5話 その人の名は
霧の中に咲いた、美しい白い花の後に結んだ紅い実を摘み終わると、俺はまたぞろ歩きだした。
気のせいか、森も浅くなってきた気がするな……。
そのまましばらく歩いていくと――。
空気を伝わる低い音が聞こえてきた。
これはアレだ、アレってなんだよ、アレだよ、アレ。
――そう滝の音。
滝があれば、川もある。川があれば、魚もいるかもしれない。
俺は、喉の乾きを潤すため――そして腹を満たすため、その音のする方向へ小走りに駆けだした。
------◇◇◇------
音の方向へ近づくと、案の定滝が見えてくる。
結構デカイじゃん。
落差は50mぐらいだろうか、これは立派な滝だ。
コレも写真に撮りたいところだが、携帯はもう無理だろうなぁ。
滝壺に近づくとヒンヤリと涼しい――そして、水も綺麗だ。マイナスイオンもいっぱいだな。
富士山麓の白糸の滝を思い出す。真夏に行ったのだが、滝壺の周りはかなり涼しかった。
まぁ、マイナスイオンやらなんて信じてるわけじゃないが、こういうところは身体に良さそうな気はする。
大体、森林浴が身体にいいなら、田舎の人間は健康な奴ばかり――かと言われると、実際は違うからな。
滝壺をみると、魚影が結構見える。だが、竿もなければ、網もない――実に、惜しい。
もう少し、浅いところへいけば手もあるが……
「はぁ」
滝壺から水を掬って飲み干すと、滝壺の脇に腰を下ろした。
生水なんて、北海道ならエキノナントカが心配になるが、そんな事は言ってられない。
「これからどうするよ」
このまま川沿いに下っていけば、人家もあるだろうな。
行くしかねぇか、このままじゃ野垂れ死にだしなぁ……などと、ぼーっと考えていると――。
右手に突然の激痛!
何かが右手の甲を刺した!
慌てて手を振ると、手の甲にデカイ蜘蛛? が乗っていた。
多分蜘蛛なんだろう――それは、蟹かと間違うぐらいデカイ、色はキャラメル色。
「うわっ!」
慌てて俺は逃げようとするが、その刹那から指先が冷たくなってきた。
「ま、まじで!?」
すでに、右半身の感覚が無い!
ヤ、ヤバい!
気を失う寸前の俺の脳みそには、RPGの初期マップ画面――最初の城から出たところで、スライムにやられる主人公の姿が、走馬灯で回っていた。
------◇◇◇------
――眼を開くと、見知らぬ天井……。
まさかこのフレーズを自分で使うとは思わなかった。
気がつくと俺は、小屋か納屋のようなところに寝かされていた。
ベッドかと思った物は、干し草の上に、毛布とシーツを敷いた物らしい……。
このベッドで思い出すのは、アルプスの少女ハ○ジだ。
実はガキの頃、あの干し草ベッドに憧れて、藁で試した事があったのだが、ゴワゴワチクチクで、寝れた物じゃなかった記憶しかない。
そうか、シーツと干し草の間に何か入れたら良かったのか――まぁ、子供じゃそこまで思い付かなかったなぁ……。
それはさて置き、俺は助かったのか、それとも助けられたのか、はたまた奴隷として捕まったのか。
ただ寝かされてるだけで――縛られてるとか、そういうわけではない。故に、恐らく悪い捕まり方ではないだろう、と思う……多分。
ベッドで上体だけ起こし手を動かしてみるが、痺れもなんともないし、下半身も大丈夫のようだ。
俺のリュックも枕元に置いてあるし、中身も確認してみたが全部揃ってる、これは助けられたというべきだな……。
ベッドから起き上がって、縁に腰掛けてみると、靴も揃っている。
窓には木の板が嵌まっていて、開閉できるようになっているが――窓ガラスは存在しないのか?
元世界の中世って感じの文化レベルなのかな……。
少なくとも、極悪非道のヒャッハァーとか汚物は消毒だぁー! みたいなモヒカンの出てくる感じではなさそうだ。
「う~ん」
これからどうしようかと思案していると、ドアをノックする音が聞こえる。
どう返事しようかと迷ってると、ドアが開いた。
「mel yaluey-la inshurei?」
入ってきたのは女性だった。
ちょっと驚いた口調で俺に話し掛けてきたが、まったく何を言ってるのか解らない。
英語ではないな……聞いた事もない言葉だ。
栗色の髪の毛を上で纏めて、エンジ色の服を着て、首には何かの印のようなネックレスをしている。
下はロングのスカートだ。
ハッキリ言おう、一目で知的な香りがする美人のお姉さんだ。
顔を俺に近づけ、何か言いながら俺の右手を見ている。
蜘蛛のような虫に刺された痕が残っているが、それについて何か言ってるようだ。
いや、こんな美人に言い寄られて嬉しいんですがちょっと顔が近すぎますよ、良い香りが漂ってきちゃったりするんですけど……。
言葉は全然解らないが助けてもらった感謝の言葉を述べるべく、胸の前で手を合わせて、俺はこう言った。
「俺の名前はショウと言います。助けていただいたようで、大変感謝しています」
言葉は通じなくても、気持ちは通じるはずだ……多分。
その言葉を聞いた彼女はちょっとビックリした表情を見せて、慌てて部屋から出ていった。
「あれ?」
何か、まずったかな?
異世界とはいえ文化的にそんなに変わらんはず、思えばこれが異文化とのファーストコンタクトだったんだが、俺は何かしでかしてしまったのか……?
おおい、どうするよ。
ヤバいのか?
異国人がー異教徒がーお役人様ーって感じで通報されてしまったのか?
逃げるか?
いや、待て待て――助けてもらったし、それは人としてどうよ?
美人のお姉さんに命を救ってもらって、男としての矜持はどうなのよ?
などと、心臓バクバクさせながら頭を抱えて悩んでいたら、彼女が戻ってきた。
彼女の手には、何かのロッドが握られてる。
磨かれた木のロッドで、長さは彼女の身長ぐらい、先端には緑色の石が嵌まっている。
彼女が両手で持ったロッドを身体の前へ差し出して構える。
すると彼女の表情がなくなり、目の焦点も何処か遠くを見ているような感じになった。
俺が、それを見て何事かと、あたふたしていると……
『あなたはだれですか?』
「え? は? なんだ?」
何か声が聞こえたような、どこから聞こえたか解らないが、何がどうなってる?
俺が右左見回しながら、キョロキョロしていると、再び……
『あなたはだれですか?』
「え? は? わたしはショウです、名前はショウ」
『ショウ? ていこくじんですか?』
「え? 帝国? 違います、わたしは日本人です」
『にほん? それはどこにありますか?』
「え~? どこでしょう……わかりません、かなり遠くの国です……」と言うしかない……。
『わかりました』
後から聞いたのだが、これは感応通信と呼ばれている、テレパシーのようなものらしい。
心を読んでいるので、ウソを吐くとすぐにばれるらしい、その場凌ぎでテキトーな事を言わんで良かったわ……。
意思疎通が出来たということで、俺は再び助けてもらった事に感謝するべく、胸の前に手を合わせて頭を垂れてこう言った。
「危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました」
彼女はニコリと微笑むと、またソレで話しかけてきた。
『おちつくまでここにいればよいでしょう』
はぁ~、ありがてぇ……
地獄で仏
渡りに船
右も左も解らん異世界にやって来た俺には、もう感謝、感謝ですよ、俺はペコペコ頭を下げまくった。
彼女は、そんな俺をニコニコしながら眺めていた後、またそのテレパシーのような物で色々と話しかけてきた。
どうも、この地方と違う場所に帝国という国があるらしい。
そこの住民は、日本人のような黒髪が多いので、俺をその帝国人と勘違いしたらしい。
色々と会話して彼女の名前も解った。
彼女の名前は『ルビア』さんというらしい。