46話 裸のエルフと特訓だってばよ
ちょっと甘かった自分の考えを改め、来るべき戦いへ備えるために、戦闘用の装備にリソースを振ることにした。
ファーレーンへ俺がやって来て、一気にいろんな物を発明してしまったので――ここの工作師は大忙し、てんてこ舞いをしている。
しばらくはサボっても余裕があるだろう。
まずは、脇差し。 いままで剣鉈1本だったが、ちょっと心もとないし、リーチが足りない。
太刀にしてもいいが、普段の時に重いし邪魔だ。
もちろん、脇差しなんて売ってないから、俺自らの鍛造――ここぞという時のために取っておいた、良い鋼を存分に使った。
――研ぎ上がった脇差しを掲げてみる。
「良い出来だな」
剣と交える事も多いはずなので、刀身はかなり厚めにして、根元も焼をあまり入れてない。
根元に焼を入れて硬くすると、鍔迫り合いの際に折れる事があるからだ。
刀身を厚くしたために―― 脇差しというよりは、剣鉈の上位バージョンみたいな感じになり、それなりに重くなってしまったが、仕方ない。
刀装も、日本刀というよりは、軍刀に近い。
目釘も2本打った。
一応、剣鉈も無いと困るので、一回り小型の物に取り替えた。
次は、パチンコ……というよりは、スリングショットと言うべきか。
ゴムが使えるので、試作してみたが、これは中距離用になるだろう。
威力を増すために、球体ではなくてソロバンの玉のような金属弾を発射するのだが、これにも魔法が使える。
運動エネルギーは質量に比例して、速度の2乗に比例する。
つまり、重量増大の魔法を使って弾を重くするよりは、重量軽減の魔法を使って速度をあげた方が威力があがるということだ。
実際に実験してみると――予め重量軽減の魔法をかけた高速弾を発射して、途中で魔法を切ったほうが威力が高かった。
脇差しにも重量軽減の魔法を掛けると、ピュンピュンを唸りを上げて、目にも止まらないスピードになる。
本物の金属バットは振るのは大変だが、玩具のプラバットなら、ブンブン振り回す事が出来るのと同じだ。
重量を可変する単純な魔法も使い方次第では強力な武器になる。
例えば、10kgの鉄球に重量軽減の魔法を掛ける――それを、50km/hぐらいで投げつけて、当たる直前に魔法を切れば10kgの鉄球が直撃する。
学校等にある10kgの砲丸が野球ボールぐらいのスピードで人間に直撃したらどうなるか……かなりヤバイ事になるのは想像できるだろう。
そんな事が可能になるのだ。
魔法すげぇ――こんな事を嬉々として色々と考えてる俺は、もう危ない方向へ行ってしまってるようだ。
最後の武器は、名付けて『竹槍剣』
細いティッケルトの先に斜めに切った竹のようなの金属製の刃がついている。
竹なんてひ弱そうに見えるが、乾燥した竹はかなり丈夫で、強度的には心配はない。
もちろん、力任せに振り降ろされた剣を、直角とかには受けられるはずもないが、そんな使い方をするほうが間違っているのだ。
この管の中へ空気の圧縮弾を入れて、突き刺すという使い方になる――空気圧縮弾は魔法の展開が早くて便利でも、発現した後、動かせないのが欠点で移動している敵に対応できない。
それで、圧縮弾を筒の中に入れて、移動させるわけだ。
この使い方は、迫撃砲モドキを作って実証済なので、なんの問題もなく使える。
試しに、管の先端に圧縮弾を入れて、枯れ木に突き刺してみたが――圧縮弾を解放すると、枯れ木が真っ二つに吹き飛んだ。
やべぇ。
こんなの、マジで人間に使うのかよ……。 その威力に俺は焦った。
――でも、やるしかねぇ。
頭をモヒカンにして、トゲトゲ鎧を着たオッサンみたいのが、ヒャッハァ~とか襲いかかってきてるのに、話し合いなんて通じるわけねぇしな。
続いては、防具の開発だ。
防具も竹槍剣と同じ竹を使い、縦に細く割った竹を紐で繋いである。
竹版のスケイルメイルに近く、軽いのに結構丈夫だ。
籠手を作ってみて、試しに木の枝に巻き付けて、剣を振ってみたが、乾燥した竹はかなり固く、傷は付くが両断は出来ない。
オマケにしなるので、簡単には切断不可能だ。
実際、鉈で竹を切ろうとしても、物凄く苦労するしな。
ファーレーンの周りには結構ティッケルトという竹が生えているのに、あまり利用されていない。
せいぜい、籠や笊に利用されている程度だ。
軽装の防具といえば皮なんだよな。
皮を使うぐらいなら、竹の方が強い気がするのだが。
初めて作った防具はちょっと不細工だが、これから実際に使用して、改良してみるしかない。
マジで、使わないと解らないからな。
日本の武者鎧をそのままパクっても良いのだが、あそこまで重装にする必要もないしな。
基本、魔法使いなわけだし。
だが、現時点では――防御系の魔法が使えないから、前に出るしかないだけなのだ。
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孤児院の改修工事をお願いするために、以前俺の工房を増築してくれた大工の親方を訪ねてみた。
いきなり予算金貨80枚と言われて、ちょっと驚いたようだが――忙しい中俺と一緒に孤児院へ来てもらい、実際に孤児院の有り様をみて納得したようだ。
「こいつはひでぇな、正に崩壊寸前か」
「そうなんだよ。 子供達に何かあると大変なんで、危ないところだけでも優先的に直してほしいんだが」
「解ったぜ。 しかし、こいつは難物だな。 どうするか……」
すでに親方は腕組みをして、頭の中で設計図を広げてるらしい。
見てくれより実用重視という事で、廃材でも余り材でも良いので、安く上げてもらうことにした。
金は可能な限り節約したほうが良いだろう。
お城からちょっとでも予算が出れば、楽になるのだが……。
重量物を運ぶ時は、魔法で手伝う約束をして、その他はプロフェッショナルに任せた。
孤児院の工事も始まった。
そして、俺はというと……。 戦闘力強化!
戦闘力強化といえば、特訓&山籠もりだな。
巨大な鉄球にぶつかったり、滝に打たれたりとかな。
まあ、森がすぐ近くにあるので、山籠もりはしなくても済むし、特訓の場所にピッタリのところがある。
俺が行き倒れになってた、あの滝だ。
結構広いし、水はあるし、食い物もいるし(魚と蜘蛛)、滝があるから魔法の音を出しても大丈夫だろう。
まあ、あそこでドンパチやっても、ファーレーンまでは届かないとは思うが。
朝に弁当を作って、滝へ行き鍛練。 午後からは孤児院の工事の手伝いという生活が始まった。
鍛練の重要課題は、牽制の空気圧縮弾からの暫撃と、竹槍剣に圧縮弾を装塡するスピードと正確さだ。
それには、ひたすら繰り返して、練習するしかない。
この世界には、スキルアップとかレベルアップとか、アビリティとかパラメーターとかそんなの無いからな。
魔法を使って疲れたら、ミズキさんから教えてもらったカミヨ剣術の型を繰り返す。
たまには、魔法の改良を試みてみたりと、中々に充実している。
やはり、周りを気にしないでドンドン試せるのは良いな。
汗をかいたら、水浴びもできる。
師匠がこんな人里離れたところに住んでいるのも、この気楽さを求めた結果かもしれない。
理の魔法で雲を作り、落雷させる魔法も、雲の柱を渦状に回転させることで、チャージの時間を10秒ほどに短縮できた。
俺が真空を作って、衝撃波を作り大失敗した魔法――これは色々と試してみたが……やはりコントロール不可能だ。
ただ、伏せれば巻き込まれず、大丈夫な事は解った。
単純かつ後ろ向きだが。
色々と魔法を試した副産物で、気圧差を使ったカマイタチのような、対象物を切断する効果を持つ魔法を編み出せた。
しかし、これもぶっちゃけコントロール不可能で、とりあえず前へは使えるが、対象物を選んだりとか細かいコントロールは無理だ。
それなりの場所も必要で、狭いところだと自分が巻き込まれる可能性があるが、場所が広くて敵が大人数がいるとかなら使えるだろう。
とりあえず、俺のやっていることは――理の魔法を使って、自然現象を真似しているだけだからな。
低気圧を作り出して、竜巻とかも作れるかもしれないが、コントロールを失って街でも盛大に壊したら大事だ。
つくづくハンパである。
でも、ハンパはハンパでもどうにかして使わないといけないのは当たり前なのだが、防御系の魔法が使えないのはちょっと痛い。
理の魔法で、防御を出来ればいいのだが……圧縮した空気の壁とか。
う~ん、風で弓矢を逸らすぐらいは出来るかもな。
滝の周りでそんな修行生活をして、上半身裸で汗をかきながら脇差しを振り回していたら、そこへ師匠とステラさんがやって来た。
「あ、いたいた! あんな事してるぅ」
ステラさんは何が面白いのかゲラゲラと笑っている。
こっちは真剣なんだから、笑い事じゃないっての。
師匠は相変わらず――俺が剣術の修行をしているのが、気に入らないらしく、曇り顔だ。
師匠にそうは言われても、ハンパな魔法しか使えないんだからしょうがない。
魔法じゃ近接攻撃に間に合わない事もあるし、相手が獣人とかで接近されたらかなりヤバイ。
師匠クラスなら、いくらでも手はあるのかもしれないが。
「しょうがないねぇ、ここはいっちょ、エルフのお姉さんが稽古付けてあげますか」
「ちょっとステラ」
師匠が止めに入るが、ステラさんは気にも止めない様子だ。
「ステラさん、本気ですか?」
「本気、本気、ショウ風に言うと、チョ~本気」
「木剣とかないので、何か適当な枝でも探しますか」
「ショウは真剣で良いよ。 私はコレで良いから」
そう言ってステラさんは、草むらから枯れ枝を拾い上げた。
「え~? 危ないですよ?」
「はぁ? あんたみたいなひよっ子の剣が当たるようじゃ、私も長くないっての」
「ステラ!」
師匠は止めようとしているが、ステラさんはヘラヘラ笑いながらもう構えていた。
もう、どうなってもしらねぇぞ!
「それじゃ……、いきますよ!」
俺は重量軽減の魔法を身体に掛けて、一気に間合いを詰めて切りかかると、ステラさんはそれを軽くいなし、俺の剣を受け流している。
それを見た俺は、ちょっと、焦った――ステラさん、剣も使えるじゃん。
まあ、450年も生きてれば、何をやっても達人、名人レベルになってても不思議じゃないけどな!
俺は鍔迫り合いから、ステラさんの手首に脇差しの束を掛けて首を狙いにいくが――しかしそれすら、するりと躱された。
「ちょっと危ないじゃん! 今本気だったでしょ! それ、カミヨ剣術じゃないの?」
「取り入れてはいますけど、元々は私の生まれ故郷の武術ですよ。 真剣で良いって言ったのはステラさんですし!」
こういう鍛練で、寸止めとかしていると、実戦でまったく役に立たない。
寸止めの間合いと、必殺の間合いが違うのだ。 例えばパンチで必殺の間合いというと、ポンと相手の肩に手を乗せる距離。
これが必殺の間合いだ。
寸止めの練習に慣れてしまっていると、この必殺の距離に踏み込めなくなってしまうのだ。
俺の剣術を素人剣術だと思ってたらしく、ステラさんはちょっと俺の攻撃に面食らったようだ。
お姉さん風を吹かせた手前、少し焦ったステラさんが、攻撃に転じた刹那。
俺は、左に身体を開き、ステラさんの攻撃を交わし、下から切り上げる!
無影だ。
以前、ミズキさんに見せて、ムエイと言われた剣の型の正味がこの技になる。
ステラさんの顎を俺の切っ先が掠める。
「チィ!」
ステラさんは舌打ちをすると、間合いを離すために魔法をつかったようで、何か強い力で俺の身体がステラさんから引き離される。
「なんだよ、魔法アリかよ!」
引き離されると同時に、空気圧縮弾を作って、ステラさんの顔の手前で解放すると、ステラさんは仰け反り隙が生まれた。
そこですかさず、間合いを詰め――腹へ切っ先を突き立てた!
ちょっと熱くなり無意識にやってしまったが、突き立てた切っ先が何かの力でピタリと止まり、ハッと我に帰る。
「クソガァァァァ!」
ステラさんの怒号と共に俺の身体が宙に舞う。
すんで、身体を捻って僅かに躱したが、まともに喰らってたら、ヤバかったかもしれん。
そのまま、ゴロゴロと転がって、ぐったりしてたら、師匠が止めに入った。
「ステラ! あなたちょっとやり過ぎよ!」
「ああ? お前、何見てたんだよ。 危なかったのはこっちだっての!」
ちょっと切れ気味のステラさんを押さえて、師匠は俺に治癒魔法を使い始めた。
「ショウ、大丈夫?」
「ハハ、大丈夫ですよ……」
「私のほうが、酷い怪我だろ! これ見ろ!」
ステラさんの顔が赤くなり、少し火傷をしているのが見えた。
「そのまま死ねば?!」
師匠に冷たい言葉を浴びせられ、相手にされないステラさんは、むくれて自分で治癒魔法を唱える。
すると、みるみる傷が修復されていく。
「ふう、酷い目にあった」
俺は首を振って、身体のアチコチを確かめるが、大丈夫なようだ。
「それは私の台詞だっての! だいたい、このぐらいやらないと鍛練にならないじゃん」
それはそうだ。 ぬるい鍛錬なんてやっても、実戦じゃ全く役に立たない。
「ステラさん、本格的な防御魔法を見てみたいんですがね。 どれぐらい頑丈なものなんですか?」
そんな提案を座って休憩しているステラさんにしてみると――彼女は立ち上がると、スタスタとちょっと離れた滝の側まで歩き始めた。
「ちょっとやってみる?」
「ステラ、あなた懲りないわね」
師匠はちょっとあきれ顔になっているが、ステラさんは譲らない。
「剣はともかく、ガキに魔法で負けるなんて事は絶対にありえねぇ!」
振り返ると断言するステラさんは、さっきの事を根に持っているようだ。
ステラさんは立ち位置を決めると、少々長めの呪文を紡ぎはじめた。 そして、呪文が終わると、揺らめく何かがステラさんの前に顕れる。
師匠の方をチラリとみると、黙って頷いた。
俺は、スリングショットを取り出すと、重量軽減の魔法を弾に掛けて、その透明な何かに向かって撃ち出した。
撃ち出したらすぐに魔法を切るので、普通の重さで目標へ激突するのだが――撃ち出した弾は、ステラさんへ届く事はなく空中でピタリと止まると、地面へ落ちてしまった。
もう一発撃つが、結果は同じ。
「そんな物まで作ったの?!」
ステラさんはスリングショットにちょっと驚いたようだが――コレがダメなら、剣なんてダメだな。
俺は、空気圧縮弾を思い切り圧縮して、透明な何かの前で炸裂させてみたが……。
結果、ビクともせず。
ならばと、真空衝撃波を試す事に。
俺は真空玉を繰り出すと、師匠へ叫ぶ。
「師匠! 防御の魔法か、伏せて耳を塞いでください!」
俺の声を聞いて、師匠は姿勢を低くして、防御魔法を展開し始める。
「いけぇ!」
俺が伏せて、耳を塞いで叫んだ瞬間、轟音と共に滝の周りの木々が突風で何本か薙ぎ払われた。
結果、ビクともせず。
「ハハハ! 中々良い攻撃だけど、コレはドラゴンの炎も防げるんだよぉ」
「マジで?」
エバーなんとかのATなんとかレベルかよ。
でも、物理攻撃は遮断してても、姿は見えてるじゃん。
どういう原理なんだか、光子は通過出来るのか? それなら、レーザーは通過するだろ。
あと、電子レンジで炙るとか、太陽光を集めたヘリオスタット攻撃もいけるじゃん。
アレ? ドラゴンのブレスを防げても、赤外線は通すんじゃね? なんか辻褄が合わねぇ感じがするが……。
それとも、ドラゴンのブレスが魔法現象なら、それ自体に干渉するのか?
そう考えると、某SFに出てくる防御シールドも、姿が見えるのにレーザーは止まるとかいう意味不明な仕様だよな。
突っ込んだら負けなのか?
そんな事を考えてると、ある事を思いついた。
俺のドブネズミ色の脳みそがフル回転しだし、その答えを導き出す。 演算時間0.11秒(当社比)
持ってきた袋から――試そうと思っていた、魔法で燃える火石と金属の炎色反応の相乗効果を利用した閃光玉を取り出した。
以前作った物の改良版だ。
「こんにちは~、贈り物で~す」
そう言って、ステラさんの目の前に、閃光玉を放り投げて、俺は後ろを向いた。
後ろを向いたと同時に光る白い光。 カメラのフラッシュやマグネシウムの燃焼のような目がつぶれるような光ではないが、それなりに明るい。
「ぎゃぁ! 目がぁ~」
集中力の切れた魔法は、ピンク色の光のかけらになって四散。
某ム〇カのような台詞を吐きながらフラフラしているステラさんに近づくと――彼女の手を取り、そのまま体重を預けて引き倒すような動きで振り回し、ステラさんの細い身体を泳がせる。
相手が多少の大男でも、これをやると簡単に相手の重心を崩す事ができる。
バランスが崩れたステラさんの脇をすくい上げると、彼女の身体は弧を描いて、水柱と共に滝壺の真ん中へ沈んだ。
舞い上がる水しぶきに虹が掛かる。
こんな技を使わなくても、重量軽減の魔法で投げ飛ばせば良いんだけどな。
しかし、技の鍛錬もしなくては、上は目指せない。
「南無阿弥陀仏、『おかしい人』 を亡くしてしまった」
俺は確かに格下だが、露骨に見くびられると、頭に来る。
それに、ステラさんみたいな人は、多少は反抗するところを見せないと、嫌がらせが際限なくエスカレートする可能性がある。
滝壺に向かって合掌をしていると、ステラさんの白い金髪と長い耳が浮かんできた。
「なんだ、ステラさん泳げたんですか。 溺れたら笑ってあげようと思ったのに」
「この、クソガキャァァ! ルビア、ちょっとどっち? 目がよく見えないんだよ」
「こっちよ」
師匠が、ステラさんを誘導して滝壺から助け出したが、髪も耳も滴り、ステラさんがいつも着ている青い変形チャイナドレスのような服も、身体にピッタリと張りつき身体の線が露になっている。
「ステラ、あなたショウを見くびりすぎよ。 あの子は日は浅いけど、中の上ぐらいの力はあるんだから」
「解ってるよそんなこと。 だからむかつくんだよ!」
「ああ、エルフ風に言うと、腹が痛いんですよね?」
俺が笑っていると、石が飛んできた。
「シェカラシカァァ!」
「あぶねぇ! ハハ、一寸の虫にも五分の魂ってね」
「それは?」
師匠が、俺の言った言葉の意味を尋ねてくる。
「ゴミみたいな虫でも、僅かながらでも魂があるのだから、相手を侮るなって教えですよ」
「勉強になったわね、ステラ」
「うるせぇ!」
ステラさんは怒鳴ると、服を脱ぎ始めた。 慌てて、師匠が止めにはいるが、お構いなしだ。
「ちょっとステラ!」
「服を乾かすんだよ」
「んもう、本当に」
師匠は呆れて、焚き火用の薪を探し始めたので、俺も集めに走った。
「ああ、酷い目にあった」
ステラさんは焚き火で裸を炙って、足をパタパタさせている。
一々動作が可愛いが、こいつはBBAだ、惑わされるな……。
「自業自得でしょ」
「しかし、あんな方法で防御魔法を破ってくるなんて……」
「ショウの理の考え方は、私達とは異質なのよ」
俺は、そんな二人の会話を聞きながら、木の陰に隠れてなるべくステラさんの裸を見ないようにしていたが……。
「ショウ、ほれほれ、見るぅ?」
ステラさんはM字開脚で脚を開くと、指で広げて見せつけてきた。
見たくもない物を魅せつけられて――俺は、慌てて目を覆わざるを得ない。
「ち、ちょっと、ステラさん!」
「ステラ! あなた恥じらいってものがないの?!」
「恥じらい? 何それ? 美味しいの?」
キャピ! って顔をしているステラさんを見て、俺は思う。
ああ、女も450年も生きれば、こうなるのか……。
「もう、そんなに怒るなら、ルビアも裸になればいいじゃん」
「なんでそうなるのよ!」
「もう、隅々まで見られちゃったんだろ?」
「ああああああああ!」
ステラさんは、また師匠のトラウマを弄って遊び始めた。
本当にこのエルフは性格悪いな。 エルフって皆こうなのか? それとも、この人だけが特別なのか?
他のエルフに会ったことがないので、なんとも言えないが――人に聞いても、おおよそこういう性格らしい……。
「隅々まで見てませんよ、すぐに毛布を被せましたから。 それに、師匠には私の裸も見られてますから、お互い様って事で」
「ええ? いつの間にぃ。 ズルイじゃん!」
「私が行き倒れて、師匠に助けられたのがこの場所なんですよ。 介抱されたときに、着替えとかそういうのをしていただきましたから」
「なんだぁ、そうなのかぁ、もうショウの身体を隅々まで調べちゃったのな。 記録魔のこいつの事だ、『あ、ここに珍しいキノコが生えてるぅ』 とか言って、詳細に記録してるぜ、きっと。 ショウ! 帰ったら、こいつの部屋を家捜ししようぜ」
ステラさんは、そんな事を言って、ゲラゲラと笑いだした。
俺も笑いながら、師匠を見ると、師匠がフリーズしている。
「ハハハ、まさか……あれ? あの? 師匠?」
「ぎゃぁぁぁぁ! このクソエルフ! 今日という今日はぶち殺してやる!」
師匠は顔を真っ赤にしながら、ステラさんを追いかけ始めた。
「ギャハハ! 当たりだぜ! 当たり! ショウ! 早く帰ろうぜ」
ケケケと怪しげな笑いをあげながら、裸で師匠から逃げ回るステラさんは、知らない人が見れば、妖精が無邪気に遊んでいるようにも見える。
――見えるのだが……。
でも、師匠、マジですか?
森の民、気高く美しいエルフは幻だった。
清楚で知的な美しい師匠も幻だった。
色不異空空不異色色即是空空即是色
この世は全て夢幻か。





