39話 雷よ降れ
思いつき試したい事があるので、工房の外へでた。
理の魔法を組み合わせて、何か出来ないか? という事なのだが。
玄関から出ると、工房の横には小川が流れている。
外から直に流れ込んでる訳ではなくて、一旦風車で揚水してから、流している人工の小川だ。
元々は庭園か何かを作るつもりだったが、このお城のファーレーン家は代々贅沢を好まないらしいので、金の掛かりそうな庭園計画を止めたって感じなのかもしれない。
俺がここにやって来た時は、お城の中庭は荒れ放題で草ボーボーだったからな。
小川の前に立ち、乾燥の魔法を使って、大量の水を蒸発させる。
そして、魔法で気圧を下げると、そこへ蒸発した水蒸気が流れ込み、みるみる雲になっていく。
「おお~、これはすげぇ」
殊の外上手くいったので、我ながらちょっと感心する。
調子に乗って、このまま続行しようとしたが――ちょっと待て。
この前、真空を作って衝撃波で痛い目にあったじゃないか。
ふと我に返って、ゆっくりと魔法を中止して、準備をすることにした。
工房から離れた所に、鉄の杭を打ち込み、そして家の中から魔法を使うことに。
先程と同じ手順で雲を作り、打ち込んだ鉄杭の上で雲の柱をつくる。
その雲の柱を、気圧を変化させ振動させてみたり、負圧になっている場所を移動させたりしていると、雲の中に青い光が瞬き始めた。
「おっ、上手くいきそうな予感」
そのまま5分ほど、雲の柱を弄り回す事を続けていると――。
空気を切り裂く轟音と共に、鉄の杭へ青白い光が走った。
「やった!」
理の魔法を使った、落雷である。
――とは言え、呪文詠唱系の魔法と違い、理の魔法を使って自然現象をシミュレートしただけで制御は不可能。
ぶっちゃけ、何処へ落ちるか解らんし、下手すると自分へ落雷するかもしれない。
その後、もっと大きい雲の柱を作ると、1分ほどでチャージ出来る事が解った。
そうはいっても、魔法の干渉範囲は100m程だから、いくら魔力があってもそれ以上巨大なものは作れない。
あと、雲の柱を保持していると、何回でも落雷させることが可能なようだ。
魔法を止めて、落雷した所へ近寄ってみると。
「臭っ!」
鼻をつく異臭に俺はたじろいだ。 コレは、オゾンの臭いだ。
オゾンって身体に悪いんじゃなかったか?
「あ、そうだ。 これだけ、大電流が流れるなら、もしかして、溶接が出来るかもしれないな」
工房から鉄の棒を2本持ってきて、T字型にして組み合わせ地面に差す。
T字になってる狭い所を強引に大電流が流れれば、そこが溶着するはずだ。
そんな準備をしていると、ルミネスが様子を見にやって来た。
「ん? ルミネス何か用事かい?」
「あの、ニムが雷の音がすると言って、怯えてしまって……。 それで、様子を見に来たんです」
「ああ、悪い! 俺の魔法の実験のせいだ」
動物は雷を嫌がったりするのがいるけど、獣人も雷は苦手なのかな?
「スマンが、この実験で最後にするよ」
「これは、何をするのですか?」
「この鉄の棒に魔法で落雷させて、鉄の棒を溶かしてくっつけようというのさ」
ルミネスにそんな説明はしたが、ちょっと懐疑的だ。
溶接を説明をしても、意味不明なのかもしれない。
また、先程と同じように、雲の柱を成長させていく。
「雷鳴よ来れ!」
俺は適当な呪文をそれらしく唱えていくが、もちろんハッタリだ。
理の魔法なので、詠唱など必要ないが、せっかく可愛い女の子が見ているんだ、元中二病患者としては、ここは唱えざるを得ない。
みるみる成長する雲の柱に、ルミネスは口に手を当てて驚いている。
落雷するタイミングは全く制御できないが、落ちる寸前のアバウトな感覚は掴めてきた。
満を持して叫ぶ。
「雷を降れ!」
再び凄まじい空気を切り裂く轟音と閃光が地面へ走る。
タイミングバッチリ!
ルミネスは驚いて、目を瞑って、耳を塞いでしまった。
上手く地面に差したT字型の鉄の棒へ落雷したように見えたが……。
これは上手く使えば、地面が濡れている場所などで、広範囲の敵を行動不能にできるかもしれない。
しかし、これは自分へ落ちたらタダじゃ済まないな、使うなら何か制御方法を考えないと……。
それより、閃光をみていたので目がチカチカする、溶接の光と同じで目玉が焼けるんじゃないのか、コレ?
そんなことを考えつつ、オゾンの臭いがする落雷地点へ足を向け――T字に置いた鉄の棒を拾い上げ、確認する。
「お? これは上手くいったかもな」
鉄の棒をグルグル回して確認してみるが、上手く溶着しているように見える。
地面へ叩きつけて、ショックを与えてみても、外れる気配はない。
「よし! これは使えるな」
これを自在にコントロール出来れば、溶接も自由自在なんだけどな~。
ルミネスにお菓子をあげて、これでニムに謝っておいてくれと――そんな話を2人でしていたら、殿下が飛んできた。
「こら~っ! ショウ! 城の中で魔法を実験をするでない! 其方は城を壊すつもりか!」
「そんな大丈夫ですよ~」
と、弁解してみたが、先日真空を作って衝撃波で工房をちょっと壊した事がバレていた。
ありゃ、いつのまに。
まあ、かなりデカイ音がしたからなぁ、バレるのも当然か。
しかし、思いついた時に、サクっと魔法を実験が出来ないのはテンション下がるなぁ。
師匠が森の奥に引っ込んでしまったのは、このような事情もあったのかもしれない。
あそこなら、人里から離れているから、デカい魔法を使っても大丈夫だろうし。
引き続き、実験したい事があるので、実験道具の準備をする。
実験のために銅線をつくりたいのだ。
銅線を引き延ばすための、徐々にサイズが小さくなる、穴の開いたプレートを作る。
銅は柔らかくよく伸びるので、このプレートの穴に銅線を通す事で、徐々に径を絞る事が可能なのだ。
太線と細線の2種類の単線作って、ドラムに巻いていくが、縒り線を作るだけの細い線は作れそうにないので、今のところは諦める。
問題は被覆だ。
当然ビニールとかあるはずもないので、昔ながらのニカワと油を混ぜて塗った紙を巻くことにした。
ビニール被覆電線が出来る以前は、こんな感じの紙を巻いた物を使っていたらしい。
オーディオに凝っている人の中には、ビニール被覆電線より、紙巻き単線の方が音が良い! なんて言う人もいるようだが、そこら辺の真偽は不明だ。
鍛造した鋼鉄棒に薄皮を巻いて、その上から作った銅線を手で巻き付けていくが――こんなの旋盤に銜えて回して捲けば良いじゃん! と気づき、あっと言う間に終わる。
そして出来上がった物が何かというと――コイルの完成だ。
回路等に使うものであれば、巻数等が重要になってくるが、とりあえずの実験なのでそこら辺はアバウトだ。
鋼鉄棒に太線と細線の2種類のコイルを用意した。
作業が一通り終わると、夕方近くになってしまったので、続きは明日だな。
------◇◇◇------
――次の日。
翌朝朝飯を食うと、早速、昨日作った2種類のコイルを持って出かける準備をした。
城の中で魔法の実験を禁止されてしまったので、何処か場所を探さないと……。
水があって広い場所……河原が良いかな。
でも、水へ落雷させると、川の魚が全滅するかもしれないな。
そんな事を考えながら、玄関の鍵を閉めて通路まで歩いていくと、柱から尻尾がにょろにょろはみ出ている。
「ニム、どうしたんだ? そんな所で」
尻尾の持ち主がニムだとすぐに解ったので声を掛けたが――どうやら、雷が余程怖かったようで、警戒しているようだ。
「ふにゃ~、もう雷は鳴らないにゃ?」
「もう、大丈夫だ、お城で実験するなって、殿下に怒られてしまったから、何処か広い場所で実験してくるよ」
「そうかにゃ~、怖かったにゃ~。 ショウ様は優しいと思ってたけど、やっぱり真学師様は怖いにゃ~」
「それだけど、雷の魔法が怖いって拙くないか? 殿下の護衛で悪漢が雷の魔法を使ってきたらどうするんだ? 嵐の中の戦闘で雷が鳴ってる場面もあるかもしれないぞ?」
「ふぎゃ! そ、その時は~頑張るにゃ~」
努力と根性か? それで本当に大丈夫なのだろうか?
「頑張るのか。 もし雷にビビッて役に立たなかったりしたら、そん時は失業だな」
「あうう~、どうすれば良いにャ~」
ニムはマジで心配してるようで、ウロウロしている。
メチャ強いと思っていた獣人にも、意外な弱点があったようだ。
ニムの困った姿が可愛いので、少々意地悪な言い方をしてしまう……。
「そうだな~、可愛い妹弟とかも路頭に迷っちゃうかもな~。 でも、獣人はみんな雷がダメなのか? 雷撃の魔法がダメとかじゃ傭兵で使えないだろ?」
獣人は複雑な命令を用いるような戦闘は無理なので、正規軍としてではなく、もっぱら傭兵として雇用されているのだが……。
「みんな頑張って我慢してるにゃ。 要は慣れにャ」
「そうか~、じゃあニムも慣れるか?」
「ふみゃ?」
「俺が雷の魔法を使う側で何回か見ていれば、そのうちに慣れるんじゃね?」
「あう~、慣れるかにゃ~?」
「でも、慣れないと、ヤバくね?」
「ヤバいにゃ~」
というわけで、俺の魔法の実験にニムがついて来る事になった。
俺の魔法に乗じて特訓する気なのだろうが……全然乗り気じゃないのが、ちょっと可愛くて笑える。
だが、本人は死活問題だからな、あまり笑い事ではないらしい。
------◇◇◇------
魔法の実験なので、人里からちょっと離れた場所が良いだろうと、魔法を使って10分ぐらいの場所へやってきた。
俺は魔法を使っているが、ニムも余裕でついて来る。
やはり、獣人のスピードは桁違いだ。
「ニム、速いな~」
「ショウ様もこんなに速いと思わなかったにゃ! それも魔法かにゃ?」
「そう、魔法だよ。 ハァハァ……」
おれは、魔法を使ってスピードアップをしているとはいえ肩で息をしているが、ニムは全く疲れをみせていない。
スピードだけじゃなくて、スタミナでも、普通の人間では敵わない。
そんな話をしながら――河原の端の適当な場所を見つけて、自作のコイルを設置。
木の棒に括りつけて、コイルの片方を3m程空中へ高く伸ばし、片方を地面へ刺してアースする。
まずは、太い単線のコイルから試す事にした。
こんな何もないところで、落雷させると、自分へ落ちるかもしれないので、十分に距離を取る。
魔法を発動して川の水から水蒸気、そして雲の柱を生成していくと、みるみる成長する雲。
ニムはそれをみて喜んでいるのだが、彼女に注意を促した。
「ニム! 頭を上げるなよ。 雷が飛んでくるかもしれないからな」
俺も念のために伏せて、魔法を続ける。
「いくぞ!」
空間を裂くような轟音と閃光が走る。
「ふぎゃ!」
ニムが、耳を塞いで地べたに這いつくばるが――上手く、コイルの端に落雷したように見えた……。
「あ~、燃えてるにゃ!」
「おわ! ヤバいヤバい!」
慌てて設置したコイルの場所へ駆け寄ると、消火を試みる。
落雷の熱で、コイルに巻いた紙が燃えたようだ。
「こんな所から野火をだしたら、洒落にならねぇ!」
この世界に消防施設は存在していない。 火事でも起きたらなすがまま――。
だが、石造りの家は燃えないし、道幅もそれなりに広いので、大火になることはあまり無い。
ただ、密集している貧民街とかはヤバイだろうなぁ。
いや、そんな事はどうでもいい! 冷却の魔法! じゃねぇ……え~と、そうだ、真空にして酸素を遮断すれば消えるはず……。
燃えるコイルの場所の空気を薄くしていくと、徐々に火は下火になり鎮火した。
「危ねぇ」
ふう、と俺は一息ついた。
こんなのお城でやったら、また殿下に怒られるところだったわ。
「やっぱり、雷は怖いにゃ~」
「まあ、徐々に慣れれば良いと思うよ」
さて、燃えてしまったが、実験は上手くいったかな?
燃えてしまったコイルから、鋼鉄棒を引き抜き、俺が腰から抜いた剣鉈の刀身に近づけると……。
ガチンという音と共に、鋼鉄棒がくっついた。
そう、磁石だ。
しかし、その力は弱く、100均の玩具の磁石セットぐらいのパワーしかない感じで、すぐに弱くなってしまった。
「まあ、こんなもんかぁ。 鋼じゃ永久磁石にはならないか……でも、磁石を作れる事は解ったな」
この世界にも簡単な羅針盤は存在しているので、天然磁石が僅かながら産出してるらしいが、天然物は確保するのに苦労するからな。
コバルトとかネオジムがあれば強力な磁石を作れるみたいだが、そんなの採れる場所も、精製の仕方も解らん。
あと、俺がネットでググッた記憶からすると、鉄プラチナ合金か。
ネオジム磁石が出来るまえは、強力な磁石として高級オーディオ等に使われてたとか書いてあったような。
「プラチナか……」
金銀銅はあるけど、プラチナなんて聞いた事がないな。
そもそも、この世界に存在してるのかも不明だし。
まあ後々、調べていこう。
磁石、コイルがあればモーターが作れる!
モーターを逆さに使えば、発電機になる!
電気が作れれば、魔法で真空が作れるから、電球も作れる!
真空管も作れるかも!
ラジオと送信機も!
うは、夢がひろがりんぐ。
なんて事を考えながら、ニヤニヤしていたら――心配したニムが顔を覗き込んできた。
「大丈夫かにゃ?」
実験が失敗したかと思って、落ち込んでいるのでは? と勘違いしたようだ。
一応、2種類のコイルを用意したが、太い単線のコイルが燃えてしまったから、細い方を試してもまた燃えてしまうに違いない。
「はは、大丈夫、大丈夫。 コレ、燃えちゃったんで、お城に帰って昼飯でも食うか」
「食うにゃ! なに食うにゃ?」
「肉にしよう、肉~」
念のため、火の出たところを再度確認して、帰城した。
------◇◇◇------
工房へ帰ってきた、早速昼飯の用意。
「肉と言ったけど、何にしようか」
ちょっと悩んでカツにする事にした。
そういえば、トンカツはまだ作った事がなかったな。
肉の塊を切り初めて、はたと気がついた。
肉たたき無い!
とりあえず応急で、工具箱からトンカチを持ってきて、トンカチ&鉈の背中でバンバンと肉を叩く。
あとで、肉たたきを作ろう。
「それは何をしてるにゃ」
ニムが不思議そうに、俺の手元を覗き込んで来る。
「肉を叩いて柔らかくしてるんだよ」
下拵えをしている間に獣油を加熱して、いつも食べている固いパンを細かく砕きパン粉を作る。
溶き卵に潜らせて、パン粉を付けて獣油で揚げ――誰か食いにくるかもしれないので5枚ほど揚げておくか……。
野菜を刻んで、盛り合わせを作ったところで――また気がついた。
ソースが無い!
う~ん、味噌カツにするか。
味噌にたまり醤油を少々、水飴を少々……甘辛でこんな感じかね?
「ニム、ちょっと味見してみてくれ。 口に合わないなら、他のタレを考えるよ」
箸で差し出すと、ニムは行儀悪にパクリと食いついた。
「んにゃ? 美味いにゃ! サクサクで甘くて柔らかくして美味しいにゃ!」
「大丈夫か。 それじゃ、これでいくか」
麦粟飯を炊いている時間がなかったから、カツ+スープ+パンというメニューになった。
トンカツは、ニムに好評なようだ。
「けっこう良い出来だな、美味い」
やっぱり、カツはラードで揚げた方が美味いな。
ニムと二人でトンカツを食っていたら、ステラさんがやってきた。
「どこへ行ってたの?」
ステラさんもトンカツを食べるようだ。
「魔法の実験をしに、河原へ行ってましたよ」
「凄い音してたけど、あんな音だしたら怒られるに決まってるでしょ? 広い場所でやったほうが良いって言ったじゃん」
「まあすぐに試したい事もあるんですけどねぇ……。 コレの味はどうですか?」
ステラさんにトンカツの感想を聞いてみたが――すこぶる好評のようで、俺の料理法に感心をしている。
「うん、美味しい。 このサクサクは何?」
「パンを砕いて粉に使ったものですよ」
「へぇ~、相変わらず面白い事考えるねぇ」
余ったカツは、カツサンドにして師匠に差し入れたら凄い喜んでいて、読み物しながら食べられるサンドイッチに感心していた。
そういえば、以前メイドさんの厨房で殿下達と食事した時、唐揚げサンドを作ったが――あの場には師匠はいなかったか。
今回、複数の魔法の組み合わせで、色々と出来るのが発見できて良かったな。
理の魔法を初期魔法と侮れないぜ。
呪文詠唱系の魔法が全く使えない俺は、理の魔法を極めてなんとかするしかないのだから。
磁石作れるのも解ったし、発電機作って電気が作れればデカイな~、発電機繋げればアーク溶接も出来るかもな。
落雷による溶着と違い、コントロール可能な溶接が出来るようになれば、もっと複雑な物も作れるし、楽しみだ。
しかし、その道のりは長く険しい。