25話 材料がアレな、代用チョコ
ゴンゴロゴロゴロ……
目の前で、回転砥石が回ってる。
俺が自作したナイフを、回っている砥石に当てると、チイィィィンという音と火花を散らし削れていく。
いままで、ナイフやら自作のパーツの製作を、普通の砥石やヤスリでの成形で行っていたが、あまりに大変でちょっと辟易していた。
その労力から逃れるためにこの回転砥石を作ってみたのだが、時間が節約できれば他の作業へ時間を振ることが出来る。
この機械は、元世界のベンチグラインダーに相当する物だが――似たような物を、日本刀や和刃物を製作する所で見たことがあるような気がする。
本当はベルトサンダーを使いたいところだが、そんなものがあるはずもない。
砥石が回転する原理は、足踏みミシンと一緒だ。
踏み板にリンクが繋がっていて、タイミングよく踏み板を踏むと、ドラムが回りだす。
だが、足踏みミシンというよりは、曾祖父さんの納屋にあった足踏み脱穀機を思い出すなぁ。
足踏み脱穀機は、足踏み式の回転ドラムに鉄のワイヤーを曲げて作ったトゲトゲが取り付けられていて、それに脱穀したい穀物を当てると、脱穀できるという代物だ。
納屋でそれを見つけた幼い俺は、そこら辺に生えているネコジャラシとかを摘んできて、脱穀の真似ごとをして遊んでいた。
俺が、散らかしまくったのを見て親父は怒っていたが、爺さんと曾祖父さんは笑っていたなぁ……。
納屋にあった足踏み脱穀機の横には、古い唐箕も置いてあった。
唐箕というのは、手動で風を起こして、脱穀した籾とゴミを仕分ける装置だ。
えらく原始的ともいえる足踏み脱穀機とか唐箕だが、爺さんの若い頃にはまだ現役。
その後、急激に機械化されたのだが、その足踏み脱穀機も唐箕も買った当時は高価な物だったらしく、捨てるのは忍びないのか、曾祖父さんの納屋の片隅に鎮座していた。
まあ、結局捨てられてしまうんだけどね。
曾祖父さんが死んで、実家を整理する時に、古い物は全部捨ててしまった。
この手の物は、曾祖父さんが捨てられなかったように、他の人も勿体ないから捨て難いらしく――意外と数が残っているので珍しい物でもない。
昔の人は、貧乏性というか……物持ちがいいよね。
使い捨ての大量生産が当たり前になったのも、つい数十年前の事なのだ。
親父の話だと、親父が小学生の頃辺りから急激に変わった――という印象らしかったな。
俺が、物心ついた時はすでに大量生産、大量消費時代だったし……。
「いいねぇ、こりゃ楽ちんだわ」
ナイフを削りながら、独り言で感想を漏らす。
当然、ラジルさんにもこれを見せると、即同じ物を試作をして採用された。
ついでに、足踏み脱穀機と唐箕の図解を見せると、凄い興味を示す――。
ここでの脱穀は、ティッケルトで作った洗濯ばさみのデカイやつみたいので、挟んで扱くという物らしいので、それに比べれば、足踏み脱穀機なら格段に生産性が上がるだろう。
足踏みとか手回しとか原始的と言う勿れ、今のコンバインやコンバインハーベスタでも、やっている事は同じなのだ――それが人力か動力かの差だけ。
ここの暮らしが江戸時代と似たような段階だとすると、タイミングよく技術や知識を開発できれば、100年ちょっとで日本と同じレベルまで発展する可能性はあるはずなんだが、ここでは千年以上こんな感じで停滞してるらしい。
一つの原因はやはり魔法だろう。
便利な魔法があるせいで、中々科学が発達しない。
もう一つの大きな原因は、この世界の税収の仕組みにあるようだ。
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ゴンゴロゴロゴロ……
回転砥石でナイフを削りながら、チョコレートの事を考えていた。
とりあえず、アイスを作って殿下を誤魔化したが――またチョコを食いたいと、殿下が騒ぎだすのは時間の問題だろうなぁ……。
「チョコ……チョコか……う~ん」
頭の中で、ネットでググッたネタを反芻している。
原料のカカオはない。そんな物の噂すら聞かない、ならば何か代用品で……。
「何か代用になるものなんてあったかなぁ……」
考えて悩んでいると、ふとあるネタを思い出した。
南米の話だと思ったが――デカイ蜘蛛(多分タランチュラだと思う)を焼いて食うと、チョコの味がする。
――という記事を読んだ事がある。
読んだ記事によると、その地方だと蜘蛛は御馳走らしい。
――という事は、おそらく美味いのだろう。
蜘蛛といえば、俺が一番初めに滝の側で刺された挙句死にそうになった……あのデカイヤツがいるじゃん。
あれが使えるかもしれない。
まあ、一か八かだ。
物は試しって訳で――他に可能性がありそうなネタはない。
早速、師匠の部屋を訪ねる。
「師匠ー!」
「なんですか、騒々しい」
師匠は相変わらず、机に向きっぱなしで、スクロールを読んでいる。
「私が滝の側で刺されて、死にそうになった蜘蛛って、あの辺が住処なんでしょうか?」
「あの蜘蛛は、水辺に集まってくる動物を狙っているのです。それ故水辺に多いですね」
「なるほど~」
「何をするつもりなのですか?」
師匠が、読んでいたスクロールから目を離して、俺の顔を怪訝そうに見ている。
「はあ、あの蜘蛛を食べてみようかと……」
「は? 食べる?」
「はい」
師匠は呆れたように
「ゲテモノ食いも貴方の自由なので、なにも言いませんけど、頭と胸部には毒腺があるので、食べない方がいいでしょう」
「解りました」
「それと、家まで行くなら、家の周りの草刈りをしてきてください」
うお、余計な仕事を押しつけられてしまった。
師匠の話を聞くと、農機具などは小屋に置きっぱなしらしいから、大丈夫だな。
家の物品やら器具の盗難を心配とかしていたら、家の回りには魔石で結界が張ってあるので大丈夫だと師匠は言っていた。
結界と言っても、少し具合が悪くなる程度の物らしいが。
その結界をキャンセルする――キー魔石も貰って、師匠の家から俺が死にかけた滝を目指す。
滝までは徒歩で一時間ほど、荷物があるなら城から荷馬車を借りてもいいが――相手は蜘蛛だからなぁ、まあ要らんだろ。
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てくてくてく……
師匠の家まで、歩く、歩く。
実にのんびりした風景だなぁ。
野原の上には、ピーチクパーチク、ヒバリのような鳥も飛んでいる。
目の前に広がる風景には、電柱も電線とかいう無粋な物もない。
カメラで写真撮ったら、良い風景を撮れるだろうなぁ。
カメラか……カメラなんてどうやって作るか……レンズ、ガラス、印画紙……まあ今のところは無理だな。
もっと生活の役に立つ物にリソースは割くべきだ。
畑で作業している人も、俺を見つけると挨拶してくれる。
俺も一応、有名人だからな。
真学師なんて、畏怖の象徴みたいな者のはずなんだが――俺は場合はファーレーンの人々も警戒してる感じはしない。
街を歩いていても、声を掛けられる事も多い。
祭りの後、有名になってしまったので、少々警戒をしていたんだが、そんな事は取り越し苦労だったようだ。
師匠の家への道をてくてくと歩いていると、一人の農民が声を掛けてきた。
「あの~、真学師のショウ様だべか?」
「そうだよ。だが、まだ見習いな」
「申し訳ねぇんでございますが、オラの畑を見てくれねぇべか?」
「う~ん、俺は農業はあまり詳しくないんだがなぁ、そういうのはウチの師匠だぜ?」
「え? ショウ様の師匠というと、魔……!」
その農民は慌てて口を押さえて、辺りをキョロキョロと見渡した。
「俺じゃ、役に立たないかもしれないけど、いいのか?」
「はい、ありがとうごぜえます!」
俺は少し寄り道をする事にした。
「この畑なんでごぜえますが……」
畑はイモ畑だ。緑色の葉っぱが沢山茂っており、白くて小さい花もちらほらと見える。
元世界のジャガイモに似てはいるのだが、葉っぱの形や付き方が少々違う。
「う~ん、全体的に背が高くて細いな」
「そうなんでごぜぇます、実りもイマイチで」
「同じ作物を同じ場所に植えないようにしてるかい?」
「それは、やってますだ」
「それじゃ、畑の栄養不足だな」
多分カリウム不足だと思うが、この農民にカリウムと言っても――それってなんじゃらほいだろう。
「肥はそれなりに入れてるんではございますが……」
「多分、足りない栄養があるんだろう。鶏糞とかがいいんだけどなぁ。つまり鳥の糞」
「鳥の糞なんて高価な物は、オラには無理でごぜえますだ……」
「それじゃ、堆肥を作るしかないか」
「堆肥でごぜぇますか?」
畑の脇にスペースを作って、その農民に指示を出す。
「ここにな、藁や刈り取った草、肥とか森の落ち葉を積んで、畑の土をよく混ぜるんだよ」
「なんでもいいんでごぜえますか?」
「まあ、入れる材料で成分も違ってくるから、色々と試した方がいいとは思うが――とりあえずは何でもいい。積んでしばらくすると、中が熱くなって湯気が出てくるから」
「湯気でごぜえますか?」
この熱が結構大事なんだよ。この堆肥が発酵する際の熱を使って、細菌やら寄生虫の滅菌をする。
肥を肥溜めに入れて発酵させるのも、それが目的だ。
「そう、湯気がでてきたら、よくひっくり返して、空気に晒す。そしてまた積んで、湯気がでたらひっくり返すを繰り返す」
「解りましただ」
「何回かすると水分が抜け、しっとりして臭いもなくなるから、そうしたら完成だ。それが、良い肥料になるから」
「解りましただ! ありがとうごぜえます!」
「入れる材料を色々と変えて、試してみるといいよ。物によって効果が違うと思うから。畑にも理があるんだよ」
ちょっと寄り道をしてしまったが、ペコペコ頭を下げまくって礼をしている農民を後に、俺は師匠の家へ向かってまた歩きはじめた。
「この分だと、堆肥も商売になるかもしれないな、後で殿下にお伺いしたほうがいいだろう」
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ふうふう……やっと、森の入り口まで着いたが――ここからは緩い登り坂だ。
何か手軽に乗れる乗り物が欲しいねぇ……。
俺の愛車が懐かしい。
バイクは無理でも、自転車なら作れるかもな。
初期の自転車は、ペダルもなくて、脚で蹴って進む奴だったみたいだし、そんなもんなら作れるだろう。
チェーンは無理でも、木製のギアドライブなら作れそうな感じがする。
ただ、この世界は舗装されていない土の道ばかり――雨が降るとすぐに泥濘だ。
「自転車作っても、使える場所は限定されるなぁ」
などと、考えながら、歩いているとやっと師匠の家が見えてきた。
「ふう、やっと到着か。一休みしてからやるか~」
家の周りには近寄ると具合が悪くなる結界が張られているらしいが、俺はキャンセル用のキー魔石を師匠から貰っているので、もちろんなんともない。
まあ、地元の人は魔女の家だと知っているし、危ないのは流れ者とか無宿者だろう。
いい空き家があったとかいって、住み着かれたりすると厄介なので、それを結界で防いでるわけだ。
俺は、井戸から水を汲んで喉の渇きを癒すと、小屋から鎌を出して草刈りを始める。
畑も荒れていたので、適当に均して、デカイ雑草だけ取り除いた。
「まあ、こんな所だろ」
鎌を小屋に仕舞うと、家の左脇の林の細道を降りていく。
数分で川岸に出て、そこから上流へ向うと、俺が死にかけた件の滝が見えてくる。
豊かな水量と綺麗な水。
その背後にそびえ立つ大山脈と、そこに連なる最高峰テルル山。
「相変わらず、立派な滝だな」
滝壺にはキラキラと水しぶきが上がり、虹も見える。
これだけ立派な滝なら、観光地にも良さそうな感じだが――この世界には観光という概念が余りない。
仕事を休んで、どこかへ出かける余裕があるという人々が居ないせいなのだが、余裕がある商人や王侯貴族でも、こういう景色等には興味がないようだ。
祭りなどには人は集まるのだが――自然を愛でるとかは日本人的な感覚なのかもしれない。
彼方に見えるテルル山は前人未到だ。
ワイバーンや飛龍などのモンスターもいるし――そもそもこの世界には、登山家という酔狂な趣味の人間も居ないので登ろうというやつは居ない。
俺が測量から計算した感じだと、テルル山までは約80km、標高は8000m以上。
無論、俺が作った原始的な道具で測量した値なので、もしかしたら1000mぐらいは誤差があるかもしれないが……。
大山脈を越える道はないし、山脈の向こうに何があるか不明だが――噂では、海岸回りでかなり北まで人が住んでいるらしい。
もしかして、山脈の向こうにも人が住んでいるのかもしれない――が、今はそれを確認する術もない。
「そろそろやるか」
蜘蛛を入れる袋を用意して、ガサガサと林の中へ突入する。
「ヘ~イ、プリティスパイダー、どこにいるんだい? ちょっと、挨拶したいんだが、出てきてくれないかな?」
ふざけて間抜けな問いかけをしながら、辺りを捜索する。
以前は、RPGの初期地点でスライムにやられる主人公よろしく――おお、しんでしまうとはなさけない状態だった俺だが、今は違う。
今の俺には魔法がある。
「さぁ、どこからでも掛かってきたまえ!」
ちなみに、この蜘蛛の正式名称はウ〇コ蜘蛛である。
なんでこんな名前なのかしらんが、地元の人々はみんなこの呼び名だ。
もうちょっと、なんとかしてくれよ。
確かに、そういう色なんだけどさ。
もうすこし、風流ってもんを考慮してほしいな。
日本人なら、もうすこし粋な名前を奢るだろ?
クリイロオオグモとかドウガネオニグモ
とかさ。
ウ〇コはないよな、ウ〇コは。
まあ、名前はしょうがねぇ、もう千年以上この呼び名らしいし。
「おい、全然いねぇ! マジでいねぇ! さては、このショウ様に恐れをなして逃げたな。蜘蛛の世界まで震撼させるとは、俺も罪深い男よ、フフフ……」
などと、アホな事を言いつつ、ガサガサ探していると――。
「くそ、マジでいねぇ、どうなって……うわぁぁぁぁ!」
いたわ、いた。
デケェ! これじゃ、蜘蛛じゃなくて蟹だよ。
「ふざけんな、俺の手を刺したやつは小物だったのかよ」
長い脚を畳み込んで、大きな葉っぱの下に隠れたウ〇コ蜘蛛を発見した。
さて、どうする? こんなデカイとは思わんかったな。
殺すのは簡単、加熱魔法でチンをすればいい。
しかし、蟹の類は殺すとすぐに臭みが出てしまう物が多いよな。シャコなんてすぐに腐るし。
これは蟹じゃないが、死なすと拙いような気がする――蜘蛛って昆虫じゃなくて、蟹に近い仲間だと聞いた事もあるしな。
「それじゃ……」
――というわけで、冷やす事にした。凍らせてしまうと、これまた問題がありそうなので、動けなくなる程度に冷却魔法で冷やす。
いい感じに冷やすと、落ち枝で突ついても反応しなくなった。
少々不気味だが、ガシっと掴んで、ズボッと袋へ入れる。
寒さで固まってると、脚も畳んで丸くなってるので、袋に入れるのもスムーズだ。
蜘蛛って縄張り争いでケンカする事もあり、複数を一緒に入れると拙いと思ったので、袋も3枚用意してある。
都合3匹ウ〇コ蜘蛛を捕まえて、袋に詰める。
「こんな大物だとは思わんかったよ」
後は、川からメダカのような小魚を捕獲して小瓶に入れた。
これは毒見に使うつもりだ。鉱山のカナリアみたいなもんだな。
大蜘蛛を3匹担いで帰路についたが――復活した奴らがガサゴソする度に冷却の魔法を掛けて黙らせ、背中で蠢くウ〇コ蜘蛛の不気味な感触に戦きながら、お城へ急いだ。
チョコを作るってだけのはずなのに、果たして俺は、一体何をしているのであろうか。





