43話 日に迎し、時を告げる俺(挿絵あり)
時計が無いと色々と不便なので、簡単な時計を作る事にした。
ゼンマイ式でキッチンタイマーの24時間バージョンで、簡単な脱進機(機械式時計の歩みを一定にする機構)を備えており、日時計で計った正午にゼンマイを巻く。
そして、次の日の正午まで戻ってゼロになるという24時間タイマーだが、日差は10分ぐらいだと思う。
脱進機部分は考えるのが面倒なので、既存の時計を参考にして作ったが、元世界の時間の観念が染みついているので、元世界方式にしたかったのだ。
料理用にもタイマーが欲しかったので、30分ぐらいを計れるタイマーも作ってみた。
こちらは脱進機無の簡単バージョンで、簡単でも料理時間が計れるとやはり便利だ。
森の中へ入ったりすると時間の感覚が狂い、気がついたら暗くなっていた――みたいな事も多々あったので、アバウトでも時間が解ると便利だと思うのだ。
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キッチンタイマーモドキの時計を使い、それなりに役に立っていたが、魔石を使って時計を作れるのでは? と、思いつき、面白そうなので挑戦してみた。
最初は、酒を熟成させる時に作った魔石の振動をクロック代わりにしようとしたが、魔石自体にカウントする機能がなくて断念。
ならばと、魔石のデータ転送の時間をクロック代わりに利用することにした。
正確には、データ転送ではなくて、感応なのだが。
魔石は、近くの魔石へ感応でデータを送ることが出来る。 その距離は約100mだが、中継用の魔石を置けばドンドン距離を延ばすことが可能だ。
感応に掛かる時間はおおよそ3秒程なのだが、基準になる時間がないので正確には不明、ただ、石の大きさに関係なく、感応に掛かる時間は同じであった。
まずは、この感応に掛かる時間を正確に計る必要がある。
お城から魔石を30個程借りてきて、実験の準備をする。
どうしようか色々と考えたが、単純にズラリと並べて順番に感応させて、日時計で計った正午から正午を24時間として、トータル感応回数÷掛かった時間でそのスピードを計る事にした。
感応の順番は以下のようになる。
〇〇〇●
〇〇●〇
〇〇●●
〇●〇〇
そう、2進法だ。 信号が書き込まれている時に、次の信号がやってきたら、隣の魔石へシフトする。
感応の速度は約3秒なので、60秒÷3=20 20×60分×24時間=28800回
28800を2進へ変換すると、111000010000000 で魔石が15個あれば良い。
まあ、魔石は30個あるので、念のために20個程並べておく。
24時間耐久テストの結果、魔石の並びは、111001000011010 で、10進に変換すると29210回で、3秒より若干短いようだが、3秒クロックとしてそのまま使えるだろう。
29210回÷1440分(24時間)=20.284 小数点の端数が誤差ということになる。
多分、日差は20秒弱ぐらいになるのでは? と思うが、元々基準に使っている24時間が日時計計測なので、ここら辺を詰めても、意味ないだろう。
すでにこの世界に存在している機械式の時計でも、日差数分という感じらしいので、十分に対抗できる……はず。
構成を吟味した結果……。
クロック部
〇〇〇〇〇 魔石5個
ここで約3秒に一回の感応をベースにして、2進法で20カウント=1分を計る。
●〇●〇〇 になったら、分計部へ信号を送る。
分計部
〇〇〇〇 魔石4個
ここで2進法を使って15分をカウントする。
●●●● で丁度15なので、15になったら分の表示へ信号を渡して、〇〇〇〇へ戻る。
分表示部
〇〇〇● ◎ 魔石5個
ここで00分、15分、30分、45分の表示を行う。 魔石を節約するためにと、あまり細かい分表示は必要ないと踏んで、15分刻みにした。 ◎は信号受け渡しの魔石で、ここに分計から信号が入ってくると、表示部を1個シフトする。
45分まで表示して、◎に信号が入ってきたら時間表示分の◎へ信号を渡し、分表示は最初へ戻る。
普段は魔力節約のために光っていないが、魔力が入力されると、信号が入ってる魔石が光る。
時間表示部
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇● ◎ 魔石13個
ここで時間の表示を行う。 ◎は分表示部分と同じ信号受け渡しの魔石。
動作は分表示部と同じ。
合計魔石の使用数は27個。
魔石1個は約銀貨1枚で5万円相当、合計で135万円って感じか。
結構高いとは思うが、機械式の時計は金貨数百枚でウン千万円だから、それに比べればかなり安い。
それに、表示部分は良い石が必要だが、クロック部やカウント部の見えないところは、通常使われないようなクズ石で十分だし、時間表示も6時間毎とかにすれば、もっと減らせる。
もっと上手い方法があるかもしれないが、今のところは思いつかない。
機械式の時計に比べて、この時計なら魔法が少々使えれば、特別な精密加工技術等がなくても時計が作れるメリットがある。
横に長いデザインの時計だが、専用の魔石を作って、魔石をカットする際に縦長にすれば、もっと幅は詰められるだろう。
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テーブルに魔石を広げて、そんな試作を繰り返してアレコレやっていると、殿下が俺の工房へやってきた。
お城の魔石を管理してる部門から――俺が大量に魔石を借りていって返してくれないと、殿下のところへ苦情が行ったらしい。
「それで? 其方は何をしていたのだ? 妾のところに苦情が入っているのだが?」
「え~、時計を作っていました」
「時計だと? 歯車も使わず? 魔石だけでか?」
殿下は魔石だらけで、時計らしき部品が無い事を不審に思ったようだ。
俺はトリガー用の魔石をつけたスイッチをポンと押すと、数秒遅れで時間表示部分の魔石が光る。
魔法が使える人なら、魔力を送れば表示されるが、魔法を使えない人でも使えるように、魔石をつけたトリガー用のスイッチを取り付けてみた。
この魔石も入れると、使用魔石数は28個になるが。
「これで、10と2/4時となります」
日本風だと10時30~45分の間という事になる。
分のカウント部分を見ればもっと正確に解るが、カウント部は2進法で動いてるので、2進が理解できないと意味不明だろう。
「その数字の意味はどうなっておる?」
「アマテラスが一番高い時間を正午として、その前後を12分割、1日を24分割した数字です。 なので、後1と2/4時で正午ということになりますね」
そんな話を殿下としていると、玄関のドアが勢い良く開いた。
「ショウ~! 腹減った、なんか食わせろ、コンチクショウ~!」
なんだよもう、ステラさんだよ。
最近あの人、俺の工房を喫茶店か食堂だと勘違いしてないか? 台所がある部屋を覗いたら師匠も一緒だった。
「ステラさん、今殿下と打ち合わせ中なんで、しばらくダメですよ。 我慢できないなら食堂でも行ってください」
そう言ったのだが、ステラさんは何をやっているだろうと、工房へ入ってきた。
「え~? なにやってんのぉ?」
「殿下と打ち合わせ中ですよ」
「なになに? 何これぇ?」
テーブルの上に載っている、魔石の塊の機具に興味を持ったようだ。
「時計ですよ」
殿下に見せたように、スイッチを押して、時間を表示させてみせた
「へぇ~! どうやってうごいているの?」
「こうやって動いてるんですよ」
俺は、片手を使って2進法で31まで数えてみせた。
一見で、よく解らなかったステラさんが、詳しい説明を求めてきた。
「はぁ? もっと詳しく」
ステラさんのリクエストにお応えして、黒板に図を描いて、魔石を並べて点灯させてみせる。
「こんなので、歯車も無で魔石だけで動くんだ」
ステラさんは感心しきりだ。
俺が黒板に書いている計算式とか、文章とかはみんな日本語だが、誰もそれについてツッコミは入れてこない。
何故かというと、どの真学師も技術や知識を盗まれないように、研究を暗号化しているせいで、俺の日本語もその手の暗号だと思われたのであろう。
師匠の部屋に山積みになった黒板を読んでみても、半分ぐらいは判別できない。
肝心の知識や数値など、大事なところは暗号化されているのだ。
逆に言うと、そんな事をしているから、この世界のテクノロジーが進歩しないんだけどね。
枯れた技術や知識とかは印刷物へ共有、それを纏める組織も必要だと思うのだが。
俺みたいに、バンバン技術とか知識を人に教えちゃう方が異端らしい。
でも、パクリはイカンけど、パクリがないと広まらないんだよなぁ……。
そして、広まらないから進歩がないと。
そんな事を思いつつ、ふと一緒に入ってきた師匠を見ると、真っ青な顔をしている。
「師匠? どうかしましたか?」
「い、いえ……」
明らかに反応がオカシイ。
それを見た殿下が、何を思ったのか詰め寄ってきた。
「ショウ! まさかこれは、禁忌を踏んでるのではあるまいな?!」
「ええ? ありえませんよ。 ちょっと魔石の使い方を変えただけで。 ハハハハ……」
「其方、本当に悪魔で、我等にわざと禁忌を踏ませて、滅亡に導かんとしているのではないのか?」
「殿下、落ち着いてください、考えすぎですよ」
「ああ、ルビアが変なのは、『見習いの若輩が、私にも考え付かないような、理を考えて、悔しい! 妬ましい! 嫉妬で腹が痛い!』 じゃないの?」
ステラさんは、顔が引きつっている師匠を見て、膝を叩いて笑っている。
「なんですかそれ? 腹が痛いとか、エルフ的言い回しですか?」
「アハハハ、そう」
ないわ~。
なんか、エルフがみんなに嫌われてるのがマジで解ってきたって感じ。
「そういうステラさんも、金剛石が燃えるのを見たときに、この世の終わりみたいな顔してましたけど」
「アレは、本当にびっくりしたよ。 だって、石が燃えるなんて思いもよらなかったし」
「石が燃えるだと!」
――俺たちの話を聞いて驚いた殿下が割り込んできた。
「そうです。 でも、まさか金剛石を燃料にできないんで、他に燃える鉱石を探してるんですよ。 見つかれば、ファーレーンの燃料問題は一挙に解決しますし」
「し、しかし、石が燃えるなどと……」
そんな話を殿下は信じていないような様子だったが――まぁ、石が燃えるなんて信じられないだろうなぁ。
まして、石炭とダイヤが同じ物で出来てるとか……。
「この魔石で動くのは面白いねぇ」
「もっと感応の速度があがれば色々とできるんですがねぇ、ちょっとのんびりですからね」
なんか固まったままの師匠の横で、俺とステラさんは魔石の回路を色々と弄っていた。
殿下は、考える人のポーズで、なにやら思案中だ。
感応速度を上げることができるのなら、計算機も作れるが、魔石を数百個とか使うだろうし、実用から程遠いか……。
そんな大量の計算をする用途もないだろうし、元世界の電子計算機も、戦争のための弾道計算用に開発されたものだしな。
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殿下は、数字の意味が解らないが――ただ発光する珍しいインテリアとして、時計に興味を示したようで、一台欲しいという。
しかし、なんとなくで実際に使いはじめてみると、意外と便利だったらしく、この時計の作り方を指導するように、との仰せを承った。
その後、殿下のリクエストで、アラーム機能を追加。
アラームの構造は、時間と分の表示部の上にアラーム用の魔石を挿して、指定した時間の魔石へ信号が来ると、共振して鳴り出すというシンプルな物で、リンリンリンリンという甲高い音がする。
時計に使われている魔石の稼働時間だが、普通の魔石を使った据え置き型は、1年ぐらい魔力が持つが、後で作った携帯タイプは数ヶ月で魔力切れを起こす。
しかし、普通の機械式の時計と違い可動部分が全くないので、魔石をがっちりと固定してしまえば、落としてもぶつけても平気――かなり丈夫なので、携帯には最適だ。
出先で正確な時間が解ると、今~時だから、あそこまでは行ける――とか目安がつけ易く重宝する。
作った俺が言うのもアレだが、こんな時計が売れるか? と、半信半疑だったが、ご丁寧に時間合わせ用の小さい方位磁針付き日時計をセットにして売り出された。
基本小型の機器なので、忙しくて暇のない工作師の仕事というよりは、手透き状態の細工師の分野になるので、製作を任せるのに丁度よかったらしい。
魔石を固定するロウ付けや、彫金の仕事も本来の細工師の仕事なのだ。
そんなこんなで発売された魔石時計だが、最初は物珍しさで好事家に売れていたらしいが、使ってみると『こりゃ便利だ!』 と、口コミで広がったようだ。
やはり、時間が解らなくて待ち合わせの時間が合わないとか、会議をしたいのに面子が集まらないとか、そういう事が多々あったに違いない。
その利便さに気がついた、工房を持っている国や貴族等は、特許だけ買って自生産をはじめた。
機械式の時計に比べたら、魔石さえあれば簡単に作れるからね。
多分、ごてごてと飾りがついた物とか、余計な機能が色々とついた物とかが色々と出来上がってくるのだろう。
魔石の回路も開示しているので、色々と魔石使った物が開発されるかもしれないなぁ。
この時計を使っていくと、時間合わせが面倒になるかもしれないな~と心配していたのだが――その時間合わせを商売にする者が現れたらしく、ちょっと驚いた。
時計を持っている金持ちの家を回って、魔力切れのチャージとか時間合わせを代行する商売なのだが、簡単な魔力を持っている者ならば、正午のリセットも、チャージも問題なくできる。
時計がなくなって困る客には、レンタルもしているようだ。
まったく、商魂逞しくて笑ってしまう。
時計が売れて、儲かっているようなので報奨金の変わりに魔石を貰い、自分用の据え置き型と携帯タイプの魔石時計を作った。
まともに魔石を買えば金貨15枚程(300万円相当)という、結構高額な報酬だ。
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――ある日。
俺は殿下の 執務室を訪ねた。
「ライラ様、時計が商売になりまして、よろしゅうございましたね。 私も売れるか半信半疑だったのですけど」
「まあ、妾もちょっと売りに出すのを躊躇したが、結果正解だったわ」
「おかげで、魔石の値段が上がってるようですが……」
「いままで、たいした利用価値がなかったものが、大量に使われ始めたからな、致し方ない」
そう、魔石ってのは、まったく利用されていなかったのだ。
お城のセキュリティやら、簡単な結界に利用されるぐらい。
実は、俺が知らないだけで、利用する方法が他にもあるのかもしれないのだが……。
「私思いますに、何かを売りに出す際に、高騰しそうな部材を予め買い占めておけばよろしいのでは?」
――殿下は、俺の言葉に反応すると、バンと机を叩いて立ち上がった。
「それだ! 其方、もっと早く何故それを言わん!」
「外れたら、痛い事になりますでしょうけど」
「まあな、ふふふ……其方も悪よのぉ」
「いやいや、私の作ったチョコで、怨敵を仕留める、ライラ様には敵いません」
「「ふふふふ……」」 二人で笑って、悪代官&越後屋ゴッコをしてみる。
「それは置いておいて、意見具申してよろしいでしょうか?」
「なんだ、改まって」
殿下は再び椅子に座ると、俺の話を聞き始めた。
「国に余裕があるなら、公立の学校を設立してほしいのですが」
「学校か……その話は何度か上がってはおるのだが」
「どうせ、身分の低い者が知恵をつけると仕事を奪われるとか、既得権益に塗れている貴族や役人どもが邪魔しているのでしょう?」
「まあ、その通りだ」
「ファーレーンの好景気が続けば、人口も増えます。 そうすれば、ますます人材不足になりますよ」
「ううむ」
なにやら、殿下は歯切れが悪い。
「先日、工作師工房に入ったラルクのような、農家に埋もれている優れた人材もいるのです。 勿体ないではありませんか。 優れた者は、国家へ貢献するのを条件にさらに高度な教育を受けさせるべきです」
俺は、殿下に近づくと、耳元で囁く。
「ライラ、どうしても邪魔な奴がいるなら、俺が始末しても良いぜ?」
無論、半分冗談だが。
「ちょっと待て! 其方、意外と剣呑な奴だの、しばし待て」
殿下は慌てて椅子から立ち上がり、俺から離れた。
殿下の話を聞くと、この手の行政改革に反対してる筆頭はテテロ卿という貴族で、殿下の耳にもテテロ卿の不正の話は入っている故、排除するための証拠を掴むまでしばし待て、という事らしい。
そんなの師匠の感応通信でゲロさせちゃえば良いじゃんと思ったが、有力貴族ともなると、カウンター用の魔導師を雇っているので、一筋縄ではいかない。
そんな魔導師を雇っている時点で、黒決定みたいなもんだが、『あくまで護衛のための魔導師です』 と言われると、手が出せないようだ。
殿下が国王になった暁には、有無を言わさず精神感応試験を受けさせる事も可能になるだろうが……。
「わかりました。 もう一つ進言してもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「薬学、医薬品、材料開発、冶金、練金等を研究する、薬学練金工房を設置していただきたいのですが」
「新しい工房か」
「数多、工作師へ任せるのはすでに限界でしょう。 それぞれの得意な専門を集めたほうがよろしいかと。 これから始まるガラスの製造等、薬品が使われる事が増えると予想されます故」
「なるほど、あい解ったが、とりあえず留保だ」
「承知いたしました」
俺は一礼して、執務室から退出した。
いくら専制政治でも、アチコチでアレコレ絡んでくるから、簡単にはいかないだろう。
ここは殿下に任せるしかないが、政敵を俺のチョコで地獄へ落すぐらいの方だ、やる時にゃやるだろう。
かく言う俺も、徐々にこの世界に染まってきたのかもしれない。





