18話 イッツアショータィー!
――それから半年後。
「ここに祭りの開催を高らかに宣言する!」
という殿下の宣誓で、祭りが始まった。
祭りという名の、新作&特許発表会で会場は2つ。お城の内部で、各国の重鎮と商人を集めている第1会場と――一般の人を集めている外の第2会場だ。
第2会場は、お城の正面門の広場に設置されており、周りには出店が凄い。
当然、各国からの商人や観光客も押し寄せて――もしかして、人口も2倍ぐらいになってない?
そのぐらい、凄い人出だ。
宿屋等も間に合うはずもなく、街外に停めた自分の馬車で寝泊まりしてる連中も多い。
人が集まれば犯罪やトラブルも多く、騎士団や警備も総出で出張っている。
ニムに聞いたら、俺が普段飯を食いにいってる、燦々亭もテンテコ舞らしい。
まあ、稼ぎ時だし、ここぞという感じで頑張ってほしい。
俺も正直、賑やかな第2会場へ行きたいんだが――一応商品の開発者として、第1会場にいた。
だってなぁ、商人の○○ですとか、○○国の大臣○○ですとか言われても、憶えられねぇよ。
ちょっと辟易してきた。
俺なんて、ポッと出の新人なわけだが、師匠が有名人なので――さすが真学師ルビア様の弟子ですなぁ――という感じで、あくまで師匠の名前にオンブに抱っこなわけだが。
それでも、今回の事で俺の名前が売れたのは間違いないだろう。
会場には、脚立を使った足場が組まれており、その上にガチャポンプが設置され、皆で機能を試す事が出来るようになっていた。
鉄材に置き換わったガチャポンプは、俺が工作師達に説明した――日本のガチャポンプそっくりに完成。
彼ら、工作師の技術の高さを証明してみせ、俺を驚愕させた。
こりゃ、すげぇ! マジでそっくりじゃん。
これなら余裕で10年以上保つよ。
一応、8スタック以上深い井戸には使えませんという看板も出ている。
クレームは避けたいからね。
第1、第2会場共に、ガチャポンプは大人気で、黒山の人だかりになっている。
だが、第2会場のポンプは有料イベントとなっていて――5基ほど設置されていたポンプを皆でガッチャンガッチャン!
銅貨2枚(1000円)を払って、出てくる水に大喜び。
なんだそれ。
殿下は、ポンプに人が集まるのを見越してアトラクション化――それを金儲けにしてしまったらしい。
材料が鉄に置き換わった事で、値段はかなり高額になってしまったが、余裕がある家なら是非欲しいところだろう。
少し高いところに水を揚げて、そこから配管を通し、水瓶や風呂へ水を送るシステムも提案してあるので、金持ちならこれも欲しくなるはずだ。
ディスプレイはちょっと進んだ便利な生活というのを煽る形で展示されており、ここら辺は日本のディスプレイと変わらない。
たいした役に立たなくても、凄い役に立つように見せちゃうのだ。
だが、このポンプは実際に役に立つはずだからな。
売りだされる値段は金貨2枚(40万円)ほどになるようで――かなり高価だが、この世界では鉄自体がかなり高価なので、地金の価値もプラスされている。
それに、金に困ったら売ればいいのだ。
一応高価な代物ということで、ポンプには通し番号と所有者の名前が刻まれ、盗難防止のセキュリティーも施されるらしい。
ガチャポンプが一般人に人気なら、王侯貴族に人気なのは新型の高速馬車だ。
会場の真ん中にデ~ン! と鎮座しているその流線型のボディは、ハッキリ言って凄い恰好良い。
俺が師匠の家から乗ってきた馬車は野暮ったい物だったが、こいつはリーフスプリングサスペンションを組み込む分、少々全長が伸びている。
全長が伸びた分、前輪にステアリング機構を備えており、小回りも利くようになった。
サスペンションを組み込む事で、振動が少なくなり、乗り心地の質を高め――いままでより1.5倍高速化。
そして、車軸には新型ローラーベアリングも搭載――耐久性も飛躍的に向上している。
その美しい車体は、如何にも新技術を搭載されてる新型――という形をしている。
これは購買意欲をそそるでしょ。
この新型馬車に乗っていれば、優越感にどっぷりと浸れる事間違いなし。
実は、ティッケルト製のオイルダンパーも試したのだが、数kmで破裂してお釈迦になってしまい、頓挫。
基本強度不足だし、パッキンもOリングもないでは、ちょっと無理があると、改めて気付かされた。
でも、ダンパーの効果は解っていただけたようなので、そのうち実用化されてしまうかもしれない。
殿下は、技術を小出しにして、その度売りつけたほうが金になるから、新しい技術が完成しても次の新型へ回せと言っていた。
この新型馬車を作ったのは城の工作師だが、城の工作師がすべて物を作って売るわけでない。
この新型を雛形にして、その権利を商人が買い取り――工場を建設。そして、売り上げの何割かをファーレーンにバックするというシステムらしい。
もちろん、既存の馬車にサスペンションを組み込む改造をする場合にも、特許料が必要になる。
いわば、この馬車はプロトタイプ! 恰好良いね、新型のプロトタイプ! あの例の白いロボみたいなもんだよ。
この新型は、殿下専用としてもう一台製作されており、各種新技術を組み込むためのテストベッドに利用されている。
金に糸目を付けないって人がいれば、ファーレーンの工作師へ直に製作を頼むのも可能だろうが……。
殿下の様子を見にいくと、何か商人と話していた。
「殿下、商談の成果はどうでしょうか?」
「それがな、あまり芳しくないわ」
「そうなんですか? 馬車とか凄い良い出来ですけどねぇ」
ヒラヒラとした原色の派手な格好をした1人の商人が話しかけてきた。
「そう、出来が良すぎるのですよ」
「え? 良すぎるとは……」
「はじめまして真学師様 ファルキシムの商人、ミラルと申します」
「こちらこそはじめまして、真学師ルビアの弟子ショウと申します」
ファルキシムとはファーレーンの隣国の商業都市だ。帝国に対抗するための同盟を結んでいる関係上、商人の往来も多い。
「出来が良すぎて、新技術がふんだんに取り入れられているために、投資額が膨大になりすぎて……これでは、出資者が限られてしまいます」
「それであれば、出資金を小分けしてその権利を売り出し、たくさんの少額出資者を集めればいいのですよ。金貨1000枚の出資を出せる人は少ないですが、金貨10枚なら出せる人はたくさんいるでしょう。そういう出資者を100人集めればいいのです。そして、儲けも1/100ずつ配分すればいいのです」
――などと、株式会社の説明をしてしまったのだが。
「「なるほど!」」商人と殿下の声が被る。
「それと、その権利自体も売買出来るようにすればいいでしょう。そのような仕組みにすれば、途中で止めたくなった人がいても安心できるはずです」
「いや、さすが真学師様は人智に長けておられる。早速検討させていただきますので」ペコリと頭を下げて、そのミラルという商人は、足早にその場を去った。
株式会社勧めてしまったけど、別にインチキ商売じゃないし……悪い勧めじゃないよね?
話の後、会場をグルリと見回すと、俺と同じような黒髪の御仁がいる。
この人が帝国の方かな?
ファーレーンが西洋風だとすると、帝国はちょっと東洋が入ったような服飾だ。
上着は羽織りみたいだし、腰には刀みたいな反りがついた物を差している。
さすがに2本差しではないし、袴も履いてない。草履じゃなくて靴だし。
顔は……日本人ではないね――どちらかというと、中東っぽい。
その御仁を見て、ちょっとバツが悪そうな顔をしている女性が俺の隣にいる。
今日は、俺の隣に護衛の方がいたのだ。
名前は――。
「ミズキよ、異常ないか?」殿下が彼女に尋ねる。
「異常ありません」
「まさか、真学師へ喧嘩を売りにくる輩がいるとは思えんがの、ましてルビア殿の弟子だからな。魔女を敵に回すうつけがおるとは信じられんのだが」
殿下は笑っておられるが、護衛の女性は真剣そのものだ。
「用心は必要です」
「そうだの」
彼女はミズキさんという――元帝国の剣士らしい。帝国を出奔して、ファーレーンで殿下の護衛をしている。
殿下は女性なので、男の護衛だと困る事が多いのだ。
その為、女性剣士のミズキさんは、殿下には重宝されているというわけだ。
黒髪にちょっと浅黒い肌をしているミズキさん。
袖が付いた着物みたいだが、着物じゃないしなぁ……黒い防刃のタイツとブーツのようなものを履いている。
日本刀のような反りがついてる刀と、短剣――これが帝国の標準装備というわけではないが、先程の帝国の御仁が装備していたのもこれだ。
普通の下級兵士は剣なのだが、帝国の皇室の縁の方々は刀を差しているようだ。
日本っぽいけど、日本じゃないなぁ。
実は、師匠の家に殿下が来たときも護衛として同行していたそうなのだが、全く気が付かなかった……。
------◇◇◇------
――祭りの当日から遡る事、3ヶ月前。
殿下にミズキさんを紹介された。
――ある日、燦々亭から昼飯を食って戻ってくると、裏門に殿下の馬車が入ってきた。
やって来たのはサスペンションを組み込んだ新型馬車だ。
まだステアリングはついてないが、サスペンション部分は秘匿するために布製のカバーが付けられている。
その馬車から殿下が降りてきた。
「殿下! 新型の乗り心地はいかがですか?」
「ショウよ! これは良いぞ。どこまで乗っても疲れん感じだ」
「ただ、車体が長くなってるので、前輪を動かす仕組みを付けないと、曲がり角でつかえるかもしれません」
「それよ! 街通りの角でちょっと難儀してしまったぞ。その場にいた獣人達に、馬車を持ち上げてもろうたわ」
「やはり……」
通りにいた獣人に小遣いを渡して、無理やり方向転換したらしい――そんな話を殿下としていると、一人の女性が降りてきた。
初めて見る女性だった。
「殿下、あの方は……」
「ミズキよ! こちらに来るがよい」
「はい、殿下」
その女性が近づいてきて、ぺこりと挨拶をした。
「この者が、この馬車の理を発明した、ショウだ」
「はじめまして、ミズキでございます」
「真学師見習いのショウです、はじめまして。馬車に乗ったミズキさんの感想はいかがですか?」
「すばらしいです。馬車に乗った後は、疲れてへとへとになってしまう事が多いんですが、この馬車は乗り心地がよく、そのまま眠ってしまっても大丈夫なぐらいです」
「まだ、同じような連続した凹凸があると、跳ねてしまう欠点はあるんですけどね。それと車輪に柔らかい素材を使いたいんですが、材料が見つかりません」
「そういうのを解決した新型を作ったら、また売り出せばよい。そのほうが儲かるであろ?」
「その通りですね」殿下と二人で腰に手を当ててハハハと高らかに笑う。
「殿下とショウ様は仲がお宜しいのですね」
「ハハ、まあな。それでは二人とも、妾は公務があるゆえ」殿下は足早に城へ戻ってしまった。
そのまま中庭の方まで歩き、ミズキさんと世間話をする。
「それでは、ミズキさんは元帝国の方なんですね?」
「そうです」
「なぜ、国元を離れてしまったのですか?……あ、すみません、こういう事は聞くべきではなかったですね」
「申し訳ございません」
「それにしても、殿下の護衛に女性のミズキさんがいたのに、全然気づきませんでした」
「殿下がルビア様のところへ行った時も、私が護衛してたのですけど……」
「え? そうなんですか? 初めて偉い方に会って緊張していたせいかなぁ……」
突然クスクス笑いだすミズキさん。
「どうしたんですか?」
「はぁ、申し訳ございません。あの時の殿下の姿を思い出してしまって、ふふ」
「ああ……」確かに、あの時の殿下の反応はちょっと面白かった。
そんな話をしていたが、腰の刀が気になる……見てみたい。
「失礼でなければ、腰の剣を見せていただきたいのですが……」
「え? これですか? 業物とかではありませんよ?」
「珍しい形ですので、興味がありまして」
「そうでしたか」
そう言って、ミズキさんが、腰の刀を差し出してくれた。
刀を取って、右手で左手の手首を叩く。
「あれ?」
――と思ったら、ストッパーがついてるらしい。
ストッパーを外して、再び左手の手首を叩く。
刀を逆さに、刃を上にして刀を手前へ抜くと、左右と切っ先を確認する。
刃紋はない……残念。
反りがついてるだけの、普通の素延べの剣らしい。
ベルトに差して、抜刀――左右に素振りしてみる。
真剣の素振りは竹刀とちょっと違って、すりあげるように振りかぶって、しっかり振り切る。
そして、残心。
左右で作法も違う。
学校で剣道をやってた時に、居合をやっているやつがいて、軽く教えてもらった。
流派たくさんあるみたいだから、いろんな方法があると思うけどね。
納刀して、左足を引いて、体裁きだけで抜刀――そのまま後ろを振り向き踏み込んで突き、半歩引いて振りかぶり、踏み込んで袈裟に切る。
そして、残心。
技の名前は知らんが、これも教えてもらった。
「涙隠して人を切る……♪」
やっぱり刀はいいわ~、刀打ちたいね。鍛冶場のシステムってどのぐらいするんだろ?
規格品とかはなくて、手作りなのだろうか? 多分、そうだろうなぁ……。
などと、一人でニタニタしていたら、ミズキさんが驚いて話しかけてきた。
「それは、『無影』ではないのですか?」
「ムエイ?」
「帝国皇室のカミヨ流は御留めで、誰も知らぬはずですが」
「え? これは、故郷にいた時に、友人に教えてもらった剣技で――私は帝国とは何の所縁もありません」
「し、しかし……」
俺は三角形を空中に描いて、
「武術の理を極めて真理という頂点に近づくと形が似てくるのかもしれません」
などと、テキトーな事を言ってみる俺、だってマジで知らんし。
時間が空いてる時でいいので、剣術とか教えてください――等々、色々と話をしていると。
ミズキさんの顔が突然凍りついた。
「え?」
――と、思ったら、いつのまにか背中にヤバいものを感じる。
「ショウ……頼んだ茶葉はどうしたのですか……?」
はうぁ! 師匠のお茶がなくなって、不機嫌MAX。飯のついでに、お茶葉買ってくるお使いを頼まれてたのを忘れてたわ。
「師匠! 申し訳ございません。ここに……」
師匠は黙って、茶葉を取ると、自分の部屋に戻っていった。
はう、怖かった! 俺を助けてくれた優しい師匠はどこへ行ってしまったのか……。
 





