35話 餅と可愛いエルフ(錯乱)
オヤツの材料を確保しに、森まで出かけた。
前はテクテクと歩いて1時間の距離が、今は移動に魔法を使える事が解ったので、10分掛からない。
10分と言っても、俺の感覚的な物なので、正確な10分ではない。
この世界にも、原始的な時計は一応あるのだが、その前に国や大陸間で定めた標準時がないのだ。
だから、時計職人がテキトーに1日を分割した時間を示すことになるので、時計の意味をあまり成さない。
一般人の時間の感覚は――
朝(6時頃)
午前休み(9~10時頃)
正午(12時)
午後休み(3時頃)
夕方(6時頃)
夜(9時頃)
深夜(0時頃)
――という大まかな分け方。
正午だけは、日時計で一番太陽が高い所、これは確実で間違いない。
正午から次の日の正午までを10分割するか、12分割するかで、時計の大まかな仕様が分かれているが、普通の人々の普段の生活をみる限り、前の世界と同じ12分割ベースが近いはずだ。
そして、魔法を使って横に高速移動するために、靴の先に可変式のスパイクを付けた。
このスパイクを立てると某ナ〇ト走りのように、地面を上手く蹴って進む事が出来るようになった。
街の人からみると、まるで忍者が走ってるように見える事だろう。
忍者という職業はこの世界には無いけどね。
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森に着いたので、木の実を物色しはじめた。
ドングリが沢山落ちているが、ハッキリ言ってドングリは不味い。
マテバシイみたいに食える物もあるのだが、それを探すのはちょっと面倒なので、以前から目を付けていた、トチノキの実に似てる、トチノミモドキを集めてみた。
この実は毒はないが苦いので、この土地の人々は誰も食わないのは確認済――今回、コレを食ってみようと思ってる。
栗のようにトゲトゲのイガはないが、分厚い皮というか果肉に覆われていて、取り出すのに一苦労。
日本のトチノミも食えるように出来るから、これも出来るはず……と思って、この実を選んでみたが……。
まあ、タダだし。
だれも拾わないから沢山落ちてるし、食えるようになったらラッキーという事で。
フーパというヨモギモドキと、粟の群生を見つけたので採取した。
ヨモギモドキは、薬には全草使えるが、食えるのは若芽だけなので、生きのいいところを摘む。
粟は、雑穀でそのまま食えるし、栽培も容易なので、城の中庭の空いたスペースで栽培してみるつもり。
――さて帰るか。
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工房へ帰ってきて、水車を動かして杵と臼で自動精粟する。
――さて、トチノミモドキだが……。
ガキの頃、曾婆さんが生きてた頃に一度だけ栃餅を食った事があるのだが、その時曾婆さんから聞いたやり方はこうだ。
トチノミの皮を剥いて1週間ほど流水に晒し、その後、灰汁で煮るという方法だったと思う。
曾婆さんの世代が、栃餅を作れる最後の世代だった。
もう、ウチの田舎では作れる人もいなくなって、各家には秘伝みたいないろんなアク抜きの方法が伝わってたはずなんだが、それも完全に失伝してしまっている状態だ。
まあ、美味しい物が沢山ある時代に、何週間も手間隙掛けて、食う必要も無くなったって事だろう。
曾婆さんの話では、トチノミは保存も利くので、戦中戦後の物が無い時でも重宝したそうだ。
残念ながら、あの栃餅は今はもう食えないのだが、これも運命と時代の流れか。
ホントは数週間掛かる根気のいる地道な作業だが、今の俺には魔法がある。
ドンドン早回しして、スピードアップを図ろう。
まず、この手の木の実を拾ってきたら、水に浸けて虫出しをしないといけないのだが、その時間もないので、そのまま皮を剥いてしまう。
木の実を拾ってきて、そのまま放置とかしてると、木の実から這い出た白い線虫だらけになってパニックになること請け合いである。
皮を剥くのが面倒なので、旋盤に銜えて中央部分の皮を剥いてしまう。
これだけでも、かなり皮むき作業が楽になる。
簡単に潰して水に付けると、白い線虫が一杯に浮かんでくるが――まあ、虫ぐらい食っても死なないし、多少混じっても大丈夫だろ。
でも、これを作ってる所は、人には見せられない光景だな。
ボウルに、トチノミを潰したものを水に浸して、反応促進の魔法を掛けると、ブクブクと泡立つ、水が濁ったら水を交換するが、この泡がアクなのかいくらでも出てくる。
6回ほど、魔法と水交換を繰り返して、最後は灰汁で煮ると、白い実が茶色に染まる。
そういえば、曾婆さんの栃餅も茶色だったな――と、ふと幼い日の記憶が蘇った。
ここで、少し口に運んでみるが、甘味はあるのだが、苦みも若干残ってる。
しかし、これ以上はちょっと無理っぽいので、このまま苦みを残して大人の味という事にして妥協しておこう。
某美味しい漫画に栃餅の話が出てきた時は、完全な1種類の木灰じゃないと完全にアクが抜けないとかいう話だったと思う。
水車の所へ行くと、精粟が完了していたので――魔法で蒸し、トチノミモドキと合わせて、餅にした。
少量取って、ヨモギモドキを入れてみたが、トチノミモドキの苦みが残っているので、香り付け程度にしたほうが良さそうだ。
半分はそのまま、半分はヨモギ餅として、水飴で煮た豆の餡を入れて、最後にくっつかないようにデンプンを塗して完成。
エライ手間隙だよ。
俺も魔法があるから作るけど、こんなの魔法がなかったら絶対にやらねぇ。
ヨモギ餅を一口食って味見をしてみたが――。
「フフフ……俺も中々やるじゃないか」
――と、わけ解らん台詞を吐いてみる。
中々に美味い。 ガキの頃に食ったあの味が蘇るように思える。
とりあえず――俺が2個、師匠が2個、ステラさんが2個、殿下が2個、外にいる職人達へ4個の計12個皿に盛った。
メイドさん達も食べさせてあげたいが、ちょっと量が足りないので、残りの餅は自消化する事にしよう。
初めて食ったが、粟も結構美味いな。
これからは、麦+粟ご飯としてみたい。
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ちょっと手間取って遅くなってしまったが、職人さん達に完成したばかりの餅とヨモギ餅を振る舞う。
「お~い! ちょっと作業を中断してコレを食ってみないか?」
職人達が、ワラワラと集まってくる。
「コレ何ッスか?」
「まあ、甘いお菓子だよ……」
若い職人は、俺の説明を聞く前にパクリと一口いった。
「うんめぇ! コレ柔らかくて超美味いっスね!」
「どら、俺も頂くとするかな」
「飲み物はピコしかないけど、スマンね」
「まあ、酒を飲むわけにはいかんからな、ガハハ!」
棟梁は、ヨモギ餅を頬張って笑っている。
「真学師様は良いッスね~美味しい物は食べられるし、金は沢山貰えるし」
若い職人は、皮肉にも聞こえるそんな事を言う。
「別に金のために真学師をしているわけじゃないぞ。 理を明かして真理を追究した結果に金が付いてくるだけで。 大工の仕事も同じだろ? 技術という真理で、只の木材が美しい建物に変わるんだから。 そのお菓子も全部森で取ってきた材料で俺が作った物だぞ」
「これの材料って何ッスか?」
俺はポケットに突っ込んだままだった、トチノミモドキを取り出してみせた。
「コレだよ」
「ええ~!? ホントっすか? それゴロリの実じゃないっすか。 そんなの不味くて食えたもんじゃないですよ」
「そこは、俺が手間隙掛けて、誰も食えないような木の実を美味しく食えるようにしたんだよ。 それが真理の追究ってやつだし」
「どうも、こいつ等にはそこら辺が解ってねぇみたいでな」
「そんな事言っても、金が同じなら、楽なほうが良いじゃないッスか?」
「まあ、それも真理だな。 でも、誰も歩かないような茨の道や前人未到の険しい道にこそ、誰にもみた事が無いような、宝があると思わないか?」
俺も、偉そうな事を言ってるが、ほとんど師匠の受け売りだ。
「まあ、若いやつらのいう事も解る。 楽と言うのは語弊があるが、もっと効率を上げねぇ事には、仕事は沢山あるのに、こなしきれてないからな」
棟梁が腕を組んで悩んでいる。
仕事が立て込んでいて、上手く回せていないという話だったからな。
「もっと、1、2、3~で、出来るようにならないッスかね?」
「アホか! なるわけねぇだろ」
「簡単に作るとなると、家は決まった1種類しか作らないようにするとかな」
俺が簡単な提案する。
「そいつは楽ッスね、ハハハ」
「同じ家しか作らないなら、材料は予め大量に買い込んで、全部加工しておく。 そして、注文が入ったら、現場へ運んで組み立てるだけ。 これなら熟練の技も要らない。 まあ、大工の矜持には反するかもしれないけどな」
元世界で言う――建て売り式だ。
「う~む、そいつは面白ぇ」
「1種類はちょっと絞りすぎだな、3種類ぐらいから選べるようにするとかなら、客も納得するかもしれん。 もっと安いのが良いって客には、箱を積み上げて家にしちまうとか。 材料も大量に買えば、単価も下げられるしな」
「箱ッスか? まあ、雨風しのげりゃいいって奴もいるっすからね~」
「いや正直、真学師なんて王侯貴族様の酔狂だと思ってたが、たいしたもんだな。 高い金を取るのも納得したぜ。 今の話を商売に使っても良いか?」
俺の話に、棟梁が腕を組み唸っている。
「まあかまわんよ、無理な仕事を頼んだオマケって事で。 でも、俺が言ったというのは内緒な。 俺にも儲ける方法を教えてくれ~とか押しかけられても困るからな」
俺は、笑って棟梁に答えた。
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職人達と話した後、殿下と師匠へヨモギ餅を持っていったが、頗る好評で、2人とも美味しいを連発していた。
最後に、ステラさんにも食べさせようと思ったのだが――今日はまだ姿を見せていない。
やっぱりオカシイ。
一応、師匠にも相談してみたが、いつも通り――「無視しなさい」 としか言わなかったが。
それどころか、ステラさんの分のヨモギ餅もよこせとか言い出して、それじゃステラさんと同じじゃないですか、私の師匠としてどうなのか? と宥めるのに苦労した。
師匠も結構お茶目な人だからなぁ……。
最後までブーブー文句を言っていたので、俺の部屋に残ってる餅を持ってくる事で妥協してもらった。
師匠の部屋から出て、そのまま廊下の奥へ進み階段を上がった所にステラさんの部屋がある。
俺は扉のノッカーを鳴らした。
薄暗い通路に、ノッカーの音が響くが――。
「ステラさん~いないんですか?」
へんじがないただのしかばねのようだ。
いや、マジで死んでたりせんだろうな。
扉に鍵は掛かっていない、ゆっくりと木製の重厚な扉を押して、中を覗いてみる。
「ステラさん~?」
そのまま中へ入ってしまうが、誰もいない。
中は乱雑に黒板やら、スクロールが、積み重なって師匠の部屋と似たような感じだが、調度品やら一々高級そう。
ステラさんって、真学師になる前は、もしかして結構身分が高い人なのでは……?
部屋の奥には寝室があり、いけないと思いつつ、覗いてしまった。
すると、毛布にくるまって、何かモゾモゾ動いている。
「ステラさん? 起きてます?」
俺の声に反応したのか――また、モゾモゾしている。
「ステラさんってば、具合でも悪いんですか?」
そっと、毛布の上から腰の辺りをタッチしてみた。
ピクンと反応があって、何か声が聞こえた。
「私を笑いにきたんでしょ……?」
毛布の中から微かな声だったので、聞き取れなかったが、こんな意味だったと思う。
「え? 笑うって言いました? なんでステラさんを笑うんです?」
「みんな、私が変なエルフだと知ってたのに、陰で笑ってたんでしょ……?」
「はあ? そりゃ、ステラさんが変なのはみんな知ってますけど、そんなのいまさらでしょ?」
その俺の返答を聞いたら、毛布の中から嗚咽が漏れてきた。
え? 泣いてる? やべぇ! 泣かしちゃったわ。
俺は慌てて弁解した。
「いや、ステラさんが変というの誤解ですよ。 その……エルフ特有の行動が、人種からみると奇異に映るという意味であって、決してステラさんの容姿や風体が変だとか、そういう意味ではありませんよ」
「変じゃない……?」
まだ毛布を被ったままだ。
「美男美女揃いのエルフが変とか、そんな事を言うやつはいませんよ。 私もいつもステラさんは美人だな~っていってたじゃありませんか」
「ホント……?」
「ホントですよ? ステラさん、真学師なら心読めるじゃありませんか」
「あいつみたいな事はしたくない」
あいつってのは師匠の事だろうけど、まあ確かに人の本音なんてロクなもんじゃないだろうからな、師匠はよく平気だな。
ステラさんはガバッと起き上がると、俺に抱きついて泣き始めた。
――でも、何故か素裸なんだけど!
胸がペッタンコのステラさんに抱きつかれると、マジで密着状態だ。
心臓の音も聞こえるぐらい、密着。
エルフだから心臓が2つあるという事も無くて、普通に1つだったのが解ったが、俺はどうすれば良いのか。
とりあえず、素裸だと目のやり場に困るので、毛布を被せた。
泣いている彼女を慰めないとイカンので、慰めてみるが――正直意味が解らん。
俺の目の前には、ピコピコ動いている長い耳、プラチナ色の髪を撫でて、ステラさんの頬を伝っている涙を、唇で拭ってみる。
しょっぱい!
発見! エルフの涙も塩辛いと判明。
『エルフの涙』 なんて、RPGのアイテムみたいじゃん、何か特典は無いのか? とか、アホな事を考えてるのが、居たたまれなくなった俺は、ステラさんを引き離した。
「ステラさん、ずっと閉じこもっていたら、お腹が空いたでしょう? 甘い物を持ってきたんで食べませんか? 冷えてしまいましたが、ピコもありますよ」
「うん……」
ステラさんは、ベッドの縁に腰掛けると――毛布を羽織ったまま、ヨモギ餅を少しずつ食べ始めた。
俺も一緒に腰掛けているのだが……身長が10cm近く違うのに、ベッドに座ると顔が同じ位置。
解せぬ。
「美味しい……」
ヨモギ餅を食べながら、また、ポロポロと涙を流し始めるステラさん。
あ~もう、どうしたら良いんだ?
「まあまあ、泣かないでステラさん、お腹が空いてるなら、もっとお腹に溜まる物を持ってきましょうか?」
立ち上がろうとした俺の袖を、彼女が掴んだ。
そのまま座り直して、しばらく彼女と話をしていたが……
やはり、鏡に映った自分が、とても変に見えたんだそうだ――もう、そんな事ないですよ? とアレコレ宥めるのが大変。
ションボリ座っているステラさんが可愛く見えたりするのだが、たぶん気の迷いだ。
騙されるな、目の前にいるのは450歳のBBAだ。
落ち着け、落ち着け俺。
その後は……なにもしてないぞ、念のため。





