3話 ここはどこだ(答え:異世界です)
「ふぐっ、眩しい……」
不意の眩しさに思わず手で顔を覆うと、俺は、日差しの中で目を覚ました。
眩しさに目が慣れてくるにしたがい、白い雲と蒼い空が見える。
「は?」
突然、俺を襲った光景にあっけに取られて、上体だけ起こすと周りを見渡した。
森の中……というか、原生林だぞ、こりゃ。
なんで、こうなった?
俺は、北海道のド田舎育ちの山猿だ。ガキの頃から山などへ探検しにいって、ある程度は山歩きもしている。
その俺から見ても、ここは人の手が一切入っていない原生林の真っ只中だ。
原生林の中にちょっと開けた場所があり、そこの苔むした岩の上に俺は寝転がっていた。
とりあえず、岩の上で胡座をかいて自分の身体を触りまくって、チェック。だが、どこも傷ついたり骨折しているような感じはない。
ちょっと頭痛がするみたいだが、たいしたことはないな。
服装は、いつも着ている安物のシャツに作業服ショップで買った作業ズボン、靴は安全靴だ。
再び、思う。
なんで、こうなった?
苔むした岩から滑り落ちて、周りを探索してみると――俺の愛用のリュックを発見。
いつも愛車に乗っている時に、背中に担いでる物だ。
スクーターに乗っていて、事故った?
待て待て――道なんてないし、ここは原生林の中だぞ。
記憶が混乱してる?
自分の名前は憶えているし、北海道から内地(本州)へやって来て、バイトをしながらネット三昧――そんな生活をしてたはずだ……。
生活してた記憶はあるが、どうしてこうなったという記憶を探すように、岩の周りをグルグルと熊のように歩き回る。
だが、全く思い出せない。仕方無いので、リュックの中身を確認してみる事にした。
マルチツール(赤くて白い十字が書いてある有名なやつね)
タッパー2個
100円ライターガス少し
ガラケー
タオル1枚
板チョコ1枚
乾パン1袋
チョコや乾パンがあるってことは、ハイキングにでも行った挙句、滑落した?
待て待て、どこに山がある? 滑落するような場所じゃないぞ。
だいたい、俺がハイキングとかありえんでしょ? などと、自分で突っ込みを入れてしまう。
タッパーの中は空、弁当でも入っていたのか?
ガラケーの電源を入れてみたが、電池が切れる寸前――当然圏外で、すぐに電源を落とした。
ガラケーの時計は11時ちょっと過ぎを示していたが、それすら合ってるか解らん。
「ふう」
しばらく呆然としていたが、ここに居ても仕方ない。
人のいる場所まで歩いてみるか……。
マルチツールから、ノコギリ状のブレードを出して、近くの若木を切断して、年輪をみる。
狭い方が北、広がってる方が南だ。
この方法はイマイチ正確性に欠けるのだが、他にいい方法が思い浮かばない。
実は、ガキの頃にこの年輪で方位を知る情報を、ボーイスカウトのネタで知って――色んな場所の木を切り、確認してみたのだ。
結果、概ね方角は合っているのだが、場所によって木々に差し込む日照時間等で、年輪もマチマチになってしまうらしい。
ネットじゃデマ扱いされていたようだったが、今はこれしか頼る情報が無い……。
時間と時計からでも、ほぼ正確な方角を割り出せるが、携帯で確認した時間がイマイチ信用できないので、諦めて年輪を見る方法を採用したのだ。
北の方角をみると、原生林の上方には白い雪を頂いた高い山というか、山脈が見える。
こりゃ、北はダメだな、ここは高い山の裾野なんだろう。
俺は、意を決して、南へ向かうことにした。
------◇◇◇------
深い原生林の中は、真っ暗で下草が生えない――故に歩きやすい。
落ち葉が積み重なった絨毯の上や、倒木に見たことも無いキノコが沢山生えている。
ああ、こんな状況じゃなけりゃ、写真でも撮ってSNSにアップするのになぁ……などと、考えながら歩く。
たまに方角を確認しながら、なるべく草むらには入らないように進む。
イラクサや、ウルシ等々、触ると危険な植物もあるのだ。
それに、ダニやヒルに食われる可能性も増す。
こんなところで、ややこしい病気――ツツガムシ病やら、リケッチアやら、日本脳炎やらの風土病に罹患するわけにはいかないし、いつ人里に出られるか解らないのだ。
昆虫や、鳥はいるようだが、今のところ四脚には出会ってはいない、こういうところでヤバいのは熊である。
北海道と違い、内地(本州)にはヒグマはいないが、しかし、ツキノワグマとはいえ出会いたくはない。
横倒しになった苔むした巨木を越えようとして、足を滑らせ顔面をヒット――巨木から転げ落ちる。
苔は凄く滑るのだ。
幸い、木も朽ちてブヨブヨ&フワフワの苔で、怪我をすることはなかったが――。
「なんだよ、クソ……」
という、独り言が口から思わず出てしまう。
なんだか、意気消沈して、薄暗くなってきた森の中をトボトボ歩いていくと、風が冷たくなってきた。
――ヤバい。
雨が降る予兆だ。
背中に担いでいたリュックを手に持って、そこら辺に転がっている小枝や、枯れ木を突っ込んでいく。
山で雨に濡れるのは、非常にヤバい。
山は日が落ちると、急激に気温が下がる場合がある。
その時に、雨で身体が濡れていると低体温症になって、行動不能になる可能性が増す。
小走りになりながら、枯れ木を拾い集め、雨宿りできそうな場所を探す。
辺りが暗くなってきて、今にも一雨来そうだ。
周りをウロウロと見回すと、巨木の根元にかがんで入れそうなスペースを見つけた。
一応、100円ライターに火を付けて中を見渡す、こういうスペースは動物の巣になってる事があるのだ。
――確認したが、大丈夫そうだ。
中にリュックを放り込むと、木の周りから、さらに枯れ木と石をかき集めて、巨木の根元へ放り込む。
そんな事をしてる間にバラバラと大粒の雨が降ってきた。
急いで巨木の根元に転がり込むと同時に、どしゃ降りに変わった。
間一髪だな。
ザーという凄まじい音と共に降りしきる雨、その雨が巨木を伝って、バシャバシャと下へ落ちてくる。
「すげぇ雨だな……」
雨が降って日が落ちてくると、気温が下がり始めた。
「火を起こすか」
石を円形に並べて、リュックからマルチツールを取り出すと、ナイフのブレードを出して、小枝の皮を剥く。
小枝に切れ目を入れてササクレを作り、そこに100円ライターで火を付けると――パチパチと音と立て、モウモウとした煙と共に小枝と枯れ木が燃え始める。
「ゲッホ! すげぇ煙だ」
たまらず俺は、リュックを枕にして、狭いスペースの中で膝を折って寝ころがった。