部其方に説明しようとしていたのだ。 それなのにあの御仁は、メチャクチャではないか」
「それでどうでしょう、子爵様。 宝箱を目の前に用意されて、開けずに回れ右をしますか?」
「殿下も真学師様もお人が悪いですね。 承知いたしました、お受けいたします」
子爵様はため息を一つついて、覚悟を決めたようだ。
当人達がまったく与り知らないところでドンドン話が進んでしまうのが王侯貴族らしいところだし、そして拒否権も無い場合が多いという。
確かに酷いと言えば酷い。
――というわけで、後はファルタスから返事を待つだけとなったのだが……。
返事を待っている間にミルーナ姫本人がやって来てしまった。
ファルタス王に似ていると思ったけど、行動まで似なくても良いのにと思ったら――ファルタスまで押しかけて求婚したアホ貴族がいたらしく、それから逃げるためにファーレーンにやって来たとのこと。
ファルタス王本人がわざわざやってきて、子爵様をどういう人物か見極めたので、候補を1本化したようだ。
ミルーナ姫がやって来たが、話し合いの場は、また俺の工房だ。
ファーレーン貴族へ嫁いでくるのであれば、まずは君主の殿下への挨拶もあるしな。
お城へ来るのは当然としても、なんでわざわざ狭い俺の工房で話し合いをやる必要があるのかは分からんが。
「ミルーナ、其方の与り知らんところで、色々と進めてしまってすまんの」
「いいえ、殿下とショウ様が、ファーレーンとファルタス両国のためを思って、勧めてくれたお話ですから」
「ミルーナ姫、治療したところはいかがでしょう?」
「問題はございませんが、静かな日々を過ごしていたのに、火傷痕を治した事で毎日のように押しかけられてウンザリしてしまいましたわ」
良い嫁ぎ先を探すために、火傷痕の治療を苦労して行なったが、裏目に出てしまったか。
それにしても、火傷痕がある時は見向きもされなかったのになぁ。
殿下も仰っていたが、本当に浅ましいよな。
「子爵、こちらが――フィラーゼ子爵!」
――ミルーナ姫を紹介しようとしたら、子爵様は、心ここに有らず状態で惚けている。
殿下に怒鳴られて、彼は飛び上がった。
「はいい!」
「何をぼんやりしておるか。 こちらがミルーナ姫だ」
「ファルタスのミルーナ・ミ・ファルタスです。 不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「はい! わ、私が、ロイ・ル・フィラーゼです。 ロイと呼んでください。 こちらこそよろしくお願いいたします!」
「では、私もミルーナでよろしいですわ」
「いや、そういうわけには……」
子爵様はしどろもどろになってあたふたしている。 どうやらミルーナ姫の美しさに見とれていたようだ。
腕は立っても、女性には弱いのか。
早速、子爵と意気投合したミルーナ姫は子爵領に滞在することになった。
こうなってしまうと、本人達の意志は関係なく婚姻は決定事項になってしまうのだが、子爵と姫の相性が良さそうなのがせめてもの救いか。
俺から見れば、最強カップルだと思うんだがな。
婚姻するにしてももう少し先になるだろうけど、ファーレーンに嫁ぎ先が決まったので、貴族共の凸も無くなるだろう。
ここに凸してくれば、マジで国際問題。
ファーレーンとファルタス両国を敵に回すことになり、無礼打ちにされても文句は言えない。
そんな愚か者がいない事を祈るしかないが、もしいたとしても、嬉々とした俺と師匠達の餌食になるのは間違いない。
俺達が手を出すまでもなく、アホ貴族相手なら子爵様で十分にボコボコに出来るだろうが、魔導師等を連れてくると厄介になるからな。
俺も子爵領に通って粟酒の作り方と、水晶ガラスのレシピをミルーナ姫に伝授する。
粟酒は麹菌を使う日本酒のような造り方で菌の選別に魔法が必要だし、ガラスの方もかなりの高温が必要で、現状魔法のブーストが必要なのだ。
しかし、いつまでも魔法に頼っては量産が出来ないので、水晶ガラスの製造には子爵領の丘を利用した登り窯を提案してみた。
これなら、かなりの高温を出す事が出来るはずで、魔法のブーストがなくてもガラスを溶かすことが出来るはずだ。
そしてミルーナ姫は自国のガラス職人を呼び寄せると言う。
なるほど、ガラスの扱いに詳しい者がいれば計画は早く進むだろうし、ファルタスへ技術を持って帰る事も可能なわけだ。
ファルタスへの水晶ガラス技術の供与は決定しているので、なんの問題もない。
もっと低温で溶けるガラスがあれば良いのだが、現状は無理だ。
透明なガラスが出来ただけでも、この世界では革新的なのだから。
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ガラスの製造と、粟酒は子爵領に任せて大丈夫そうなので、俺は自宅の改築に着手した。
あまりに、俺の工房が会談や話し合いの場に利用される事が多いので、拡張しても良いですか? と殿下にお伺いをたてたらあっさりとOKだったので、殿下の気分が変わらんうちに早速取りかかった。
俺の工房がある城の中庭には、俺が畑を造ったり、ゴムの木林を造ったりしているが、まだスペース的には余裕がある。
改築とは言っても、今の俺の部屋は気に入っているのでそのまま残し、工房の脇を流れる小川を挟んだ対岸に客間を造る事にした。
小川にはアーチ状の橋を掛け、渡り廊下を通って客間へいく。
板ガラスの製作工程を工夫したことで、少々大きい板ガラスを造れるようになり、客間に設置したテラスに初めて使ってみた。
テラスから見える庭は、悩んだ挙げ句、枯山水を造った。
こんなのは見た事がないだろうしな。
でも、枯山水を見たこの世界の住人達の反応が気になるところだ。
で、枯山水なんか造ったけど、庭というのは維持が結構大変。 枯山水だと定期的に石を綺麗に洗ったりしないとダメなんだよね。
そこらへんは、定期的に孤児院の子供達をバイトで雇う事にして解決したが、大きい庭っていうのは金持ちの道楽だというのを痛感した次第。
「んでさぁ、これは何?」
客間の枯山水を見たステラさんの第一声がコレである。 師匠も一緒だ。
久々に顔を見せたステラさんだが、いつもと変わらない調子だ。
1000年以上生きるというエルフなら、10年ぶりでも一瞬の出来事なのかもしれない。
「これはですねぇ、飛び出ている岩が島。 白い石の筋は水の流れを表しているんですよ。 つまり、水が無いけど水のある風景を模倣しているんですね」
「なんだか、精神世界みたいですね」
師匠が呟く。
「さすが師匠! 解ってるぅ!」
「ええ? 何それ?」
「はぁ、エルフ様に高度な精神世界を表現する芸術は理解出来なかったか」
俺は肩を竦めて首を振り、これだからエルフってやつは……というポーズをした。
「シェカラシカァァ!」
ステラさんの長い脚の蹴りが飛んでくる。
「おっと!」
「くそぉ! ショウのくせに、避けるの上手くなりやがってぇ」
「だいたい、ミルーナ様のところに通っていたのに、どうしたんですか?」
「用事があれば伺うから、来なくて良いって言われたぁ」
どうやら、子爵領でここと同じように好き勝手に飲み食いをしてウザがられて、ミルーナ様に子爵領を追い出されたようだ。
「くそぉ! ミルーナのやつ、師匠に対する愛はないのかぁ!」
「あ~はいはい。 私が普段どんなにステラさんに優しくしているか解ったでしょう?」
「ショウ! なんか甘いもの!」
「はいはい」
師匠はすっかりあきれ顔だ。
客間から、俺の部屋へ戻り甘い物を作る。
今日は、パンケーキに豆を煮た物をスライム寒天で固めた物を挟んだ、シベリア風を作ってみた。
一応、師匠にスライムの事を確認してみたが、観念して食べるという事なので、ステラさんと同じ物を出した。
「師匠、どうですか? お味は?」
「不味くはありません」
「またまた、素直じゃないんだから。 それじゃ食べるの止めます?」
俺が皿を下げようとすると、師匠は皿を取られないように後ろを向いてしまった。
「しかしねぇ、あのちっちゃかったミルーナが、もう嫁入りか。 人ってあっと言う間にデカくなって、あっと言う間に死んじゃうよね」
まあ、長寿のエルフにとっては50年も100年もあっと言う間か。
「光陰矢の如しってね」
「それはどういう意味ですか?」
――師匠が言葉の意味を尋ねてくる。
「光はアマテラス、陰はツクヨミ。 つまり月日が移り変わるのは矢のように早いって言葉です」
俺は、部屋に飾られた旭日模様のアマテラス袋を指さす。
よく喜捨をするので、纏めて買ってあるのだ。 それを梁に飾っている。
「何? アマテラスなんか飾っちゃってぇ。 毎日拝むつもり?」
「別に拝んでも良いじゃないですか。 カンジザイボサツギョウシンハンニャ~ハ~ラ~ミ~タ~」
俺がパンケーキを食いながら般若心経を口ずさむと――
「何?! なんの呪文?」
ステラさんが椅子をガタガタさせて、後退った。
「死者を弔う鎮魂の呪文ですよ」
正確には大乗仏教の思想自体を表したもので、弔う経ではないのだが。
なんだか、ステラさんにはエライ評判が悪い。
「なんで、そんなの知ってるのぉ? 気持ち悪い奴だなぁ、もう!」
ちなみに、中二病を発病した時に般若心経を全部覚えたりしたのは黒歴史。
今はもう冒頭しか覚えてないが。
なるほど、エルフ避けに般若心経は使えるかもしれん……と。
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子爵領で水晶ガラスの試作品が出来たので、殿下と一緒に馬車に乗って子爵領へ向かう。
馬車のサスにオイルダンパーを付けたいんだが、生ゴムは出来ても耐油性がまるでないので、オイル用のゴムパッキンが作れない。
でも、せっかく生ゴムが出来たので、馬車のサスペンションをサブフレームに取り付けて、ゴムブッシュを介して車体に取り付ける方式に改めてみた。
これで、かなり乗り心地が改善したようだ。
車輪にもゴムを巻いてみたんだが、耐久性に問題があるようで、すぐにボロボロになってしまう。
硫化の配合でいろんな種類を作れれば良いのだが……。
最終的な目標はチューブの入ったゴムタイヤだが、目的地は遥か遠くだな。
その馬車の目的地は、子爵領の丘に作られた登り窯を有したミルーナ様のガラス工房だ。
登り窯に沿うように石造りの工房が建てられており、1階の窯炊き場と2階の作業場とは階段で繋がっている。
ミルーナ様が、外で俺と殿下を出迎える。
「ミルーナ、水晶ガラスの試作品が出来たというので、やって来たぞ」
「殿下、ご足労ありがとうございます。 こちらへどうぞ」
ミルーナ様に案内されて、2階の作業場へやってきたが、そこには、すでに輝く水晶ガラスの試作品達が並べられていた。
「ほう! これはショウが作った物と遜色ないな」
「いや、殿下。 私が作った物より不純物が少ないです。 さすが、専門のガラス職人が扱ってますね」
「ショウ様、ありがとうございます。 職人達が、頑張ってくれています」
「登り窯はどうですか?」
「扱いがかなり難しいようですが、なんとかなるという事でした」
「それは素晴らしい」
ガラスの研究はここに任せて大丈夫みたいだな。
「ミルーナ、この池はなんだ? 鉛か?」
殿下は池と仰っているが、溶けた金属が入ってるプールで、大きさは元世界のコンビニにあったオデンの鍋ぐらいの大きさである。
る。
「殿下、これは錫でございます」
ミルーナ様が職人達に合図をすると、窯から真っ赤に溶けたガラスが取り出され、溶けた錫のプールへ流し込まれていく。
ミルーナ様はガラスが固まらないように、魔法で補助をしているようだ。
ガラスの溶解温度は溶けた錫より遥かに高いので、ガラスが冷えた後も錫の上に浮かんでいる。
それを引き上げると――
「おおっ! なるほど! これで大きな板ガラスを作っているのか。 これはミルーナが考えたのか?」
「いいえ、この理もショウ様に教えていただきました」
「そうか、ショウが増築した部屋にあった大きな板ガラスも、このようにして作ったのだな」
「その通りでございます。 私のところではあまり大きな物は作れませんが、ここには優れた職人達がおりますので、これだけ大きな物も作れるのです」
「むう、まさか溶けた金属の上へガラスを浮かべて板にするなど、思いもつかんわ」
「まったくですわ」
この方式の利点は、溶けた金属の上にガラスを浮かべるので、後で磨かなくても良いぐらいに平らになるところだ。
そして、平らで大きなガラスが出来たとなると、当然――。
「ミルーナ、妾にこれで姿見を作ってくれ」
「姿見の試作はすでに済んでおりますので、すぐに献上させていただきますわ」
「なに? 作った試作品は何処にある?」
「私が使っておりますわ」
「なんだと! そのような物が出来たのなら、まずは妾に献上すべきであろう」
「おほほ、殿下はショウ様を独り占めなさっておいでなのですから、このぐらいは私の好きにさせていただきますわ」
「な! ぐぬぬ……其方、諦めたのではなかったのか?」
「あら? なんのことでしょうか?」
あれ?
俺の頭の中が疑問符で一杯になったところへ、子爵様が入ってきた。
「殿下、お迎えに上がれませんで、申し訳ございません」
「よいよい、それにしても順調にいってるようではないか。 これならすぐに伯爵様だの」
「本当によろしいのでございますか?」
「これだけの物を作れる貴族が、ファーレーンの何処におるのだ? いきなり公爵にしてもいいぐらいだぞ?」
「それはさすがに拙いのでは……」
「だから徐々にあげていくのだ!」
踏ん切りがついてない様子の子爵様にちょっとイライラの殿下だ。
まあ、この子爵様は根が真面目なんだろう。
貴族には珍しいタイプだ。 それ故、出世欲も無くて取り残されている――とも言えるが。
「これを聞いた、ファーレーンの諸侯はどうしますかね? いきなり掌返しでしょうか?」
殿下に疑問をぶつけてみた。
「多分、返してくるであろう。 でないと、乗り遅れるからの。 ハハハ!」
「となると、可哀相なのはテテロ卿のところだけか」
さすがに、俺に潰されたのに、すぐさま尻尾を振るわけにはいかないからな。
「しかしの――従って連なるのが忠信からではなくて、金に群がってくるというのが、妾にとって痛いところだな」
「まあ、どこの国でもそんな感じではないでしょうか」
「うむ、いっそ反旗を翻してくれれば、大手を振って叩き潰せるんだがの」
「さすがに、そこまで気合の入ってる貴族様はいらっしゃらないのでは?」
「そういう事だ」
殿下はヤレヤレという感じで、首を振っている。
「ミルーナ様、こういう物もあるんですよ」
俺は財布代わりに使っている巾着に付けているカットガラスの飾り玉を見せた。
「こうやって、色の違うガラスを重ねて削って色を出していくんです」
「まぁ! 面白い! そして綺麗。 コレ、お前達もご覧なさい!」
俺から巾着を受けとると、ガラス職人達に見せている。
「コップなども、ちょっと厚めに作って、等間隔で削ったりすることでいろんな模様を付ける事ができるんですよ」
「素晴らしいですわ。 早速試作してみないと」
「私には何がなんだか……」
真学師同士の難しい話に取り残されている子爵様が呟く。
「こういう難しい事は、全部真学師に任せておいて、其方は政と剣を振っていれば良いのだ」
「はぁ……」
「子爵様、初めて会ったステラ様はいかがでしたか?」
俺がステラさんの事を聞いてみる。
「いやぁその。 参りました」
困り顔で頭を掻く子爵様。
相手はエルフ様で、ファーレーンの重鎮だ、文句が言えないのを解ってて色々とやってくるんだから、かなり悪質だ。
でも、本人は全く悪いと思ってないのが、これまたエルフらしいんだけどね。
「色々とやらかして、手がつけられないようでしたら、私を呼んでください。 連れて帰りますので」
「よろしくお願いいたします」
俺が見せたカットガラスの飾り玉で職人達と談義をしているミルーナ様に話しかけた。
「ミルーナ様、お酒の方はどうですか?」
「そちらも順調ですよ」
「あのカビの種類が胆なので、他のものと決して混ざらないようにしてください」
「承知いたしております」
「大きな容器で作れば沢山つくれますけど、失敗した時の負債が大きいしな」
「まだ、試行錯誤段階ですから。 それと、ショウ様。 あの酒の作り方だと、どんな物でも酒になってしまうのではありませんか?」
さすが、真学師のミルーナ様だ。 目の付け所がシャープ!
知的な会話が成り立つって素晴らしい。
いや、普段の会話が知的ではない――と言っているわけではないので、一応念のため。
「さすが、ミルーナ様ですね。 そうです、デンプンを含んでいるものであれば、芋でも麦でも木の根っこでもなんでも酒になりますよ。 ソバでも可能です」
「ソバ?」
「ああ、ここら辺ではソバは栽培しないのですね。 痩せた土地でも育ちますし、色々と食料にも使えますよ」
「今度、教えてください」
「ここら辺に育つソバも問題なく食べられるかは、ちょっと調べてみないと解りませんので、私が試食して大丈夫でしたらお教えいたしますよ」
「
「よろしくお願いいたします!」
ソバと同じ種類の植物が生えていたのは間違いないので、今度調べてみよう。
そうだなソバなら、森からの霧が届かない乾燥している土地でも栽培できるかもしれないな。
ただ、見かけは元世界の植物に似ているけど、毒があるとかいうやつもたまにあるからな、注意しないと。
ガラスも酒も、思いの外順調だな。
ただ、鏡製造に使う水銀は猛毒なので、扱いにはくれぐれも注意するように念を押す。
しかし、殿下もミルーナ様も、元世界でいれば中高校生の歳だろ?
大人びてるなぁ。
まあ、この世界は12歳にもなれば、世の中に出て働くからな。
このぐらいは当然なのかもしれないが。





