34話 ニムの背中と工房増築
皆で風呂上がりに、唐揚げとサンドイッチの味見を兼ねた夕食を食べていると、そこへステラさんがやってきて、なにやらギャーギャー文句を言っている。
「ショウがいないと思ったら、こんなところに集まって、私を仲間外れにしてぇ!」
「別にステラさんを仲間外れにしたわけではないですよ」
「なにこれぇ! また美味しそうな物作ってぇ!」
「唐揚げですよ……」
――と、説明する間も無く、ステラさんは唐揚げとサンドイッチをパクパク食べ始めた。
「くそぉ、美味いじゃん! ムカツクぅ!」
なんでムカツクのか解らんが……。
「殿下、そろそろ御髪も乾いたのではないでしょうか?」
俺は鏡を構えて、殿下の姿を映るように前に構えた。
「う~む……」
殿下は、ご自分の金髪を手前に持ってきて、しげしげと見ている。
「あ、姫様の髪の毛がツヤツヤになってるにゃ!」
「ホントに、艶が出てますね」
ニムとルミネスも殿下の髪に近寄って、殿下の髪の艶やかさを確認中。
俺は、彼女達を前にして、リンスの効果の説明を続けた。
「髪の毛に栄養を補給できますので、枝毛とかも防ぐ事も出来るはずですよ」
「これは、本当に綺麗になっておるな」
「卵が高価なので、度々はこれを施すのは難しいと思いますが、何か催し物、あるいは祭などのここぞという時に行えば効果的なのではと」
「ちょっと! なんで殿下の髪の毛が綺麗になってるの! んで、コレは何!?」
ステラさんは俺の手から鏡をもぎ取った。
「ステラさん、ちょっと乱暴な」
「ふ~む、ふむ! ふ~ん」
ステラさんは、俺からもぎ取った鏡を手に持ったまま、なにやら、ポーズとか変顔してアレコレしている。
――だが、何を思ったか、ゲラゲラ笑い始めた。
「アハハ! なにこれぇ! なんか、変なエルフが映ってる!」
「はぁ?」
「ハハ! 変な奴が覗いてるぅ!」
それを見ていた一同、ステラさんがマジで言ってるのか、冗談を言ってるのか判断しかねて、皆顔を見合わせた。
「何言ってるんですか、ステラさん。 それ、鏡ですよ」
「はぁ? 鏡ぃ?」
「ええ、だから、鏡に映ってるのはステラさんですよ?」
「何言ってるの? 私がこんな変なエルフなわけないじゃん!」
そう言って、またアレコレ変なポーズをし始めたが、色々とやっていたのだが――徐々に何かおかしいと思い始めたのか、動作が固まり始めた。
「嘘……なんで……?」
――どうやら、彼女は、それが鏡だと理解したようだ。
ステラさんは、そのまま鏡をテーブルに置き、クルリと回れ右をすると――。
「ちょっと、ステラさん!」
俺が呼び止める声――それに反応する素振りも見せないで、そのまま出ていってしまった。
「どうしたんだよ? いったい……」
「妾もそうだったが、この綺麗に映る鏡を見て、ショックを受けたのではないのか? ニムに鏡を見せた時など、逃げ回っていたからな」
殿下がニムを見て笑っているのだが――。
「だって、窓の中に知らない女が覗いてたにゃ!」
「ニムのお母さんに似てるとかなかったのか?」
「ウチは父ちゃん似らしいにゃ……」
「ああ、なるほど……」
――らしい……ってところが、ちょっと気になったが、ここら辺はあまり突っ込むべきではないだろう、藪蛇な感じがする。
やっぱり、鏡を見た事がない人に、コレを見せると、カルチャーショックを起こすのか。
しかし、ステラさんなら、金属鏡ぐらいは持ってるはずだけどなぁ。
「ショウよ、妾は姿見が欲しいの」
「もっと大きい鏡ですか?」
「うむ」
殿下のご要望だが、そいつはちょっと難しい……。
「今の工房では無理ですね。 やはり、もっと大型のガラス専用工房が必要となるでしょう。 それと、もっと低温で溶けるガラスの配合も見つけなければなりません」
「やはり、難しいか」
「はい、しかし大型のガラス板の製法は考えておりますので、ガラス工房が軌道に乗れば、すぐに製作可能だと思います。 それと、鏡の製作には水銀が必要になるのですが――」
「水銀なら任せてたもれ、妾に伝がある。 うむ、あい解った、姿見は後々の楽しみに取っておけという事だな」
結局、皆立ち食いのまま、夕食を済ませてしまった。
マヨと唐揚げは好評なので、この世界でもマヨラーが生まれたり、唐揚げにレモンを掛けるか掛けないか紛争が起こるのかもしれない。
この世界にレモンは無いけどね。
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夕飯を食い終わった後、ニムを俺の工房へ呼んだ。
「ニムにコレをあげたくてさ」
俺は、棚からブラシを取り出した。
「豚の毛で作ったんだけど、臭いとかするかな?」
ニムにブラシの臭いを嗅がせてみるが……。
「大丈夫にゃ!」
クンカクンカ、ブラシの臭いを嗅いで、ニムが答えた。 大丈夫みたいだな。
せっかくプレゼントしたのに、変な臭いがついたりしたら嫌だろうし。
「これをあげるから、こうやって、毎朝登城する前にブラシを掛ければ、お城で抜け毛が落ちるのが少なくなると思うぞ」 俺の腕でブラシを掛ける真似をしてみる。
「にゃ! ショウ様、ウチにブラシを掛けてにゃ!」
「え? ここでか? まあ、背中ぐらいなら良いか……」
と、言ったら、ニムが嬉々としてガバッとメイド服を脱いだ。
自前の毛皮を着ている獣人は、裸に羞恥心が無い。
――というか、普段から裸でもなんの問題もないらしいんだが、他の種族が獣人が裸なのを嫌がるので、申し訳程度の服を着てるらしい。
裸でも、寒くなると冬毛も伸びるし、全然平気なようだ。
「おい、全部脱がなくても良いのに」
「せっかく、ショウ様にブラシしてもらうのに、服が邪魔だにゃ」
ニムをテーブルの椅子に座らせて、背中をブラッシングする。
背中はツヤツヤの黒い毛、腹は細い柔らかそうな毛がモフモフしている。
このままベッドに連れ込んでお腹をモフモフしたい衝動に駆られるけど、まぁ止めとく。
シュッ! シュッ!
――と、背中をブラシする度に、ブラシに抜け毛が溜まってくる。
猫アレルギーの人なら、これだけでクシャミ連発だろう。
獣人は人間やエルフのように、脇がくすぐったいとかの弱点とかは無いが、尻尾の付け根は弱いようだ。
「に"ゃ~、気持ち良いにゃ~」
ニムは気持ち良さそうに、目を細めてうっとりしているが――ブラシが黒い毛でいっぱいになっている。
「ほら、こんなに毛が取れたぞ」
「に゛ゃ!」
ブラシの抜け毛をみて、ニムが目を見開いた。
「前は自分でしろよ」
ニムにブラシを渡すと、自分でブラシを掛け始めた。
「これは良いにゃ~、弟と妹にもやってやるにや~」
「へ~、ニムには弟妹がいるのか」
「いるにゃ~、弟1人と妹1人にゃ~」
「ニムの妹なら可愛いんだろうなぁ」
思わず、耳をピコピコさせて、モフモフのチビッコ猫を想像してみる。 あ~いいね~。
「まだ小さいから可愛いにゃ」
「小さいって、歳が離れているのか?」
「ウチの父ちゃんが死んで、2番目の父ちゃんの子供達にゃ」
「え~、そうなのか。 2番目の父ちゃんはなんの仕事してるんだ?」
「2番目の父ちゃんも死んだにゃ、旅団の護衛の仕事へ行って、そのまま帰ってこなかったにゃ」
ニムは立って、腹や太股をブラッシングしながら答えた。
服を着ていないと、ニムの身体が、豹か何かの猛獣が立っているように目に映る。
獣人のパワーは人間の約3倍、スピードも3倍、ボディは赤くなくても3倍だ。
聴力、臭覚に至っては、10倍はあるだろう。
それにあくまで、この世界の住民と比較してだ。 元世界のひ弱な人間と比較すれば、もっと差が大きいかもしれない。
素手で人間が戦ったら、まず勝てる相手ではないが、弱点もある。
頭があまりよろしくないのだ――戦でも、複雑な作戦とか無理で、真っ直ぐにしか戦えない。
罠や引っかけにも弱く、それ故最前線での切り込み等が主な仕事になっている。
「ありゃ、スマン。 いけないことを聞いちゃったか」
死んだニムの父親の事に触れてしまったことを謝罪したのだが、本人はあまり気にしていないようだ。
「大丈夫にゃ」
「それじゃ今、ニムの家族はニムの稼ぎで暮らしているのか?」
「そうにゃ、お城に勤めているウチの給料が一番高いにゃ」
「ニムは偉いなぁ……」
おっちゃん、そういう話に弱いんやで……。
などと、インチキ関西弁で、心の中を描写してみるのであった。
------◇◇◇------
――それから2日後、やっと蒸留用のポットスチルが出来上がってきた。
なんか凄い回り道をした気がするわ。
出来上がってきたポットスチルは銅製で、内側に錫を張ってある。
扉がついてるのだが、覗き穴の部分に穴が開いているので、ここに予め作っておいた、ガラスを嵌め込み完成だ。
ゴム製のパッキンとかはないので、油に浸した皮を使う。
しかし、せっかく出来上がったポットスチルを設置する場所が、もう工房にはない。
外に置きっぱなしだ。
工房を増築するしかないが、工作師ももう余裕がないということで、ラジルさん旧知の町大工を紹介された。
その町大工の棟梁に仕事を頼むことにした。
ポットスチルの扉にガラスを嵌め込む作業をしていると、大工の棟梁達が、数人の職人を連れてやってきた。
もちろん、本格的な作業が始まれば、もっと増員されるだろう。
厳つい、いかにも職人って感じの人達だ。
「やあ、こんにちは。 真学師見習いのショウだ。 宜しく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくな」
棟梁は短い髪で、背は低いが、ガッチリとした体格だ。
「早速だが、ここにある銅製のデカイ入れ物を収納する工房を増築したいんだよ。 場所はここだな」
玄関から見て、左側の空いた土地を指さす。 反対側には小川があるので、増築は無理だ。
川を挟む手もあるが、今の工房から出入りできた方が便利だからな。
建物の中で火を使うから、屋根に吹き抜けの通気孔も付けてもらう旨も伝える。
棟梁は、俺の説明をふむふむと聞いていたが、若い職人は、ポットスチルや透明なガラスに興味津々だ。
「コレって何ッスか? この透明のってガラスッスか?」
「おい!」
それを聞いていた棟梁が止めに入る。
「ここで見た事、聞いた事は、他言無用だぞ。 もし、漏らせば……」
俺が若い職人に含めるように言うと、若い職人が訝しげに聞いてくる。
「どうなるンッスか?」
「不思議な力で死ぬ事になる」
俺は、白目を剥いて、指で首を切る動作をした。
「脅かしっこなしですよ?」
「脅しじゃないぞ」
不思議な力は冗談だが、アチコチうろついたり、外部へ他言して間諜の疑いでも掛けられれば、コレは冗談では無くなる。
2人の間に棟梁が割って入った。
「大丈夫だ、こいつにはキチンと言っておく。 城の仕事がどんな物か理解してるつもりだ。 支払いはきっちりしているし、実入りも良い。 それを棒に振るつもりはねぇよ」
「頼むよ」
この棟梁は、お城で仕事をするのが、どんな事か正確に理解しているようだ。
棟梁が、黒板を沢山貸してほしいというので――工房から運んで渡すと、すでに頭の中に出来上がっているらしい設計図をドンドン描いていく。
これは結構凄い――一種の特殊能力なのだろう。 絵の一発書きみたいな物だな。
「俺は大工仕事は手伝えないが、重量物の運搬は魔法で手伝うよ。 そうすれば、柱を立てたり、棟上げも簡単だろ?」
「そいつはありがてぇ。 実は、人手不足でな。 ファーレーンの人口が増えてるんで、仕事が立て込んでるんだ」
「忙しいのかい?」
「ああ、猫の手も借りてぇぐらいだ」
「そんな中で、飛び込みの仕事を頼んで悪いね」
「なぁに、さっきも言ったが、城の仕事は金が良いからな。 ガッハハハ!」
俺が手伝うのがわかったせいか、上機嫌だ。
場所が決まったので、地面を均して、柱の土台になる束石を置く。
当然、コンクリの土台みたいのは無いが、日本でも数十年前まではこんな造りで、曾祖父さんの納屋をバラした時に、こんな束石が並んで出てきたのを思い出す。
ただ、コンクリート製の土台は無いが、コンクリートに似た材料は存在していて、水回り等に使われている事がある。
資材部から、材料を運ぶ。
100kgの柱も200kgの梁も、重量軽減の魔法を掛ければ、10~20kgだ――2~3人いれば十分に運べる。
梯子があれば、数人で棟上げも可能だろうが、途中で魔法が切れたりすれば、大惨事になるので、そこは注意しないといけない。
足りない分の資材は、棟梁達が外から持ち込むことになるだろう。
「いやぁ、楽ちんッスね~、毎回手伝ってくれれば良いのに」
――などと、緩い発言をする若い職人。
だが、途端に棟梁からの鋭いツッコミ入る。
「アホか! 毎回、真学師とか魔導師なんて頼んでたら破産するわ!」
そう、魔法代は高いのよ。
魔導師とかはそれを商売にしてるわけで、真学師は金で動かない人も多いしね。
棟梁達は運んできた木材の平ほぞ加工などに入った。
日本でも使われていた墨壺みたいな道具も使っている。
やはり、こういう道具は不変なのか。
田舎にいた時――ウチの親父は、どこから持ってきたのか『レーザー墨壺』 というレーザーで表示する物を使ってたな。
墨も壷も使ってないのに、墨壺ってのはオカシイ気がするが、他に呼び名がないから仕方無いんだろう。
若い職人も、言動はちょっとやんちゃだが、かなりの腕前――さすがにプロだ。
こういう仕事に連れてくるぐらいだから、棟梁も期待してる人材なんだろう。
とりあえず、ここら辺は俺の出番はなさそうなので、オヤツでも作るとするか。
実は、ちょっと気になっている事がある――ステラさんの事だ。
あの鏡を見て、おかしな行動をしていたが、その後全く顔を出さない。
どうしたんだろう?
心配なので――オヤツを作ったら、差し入れついでに様子を見てこようと思ってる。
おやつはヨモギ餅を作ってみたいのだが、ここにはもち米もない。 そこで、以前から狙っていた木の実で代用してみようと、ソレを採取するために森へ出かけた。
フーパというヨモギモドキとその木の実で、上手く餅が作れればいいのだが。