28話 発酵食品は偉大なり
この世界の税収について。
この世界にも税はあるが、払っているのは、貴族と商人だけである。
貴族などの領地で、その土地だけ税を取る事もあるらしいが、通常は無税が基本なので、税とか年貢を取ったりすると農民の脱領等を起こす。
それ故、貴族の収入も独自に商売を興して稼ぐ、これが基本らしい。
貴族自ら鉱山を経営したり、農地を開拓したり、発明やらの特許を取るetc……中々世知辛い感じがするが、無論、経営能力がない貴族はすぐに破綻する。
たとえ破綻しても、その地の商人やら実力者がすぐに貴族へ昇格するので、貴族の数が減る事はないようだ。
その破綻から逃れるために、そのアドバイザーとしての真学師の重要性が増し、優れた真学師の囲い込みは貴族や国家の最優先事項になっている。
では平民が何か発明したとする。
そのままでは金にならず、平民では特許は取れない、特許を取れるのは王侯貴族だけ。
平民が発明で金を儲けようとすると以下の流れとなる。
王侯貴族にコネある場合
平民【発明】→【コネ】→王侯貴族【特許】→平民【褒美】
という流れであろうか、この時の褒美は金貨1~2枚あたりだろう。
ではコネもない場合は
平民【発明】→御用商人→王侯貴族【特許】→御用商人【褒美】→平民【報酬】
これだと、平民が手にできる報酬は銀貨1~2枚まで減ってしまう。
つまり、平民では発明で儲ける事は出来ないのだ。
発明できる実力があるなら、一番金になるのは、工作師になる事である。
工作師になれば、国から高い給料を貰えるわけだ。
ただ、工作師になるためにもコネが必要な場合も多く、実力さえあれば……というわけにも中々いかないのが現状のようだ。
王侯貴族が厳しい生存競争に晒されているこの世界で、代々の歴史を持つ貴族や国へのブランド力はかなり高い。
所謂名門ってやつだ。
俺が世話になっている、このファーレーンも数千年の歴史を持つ名門である。
代々の支配王族も名君と呼ばれる方を多く輩出して、国民も代々ファーレーンに住んでる人達が多く、民の信頼も厚い。
人口もいままでそんなに増える事はなかったが、前国王と王妃様が流行り病で急逝し、その娘のライラ姫殿下が摂政となり、国策を握り始めてから急激に国が変わりつつある。
コネや身分などを無視しても、実力のある者をドンドン役人、工作師や細工師等に採用する。
意味のない――伝統とか言われる既得権益の廃止。
つまり、そんな余計な物に金を使うぐらいなら、全部止めて、もっと儲かる事をやろうぜ! って事らしい。
当然、既得権益を持った者達による反発もあるが、強力な真学師に腹黒い腹を叩かれれば、いくらでも埃が出る連中である、文句もロクに言えず引き下がらざるを得ない。
真学師に関わるとヤバイ。
奴等に関わっちゃいけない――何をされるか解らないと畏怖される存在。
これが、この世界での真学師に対する共通意見である。
そして、現在摂政のライラ姫殿下。
この方も清廉潔白な方と思いきや、とんでもない黒い事も平気でやる、王侯貴族らしいというか、政治家らしいというか――俺とはやっぱり人種が違うのか……と、いうのを痛感した今日この頃である。
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「ふむむ……」
――殿下がパンに生クリームを塗ってニコニコしながら頬張っている。
殿下が執務室でパンを食べながら書類の山を処理しているのだが、忙しくて、食堂へ行く暇もないらしい。
「生クリームもバターも食べ過ぎはよろしくありませんよ。美味いものは身体に悪いというのが真理でございますから」
「解っておるが、中々誘惑に勝つことが出来ん」
俺は黙ってオデコを指差す。
慌てて、殿下はオデコを手で隠すが、殿下の可愛らしいオデコにはニキビが出来ていた。
「そういうお年頃ですし、脂物を沢山食すると、そういうのが出来やすくなります。触って悪化させると、痕が残ったりするので、お触りにならぬよう」
「解っておる!」
「あまりに気になるようでしたら、師匠かステラさんに治療していただいては?」
「うむ……触らぬのではあれば良いのであろう。それより、ショウが作ったこの生クリームとバターというのは素晴らしい物だな」
「ミルクを沢山使用するので、贅沢品でございますけど」
「ミルクの消費が多少増える程度で問題はないな」
そう仰ると、モグモグとパンを頬張っている。
「これも量産化を考えていらっしゃるのですか? するとなると、牧畜から改善しませんといけませんが。保存も利きませんし、色々と難しそうですが……」
ここには冷蔵庫はない。
俺は魔法で氷を作って、冷蔵庫モドキを作っているが、まだ秘密にしている。
「まあ、暫し待て、やることが山積みだ。しばらくは妾だけの楽しみだ」
「しかし、以前の水糖のように、製法が漏れる可能性がありますが」
「まあ、そうなったらやむを得んな。何事にも限界という物があるし、製法も魔法で冷やしたりとか、手に余る」
確かに、牧畜から手を入れるとなると、かなり大事業だし、物を冷却したり等は――今のところは魔法でないと不可能だ。
人員、予算的にも物理的限界はあるだろうし。
色々と難しすぎて、優先順位は低い。
「そんなに乳製品がお気に入りなのでしたら、もう一つありますが」
「なに? 本当か?」
「はい、それは保存も利く物ですし」
「ラジルを呼べ!」
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この乳製品の製造には子牛が必要なのだが、ちょうど一頭子牛が死産したという話を聞いて、街はずれの農家から死体を引き取ってきた。
「こんなの何に使うだか? 食うだか?」
――と農家の親父は不思議そうにしていたが、肉屋への卸値の相場を聞いて銀貨を1枚(5万)払う。
成牛だと金貨2枚(40万円)ぐらいらしい。
「親父さん、ここにホーはあるかい?」
「ごぜぇますだ」
「少し分けてくれ」
「へへ~~~~」
何故か土下座されて困る俺。まあお城からの使者が農家へやってくるなんて、滅多にないだろうしなぁ……。
ホーというのは、元世界でいうヨーグルト相当の乳発酵飲料だ。お城でホーが食卓にのぼる事はないが、家畜を飼っている農家では常飲されているらしい。
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「こんなものを持ち込んでどうするつもりだ」
殿下にお城に持ち込んだ子牛の死体の説明を求められる。
集まったメンツは、殿下とラジルさん、師匠だ。
「本当は、必要なのはほんの一部分なんですけどね」
子牛の腹を剣鉈で裂いて、第四胃を取り出す。この世界へやって来てから、こんな事ばっかりやっているので、もうすっかりと慣れっこだ。
「使うのはこの第四胃という部分だけです」
「第四胃という事は、最低で4つも胃があるという事か。何故そんなに胃が必要なのだ?」
「牛は1~3胃に、食べた草を貯蔵して、それ時々吐き戻して咀嚼し直しているのです」師匠が殿下に説明をする。
「反芻ですな」
「ほう」殿下が興味深そうに聞いている。
「ラジルさん、お詳しいですね」
「実家で牛を飼ってましたからな」
「それじゃ、コレもご存じですか?」
ラジルさんに鍋に入ったホーを見せる。
「ホーですなぁ、よくそれで酒を作りましたわ」
「酸っぱくありません?」
「まあ、飲めれば何でもいいんですわ、わはは」
イカン、完全にのんべぇだ。
「それで、そのホーとやらと、この牛の胃で何をする?」
「第四胃を切り開いて、ここの消化液をこのホーへ加えます」
すると、みるみる凝固が始まって、塊になった。
「これが、チーズという物です。このままでも食えますが、基本は塩で撫でたり、塩水で洗ってから乾燥させ、熟成させます」
「おおっ」驚いている殿下に、固まった物を見せる。
「乾燥させた物は、日持ちもしますよ。ちょっとやってみましょう」
出来上がったばかりのチーズに乾燥の魔法をかけ、塩水で洗い――加熱し消毒した壷に入れ、熟成のための魔法をかける。
あまり殿下を待たせても拙いので、魔法で10分ほど熟成させる。平だと1ヶ月ぐらいの熟成だろう。
「食べてみますか」
ナイフで切って、殿下とラジルさんに渡す。
「うむ……む! 中々美味いな」
「これは酒が欲しくなりますなぁ」
ラジルさん、それはちょっと自重してください。
「こういう食べ方もありますよ」
切ったパンにスライスしたチーズを乗せて、干し肉を乗せて魔法で加熱する……そう、なんちゃってピザだ。
「これは、美味い!」
――と言いながら、殿下がピザモドキをパクついている。
師匠も食べたそうにしているが、師匠も自重してください。後で食べさせてあげますので……。
「いかがでしょう、日持ちするものですので、旅先でもこういった食事をする事が可能になるわけで、もちろん栄養も豊富です」
「素晴らしいが、欠点はコレか」
殿下の視線の先には子牛の亡骸と取り出した第四胃がある。
「そうです、作るためには子牛を一頭犠牲にしなくてはなりません。成牛では使えませんが――それでも、農家の副業とか臨時収入の元としては、中々優れていると思いますが」
「しかし、これをどうやって、金にするかだな」
「出来上がったチーズの直販を認めず、全部国で買い上げるのもありだと思いますが……殿下の御机に書類の山が増えてしまうでしょうね」
「うぐっ」
「ならば順当に、御用商人のような仲買に全量任せるのがいいと思われます。その売り上げから税を徴収すればよろしいかと」
チーズは農家から市場への直販を認めず、国指定の仲買を通す事になった。
どの道、作るためには子牛を犠牲にしないとダメという制限があるため、チーズはかなり高価な食品になるだろう。
高価となると、王侯貴族や金持ちでないと、簡単には購入できないと思われる。
それなら、商人を通した方が話は早い。
「ショウよ、金持ちの王侯貴族や商人から金を毟って、農家や貧しい家へ分配する。こういった商品をもっと開発してたもれ」
「承知いたしました」
「あのような豚共に金を持たしていても、世の中の無駄だ」
「……」
俺は黙って頭を下げていた。
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使った子牛はそのままお城に出入りしている、肉屋へ卸されて引き取られた。
こういった、お城へ○○を何個卸してる……という情報は機密であり、厳重に口止めされている。
食料から、警備の人数を推測したりとか、役人○○殿は○○が好物とかいう情報が漏れると、それを狙って毒物を混合される場合もある。
ファーレーン城は、地味な城で派手さもまったくないが、そういった内部規律に対してかなり厳しい。
怪しい人物は、真学師による感応通信尋問を受けるから、言い逃れ不可能だ。
例えば、お城で顔役な真学師の俺でも、顔パスなどは許されず毎回セキュリティ用の魔石の提示を求められる、といった具合だ。
「ん~美味しい」
工房へ戻ってきて――師匠がニコニコしながら、俺が作ったピザモドキを食べている。
「美味しいねぇ~」
そして何故か、ステラさんもいる。
「なんで、ステラさんがいるんですか、私が食う分がなくなりましたよ?」
「いいじゃん! ケチケチすんなぁ」
「まったく……」
この人に何を言っても無駄なので、諦めてピコを淹れよう……。
「それにしても、コレって子牛しか使えないの? なんでぇ?」
「子牛が母親のミルクを飲むからですよ、その消化のために必要なんです。そして成牛になると草を食べるので必要なくなると――」
「あ~、なるほどねぇ、上手く出来てるねぇ」
「しょうがねぇ、バタートーストでも食うか」
竈に火を起こして、ラケットみたいな網にスライスしたパンを挟んで焼く。
この網も俺が作ったのだが、肉を焼いたりするのにも使えるし――分厚く切った肉を、網に挟んで強火の遠火で焼くと、これが美味い。
肉汁が滴る分厚い肉にかぶりつく――実に原始的だが、そこには本能に逆らえない何かがある。
焼き上がったパンにバターを塗ると、すうっと溶ける。
フレッシュバターは凄い柔らかくて、そのまま食べても美味い(身体には超絶悪いが)
「それも美味そうじゃん!」
俺が食おうとしていたバタートーストをひったくられた。
「ちょ、ちょっとステラさん」
「ショウ、私も食べたい……」
「……解りました」
結局、パンを全部食われて、俺は肉を食うことにした。





