20話 家宅捜索
祭りが盛況に終わり、商談も上手くいっているという。そして、例のファルキシムの商人が、この世界初の株式会社を立ち上げるという。
殿下が、褒美を取らすというので、お約束どおり御御足をくださいと言ったら、
「好きなだけ取らす」――とおっしゃって、ストンピングの嵐をいただいた。
殿下、我々の業界ではそれは立派なご褒美です。
ステラさんはゲラゲラと笑っていたが、師匠のゴミを見るような冷やかな視線が忘れられない。
冗談はさておき。ご褒美として、城の中庭に流れる小川の脇に俺の工房を建ててもらった。
居住スペースは4畳半ほどと狭いが、工房は10畳ほどある。
そなたの工房がある場所なんだから、しっかり中庭の草刈りをしろと殿下に言われてしまったが、中庭って結構広いんですけど……。
まあ、人が住んでるのに、草ボウボウじゃ確かにまずいよな。
工房の脇には小川から引き込んだ水路を動力として水車が取り付けられていて、使用しない場合は停止できるようにしてもらった。
これがないと、1日中水車が回ってて、バシャバシャという騒音で寝られん。
工房には、念願の鍛冶場も取り付けられた。
燃料の木炭は、資材部から城持ちでゲットできるし――もちろん木炭だけでなく、工作に使う資材は、全部資材部から必要経費として入手できる。
鍛冶場にはアコーディオンみたいな鞴が取り付けられていたが、日本式の押しても引いても送風できる物を自作で取り付けて改造した。
鍛冶場が完成したので、この日のために武器屋を回って集めていた廃剣を取り出すと、念願の鍛造をやってみようと、トンテンカンやり始めたのだが……。
正直舐めてましたわ。
少しやっただけで、腕が上がらなくなるわ、握力がなくなってハンマーがすっ飛びそうになるわ……こりゃ、ドワーフみたいな女のウエストぐらいある腕じゃないと、ちょっと独りで鍛冶をやるのは無理っぽい。
「こりゃ、スプリングハンマーがいるなぁ……」
スプリングハンマーというのは、早い話が動力を使うハンマーである。
俺の工房だと、動力は水車を使うことになる文明の利器を、早速設計しようとしたら、気になることにぶち当たった。
いままで、1スタック→1m、1ミル→1cmだと思っていたんだが、微妙に違うっぽい。
一応、木製だが定規もあるので、それを使おうとしたのだが――どうも気になる。
悩んでいたら、あることを思い出した。
そういえば、俺が持っていたマルチツールにスケールが付いていたはず……。
マルチツールに付いていたスケールと、城にある工作師達が使ってる定規を比較してみると、やはり微妙にちがう……。
こだわる必要もないのだが、あくまで自分用ということで、センチ&ミリの定規を自作――同時にノギスも作った。
やはり、慣れた単位の方が工作は捗る。
本物のスプリングハンマーはフレームまで鉄製だが、鉄が貴重なここではちょっと無理。
クルミ材のような固い木材をフレームに使い、スプリング部分も木製のリーフスプリングを使った。
原始的だが、旋盤とフライス盤も作り、皮のベルトを掛け替える事で、水車から動力を得ることが出来る。
最初は削れるだけの原始的な物だが、徐々に精度を上げていければいい。
最終的には1/100mmぐらいの精度が出れば十分だろう。
人間の感覚だけでも、1/100mmぐらいなら十分に解るレベルで、1/10mmだと明らかに違うと解るし――。
敏感な人なら、1/1000mmでも解るので、人間の感覚というのは如何に精妙か改めて驚く事が多い。
1週間ほどで出来上がったスプリングハンマーの試運転をしてみたが、一応完成はしているとはいえ、まだまだ改良する必要がある。
メインシャフトをローラーベアリングにしたり、最終的にはスプリング部分も鋼鉄のバネ材にしたい。
機械の脇についているペダルを踏むと、クラッチが繋がって機械が動くようになっており――熱した廃剣をアンビルの上に置くと、カカカカと凄い勢いでハンマーが鉄を叩き出す。
こりゃ、メチャラクチンだよ。
鍛冶場での敵は熱さだ。滲み出てくる汗を、元世界から持ってきたタオルで拭きながら、調子に乗って叩きまくってたら、いつのまにか窓からニムが覗いていた。
「なにか面白い事をやってるにゃ!」
どうやら、聞きなれない音がしてきたので、覗きにきたらしい。耳が大きいだけあって、音に凄い敏感だ。
「ハハ、面白いか? 叩いてるだけだぞ?」
「中入っていいにゃ?」
「いいけど、中は火が燃えてるから熱いぞ、毛が燃えたらどうする」
「大丈夫にゃ!」
ニムが中に入ってきて、ハンマーをじっと見ているが、尻尾をフリフリしてる。
基本ネコと一緒なんで、動く物を見ると、無意識に飛び掛かってしまうらしい。
「ニム! ハンマーに飛び掛かるなよ」
「にゃ! 動いてる物を見ると、ちょっと危ないにゃ……」
なんだかニムが機械に突進しそう――危ない感じなので一旦機械を止め、別の作業をする事にした。
叩きまくって平らになった鉄を小分けに割り、分別をしていく。
「何をやってるにゃ」
「こうやって、鉄の質を見てるんだよ。綺麗に割れるのが良い鋼で、こんな感じに粘って折れて曲がってしまうのが、なまくらな鉄だ。なまくらで幾ら剣を打っても切れないから、分けてるのさ」
「それじゃ、こっちの良いのを使うのにゃ?」
「ホントはそうしたいけど、良い鋼が少ないから、本体はなまくらな鉄で作って、刃先だけ良い鋼を使ったりするんだよ」
「なるほどにゃ、剣の良い悪いってそういう事にゃ」
「まあな」
俺は、鉄の破片を仕分けながら、そう答えた。
「誰かある! ラジルを呼べ!」
「うわ! ビックリしたわ!」「み゛ゃ!」
俺とニムが一緒にビックリして飛び上がった。
いつのまにか、殿下も覗いていたようだ。外で何か喚いていたが、その後ズカズカと俺の工房へ入ってきた。
もう、お前の物も俺の物状態だ。
まあ、城も土地も殿下の物だし、この建物も殿下に建ててもらったものだけどなぁ……。
「なんだこれは! また怪しげな物を作りおって!」
「怪しいって……鉄を打つ機械ですよ」
ペダルを踏んで動かしてみせるが、それを見た殿下がまた叫んだ。
「ラジルを呼べ!」
「多分、もう来ますにゃ」
しばらくして、ラジルさんが弟子を数人連れて駆け込んできた。
「殿下、お呼びでございますか?」
「ここにある物を、精査せよ!」
そう言われたラジルさんが弟子と一緒に、スプリングハンマーの寸法を測ったり、構造図を描いたりしている。
スプリングハンマーだけじゃなく、俺が改造した日本式の鞴にも気がついたようだ。
「新しい理を作ったら、何故妾に報告せん!?」
「これは、プライベー……いや、個人的な物で、試作品ですし」
「そなたに金を払っているのは妾で、城の必要経費も使ってるそなたには、妾に報告する義務がある!」
うぐ、まさに正論。ぐうの音も出ない。
一通りラジルさんの調査が終了しての結論は――。
おそらく、想定される客は鍛冶場オンリーという市場の狭さから、商売にはならぬだろう――という結果。
だが、特許の申請はすべきだろう――というものだった。
売るなら、もっと一般人が買えるようなものじゃないと。
後で、ドワーフ達にも見せたが、反応は薄く――こんな機械じゃ「鉄の声が聞けない」とか「技量が上がらない」という職人らしい言葉で否定されてしまった。
あと、馬車のローラーベアリングをつくっている関係上、旋盤とフライス盤は、似たような物があるらしい。
まあ、いずれにせよ、あまりにニッチ商品すぎる。
「そりゃ、そうですよ」
「黙りおれ! それは妾が決める事だ!」
「しかし……」
俺は、鍛冶場の炉から出る熱で、顔から滴り落ちる汗を、タオルで拭いた。
「なんだ、その布は?」
「あ……」
殿下は俺からタオルをひったくると、マジマジと眺めてから、ラジルさんの前へ突き出した。
「そなたは妾を愚弄しておるのか!?」
突進しそうな殿下を制して――
「滅相もございません。それは、私が故郷から持ってきた布でして、私が作ったものではありません」
「どうやって作る?」
「さあ? 専用の織機があるはずですが、残念ながら見たことはありません。吸水性に優れていて汗を拭いたり、湯浴みの後に身体を拭いたりするのに最適ですよ」
「こんな布は初めて見ますな……」
俺が、壁にかかったデカイ黒板に図を描く。熱さで黒板の蝋が溶けそうだ。
「普通の平織に輪になった糸を縫い付けていく構造になってるはずですが」
「確かに……殿下、これは売れますぞ」タオルを見つめていたラジルさんが言った。
「うむ。ラジルよ、製法を探れ、よいな」
「御意」
タオルを殿下に取られてしまった……。
異国の技術でも、先に特許取ってしまえばOKなのか?
まあ、タオルのコピー生産が始まったなら、何本か貰おう。
「其方、まだ何か隠しておるだろう!?」
「え? なんのことか……」
目が泳ぐ俺を見て、殿下が工房の家宅捜索をし始めた。
「捜索せよ! こやつは信用できん」
そりゃ、異世界人だから、存在自体が嘘みたいなもんだけど、面と向かって言わなくても。
「にゃにゃにゃ!」
殿下の号令を聞いて、ニムは喜んで捜索を始めてしまったのだが……。
「え? ちょっと……」
マジで? プライバシーとかないんですかね?
家宅捜索されても、幸いこの世界にはエロ本とかエロDVDとかは存在していないので、見られちゃ恥ずかしい物はないんだが、もしもそんな物をお姫様に見られた日にゃ、男として終了だ。
お城の中なんで、心配はしてなかったのだが――本当に見られちゃヤバい、俺が持ってきたリュックや例の紅い実とか携帯電話とかガスが無くなった100円ライターは、すでに秘密の場所へ秘匿済だった。
息を切らして、探しまくる殿下。
俺が寝るスペースは4畳半ぐらいしかないんで、マジでもう何もないですけど。
「はぁはぁ……後は……」
突然、俺の身体をまさぐりだす殿下。
「ちょ、ちょっと殿下、止めてください」
「黙れ! ……! これはなんだ!」
あ、マルチツールが見つかってしまったわ。
「それも、私が作ったものではありません。私の父が高名な職人に特注したものを形見受けしたものでございます」
大嘘です、ウチのクソ親父もまだ生きてるし。
ラジルさんが興味深そうにブレードをだしたりしている。
「これは、おそろしく精巧な物でございますな。いや素晴らしい。これだけのものはドワーフの職人でも作れるかどうか……この理は知られておりませんぞ」
「父の形見すら、国に献上せよと言われるのであれば、殿下の命に従わざるを得ません」
「いや、複数の道具を折り畳んで、纏めるという理が解れば、これをいただく必要はありませんよ、いかがでしょう殿下」
「うぐぐ……よ、よしなにせよ!」
「これに入れる道具を、この大陸の様式に合わせた物にすればいいのでは? スプーンとワインの栓抜きをいれてみるとか。そして、旅行に1振りあれば便利です! と言って売り出せばいいのです」
「それは、いいですな。私も欲しいぐらいですぞ」
「そして、いろんな種類を売り出すのです。そうすれば蒐集家も飛びつく。限定100振り、ライラ姫殿下直筆入りとか」
「おおっ! いけますぞ」
「そうでしょう!」
ハハハとラジルさんと一緒に高笑いする俺。
「……よしなに、任せる」
殿下は、憤懣遣る方ない表情だが、公務にお戻りになられた。そんなに怒らなくても……。
しかし、ラジルさんは殿下の前だと、ホントにキャラが違うなぁ。
それから、スプーンとワイン栓抜き、ナイフ等を組み込んだマルチツールが、大陸での旅行での定番商品になった。
俺が提案した、ライラ姫殿下の直筆入り限定版も飛ぶように売れ、プレミアがついて高額で取引されている。
俺が取られたタオルだが、良い製法が見つかったらしく、高級布地として生産され始めた。
もちろん、自動織機などなくて、手織りなので高価な物なのだが――貴族が高級布地として長いタオルを首に巻いてたりすると、吹き出しそうになる。
それって、日本じゃ貧乏学生スタイルなんですけど……。





