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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編
24/158

24話 甘い誘い

 

 ――鉄を打つ甲高い音と、火花が散る。


 俺は自工房の鍛冶場でナイフを打っていた。

 粗延ばしは、スプリングハンマーで――仕上げはもちろん手仕事で。鍛冶振りも板についてきて、ハンマーが手から抜けて飛ぶような事もなくなった。

 相変わらず良い鋼は少ないので、本体は軟鉄で作り、ブレードだけを鋼の割り込みで打っている。

 そして、成形が終わったら、土を盛っての焼き入れ。

 それなりだが、まだまだって感じ。

 ベッドのある部屋で、そんなナイフを研いでいたら、殿下がやってきた。


「あ、殿下いらっしゃいませ。殿下にはご機嫌麗しく……」

「やめよ。そなたが言うと、厭味にしか聞こえん」

 そんなつもりはないのだが、殿下から聞くと、そう聞こえるのだそうだ。


「そんなことより、ショウよ……もうアレはないのか?」

「アレと申されましても……」

「黒くて甘いやつじゃ」

「ああ、チョコですか。あれはもう手に入らないと申し上げました通り、もう無理ですよ?」

「ああ……妾は、あの味が忘れられぬ」

 殿下の話を聞くと、夢にまでチョコが出てくるそうな――それは深刻なご様子。


「そんな事を申されましても。殿下なら砂糖でも何でも手に入れられるでしょう?」

「砂糖なぞ、幾らすると思っておる!」

 殿下の話からするとやっぱり高いのか。俺も甘い物を食いたいから、色々と探したけど、市場にもそれっぽいのはなかったよなぁ。


「あとは、果物を乾燥させた物とか、果汁を煮詰めたものとか……」

「妾がそんな贅沢をしていると知ったら、民はなんと思うだろうなぁ」

 殿下は、椅子に座るとテーブルに突っ伏してしまった。


「でも、そういう王侯貴族もいらっしゃるでしょ?」

「妾にそういう輩の真似をしろと申すのか」

 突っ伏したまま、声だけで俺の問に答える。


 俺に金貨3枚払ったのはいいのか。

 たぶん、チョコの衝撃に魔が差したんだろうけど。


「そういえば、師匠に蜂蜜あげたよな」

「なに? 蜂蜜?! ルビア殿は良いなぁ、其方からいろんなものを貰えて……」

 今度は拗ねだしてしまわれた。こりゃ、どうすりゃいいんだ。


「師匠にも、そんなに色々と差し上げてませんけど」

「ルビア殿は、料理だって其方に作ってもらってるそうではないか」

「まあ、弟子ですから。たまにそのくらいのお世話はさせていただきますけど」

 

 そういえば、蜂蜜も市場じゃ見たことがないな――殿下も持ってないってことは、蜂蜜も貴重品なのかも。


「もう! ショウのせいだ! 其方があんな物を妾に売らなければ、こんなに苦しむことはなかった!」

 殿下が突然立ち上がり、滅茶苦茶な事を言い出した。


「そんな無茶苦茶な!」

「無茶でもなんでも、なんとかするがよい!」

「はあ、わかりました……何か考えますよ」

「申したな。口から出た言葉は引っ込められんぞ」

 ――と言って、俺の口を指さしてくるのだが。


「あまり期待しないで、いただきたいのですが……」

「期待するに決まっておろうが!!」


 殿下は俺の耳元に大声で怒鳴ると、ドスドスと足音をさせて公務へ戻っていった。


 そんな事言われてもなぁ……でも、ストレスで甘いもの物色し始めたりすると、まつりごとに影響出る可能性もあるし。

 甘いのって何があったっけ?

 甘草? アレって臭いよな。

 カエデとか白樺の樹液とか、メイプルシロップだっけ? でも、あれって1年ぐらい掛けて採るんじゃなかったっけ? それを考えると、ちょっと時間が……。

 だいたい、白樺とかカエデが、この世界にあるのか?


 植物といえば、師匠に聞くしかない。俺は、師匠の部屋を訪ねた。

「師匠、ちょっとお聞きしたい事が」

「なんですか?」

 何か書き物をしているのか、振り向きもせずに声だけの返答が聞こえる。


「樹皮が白い木とか、葉っぱがこんな形の木とかどこかに生えてませんかね?」

 黒板プレートにカエデの葉っぱの絵を描くと、師匠に見せた。


黒板プレートの木は見た事がありませんが、白い木なら、かなり北の地方に生えてますよ」

 身体を捻りチラ見して、また机に向かう。


「北ですか……ちなみに、甘い樹液を出す木とか知りませんか?」

「そんな木があるなら、私が真っ先に採取してます」

「ですよね」


 俺はそそくさと、師匠の部屋から退散した。

 かなり北とか、北海道みたいなところかよ、そんなところまで行ってられねぇ。

 車もない世界で、何ヶ月かかるんだよ。無理に決まっている。


 自分の工房に帰って、ふと思いついた。

 水飴ってどうやって作ったっけ?

 なんか麦の芽を出してとかだよな、所謂いわゆる麦芽糖。

 ビールとかウイスキーもそれで作ってたよな。

 確か、芽が出たところに、デンプンを糖に変える酵素ができるんだよな。あれも確か大麦をつかってたはず。

 大麦なら、麦飯用に沢山買ってあるし、いっちょやってみるか。


 精麦してないコップ1杯ぐらいの大麦をボウルに入れて、ぬるま湯を注ぐ。水でも良かったような気がするが、農作物の芽出しってお湯に漬けてたような記憶があるので、それに従ってみた。

 芽が伸びる事で減る水分をちょっとずつ足しながら、成長促進の魔法を掛けて早回し――すると、ニュルニュル~と根っこと芽が出てくる。


 面白えぇぇ。


 芽が出たら水を切り、乾燥の魔法を掛けて乾燥させたら、それを工房の精麦用臼へ突っ込んで、きねつきで粉砕。

 水車の動力で自動粉砕してる間に、芋の皮むき。

 麦にもデンプンがあるとは思うが、芋のほうがデンプンが多そうなので、芋を使ってみた。

 とりあえず、10個ぐらいにしておくか……芋の皮は魔法じゃ剥けないので、面倒。

 魔法になれると、不精になるわ。


 食べるものじゃないので、火が通りやすいように細かくして鍋にいれる。そして、(かまどに火をいれて、魔法レンジも併用して加熱。

 火が通ったら、お湯をすてて――芋を潰して、再び水を張りかき混ぜる。

 ここで、きねつきで粉々になった麦芽を鍋に投入してかき混ぜて、魔法で反応を早回し。

 水がうっすらと茶色になったので、少し舐めてみるとうっすらと甘味が……。

 

 上手くいったかも。


 上澄みだけ別の入れ物に移して、乾燥の魔法を掛ける……と、みるみる水分がなくなり色が濃い茶色に変わっていった。

 水分が完全になくなると、そこに茶色の層ができた。ちょっと水分飛ばし過ぎたのか固いのだが、完成だ。

 スプーンでうにょ~んと取ってみると……うん、甘い!

 砂糖のガ~ン! という甘さじゃないが、柔らかい甘さ。


 はは、曾婆さんのところで食った、水飴南部煎餅を想いだすわ。

 ガキの頃はあれは好きじゃなかったんだけどなぁ、こんな異世界でありがたがるとは思わなかったわ。

 

 上手く出来上がったので、メイドさんの詰め所にある(かまどで作り方の説明会。

 ――作業の記録に、またラジルさんが来てる。

 

「度々すみませんラジルさん、でもこれって工作師さんの関係なんですか?」

「お気になさらず。私は記録するのが仕事になっておりますので」

「まったくの、休む暇もないのぅ、ラジルよ」ハハハと笑う殿下。

「いいえ、これだけ忙しいのは工作師冥利に尽きるという物でございますよ、ある国の工作師など、暇すぎて閑職になってるという話ですし」

「その件は、進んでおるか?」

「はい、着々と」

 殿下の話からすると、なにやら新プロジェクトが動いているような――。


「なんですか?」

「工作師の引き抜きよ」

「それじゃ、工作師工房の人数が増えるのですか?」

「もう、増えておるぞ? のぅ、ラジルよ」

「はい、ショウ様が城においでになってから、倍にはなっております」

「え? 倍ですか? 益々大所帯ですね」

 それは、解らなかったなぁ。工作師工房には、あまり顔を出さないし……。

 しかし、景気がいい事は、良い事だ。


「ハハ、これでも足りないぐらいでして」

 ラジルさんは、嬉しそうに頭を掻いた。まぁ、仕事好きなんだろうなぁ――根っからの職人タイプだ。


「その件はそのぐらいにして、早く見せてくれ」

 殿下は、ソワソワして我慢しきれない様子で、俺たちの会話を打ち切らせた。


 麦芽糖の作り方を一通り説明して、大鍋イッパイの芋を煮る。

 手の空いているメイドさん達総出で、皮を剥いた。

 麦芽を入れて、魔法で早回ししたあとに乾燥の魔法を掛けると、大鍋の底に3cmぐらいの茶色の層ができた。


「殿下、これです」

 俺は、スプーンでむにょ~んと茶色い物体を掬い、殿下に渡した。


「こ、これか……」

 殿下は、短くつぶやくと、スプーンの水飴(麦芽糖)を舐め始めた。


「殿下、いかがでしょう」

「……」

 俺の問にも――殿下は無言で、ひたすら黙々とスプーンを舐めているのだが……。

 それを見ていたメイドさん達も、皆総出で水飴を舐め始めた。


「皆さん、どうでしょう?」

「……」

 ――なんか皆、一心不乱に無言で舐めてますけど。


 なんなの?


 舐め終わった殿下、再び鍋の底を掬おうとしてる。

「あの? 殿下?」

「うるさい! 後にせよ」

 ――そう怒鳴ると、また無言で舐めはじめた。

 

 ちょっとまって。


「これは甘いですなぁ」

 ラジルさんも舐めてみたようで、正直な感想を漏らしている。


「ラジルさんは甘味より、酒でしょう?」

「ハッハハ、いやぁ、そうですなぁ」

「でも、これで糖ができましたから、これを発酵させれば酒になりますよ?」

「本当でございますか?」

「ええ。皆、コレを舐めるのに夢中になって、話にならないので、ちょっとやってみますか?」

 

 コップぐらいの空の小壺を見つけて、水飴をちょっと多めに入れアルコール発酵をさせる準備。

 だが、俺のやり始めた事にも目もくれずに、皆はまだぺろぺろしている。

 

「ニム、リンゴとかあるかな?」

 ――というと、ニムはスプーンを銜えたまま、戸棚にあったリンゴを放り投げてよこした。

 そんな感じで、皆は水飴を舐めるのに夢中、手伝ってくれる気配がないので、自分でリンゴの皮を剥こうとしたら――。


「手伝いますぞ」

 ラジルさんが、リンゴの皮を剥いてくれる事になった。


「あ、皮を使いますので、捨てないでくださいよ」

「え、皮ですかい、解りやした」

 酒の事になってるので、ちょっとラジルさん地が出始めている。

 

 小壺に水をいれて、少し魔法で温め、水飴を溶かすと――リンゴの皮を刻んで投入。

 そして、魔法で早回しすると――ワ~と泡が出てくる。

 少し舐めてみたが、まだ甘味が残っているので、もう少し発酵させた。

 スプーンで少々掬ってみたが……間違いなく、酒になってる。

 元世界に居た時に、同様な事をやってみたことがあった。

 その時は、水飴とリンゴの皮ではなくて、蜂蜜とパンに使うイースト菌を使ったのだが……。


「ラジルさん、上手くできましたよ、飲んでみますか?」

「え? ホントですかい? 飲みますぜ」


 ラジルさんにコップを渡すと、出来上がった酒を注ぐ。まだ酵母が生きてるので、シュワシュワと泡が出てる。

 瓶等に入れて、完全密封すると、炭酸が強くなる。

 ビールや、シャンパンなどと同じ仕組みだ。


 俺の作った酒に、怖怖こわごわ口をつけたラジルさんだったが、一口飲んだ後――グイッと一杯いった。

「ほ! こいつは確かに酒だ。こりゃ、美味いですぜ!」

「もう少し寝かすか、蒸留したほうがいいと思いますけどね」

「蒸留ってのは何ですかい?」

 彼は、残りの酒を手酌で注ぐと、蒸留の質問をしてきた。


「ああ、アルコーいや――酒精の濃度を上げる事ですよ。装置を作れば出来ますけど、ここには何もないからな」

「ガハハ、美味い酒のためなら、他の仕事全部投げても手伝いますぜ」

 ちょっと酒が回って赤くなって、饒舌になっているな。

 まあ、それだけ、酒が好きなんだろうなぁ。


「ふ~、こいつは美味いな……」

「美味しいですね」

「甘いにゃ、甘いにゃ~」

 水飴を舐めていた皆だったが、やっと落ち着いたのか、それぞれ感想を言い出し始めた。


「ショウ、これは何と言う?」

 う~ん、水飴じゃ通じないだろうな――ここには飴自体がないからな。


「砂糖が、砂の糖なら、これは水の糖――水糖(水飴)とでも申しますか」

水糖(水飴)か……なるほどのぅ」


 甘味を堪能した殿下ではあったが、まだ不満があるようだ。

 

「しかしな、あの黒いやつの蠱惑こわくさに比べると、なぁ……」

「なんですか、それは。せっかく作りましたのに」

「いや、これはこれで美味いがなぁ」

「随分と、贅沢な悩みでございますね。殿下は、私に無理難題言えばなんとかなると思ってませんか?」

「そ、そのような事はないが、ショウならなんとかするではないか」

「そんな事言われましても、国に金がなくなったから、黄金を出せとか言われましても、無理ですよ?」

「妾がそんな事を言う、愚か者だと思うのか?」

 マジで言うんじゃないの? ちょっと怪しいとも思ったが、ある事を思いついた。


「……あ、そうだ。ルミネスさん、ミルクありますかね?」

「はい、ありますよ」

 

 ルミネスさんからミルクを貰うと、水飴を温めて溶かしこむ――冷却の魔法を掛けてかき混ぜる、かき混ぜる……。

 さすがにかき混ぜるのは、魔法を使えないので、ひたすらかき混ぜる。

 疲れたので、メイドさん達にも頼んで、交代でかき混ぜること15分ほど。

 そう、牛乳アイスだ。この世界のは当然生乳なので、アイスになる。


「出来ましたが、これでご満足できないとおっしゃるのなら、もう殿下をご満足させる手だてがございません」

 小鉢に盛って、殿下に渡す。


「うむ……」

 自分でも無理難題言ってると解ってはいるのだろう――殿下が1口食べる。

「……」

 ――続けて2口3口食べる。


「ん~! これは美味いぞ! 舌の上でとろけるわ!」


「ショウ様! 姫様ばっかりずるいですにゃ!」

「そうですわ!」

 メイドさん達が寄ってたかって、アイスに手を伸ばして、キャッキャッうふふと大騒ぎしながら、白く冷たいソレを食べ始めた。


「これは、氷菓子とでも申しましょうか。さすがに魔法を使わないと、作れませんけどね」

「氷菓子か、これは美味いのぅ……」

 ――アイスを食べた殿下は、ふぅ……と、軽くため息をつかれた。


 もっと食べたいということで、メイドさん達総出で交代でかき混ぜながら、残りのミルクと水飴を全部アイスにしたのだが――魔法使いっぱで、疲れたわ……。

 魔法使い過ぎは、精神的にくる。そうだな……徹夜ぶっ続けで試験勉強したような感じ。

 殿下が、コイツをしょっちゅう所望されるようなら、かき混ぜる装置を作らんとダメだな……でも、これを作るのは疲れるのでちょっと勘弁してほしい。

 全て食べ尽くされる前に少量取って、溶けないように魔法で冷しながら、師匠のところへ持っていったが――。


「凄く美味しい!」

 ――と喜んでいた。

 作り方は教えたので、師匠なら自分で作れるだろう。

 

 殿下はこの水飴も商売になると踏んだようだが、製法が簡単なので、どこからか漏れた作り方があっという間に、この国どころか大陸中に広がって、計画は頓挫とんざした。


 それどころか、甘いものに飢えていた大陸中の人々が、皆一斉に水飴を作って麦と芋を消費し始めたので、作物の値段が高騰、殿下はその対応に追われることになった。

 また、麦芽を使った、麦や芋の酒の醸造も始まった。

 進歩が止まったような世界だが、皆同様に閉塞感にウンザリしているのか、一旦新しい事が広まり始めると勢いが凄い。


 物価高騰の対応に追われた殿下は、「ショウのせいだ!」と怒っていたが――。


 何故、俺のせいなんですか? そんなの知りませんよ。

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