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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編

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52話 バニラと殿下の甘い香り

 

 城下町プライムの広場に、商人ギルト等に所属していない流し(フリー)の商人が店を広げていた。

 連結馬車3台~4台でコンボイを組んで、地方の都市や町や村を中心に巡回している。

 馬車が商店であり、自分達の家でもある。

 小さな村などは店等が無かったりするので、こういう商人から買うのが普通のようだ。

 地方には、店自体が無いので金を稼いでも使う場所が無く、結構貯め込んでいる村人が多いようで、意外と商人達は儲かっているらしい。

 そして商人は地方の物を買い込んで、街で売るわけだ。

 上手く出来ている。

 品揃えは変わっていて、見ているだけで楽しめる。


「ふ~ん、やっぱり変わったものが多いなぁ」

 しゃがみこんで物色していると、店主らしき男が声を掛けてきた。

 

 店主としては結構若いかもしれない、20代後半か。 商売用の服なのか、結構良い服を着ているように見える。

 まあ、汚い格好している店主じゃ怪しくて、客が寄りつかないか。

 世の中、見た目じゃないとか言われるが、結局見た目だ。

「どうです? 何か買いませんか?」

「そうは言ってもな……そうだ、珍しいスパイスとかはあるかな?」

「ございますよ!」

 店主は馬車へ乗り込み、奥でガサガサ荷物を確認している。

 

「10種類ぐらい、ございますね。 どうですか?」

「それじゃ10種類、2握りぐらいずつ貰おうかな?」

「ありがとうございます!」

 店主は正方形の布にスパイスを入れると、捩じって紐で結んだ物を10作った。

 

「いくらだ?」

「銀貨1枚になります」

 銀貨1枚は5万円相当だ、スパイス一個が5000円ぐらいか。 まあ、この世界のスパイスは結構貴重品だし珍しい種類なら、このくらいは妥当だろ。

 

 むしろ値段も確認してないのに、ボッタクリをしないこの商人に好感を持てる。

「後は、何かあるかな……? 珍しい鉱石とかは無いかな?」

「む! さすがお客さん! 目利きですね。 あるんですよ!」

 店主は違う馬車の荷台から、掌に隠れるぐらいの石を1つ持ってきた。

 

「う~ん? ただの石に見えるが……」

「違うんですよ」

 そう言って、近くの剣に近づけると、ガチンとくっつく。

 

「なるほど、磁石か」

 天然の磁石は弱いのが普通だが、元世界の100円ショップで売ってた磁石ぐらいの強さはありそうだ。

 

「いかがですか?」

「面白いな、いくらだ?」

「珍しい物ですので、金貨1枚では」

「よし! 買った」

 ポンと膝を叩く。

 

「は? え、いや、お買いになるんで?」

「ん? 売り物じゃないの? お前さんが買うかって聞いたんだぞ?」

「あ、失礼いたしました。 石に躊躇ちゅうちょなく金貨1枚をポンと出すとは思いませんで……申しわけございません。」


 まさか、いくら珍しい鉱石とは言え、金貨1枚をポンと出すとは思わなかったようだ。


「あれ? ショウ様もお買い物?」

 

 そんな声に振り向くと、ニニの店オニャンコポンにいた長身の獣人トラ子だ。

「ああ、面白そうな物が結構あったんでな」

「あたしにも何か買ってぇ~?」

 彼女は尻尾をクネクネしておねだりモードだ。

 

「高い物じゃなきゃ良いぞ」

「ホントォ?!」

 トラ子の喉の辺りを撫でながら言うと、彼女は、喜び勇んで物色し始めた。

 

「そうだ、ここは買い取りはしてる?」

「もちろん、やってございますよ」

「これはいくらになる?」

 そう言って、俺は懐から指輪を取り出した。

 

 この指輪は、ゴロツキ連中のアジトを潰した時に、女魔導師から追剥した物だ。

 数々の違う金属が板状に加工され、木目金モクメガネという言われる縞状の模様を、指輪全体に浮かびださせている。

 

「ほう! これは中々上等な物ですね。 そうですね銀貨1枚では、いかがですか?」

「なるほど買い取りが銀貨1枚で、売るときは金貨1枚とか金貨1枚と銀貨1枚という感じになるのか」

「まあ、それが商売ですから」

「中々正直な値付けだな、一見だからボッたくると思ってたが」

 指輪はステラさんに見せて、だいたいの価値は把握していた。

 

 ちなみに、鑑定料とか言われて、ステラさんが気に入った指輪を何個か取られた。


「いえいえ、ウチは正直な商売を心がけていますから、そうではない商人がいるのは事実ですが……」

 実際そういう商人が多いので、この店主の歯切れが悪いのは仕方ない。

 

「それじゃ、指輪2個とその磁石を交換してくれ」

「わかりました! ありがとうございます!」


「あれ? ショウ様、石なんて買うの? さすが真学師様だねぇ」

 そんな訳の解らない物を買って~みたいな笑いをにゃにゃっとしている。

 

「え?! 真学師? 様?」

 店主は目を見開いてビックリしたようだ。

 

「ああ、悪い。 俺はコレが無いからな」

 真学師なら持っているはずのプレートがある胸を辺りで掌をヒラヒラさせる。

 

「ショウ様は、帝国から指名手配されてるからね。 ショウ様なら帝国へ行けば、すぐにプレートなんて貰えるのに」

 正式な真学師になるのは、帝国の大学へ行って試験を受けないとダメらしい。

 しばらく、大人しく業績を上げていれば、そういうチャンスもあったかもしれないが――。

 まぁ、後悔はしていない。 金プレートで人生が変わるわけでもあるまい。


「正式に指名手配はされてないはずだがな、名指しで非難はされてたけど」

「あの! 真学師のショウ様というと、帝国諸派の重鎮貴族を呪いで殺しまくったという……?」

「うわ! 人聞き悪いなぁ……呪いじゃないぞ。 俺が作った薬を勝手に大量に飲んで、悪戯して死んだ奴らが多かっただけだから」

「そうなんですか?」

 店主は信じられないみたいな目をして、俺を見ている。

 

「本当だぞ。 『善悪はそれを用いる者の心の中にあり』 盗賊に切り殺されたから、盗賊が持っていた武器を作った鍛冶屋が悪い! みたいな事を言われてもなぁ」


「はぁ、商人は正直であれ。 早速私の持論が生きましたね」

 俺が真学師だって解ったので、ボッタクリがばれたら何かされると思ったのだろう。

 

「余程酷いやつじゃないと、懲らしめをしたりしないぞ」

「何にしろ良かった……お見逸れいたしました」

 店主はホッとしているようだ。

 

 トラ子が品物を選びかねていたので、毛並みを整えるブラシを買ってあげた。

 ついでに尻尾にリボンを結んであげたら、自分の尻尾に結ばれたリボンを追っかけてひっくり返るとかいう、ネコみたいなギャグをかましてくれた。

 確かにニニの言う通り、普通の獣人はちょっといろんな物に反応してしまって、これじゃ仕事選びが大変だろう。


 追加でスライムの干し物を買ってみたが――僻地の珍味らしい。 スライムとかいるのか、RPGっぽいな。

 まあ、陸上にいるクラゲみたいな生物だと思えば、ありえるだろう。

 味付けの干し物はそのまま食ったり、味がついていない物は、お湯で戻して寒天みたいにして食うらしい。

 まさに珍味だ。


  ------◇◇◇------


 結構強い磁石が手に入ったので、簡単な発電機が作れるかもな。

 元世界でいう豆電球ぐらいは灯せるかもしれない。


 その前に、買ったばかりのスライムでも食ってみるか。 一体どんな味なのか?

 毒があるという話なのだが、危険なのは内臓で透明な身体には毒はないらしい。


 味付けじゃない方をお湯で戻してみると、寒天とかゼリーみたいに固まる。

 そこへ生クリームと水飴を入れて、半戻ししたスライムを細切れにして入れてみた。

 俺が卵とミルクを大量に消費するので、農家が直に売り込んでくるようになって、ミルクと卵はわざわざ買いに行く必要が無くなっている。

 そして、今回初めて森で採取してきた蘭から採ったバニラビーンズを香料に使ってみた。

 

 半戻しのスライムの感触はナタデココに近いだろう。 ナタデココ風スライムゼリーと言ったところか。


 一口食う。

「おぅ、美味いじゃん」

 懐かしい、元世界のゼリーに近い。 異世界でこんなお菓子が食えるとは。

 

 バニラの匂いと、ゼリーの懐かしい味を堪能して、元世界の思い出に浸っていると、玄関の扉が開いた。


「ショウ! 何か甘いの頂戴!」

 入ってくる長い耳、ステラさんと師匠だ。

 

 挨拶もそこそこに、ガタガタと椅子を引きテーブルに座る2人。

 もう完全に、ここは喫茶店と化している。

 俺は黙って、作りたてのスライムゼリーを出した。


「でさぁ、ここが問題なんだよ。 むぐむぐ……ここら辺が怪しいと……なにこれ!」

「あら、美味しい……」

 スライムゼリーは2人共好評だ。


「何これ? 美味しいんだけど」

「スライムですよ」

「え? スライムなの? 前食べた時はこんなに美味しくなかったよ?」

 ステラさんの耳がピコピコ動いている。

 

「ステラさん、スライム食べたことがあるんですね」

「ああ、とんでもない僻地でさぁ、珍味だからと言って食わされたんだよ、でも美味くもなんとも無かったんだけどなぁ」

「味付けの乾燥珍味も買いましたが、こっちも美味かったですよ」

 ステラさんに乾燥した味付けスライムをだす。

 

「どれどれ? むぐ……あ、これは美味いじゃん。 酒の肴に良いな」

 ステラさんが欲しがるので、珍味を半分渡した。

 

 師匠が大人しいので、見るとテーブルに突っ伏して固まっている。

 美味しいって言ってたのに、原料がスライムと聞いて拒否反応を起こしたらしい。

 ババユリのベコモチもそう、この手の問題で師匠と何回かトラブったのだが、師匠には食べ物には偏見というか、食わず嫌いというか少々問題があるみたいだ。

 

 どこの世界でもなんでも食う、日本人を見習っていただきたい。

 珍しい魚、野菜、料理を見て「それって食べられるの? 美味いの?」

  これが日本人である。

  

 普通の外人は外国へ行くと、食い物が合わなくて結構苦労するらしいのだが、日本人はなんでも食うから平気らしい。

 おまけに日本食が食いたくなると、勝手にそれらしいのを作ってしまうからな。


「で、この匂いは何? スライムの匂いじゃないよね?」

 ステラさんが、ゼリーが入ったカップをクンカクンカしている。

 

「蘭から採った香料ですよ」

 俺が、バニラビーンズを入れた小壷を見せる。

 

「へぇ~はぁ~、甘い良い匂い! これ貰った!」

 ステラさんが、俺の手から小壷を奪い取る。

 

「貴重品なんですよ、勘弁してください。 それに、お菓子用に作った香料なんですよ? そんなのどうするんです?」

こうに使うに決まっているじゃん」


 この世界には、まだ香水は無い。 香を溶かすための高濃度のアルコールが無いからだ。 それを作れるのは今のところ俺だけ。

 香水の代わりに、日本で使われたお香のように、服や着物をいぶして使うタイプの物はある。

 

「それなら、酒精に香りを溶かして使えば良いんじゃありませんか?」

 俺は、バニラビーンズを小皿に取るとそれを潰して、小瓶からアルコールを少量注ぐ。


「この香りが溶け込んだ酒精を持っていれば、好きなときに香りを楽しむ事が出来ますよ。 花の香りなんかも濃縮すれば、溶かし込む事が出来るはずです」

「へぇ~」

 ステラさんは何か思いついたのか、部屋から出て行くとしばらくして戻ってきた。


「これに入れてよ」

 ステラさんが持ってきたのは、濃い青紫色の小瓶だ。 透明なガラスは作れるのは俺だけだが、色付きの物なら高価だが市場で取引はされている。

 バニラの匂いを溶かしたアルコールを小瓶に入れてあげると、ステラさんは小瓶の口から漂う匂いをクンカクンカして楽しんでいる。

 元世界でもバニラエッセンスというのが売っていたが、普通は合成物で、天然由来の物は滅多にないだろう。


「えへへ」

 ニコニコ顔で、なんだかご満悦なステラさん。

 

「ショウ……、私にも」

 固まったままだった師匠が、声を出した。

 

「師匠、復活しましたか?」

「してませんけど、それをくれたら許してあげます」

「許すって師匠、最初美味しいって言ったじゃないですか」

「……」

 都合悪くなるとダンマリだ。

 

「師匠、香りを入れる小瓶がないですよ。 買ってきて用意するんでしばらく待ってください」

 そう師匠に言うと、師匠も自分の部屋から緑色の小瓶を持ってきた。


「こういう小瓶って何を入れる物なんですか?」

「ん~、薬とか毒とかかな?」

 ステラさんがそんな答えをくれるのだが――毒とは、また物騒だな。

 

「なるほど」

 師匠が持ってきた小瓶に、バニラの香りを入れて彼女に渡すと、師匠も小瓶の口から匂いを嗅いでいる。

 

 ステラさんは、師匠が途中で食べるのを止めてしまったスライムゼリーをパクパク食べているが、エルフは食い掛けとかそういうのを気にしないのか?

 

 ------◇◇◇------


 次の日。

 俺が透明ガラスを弄っていると、殿下が俺の工房へ駆け込んできた。


「ショウ! 其方は酷いではないか!」

「ハイハイ、ステラさんが私から貰ったという香りを自慢したんでしょう?」

「そうだ!」

「そう来ると思って殿下の分も用意したのですが、入れるガラス瓶が無くてただいま製作中です。 殿下に献上するのに、粗悪な物は拙いでしょうから」

「妾は、ショウがくれる物なら、気にしないのだが」

「今、瓶を冷却中ですのでしばらくお待ちください。 魔法で急激に冷却すると割れてしまうので、自然冷却するしかないのです」


 殿下をテーブルに着かせて、スライムゼリーを召し上がっていただく。

「昨日作った新作のお菓子ですが、原料がスライムですので、気味悪いと仰るなら他の物を作ります」

「スライムだと? そんな物を何処から持ってきたのだ?」

「広場に旅の商人が来ていて、そこから買いました。 ステラさんは美味しいって絶賛してましたよ」

「ほう……」

 

 殿下は意を決して食べてみるようだ。


「うう……美味い! これは食べたことがない食感だの!」

 殿下は味が大丈夫だと解ったら、勢いよく食べ始めた。

 

「お口に合いましたようで、ようございましたな」

「ショウ……妾と其方2人きりだぞ」

 2人きりだから、もっとざっくばらんに話せとの仰せだ。

 

「ライラはお姫様だから、俺としては敬語を使いたいんだがなぁ」

「それは解るが……」

「ああでも、ライラの気持ちも解るんだよ。 俺も気楽にショウって呼んでもらいたいんだけど、皆ショウ様~真学師様って呼ぶから、なんか距離が遠くなったようで気になるんだ」

「そう、まさしくそれなのだ!」

 スプーンを銜えたまま殿下が叫ぶ。

 

「でも、ライラは国王になられる身だからな~、ちょっと気楽に呼び合う仲ってのは難しいよな」

「それは、解っておるが……」

「まあ、俺ぐらいはつき合ってあげるよ」

「そうか」


「それは置いておいて、この瓶はライラに説明してなかったかも」

 俺はスライムゼリーを保管しておいた瓶を指さした。

 

「その瓶に何か秘密があるのか?」

「手を入れると解るんだけど、中がちょっと涼しくて物が腐りにくくなってるんだよ」

「なんだと?」

 

 そう言って、殿下が瓶の中に手をいれる。

「た、確かにヒンヤリしておる。 魔法なのか?」

「違うよ、素焼きの瓶が二重になってて、間に小石と水が入ってるんだ。 瓶の表面に水がしみ出てきて蒸発する時に、熱を奪ってちょっと周りより冷たくなるんだよ」

「なるほどの!」

 殿下が手を叩く。

 

「これは、難しい技術は要らないので、すぐに売りにだせるよ。 でも、もしかして似たような物があるかもしれないけど」

「ううむ、ちょっと調べてみないと解らんな。 後でラジルをよこす」

「わかりました」


 作っていたガラス瓶が冷えたので、バニラの香りを入れて殿下に渡す。

「蓋の先が長くなってるから、ここに香りを乗せて身体につけると良いだろう。 首なんかが効果的」

 そう言って、首の根元辺りをガラス瓶の蓋で差す。

 

「なるほど」

 殿下は俺から小瓶を受けると、早速香りを自分の首筋につけている。

 

 そして、クルリと回ったかと思うと、俺に抱きついてきた。


「どうだ? 甘くて美味しそうな匂いがするかのぅ?」

「ああ、するね。 凄く美味しそう」

 殿下の冗談だと思って軽く受け流したのだが、彼女は俺に背中を預けると、スカートの裾を持ち上げた。

「褒美に妾の股をまさぐる権利をやろう」

「いやいやいやいや」

「なんだ、ショウは尻の方が好みだったか? 妾は尻も自信がある故、それでは存分に揉みしだくがよい」

 殿下はスカートを降ろすと、クルリと回って俺と胸を合わせた。


「いやいやいやいや」

「やはり胸か? 妾はルビア殿のような大きな胸ではないが、我が母は豊かな房を有していた故、妾とてもう少し経てば……」

「いやいやいやいや」

「おお、解ったぞ。 まずはショウを楽しませろということだな。 妾に任せてたもれ。 我が母から受け継いだ秘伝の技がある故。 本物の男を触るのは初めてだが、母からは筋が良いと随分と誉められたからの。 堪能するがよい」

 

「いやいやいや。 そういうのって王侯貴族は皆教育を受けるの?」


「物心付く頃には、皆受けるのが普通だ。 なにせコレが、男を繋ぎ止める最後の砦になるからの。 惜しむべくは、母から秘伝を全部教わる前にアマテラスに召されてしまったからな、失伝した技もあるかもしれぬ」

「どんな技なのか気になるが、知りたいような知りたくないような……」

「妾の近衛にも伝授されてる故、補完し合えばほぼ網羅できるかもしれぬがの」


 王侯貴族ってみんなそうなの? 王侯貴族でもなくても、この世界の娯楽と言えば、酒、博打、女だ。

 一般人も12歳ぐらいから働き始めて、15ぐらいで結婚して子供を――とか普通だしな。

 俺が複雑な表情をしていると、殿下が呆れたように言う。


「ショウは王侯貴族に、なにやらあらぬ幻想を抱いているようだな。 其方が考えているような、清廉潔白せいれんけっぱくな王侯貴族なぞおらぬぞ、妾を含めてな」

「だがしかし、そこは男の浪漫というものが……」

「妾の父もそのような戯言を申していたような気がするが、くだらぬ。 どう取り繕っても、最後は裸と裸のぶつかり合いでやる事は同じではないか」

「戯言とか言われると悲しい。 国王陛下も可哀相だぜ……。 しかし、陛下は王妃様の素行に何か言わなかったのかい?」

 王妃様が作ったと言われる、騎士団という逆ハーレムの件だ。

 

「父では母を満足させる事が出来なかったから、諦めていたようだぞ」

「居た堪れない」


 話を聞くと、王妃様がステラさんを招聘しょうへいしたようなのだが、ステラさんが食いまくったというのは解体される前の王妃様のイケメン騎士団の事らしい。

 さぞ、入れ食いだったろう。


「四の五の言っておらんで、さっさと妾の身体をどうもてあそぶか決めるがよい。 妾は婚姻するまで純潔でいねばならぬから、要は股ぐらに穴さえ開けねばよい。 それともショウはこういうのは嫌いなのか?」

 殿下が、俺の顔を見上げてくる。

 

「いや、嫌いじゃないけど。 むしろ好きなぐらいで……」

「なら、遠慮するな」


 殿下の腰を抱いた手を思わず下へ這わせたくなるが、落ち着け、落ち着け俺! 

 呼吸を整えろ! ヒッヒッフーヒッヒッフー! (注それはラマーズ法です 


「いやいや、こういう事するなら早く伴侶を見つけて、世継ぎを作ったほうがいいだろ」

「そんな事なら、其方に言われるべくも無く大臣貴族共に散々言われておるわ!」

 殿下はムスッとした顔になると、俺の手を振り解き離れてしまった。


城下町プライムでもそういう話を聞くんだよ。 ファーレーンは景気がいいけど、世継ぎが居ない殿下に何かあったらどうなるんだろう? ってさ」

「どうもならぬ。 ファーレーンの傍流か、本家から嫁いだ者がいる国からそれらしい奴を見つけてきて、玉座に座らせるだけだろう」

「そうなの? なんかつまらなそうだなぁ。 ライラのために戦うつもりだし、守るつもりでもあるけど、そんな事になったら師匠と一緒に山に戻ろう。 殉死するようなガラでも無いし……」

「妾も殉死など望んではおらぬ。 しかし、ルビア殿に其方を独り占めされるのはしゃくだのう」

 なんだか世知辛い話になってしまったな。 ファーレーンの殿下が民に慕われているのも事実だが、国の頭がスゲ変わったとしても、簡単に引っ越したりは出来ないしな。

 黙って、新しい支配者についていくしか無い訳で――まぁ、あまりに酷い支配者なら、問題になるのだが……。


「ステラさんはどうするかな? あの人の行動は読めないからな」

「エルフだからの」

「3人で旅をするのもいいかもな。 真学師だって言わなければ帝国領へ入っても解らんだろうし」

「なんだか、妾がいないほうが楽しそうではないか」

「はは、そんな事はないさ」

 そう言って、殿下を再び抱き寄せた。

 

「ライラ、その香りを売り出すつもりかい? ちょっと量産が難しくて不可能だと思うんだが」

 蘭の繁殖は難しい。 

 もしかして魔法でなんとかなるかもしれないが、何かに寄生するタイプとか、特定の菌類と共存する環境じゃないと繁殖できないとか普通にあり得るのが、蘭という植物なのだ。


「いや、しない。 売り出せば儲かるだろうが、そんな事をしたら妾が独り占めして自慢出来ないではないか」

「儲けを優先しないなんて珍しいな」

「妾がパーティやら会合に出ると、ドレスが古いとか遅れているとかケチをつけてくる輩がおるのだ」

「ああ、そういう連中に使うのか。 そりゃ、俺しか作れないから、この大陸で持ってるのはライラ達だけだ。 どんなに金を積んでも買えないしな」

「その通りだ。 奴らの悔しがる顔が浮かぶようだ」


「う~ん、もっと何かお洒落に使えそうな物を作れれば良いんだけどな。 俺はそういうのは苦手だからな」

「まあ、女子の服飾について、ショウには期待しておらぬ」

 殿下は笑いながらそんな事を言ってるが、何か使えそうな物は無いかな……。


 殿下にピコ(コーヒー)を淹れ、表面にたっぷりと生クリームを浮かべる。 

 それを殿下に召し上がっていただいている間に、俺はテーブルに座り頭を抱えていた。


 倹約家の殿下はドレスやファッション用の小物をあまり持ってないらしい。

 パーティや会合に出席する際にそれを王侯貴族仲間に揶揄されるようだ。

 国民のためを思って倹約しているのに、何と言う酷い事なのか。

 ファッションなんて物に全く縁の無い俺だが、ここは一肌脱がねば男がすたる。

 

 殿下に、ピコを飲んでいただいている間にちょっと思いついた染色を試してみようと思う。 

 工房から、道具を運んできて、テーブルの上に並べた。


 用意した浅いトレイに水を張り、そこにインクを垂らす。 渦を巻かせたり棒で引っかいたりすると、水面に複雑な模様が出来る

 連続する葉っぱのような模様も可能で、この水面に浮かんだ模様に紙を乗せると転写出来る。

 マーブル模様ってやつだ。


「ほう! これは思いもよらぬ染色方法だの!」

 殿下は飲んでいたピコ(コーヒー)を置くと、出来上がった模様に飛びついた。

 

「どう? こんな模様は大陸の他の場所では見たことが無いだろう。 今、俺の所には黒墨しかないので白黒だが、もっと色を使えば色彩豊な物も出来るはずだ。」


「ふ~む、これは面白い……。 カリナンを呼べ!」


 殿下が突然叫ぶ。

「ライラ、いつもそうやって叫ぶとちゃんと呼んだ人が来るんだけど、それを聞いている人がいるってこと?」

「当たり前だ。 妾が一人でブラブラしていると思うのか? 妾の側には常に3~4人の護衛が控えておる」

「なるほど、そういうことなのか……。 でも、ライラとのイケナイ事とか全部筒抜けじゃないすか! やだ――!」

「我の直属の近衛にそんな不忠者はおらぬ」

「なら、安心だが……」

 何か弱みを握られてーーとかなりそうで怖いんだが。 まあ、そんなの殿下が許すはずもないが。


 しばらくすると細工師の親方、カリナンさんがやってきた。

 ドレスとかは専門の服飾職人がいるようだが、ハンカチや小物類はカリナンさんの担当らしい。


「こういう染め物なんですがね、何かに使えませんかね?」

 俺が作ったマーブル模様をカリナンさんに見せると――彼女は模様が転写されている紙を掲げている。

「ほう、これは面白いですわね」

「こうやって、インクの落とし方や、かき混ぜ方によって出来る模様は千差万別で、二度と同じ物はできません。 もちろん、もっと色数を増やす事で変化に富んだ物も作れるでしょう」


「ふ~む」

 カリナンさんは、紙を前に腕組み――なにやら思案をしている。

 

「似たような染色なんですが、小麦粉染めっていうのもあるんですよ」

「「小麦粉染め?」」

 殿下とカリナンさんの声がハモる。


 俺は小麦粉をボウルに取ると、水を入れて練り始めた。

 そして、小麦粉の塊を2つに分けると、片方にインクで色付けた。

 小麦粉を細かい玉に分けて、並べてつぶしていく。

 切ってつぶして重ねて並べて、それを繰り返すと小麦粉の表面に複雑な模様が浮かび上がる。


「これを引き延ばして、紙に転写すると……」

 俺はその色のついた小麦粉を鉄板に乗せ、その上から紙を被せて板金用のローラーに挟み込む。

 そしてローラーを回すと、紙の表面に複雑な幾何学模様が転写される。

 それを見た殿下が、驚いて身を乗り出した。


「おおっ!」

「どうでしょう? ちょっと珍妙ですが、こんな複雑な模様は手書きでは描くことができないでしょう」

「これは確かに見たことがない模様だ。 こんな方法は思いつかぬぞ」

「これを服飾や飾りに利用できませんかね?」


 俺がこんな染め物を披露した顛末をカリナンさんに語る。


「私にお任せくださいませ。 殿下が王侯貴族の前でそのような思いをしていたとはこのカリナン、全く知りませんで汗顔の至りでございます。 きっと殿下のご満足できる物をご用意いたしましょう」

 

「期待しておるぞ」

「ははっ!」

 カリナンさんが殿下に頭を下げる。

 

 殿下には、石鹸を作った時に使った黄色い花が良い匂いだったので、黄色い花の香水も作って差し上げた。

 それを嗅ぎつけたステラさんが「私にも~」 ――と、駄々をこねていたが、却下だ却下。


 それから後、カリナンさんが作ったストールやスカーフ、アクセサリーを身にまとい、それに加え俺が作った嗅いだこともないようなバニラの甘い香りを漂わせて――パーティや会合に繰り出す殿下の姿は、王侯貴族の関心を惹くには十分だった。

 中には陰でアイテムの売買を持ちかける王侯貴族もいたらしいが、殿下は安易には首を縦に振らなかった。

 だって、自慢出来なくなるからな……と俺は思ってた。

 

 王侯貴族からの嫌がらせに。殿下が溜飲を下げて終了だと、俺も思ってたんだよ。

 だがそれだけで終わらなかった。

 殿下は、ファーレーンでしか手に入らない物を使って、帝国諸派への切り崩し工作を始めたのだ。

 

 この世界の女性の地位は低い。

 ――低いのだがローマ帝国ユリウス・クラウディウス朝皇帝ネロの母、小アグリッピナの如く一定の影響力を持っている者もいる。

 そういう王侯貴族の女性へ、ファーレーンでしか手に入らない物をチラつかせて、ファーレーンの影響力の拡大を狙ったのだ。

 無論、ファッションや小物だけではなく、俺が作っている甘味のレシピなども含まれている。

 王侯貴族なら専門の魔導師を雇っているので、冷却の魔法を使える環境ならアイスクリームなども作れるだろう。

 つまり、女性の好きそうな物を並べて、エサで釣ろうというのだ。

 単純に殿下が、揶揄された王侯貴族へ仕返しをして終了だと思っていた俺は面を食らった。


「マジか。 将を打たんと欲すれば不味い馬から煮よ、じゃくなくて、まず馬から射よ……か」

 

 なんか政治家っぽいよなぁ。

 まあ、本当に政治家だしな。 やはり、子供の頃からの環境の違いってやつ?


 でも、ファッションや甘味だけじゃ、ちょっとエサが足りないような気がするのだが……。

 俺の予想が的中しているのか、今のところは切り崩し工作はあまり進展がないようだ。



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