53話 塞がる傷口
今日もステラさんと師匠が俺の部屋へやって来ている。
例の女魔導師から俺が追剥した魔道書の解読に手間取っているようだ。
2人して顔を付き合わせて、あ~でもないこ~でもないとやっている。
「ふ~! あいつ、頭おかしいんじゃないの? こんな複雑な暗号にしたらすぐに読めないじゃん」
あいつというのは、『黒のミミカ』 とかいう女魔導師の事だ。
俺にやられちゃった挙げ句、頭おかしい扱いとかちょっと気の毒とも言える。
「何か簡単に読める方法があったんでしょ?」
「う~ん」
今日の甘味は蜂蜜添えのパンケーキだ。
森で蜂蜜を採ったので、添えてみた。
今回は全滅させないで、冷却の魔法で蜂の動きを止めてから巣の一部を切り取ったので、しばらくすればまた採取できるだろう。
そんなパンケーキを食べている師匠の脇から、魔道書を手に取ってペラペラと一部を覗いてみる。
「ん?」
ペラペラと捲り、数ページを見比べてみる。
どのページも同じ大きさの範囲に文章らしき物が書かれている。
もしかして……。
「師匠、これって連続した型紙を使って読む暗号じゃないですかね?」
「え? なにそれ?」
ステラさんが怪訝そうな顔をする。
俺は、殿下に染め物のサンプルとしてマーブル模様を転写してみせた紙を持ってきて、ナイフを使って長方形の窓を開けた。
「こうやって、穴の開いた所だけ読むと、単語が浮かび上がるってやつじゃないですか?」
「「あ……」」
ステラさんと師匠も気がついたようだ。
「それだよ! 多分、それ」
「やっと糸口が見えたわね。 確かに――それなら、連続した木枠なりを用意すれば、書くのも読むのも出来るという訳ね」
「あのゴロツキ連中のアジトに、その木枠のような物があったかもしれませんが……建物の中は獣人達が全部処分してしまってるからなぁ。 残ってるかな?」
木枠じゃ書く時に大変だろうから、羊皮紙みたいな型紙かもしれん。
「まあ、方法が解れば、解読はすぐに出来ると思うよ」
ステラさんはなにやら自信がありそうだ。 こういうのが好きなのかもしれない。
未知の言語を解読したりとか……。
「あのアジトは、今は獣人達の食堂になっているので、今度行った時にそれらしい物がなかったか聞いてみますよ」
「まあ、あるかどうかは期待してないけど、お願い~」
――そう言うと、ステラさんはパンケーキを頬張った。
そんな話をしながら、包丁仕事をしていたら、指をサックリと切ってしまった。
鮮血が指から流れだす。
血止めのノコギリソウモドキの粉と、消毒用のフーパの粉を……。
ふと、俺は考えついた。
人間の身体も化学反応の塊じゃん。
反応促進の魔法とか、植物に使っている成長促進の魔法とかそのまま使えるんじゃないの?
「う~ん」
血が流れる指を眺めて唸っていると、師匠が治癒の魔法を掛けてくれた。
「何? 治癒の魔法でも掛けるつもりだったの?」
ステラさんが笑いながら言っているが――俺が治癒の魔法を使えないのを知っているのだ。
「ええ、そんなところです」
俺は、その場を誤魔化して、2人が帰った後に自分の身体を使って実験してみることにした。
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独りで工房のテーブルに座り、ナイフを取り出し自分の左人差し指の腹を切る。
端から見れば、頭がおかしくなったとしか言えない光景だ。
俺も、真学師の闇に取り憑かれてきたのかもしれない。
指の腹から血が流れる。
まずは成長促進の魔法、皮膚を成長促進させて傷口を塞ぐつもりだ。
だが、失敗!
次は、反応促進の魔法、皮膚の治癒が行われる細胞の働きも、結局は化学反応だ。
治癒の促進を試みるも――これも失敗!
「そう単純ではないのかな?」
あまりやったことは無いが、魔法の二重起動を試みて、成長促進と反応促進の魔法を半々に使う。
魔法の重起動も出来ないことも無いのだが、凄く集中力を使う。
例えるなら、同時に複数会話の相手をしてしっかりと理解しないといけないって感じに近い。
頬を掌で叩いて気合を入れる。 左の頬に血がついてしまったが、そんなことはどうでも良い。
指先を見て、頭を空っぽにして集中する。
成長促進の魔法を起動して、反応促進の魔法を上書きする。
穴が開くような視線で、指先の傷口に集中すると――ゆっくりと傷口が閉じていく。
「はぁ! ふううう~」
集中し過ぎ呼吸をするのを忘れていたので、傷口が閉じたのを確認すると、大きな深呼吸をする。
「やったぜ!」
なんとかなる。
理の魔法しか使えない俺だが、コイツだけで、なんとかなるのだ。
これで俺の魔法の可能性も、ぐっと広がるかもしれない。
考えてみると呪文系の魔法は、複数の魔法を起動して効率よく纏めるためのプログラムみたいな物なのかも。
呪文系の魔法がC言語だとすると、俺が理の魔法だけでやっているのはアセンブラ――それどころか手書きでハンドアセンブルして、メモリに直書きしてるようなものかもしれない。
もっと色々と試してみないとな。
それには実験だ。 だがしかし、自分の身体でやるのは限界がある。 失敗すれば取り返しの付かない事になるかもしれん。
――となると。
「やっぱり、動物実験か」
可哀相ではあるが、どの真学師も魔導師も多かれ少なかれやっている事で、新しい魔法を考えだしても、使えるかどうかまずは実験しなければならない。
治癒の魔法だって例外ではない、治癒に失敗すればダメージが残るだろうし、過剰な治癒によって組織が破損する場合だってありえるのだ。
元世界でも新薬や新しい治療法を確かめるのに、最終的には治験という名の人体実験に頼ってる。
まずは、実験に使う元世界の医学用メスに近い刃物を鍛造した。
剃刀のように切れ味が鋭い。
その他道具を用意して、次の日俺は森へ向った。
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動物実験に使う獲物はウサギだ。
的が比較的大きいし、あまりちょこまかと動かないしな。
――とは言っても、走り出したらかなり速いので、俺の腕では仕留められない。
理の魔法で、空気に断層を作って音を遮断――隠密効果を狙えるかもしれないが、ここで試している時間はない。
武器は、吹き矢を作ってみた。
細いティッケルトを乾燥させた物を節抜きして使う。
これにウ〇コ蜘蛛から採った痺れ毒を生理食塩水で薄めた物を組み合わせる。
生理食塩水とは名前はソレっぽいが要は塩水で、適切な濃度は鼻ウガイをしてみれば解る。
鼻の奥が痛くならないのが適切な濃度だ。
矢の針には、これまたウ〇コ蜘蛛の牙を使っている、中空な注射針と同じような作りになっていて毒液を注入するのに最適だ。
師匠が麻痺の魔法を使っているから、そういう魔法も存在しているのは知っているが、俺は使えないのでこういう道具に頼るしかないわけだ。
麻痺の魔法も、理の魔法で再現出来る可能性もある。
例えば、神経の伝播に使われてるナトリウムイオンとカルシウムイオンの動きを止めるとかな。
だが、それだと呼吸も心拍も止まってしまうから、即死だ。
後は、神経伝達物質の動きを邪魔するとか、受動体の働きを阻害するとか……。
まあ、考えるだに危ない魔法だな。
これを確かめるにはかなりの検体が必要になるだろう。
森の中でソロリソロリと獲物を探す。
デカイネズミでも良いんだが……。
「いた……」
ペットのウサギ等は白いが、森にいるのは野ウサギなので、当然白くはない――茶色に近い色。 耳もそんなに長くはない。
野ウサギでも冬になり雪が降れば冬毛になって白くなるが、ここら辺は雪が降らないからな。
慎重に狙いを定めて……フッ! 外れた。 チクショウ!
耳を動かして、ウサギはちょっと動くがまたうずくまる。
2発目……フッ! 命中! やったぜ!
ウサギは慌てて逃げ出したが、毒が効けばすぐに麻痺して動けなくなるだろう。
矢には小さな魔石が仕込んであり、魔法で探知しながら10分ぐらいなら追える。 ただ、魔法の到達範囲は約100mなので、それ以上は離れないようにしないとダメだが。
それに毒が効かないようなら、毒の濃度を変えて出直すしかないだろう。
魔石の残り香を辿って、ウサギを追っていく。
しばらく森の中を進むと、横倒しで脚をパタパタさせてるウサギを発見。
早速、実験に移る。
「可哀相だが、俺の探究心の糧になってくれ」
懐から、メスに似た刃物を取り出し、ウサギの脇腹を切開する。
ここで、俺の指の傷口を塞いだのと同じ魔法を重起動させると、ウサギの傷口へ集中する。
すると、徐々に傷口が塞がっていく……。
「よし! 同じように使えるな」
大きく深呼吸してウサギの毛皮を確かめるが、痕は残っていない。
砥石を出すと、メスを研ぐ。
この手の刃物は鋭い切れ味を保つために常時研がないとダメだ。 医者は研いでる時間がないので、メスを何本も使う。
今度は切開してから、少しずつ毛皮の切り取りを行う。
毛皮を持ち上げながら、残っている皮の部分を増殖させて傷口を塞ぐと、1cm×10cmぐらいの毛皮が手の中に残った。
もちろん、ウサギに傷は残っていない。
再生速度は、10分で1cmぐらいだが、30分ぐらいで疲労困憊――続けられなくなる。
休みながら頑張っても、50~60分ぐらいが限度だ。
「おおっ! こいつは使えるぜ」
怪我の治療はもちろん、ひょっとして病気の手術にも使えるかもしれない。
ただ、この世界では病気での外科手術というのは余り行われていない。 身体を切り開いて治療するという行為が理解されてないためだ。
病気を治すのに、何故身体を切り刻むのか? と言われる始末。
それでも、骨折の治療などには使える可能性がある。
ウサギの骨を折って繋げてみようかと思案するも、いくらなんでもと気が咎めた――ここら辺で実験は終了して、ウサギを木に吊るすと食うための処理を始めた。
実験は咎めるのに、食うために殺すのは咎めないのか?
確かに矛盾してるよな。
そんな事を考えながら、脚と首を切り血抜きをする。
腹を裂くと内臓がこぼれ落ちるので、それに乾燥の魔法を掛けて土に埋め、皮と肉になったウサギに冷却の魔法を掛けると、それを担いで歩き始める。
せっかく森まで来たので、ブラブラと散策しながら珍しい植物でも無いか物色する。
すると、何か音がする……。
パタパタと羽ばたく音?
音がするほうへ近づくと、鳥が地面に落ちてパタパタもがいている。
鳩より一回り小さい、青や黄色の羽を持った色鮮やかな鳥だ。
元世界でいう、カケスの仲間だろう。
カケスというのはカラスの親戚で知能が高く、他の鳥の鳴きまねをしたり人間の言葉を憶えたり、器用な鳥だ。
肝心の地声は『ギャーギャー』という酷いダミ声なんだけどね。
そこにいるはずのないような鳥の鳴き声がして、ビックリして声の持ち主を探すとカケスだったりする事がある。
見ると、羽が折れているようだ。 木にぶつかったか、何かに襲われたか……。
「もしかして、魔法でくっつくかな?」
さっきウサギへ躊躇した骨折への治療が試せるかもしれない。
カケスモドキの羽を広げると、魔法を重起動して骨折部分へ集中する。
ウサギで魔法を試して結構消耗してしまったが、なんとかなりそうだ。
「うん、多分大丈夫じゃないか?」
手を離しても、羽はブラブラとならずにくっついている。
ただ、骨がくっついただけで、飛べるのか? となると別問題なのだが。
手を離しても、カケスモドキはジッとして、ちょっと首を傾げたりしている。
「もしかして怪我をしたせいで、動けないほど消耗してしまったのかな?」
鳥というのは、飛ぶためにカロリーを消費しまくるので食事を常時続けないといけないのだ。
それ故、エサが食えなくなると即落鳥してしまう。
「拙いな……」
ドングリを集めてマルチツールで皮を剥き、剣鉈の上で潰し、俺の唾液を混ぜて練る。
ちょっと酒も混ぜよう。 糖分の代わりだ。
木の皮をスプーン代わりにして、カケスモドキの口を開けさせて、ドングリを練った物を流し込む。
ドングリ10個分程食わせたが、これでなんとかならないならどうしようも無い。
しばらく様子を見ていると、元気が出たのか俺が集めたドングリの所へ行き、自分で皮を剥いて食べ始めた。
脚でドングリを掴み、器用にくちばしで皮を剥き突ついて食べている。
雑じゃなく、あまりに綺麗に剥くのでしばらく見ていたが――。
「自分で飯が食えるならもう大丈夫だろ? そんな所じゃなくて、木の上で食べないと襲われるぞ」
カケスモドキにそんな声を掛けて、森を後にした。
俺が実験台にしたウサギの皮を剥いでもらうために、街の東端にある皮屋の婆さんを訪ねる。
前に鍋にしたウサギも、俺が皮を剥いで持ち込んだのだが、処理が拙くて売り物にならないと怒られてしまったのだ。
その経験から、今回は皮を剥がないでそのまま持ち込む事にした。
粗末な建物から、あまり良い臭いとは言えない臭いが漂ってくる。
俺は筵のような物で出来ている、扉とも言えないような扉を潜って中の婆さんに話しかけた。
「婆さん、いるかい?」
「なんだ、真学師の兄さんかい」
白髪の少々腰の曲がった婆さんが答える。
「前に怒られたんで、今日は自分で皮は剥がなかったよ」
魔法で冷たくなったウサギを差し出す。
「そうそう、これで良いんだよ。 素人に下手に弄られると、売り物にならなくなっちまう」
「そりゃ、すまんね」
俺は笑って誤魔化した。
「全部売るのかい?」
「いや、肉は食いたいんで皮だけ売るよ」
「はいよ」
婆さんはウサギを吊るすと、手慣れた手つきで皮を剥ぎ始めた。
結構歳くってるように見えるんだが、元気そうだな。
すると、何か白い粉を使っている。
「その粉は何だい?」
「んあ? 真学師のくせに、ミョウバンも知らないのかい?」
「ああ、ミョウバンか。 皮に使うとは思わなかったな」
「真学師様は、ミョウバンを何に使うんだい?」
「そうだな、漬け物の色を綺麗にしたりとか、豆を煮るのに灰汁出しに使ったりとか……」
「へぇ~、豆を煮るのに使えるのかい? あたしゃ、そっちのほうが知らなかったよ。 真学師ってのは、当たり前の事を知らないくせに、どうでも良い事を知ってるんだねぇ」
「まあな」
「ほい! 買い取りは銅貨6枚だ。 いいかね?」
俺は肉になったウサギと銅貨6枚(3000円相当)を貰う。
「そうだ婆さん、ちょっとそのミョウバンを少し分けてくれ」
「なんじゃ、おかしな物を欲しがるの。 よっしゃ、ミョウバンは奉仕じゃ。 その代わり、皮や獲物は此処に卸しておくれよ」
「わかったよ、俺もここしか知らんからな」
俺はウサギ肉とミョウバンをゲットして外へ出ると、鳥が飛んでいる。
飛び方で解るカケスだ。
カケスの飛び方は特徴的で、2~3回羽ばたいて滑空を繰り返して波状の軌跡で飛ぶ。
さっきのカケスモドキじゃないだろうな。
そんな事を考えつつ、俺の工房へ戻ると昼を回っていた。
-----◇◇◇------
工房に戻ると、俺の後を付いてきたらしいカケスモドキが、中庭の奥に作ったゴムの木モドキの林へ消えた。
俺が中庭に移植したゴムの木モドキは、5~6M程に成長――林になっていて、幹に傷を入れれば1日に1L程の白いゴム樹液が取れる。
「やっぱり、さっきのカケスか……。 餌付けしてしまったかな?」
そんな独り言を言いつつ玄関を開けると、ステラさんと師匠が上がり込んでいた。
ちょっと出かけるぐらいなら、鍵は掛けていない。 下手すると鍵を壊されるからだ。
「2人共、勝手に上がり込むのは止めてくださいよ……。 鍵は壊すし」
「はい」
俺のベッドでごろ寝しているステラさんが手を出す。
「なんですか? その手は?」
「鍵」
「鍵がなんですか?」
「鍵を壊されたくなかったら、合鍵渡せっての」
「なんで合鍵を渡さないといけないんですか」
――と見たら師匠の手も出ている。
「私にも合鍵を渡せば、ステラの好き勝手にはさせませんよ」
「いや、そういう問題じゃないんですが」
「四の五の言ってると、ドアじゃなくて窓を壊すよ?」
この人なら、マジでやるからな。
「ああもう、解りましたよ。 合鍵を作るんでしばらく待ってください」
「というわけで、ショウ! 腹減った!」
「何がというわけでなんだか……」
俺は持ってきた、ウサギの肉を焼き始める。 タレは味噌ダレ。
肉は熟成させないと美味くないんだが、ステラさん達の腹減ったコールが煩いので、焼いてしまう。
昼飯は簡単に焼き肉と、スープとパンにした。
「だいたい、この部屋は狭いんだよね」 「そうそう」
「いや、おふたりが来てるから狭いんですよ。 私の独り部屋なんですから」
「部屋を拡張しようぜ もっとこう、バ~ンとさ!」
ステラさんが肉を頬張りながら、そんな事を言い出す。
「この前、増築したばかりで殿下に叱られますよ。 しかも仕事に全然関係ないじゃないですか」
「金なら私が出すしぃ」
「なんで、私の部屋にステラさんが金を出すんですか」
貧乏性のせいか、部屋が広いと落ち着かないんだよな。 狭い方が落ち着く――。
狭い部屋に、物が沢山! これが俺の理想。
「ベッドもダブルにしようぜ」
「ダブルにしてどうしようってんですか?」
「もう! 解ってるくせに!」
なんかステラさんがモジモジしてる。
イミワカンネ――。
「金持ってるなら、城外に家でも建てれば良いじゃないですか」
「じゃあ、そこにショウが美味しいものを作りに来てくれる?」
「行くわけないでしょ」
俺はステラさんと目も合わせないで、ウサギ肉を口に放り込む。
「やだやだ! ショウが美味しいもの作ってくれなきゃやだ!」
ワケワカンネ――。
相手にしてもしょうがないので、早々にステラさんと師匠を追い出して、台所にあるウサギ肉を見る。
ウサギ肉を切って魔法で繋げようとしても、当然繋がらない。
魔法で傷口が塞がるのは、生物の生命力を前借りして治癒を早回ししているだけなのだ。
だから、死んで肉になってしまえば、もう魔法は効かない。
エネルギーの供給と原料の供給が止まっているからだ。
しかし、エネルギー源は俺の魔力を使い、原料を他から調達出来れば、無機物&有機物の合成も出来るようになる気がするんだがなぁ……。
本当にそんな事が出来るようになるのかな? 出来ればマジで凄いんだがな。
有機物の原料になる炭素、酸素、水素、窒素なら、大気中に無尽蔵にあるわけだし。
生命から離れ、ただの肉の塊になってしまった物。
これに、反応促進の魔法を使えば、発酵や腐敗が進んでしまうことになる。
しかし、一体どの時点から再生不可能になるのか?
俺が思うに、対象の心臓が止まり、血液の流れが止まり細胞に酸素が供給されなくなり、細胞内のエネルギーを消費し尽くした時だろうと察する。
という感じで動物はすぐに死ぬが、植物はしぶとい。
切り刻んでカケラになっても、芽を出したりする。
冷蔵庫で忘れていた野菜から芽が伸びてたりな。
ここで俺の頭に映像がフラッシュバックする。
植物を切り刻んだ塊から細胞を増殖させ、そこから植物を芽吹きさせる映像。
確か、植物のクローンの映像だったはずだ。
そういえば、蘭もクローン栽培が盛んになっているという話だったし。
もしかして、同様に魔法で組織の再生を過剰に起こせば、クローンが作れるかもしれない。
「こりゃ、やってみるしかないだろう」
ナイフを消毒して、工房の隣に作った温室へ行くと、普通の蘭より背の高いバニラ種の蘭の葉っぱを一枚切り取る。
植物に、こういう事をすると切り口からバイ菌が入って、病気になる事があるのであまりやらない方が良いのだが、そんな事は言ってられない。
葉っぱを切り刻み、消毒した皿の上に水を入れてそれを浮かべる。
魔法を重起動して葉っぱの組織を増殖させていくと、過剰に増殖した葉っぱの細胞が白い塊になって増大していく。
すると、その白い塊の頂上が緑色になり、小さい葉っぱがピョコっと出てきた。
「やったぜ! ははは!」
わざわざ難しい種子からの繁殖をさせなくても、貴重な植物だろうがなんだろうがクローンで増やせる!
バニラビーンズも取り放題だ!
「ははは……」
俺は笑いながら、気を失ってその場にぶっ倒れた。
今日は、魔法を使い過ぎなのをすっかり失念していたのである。





