23話 紙と鶴
後日、俺は独りで紙の原料を集めに――腰に鉈、背中に背負い籠スタイルで森へ行った。
ユミノキを見つけて、鉈で切断。魔法で加熱し皮を剥いで、皮の裏の繊維を取る。
これを繰り返して、ラーメン丼1杯ぐらいの繊維をとりあえず、ゲットした。
あまり取り過ぎて、全然使えなかったら、木が無駄になってしまうから、こんなもんだろう。
――というか、今やってる事もうろ覚えなので、正しいかも解らん状態だし。
殿下に見せるサンプル用にも、枝を3本ほど籠に入れる。
先日みた、ノコギリソウとフーパというヨモギモドキも少々集めて、薬草を作る事にしよう。
まだ、治癒魔法とか使えないからな。
立葵のような植物も1株ゲット、葉を落として茎だけにして、籠に突っ込む。
籠にまだスペースがあるので、キノコを採ってみる事にした。
何が食えるか全然わからんので、師匠に選んでもらうのを前提に少し多めに採取。
だが、形がちょっと変なのは止めておいた――カエンタケみたいに、触っただけでアウト! みたいなものもあるからなぁ……。
城に帰ってくると、ルミネスさんとニムがいた。
「それ、ユミノキですよね? 弓をお作りになるんですか?」
「ああ、ちょっと違うんだけど。まあ、物造りはするよ」
「なにか美味しい物を作るにゃ?」
「これを食えるわけないだろ」
ルミネスさんが、籠に入ってるキノコをみて――え? みたいな顔をしていたのが気になる。
採ってきたキノコを師匠に見てもらったが、2/3ぐらいはダメか、解らないだった。
とりあえず、おおよそのキノコの傾向が解ったので、次はもう少し打率があがるだろう。
それにしても、師匠はキノコの毒性などをどうやって知ってるのだろうと、質問したら驚いた。
なんと、少量を自分で食べてみるそうなのだ。そして、身体に変化が出たらすぐに自分に治癒魔法を使うというとんでもない力業だった。
そんなことを繰り返しているから、毒も効きにくい身体になってるらしい。
――ネタが古いが、村雨兄弟かよ。
なんか知れば知るほど、真学師の業の深さを感じるような……。
それと、ここら辺の人は、あまりキノコを食べる習慣がないらしい、それでルミネスさんはあんな顔をしていたのか。
毒のないキノコの中でも、師匠がたまに食べているという美味いキノコを厳選してもらっていたら、遅くなってしまった。本日の紙製作作業中止――キノコ汁を作ることにした。
味噌仕立てキノコ汁を作ってたら、ニムがやってきて、また飯をにゃにゃにゃ! とか言いながら食ってる。
「美味いにゃ! ショウ様のところに来ると、美味い物が食えるにゃ!」
「ニム、どうでも良いが、このキノコを自分で採りにいくなよ? 間違うと死んじゃう時もあるんだぞ」
「知ってるにゃ、たまに死んでるにゃ」
マジで死んでるのかよ。
キノコ食って大丈夫かな? とか内心ガクブルだったが、平気だった。
お礼に師匠にキノコ汁を持っていったら、もう料理は作ってくれないかと思ってました……とか言われてしまった。
お城の立派な食堂があるので、要らないかと思ってましたとか――素で答えたら、すげぇ悲しそうな顔されたんで、家にいた時と同じように師匠の食事は俺が作ることになった。
俺の工房が出来るまでは、料理すら出来なかったからね。
いや、マジで要らないかと思ってたわ。
師匠、申し訳ありません。
------◇◇◇------
――次の日、紙を作る作業に取りかかる。
まず、製紙って何が必要だっけ?
紙すきに使う水槽と、名前が解らんけど、あのゆらゆら揺する板がいるよな――なんか紐がついてるやつ。
あと、簀の子が必要だったはず。
紙をすき終わったら、簀の子だけ持ち上げて、ペタって乗せるんだよ。確か、TVでそんな事をやってた。
材料部へ行き、板をゲットして、小型の水槽と紙を漉く際に揺する板を作る。簀の子はティッケルトを細かく割って、紐で編んた。
だいたい揃ったかな? いきなり大型の紙なんて無理だろうから――とりあえず、A3ぐらいの大きさを目指す事にすると。
原料の木の繊維を灰で煮て魔法で早回し、これって灰汁抜きなのか柔らかくするためだったか、記憶も定かじゃないがとりあえず、真似をする。
くたくたになった繊維を魔法で強制乾燥、マジ便利。
木の棒でぶっ叩いて細かくする――叩くほど細かくなって綿埃みたいになるが、花粉症になりそうな感じで鼻がむずむずしてくる。
細かくなった木の繊維を水槽に入れ、立葵に似た植物からぬるぬるネバネバを取り出して、これも水槽へ投入。
棒でかき混ぜると、徐々に中がドロドロと白く濁ってくる。
おおっ、なんだかそれっぽい。それっぽいぞ~!
揺する板はとりあえず、すき板と呼ぶ事にして――すき板に簀の子を乗せて、水槽の中でゆらゆら……。
すると、和紙っぽいのが……と思ったが、簀の子の間隔が広いのか、ちょっと流れすぎる感じ。
あと、簀の子の間隔がバラバラだと、ムラが出来てしまう欠点が判明した。
それを修正するために、自作のノギスを持ってきて、簀の子を組み直す。
――そして、再度挑戦!
出来た、なんだかそれっぽいのが出来た。
為せば成る! 人間は空も飛べたし、月だって行けた。
それに、全くゼロから始めるのではなく、俺には先人が切り開いた知識があり、それをなぞるだけだしな。
簀の子を外して、板の上へペタリと乗せて、魔法で強制乾燥。
重しを乗せなかったので、ふにゃふにゃになってしまったが、とにかくそれっぽいのが出来た。
色もあまり白くないし、厚さもむらむらだが、とにかく出来たのだ。
やり方さえ発案すれば、あとは、いろんな人が試行錯誤して洗練されていくだろう――思い切り放り投げバックドロップ思考だが、和紙の文化が定着しなかった場合、それはそれで仕方ないの事。
俺個人で楽しむ事に使うとしよう。
まぁ、羊皮紙より安く作れる紙文化が定着しないなんて、考えられないけどね。
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一応、それっぽいのが完成したので、殿下に公務の時間が空いた時を見計らって来ていただいた。
「ショウ……其方はまた……」
殿下は、俺がまた黙って色々とやっていたのが気に入らないのか、飛び掛かってくるような勢い。
「いえ、成功するか解らん実験に、お忙しい殿下を一々付き合わせるのはできかねますよ」
「黙れ! それは妾が決めると申したであろう」
そこにいる皆から、まぁまぁショウの言う事ももっともですと窘められて、なんとか殿下は説得に応じてくれた。
さすがに集まってるメンツがお歴歴なので、渋々のようだったが……。
「解った、好きにするが良い!」
「それでは、集まった皆様にご説明いたします」
集まったメンツは、殿下、ラジルさん、ステラさん、そして師匠――紙に興味ありそうな人を集めた。
俺がとりあえず作った、ヘロヘロな紙に興味津々のステラさんが切り出した。
「へぇ、こんな薄い紙が、簡単に作れるんだ。君は本当に面白い事を考えるねぇ」
「俺が試作で作った物ですからイマイチですけど、この技術が広まっていろんな人が試行錯誤をするようになれば、もっと薄くて綺麗な物も可能になると思いますよ」
「これは興味深いですね……」
無論、師匠も食いついてる。紙があれば、本も作れるし、研究の記録も保存も手軽に出来るようになる。
師匠やステラさんの部屋に山のように積まれているアレが、全て置き換わるのだ。
そりゃ、興味も湧くだろう。
俺が、紙すきの下拵え作業やら、詳細な説明――実演をする様子を、ラジルさんは黒板を持って、細かく記録している。
「今回は、ユミノキを使いましたが、もっと適した木材もあるかもしれません」
「そうですな、こんな技術はみた事もありません。何もかも手さぐりにならざるを得ませんなぁ」
「植物の選定は、師匠に相談すればいいと思います」
「うむ、ルビア殿、頼むぞ」
「仰せのままに」ペコリと頭を下げる師匠。
興味のない事には、とことん興味がない師匠だが、この紙については別のようだ。
俺も、数十枚紙すきをしてると、徐々にコツを掴んできて、それなりの物ができるようになった。
簀の子を外して、重ねた紙に乗せる作業をして、その上に重しを乗せようとしたら――。
「もしかして、それに重しをかけるの?」
ステラさんが、俺の作業に疑問を投げかけてくる。
「はい」
簀の子を持ったまま答える俺に、ステラさんは魔法を使う準備に入った。
「それなら、魔法で出来るのに」
――と言うと、水分含んだ紙の山が押しつぶされ、水がグチュグチュと吹き出し始めた。
「え?重量軽減だけじゃなくて、重量増大の魔法もあったんですか?」
「あるよ~簡単だよ理を反転させればいいんだよ」
「反転って……」
まったく意味不明な俺なのだが――あとで教えてもらおう。
水を抜いた紙を一枚ずつ剥がして、乾燥の魔法を掛けると、綺麗な紙になった。
「これですよ、これ。中々良くできましたよ」
「綺麗だのう……」
紙を手にとって眺める殿下。天にかざして、薄さを確かめたりしている。
「いえ、まだまだ綺麗になりますよ」
「そうなのか?」
「はい、これでこの紙が次々と生産できるようになれば、もう重たい黒板などは持ち歩かなくても済むようになるかもしれません。これを束ねれば本も沢山つくれます」
「本か……今は超高級品だが、それが手が届く物になるという事だな?」
「無論です。殿下にお聞かせしている物語なども、本にすれば皆が読む事が出来るようになり、いつでも楽しむ事ができるようになりますよ」
「なに! そうか、それは楽しみだのう……」
ニコニコの殿下はそこに食いつくのか。
「それと、殿下に前もってお話ししたい事が……」
「なんだ。改まりおって」
「今回の紙の生産が拡大すれば、原料となる木の乱伐による資源の枯渇が懸念されます」
「なるほどな、木は一度伐採してしまえば、中々生えんからな」
「その通りでございます。このような寓話がございます。ある所に金の卵を生む鳥がおりました」
「金の卵とな?」
「はい、その鳥を持っていた男は、金の卵で金持ちになりました。しかし、それに飽きたらず、欲を出したその男は、鳥の腹には金塊が詰まっているに違いないと、鳥の腹を割いてしまいました」
「その腹には何もなかったのであろ?」
「まったくその通りでございます」
殿下は呆れたように、両手を広げるとこう言った。
「まったく愚かな事よの。金の卵で満足しておれば良いのに、つまらぬ欲で全てを失のうてしまったのだな。あい解った、皆まで言うな。妾はそこまで愚かではない」
師匠も殿下を見て、頷いている。
俺は黙って頭を下げた。
それはさておき。日本人だと、紙を見るとやってみたくなる事があるよね――それは日本文化人智の結晶ともいえる。
俺は、紙を一枚取ると――ナイフで正方形に整形して、パタパタと紙を折りはじめた。
いったい、何をやり始めたのかと、皆見ていたが……。
俺が、最後にフッ! と息を吹き込み、折り鶴を完成したのを皆に見せたのだが――。
「な、なんだ!それは魔法か!?」
殿下は、驚愕の表情を露にして、叫んだ。
この世界の人々の反応はだいたいこんな感じ――殿下のような高等教育を受けた王侯貴族でもこうなのだ。
奇跡! 魔法! で思考が止まってしまい、そこから全く進まない。魔法が当たり前にあるので、疑問に思わないんだろうな。
便利な魔法が科学の発展を阻んでるともいえる。
それに引き換え、我等が師匠達は……。
早速、鶴を分解し、折り目をみて――「こんな複雑な折り方を……」「そうね……」とかぶつぶつ言い合っている。
この違いが、普通の人々と真学師と呼ばれる人を分けているともいえる。
俺が弟子入りする際、師匠が最初に――奇跡を信じるかと、俺に聞いたのはこういう事だったのだ。
「こういうのもありますよ」
そういって、俺は紙飛行機を折って、空に飛ばしてみせた。
「な、なんだと!それも魔法か!」
――またですか。
「これは魔法ではございません。殿下がお投げになっても、同じように飛びますよ」
俺にそう言われて――殿下は紙飛行機を飛ばして、大喜び。
それを見ていたステラさんが、私にもやらせてほしいと言ってきた。
ステラさんが紙飛行機を空に飛ばすと――勢いよく風が吹いてきて、紙飛行機は天高く舞い上がった。
「え? それも魔法ですか?」
いけね! 俺も魔法かって聞いちゃったよ。
「ああ、これは理の魔法じゃなくて、精霊魔法だよ」
おおっ精霊魔法! エルフっぽい! ああ、口さえ開かなければエルフなのに。
口を開かなければ! 大事なことなので二回言いました。
――とか考えてると、ステラさんに蹴られた。
「なにか失礼な事を考えてるだろう?」
「いいえとんでもない、いつもステラさんはお美しいなぁ――と思ってたんです」
「本当の事を言われても、あまり嬉しくないねぇ」
ざけんなよ、このBBA! と言いたいけど。危ないから、当然言わないよ。
「ショウよ! 魔法でなければ、どういう理で飛んでおる?」
落ちてきた紙飛行機を掴んで殿下が聞いてきたのだが、この説明はちと難しいなぁ。
「え~、この水平になってる部分で、鳥の羽を模しているのですが――これは羽ばたきができないので、すぐに落ちてくるのです」
「なるほどな。羽ばたく事ができればもっと飛ぶようになるのか?」
「まあ、動力が確保できればですが……」
「人が羽ばたいて飛ぶ事はできぬのか?」
「鳥の身体を調べると解るのですが、骨などは中空になっており、文字通りのスカスカで――逆に身体のほとんどが筋肉です」
俺は黒板に、下半身はガリガリスカスカ、上半身は筋肉ダルマの歪な化け物みたいな人間を描いた。
「こんな姿ではないと、空は飛べません」
「これってハーピーじゃない?」
俺の描いた絵を見て、ステラさんが言いだした。
ハーピーか――鳥と人間が合体したようなモンスターだよね。ファンタジーにもよく出てくるよなぁ。
「おお、そうですな。あの連中のおどろおどろしい姿は理に適っていたのですな」
「しかしの、ドラゴンはハーピーのようなこういう形はしておらんかったぞ」
「え? ドラゴンって本当にいるんでしょうか?」
ドラゴンまで本当にいるのか。
モンスターとか魔物とか、今まで見たことがなかったから警戒していなかったが――意外とハードモードな世界なのかもしれない。
大丈夫なのか、俺。
「妾が見たのは、遥か遠くを飛んでる姿だったがの」
「理に沿った形ではないというのは、魔法のような他の力で補助を受けているのでしょう。ドラゴンは人智の及ばない竜語を操り、竜語魔法を唱えるという噂もございますれば」ソースはRPGですが……。
「え? なんでそんな事を……」
俺の話を聞いて、ステラさんがちょっと驚いている。
「あくまで噂ですよ」
「なんと、竜語の魔法とは……」
「そうでなければ、空を飛んだり火炎を吐いたり、辻褄が合いません」
「辻褄とは?」
「畏れ多くも殿下、屋根の頂点でございます」
ラジルさんがフォローするが、偉い人は大工用語なんて知らないのだろう……。
「おお、これか」
殿下が、手で三角屋根の形を作ってみせた。
殿下は、俺の聞かせた一通りの話に感心すると――。
「なるほどのぅ。辻褄か――こうやって真学師は理を詰めていくのか、ためになるの」
「全くでございますな」
「話はこのぐらいで終いにして、妾にもさっきの鳥を作ってくれ」
なんだか師匠をみると、師匠も欲しそうにしてる。最初に折ったのは、ステラさんが強引に取ってしまったようだ。
都合2羽作って、殿下と師匠に渡す。
「ありがたい、これは妾の宝物だ」
殿下はそんなおおげさな事を言い出すのだが。
「ありがとう……」師匠は、俺から折り鶴を貰ってちょっと赤くなってる。
「何赤くなってるんだよぉ」
ステラさんからのツッコミを受けて、師匠が声を荒らげた。
「うるさいわね! 最初のを勝手に自分のにしちゃって!」
「だって、ショウが私のために作ってくれたんだも~ん」
ステラさんは、嬉しそうに――エヘヘと笑ってるが、それは違います。絶対に違います。
師匠とステラさんが、まだ大騒ぎしているが――何はともあれこの国での製紙事業はスタートした。





