41話 少年工作師
ゴムらしき物を見つけたので、それの在り処を教えてくれるという子供達と森へやってきた。
そこで見つけたのは――マジでゴムの木らしい木。
こいつは大発見だ。
情報を教えてくれた対価に、俺は子供達に玩具を作ってやる事に。
とりあえず竹トンボを作ったが、次は、竹……竹……竹馬がいいかな。
竹馬なら簡単に作れる。
細目の竹を長さを揃えて切って、足を乗せる太い竹に穴を開けて通して、蔓で縛る。
足場の竹を支えるための、筋交いを付けて完成だ。
出来上がった竹馬を初めて見た子供達は不思議そうな顔をしている。
「これ何?」
「こうやって、乗るんだよ」
俺は、靴を脱いで裸足で竹馬に乗ってみせた。
竹が滑るので、裸足の方が乗りやすい。
「へぇ~! 面白い!」
「慣れると、もっと高いのに乗れるようになるぞ」
後は、ブランコでも作るか。
ゴムの木モドキの太い枝に、採ってきた蔓を垂らして結び、座板は太い竹を使った。
元世界で、親父の仕事を手伝わされて、嫌々ロープワークをたたき込まれたが、こんなところで役に立つとはなぁ……。
完成したブランコに腰掛けて、ギコギコ漕いでみるが、大丈夫みたいだな。
大人の俺が乗って大丈夫なら、子供でも問題ないだろ。
ブランコからジャンプして、手を広げて綺麗に着地してみせる。
「よっと!」
それを見ていた、子供達が、ワッ!と群がった。
「次は俺だ!」
「俺だ俺!」
「あたしぃ!」
「こらこら、喧嘩しないで順番を決めて乗れ」
「「「「よ~し! チケタ! チケタ! チケタ!」」」」 けたたましい掛け声がこだまする。
どうやら、ジャンケンらしい。
「やりぃ~、一番!」
ワイワイとブランコに乗っている子供達に、街での俺の噂を聞いてみる。
「街で俺の噂って何か言われてるか?」
「う~ん、魔女の小鳥だって言われるよ」
「あ~、やっぱりそう見られてるのか。 お前等、小鳥の意味知ってるのか?」
「恋人?」
「違う違う、奴隷だよ」
なんか、エライ言われようだな。
「街じゃそんな話になってるけど、普通に師匠と弟子だからな、勘違いするなよ?」
「そうなの?」
「そうだよ」
なんかツマランとかガッカリとかそんな声が聞こえるが、子供達に罪は無い。 そういう噂を嬉々として流す大人が悪いんだよな。
そんなしょうもない会話をしている横で、俺から竹トンボを作る仕事を受けたラルクが黙々と竹トンボを作っている。
――形も正確だし、大きさも揃っているし、仕上げも丁寧だ。 何より、彼には集中力がある。
「上手いな~。 ラルク、君は工作師に興味無いか?」
「え?」
ラルクがちょっとびっくりした顔をして、作業を止めた。
「工作師になれば、稼ぎは良いし、祭りの時に飾られた立派な馬車とかを作れるぞ」
「でも、お城に勤めるには役人の紹介が必要だって……」
「俺は真学師だよ? 工作師の親方とも知り合いだ。 ラルクが作った何か作品は無いかな? それの出来を見て、工作師の親方に紹介してやるよ」
少年は、俺からの思いもよらない提案に、眼を輝かせている。
「ホントですか?」
「ホント、ホント。 でも、君の作品を見てからだぞ?」
「はい、僕の作ったのがあります」
それを聞いた子供達が集まってきた。
「ラルク、お城に勤めるの?」
「すげぇ!」
「こらこら、まだ決まりじゃないぞ。 俺が良いと思っても、親方が『うん』 って言わなかったらダメだからな」
そろそろ昼飯の時間だが、この世界で裕福ではない家庭の食事は一日二食だ。
俺も燦々亭などに、昼飯を食いに行くが、あそこへ農民や貧しい家庭の住民が食事にくる事はなく、食事に来るのは、商人や役人が中心だ。
俺はラルクと一緒に街へ戻り、ラジルさんに紹介するか否かを判断するために、彼の作った作品をみせてもらう事にした。
ラルク以外の子供達は、ここに残ってまだ遊んでいくという。
街へ戻る途中、ラルクと色々と話したが、彼の家は小作農家らしい。
ファーレーンの城下町近辺には土地は無いが、ちょっと離れればいくらでも土地があるので、先客がいなければどこでも開墾して農地にして良い。
だが、人力での農業ではたかが知れている。
あまり森から離れてしまう場所だと、森からの恩恵も受けられなくなってしまうしな。
自給自足ならそれでも良いが、商売として農業をやるのではれば、農機具や家畜が必要になる。
――となると、必要なのは金である。
小作農家は、大農家から農機具や家畜を借りて、その売り上げからレンタル料金を払い――貯金をして、本農家へステップアップする準備をする。
しかし、農業も立派な学問であり、才能もセンスも努力も必要なのだ。
種や苗を適当に蒔けば良いというものではなく、途中で挫折して、夜逃げする小作農家も少なくない。
そんな話をラルクとするが、受け答えはしっかりしていて――学問は習っていないが、両親の教育が行き届いているのを感じさせる。
多分、しっかりとした両親なのであろう。
彼の年齢を聞くと、12歳だという。
この世界で12歳といえば、もう働ける年齢だ。
ラルクが実家へ戻って彼の作品を取ってくる間に、俺は燦々亭で昼飯を食う事にした。
------◇◇◇------
ラルクとは、工作師工房などがあるお城の副門で待ち合わせる事にした。
こういうときは、時計がないのは不便だな。
時計も無く、人によって体感時間が違うので、アバウトな時間の待ち合わせだと、1時間待ちがザラとか、そんな感じになってしまう。
俺が、お城の副門へ到着すると、門の横ですでにラルクが待っていた。
「ラルク悪いな、待ったかな?」
「いえ、そんなに待ってません」
「早速、君の作品を見せてくれ」
「これです」
そう言って、ラルクは木の立方体を懐から出した。
かっちりとして、綺麗に垂直が出ている立方体。
「へぇ、これは組細工かな?」
「そうです」
「これは、凄いな」
そう言って分解しようとするが、中々に難しい。
見かねて、ラルクが組細工を分解し始めた。
カチャカチャと半分ぐらい分解したところで、彼の実力が解ったので、そのまま元に戻してもらった。
「こいつは凄いね。 俺じゃこんなの作れないよ。 これならラジルさん……親方の名前だけど、あの人も納得するんじゃないかな」
「それじゃ!」
「うん、ここで待ってな。 親方へ話してみるよ。 ただ留守だったり、忙しそうだったら、後日になっちゃうかもしれないけど、大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です」
ラルクには副門の横で待っててもらう事にした。
門の守衛に銅貨2枚(1000円)渡して、俺の客だからよろしく頼むと言っておく。
セキュリティ用の魔石を翳して、お城の工房へ入っていく。
すげぇ人が増えたなぁ。
工房も増えてるわ。
そんな光景を眺めながら、ラジルさんがいる工作師工房へ訪れた。
「こんにちは~ラジルさんいらっしゃいます?」
俺は近くにいた工作師へ声を掛けたが、新しく加入した工作師らしく、俺の事を知らなかった。
「ん? あんたは? 親方へ約束あるのか?」
「バカ! その人は真学師のショウ様だ」
慌てて、俺を知らなかった工作師の方も、頭を下げてくれた。
「いえいえ、私も突然やって来てしまったので、ラジルさんがお忙しいようであれば出直しますよ」
「いいえ! すぐに呼んできます! 親方~っ!」
やっぱりアポ無は拙かったか?
――と、出直そうとしたが、その工作師は、奥へ走っていってしまった。
これじゃ、待たざるを得ない……。
5分ぐらいして、ラジルさんがやってきた。
「ラジルさん、申し訳ございません。 お忙しい中、突然押し掛けてしまって」
「いや、良いんですぜ。 ショウ様がここまで来るって事は火急な事でしょうから」
「火急でもないんですが、まずはこれを見てもらいたくて」
俺はラルクから借りた立方体の組細工をラジルさんへ差し出した。
俺から立方体を受け取ったラジルさんはカチャカチャと分解を試みている。
「ほう、組細工ですな」
「中々の出来だと思うんですがねぇ」
「これは良い出来ですな、ショウ様がお作りになったんで?」
「いいえ、私の知り合いの男の子が作ったんですよ。 まだ子供なのに、これだけ作れるなら、工作師へ勧誘したらどうかな? と思いまして」
「子供が? これを……?」
工作の出来と、子供というワードが合致しないらしく、ラジルさん少し驚いたようだ。
「12歳だと言ってました」
「どこに住んでるんで?」
「丁度連れてきて、副門の前で待ってもらってますよ」
「う~む……おい! てめぇ等ちょっと席はずすから、作業続けてろ!」
「「「「「へい!」」」」」
「ショウ様、いきましょう」
どうやら、ラジルさんはラルクに会ってくれるようで、一安心。
ラジルさんと一緒に副門へ出向くと、ラルクがポツンとしゃがんで待っていた。
「坊主か、これを作ったのは」
「ラルク、こちらが工作師の総責任者で親方のラジルさんだよ」
「は、はじめまして! ラルクです」
ラルクは勢いよく立ち上がり、直立不動の姿勢をした。
「その若さでてえしたもんだ……お前さんにその気があるなら、明日からでもいいから毎日ここへ通ってきな」
「え? それじゃ!」
憧れの工作師の親方から言われた言葉に、ラルクは目を輝かせている。
「俺が、一から仕事をたたき込んでやる。 城に入る際必要な魔石も今日中に用意する」
「良かったな、ラルク」
「はい!」
「忙しくて、ネコの手も借りたいところへ、目の前に金剛石を置かれたみたいですぜ……」
ラジルさんはそのような言葉で、ラルク少年の事を評価した――太い腕を組み、すでにアレコレ思案をしているようだった。
「忙しいのに、さらに忙しくなりそうな楽しみが増えたって感じですか?」
「まさに、そんなところですな」
ラルクの両親への挨拶は、ラジルさんが後日出向く事になったが、この世界で子供がお城勤めになって喜ばない親はいない。
なんといっても、稼ぎが違うからな。
ラルクが工作師になれば、両親の本農家への資金もすぐに貯まる事だろう。
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ラルクの事はラジルさんに任せて、俺はゴムの木モドキの事を聞くために、師匠の部屋を訪れた。
「師匠~、いらっしゃいます?」
「ショウ? なんですか?」
師匠は相変わらず、黒板と羊皮紙のスクロールに埋もれている。
紙の生産も始まっているが、まずは公文書等の転換に使われているので、一般にはまだまだ回って来ない。
「ちょっと見た事が無い木を見つけて、枝を採ってきたので、見てもらえますか?」
「ふむ?」
師匠が興味を示したらしく、椅子からクルリとこちらを向き、俺から枝のサンプルを受け取った。
サンプルを手渡された師匠は、枝や葉を具に観察している。
「なんという木ですかね?」
「これをどこで?」
「森の入り口です」
「では、行きましょう」
師匠は立ち上がって、すぐに出かける用意をし始めた。
「え? この木の場所へですか?」
「はい、これは初めて見る木ですので、急ぎ確認しなくては」
自分の興味の無い物には全く動かない師匠だが、興味を示せばその行動は早い。
言葉は悪いが病的と言っても良いかもしれないが……。
手にロッドを持った師匠と一緒にゴムの木モドキがある場所目指してテクテクと歩く。
俺は、籠を背負い――師匠のメモに使う黒板を大量に運んでいる。
師匠なら重量軽減の魔法で加速できるのを知っていると思うのだが、使ったところを見た事が無い。
まあ、魔法の使い方人それぞれ、口を出さないのが暗黙の了解になっているので、黙って師匠についていく。
師匠がいつも持っているロッドだが、別にロッドが無くても魔法には影響ないらしく、単に気分的な問題みたいだ。
それなりに近接用の武器にもなるし、俺をドツくのに重宝なので、というのが師匠の答えだったが。
背の高い茅に似た植物の茂った道を歩いていくと、件のゴムの木モドキが見えてくる。
まだ、子供が木の周りで遊んでいたので、声を掛けた。
「お~い!」
俺の掛け声に気がついた子供達が一斉にこちらを見るが、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「魔女だ」 「魔女だ」
そんな声が聞こえてくる。
「あ~……」
師匠の方をチラリと見ると、表情に変化はないようだが、幾分悲しげな表情なような……気のせいか?
基本優しい人だと思うんだけどねぇ、チラリと見える怖さを子供は感じ取ってしまうのかねぇ。
「そんなの何の慰めにもなってませんね」
「うぇ! 師匠、心読まないでくださいよ。 弟子の私生活の自由に対する侵害ですよ」
「弟子のあなたにそんな自由はありません」
「マジすか?」
俺のそんな問いに、師匠は無言だ。
子供達には、今度会ったら謝っておこう。
師匠と一緒に、ゴムの木モドキを調べる。
師匠に俺の運んできた黒板を次々と渡し、師匠は木の詳細を具に書き込んでいく――それは、植生条件や、寄生している植物の有無など、多岐に渡る。
「鳥などが、どこからか種子を運んできて、1本だけ生えたんですかねぇ?」
「おそらくはそうでしょう」
俺は、樹幹の傷から染み出ている樹脂を、師匠へ見せた。
「師匠、私が注目しているのは、この樹脂ですよ。 柔らかくて、弾力があるんです」
「ふうむ……、これは珍しい物ですね」
師匠は樹脂を指で取って、コネコネしたりしている。
「この木を栽培して、この樹脂を利用できれば、いろんな物に応用できると思っているのです」
「なるほど、興味深いですね」
師匠は、一通り調べ終わると、枝にぶら下がった俺の作ったブランコに気がついたようだ。
それまでは全く目に入ってなかったらしい。
「それは、私が子供達に作ってあげた、玩具ですよ。 こうやって、乗って遊ぶんです」
そう言って、俺はブランコをギコギコと漕いでみせた。
それを見た師匠は、俺に代わるように促すと黙ってブランコへ座った。
「動きませんよ?」
「いや、自分で反動を付けて漕がないとダメですよ?」
「押してください」
師匠、もしかして運動音痴?
そんな事を考えつつ、ブランコに乗る師匠の背中を押していると、徐々に漕ぐコツが解ってきたようだった。
「ショウ、前へ回ってください」
「は? 前ですか?」
何をするつもりなんだろうか?
――と、師匠の前に出ると、ポン! と手を離して、俺へ向かって飛んできた。
「わ! わぁ!」
俺は咄嗟に手を出して師匠の身体を受け止めるが、ポスッという軽い手応え。
「ふふ」
「なんだ、魔法を使ってたんですか?」
師匠の身体を抱き抱えている俺だが、師匠が怪しい笑みを浮かべると、いきなりズシっという重みが手に伝わってくる。
「ち、ちょっと! 師匠! 突然、魔法を切らないでくださいよ」
俺は、師匠の身体の重さに耐えきれずに前のめりになると、地面へ落とさないように踏ん張り、なんとか軟着陸させた。
軟着陸させたが、反動で師匠の巨大二つの膨らみへ顔を突っ込んでしまった。
ムニュ! という至高の感触が、俺の頬に伝わる。
この世界にはブラとかは無いので、当然生乳である生乳。 大事なことなので(以下略)
俺が、頬で師匠の生乳を堪能していると、頭の先で声がした。
「ショウさま!」
「はい!」
俺が飛び上がり、声の主を確認すると、お下げ髪の女の子リコであった。
「ショウさま! あの木を切っちゃうんですか?」
「ああ、切らないよ、大丈夫、大丈夫。 ウチの師匠も見た事が無い珍しい木だったんで、一緒に調べに来ただけだよ」
「よかった!」
リコから少し離れた後ろに男共がいて――「やっぱり恋人?」 「愛人だよ」 とかなんとかボソボソ言っている。
こいつらは、また女の子を前に出して……しょうがないやつらだな。
「師匠、こんな悪ふざけをするから、街の人達に有らぬ噂を立てられちゃうんですよ」
そんな俺の問いかけに、師匠はプイと横を向いてしまった。
「枝を何本か採って、この木の子供を作って、お城で増やそうと思ってる」
「木の子供って作れるの?」
リコがお下げを揺らして聞いてくるが――。
「まあな、お城で木が増えれば、ここにくる必要はなくなるから、お前達が今までどおりに遊び場に使えば良い」
「うん! わかった!」
――俺の説明に安心したようだ。
枝を5本程採って、子供達と別れ、師匠と共にお城へ戻った。
お城へ戻った師匠は、すぐに調べてきた資料の整理をするというので――俺は採ってきた枝を挿し木にする準備を始めた。
枝は葉を全部落とし、真ん中から半分にして、10本にする。
そして、根側を斜めにカットして、水へ浸ける。
本来なら、メ〇デールとかいう発根促進剤を塗ったりするのだが、ここにはそんな薬剤は無い代わりに魔法がある。
水に浸した枝に成長促進の魔法を掛けると、根がにょろにょろと伸びてくる。
魔法で加熱殺菌した土を箱に入れて、根が出た枝を差して、水をたっぷり。
そして、再び成長促進の魔法。
根がしっかりと伸びたのを確認して、中庭に植え替えて、再び成長促進の魔法。
夕方暗くなるまで、水をやりながら魔法を掛けていると、50cmぐらいまで成長した。
本来なら、このくらいのサイズまで成長するだけで5~6年は掛かるので、一気にジャンプした事になる。
これ以上大きくするなら、追肥をドンドンしないといけなくなるだろうから、少々時間がかかる。
まあ、ゆっくりやるとするか。
急いては事をし損じるってね。