26話 ウ〇コ蜘蛛の真の価値は
チョコレートを作るために材料として、巨大な蜘蛛を捕獲した俺は、背中に蜘蛛を担いで――やっとお城へ帰ってきた。
俺の背中でガサゴソを蠢く袋を、不気味そうな顔で見ている門番を尻目に、自分の工房へ急ぐ。
工房へ戻り、台所で道具を準備すると、気合を入れた。
「よっしゃ! やってみるか」
袋の一つに再び冷却魔法を掛けて、蜘蛛を黙らせてから取り出す。
蜘蛛の胸部を落としたいが……毒が、俎板やシンクに広がると面倒だな……。
蜘蛛を外へ持っていき、レンジ魔法で加熱――そのまま腹部を切り離した後に、胸部から脚を切り離した。
頭部と胸部は瓶に入れて、そのまま後で森に捨ててこよう。
そういえば――こいつの毒は麻痺毒だったな、麻酔とかに使えないかな?
以前、師匠から喰らった麻痺魔法は、動けないだけで感覚があるんだよね。
あれじゃ、麻酔には使えないから、こいつの毒はどうなのか?
色々と利用できるかもしれない。
さて、加熱したら――ウ〇コ色だった体色が紫色になったんだが、なんでこんな色になるのか。
まあ、蟹にも紫のやつはいるから、そういうもんだと思えばいいのかもしれないが……。
加熱して湯気が立ってる蜘蛛の脚はタラバ蟹の脚みたいだが……果たしてコレは食えるのか。
川で捕まえてきたメダカのような小魚が入った小瓶に、その肉を少し入れてみた……。
白身が水面に落ちると、肉に寄ってくる小魚。
なにやら懸命に突ついて食べている。
「マジか、大丈夫そうだな」
魚の生理機能と人間の生理機能は違うので、100%安全とは言い難いが――脚の殻を割って、少し口へ入れてみた……。
「う……美味い? 美味い! マジで美味い」
なんだこれ、蟹より美味いかもしれん。
蟹チャーハン食いてぇ! 蟹だよ! 蟹!
いや、待て待て、落ち着け俺! 目的はそうじゃねぇんだ。
しかし……。
「師匠~!」
俺は師匠の部屋に駆け込んだ。
「一体なんだと言うのです」
「師匠、コレ美味いっすよ! 食べてみてください」
俺が付きだした、得体の知れない物体を見て、師匠が訝しげな表情を浮かべる。
「え? コレって……まさか」
「ウ〇コ蜘蛛です」
「いやぁぁぁぁ!」
師匠は、俺が突き出した蜘蛛の脚から逃げようとして、椅子から転げ落ちそうになった。
「師匠、まさか蜘蛛が怖いとか?」
「怖いのではなくて! なんでそんな物を食べないとダメなのです!」
「え? 美味いですよ? しかも、物凄く」
俺は、蜘蛛の脚の殻を剥いて、ムシャと齧ってみせた。
「ぎゃぁぁ! 食べて見せなくていいのです」
「師匠、ゲテモノだからとか気色悪いとか、真理を追究する真学師としてどうなのですか? それって、思考停止なんじゃないですか?」
「なっ!? いいでしょう、そこまで言われて、食べないわけにはいきませんね」
「いやぁ、無理する必要はないと、思いますよ」
「よこしなさい!」
師匠は、俺の手から蜘蛛の脚を奪い取ると、目を瞑って恐る恐る口へ運んだ。
「う……」
口へ手をやり、吐き出しそうな顔をするが……
「……凄く美味しい……」
「でしょ?」
嬉しそうに師匠に問う俺に対して、師匠はなんだか悔しそうな複雑な顔をしている。
「あ! こんなことしてる場合じゃなかったわ、それじゃ師匠――それ食べてください」
「ショウ!」
何か言いたそうな師匠を振り切って、再び工房へ戻ってきた。
脚じゃねぇんだ、本命はこっちなんだよ。
残りの脚は冷却魔法で冷凍して、保存用の瓶の中へ入れ、蜘蛛の腹部を大皿に乗せると分解し始めた。
腹を割くと、真っ赤な体液が流れ出る。
「蜘蛛の血って赤かったかな? まあ、前の世界の蜘蛛とは違うし、そもそも形が似ているだけで蜘蛛じゃないかもしれん」
腹の中を箸で探る。
「消化管は要らねぇ、糸を作る器官も要らねぇ、こりゃなんだ? 卵か?」どうやら♀らしい。
加熱してあるから、寄生虫とか細菌も死んでるだろう。
使えそうなのは、心臓らしき器官と体液か。
暗い赤色の体液を掬うと、小魚の入った小瓶へ入れてみるが、小魚は平気なようだ。
これがマジでチョコの原料になるのか……? 箸の先を浸して、恐る恐る少し舌へ乗せてみる。
「苦い!」
――とは言え、薬的苦さじゃなくて、コーヒーのような苦さだな。
先に用意してあった、水飴と混ぜてみた。
「なるほど――チョコっぽいと言えば、チョコっぽいが、決定的にコクが足りない!」
ネットで見たタランチュラの記事では焼いて食ってたみたいだし、少し炒めてみよう。
「香ばしくなった気はするが、やはりコクが全然足りない! やっぱり脂肪分が全くないせいだろう」
となると、生クリームとバターか。
チョコの原料のカカオも、カカオバターとか取れるぐらいに油の塊だから、やはり脂肪分が必要なんだろう。
生クリームとバターを作るために、牛乳を買ってこなきゃイカン!
そのままダッシュでお城を飛び出ると、いつも飯を食うときにミルクを飲んでる店――燦々亭へ向かう。
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「こんちわ~。女将さん、ちょっと教えて欲しいんだが、ミルクってどこで買えるんだ?」
「あら、ショウ様。ウチは懇意にしてる農家から、直接譲ってもらってますけど……」
昼を過ぎ、客足が落ち着いたところで、女将さんはテーブルなどを拭いて整えている。
「ちょっとミルクを至急欲しいんだけどな」
「どのくらいでございますか?」
「瓶に一杯ぐらい……」
「ウチにある分をお譲りしてよござんすけど」
「そうか、頼む! いくらだ?」
「ええと、小四角銀貨2枚(1万円)……」
「よし! 買った!」俺の勢いに押されて、しどろもどろになってる女将さんに銀貨を握らせて、ミルクの入った瓶を貰う。
瓶に重量軽減の魔法を掛けて、担いで大急ぎで戻った。
工房へ戻ると――師匠が訪れてきていて、ミルクの入った瓶を見るなり、師匠は俺に質問を浴びせてきた。
「ショウ? コレはいったい何をしているのです」
「はい、チョコレートを再現しようとしてます」
「チョコレートってアレですか?」
「はい、アレです」
「このウ〇コ蜘蛛で?」
「はい、ウ〇コ蜘蛛で」
師匠はまたなにやら複雑な表情をして、何か言いたそうな顔をして、口を動かそうとしている。
「そんなのデキッコナイス! とは言わないんですね」
「そんなことを言ったら、また貴方から思考停止だのなんだのと暴言を吐かれるでしょ? まったく師匠をなんだと思っているのですか」
師匠にしてみると、かなりキツイ暴言と取られてしまったようだ。
「師匠ともあろう偉大な真学師が、私のような小物の戯言を気にするなんて、師匠の名声に傷が……イタッ! アイタタタ、ぎゃぁぁ!」
どうやら、師匠の痛い魔法らしい、ロッドの攻撃も面倒になったので、魔法に切り換えたのか。
「うぎゃぁぁ! スミマセン! 調子に乗りました!」
「ふう……」
師匠は深いため息を吐いて、魔法を止めた。
「はぁ、マジで痛ぇ……。ホントにできないと思っていらっしゃるなら、また賭けをしますか? 」
「しません! もう貴方とは賭けをしないと、言ったでしょう。ショウが怪しい行動をするということは、何か勝算があってやっている事でしょうから」
「そんなに私を評価していらっしゃるのなら、何故、私の行動を否定から入られるのですか?」
「う……ぐ……」
師匠は気まずそうな顔をしている。
これ以上突っ込みを入れるのは藪蛇になりそうな予感がするので、とりあえず師匠は放置――チョコの仕上げに専念する。
城の資材部から太いティッケルトを運んでくると、適当な長さでカットして、水筒のような入れ物を作る。
そこにミルクを入れて、俺が作った回転砥石に括りつける。
「即席、遠心分離機の出来上がりだ」
しばらくグルグル回して、ティッケルトを割ってみると、上手く分離している。
「それは、何をしているのです?」
「蜘蛛で作った代用チョコにコクが足りないので、ミルクの脂肪分を取り出して、添加したいのです」
ちなみに、日本で売ってるような市販の牛乳は、後処理がしてあるので生クリームは取れない。
牛から直に搾った生乳じゃないと、生クリームもバターも取れないのだ。
ちょっと多めに生クリームを作り、2/3を銅製のボウルに入れる。
この銅製のボウルも俺が作った物だ、内張りに錫が張ってある。
生クリームが入った銅製のボウルを魔法で冷しながら、ゆっくりと攪拌していくと、徐々に黄色い脂肪分が塊になってくる。
これが、バターだ。
「それが、ミルクの脂肪分なのですね」
師匠が興味深そうに覗き込んでいる。
「そうです、 このまま食べても美味しいですよ」
「え? このまま?」
俺は戸棚から、パンを取り出して少々切り分けると、生クリームには水飴を入れて、バターには岩塩を練り込んで、それぞれをパンに塗って、師匠に食べさせてみた。
「……凄く、美味しい」
怖い師匠もやっぱり女性だ、美味しい物には目がないらしい。さっきまでの不機嫌さを忘れたかのようにニコニコしながら、パンを頬張っている。
師匠の機嫌も直ったようなので、作業を続行する。
別のボウルに、蜘蛛から作った代用チョコ+生クリーム+バターを入れて、味見をしながら湯煎しながら攪拌すると、暗赤色だった代用チョコは鮮血色になった。
日本でチョコが出始めた頃、牛の血を固めたなんて噂が広まったらしいが、この代用チョコはマジで血を固めた物で、真っ赤な血の色だ。
最後は、魔法で冷やして、乾燥の魔法で粘度を調節して、完成!
ボウルの中で固まった代用チョコを包丁の柄で砕いて、一かけらを口に入れてみる。
「……美味いじゃん。あれ? 俺が持ってた、元世界のチョコより美味くね?」
新鮮な材料に生クリームもバターもたっぷりだから、元の日本製市販のチョコよりは美味くなるのはありえる話だ。
「師匠……」
師匠は、俺が勧める前に代用チョコに手を伸ばして、その美味さにニコニコしている。
「美味しいですよね?」
「ええ」 師匠からのお墨付きを貰ったので、味のほうは大丈夫だろう。
――と、思っていたら、師匠が2つ目を食べようとしている。
「師匠、まだ完全に安全性を確認したわけではないので、あまり食べないほうがいいですよ?」
「私は大丈夫です」
俺の忠告を聞くつもりはないらしいが――。
まあ、昔から自分で毒味を繰り返して、毒には強い体質の師匠の事だから、大丈夫っちゃ大丈夫か。
本人は解毒の魔法も持ってる事だし。
「私は殿下にこのチョコを報告してきますので」
一応、師匠に話掛けたが、チョコに夢中な様子で聞いていないようだった。
チョコを一かけ小皿に乗せて、殿下のもとへ向かったが――。
メイドさんから話を聞くと、殿下は執務室に居るらしいので、チョコを持って押しかけた。
「殿下! ついに完成しました」
俺は、チョコの皿を持ったまま、殿下のいる執務室へ飛び込んだ。
「いったいなんだと言うのだ、騒々しい!」
殿下は、机に座って羊皮紙のスクロールやら黒板の山と格闘していた。
俺が作った紙もそれなりに生産が始まっているが、まだ一般には普及していない。
タイミング良くラジルさんも一緒だった、これは好都合。
「コレですよ、コレ」
俺が、小皿に乗せた赤い欠片を見せると、最初不思議そうに覗きこんでいた殿下の表情が、狂喜へと変わった。
「ん? おおおおっ! コレはもしかしてアレか!」
「そうです、アレです」
「そうか、でかした!」
「とりあえず、私と師匠が味見をして、師匠にはお墨付きを貰いましたが……」
「よし、早速妾にも食わせてくれ!」
「まだ完全に安全性が確認されていないので、少量で申し訳ないのですが……」
殿下は、俺の話もロクに聞かないで、小皿に乗った代用チョコを摘むと口へ放りこんだ。
「む! むむむむ! おおっ! おおおおっ!」
頬に手を当てた殿下が、なにやら叫んでいる。
「いかがでございましょう?」
「コレはまさしくアレではないか! 良くやった! もうないのか?」
「いや、ですから、完全に安全性が確認されていないので、量は控えてくださいと申し上げましたでしょう?」
「それはちと、残念だが……よし! ラジルよ! 早速製法を確立して、量産を急げ!」
「ははっ!」
ラジルさんが頭を下げたのだが――いや、ちょっと待って。
「え? 量産するのですか?」
「当たり前であろうが、金が余ってる王侯貴族なら金貨1枚でも2枚でも、惜しまぬと思うぞ」
「まあ、殿下は3枚お支払いになりましたし。しかし、まだ安全性が……」
「ショウとルビア殿が食べて問題ないのであろう? その他は些細な問題だ。それにしても、原料はどうしたのだ? ショウの話であれば、原料はもう手に入らないと申したであろう?」
「その事から、代用品を見つけた次第でございますが……」
「何を使ったのだ?」
「それはお知りにならないほうが……」
殿下は机をバン! と叩くと言葉を続けた。
「戯け! 原料を知らねば、量産できぬであろう!」
「どうしてもお知りになりたいと……」
「当たり前だ!」
「それではその原料を持ってきますので」
俺は、殿下の気迫に押されたまま執務室を出ると、自分の工房へ取って返した。
工房へ戻ると、師匠が自分の黒板を沢山持ち込んで、代用チョコをポリポリ食いながら、それを読みふけっていた。
「師匠、そんなに食べて大丈夫ですか? まだどういう副作用が出るか、解らないんですよ? 腹痛やら、下痢やらが起きるかもしれません」
彼女は、そんな俺の問いかけにも、まったく聞く耳を持っていないように、黒板から目を離さない。
仕方ない、俺は蜘蛛の入った袋と、切り下ろして凍らせた蜘蛛の脚を一本掴むと、殿下のいる執務室へ戻った。
そして、殿下に代用チョコの材料を見せた――。
「原料はコレでございます」
俺は、冷却魔法で動かなくなっている袋の中の蜘蛛を掴むと、殿下の前へ差し出した。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! そ、それはウ〇コ蜘蛛ではないか!」
殿下は、蜘蛛を見るなり、叫んで後ろへ飛び退いた。
やっぱり、ウ〇コ蜘蛛なのか……。
「そうです、コレが原料でございます」
「なんという物を食わせるのだ!」
「殿下はそうおっしゃいますが、動物やモンスターの身体の一部から、薬や霊薬の類を作るのは珍しい事ではありませんでしょう? コレは薬だと思ってくださいますよう」
「そうですなぁ」
ラジルさんは腕を組みながら、蜘蛛を見つめ――殿下は口へ手をやり、うめき声を出して青い顔をしている。
「ラジルさん、チョコもそうですが、この脚が美味いんですよ!」
「本当でございますか?」
「食べてみます?」
蜘蛛の脚をラジルさんの前へ差し出すと、彼は乗り気だ。
「うむ、いただきましょう」
まじで?
冷凍になっている、蜘蛛の脚を魔法で再加熱すると、紫色になりホカホカと湯気が立ち昇る。
しばらくそれを見つめていた、ラジルさんであったが……男らしくガブリと一齧りした。
「む! ……ふおおおおおお! 畜生! なんてこったい!」
地が出ているラジルさんが思いっきり叫ぶ。
この「なんてこったい!」の意味を聞くと、糞蜘蛛なんてガキの頃から散々見てるのに、こんなに美味しい物を数十年間見逃していたなんて、俺の人生返しやがれ畜生! という意味の「なんてこったい!」らしい。
「ショウよ……量産を検討するので、暫し待て……」
「承知いたしました」
すぐに量産→暫し待てに格下げしてしまったな。まあ、仕方ないかもしれない。
その後、ラジルさんとその他のアイテムについて、色々と打ち合わせをしてから自分の工房へ戻った。
「師匠? まだいます? 原料が原料なんで暫らく検討するらしいですよ……う、うわぁぁぁぁ! な、何事だ……」
自分の工房に戻った俺は、部屋の中の惨状を見て――入り口で愕然、そして凝固した。





