22話 燃えるダイヤモンド
ステラさんと師匠の魔法でくっついた後日、俺は彼女の部屋にいた。
麻痺魔法でくっついてた時に話していた、鉱物の話の続きをしたいということだったが……。
まあ、確かに話はしてるのだが、露出が多い――いかにもな服を着ていて、一々すり寄ったりしてくる。
多分、からかって遊んでいるんだろうけど……普段、余程退屈しているのか、良い玩具が見つかったとか思ってるのかもしれない。
「それじゃ――君は、今この世界にある物は、その細かい粒が集まって出来てるというのぉ?」
「そうです」と言って、俺はすいへいりーべ……と元素記号を黒板に書いていく。
「その記号は……」
「これが、物を構成している――その粒を表すのに使っていた記号です。例えばこれが金、銀、銅、スズ、亜鉛……そしてこれが炭素、つまり炭ですね」
「ふ~ん……」
「燃焼の魔法を使えるステラさんには、その理が見えてると思いますが、具体的に記号で表すと――炭が燃えると空気中のコレと結びついて、こうなります。そして燃焼に使ってるコレは、人間も呼吸に使っています。山火事等の火事現場で息苦しくなるのは、コレが燃焼によって、急激に失われる理が関係しています」
「一々理に適っているなぁ……この歳になって、新たな真理の片鱗に出会うとは……いや、面白いねぇ」
「それ(歳のこと)、自分で言うのはいいのですか?」
「うん」
改めて、黒板に書かれた元素表を眺めていたステラさんが呟く。
「それじゃ、我々の知らない物がまだそんなにあるということ?」
「いえ、実際はこの倍あると思って下さい」
「なんだってぇ、倍とは……」
ステラさんは俺にすり寄るのを止めると、宝石箱らしきものから石を取り出して、俺に見せた。
「それは紫水晶ですね、コレですよ」元素記号を示す。
「それじゃ、この紅玉は?」
「それは、その青いのと同じ石で、色が違うだけです」
「なんだって、それじゃ、この金剛石は?」
「コレです」
――と俺は炭素を差した。
「君は、それは炭だと言ったじゃないか!」
「そう、粒の配置が違うだけで、全く同じ物です」
「それじゃ、この石は炭のように燃えるとでも言うのぉ?」
「もちろん、燃えますよ」
いったい、何を言ってるんだという表情をしたステラさんは、燭台の上にダイヤを置くと、魔法を掛け始めた。
「え? ホントに燃やすんですか?!」
「君が燃えると言ったんだぞ、真学師が真理から目を背けるわけにはいかない」
ステラさんが魔法を掛けると、ダイヤは明るい光を放ちながら燃え始めた。
揺らぎもなく、煙もでず、燦々と輝く太陽のように。
「ハハ……なんてことだ、金剛石は美しいが燃える姿も美しい……450歳である程度の真理を掴んだと自惚れていたが、まだ入り口もいいところだ」
「私のような若輩が言うのもなんですが、そういう事は多々ありますよ」
「まったくだねぇ……しかしコレは多分に禁忌を踏んでいるな」自分の椅子に腰を下ろすと、ステラさんは陰鬱な物を思い出すかのようにそう言った。
「師匠にもそう言われました、あなたのような危険な存在を野放しには出来ないと」
「さもありなん……君は日も浅いのに、魔法を扱えるのもその理が原因か」
「多分……」
なんか、いつもゲラゲラと明るいステラさんがあまりに落ち込んでいるので、いたたまれなくて、部屋を出てきてしまった。
教えてくれって言われたんで、元素の話をしてしまったが……失敗だったかな。
------◇◇◇------
ステラさんと一緒にくっついてた時に、師匠が何か用事がありそうな感じだったので、師匠の部屋を訪ねた。
確か植物採取とかなんとか言ってたな。
「別に用事があるなら、急ぎではないのですよ?」
師匠の様子からして、まだ怒ってるぽい。
「いいえ、ステラさんとのお話は終わりましたので、問題ありません」
「……」
「師匠、いい天気ですよ? 天気のよい時に済ませましょうよ」
ちょっと強引に誘ってみた。
「……わかりました。それでは私の植物採取を手伝ってください」
「お供いたします」
マジで今日はいい天気だ、雲も少ない。
山の上に入道雲があるが、風向きが逆だから、平気だろう。
久々に師匠と一緒に外を歩くなぁ。
「ステラと何を話していたのですか?」
「この大陸にある鉱物の事ですよ。祭りの時に、私が打ち上げた魔法を見てくださいましたか?」
「見ましたが……」
「あれの色を増やしたりとか、色々とやりたい事があるのですよ。ステラさんは鉱物に詳しいという事でしたから」
「そうでしたか、ショウは本当に変わった事を考えるのですね」
散歩した事で、師匠も少し機嫌を直してくれたようだが、マジでステラさんが突っ込んでくるだけだからな。
面白い人だから、嫌いじゃないんだけど、ちょっとメチャクチャすぎる。
快晴の中、師匠と一緒に、植物群を見て歩く。
「お、ノコギリソウっぽいな。花の色は違うけど」
師匠によると、血止めや傷薬に使えるらしい。
「これは、ヨモギっぽい。匂いもそっくりだし。師匠、これは私の故郷で、消毒に使ったりできる植物に似ているのですか、どうですかね?」
「これはフーパですね。ショウの言う通り、傷口の消毒に使えますよ」
やっぱり、ヨモギモドキか。ヨモギといえば、ヨモギ餅が食いたいな。
「これって毒とかは……?」
「ありません。あったら消毒に使えないでしょ」
「それもそうか」
やった、これでヨモギ餅を食おう……あ、砂糖がないか。残念だが、一応採っていこう。
砂糖か、砂糖ねぇ……サトウキビとかビートとかかな? 元世界でも砂糖が一般的になったのは戦後だよなぁ。
野原や浅い森の中をうろつきながら、しばらく師匠と探索する。
野原にはネジバナのような植物が群生していたので、もって帰って城の中庭に植えられないですかね? と聞いてみたが、土中の生物と共生にあるらしくて、無理だと言われた。
綺麗なのに、残念。
師匠と一緒の植物採取等に、なんでお供がいるのかというと――メモをとるための黒板を運んでいるのである。
なにせ紙がないので、メモとか記録をするためには黒板を山のように運んでこないとダメなのだ。
羊皮紙は目が飛び出る程高価だしね。
やっぱり、紙がないと不便だなぁ……紙か。
紙って作れるよな、和紙だよ、和紙。
TVの鉄腕ナントカって番組のナントカ村で作ってたじゃん。
和紙ってミツマタとかだっけ? 北海道にミツマタは生えてなかったから、さすがに見た事ないなぁ……。
そういえば、マユミでも出来るってネットで見たような、あれなら珍しい木ではなかった。
マユミは、昔から弓の材料とかに使われた低木だ。
「師匠、柔らかくて丈夫な木を探してるんですが――例えば、弓の材料に使うような……」
「それなら、ユミノキでしょう。珍しくはないので、そこら辺に生えてるはずです」
師匠と2~3分歩いたほどで、簡単にその低木が見つかった。
それにしても、ユミノキってそのまんまだな。
俺は、腰に差していた鉈で、枝を落とすと、魔法でその枝を加熱して、そして皮を剥ぐ、製紙にはその皮の裏についてる、白い繊維部分を使うらしい。
こういう確認作業は、魔法様様で有り難い。持って帰って鍋で煮たりしなくても、すぐに加熱して調べる事ができるからな。
マルチツールのブレードを出して、皮の裏を擦ってみると――白い部分が層になっていて、結構細かい繊維が出てくる。
これはいけるんじゃね。
「あと、ぬるぬるネバネバがある植物が欲しいんですが、何かないですかね?」と言うと――。
師匠は、黙って近くに生えている背の高い植物をロッドで差した。
元世界の立葵っぽい植物だ。
聞くついでに、ミツマタも聞いてみた。
「師匠、木の枝が必ず、3方向に分かれてる木とかあります?」
黒板にミツマタの絵を描いて説明する。
「そういう木はありませんが――『ヨモ』という、4方向へ枝を伸ばす物ならありますよ。でも、あまり見かけない木ですから、ここら辺に生えているかは、解りませんよ」
俺が、妙なことを聞いてくるので、気になるようだ。
「ショウ、いったい何をしようとしているのですか?」
「え~、紙を作ろうと思いまして」
「カミ?」
「そうです、羊皮紙より薄くて丈夫な物ですが――そういう紙が簡単に手に入るようになれば、本とかも沢山できますし、師匠もありがたいでしょ?」
「それはそうなのですが、そういう物が本当に作れるのですか?」
「色々とやってみないと解りませんが……」
「そうですか……ショウが出来るというのであれば可能なのでしょう」
「あれ? もう賭けはしないんですか?」
「あなたに賭けの証文を握られると、とんでもない所で使われるので、危なくて賭けなどできませんから」
もう、ホントに嫌な奴! みたいな目でみられる。
途中、俺が鉈で剣術の真似ごとをして、枝を払ったりしていると、師匠はため息をついている。
「真学師が剣士の真似事をしてどうするのです?」
どうも、俺がミズキさんに剣術を習ってるのが、気に入らないらしい。
「いやぁ、魔法使えて剣術も使えたら凄いんじゃないですか? 魔法剣士ですよ? 格好よくありませんかね?」
「そんなの聞いた事もありませんし、格好で真学師や剣士をやるわけではないのですよ?」
「では、私がその先駆けになるということで……」
「そういうのを減らず口だと言うのです、その時間で魔法の練習をなさい。いい加減、耐魔法でも憶えないと、ステラにやられっぱなしですよ?」
「うぐっ……まったくその通りで」
しどろもどろになってると、黙ってロッドで殴られた……。
話に出たヨモは、あまり見かけない木ということで、この植物採取の間に探してみましょうということになったのだが――その後3時間ほどあちこち彷徨った挙句、やっと一本だけそのヨモの木を見つけた。
やっと見つけたヨモの木は、まるでフラクタルのCGみたいな形をしていた。
なんだこれ。
思わず笑っちゃうようなヘンテコな木だが、こんなに珍しい木じゃ、ぶった切るわけにもいかないな。
とりあえず、そこら辺に普通に生えているユミノキで、紙の試作をしてみることにした。
異世界なんで、どんな植物があるか解らんし、もっと適した木もあるかもしれないなぁ。
もっとぶっ太くて、分厚い皮の裏にフワフワの植物繊維がビッシリ! みたいな木はありませんかね? と師匠に聞いてみたが。
一言――「ありません」だった。
そうですか。