27話 美しいその丘は
「な、なにがどうした……?」
自分の工房に戻った俺は、部屋の惨状に絶句。
食卓の後ろにある、俺のベッドに素っ裸の師匠――しかも、あられもない大股開きで果てていた。
ベッドやシーツは濡れてグシャグシャである。
俺は、恐る恐る素っ裸の師匠へ近づくと、状況を確認する。
「し、死んではいない……な」
師匠の顔に俺の顔を近づけると、息をしているのを確認した。
しかし、いったいなにがどうしたってんだ? この状況はどうみても、アレの後である。
「魔法? 薬物? いや……」
俺は、部屋を見渡すと――食卓の上に置かれた、蜘蛛で作った代用チョコの入った銅製のボウルに注目した。
「かなり、減ってるな……。 やっぱりコレかな?」
ボウル一杯に作った代用チョコがほとんど食われていた。
「だから、注意してくださいと言ったのに……」
俺はマジで呆れていた。
おそらくは――状況から鑑みて、この蜘蛛チョコは強烈な媚薬として作用したのであろう。
毒慣れしてる師匠でもひっくり返るとはかなり強力である。
しかも、苦しむような毒ではないので、彼女の対処が遅れたとみた。
「しかし……」
見事な丘である。
俺は、師匠の裸をみながら――古来から何でも出来る証といわれる2つの胸の膨らみに見とれていた。
ここに至って、師匠の裸を労せず堪能できてしまったわけだが、あまり嬉しい状況ではない。
むしろ、近所の憧れのお姉さんを訪ねたら、玄関先でいけない場面に遭遇してしまった如く、居たたまれない気持ちで一杯。
正直ドン引きである。
これがエロゲなら、エロシーンに突入しちゃうところだろうが、現実にこんな場面に遭遇してもひたすら引くだけで、そんな気分にはどうしてもなれない。
「シーツを洗って乾かしたいんだけどなぁ……はぁ、どうしよう」
俺は、棚からタオルを取り出すとベッドに引いて、裸の師匠には毛布を被せた。
このタオルは、俺が元世界から持ってきたオリジナルではなく、こちらの世界の技術でコピーしたものである。
「そのうち起きるだろう」
諦めた俺は、仕方なく晩飯の準備を始めた。
------◇◇◇------
今日の晩飯は、豚汁と蟹チャーハンならぬ、蜘蛛チャーハンにしよう。
豚汁を作って、飯の準備をしていると、後ろのベッドで起き上がる気配がした。
「師匠! 大丈夫ですか?」
「……」
彼女は、何も言わないが、黙って頷いている。
ちょっとぼうっとしてたようだが、意識がハッキリしてくると自分が裸だと気がついたようで、毛布を手繰り寄せて身体を隠している。
「大丈夫ですよ、何もしてませんから」
「……なんでなにもしないの?」
「なんでって……」
師匠は裸のまま、なんだかモジモジしている。
「なんでって――いいですか? 師匠が自分の部屋に戻って、師匠のベッドの上で俺がチ○ポ握って腰を振ってたら、どう思うんですか? 師匠は喜びます?」
「う……ぐぅ……」 涙目になる師匠。
「解ったら、早く服を着て下さい。 シーツ洗って乾かしたいんですから」
「いやぁぁぁぁ!」 叫びだすと、枕とか毛布を俺に投げつけてきた。
「ちょ、ちょっと、師匠!」
「ショウの馬鹿ぁぁぁぁ!」
俺が、毛布に絡まってジタバタしていると――師匠は、ベッドから汚れたシーツを剥ぐと、そのまま身体に巻き付けて部屋から逃亡してしまった。
「……しょうがねぇ、マットだけ干すか……」
師匠の毛布攻撃から復帰すると、ベッドからマットを剥がして、外へ放り出した。
「魔法を使わんでも、乾くだろう」
俺が、工房の外で色々とやっていると、ニムがいつのまにか立ってニヤニヤしていた。
「なにしてるにゃ?」
「何って乾かしてる」
「したのかにゃ?」
「したのか」 とは、アレの事だろう。
「やってねぇよ、師匠が自爆しただけだ」
「なんだ、そうかにゃ」
ニムは、なんだか――にゃにゃって感じで笑ってる。
裸の師匠が、シーツ巻いて走っていったので、何事かとニムが様子を見にきたらしい。
そうしたら、マットを乾かしてる俺がいる。 ああ、これはアレだろう……という判断らしい。
まったく、通常ならその通りだろうが、まさかこんなことになろうとは。
「ニム、師匠の服を畳んで、靴と一緒に師匠に返してきてくれ、師匠が出てこなかったら、扉の前に置いてきていい」
「わかったにゃ」
「それと、新しいシーツ一枚」
この件は殿下に報告しなくては、ならないだろう。
シーツを持ってきたニムと一緒に、豚汁と蜘蛛チャーハンを食う。
ニムは美味い美味いにゃ~と、オカワリをしていた。
------◇◇◇------
「なんと、媚薬とな」
驚く殿下を前に、蜘蛛チョコの効能を説明する。
「はい、しかも師匠がひっくり返るような、かなり強力な物です」
「う~む……」
「いかがいたしましょう?」
「よし! すぐに量産化の計画に入る」
「本気ですか? かなり危険な物だと思いますが……」
「いや、媚薬なら媚薬として、コレまた大枚を叩く輩はいる」
なにやら、殿下が黒い笑いを浮かべているのが気になるが――。
「承知いたしました。 仰せのままに……」
俺は作る人、それを売るのは殿下だ。 何かお考えがあるのだろう。
元世界でも、媚薬とか強壮剤の類は飛びつく人もいたし、ネタにされる事も多かったからなぁ。 この世界でも、そういう需要はあるとみた。
もう一つ問題が……。
師匠がまったく出てきてくれなくなってしまったのだ。
まるで、天の岩戸である。 閉じこもったまま反応なし。
部屋の扉の前に置いた師匠の服は回収されているので、夜中に出てきているのかもしれないが――。
城の食堂にも顔を見せないので、メイドさん達も心配しているようだ。
ルミネスさんをはじめメイドさん達にも事情を説明したところ、非難轟々である。 もちろん、師匠の面子もあるだろうし、詳細を明らかにはしてはいないが……。
どうやら、俺が全部悪いらしい……マジで?
ニムはある程度状況を知っているので、何も言わず黙っている。
まあ、確かにチョコを作ったのは俺だけどさ……。
師匠の部屋の前で、ワイワイ言い合いをしていると、ステラさんがやってきて――メイドさん達に事情を聞いている。
「ショウ! 君も中々やるねぇ、何? ルビアに食わせるためにわざわざ媚薬なんて作ったの?」
ステラさんが、いやらしい笑いを浮かべながら、俺と肩を組んでくる。
「まさか、偶然ですよ、偶然! それを師匠が沢山食べてしまい、そのせいで効果が出てしまっただけで……」
「ふううん。 でも、奴のは凄かったろ?」
エヘヘと笑いニヤニヤしている。
「いいえ、私が見つけたのは、事後だったのでそういうのは……」
「じゃあ、ベッド凄かったでしょ? ビショビショで」
「ち、ちょっと、ステラさん」
「そうかぁ~、お漏らしルビアちゃん昔のままかぁ」
――と、言ってゲラゲラとステラさんが笑いだした途端、師匠の部屋の扉がバン! と開いた。
「ちょっと! この糞エルフ!」
「あ! お漏らしルビアちゃんだぁ、アハハ」
出てきた師匠は、寝巻き姿で髪はボサボサ、目の下は隈が出来ていた。
「師匠! 大丈夫ですか? スミマセン! 私が、変なチョコを作ったばかりに」
「そ、それは、いいんだけど……ショウ?」
なんだか、師匠が両手を身体の前で組み、モジモジしている。
「はい?」
「私の事嫌いになった……?」
「そんな事あるわけないじゃありませんか」
「ホントに?」
「ホントですよ」
師匠は安堵した表情を浮かべている。 どうやら、媚薬の効果が完全に抜けたら、自分のやった事に対する自己嫌悪で外に出られなくなってしまったらしい。
まあ、やった事がやった事だしなぁ。
俺が同じような目にあっても、師匠と顔を合わせるのは辛いところだろう。
そこら辺をフォローしない俺が悪い! というのが、女性陣の見解らしい。
「というわけで、3人でやろうぜ! 仲直りするためにさ」
ステラさんは、師匠に抱きつき始めた。
「というわけでって何がというわけなんですか、私と師匠の話に、ステラさん関係ないじゃありませんか」
「んもう、最近ルビアも冷たいしさぁ、昔みたいに仲良くやろうよ。 ンフフ……」
「ちょ、ちょっと止めて!」
後ろから師匠の胸を揉もうとして、手を叩かれている。
「え? え~? 師匠とステラさんってもしかして……そういう関係なんですか?」
この世界で、同性愛はあまり誉められた行為ではない。
メイドさん達も、なにやらヒソヒソ耳打ちをし合っている。
たまにメイドさん達もステラさんの部屋へ引き込まれそうになる事があるらしい。
「そうそう、あの時はルビアもちっちゃくて可愛かったんだよ」
「あうう……若さゆえのなんていうか、その……」
「ちなみに、師匠が何歳頃の話ですか?」
「ん~、14歳ぐらいかな?」
ステラさんは口に指を当てて、天を仰ぐように記憶を辿っている。
「はぁ、なるほど~、それじゃ14歳のちっちゃくて可愛かった師匠の目には、ステラさんが格好よくて優秀な頼りがいがある素晴らしいお姉さんに見えちゃった訳ですね」
「はうう……気の迷いだったのよぉ……」
その頃の自分を思い出して、うなだれる師匠。
師匠は、あの頃の自分を助走をつけて思いっきりぶん殴りたいと言い出す始末。
人に黒歴史ありか……。
「その素晴らしいお姉さんに見えたステラさんが、のべつ幕なしのやりまくりの取っかえ引っかえだったので、嫌になっちゃったのか」
「そうなのよ!」
ガッ! と両手を握る師匠。
「まあ、確かにコレじゃねぇ……」
俺も、メイドさん達も一同に顔を見合わせて、ウンウンと頷いている。
「なんだよ、君達は! 私に対する愛はないのかぁ!」
「「「「「「ありません」」」」」」」
「うぐっ」
ステラさんは、全員一致の見解の大合唱に、思わず仰け反った。
「ああん、酷いじゃない。 なんでルビアには優しくて、私には冷たいのさぁ」
再び、ステラさんは俺に抱きついてきた。
「ちょっと止めてください、もう。 お城の奴らと、穴兄弟とか嫌ですよ」
「穴ぁ? なにそれ!」
師匠は暫し考えていたが、意味に合点がいったらしくて、「ブッ!」 と吹き出した。
ニムはにゃにゃと笑い、ルミネスさんは下を向いて赤くなっている。
皆の反応を見てから、言葉の意味を改めて考え直したステラさんだったが――意味が解ったようだ。
「なにそれぇ、そんな酷い事初めて言われた!」
ステラさんが怒っていると、ニムが変な事言い始めた。
「それじゃ、ウチらは竿姉妹にゃ」
「はぁ? 竿って誰の竿だよ」
「そんなのショウ様のに決まってるにゃ」
「ちょっとまて、そんな事、何時やったんだよ」
「これからやるにゃ」
ニムは俺に抱きついてくると、顔をスリスリとすり寄せてきた。
俺が頭を撫でつつ、その手を喉に持ってくると、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「なんで、俺がいいんだ?」
「ショウ様は優しいし、美味しい物を沢山食べさせてくれるにゃぁ……。 だから初めてはショウ様って決めてるにゃ」 イカン、すっかり餌付けしてしまったようだ。
「そうか、初めてなのか、そりゃ責任重大だな。 でも、獣人の男じゃなくていいのか?」
「あいつらやる事しか考えてないにゃ! 女を思いやる心のカケラもないにゃ!」
「そうなのかぁ……。 俺もそんなに変わらないと思うがなぁ」
「そんな事ないにゃ、ルミネスもショウ様がいいって言ってたしにゃ」
「え? ルミネスさんも?」
ルミネスさんを見ると、真っ赤になって下を向いている。
「不束者ですが……」
「ルミネスは知的とかいう奴がいいそうなんだにゃ」
知的か……。 確かに街の奴らでそういう連中は皆無だし、学者と言われる人達も爺が多かったなぁ。
果たして、俺が知的かどうかはわからんのだが。
「マジでか。 もしかしてモテキなのか?」
ニムの尻尾をなぞるように撫でると、尻尾が俺の腕に絡みついてくる、その手を尻尾の根元へモミモミするようにスライドさせると――ニムは「んなぉぉん」 という甘い声を出した。
「これってば、俺にも春が来たのかよ~なんて――あいだだだだ! ぎゃぁ! 痛ぇええ!」
師匠の部屋の扉がバタン! と勢いよく閉まった。 この痛みは、師匠の痛い魔法らしい。
「ショウの馬鹿ぁぁぁっ!」
今度は、ステラさんの長い脚から繰り出された蹴りが、俺の脇腹を捉えて――俺はニムの前から吹っ飛ばされた。
師匠とステラさんのツープラトン攻撃を喰らって、のたうち回る俺。
師匠はいいんだが、ステラさんはマジで勘弁してほしいんだけど……。
------◇◇◇------
後日、蜘蛛チョコの媚薬としての効果実験が行われた。
師匠はトラウマがあるのか、不参加。
有志によるメイドさん達と、ステラさんがつき合ってる。
興味津々のステラさんも食べてみたが、多めに食べてもなんの効果もなし、ニムも同様であった。
どうやら、エルフと獣人には効果がないようで、人間のメイドさん達は3~4個辺りで、おかしくなった。
「なるほどな、これは凄い効果だの。 ルミネス大丈夫か?」
媚薬の効果に、実験に立ち会ってる殿下も驚きだ。
だが、実験に参加していたルミネスさんに、ちょっと効果が強めに出てしまったようで、激しい息遣いをし始めた。
「ルミネスさん大丈夫ですか?」
――問いかけた俺に、ルミネスさんが抱きついてきた。
「ルミネスって呼んでください。 ニムは呼び捨なのに……何故ですか……」
「え? ああ、ルミネス大丈夫?」
「ふぐうう……あまり大丈夫ではありません」
ルミネスが呼吸を荒くして、俺に抱きつく腕に力を込めてくる。
俺は、彼女の柔らかい銀髪を撫でながら、ステラさんに質問してみた。
「ステラさん、症状を和らげるのに使えそうな魔法はないんですか?」
「んあ? 解毒でなんとかなるかなぁ」
早速、試してみたが、効果はなし。
「毒じゃなくて、魅力とかに近くありません?」
「ん~? その考え、ちょっと面白いね。 でもダメだろうね」
その様子を眺めていた殿下から、何やら黒い妖気が漂ってくるようだ。
「治療魔法も効かないとなると、コレは使えるかもしれんな」
「いったい、何にお使いになるつもりで?」
「ショウは知らんでも良い事だ」
「はぁ……」
やっと、ルミネスが俺から離れる。
「どれ、妾もご相伴にあずかるかの」
――そう言うと、殿下が俺に抱きついてきたので、驚いた。
「殿下、お戯れを……」
「よいではないか、其方は妾のものだぞ」
「そうですが……」
彼女の柔らかい感触と、微かな体温。 鼻孔を擽る香りに、思わず抱いた手に力を入れそうになってしまう。
いや、ちょっと待て! 落ち着け、俺!
「ずるい! ずるいよ! 私もするぅ!」
「ステラさん、いい歳して、黙ってください」
「うるせぇ! 歳は関係ないだろ! 歳は!」
ステラさんが長い脚をブンブン振り回して、蹴りを入れてくるのを、殿下を抱いたままクルクルとダンスを踊るように避ける――殿下は「あはははっ」 と楽しげに笑い声をあげた。
------◇◇◇------
それから、しばらくしてその蜘蛛チョコは密かに販売された。
表向きは、滋養強壮と病中病後の栄養補給。
実際、その効果ももちろんあるのだが、商人が売るときには、ひっそりと別の効果も伝えられた。
「これは滋養強壮と病中病後の栄養補給の薬でございますが、実は――アッチの方にも凄い効き目がございまして、もうバッキンバッキンのバキーン! でございますよ」
などという下品な売り文句と共に、売りさばかれた。
一枚の蜘蛛チョコの値段は一枚金貨2枚(40万円)とかなり高価だが、実際に凄い効き目なのだ――噂が噂を呼び、大商人や王侯貴族に飛ぶように売れた。
マジで男にも女にも効く、超強力バイ○グラみたいな物だからな。
それで済めば良かったのだが、そのうちオーバードースによる、腹上死の噂がちらほら聞こえるようになったのだ。
王侯貴族が、腹上死なんて不名誉も甚だしいので、本当の死因は伏せられたが、その数はダース単位にのぼると噂された。
蜘蛛チョコの発明者が俺だと知られていたので、魔女の弟子の「悪魔」だとか陰口を言われるようになり――。
俺はそんな事は気にしないのでどうでもいいのだが、ファーレーンと殿下に影響があるんじゃないかとちょっと心配になってしまう。
「殿下、かなり犠牲者が出てしまってるようなんですが、よろしいので?」
「ああ、ショウは心配することはない」
俺の疑問にも、何故か殿下は上機嫌だ。
「殿下?」
「くっくっくっ、あはははっ! 妾のぶち殺したい一覧の上位に連ねた老害と豚共が、悉く地獄へ落ちたわ! ほんに、其方は愛い奴だのう……」
そう言って、殿下は俺に抱きついてきた。
「では、わざわざそのために?」
「そうだ、くっくっくっ……こんなに上手くいくとはな……」
殿下は、俺の胸に顔を埋めたまま、薄ら笑いを浮かべていた。
殿下に抱きつかれたまま、俺は――背中をびっしょりと濡らしていた。