44話 孤児院のマリア
魔法で負圧とか減圧できるようになったので、揚水タンクを作り、水道モドキを作ってみることに。
しかし、魔法で負圧を作ったとしても、大気圧があるので、余り高いところへの揚水は出来ない。
それで、タンクに負圧を掛けた後に、井戸の中の水に重量軽減の魔法を掛けると、勢いよく水が吸い込まれていった。
「なるほど、空気を膨張させて減圧してるけど、空気そのものに重量軽減の魔法を使っても減圧できるかもな……」
地上の大気圧=空気の重さだからな。
魔法の効果は100mほどだから、最大直径200mの範囲の空気の重量軽減すれば、気圧が下がる、空気が流れ込んでくる、コレって低気圧を人工的に作れるって事か?
嵐も気象変動も自由自在?
マジで?
いや、大気柱を支える土台がなくなるって事だから、強烈なダウンバーストが発生するかもしれん。
ちょっとまて、理の魔法って、結構ヤバイんじゃないの?
試したいけど、街を破壊してしまうかもしれん。
場所を選ばないと……。
そんな事を考えつつ、工房の外に屋根付きの矢倉を組み、その上に中を焼いた大きな樽を2つ載せ、水が貯まる樽の中には炭を1/4ぐらいいれてある。
水が貯まらない方の樽は、水を吸い上げる負圧用タンク代わりになるが、空気漏れしないように膠で目張りしてみた。
余裕があれば負圧用タンクだけでも金属製にしたいところだが……。
水が貯まった樽からパイプを伸ばして、風呂場や台所へもっていけば、水をガチャポンプで汲み上げなくてもすぐに使えるようになる。
パイプは、魔法で加熱&乾燥させたティッケルトを使ったが、竹は乾燥させて油を飛ばすとかなり丈夫になるし、破損した時の補充も簡単だ。
鉄だと加工が大変だし、銅や鉛は毒性が怖い。
バルブや蛇口のパッキンは、ゴムの木モドキから取った樹液を硫黄と黒鉛で硫化加工した物を初めて使ってみた。
今回、どのぐらい持つか&役に立つかの耐久テストも兼ねている。
負圧用タンク用の樽の中を魔法で減圧して、井戸側のバルブを開き、井戸の中へ重量軽減の魔法を掛けると水が吸い上げられてくる。
樽に水が貯まったら、井戸側のバルブを閉じて、風呂&台所側のバルブを開けば、蛇口で水が使えるようになる。
溜め水なので、料理には使えないが、洗い物や風呂には問題なく使えるはず。
飲み水も、負圧式で汲み上げる事にして、ガチャポンプは取り外した。
「徐々に文化的生活のレベルが上がってきたな、イェ~」
タンク代わりの樽を見上げてそんな事を言ってみる。
しかし、これは魔法を使いまくってるので、売り物にはできないな。
まあ、手間が掛かっても良いなら、ガチャポンプを2段式にして揚水すれば同様な事が出来るし、人力で大変ならガチャポンプを水車か風車へ繋げば良い。
試作のゴムが使えるのが解れば、加圧式のポンプを作る手もある。
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水道モドキを作って、一応順調に使えているので、一段落ついた。
そこで、街で知り合った子供達の孤児院を訪問してみることにした。
それなりに稼いでいる事だし、寄付ぐらいはしないと真学師なんて業が深い商売をやっているから、バチが当たりそうで怖い。
この世界にやって来た時は文無しの俺だったが、今ではそれなりに小金持ちだ。
月の給金は相変わらず月金貨3枚(60万円相当)だが、俺が考案した商品が売り出される度に、金貨5枚~10枚(100~200万相当)と報奨金が出ている。
金も使うこともないので、現在の貯金は金貨100枚ちょっと(2000万円ほど)になっているが、手つかずだ。
お城に住んでいて、衣食住は保証されているし、開発の予算は怒られない程度には使いたい放題。
金を使う事といえば、食材を買い込むぐらいで――ステラさんをはじめ、他の住人が俺のところで飯やオヤツを食っていくせいで、食費が嵩んでいる。
贅沢しようにもしようがないが――庶民からみれば、毎日ミルクを飲んだり、卵を食べたりするのはそれなりに贅沢なのかもしれない。
他には、宝飾には興味ないし、元世界のように高級自動車が売ってるわけでもない、馬車とかいらねぇし。
興味があるとすれば武器だが、それだって俺が趣味で鍛造すれば買う必要はないのだ。
高価な剣と言っても、ドワーフが打った物なら欲しいと思うが、ただ宝石がついてたりするだけだしな。
そんなのイラネ。
ちなみに、RPGに出てくるようなエンチャントが付属している武器等は、この世界には存在してない。
ただ、術師が鋼材を変化させた物はあるという。
元世界でいえば、コーティングの1種だろう。 それなら、対腐食性、対磨耗性がアップしたり、切れ味がよくなるのは理解できるが、それに大金を払う気にはならない。
しかし、そういう魔法を憶えれば、工具の製作が捗るかもなぁ、コーティングされたビットとかドリルとかさ。
あと、高価な物をいえば、元世界と同じく不動産があげられるが、大きな屋敷とか購入してしまえば、今度は維持費がべらぼうに掛かる。
お手伝い、メイド、庭師、警備、と経費が月金貨5枚10枚15枚と鰻登りだ。
そんなのに無駄金使わなくても、お城に住んでればセキュリティもバッチリだし。
まあ、あり得ないと思うが、国ごと買えるぐらい儲かればお城を建てても良いかも~とか思っちゃうけどね。
話が逸れたが、子供達に話を聞いたところだと、孤児院は街の北の外れにあるという。
城下町は、お城から見て北側へ広がっているので、北の外れというのは、ホントに端っこだ。
以前、中心から外れるほど、治安が悪いと聞いていたが、大丈夫なんだろうか?
まあ、住んでみて解ったが、ファーレーンはそれほど治安が悪いわけでもないのだが……。
孤児院の場所を聞くために、途中にあった小物屋に入る。
初めて入る店だが、普段通ってる店と違う品揃えなので、眺めるのが結構楽しい。
「お兄さん、何か買うのかい?」
「ちょっと、尋ねたいんだが、ここら辺に孤児院があると聞いたんだが」
小物屋の女主人らしい女性に銅貨2枚(1000円)を渡して尋ねてみる。
この世界では、人に頼みごとをするのには、金をケチらないことだ。
「孤児院?」
「マリアって女性がやっているらしいんだが……」
「ああ、あの薄気味悪い女か。 この道を真っ直ぐ行ったところだよ。 お兄さん、御喜捨でもするのかい?」
「まあ、そのつもりだけど」
なんか嫌なキーワードが聞こえたが……。
「袋買ったかい?」
「袋?」
その女主人に聞くところによると、寄付や御喜捨するのには、専用の袋があるそうで、日本で言う熨斗袋みたいな物らしい。
その袋も売っているということで、出してもらった。
薄い革製で、丸から放射状に伸びる刺繍が赤い糸で施してある。
そう、旭日だ。 これがアマテラスというこの世界の神様を表してるという。
つまり、太陽の事だよね。
う~む、やはり旭日模様は格好良い。
大きい袋も売ってるという事なので、帰りに買って帰ろう。
小さい袋でも、値段は小四角銀貨1枚(5000円)と結構高いが、この袋自体も売ったり買ったりできるので、有価証券みたいな物らしい。
ミシンも無い世界で、手縫いの刺繍だと作る手間もあるので、妥当な値段なのだろう。
女主人に、帰りにも寄るよと声を掛けて、小物屋を後にした。
街の外れへ延びる道をそのままテクテクと歩いていくと、崩壊寸前とも言えるような少々大きめのボロ屋が見えてきた。
「もしかして、アレか? いまにも崩れそうなんだが……」
なんだよ、金持ちもそれなりにいるんだから、寄付ぐらいはしてやれよ――と思う。
――とはいえ、見かけ派手な貴族でも、大貴族以外は台所は火の車だったりする。
こういうところへ寄付とかをしてもなんの名誉にもならないし、手を出すやつはいないって事なのだろう。
マジで金持ちといえば、商人だが――商人は商人で金にならん事はやらないからな。
金の匙を持っている者は貧しい者に喜捨をするという、イスラムのザカートみたいなシステムが必要だと思うのだが……。
そんな事考えつつ、そのまま建物に近づいていくと、見慣れた顔の子供達が遊んでいる。
俺の教えたケンパで遊んでいるようだ。
「お~い!」
――と声を掛けると、子供達はこちらに気がついたらしい。
「魔女の愛人だ」 「違う奴隷だよ」
――とかいう声が聞こえる。
あいつら……。
「普通に弟子だと言ってるだろ?!」
「わ~い! ショウ様だ~」
お下げ髪のリコが、勢い良く抱きついてくる。
「遊びに来たの? ねぇねぇ」
子供達がワラワラとやって来る。 ざっと数えて約20人。
「遊びに来たわけじゃなくて、ここの責任者に会いに来たんだよ」
「マリアお姉ちゃん?」
「そうそう」
「マリアお姉ちゃん~!」
リコは建物の裏側へ走っていったが――裏手を確認すると、俺を手招きしている。
「ショウさま! こっち、こっち!」
どうやら、そのマリアさんは裏の井戸にいるようだ。
そのままリコの手招きに誘われて、裏に回ると……居た。
ボロボロの紺のロングワンピースに、真ん中で分けたボサボサの黒い長い髪……。
子供達からの話を聞いて、もっと年配の方かと思ってたが、井戸にいたのは16~17ぐらいの少女だった。
まあ、俺をオッサン扱いするんだから、年配の方ならオバチャンと呼んでいるはずだよなぁ。
小物屋の女主人は薄気味悪い女とか言ってたけど、痩せててボロボロの格好ではあるけどちょっと言い過ぎじゃね?
「こんにちは。 はじめまして……」
俺は普通に挨拶をはじめたつもりだったが、その少女は持っていた釣瓶を落とし、固まった。
ガラガラと釣瓶が落ちる音と、水面に激しく叩きつけられる音。
そして、次の瞬間、彼女は俺に向かって抱きついてきたのだ。
「ゼロ様!!!」
えええええええ!?
今度は抱きつかれた俺が固まった。
抱き抱えた少女の身体はまるで枯れ枝のように痩せ細って軽かった。
------◇◇◇------
少女に抱きつかれて、固まった俺だったが、すぐに彼女を引き離した。
「違う違う! 俺は真学師のショウだ、ゼロってやつじゃないし」
「え?!」
その言葉に、少女は驚いたようだ。
「マリアお姉ちゃん、その人は真学師のショウ様だよ」
リコにそう言われて、マリアという少女は、俺の顔をまじまじと覗きこんでくる。
まるで、全てを見透かされるような澄んだ目。
ああ、この感じは……これは師匠の感応通信に感じが似てる。
そう感じた俺は、掌で目を隠して言葉を続けた。
「人違いだよ」
「……申し訳ございません……」
少女の表情から、かなり落胆した様子が計り知れたのだが――俺は取り直し、懐からアマテラスの袋を取り出した。
「今日は、御喜捨を持ってきたのですけど」
その袋を見た、少女は正気を取り戻したようだ。
「わざわざきていただいた方に、ご無礼をいたしました。 何もお構いできませんが、こちらへ……」
俺は、マリアさんという少女に案内されて建物の中に入った。
「何もお出しできませんが」
――そう言って、マリアさんはお茶らしき物を出してくれたが、何のお茶かは不明……。
「では改めて、御喜捨でございます」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってマリアさんは両手を掲げて、器のようにして受け取った。
俺は椅子に腰掛けて、建物の内部を見渡したが、アチコチ穴だらけのボロボロでマジで崩壊寸前だ。
今回悩んだ挙げ句、金貨一枚を包んだのだが、こりゃ金貨一枚じゃどうしようもないだろう。
「今回、少ししか包みませんでしたが、もっと包んだ方が良かったかもしれないなぁ。 すぐに建物を修理しないと危険だぞ」
見ると、建物の隅に小さな本棚が置いてあり、本が何冊か並んでいる。
「マリアさん、字が読めるのかい?」
「はい、ゼロ様に教えていただき、その本も勉強用にと買っていただきました」
「へぇ~」
この世界にまだ印刷技術はない。 本は1冊ずつ写本したもので、それなりに高価な代物だ。
部屋の中を確認しながら、これからどうしようかと色々と考えていると、彼女が話しかけてきた。
「あの……」
「はい、なんでしょう」
「失礼ですが、もう一度お聞きしてもよろしいですか? 本当にゼロ様ではないのですか?」
「あなたをガッガリさせて申し訳ないが、違う。 俺はゼロという人じゃない」
「そうですか……」
マリアさんは下を向いて、固まってしまった。
そのままマリアさんは無言のままだが、その気になる『ゼロ』という人物について聞いてみた。
「そんなに俺は、そのゼロという人に似ていたのかな?」
「いえ、姿は違うのですが……雰囲気というか気配とかいうか仕草が……」
「え? 姿が違うのに、人違いというのは解せないね」
「その、ゼロ様が、今度会う時は違う姿をしているだろうからと、仰っていたので……」
え? なにそれこわい。
「そのゼロさん? ですか? マリアさんの家族とかそういう感じじゃないんだよね?」
「私の命の恩人です」
「ああ、危ないところを助けてもらったとかそういう感じなのかな? そりゃ、再会したいだろうな」
「いいえ、私が道端で、病気で死にかけていた時に助けていただいたのです」
「病気?」
「はい……私は道端の木の根元で、労咳でまさに死ぬ寸前でした。 もう死は覚悟していたのですが、そんな私をゼロ様は見つけてくださり……」
「そして、助かったと」
「目が覚めた時にはベッドの上で、労咳はすっかり治っていました。 そして、私は生まれつき目が見えなかったのですが、それも治していただいて……」
「え?! 末期の労咳を治しただけでも凄いのに、目の先天異常を治したとか? 信じられねぇ……」
「決して、嘘は言ってません」
「いや、嘘だとは疑ってないんだが、俺の師匠の話だと労咳が末期になると、治癒魔法でも治せないと言っていたのでなぁ。 しかも、目の異常まで治すとなると。 ホントなら凄い真学師か魔導師だ」
もしかして、そのゼロってやつは、俺みたいな転生者だろうか?
優れた医術を持った転生者なら、抗生物質とか合成している可能性はあるな。
それなら、結核が治っても不思議じゃない。
しかし、目の先天異常の治療は……マリアさんの顔みても縫合跡もないしな。 もしかして、俺の成長促進の魔法みたいに視神経をにゅるにゅると医術+魔法で繋いだとか?
う~ん、可能性は無きにしも非ずだが。
それはそれで凄い。
果たして魔法でもそんな事が可能なのだろうか?
「う~ん、え? ちょっと待って、生まれつき目が見えないのに、道端で死ぬ寸前って……家族は? あ……こんな事聞いちゃ拙いよね」
「ここで会ったのも、何かの『エン』 ですので、聞いていただけると……あの……」
「ん? 今エンって言った? そのエンって運命的な繋がりとか魂的な繋がりを表すって意味のエン?」
「そうです、ゼロ様から教えていただきました」
やっぱり、ゼロってやつは転生者、もしくは転生者縁の奴だ。
しかも、日本人。
だいたい、『ゼロ』って単語が元世界の言葉だし。
彼女は自分の生い立ちを訥々と話し始めた。
「私は帝国領内の農家に生まれましたが、生まれつき目が見えなくて、何もできませんでした」
「まあ、目がまったく見えないんじゃなぁ……」
「そして、7歳になった時に、帝国の夜空亭という娼館から私を買いたいという話が舞い込んできました」
「え? 7歳で? 親に売られたのかい?」
「いいえ、私から、そんな話があるなら売ってほしいと頼みました。 そのまま家に居ても穀潰しで何もできません。 しかも、飢饉が続いていて、生活はかなり逼迫していましたし――私には兄弟もいましたので……」
座ったまま、ギュッと拳を握りしめて、下を向いたまま自分の過去を語る少女。
ああああ……やっちまったぁ。 ヤバイ、重い――重すぎる、超ヘビーだぜ……。
俺は、迂闊に話を聞いてしまった事に、心の中で頭を抱えていた。
さすが、人権? なにそれ美味しいの? って世界だ。
全盲の少女娼婦とか、元世界なら三面記事間違いなし。
孤児の話もそうだが、こんな世界なら、こういう話は避けて通れないとは思っていたが……。





