2話 俺の美しき師匠
自分の部屋でピコを飲みながらまったりとしていると、工房の玄関のドアが開く。
「ショウ? いるのですか……?」
優しげな声が響く。
「師匠、いらっしゃいませ。今、お茶を入れますよ」
現れた美しい女性は、俺の師匠だ。
栗色の髪をアップで纏めて、エンジ色のタートルネックのセーターみたいな服を着ているが、この異世界にはセーター生地はないので、正確にはセーターではない。
その上から上着を羽織り、ロングのスカートを履いている。
そして、胸元には正式な真学師を示す、金のネックレスのようなプレートが光っている。
俺は、真学師見習いなので、当然プレートなどは持ってない。
業績としては十分な物を上げている身故、本当は正式な真学師になるべく帝国の大学へ向かわねばならないのだが、その帝国から蛇蝎の如く嫌われ、指名手配されている状態なのだ。
それ故に、もう金のプレートをもらう事が叶わず、永久の見習い状態になっている。
一体、何をやって指名手配されているかといえば――この国の支配者と組んだ挙句、あり過ぎて困るぐらいやっている。
それはもう数え切れないぐらい……。
それはさておき――。
いけない弟子の視線で見ると、美しき我が師匠は、かなり巨乳である。
しかし、師匠の前でこの劣情を滲ませるのは、かなり危険だ。
師匠は、人の心が読めるのである。だが俺には秘密のアイテムがある。
左手首に嵌っている、白いリングだ。このお城の地下で見つけた物だが、魔法や物理攻撃を遮断する効果がある。
つまり、防御壁として使えるのだ。それを使って彼女の感応通信を防ぐ事が出来る。
師匠の歳は俺より4つ年上の24歳らしい(本人談なので正確には不明)。若くして、『ファーレーンの魔女』などとは言われているが、何故『魔女』と呼ばれているか――。
それは、数々の『魔女』に相応しい悪行の数々から名付けられたのだ。
それ故、城下町の人々は師匠の事を恐れており、かなりの有名人である。
真学師で『魔女』と言われると、皆が「えっ!?」――となるわけで、数々の色々な噂が、城下町を飛び交っている。
その中には、『ファーレーンの悪魔』の悪魔こと、俺との間の事も含まれている。
だが彼女とそんな話をする事もない。だって怒ると「とても怖い人」なのだ。
君子危うきに近寄らず
知らぬが仏
仏ほっとけ神構うな
「何をブツブツ言ってるのですか?」
「いいえ、こっちの話で――はは」
怪訝な顔で師匠が、俺の淹れた茶をすすっている。茶といっても、日本で飲まれている『お茶』ではない。
薬草を乾燥して、煎った後に煮だした物だ。
師匠が俺の顔をじ~っと覗きこんでくる。感応通信を使って心を読もうとしているのだ。
だが俺には、左手首に嵌っている腕輪の防御壁があるため、心は読めない。
それ故、彼女は不満顔である。
この世界で行き倒れになって助けてもらった時は、とてもしっかりした女性だと思っていたのだが、弟子になって、実際につき合ってみると、意外とダメダメなところが判明したりして――。
命の恩人に、そういう事を言っちゃイカンと思うのだが、ちょっと呆れたりもした。
元世界の科学者&技術者も奇人変人が多いから、仕方ないところなのかもしれないけどな。
しかし、俺みたいな元世界の知識を使ってるだけの、なんちゃって真学師などではなくて、尊敬すべき本物の真学師なのである。
「ショウ!! おやつ~っ!」
勢いよく扉が開き、きらめくプラチナヘアと長い耳が入ってきた。
男だか女だか、よく解らないぺったんこの胸と、青いチャイナ服のような長いエルフドレス。
この青い衣は虫糸で織られており、魔法を弾くと言われている。
背は高く、1m90㎝近い。エルフは死ぬまで身長が伸び続けて、1000歳を超えると軽く2mオーバーになるらしい。
そんなエルフの重鎮には会った事がないけどな。
「パンケーキしかありませんよ」
「それでいいよ、白いのと蜂蜜のせてぇ」
白いのってのは生クリームの事だ。このように、俺の工房は先輩真学師達の溜まり場――喫茶店と化しているのである。
喜んでパンケーキを頬張っていたエルフが、突然思い出したように叫んだ。
「ちょっと、ショウ!」
「なんですか、ステラさん?」
「お酒がないんだけどぉ、どこに隠したのぉ?」
「ちゃんとステラさんの見えない所にしまってありますよ」
「なんでそんな事するのぉ? 私に対する愛はないのかぁ?!」
エルフは全員、この台詞を言う。最初は、このステラさんの口癖だと思っていたのだが、会ったエルフが全員この言葉を口にしたのだ。
彼等は独自の言語を持っているため、今話しているのは所謂、共通語だ。
エルフ曰く――共通語は語彙が少ないという。そのため皆が似たような台詞になるものと思われる。
「なんで私のお酒を飲むんですか? ステラさんは大金持ちなんだから、自分でいい酒を買えばいいでしょ?」
「私はぁ! 君の作ったお酒が飲みたいの!」
万事がこの調子で、やりたい放題。
見た目は、本当にファンタジーに出てくるエルフそのもので、俺も彼等に出会える事にワクワクしたものだったのだが――。
実際に彼等と付き合ってみた感想は――「全員、マジで死ね!」だった。
だが異文化を持った異種族なのだから、文化の違いもある。極力、彼等の事を理解しようともしている。
彼等だって悪気があるわけじゃないんだ、これで悪気があったら大変だ。
それに、彼等には優れた能力がある。100%全員が魔法と精霊魔法を使いこなし、身体能力も著しく発達。
男女共に美しく――そして永遠に近い寿命。それは究極に進化した、人類とは別種の2足歩行生物。
「だが、マジで死ね!」
本当に、こう言いたい。決して悪い人じゃないのは解っているのだが……いや、人じゃなくてエルフだけどね。
そんな師匠とステラさんに出会ったのは、遡る事2年ちょっと前になる。