56話 切り崩し工作
それからしばらくして、ファルタスのミルーナ姫と王妃の噂が、あっと言う間に大陸中の王侯貴族の間に広がった。
そりゃ、ミルーナ姫の酷い火傷痕が綺麗に治り、王妃が若返ったとくれば、噂好きでなくても勝手に広がる。
その噂を聞きつけて、ファーレーンへの魔法施術の申し込みが殺到したのだ。
無論、それを殿下が見逃すはずも無く、今までいまいちの結果だった帝国諸派への切り崩し工作へ利用をし始めた。
くる日もくる日も、王侯貴族のBBA達の皺取りと弛みを取る毎日。
ファルタス王一家がとても良い人達だったので、ちょっと偏見が無くなりかけたのだが、やってきた王侯貴族のBBA共は絵に描いたような、王侯貴族だった。
全くBBAはな、ウチにいるエルフのBBAで間に合ってるちゅ~ねん。
そのエルフ様は、ファーレーンにやって来た王侯貴族巡りをしているようだ。
せっかくの状況なので、情報収集とパイプ作りに忙しいらしく、俺のところには顔を見せない。
さすが、ベテランの真学師らしいそつが無い行動だ。
そんな日々の中――。
俺は医者でも、美容整形外科医でもねぇ!
――と叫びたいところだが、まあこれも修行だろう。
間違い無く魔法の修行にはなっているし、新しい施術方法も色々と開発しつつ、毎日を過ごしている。
一番大きく変わったのは、施術前にある種の大型寄生虫を使う事だ。
事前に家畜に寄生虫を寄生させ肥大させておき、その寄生虫を移植に使う施術者の皮膚サンプルに寄生させる。
そして、皮膚サンプルを再生魔法で増殖させると、寄生虫から皮膚サンプル増殖のためのエネルギーが補充される仕組みだ。
寄生の仕組みを逆利用して、寄生仕返しているとも言える。
これなら、施術前に移植用の皮膚を増殖させることが出来るので、施術者の身体に負担が少ない。
ちょっと大がかりにはなるが、豊胸も出来るようになった。
脂肪細胞を増殖させ、足りない皮膚は施術者の皮膚を増殖させて補えば良い。
無論、全部自分の細胞なので、拒否反応やらアレルギーやらの問題も皆無だ。
元世界のシリコン偽乳のような事は出来ないが、少々のバストアップなら問題なく出来る。
増殖も出来るのであれば、アポトーシスという細胞を自然死させることによって、組織を減らす事も出来る。 理の反転というやつだ。
アポトーシスという言葉は某エバナントカというアニメで憶えたのだが、こんなところで使うなんて思ってもみないよな。
これによって骨を削ったりしなくても、形を変える事も可能なわけだ。
体脂肪組織を減らして痩身も可能。
ダイエットしても、脂肪細胞自体は減る事はないのだが、魔法を使えば脂肪細胞自体を減らす事が出来る。
魔法を使ってやろうと思えば、太股と脛を切って足を伸ばすのも可能であろうけど、そこまではやっていない。
さすがに、繋げた後に歩行が出来るのか? 等々の問題があるからな。
そのうちに、何か実験材料を探すとしよう。
イカン、完全に思考がマッドサイエンティストだ。
でもまあ、やっていることは元世界の科学者や医者と然程変わってはないと思うのだが……。
脚を切断して繋げる伸脚手術も実際にあったはずだし。
もうサンプルはいくらでもあるので、やりたい放題である。
わざわざ人体実験の材料になるために、大金を払って遥々大陸中からやってくるのである。
全く度し難い、としか言いようがないが。
殿下が金額の交渉をして、俺はその1/10ほどを貰っている。
だいたい金貨5~10枚ってところだ。
まあ、こんな事はそんなに長くは続かないだろうからな、せいぜい俺の魔法実験の糧になってもらおう。
ご丁寧に、寝物語まで要求するBBAが居て、ちょっと困りものなんだが、そういうフザケタBBAには丁重にお引き取りを願う。
寝物語のサービスは、可愛い女の子だけじゃい!
BBAに聞かせる話はねぇ!
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BBA共の相手をして辟易していたある日、俺の工房に可愛らしいお客様がみえた。
10歳ぐらいで短めの金髪の女の子だ。
ちょっと出ているオデコが可愛い。
でも、着ている服が上物過ぎる。 刺繍が施された深い緑色の軍服のような服だ。
見るからに上級貴族だろう。
「殿下、今日はまた可愛らしいお客様ですね」
「ショウ、公爵に失礼があってはならぬぞ」
「え? 公爵閣下ですか? これは失礼いたしました。 真学師のショウでございます」
「こちらこそ、初めまして」
可愛く、ペコリとお辞儀をする公爵閣下という女の子。
「閣下は、さる公国の当主でな。 別に魔法で顔を撫でに来た訳ではないぞ」
「ほう、では何故ファーレーンへおいでになったのですか?」
「公国当主と言っても、名ばかりで何もやる事がありません。 ついては、後学のために政が進んでおられるというファーレーンを見学に参ったのです」
可愛い声で返答が返ってくる。
「では、御国は摂政が政を行っているのですね」
「そうです」
「というわけで、ショウ。 其方が閣下のお相手をするがよい」
「政は、私の専門外なのですが」
「いいえ、政以外でも勉強させていただくつもりです。 ここは、噂通りの素晴らしいところですね」
「いったいどんな噂なのでしょう?」
「窓には水晶がはめ込まれて、外のように明るい部屋に、食べたことが無いようなお菓子とか飲物が沢山並んでいると」
「まあ、お菓子は沢山並んではいませんね」
俺は笑いながら答えたが――これは催促されているのだと理解したので、早速作るとするか。
「それじゃ、何か作りましょうか。 お菓子類は余程気に入ったお客様でないとお出ししないのですが」
「私でもよろしいのですか?」
「ええ、私のところへ毎日押しかけてくる物の怪達には絶対にお出ししませんけど、閣下はとても可愛いのでよろしいですよ」
だが、物の怪でもBBAでも礼儀正しい方なら良いんだよ。 でも、慇懃無礼なBBAが多すぎる。
「ぷ、物の怪とはな、よく言ったものだ」
――殿下が思わず吹き出す。
可愛いと言われた公爵閣下は赤くなって俯いている。
何を作ろうか迷ったが、果物をメイドさん達からもらってきて、パンケーキと生クリームと果物で、フルーツタルトモドキを作ってみた。
出来上がったフルーツタルトモドキを見て――。
「わぁ」
――と感嘆の声をあげる小さな公爵閣下。
ああ、可愛らしくて最高に良い! でも、10年もしたら、立派な王侯貴族になられてしまうんだろうなぁ。
そう考えると、なんだが悲しくなる。
言っておくが、俺はロリコンではない。 ロリコンではないぞ。
大事なことなので二回言いました。
だが、可愛いは正義。 これが真理なのだ。
閣下の喜び具合に、俺も、悪のりをしてしまい――。
「せっかくですから、特等席へどうぞ」
――と、俺の膝の上をポンポンと叩いて示す。
すると、公爵閣下は遠慮なく、俺の膝の上へ座ってきた。
ちょっと焦ってしまったが、誘ってしまった手前バタバタするのもみっともないので、そのまま公爵閣下にタルトを食べさせてあげる事に。
「どうでしょうか? お味の程は?」
「とても美味しいです!」
「それは良かった」
「ショウ~? なんだそれは、妾はそのような事をしてもらった事がないぞ?」
「殿下、お客様の前ですから、嫉妬は止めてください。 はい、あ~ん」
「誰が嫉妬か! わ、妾はあくまでショウの主人としてだな、当然の権利を主張しているのであって……」
「あ~はいはい」
「むう……。 どうだ、公爵。 ファーレーンと近くなれば、そのような菓子のレシピも手に入るぞ」
「それでは、ショウ様もお貸しいただけるのでしょうか?」
「そ、それは……、ショウは妾の物故、ちょっと難しいのだが」
「まあ、残念ですね」
あれ? 可愛い女の子と思っていたが、意外と曲者みたいだぞ? さすがに公爵閣下か。
無論、可愛い閣下のためというわけで、寝聞かせ付きだ。
殿下のベッドの上で、2人で寝巻きを着て座っている。
数日の滞在なので、いつもより少々長めに物語を演じてみるが、ラストまでは難しい。
俺は、マントをなびかせて、剣を宙に掲げた。
「集まった銃士隊は、剣を掲げ宙で交差させると、こう叫びました! 『我等は一つ!』」
今日の題目は、三銃士だ。
この世界の人間にも解りやすい話だろう。 文化的にも近いはず。
「わぁ!」 「うむ!」
公爵閣下は熱心に、俺の話に耳を傾け――殿下は、銃士隊と主人公の活躍に感心しきりのようだ。
「今、私は『我等は一つ』 と申しましたが、じつはこれは意訳でありまして、原文では『皆は一人のため、一人は皆のため』 と言うのですが」
「なるほど、妾は原文の方が好きだの」
「これは好みですかねぇ、私は意訳の方が好きなのですが」
「皆は一人のため、一人は皆のためか……」
「政に例えるなら、国は民のため、民は国のため――ですかね」
「真理だの」
「勉強になります」
両手でガッツポーズをして、そう答える公爵閣下。
「しかし、ショウ。 妾は思うのだが、その物語の元凶はバッキンガム公爵という男なのではないか?」
「ああ、殿下もそう思いますか? 私もそう思います」 (注:あくまで個人的な感想です
数日の滞在の後、公爵閣下は帰路についた。
ああいうお客様なら、毎日でも良いのだがなぁ。
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相変わらずBBA共の相手をしているが、今日は珍しい男のお客様。
俺の、数少ない貴族さまの知り合いで、ファーレーン貴族の子爵――以前、三角測量を教えてあげたら、ファーレーン領の地図を作りに行った方だ。
その働きが殿下に認められて、男爵から子爵へ昇格した。
だが、その地図製作の任務の際、魔物に襲われて顔に大きな傷を負ってしまったようで、それを消してほしいとの事。
ほう、そんな人を襲うようなモンスターがいるのか……それは、注意しないとな。
俺も森を結構探索して歩きまわっているが、運が良かっただけなのか?
やって来た子爵様は軽量の革の鎧を着た好漢だ。
腕も立つし、領民の信頼も厚い。 ちょっと商売は下手なようだが……。
こういった人物が何故子爵止まりなのか、実に勿体ない。
殿下は評価なされているようだが、世が世なら、英雄と言われてもおかしくない人物だと思う。
そんな子爵様を、台所がある居間の椅子に座らせて診察をする。
「子爵様、ご無沙汰いたしております」
「真学師様はお忙しいそうですね」
「まったく、毎日BBA共の相手でウンザリですよ。 殿下のご命令でなければ、纏めて魔法で吹き飛ばしたいところです」
「それは、洒落になりませんよ」
「それで今日は、顔の傷を取ってほしいという事でしたが」
「そうなのですよ」
子爵様の顔の右の頬には大きな傷が縦に入っている。
「私の無責任な発言で申し訳ないのですが、殿下のご命令を受けての名誉の傷でしょうし、男らしくて良いと思うのですが」
「私も気にはしていないのですが、どうも強面に見えるらしく、女性受けがよろしくなくて……はは」
子爵様は、ちょっと照れ隠しの笑いを浮かべる。
「それでは、お相手を探すために、傷を治そうと?」
「私もそろそろ良い歳なので、拙いかな~と思いまして」
「その傷を気にしない方を見つければよろしいのでは?」
「それが中々」
子爵様は肩を竦め、手を広げる。
「相思相愛の方とかは、いらっしゃらないのですか?」
「まあ、今のところは。 庄屋の娘から候補が挙がってきてますが……」
「貴族の姫様ではなく?」
「ええ……私のような下級貴族には縁が無いですねぇ」
なんとまぁ、みる目がない奴ばっかりだな。 これ程の方、中々いないんだが。
結局、金や爵位とかでしか見てないんだろうな。
「この傷ですが、子爵様は体力もありそうですし、このまま切開して塞いでも大丈夫でしょう。 ただ、傷が消えるのは表面だけなので、口が動かし辛いとか表情が作りづらいというのは残りますけど」
「解りました。 傷が消えるだけで十分ですよ」
すぐに蜘蛛毒の麻酔を打って、傷を切除して魔法で皮膚を張り合わせる。
もうこのくらいの施術なら、10分も掛からない。
「皮膚を再生した分、体力を消耗していますので、激しい運動はなさらないほうがよろしいかと思います」
「解りました。 ありがとうございました。 しかし、綺麗に治るものですね」
「まあ、これもここに押しかけているBBA共達が実験台になってくれているおかげですよ」
俺は笑ってそんな事を言うが、それを聞いた子爵様は渋い表情だ。
真面目な性分なので、そのまま受け取ってしまうらしい。
「女性のお客様なら、お菓子をお出ししたりするのですが、子爵様にお菓子はねぇ……少々ですが、お酒はどうですか?」
「はい、いただきます! 噂では真学師様のところには素晴らしい酒があると……」
「はは、まだ日が高いので、飲み過ぎないようにしないと」
子爵様を居間から工房へ入れて、酒を用意する。
「今、酒を用意しますので、ウチには手癖の悪いエルフがいるので、酒は隠し庫にいれてあるのですよ」
「あの、エルフというのはお1人しかいらっしゃらないのでは?」
「そうですよ。 子爵様、狙われた事ありませんか?」
「いいえ、今のところは……はは」
ステラさんの噂は聞いているのか、察したようだ。
工房のテーブルに酒を並べる。
「まずはこいつからいってみますか」
「む! ちょっと強めですが、美味いですね」
子爵はショットグラスのような小さいのでグイッといった。
「これはヒエから作った酒ですね。 とりあえず、簡単に栽培できて簡単に作れるのが利点です。 次、いってみましょう」
「これは……美味い。 それに、甘いですね」
「これは粟から作った酒ですが、ことのほか美味いので、ここではぶどう酒を止めて、最近ではみんなコレです。 食中食後酒にも良いですよ。」
「そこら辺に生えている粟から、こんな美味い酒が出来るなんて」
「これは私も驚きでした。 粟なんて簡単に栽培できますからね。 子爵領でもこの酒を作ってみたらいかがですか?」
「これを我が領で?」
「はい、十分に商売になりますよ」
――子爵様はグイッと酒をあおると続けた。
「う~む、真学師様はテテロ卿の領地再配分でも、お口添えをしてくださったと聞きましたが、どうして我が領に肩入れしてくださるのですか?」
「それはもちろん、子爵様を評価しているからですよ。 殿下が作る新しいファーレーンのための礎になってほしいのです」
「私に果たしてその価値があるのか」
そう言って、もう一杯酒をあおるのだが――。
それは、もちろんだ。 こんな立派な方は中々いない。 なんと言っても、誠実だ。
貴族と誠実、なんとこの単語の間には齟齬があることか。
「断言いたしますが、あります。 もちろん、殿下もそう考えておいでです」
「う~む……」
子爵様は黙って考え込んでしまった。
「何も難しく考える必要はありませんよ。 ちょっと商売をして領地を広げて豊かにすれば、それは即ちファーレーンのため、殿下のためという事ですから」
「承知いたしました。 そこまで仰るなら、ご期待に添えるようにしなければ」
「その意気ですよ」
そこからしばらく世間話をしていたが、子爵様は工房に飾ってある、俺が打った剣が気になるようだ。
俺が使っているのは、日本刀のように反りがある刀だが、趣味で剣や両手剣なども打っている。
「お気になるようでしたら、見てみますか?」
そう言って、剣を数種類子爵様に見せたのだ――。
「おおっ! これは素晴らしい」
剣を眺め、彼は称賛の言葉を発する。
「別に、魔法で加工がしてあるとか、そういう剣ではありませんよ」
「しかし、こんな造りはみた事がありません」
まあ、日本刀のような割り込みを使った両手剣なんてないだろうからな。 剣身には刃紋も出てるし。
「これを私に売っていただくことは出来ませんか?」
「売り物ではないのですが……」
「お願いいたします!」
子爵様は、その剣を余程気に入ってしまったようだ。
「そうですね。 殿下とファーレーンのために粉骨砕身している方に使っていただけるなら、その剣も本望でしょう。 金貨10枚(200万相当)出していただけるなら」
「ありがとうございます。 すぐに用意いたします!」
まあ、この方にならタダでも良いが良い鋼を使っていて材料費も掛かってる、金貨10枚ぐらいならいいだろう。 ちょっと高い剣になると金貨100枚とかなるらしいし。
他の奴が来て、何百枚金貨積まれても売らないけどね。
「その剣は、切れ味を優先させるために錆びやすい材料を使っているので、剣身から油を絶やさないようにしてください。 油が無いとみるみる錆びますよ」
「解りました」
子爵様はまだ剣を眺めている。 ちょっと酔ったか?
「良い酒を手に入れて、良い剣を手に入れて、後は良い正室だけですね」
「そればっかりは……私にはどうしようもできそうにありません」
「いい方はいらっしゃいませんかねぇ……ミルーナ姫はどうかなぁ……」
ちょっと思いつきで言ってみたが。
「え? ミルーナ姫と言えば、ファルタスの第1王女じゃありませんか! 無理ですよ。 私のような貧乏貴族には、正に高嶺の華というやつでしょう」
「ご存じでしたか。 素晴らしい女性なのですがねぇ」
そんな話をした後、子爵様はちょっと赤い顔で帰っていった。
馬に乗って大丈夫かな? これって飲酒運転だよな。
馬に揺られたら、酒が回ると思うのだが……。
------◇◇◇------
そのままそんな日々が続くと思われたが、王侯貴族のBBA共の襲来がピタリと止んだ。
どうやらファーレーンの影響力の拡大を恐れた帝国が、ファーレーンへの接近禁止令を出したらしい。
無論、帝国に関係ないファーレーン諸派の王侯貴族は1人2人と俺のところを訪れている。
接近禁止令プラス、正式に俺の指名手配も行われた。
罪状は――。
『ファーレーンの悪魔が禁忌に触れる外法を使って人民の平和を脅かしている』
――だそうだ。
まさに噴飯物だが、人民って相手にしているのは王侯貴族のBBAだけじゃん。
一般市民は全く関係ない。
まあ、指名手配が通じるのは帝国領内だけだし、ファーレーン諸国には全然関係ないので――ただの嫌がらせだろう。
ただ、帝国領内から賞金稼ぎのような連中がやって来る可能性もある――俺1人なら、なんとかなるかもと考える奴もいるだろうが、ここには『魔女』と『破滅』もいる。
わざわざ、そんな危険な状況に手を出そうというアホがいるとはちょっと考え難い。
接近禁止令はともかく、正式に指名手配された罪人と接触すれば、それだけでも罪に問われるって訳だ。
そりゃ、誰も来なくなるわな。
しかし、こんな状況になっても、一度治療を受けて若返りの称賛を受けた女にとって、俺の魔法は麻薬のような存在だ。
身分を隠して、お忍びでやってくる婦女子もいれば、ご丁寧に商人用の馬車を買い込んでやって来るBBAもいる。
いくら商人用の馬車だって、お供をズラズラと連れていればバレバレだっちゅ~ねん。
それを専門に狙う野盗まで現れて、もうしっちゃかめっちゃかである。
野盗の狙いは身代金であって命の危険は無いのだが、これで問題になるのは、人質になった婦女子の貞操問題である。
王侯貴族の正室側室にそういった噂が出れば、面子至上主義の王侯貴族にとってかなり拙い状況になる。
事案の発覚を恐れた諸公による拉致被害者への自害の強要や暗殺が起こって、帝国諸派の足並みが完全に崩れた。
貴族のオバチャン連中もちょっと綺麗になって、チヤホヤされたかっただけなのに、こんな事になるなんて思ってもみなかったろう。
「はっはっはっ! 愉快だの!」
殿下がご機嫌で俺の作ったチョコレートケーキを食べている。
今は、工房に俺と殿下2人きりだ。
「帝国諸派への切り崩し工作は、仲間にするためじゃなかったのか?」
「誰もそんな事は言っておらんぞ、無能な仲間なぞ、有能な敵より始末に悪い」
「じゃあ、最初から嫌がらせ?」
「まあ、そんなところだの。 じゃが、今回の騒ぎで頭がすげ代わり、まともなやつが治めるようになったのなら、考えなくもないが」
殿下は、帝国がこのような行動に出ることは見越していたようだ。
「金毟られて、挙げ句か。 ちょっと気の毒だな」
片棒を担いだ俺がいう台詞ではないが。
「それにしても何人死んだかの?」
「話に聞く限り7か8か……」
「今、帝国領内へミズキを間諜に行かせておる故、すぐに解るだろう」
「ミズキさんって、そういう仕事で雇われているのか……」
「うむ、帝国皇族に近いところにもいたようだし、使える人材だぞ」
「二重間諜って事は?」
「ルビア殿に確かめてもらっている故、それは無い」
殿下は俺が淹れたカフェオレを飲み干すと、タン! とテーブルへカップを置いた。
ああ、いつぞやミズキさんが、祭りで変な奴らに絡まれてたのはこういう仕事が原因なのか。
そりゃ、殿下の勅令でスパイとかやってたら何も話せないよな。
前のチョコの件といい、今回の顛末といい、帝国諸派には犠牲者が出まくって怒り心頭かもしれんわけだが、別にファーレーンが悪い事をしているわけではないしな。
奴らが勝手に間抜けなダンスをキリキリ踊ってぶっ倒れてるだけで――それで恨むのは逆恨みってやつだろう。
殿下がカフェオレを飲み干すと、立ち上がり俺の近くへやって来た。
殿下が俺に抱きつくと、彼女の太股を俺の股に差し込み、俺の胸の上で呟く。
「のう、妾の股ぐらに穴を開けるのは、其方でも良いような気がしてきたぞ……」
「ちょっとまってくれ」
「其方と妾は、もう一心同体であろ?」
「まあ、確かに此処まで来たらそうだが、今をときめくファーレーンの陛下になろうとしている御方の相手が真学師じゃ拙いじゃないか」
「妾は構わぬが」
「対外的にだよ」
「むう……ふん」
殿下はとっさに打算してさすがに拙いのが解ったのか、俺から離れて、カフェオレのオカワリを所望してきた。
俺は、殿下にカフェオレのオカワリを差し出す。
「それじゃ、今回の騒ぎの引き金になったファルタスとは関係を結ぶんだな」
「うむ、ファルタスと帝国との付き合いは先々代からだそうだが、最近少し揉めておってな」
「揉めごと?」
「帝国で燃料不足になっておるであろ? そこでファルタスの森を伐採して差し出すようにと要求が来て、ファルタス王が激怒したそうだ」
「そりゃ、ミルーナ姫から話を聞いても、ファルタスは森を大切にしているのが解ったからな、当然だな」
「であろ」
「それじゃ、ファーレーンとファルタスとの関係強化のために意見具申があるんだが」
俺は、色々と考えていた事を殿下に話し始めた。





