4話 白い花と、紅い実と
雨が降りしきる中、巨木の根元の狭いスペースで寝ころがりながら、俺はパチパチと燃えている焚き火を眺めていた。
オレンジ色の焚き火に当たりながら、今日一日の情報を吟味、俺の置かれている状況を整理しようとしたが、極めて嫌な予感しかしねぇ。
森の中をうろつきながら、茂っている植物群を観察していたが、知っている植物が皆無なのだ。
ガキの頃から山歩きをして、それなりに山野草の知識もあるが――ここには知ってる植物が存在していなかった。
そりゃ、似た感じの植物もあるにはあったが、どうも微妙に違う。
故郷の北海道と内地(本州)の違いこそあれ、ここまで植物が違うなんてことは、ぶっちゃけありえない事なのだ。
普段見ていた森と明確に違うところは、笹の類が自生してないところか……。
竹のような植物も生えていたのだが、まず色が違う。枯れていないのに、茶色い竹なんて見た事がない。
ここから、俺のイマイチ回転の悪い頭で考え導かれる可能性は3つとした。
1、誰も知らないような、独自進化を果たした原始の森へ迷い込んだ。
2、実は、俺は死んでいて、ここは冥界の入り口である。
3、もしかして? 異世界
「全部、ありえんでしょ?」
なんて、自分で突っ込みを入れて、リュックの中から乾パンを取り出した。
疲れたし、腹減ったよ……。
寝ころがったまま、乾パンを口にしてみるが……パンが口の中の水分を吸ってしまいパサパサだ。
たまらず、木の皮を伝って滴り落ちてる雨水を手で掬って飲んだ。
「うめぇ!」
こりゃ、美味いよ。
雨水なんて臭く飲めたもんじゃないけど、こいつは美味い。
ペットボトルに詰めて売りたいわ。
そのくらい、美味い。
「ふう」
今日何回目か忘れたが、俺は、また溜め息を漏らした。
多少腹も膨れて、安心したせいか、眠い。
チョコも食いたかったが、どのくらい森の中を彷徨うか解らんので自重――そのまま、パチパチと燃える焚き火を眺めながら、俺は眠ってしまった……。
------◇◇◇------
寒さと暗闇の中で目を覚ました。
街灯や明かりが無いので、真の闇だ。
自分がどこにいるのかもおぼつかない状況で、オキになった焚き火の明かりだけが赤く微かに光ってる。
「やっぱり、山の夜は冷えるなぁ……」
焚き火のオキが出す微かな明かりの中で、枯れ木を削って、再び火を起こす。
パチパチと再び焚き火が燃え始めた。
外へ這い出てみると、雨がすっかり上がり、満天の星。
星が多すぎて、夜空が黒く見えない。
北海道の夜空も綺麗だったが、これはありえないぐらい凄い。
どんだけ空気が綺麗なのか。
そして、ある事実を目の前にして愕然――そう、知ってる星座が全く無かったのだ。
「3つあげた可能性の内、2と3が残ったか……」
俺は、しばらく星空を眺めていたが、再び巨木の根元の塒へ潜った。
マジで異世界なのか、異世界と言えば、魔法だろ? ファンタジーだろ? 可愛い子はどうしたんだよ。
こんなのやり直しを要求だろ。
ブツブツ言いながら、再び俺は眠った。
------◇◇◇------
目を覚ますと外は明るくはなっていたが、今度は白闇の中――まるで雲の中にいるような状態になってる。
「今度は真っ白かよ、極端過ぎるだろ?」
濃厚な白い霧が、俺が寝ころがったままの巨木の樹洞へ流れ込んでくる。
山で気温差が激しい場所では、このような濃い霧が発生するが、日が差してきて気温が上昇してくると、すぐに霧は晴れる。
しかし、今は1m先も見えないぐらいの、濃い霧――手を動かすと霧で空気の渦巻が見えるぐらい濃密だ。
「おお、面白ぇ。カルマン渦だよ、CGみたいだ」俺はクルクルと手を回して、渦を作って遊ぶ。
手を往復させて改めて思う――こりゃ、本格的に冥界の入り口なのかなぁ。などと、渦を作って遊んでいると、霧が少し晴れてきた。
樹洞の中は狭いので、そこから這い出て入り口のところへ座り込んだが、霧が濃いので、服の中まで水分がしみこんでくるように肌寒い。
前方10mほど離れた場所が明るくなっている――差し込んでいる光が当たり、白く光っているのか。
「なんだろう?」
腰をあげると、濃い霧の中、足元確認しながら近づいてみた。
「花だよ! 花!」
白くて大輪の花が列をなして、群生している。
数を数えてみると、1、2、3……10! 10株? じゃないな? 10鉢? は鉢植えだな 10輪かな?
寝る時にはなかったよな……こんな極短期間で開花したのか?
マジで、異世界だとすれば、日本じゃありえない植物があってもおかしくはないが、デカい葉っぱに5枚の花弁を持つ大輪は純白――それは斯くの如く荘厳で美しい。
俺が知ってる花に当てはめると――オオバナノエンレイソウに似ているが、エンレイソウは花は3枚で、ここまでデカくはない。
花びらの先が少し透明になってるのは、サンカヨウっぽくもある。
「そうだ」
慌てて、俺が寝ていた樹洞の中へ潜り込むと、リュックを引っ張りだした。
おもむろに携帯を取り出し、電源スイッチを入れると、その花の写真を撮り始めた。
3枚ばかり撮ったところで、電池切れの警告音、慌てて電源を切る。
写真は撮るには撮ったが、この携帯はもう永久に使えんかもしれないなぁ……
「ヨッコイショウイチ――っと!」
いつもウチの親父が口癖のように言っていた、くだらんオヤジギャクを一発かまして、朽木の上にドッカと腰を降ろす。
淡い日差しと霧中にたゆたうその白い花を、そのまましばらく眺めていた。
------◇◇◇------
周りが明るくなってくると、波が引くように霧が晴れてきて、元の森の中に戻る。
すると、さっきまで咲いていた白い花が、まるで動画を早送りするように、みるみる萎れて枯れ――白い花弁が朽ちて落ちると同時に紅い実が大きくなる。
それは、流れこむ血のように紅味を増して、艶々と輝き始める。
「なんだこれ?」
大きさは、ホオズキの実と同じぐらいだが、紅味が濃い――真紅というかルビーのような色だ。
マルチツールから、鋏を出して、実の根元から切る。
一つ切り取ると、もう一つの花に実がなって――とそんな行為を10回繰り返すと、リュックの中に入っていた空のタッパーの中が一杯になった。
手に入った紅い実は、全部で10個。
珍しい物か、食える物か、はたまた毒かもしれないが――現時点では不明。だが、口には出来なくても、とりあえず何かの役に立つかもしれない。
紅い実を採り終わる頃には、霧はすっかり晴れて青空が出ていた。
俺は、紅い実が入ったタッパーをリュックに詰め込むと、リュックから乾パンを2つ取り出して口に放り込んだ。
口の中がパッサパサになるのを我慢しながら、再び南へテクテクと歩き始めた。